突ポ娘短編作品集


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短編集
Soul of 『N』 #1

昔々、どこかの王国に一匹のゾロアークがいました。
ゾロアークはとても勇敢で、いつも戦の時は先陣を切り、誰よりも果敢に戦いました。
人々はそんなゾロアークに尊敬の念さえ抱いていたのです。
ですが、ある日ゾロアークは王国を裏切ったのです。
恐ろしい能力に人々は恐怖し、やがて悪魔ゾロアークは王国の兵士達に囲まれて死んだのです。
こうしてゾロアークやゾロアは原罪の血と呼ばれる事になったのです。



突然始まるポケモン娘と旅をする物語 外伝

Soul of 『N』



***



セローラ
 「ハァ〜♪ 堪んないわぁ〜♪」

ニア
 「……」

私はニア、ゾロアのニアだ。
かつて帝国との大きな戦争があった。
だけどそれも2年が過ぎて平和な時代がやってきたのだ。
今の私はホウツフェイン王国で女王のナツメイトのSPを務めている。
世界は表向きは平和だ。
だが戦後2年、まだ全ての不平不満が収まるには時が足りないと言えるだろう。

そして……こんなシリアスな状況説明しているにもかかわらずランプラーのメイドセローラは空気も読まずに私の胸を揉みたぐった。

セローラ
 「いや〜、茜ちゃんには劣るけどセローラちゃん的にはニアちゃんも充分95点!」

ニア
 「そろそろ殴るよ? グーパンで」

セローラ
 「ハハッ、その程度このセロばっ!?」

カコーン!

突如セローラの後頭部に銀のトレイが飛来して、気持ちのいい音を立てた。
この銀のトレイ、もはやこの王宮ではお馴染みの物だった。
元々はアーソル帝国の王宮で使われていた一品………。

コンル
 「こぉらーっ! セローラ!」

王宮の方から鬼の形相でセローラを追ってきたのはマニューラのコンルだ。
眼鏡が似合う美人で有能なメイドとして働いている。

セローラ
 「ヒャッハーっ! セローラちゃんは愛を取り戻しに行きますねー!?」

セローラはコンルを見つけると一目散に逃げ出した。
その逃げ足の速さたるや、私やコンルを上回っており、サボる為には全身全霊を掛ける少女だった。

コンル
 「全くもう……セローラったらいつになったら真面目になるのかしら?」

コンルは私の横まで来ると、息を切らしてセローラを追うのを諦めた。

コンル
 「はぁ……私も歳かしら? この程度で息を切らすなんて」

ニア
 「運動不足だと思う」

コンルはマニューラという本来なら小柄でとても運動能力の高い種族だ。
だが、コンルは身長こそ160とマニューラとしてこれでも大きいみたいだけど色々と肉付きが太ましい。
ずっとメイドをしているからか、運動神経は鈍り、その上ご飯は美味しいものだから少なくとも太ったのは確実だろう。
それでもおっぱいはかなり巨乳だし、層には届くタイプの太り方だと思う。

コンル
 「う……そうね、すこし身体鍛えないとスタイルも維持できないわね……」

コンルも流石に気にしているらしく、冷や汗を流す。

コンル
 「それにしてもセローラはどこまで逃げたのかしら?」

ニア
 「案外二度と帰ってこなかったりして」

コンル
 「いっそ、その方が良いのかも……」

コンル、本気でセローラの事嫌がってる?
まぁ流石にほとぼりが冷めたら帰ってくると思うけど、性格に関しては一生無理だろうね。

ツキ
 「ニア、ここにいたか」

王宮の中庭に現れたのは年老いたヤミカラスの老人だった。
齢もう70になるご高齢だが、依然眼光は鋭くこの国で宰相を務めるナンバー2だ。
名前をツキ、なんでも先々代からこの国に仕えるらしい。

ツキ
 「帝国軍残党と思しき一団が近くの廃墟で見つかった、お主に一仕事頼めるか?」

ニア
 「……全員捕まればいいの?」

ツキ
 「そこまでは言わん、内情を調べて欲しい。お主なら容易であろう?」

私はコクリと頷く。
帝国軍残党、今でこそ帝国は滅びその地にはアーソル共和国が成立している。
しかそれを良しとしない残党は今も世界各地に隠れ住み、ゲリラ活動を行っているのだ。

ニア
 「場所を教えて、直ぐに行く」

この世界は本当に掛け替えのない人達が護った。
お兄ちゃん……常葉茂はもういない。
だけど私は戦う。



***



ザァァァァァ……!

