PHG×突ポ娘後編
茜
「色々ゴタついているのね……理解したわ」
ゲシュペンストとの遭遇戦の後、常葉茜は踵を返すように、学園の内部へと戻った。
それはこの世界が置かれている状況、そして自分の置かれている状況を理解したからだ。
今はお茶を湯呑で啜りながら、一行の前で大人しくていた。
アリア
「住所の件ですけど、その場所には誰も住んではいないという事ですわ」
東堂アリアはスマホを片手にそう言った。
アリアは、事の詳細をアギルダーのソウルを宿すポケモン少女の藤原真希に伝えると、彼女はすぐに調べてくれた。
確かにその場所にはマンションはあったが、該当する部屋はもう10年も誰も使用していないとの事だった。
それを聞いた茜は分かりきっていた事とは言え、落胆のため息を零した。
夢生
「むう〜、茜ちゃんはとっても不思議ビュンね〜?」
明日花
「キャラだけなら、夢生も大概だけどな」
鈴
「アハハ、確かに」
二人はそう言うとクスクスと笑う。
夢生
「むぅ〜! 皆酷いビュン!」
江道夢生はそう言うとプンスカプンと怒り出すが、それは微笑ましいものだった、少なくとも茜にとっては。
この子達は、とても互いを信頼できている。
何か問題が起きても、きっと皆で解決するのだろう。
幼く見えても茜は、様々な経験をしてきた人生の先輩だ。
自らとて、愛する主人を守る為ならば、家族と呼べるまでになった者たちを裏切った。
その行為自身茜は今でも後悔はしていない、だがこの子達が同じ悩みは抱いて欲しくないものだ。
鈴
「あ、そろそろパトロールだから、戻らないと!」
鈴は時計を見るとそう言った。
そういえば忘れがちだが、2年の鈴は本来なら1年の学生棟にはいる筈がないのだ。
このままでは剛力闘子にどやされるので、彼女は迷わず姫野琉生に抱きついた。
当然顔を赤くして戸惑ったのは琉生だが、この過剰なスキンシップは彼女の普通なので、もはや諦めていた。
鈴
「琉生ちゃん〜! しばらくお別れだね〜!?」
琉生
「いいから早く行って下さい先輩……」
茜
(まるでセローラみたい……)
茜はあるランプラーのメイドを思い出したが、関係性は少し異なるようだ。
茜ならば迷わず手首を捻っていたところだが、琉生は嫌がっているというより困っているという感じだ。
一応セローラも茜にとっては先輩なのだが、どうしてもあの女に先輩という意識が沸かないのは何故だろう?
少なくとも、鈴には琉生は尊敬を抱いている。
だがセローラには、自分は軽蔑しかしていない……そう考えながらお茶を啜っていた。
鈴
「よし! 成分補給! そんじゃ行ってきます!」
鈴は琉生から離れると、ダッシュで2年の学生棟に向かっていった。
一人いなくなるだけでも静かになる。
茜は、そう感じた。
茜
「それで、これからどうすればいいの?」
とりあえず囚われの身となった茜は、1年生たちに問うが、それに回答できる生徒はいない。
琉生
「もうすぐ愛先輩が帰ってくるはずだから……」
アリア
「追加指示も出ていませんし、先輩の判断を仰ぎたい物ですね」
明日花
「アタシたちに出来る事って案外少ないよなぁ」
既に1年生にしては難事を何度も熟してきた四人だが、組織としては下っ端も良いところだ。
こういうイレギュラー案件に弱いのはやはり宿命だろう。
夢生
「それにしてもアッカーは何なのかビュン?」
アッカー? 何かの聞き間違いだろうか?
茜は思わず首を傾げるが、そこへ明日花は夢生の頭にチョップを入れる。
ポカ!
