突ポ娘×PHG
突ポ娘×PHG後編

きらら
 「さてと……」

茂お兄さんと一緒に過ごして一週間が過ぎた。
この異世界が数年前の世界であること。
そしてその上で過去の私はこの世界に存在しないという事実を知った。

果たして何故私はこの似ているようで違う、この世界に迷い込んだのか?

きらら
 「洗濯終わり」

さて、私はベランダに設置された洗濯機から洗濯物を取り出すと、一枚一枚ハンガーに掛けていく。
最初は男性物の下着には抵抗があったが、茂お兄さんは相当の自堕落な人だったから、この洗濯に躊躇する訳にはいかなかったのだ。


 「今時の娘にしては、手際が良い事で」

部屋の中でソファに気怠げにもたれかかった茂お兄さんは言った。
今日は休みのようで、相変わらず酒浸りで朝が辛そうだ。
多分お姉ちゃんも同じなんだろうな。

きらら
 「……お兄さん、お酒控えた方が良いと思う」


 「笑いたければ笑えばいいさ……人間の幸せは人それぞれなんだから……」

そう言って茂お兄さんは寝返りを打った。
私は「はぁ……」とため息を零す。
お姉ちゃんと全く反応が一緒なのだ。
禁酒とまでは言わないけれど、せめて血糖値には気をつけて欲しい物。

きらら
 (これでも、いざという時は格好いいんだもんね……)

私がどうしようもなくて泣いていた時、お兄さんは私のことをずっと、心配してくれた。
お兄さんからしたら、赤の他人でしかない私に最後まで躊躇する事なく、お兄さんは私を助けてくれた。
それは言葉以上に、私にとっては大きな意味があった。
私は孤独に耐えられる程強くは出来ていない。
何か縋る物があったから今日までやってこれた。

きらら
 (お兄さん、もし私がずっとここに居ても、やっぱり許してくれるのかな?)

それが1年、2年と過ぎたとしても……多分お兄さんは何も言わないんだろう。
私はお兄さんをまだ知っているとは言えない。
でもお兄さんは、青子お姉ちゃんと同じ物がある。
奇妙な物だけど、私自身こういう人に惹かれるのかなぁ。

きらら
 「お兄さん、もうお昼だよ」


 「うぅ〜……怠い」

私は洗濯物を干し終えると、ベランダを開いた。
光と風が部屋に射し込みと、茂お兄さんは嫌がるように体をくねらせた。
徹底的に陰の人ね……。

きらら
 「お兄さん、お兄さん」

私はそっとお兄さんの体を揺すった。
あまり手荒な事はしたくないけれど、多少強引にでも起こさないと。

きらら
 「ほら、起きて」


 「ああ〜う〜……」

そんな地獄の呻き声のような声で抵抗するお兄さん。
なんで休日にこんなに自堕落出来るのに、平日はいつもキッチリ起きて出社出来るんだろう?


 「5分待って……」

きらら
 「子供じゃないんだから」


 「5分待て」

きらら
 「命令形にしても駄目」

お兄さんのセンス、時々わからないなぁ。
お兄さんは私の強行な姿勢に難を表すと、お兄さんは渋々身体を持ち上げる。


 「頭怠い‥…」

きらら
 「絶対お酒控えた方が健康にも良いよ」


 「ふ、きららちゃんには分かるまい……飲まなきゃやってられないこの感情!」

きらら
 「……禁断症状でも出そうな事言わないで」

お兄さんだと本当にアルコール依存症のような気もして怖いけど。

きらら
 「ほら、顔洗って」


 「おのれ、しっかりさんめ」

何を恨めしがるのか、お兄さんそう言うと追い出されるようにリビングを去った。
私はその隙に、リビングの片付けを遂行する。


 「そういうの、妙に熟れてるけど、きららちゃんのいた世界でもしてたのか?」

お兄さんは顔を洗って、幾分マシな顔をすると、私の行為を聞いてきた。

きらら
 「そうでもない、あんまり家に帰る暇もなかったから」

お兄さんからしたらありえないかも知れないけど、向こうじゃポケモン少女は普通に生きることは許されていない。
日々人類の脅威であるゲシュペンストとの戦い、私はパルキア少女として世界中を転戦していたから。