南部地域は未開発な場所が数多い。
それは熱帯地方特有のジャングルを生み出し、そのジャングルの奥に大きな滝があった。
そこにある一人のポケモンが訪れていた。

トウガ
 「……確かこの辺りか」

それはかつて帝国最強とも言われた七神将にも数えられるシュバルゴのトウガだ。
戦争末期では大怪我を負っていたがそれも治ったようで、完全な姿を見せている。
トウガはその180キロの身体をゆっくりと瀑布の前にまで進める。
直後、滝が爆ぜた。
トウガは頭上を見上げると、翼長3メートルを越える影が現れた。

ジョー
 「ん……?」

ジョーだ。
かつて帝国に属し、その卓越した強さと無慈悲さで帝国の七神将にまでなった傭兵だった。
ムクホークのジョーは背中の大きな翼を羽ばたかせ、トウガを鋭い目で睨むと、後ろからもう一つ影が現れた。
ジョーに比べるとかなり小柄なスバメの少女だった。

スバメ
 「師匠? 突然止まってどうしたんですか?」

ジョー
 「珍しい客が来た」

スバメ
 「え?」

ジョーはそう呟くと、トウガの目の前に急降下した。
外骨格の性で横に異常に大きいトウガと比べても、ジョーのその鍛え抜かれた身体は大きく逞しい。
トウガは変わらない様子のジョーにまずは微笑みで応えた。
剣呑な間柄ではあったが、旧友なのだ。

トウガ
 「久し振りだなジョー」

ジョー
 「何の用だ?」

ジョーは二の腕を組むと、剣呑な表情で問うた。
相変わらずプロ意識の高い奴だ、トウガは溜息を吐く。
しかしジョーの隣の降り立ったスバメの少女はそんなジョーの頭をペシンと叩くのだった。

スバメ
 「師匠、いきなり何の用だ、じゃないでしょう?」

ジョー
 「……プロを目指すなら無駄口は不要だ」

スバメ
 「あ、私ツバサと申します、スバメのツバサです」

少女はジョーに比べると半分、いやそれ以下だろうか。
鳥ポケモンにしても小柄な少女だった。
黒髪を首の辺りで紐で結んでおり、紅いおでこに表は黒く内側は白い翼。
年齢にして12〜3歳位だろうか。
弟子を取ったという事は風の噂で聞いていたが、随分と幼い様子だ。

トウガ
 「私はシュバルゴのトウガ、お嬢さんお見知りおきを」

トウガは少女相手でも礼儀正しく頭を垂れた。
それにツバサは上機嫌に笑うと両腕を頭の後ろで組む。

ツバサ
 「へへ、お嬢さんだってさ! 女の子の扱い方分かってんじゃん!」

ジョー
 「トウガ、お前が世間話のためにこんな辺境まではくまい?」

ジョーはあくまで険しい顔でトウガを睨む。
トウガは真剣な面持ちになると、静かに語り出した。

トウガ
 「……近頃帝国の残党の動きが活発化している事は知っているか?」

ジョー
 「……いや、俗世からは身を退いていたのでな」

ジョーは首を横に振ると、ツバサは不安そうにジョーの顔を下から覗き込んだ。
ツバサは戦災孤児であった。
さして帝国や解放軍といった陣営に寄り添ってはいなかったが、戦争の苦しさはよく知っていた。
だからこそ、またあの凄惨な争いが起きるのではと不安を募らせたのだ。

トウガ
 「おそらくだが、お前の所にも残党が蜂起への参戦を頼みに来るだろう」

ジョー
 「お前にもだと? 貴様にも来たのか?」

トウガ
 「ああ、だが俺自身まだそれは時期尚早だと考える、そもそも帝国主義は北部の民の人権を中部の民並に引き上げる思想だったはずだ、だが今の残党にその思想が残っているとは思えない」