夢生
「あた!?」
明日花
「夢生、流石にその変なあだ名初対面の相手に使うのは止めとけって」
夢生
「むうう〜、だからってあすちん、暴力反対ビュン!」
アリア
「まぁまぁ、落ち着いて」
たまらずアリアは仲裁に入る。
夢生にも明日花にも悪気があった訳ではないが、気配りが出来たかと言えば、そうでもない。
良くも悪くも内輪馴れしてしまった結果だろう。
殆ど折衝役のアリアはこうやって仲裁することに慣れているのか、茜は琉生を見ると聞いてみる。
茜
「いつもこうなの?」
琉生
「よくある、かな?」
琉生はそう言うと首を傾げた。
基本仲良しなのは事実だが、何分個性の塊のようなメンバーだ。
影の薄い琉生でさえも、周りからは特殊扱いされているのだから、大概であろう。
普段はここまではっちゃければ、大抵愛が「皆さん、落ち着いて下さいー! プンスカプン!」とでも、場を制していただろうが、生憎今は主導権を握る者がいない。
普段を知らぬ来訪者の茜には理解しろと言っても無駄であろうが、それだけこの事態はイレギュラーなのだ。
茜
「にぎやか……」
琉生
「それは……いつも通りかな?」
ズズ、お茶を啜りながら蚊帳の外の茜と琉生であった。
***
帰りを急ぐのは愛だった。
ニンフィア少女の友井愛は放送局での仕事を終えると、学園へと急ぐ。
愛
「うう〜! ゲシュペンストに襲われたって話ですし、新しいポケモン少女を確保したって言うし、心配ですー!」
愛は、教導部に所属する3年生だ、彼女は1年生達の担任でもある。
そんな彼女は普段から少し不安の残る1年生を放って、外部のお仕事を引き受ける事に躊躇いはあったが、貧乏くじを引いてこうなってしまった。
愛
(やっぱり真希ちゃんが受けるべきでしたよ〜! ひ〜ん!)
なんて泣き言も心の中だけ、幼い見た目とは裏腹にプロフェッショナルだ。
そもそも放送局から、出演のオファーを受けたのは1週間前、3年生達は誰が出るべきか協議した。
出がらしな上に、今どこにいるかも分からない執行部所属の星野きららは、最初に論外となった。
愛
(それにしてもきららちゃんも、もう1週間も音沙汰無いなんて、少しおかしいです)
そして、次に選考から外れたのは諜報部所属藤原真希だ。
その理由は「たださえ人手不足で寝る暇もないってのに、労災降りる訳?」と全力でごねられれば、元より真希が無理をしているのを知っている愛が、推せる訳もなかったのだ。
そうして残ったのは同じく教導部の剛力闘子に友井愛。
愛はポケモンファイトでテレビ出演の多い明日花を推薦したが、明日花は「ガサツで無骨なオレより、愛想があって、おまけに可憐で可愛い愛の方が万人受けすると思うけどな」という言の方が真希の賛成を集め、晴れて出向が決まったの愛だった。
愛
(大体あの二人は、面倒臭がって、言い訳していただけじゃないですか〜!)
なんて仕事も終わったというのに愚痴るのは本末転倒だ。
因みに出演内容は軽いインタビューが中心で、言うこともポケモン少女がなんのために活動しているかなど、誰でも出来る内容だった。
一応その後に少し踊ったりなどもしたが、愛は全てプロフェッショナルに熟してきた。
改めて3年の中で一番スペックが高いのは愛だと、真希やきららも認めざるを得まい。
愛
「ああもう〜! 皆無事ですかねー?」
それにしてもこうも苛立つ愛は珍しい。
というのも、ここ最近街の情勢が不安なのだ。
関東支部を巻き込んだあるポケモン少女同士の抗争、それに相次ぐゲシュペンストの出現報告。
愛が過剰気味に過保護になるのも無理はなかった。
やがて愛は電車を降り、バスに乗って学園前にたどり着くと急いで学園に走る。
愛
「はぁ、はぁ! 皆さんただいま帰りましたー!」
教室に後ろから入ると、元気な姿の四人と報告で聞いていたイーブイ少女は愛に振り返った。
アリア
「お疲れ様です愛先輩」
明日花
「へっへー! テレビ見たぜー!」
愛はまずは胸を撫でおろした。
四人はいつも通りだ。
このいつも通りが如何に貴重か、愛は知っているからこそ嬉しくなる。
愛は思わず満面の笑みを浮かべると。
愛
「ウフフ♪ 皆さんお元気で♪」
愛は皆に安心すると、早速謎のイーブイ少女に向き合った。
報告書では変身時間はもう4時間を越えている筈。
驚異的な変身時間だが、本人はポケモンだと言っている。
更に、愛とそう変わらない見た目にも関わらずこの少女既婚者だ。
つまり家庭を持っているのだ。
茜
「……」
愛
「えーと……」
愛は珍しくも戸惑った。
まずこの子は年上なのか年下なのか?