 「突っ込むのは野暮なんだろうが、それって楽しかったか?」

きらら
 「楽しくはない、でも護る物に誇りはあった」

ポケモン少女として産まれ、家族から引き離され、それでも私は戦えたのは仲間がいたからだ。
お兄さんは難しく考える顔をしていたが、すぐに頭を掻いた。


 「ちょっと外出るか」



***




 「良い天気だねぇ」

きらら
 「うん、洗濯物もすぐに乾くと思う」

私達は外に出ると、空を見上げてそう言った。
平和な世界だ、私達ポケモン少女も必要ない位。

きらら
 「それで、どこに行くの?」


 「とりあえず飯、だな」

茂お兄さんはそう言うとお腹を抑えた。

きらら
 (自炊……出来れば良いんだけど)

私は家庭的な事ならば大体出来るが、料理だけは何故か出来なかった。
それは忙しかったからとか、学ぼうとしなかったからではなく、呪われたように出来ないのだ。

きらら
 (まぁ、愛に甘えていたの否定できないけど……)

思わず同僚の事を思い出す。
親友でニンフィアのソウルを宿す少女友井愛は、普段おっとりしているが、私以上に優秀な女性だ。
同じ若さで1年生を纏められているのが証明だろう。

きらら
 (皆……今の私が心配するのもおかしいんだろうけど、元気にしてるかな?)

私は脳裏に掛け替えのない仲間達を浮かべた。
本来ならば、自分の方が心配される側だろうが、私にとっては心配な物は心配なのだ。
特に放っておいたら、どこまでも行って消えてしまいそうな琉生ちゃんは……。


 「どうした? きららちゃん?」

きらら
 「……ううん。なんでもない」

気がつけば足が止まっていたらしく、少し先で茂お兄さんが立ち止まって振り返っていた。
私は今は感傷を振り切って茂お兄さんを追いかけた。



***




 (心配、するよな……普通)

俺は隣を歩く、この物静かな少女を覗き見た。
普段はしっかりしていて、その上気丈。
これで能力があれば、社会に出ても即戦力だろう。
料理だけは壊滅級だが、逆に言えば欠点もそれ位。
嫁の引き取り手も、彼女ならば引く手数多か。

だけど、そんな彼女が時折浮かべる憂いはなんだろう。


 (人の顔色を見て生きてきた身だが、こういうの気付いちまうのって、デメリットかねぇ?)

人は時として鈍感な方が良いと思う。
特に俺のように顔色を伺わないといけない人間ってのは。
少女の時折見せる憂いは寂しさの現れだろう。
考えるまでもなく、ここにはきららちゃんの思い出は何もない。
俺ならば0からのスタートにも耐えられるが、少女には厳しいに違いない。


 (俺は不器用だな……やっぱりきららちゃんの居場所にはなってやれないのか)

大人は卑怯な生き物だ。
いつも言い訳めいて保身を考える。
俺もそういう卑しい存在なのだろう。
きららちゃんと自分を比べて、自分がどれだけ綺麗事を並べているのか。


 「人は簡単には聖人にはなれんよな……」

きらら
 「えっ? 何?」

俺の独り言が零れていたのか、きららちゃんは目を丸くしていた。
俺はそんな少女のあどけない顔を見て、心の中である決意をする。


 (俺は聖人にはなれん……だが偽善でも構わない、彼女を助けよう)

理由ありきの正義は偽善だろう。
残念ながら俺は偽善者だ、本物の善人ならば忖度など要らない。
だが俺がそんな無邪気な事ができる時代はとうの昔に捨て去った。
それでも俺のなけなしの良心は見捨てるという選択肢は用意してくれなかった。
彼女を助けることは自己満足だろう、だが俺はそれでも彼女の居場所であるべきだと思う。
それが大人の責任なんだろう。


 「何食いたい?」

俺は少女に陳腐な質問を投げかける。

きらら
 「私は軽めの物でいいよ」


 「おのれ!? それは遠回しに俺が油物大好きビール腹と知っての当てつけか!?」

きらら
 「そ、そんなつもりは……」

きららちゃんは俺の口撃に困惑し、困り果てた。
きららちゃんは優しい子だけに、こういう理不尽には弱いようだ。


 「フハハ! 今日は気分が良い! 寿司でも焼き肉でも好きに所望するが良い!」

俺はそう言って高笑いする。
きららちゃんは残念ながら、こういうテンションには対応出来ないらしいが、それも個性だろう。



***



茂お兄さんと一緒にいるのは、苦労も多いけど、とても楽しかった。
元の世界には充実感もあったけれど、どこか非現実的だったように思える。
この世界は平和だ、パルキア娘である私に普通に生きることを許してくれる。