ジョー
 「俺は傭兵だ……主義や思想では働かん。だが留意しておこう」

トウガはそれだけ言うと、無言で頭を下げてジョー達に背中を向けた。
そのまま離れようとすると、突然ジョーはトウガを呼び止めた。

ジョー
 「トウガ……お前は何をしたい?」

トウガ
 「可能ならば正義を……私の志はあの頃から変わらんよ」

トウガはそう言うと微笑を浮かべる。
帝国建国のあの時……いや、それ以前からトウガの気高い思想は変わらない。
愚直な男だ、ジョーそう心の中で笑うと戦友に言った。

ジョー
 「トウガ、詰まらん戦で死ぬなよ?」

トウガ
 「ああ」

トウガはそう言うと森の奥へと消えていった。
そうしてその場を滝の流れる音だけが支配するとツバサは不安げにジョーに聞いた。

ツバサ
 「ねぇ、また起きるの? あの戦争が?」

ジョー
 「……その愚を起こさせんためにアイツがいる」

ツバサ
 「……」

ジョーは優しい男ではない。
ここでジョーが優しさを見せたのであれば、安心させる言葉でも掛けたかもしれない。
しかしジョーはリアリストだ、未来など確約できない。
まして無責任な言葉を使うことはプロにあるまじき行為だ。
だからツバサの顔は晴れはしない、ただジョーは空を見上げると翼を広げた。

ジョー
 「修行を再開するぞ」

ツバサ
 「う、うん!」

ジョー
 「ツバサ、世界は動く……それを変えたいと思うなら力を付けろ」

ツバサは拳を握った。
自分はジョーに比べて遥かに弱い。
それでも強くなりたいのだ、だからジョーに志願して弟子になった。
強くなれば、変えられるはずだから。



***



中央部は肥沃な穀倉地帯が広がる豊かな地だ。
しかしここはこの大陸の文化の中心でもある。
故に血で血を洗う戦争が幾度もあったのだ。
中央部ホウツフェイン領……、私ニアが今所属している国だ。
だが、ここも2年経った今でも、まだ戦場の爪痕は至る所に残っているのだ。
そんな廃墟と化した城塞の一つに私は潜入を開始した。

ニア
 (帝国軍の残党……まずは数の確認ね)

私はイリュージョンで周囲の景色に溶け込みながら、もう何年も放棄された古城を進む。
放棄されたのは数年というレベルじゃない、おそらく数十年は経過している。
石積みの古城は、かなり古くさく補強もされていない。
それだけに人が住んでいるとは思えない。
それこそが隠れるには絶好なのだろうか。

ニア
 (……大きい古城だけど、隠れるだけなら数百人はいけそうね)

私は今古城の2階にいた。
渡り廊下から見える景色は草原と森が広がり、茜色に染まり始めている。
夜になれば更に潜入はし易いが、なるべく速く片付けたい所。
ここ最近頻繁に耳にする帝国軍残党の噂は嫌が応にも国民を不安にさせる。
私に出来ることは、こうやって潜入調査程度だけどそれで未然に戦争を防げるかもしれないのだ。

ニア
 (気配!)

私は渡り廊下の奥で気配を感じ取り、息を殺した。
すると忙しそうに二人の兵士が古城を駆けていく。

ニャース
 「おい、急げよ! 集会に遅れるぞ!」

クリムガン
 「俺達が最後かもな、急がねぇと雷が落ちかねねぇ!」

階段を下って下を目指す、旧帝国軍の装備をした二人の兵士は私に気付くことはなかった。
私はなるべく気配を殺しながら二人の後を追う。
二人の背後を追って、向かった先は地下1階だった。

クリムガン
 「いけねぇいけねぇ!」

ガマゲロゲ
 「お前たちで最後だぞ!?」

地下1階、そこは広大な空間が広がっていた。
上階とは裏腹に綺麗に整えられた石積み、そこに200人はいるだろうか?
想像以上の数の帝国軍残党が潜伏していたのだ。

ニア
 (なんて数……これだけの規模があるなら一つの村を占拠だって出来るんじゃ……)

私はイリュージョンで身を隠しながら、辺りを見渡す。
暫くすると広間の奥の壇上にある老けたポケモンが登る。

エレキブル
 「諸君! 機は熟した!」

ニア
 (アイツ……確か資料で見たことがある。中部戦線総司令のマーチス?)