結婚しているなら年上の可能性が高い。
だが見た目は明らかに年下なのだ。
凄まじく判断し辛い……そんな愛が最初に使った言葉は?
愛
「えと、もうお子さんは?」
ガタン!
言ってから愛はしまったと思った。
1年生の何人かが、あからさまに顔を赤らめて動揺していた。
アリア
(よりにもよってそこから!? 愛先輩も興味がお有りなんですかー!?)
明日花
(イヤイヤイヤ!? 犯罪だろ!? 仮にいたとしてこの子の夫はどんなロリコン野郎だよ!?)
夢生
(ピャ〜、いるっていう事は『した』んだよね?)
愛
(はわわ〜!? 一生の不覚です!?)
そんな一堂の嬉々交々の中、誰もが気になって仕方がないその情報を茜は。
茜
「フフッ、来年の春にはお母さんかな?」
そのあざとい態度は性的なフェチズムを感じ、ズキュンときたアリアは遂に鼻血を出して後ろに倒れた!
アリア
「フフ、妄想が現実に……グフ!?」
茜
「MS-07B?」
明日花
「うわー!? アリアが血を吹いて倒れたー!?」
夢生
「メーデーメーデー!?」
愛
「はわわ〜!? 急いで介抱を!」
倒れたものの何故か幸せそうな表情で気絶するアリア。
まごうことなき変態の我が生涯に一生の悔い無しの顔だった。
茜
「フフフ、ここの子には早かったかしら?」
茜の妖艶な表情は年の賜物だろうか。
最も肉体はまだそれ程でもないのだが。
いずれにせよ、1年生たちにはまだ不可能な妖艶さであった。
***
愛
「ごめんなさいね〜、こんな場所しか用意できず〜」
1年生達が学生寮に戻った後、茜はしばらく学園に残ることとなった。
愛は茜の処遇を聞くために、本部に連絡した結果は、関東支部に全任するとの事だった。
全任する……つまり何があっても本部は関与しないという事だった。
この状況は既視感がある、だが愛は負ける訳にはいかなかった。
取りえず茜には、学園の仮眠室を利用してもらう事にした。
愛
「私は学園に寝泊まりしますから〜」
茜
「家には帰らないの?」
愛
「帰れるならそうしたいですけど、意外と忙しいので」
茜
「ウチの夫もたまにそんな日があるわ……」
茜はそう言うと顔を曇らせた。
夫はたまに仕事が混んで帰れなくなる事がある。
そんな日は寂しくて死んでしまいそうだ。
一方愛は、苦笑いだ。
愛も結婚すれば、そうなるんだろうか。
もう18歳だと、改めて自分を再認識するのだった。
愛
「そこに内線ありますから、何か問題があれば担任室まで」
愛はそう言うと仮眠室を出て行った。
実際仕事山盛りの愛は、足早に去って行った。
茜
「まぁどこでも眠れるけど」
茜は仮眠室を見渡した。
私物が目立つが、愛以外も使用しているのだろうか。
茜
「それで、私を監視しても意味はないわよ」
茜はそう言うと窓を覆うカーテンを開けた。
すると、窓の外に浮遊する少女がいた。
ユクシー少女の神成依乃理だった。
本部所属の依乃理は公にされた存在ではない。
だが、彼女はある程度独自に動き、茜を警戒していたのだ。
依乃理
「貴方……何者?」
茜
「神か悪魔か……」
依乃理
「……」
茜
「……冗談、ただの主婦よ」
依乃理
「いつまで冗談を続けるのかしら?」
依乃理は殆ど閉じたような糸目だが、茜を睨み、それは決して友好を築こうとしてはいないことが茜にも分かった。
茜
「本当なのに……」
依乃理
「ッ! 来訪者! 何を知っているの!?」
茜
「それがそんなに重要?」 
茜は依乃理の敵意をどこ吹く風と流していた。
かつてひ弱すぎるほど敵意に弱かった茜と思えない程だ。
だがその態度が依乃理を苛立たせるには十分だった。
依乃理
「貴方が悪魔ならーー!」
その時だった。
最初にそれを鋭敏に感じ取ったのは茜だった。
次に依乃理もそれに気がつく。
依乃理
「ゲシュペンスト!?」
茜
「!」
茜はすかさず窓を開けて窓縁を掴むと、身を乗り出した。
依乃理
「貴方まさか!?」
茜
「問題ない」
依乃理は顔を青くした。
ここは4階だぞ?