2年前の戦争、特に中部戦線は総力戦であった。
帝国も解放軍も全てを出し尽くし、結局中部戦線は完全な決着がつくことなく首都カノーアの陥落によって、戦争は終了したのだ。
その後帝国軍残党はちりじりとなったが、その潜在的な戦力はまだ底がしれないのだ。

マーチス
 「あの敗戦から2年……! 地下に潜伏し、よくぞ皆ここまで耐えてくれた! だがその苦渋の歴史も今終わらせる時! 我々はまだ負けてはいないのだ!」

兵士達
「「「おおおーっ!!」」」

マーチス
 「そもそも停戦協定は所詮4王国とカノーア共和国によって結ばれた偽りの物に過ぎん! 諸君! 今こそ惰眠を貪る愚民共に裁きの鉄槌を下すのだ!!」

ニア
 (……不味い、この数が暴れられたら近隣の村や町は!?)

私はこの絶体絶命の状況に冷や汗を流した。
私に下された指令はあくまでも偵察であって、殲滅ではない。
だが、ここで止めなければどうなる?
瞬く間にこいつら周囲を食い潰すだろう。

ニア
 「……っ」

私は静かに短刀に手を掛けた。
これだけの数を相手にして生き残れるか分からない。
それでもここまで築きあげた平和は無駄にしてはならない!

マーチス
 「だが、まずはネズミの排除といこうか……!」

ニア
 (気付かれた……!?)

私のイリュージョンは完璧の筈だ。
相手の認識を偽装する私の能力は例えレントラーでも発見することは出来ない。
だけど、ここにいるスパイは私だけではなかった。

ビート
 「ちっ!? 気付いてやがったか!?」

ニア
 (あの人は!?)

帝国軍の装備を身に纏い変装していたのはホルビーの青年だった。
大きな灰色の耳が特長で身長が低く、145センチ位だろうか、特に厳つさはないどこにでもいそうなものだった。

マーチス
 「ふん! ネズミめが! 喰らうがいい!」

電撃、それが槍のようになってホルビーを襲う。
私は咄嗟に走り、ホルビーの手を取った。

ビート
 「!? アンタホウツフェイン王国のニアか!?」

ニア
 「説明は後、逃げるのが先!」

私はホルビーの手を引っ張ると一目散に駆けた。
直後ホルビーの直ぐ後ろに電撃は着弾し、スパークが広がる。
10万ボルトといった所だろう。
狭い場所で戦っていたら、回避も出来ない。
私は正面きって戦えるほどの猛者じゃない。
そういうのは今は居ないナギーとかの領分だ。

ニア
 「兎に角上階に上がらないと!」

私は必死に来た道を戻る。
後ろからは兵士達の怒声が聞こえた。

ビート
 「やれやれ! 現地潜入するのは危険すぎたかね! 俺はビート、まぁしがないフリーランスさ!」

ビートという青年はそう言うとヘラヘラと笑っていた。
気が付けば私に併走しており、見た目とは裏腹に身体能力は高そうだ。

ニア
 「1階……え?」

私は地下から逃れると、そのあり得ない光景に愕然とした。
同様にビートもそのあり得ない現象に目を見開く。

ビート
 「砂漠……だと?」

1階に古城は存在しなかった。
あるのは地平線の彼方まで広がる砂漠、そして空には黒い太陽が昇る。

ビート
 「時刻18時……おいおいもう夜の筈だぜ?」

やがて、私達を追って現れた帝国兵たちも、この異常事態に誰もが戸惑いを見せた。

マーチス
 「なんだ……? これは一体何事だ!?」

帝国兵
 「分かりません! そもそもここがどこなのかも!」

帝国兵
 「うわぁぁぁぁ!?」

突然、片隅で帝国兵の悲鳴が上がった。
その方向を見ると突然、兵士の一人が火達磨になったのだ。

ビート
 「じょ、冗談キツいぜ……!? 何が起きてんだよ!?」

ニア
 「わ、分からない……ただこの熱……なにか違和感を感じる」

炎天下の砂漠では珠のような汗が止まらない。
暑い、この異常な暑さに苦しみながらも、私は違和感を覚えた。

帝国兵
 「太陽が、黒い太陽が襲って……うわぁぁ!?」

そうこうしている間にも、一人また一人と自然発火していく兵士達。
このままでは私達も燃え尽きかねない。

マーチス
 「お、おのれぇぇ!? 貴様達の仕業か!?」

ニア
 「そう見える?」

ビート
 「ポケモンは神様にはなれねぇよ」

マーチスは苛立ちを募らせ、太陽に向かって電撃を放った。
しかし電気は太陽まで届くことはない。
やがて、太陽は徐々に大きく、大きくなっていくと空を暗闇に染め上げた。
黒き太陽が……闇をもたらしたのだ。


 「……真理は確実に近づいている」

突然、暗闇の中から常闇を思わせるローブを纏った一匹のポケモンが現れた。
そのポケモンはフードで顔を覆い隠しており、その正体は掴めない。
だが、誰もがそいつを異端だと思うには充分だった。

マーチス
 「き、貴様か!? この現象を起こしているのは!?」


 「暑いと認識すれば、それは熱となる。痛い認識すれば、それは死を誘う」

マーチス
 「あば……? なん、だ……これ、は?」

突然だった。
マーチスの胸に大きな穴が開いたのだ。
マーチスは喀血し、その理由を理解することは出来なかった。
ただ、物の数秒で物言わぬ骸に成り果てたのだ。

ビート
 「おいおいおい!? 火達磨の次は穴あきチーズかよ!? 空間の神だってここまでは出来ねぇだろ!?」


 「ニア、君を迎えに来たよ」

ニア
 「? お前は誰だ?」


 「ふふ……私は」

男がフードを外した。
その時現れた顔に私とビートは驚愕する。

ビート
 「アンタ、エーリアス!?」

ニア
 「なっ!?」

そこに居たのはかつて解放軍を指揮していたオオタチのエーリアスだった。
だが、私はその姿に言いようのない違和感を覚える。
身長こそ180を越す長身だが、取り立ててオオタチとしては大きいわけじゃない。
丸眼鏡かけた、特長らしい特徴のない非常に地味な男。

でも、本当にそうか?

ニア
 「本当に……エーリアス?」

エーリアス
 「ふふ、流石に勘が鋭い……いや、本能で理解しているのかな?」

ドサリ!

突然隣で音がした。
ビートが呻き声さえ上げずに前のめりに倒れたのだ。

ニア
 「ちょっと!?」

私はビートの身体を揺らすが、反応がない。
ただ寝息が聞こえた。

エーリアス
 「イリュージョンとは認識を騙すこと、だが認識とは何か? 脳がそうだと認識した現象にたいして身体はどのように反応する?」

エーリアスは温和な笑みを浮かべている。
だがそれがうわべに造られた物だと私の脳が認識しているのだ。
次第にエーリアスの像がぼやけていく。

エーリアス?
 「認識は事象を歪める……私達は真理に辿り着いた種族なのだ!」

そこに居たのはオオタチなどではない。
敢えて言うなら私に似ていた。
髪は紅く、先端が黒い。
それを腰まで伸ばし、長身でしなやかなマッシブさを持つ男だった。
目つきは鋭く、瞳は蒼い。
あのエーリアスとは似ても似つかない姿だ。

だが……それよりも私が愕然としたのはそれではない。

ニア
 「原罪の血……ゾロアーク……!?」

ゾロアーク
 「その言い方は歪められている、ゾロアークは原罪ではない!」

そこに居たのはやはりエーリアスではない。
いや、そもそもエーリアスなんて存在していたのか?
男は優雅に頭を下げると自己紹介を行った。

ゾロアーク
 「ニア、我が同胞よ、私はネオ……君を迎えに来たよ」

ニア
 「……応えろ、お前とエーリアスは同一人物か?」

ネオ
 「そう、オオタチのエーリアスは虚空の存在です」

ニア
 「……あの時養子に迎えようとしたのは、こういう事だったのね……」

エーリアスは戦時では妙なほど、私に関心を持っていたのは分かっていた。
ただその理由なんて考えた事なんてなかった。
私にとってエーリアスはどうでもいい相手。
お兄ちゃんほど魅力的ではなかったし、私にとって有象無象の男と変わりはない。
だが、それこそが虚構だった?
コイツは正体を偽ってあの戦争を起こしたのか?