いかにポケモン少女といえど、イーブイは空など飛べないのだ!
だが、茜は跳んだ。
窓の外、茜の視界に学園の裏庭が見えた。
ゲシュペンストの気配は近い。
本来ならば不干渉で有るべきだが、茜は依乃理を見て突入を決断したのだ。
茜
「ふ!」
茜は肩から地面に落ちると、前転するように、衝撃を分散させて無傷で立ち上がった。
既にゲシュペンストは、茜の目の前に顕現を始めていた。
茜
「哀しいものね、何もかも違うから……」
依乃理
「貴方! どうする気なの!?」
依乃理は遅れて降りてくると、ゲシュペンストを強い憎しみで睨みつける。
茜
「どうにもこの子達は私や貴方に過敏に反応しているみたい」
依乃理
「ゲシュペンストは敵よ! 全て奪っていく!」
茜
「……」
茜は無言で構えた。
戦うことは本意ではないが、世話になった礼である。
ゲシュペンストに恨みはない、だがこの世界は少々ゴタゴタしているらしい。
茜
(ごめんなさい)
茜は近くのゲシュペンストαを蹴り上げた。
通常ゲシュペンストに物理攻撃は通じない。
ポケモン少女の攻撃だけが通用するのだ。
茜はポケモン少女ではないが、通じるらしい。
ならば、簡単だった。
茜
「ハッ!」
茜の攻撃はあくまでも徒手空拳。
イーブイとしての力は最低レベルに弱い。
だが彼女はそれを熟知している。
一挙一投足、その技を磨き上げ、人間性能を上げてきた。
彼女の立ち回りは、美しくさえあった。
依乃理
「貴方……」
茜
「派手な技はいらない、相手を制圧するだけなら」
そう言って、茜は次々とゲシュペンストを鎮圧していった。
依乃理は呆然としながら少し高い場所からそれを観察する。
一見のほほんとしているが、茜は誰よりも熟練の戦士だった。
異なる世界の異なる理、その中で育まれた異なる力。
依乃理は、茜を判断しかねる。
彼女は神か悪魔か。
依乃理
「いいわ……信用する。貴方は敵ではないらしいわね」
依乃理はそう言うと、瞬間移動した。
茜は、既に残心を決めており、ゲシュペンストは全滅していた。
茜
「……敵とか味方とか、そんな絶対的な基準に何の意味があるのかしらね?」
茜は夜闇にそう一人呟いた。
?
「まだ若いんだって」
聞き慣れた声が闇から帰ってきた。
茜はこの僅かな巡り合わせももう終わりかと思うと、小さく息を吐いた。
茜
「フーパ、お迎えご苦労さま」
闇夜から現れたのは、フーパと呼ばれる浅黒い少女だった。
茜より更に小さな少女はジャラジャラと悪趣味にも思える金のリングを腕に巻き、苦笑しながら茜の前に現れた。
フーパ
「全く、よくまぁこんな所まで」
茜
「中々有意義だったわよ」
フーパ
「なにかやり残しは?」
やり残し……、茜は琉生の顔が思い浮かんだ。
琉生は今、とても危うい所にいるのが分かった。
ポケモン少女……その歪な存在が、一体何を起こすのだろう?
茜
「いいわ……行きましょう」
茜は首を振った。
お互い干渉することは良いことではない。
それに、たとえ助言が無くとも、彼女達は大丈夫だろう。
どんな試練もきっと、越えてみせるから。
フーパ
「それじゃ、帰りますよー」
フーパは腕に巻いた金のリングを拡げた。
大凡物理法則を無視したそのリングは、内側に異界が広がる。
それを初見者が見れば、恐れ慄く事だろう。
だが、茜は平然とそれを潜る。
茜
「ところで、これは貴方のイタズラ?」
これ、というのは突然の異世界転移だろう。
フーパは若干顔を青くし、それを否定した。
フーパ
「まさか! 原因は不明、神のみぞ知る」
茜は「はぁ」とため息を吐く。
やがて位相次元空間は終わりを迎えようとしていた。
茜
「まぁいいわ、早くご主人さまをお出迎えしないと」
茜はそう割り切ると、既に主婦の顔に変わっていた。
彼女は既に一人の女なのだ。
今回は偶然……奇跡のようなものだ。
PHG✕突ポ娘
来訪者イーブイは帰りたい 完