ネオ
 「一つ勘違いを正そう、皇帝カリンの起こした戦争に私は関与していない、ただ起こるべきして戦争は起こり、そして終戦もただあるべき姿を持って起きた事象だ」

ニア
 「どうでもいい……お前は敵か?」

私は短刀を強く握る。
はっきり言って私はコイツには勝てないと本能が理解している。
一介のゾロアがその進化形のゾロアークに勝つ事は難しい。
だが、コイツとの力の差はそんなレベルじゃないと本能的に分かるのだ。

ネオ
 「私は同胞である君をただ護りたいだけだ、この世界は遠くない未来に終焉する」

ニア
 「訳の分からない……事を!」

私は一気に踏み込むと斬りかかった。
しかし相手との距離感さえ掴めない私はただ我武者羅に短刀を振るうしかない。
それさえ、私のやけっぱちの蛮勇であり、それをネオは嘲笑う。

ネオ
 「ははは、分かるんじゃないか? 君と私の力の差!」

ニア
 「……く、くそ」

一体どれ程広大な空間をコイツはイリュージョンで化かしているのだろう。
黒い太陽に飲み込まれた矛盾した暗闇の世界は、それ自体が虚構……のはずだ。
当然目の前の相手さえも虚構であろう。
私はその認識齟齬に苦しんだ。

ネオ
 「そろそろ終わらせようか、真理の力を見るが良い!」

ニア
 「っ!?」

突然私の身体を無数の真っ黒な手が地面から這いずりだして、私の身体を這う。

ニア
 「う、嘘だ! こんな虚構なんかに!?」

私の身体は動かない。
その間にも無数の黒い手は私の顔まで匍ってきた。
次第に息苦しさを感じ、私の目線を黒い手が閉ざしていく。

ネオ
 「ええ、虚構ですよ……私にとってはね?」

ニア
 (お、兄ちゃん……たす、けて……!)

次第に意識が掠れてきた。
もはや為す術なく、重力さえあやふやで、ただ恐怖が広がる中思い浮かんだのはお兄ちゃんの姿だった。
お兄ちゃんはもうこの世界にはいない。

私は抵抗すら出来ない。
ただ闇が世界を包み込み、私の全てを蝕んでいく。

ニア
 (どうなるの? 何が起きているの?)

段々何も分からなくなる。
そして段々どうでも良くなってくる……。

ニア
 「あ……れ? なに、か」

それは瞬きだった。
星のような小さな瞬きが闇の中に光り、私は何かを掴み取った気がした。

ニア
 「うわああああああああ!」

ネオ
 「っ!?」

直後、私は五感を取り戻し、ネオを目の前に迎えていた。

ニア
 「はぁはぁ……? 夜?」

気が付けば私は古城にいた。
空には星が瞬いて、清涼な風が古城に吹き込んだ。

ネオ
 「まさか……真理を見たのか!?」

ニア
 「ネオのイリュージョンを破った……?」

ネオは随分驚いていた。
まさか私が自身の呪縛を逃れると思っていなかったのだろう。
周りを見渡すと帝国兵の死体はそのまま散乱しており、にわかには信じがたいが、ネオのイリュージョンは認識をそのまま実像を持って影響を与えていると思われる。
脳は湯気を立てた薬缶を見れば熱いと思う。
実際にはキンキンに冷えた薬缶でも、思い込めばそれで火傷をした等の事例もある。

ネオ
 「ニア……一体何を見た?」

ニア
 「光……一筋のちっぽけな……アレは何? 幻影なの?」

ネオは私の言葉を聞いてその場で固まった。
それが何を意味するのか分からない。
だが、直ぐにネオは踵を返した。

ネオ
 「ニア、君はまだ真理を知るべきではない……! 私は一旦退かせてもらおう」

ネオはそう言うと姿を歪ませて闇夜の中に消えていった。
私はその姿を見届けると、その場で崩れ落ちる。

ビート
 「う……ここは?」

ニア
 「はぁ、はぁ」

ビート
 「お嬢ちゃん!? 大丈夫か!?」

極度の緊張から解かれたからなのか、私はもう身体を満足に動かせそうになかった。
真理? 一体何が起きているの?
そしてゾロアークのネオ、奴は何を見た……?
兎に角疲れた、もう限界……。



Soul of 『N』 #1 完

#2に続く。


KaZuKiNa ( 2021/05/18(火) 18:18 )