きらら
 「……」

私は夕暮れの空を見上げた。
隣で茂お兄さんはそれをそっと見つめている。


 「どうかした、か?」

きらら
 「この世界に骨を埋める……悪くないのかも」

それは過去の世界との決別であろうか?
未だ未練がないわけではない。
何よりも戦いを途中で放棄した負いはある。
愛も、琉生ちゃんも、今も戦っているのだろうか?
それが罪のように私の背を襲うが……同時にこの人の、茂お兄さんの側でなら赦される気がした。

だが……その想いの形は、思わぬ結果を招く。
まだ私はこの世界の意味さえ知らない。
似ているようで、でも決定的に違う……この世界のことを。


 『――らら、きらら……』

きらら
 「ッ!?」

私は、『声』を聞いた。
咄嗟に足を止め、周囲を伺うが、その声の主はいない。


 「ど、どうした!?」

茂お兄さんは私の異変に驚く。
私は冷静にその声の主を探ろうとした。
声の主は……!

きらら
 「パルキア!? 貴方なの!?」

私は空間に叫んだ。
既に知覚情報は認識の外に外れ、遥か遠くに現実は消え失せた。


 『そこは、触れ得ざる地……奴らを近づけては……!』

きらら
 「奴ら、奴らですって!?」

その瞬間だった。
私は現実に戻されると、目の前にコールタール状の身体をした異形のクリーチャーを発見してしまった。


 「な、なんだあの化け物は……!?」

きらら
 「ゲシュペンスト!? お兄さん逃げて!?」

私は咄嗟にお兄さんを護るように、ゲシュペンストは私を目と鼻のない顔で睨みつけた。
ゲシュペンストβ、まるで私同様に迷い込んだ異物であった。


 「逃げろって! きららちゃんはどうする気だ!?」

私は身体が震えている。
誰よりもゲシュペンストの恐ろしさを知っているから、アレの前に立つことが以下に無謀な事か。

きらら
 (パルキア……貴方は)

私は自分のスマホを見た。
一見すればなんの変哲もない普通のスマホだが、これは列記としたオーパーツ。
ソウルリンクスマホ、ポケモン少女のソウルの制御と抑制を行う変身補助具。
だが……今は!

ゲシュペンスト
 「!!」

ゲシュペンストは迷わず私をターゲットと見定め、その大きな鉤爪の手を持ち上げた。


 「危ない!」

その瞬間、私の身体は茂お兄さんに引っ張られて、横に跳んだ。
私の居た場所はゲシュペンストβの爪によって大きくアスファルトが抉られている。


 「何ボサッとしてるんだ!?」

きらら
 「あ……」

茂お兄さんは、怒った顔だったが真剣な目で私を見た。

きらら
 「ゲシュペンストは倒さないと……」


 「それを君が全て背負う必要があるってのか!?」

きらら
 「ッ!?」

茂お兄さんは言っているんだ。
私の分を背負ってくれるって。
どうしてこの人は……優しくて、お人好しなんだろう。

ゲシュペンスト
 「!」

ゲシュペンストはゆらりと、振り返り私達を見た。


 「ち! こうなったら警察が来るまで時間を稼がねぇと」

きらら
 「駄目! ゲシュペンストに物質界の攻撃は通じない! 被害が広がるだけ!」

私は歴史の授業で習っている。
ポケモン少女出現と同時期に出現したゲシュペンストには汎ゆる兵器が通用しなかった。
幽霊のように、そこにおり、一方的に物質界に力を加える者、だから幽霊(ゲシュペンスト)なのだ。

きらら
 (パルキア……お願い! 力を貸して! このままじゃ茂お兄さんが死んじゃう!)

私は涙しながら懇願した。
まるで神に祈るように。
今お兄さんは理不尽に襲われようとしています。
誰か、助けて……!


 『いい根性してるじゃないの』

きらら
 (え?)

それははっきりとした女性のクリアな声だった。
パルキアの聞き取り辛い声とは違う。


 『良いだろう、アタシが力を貸してやる!』

その声は喜々としていてたが、私はそれに縋るしかなかった。

スマホ
 『パルキアのソウルを検出』

身体に力が流れてきた。
ただの少女から、その身も魂も異なる存在へ変質させていく。
私はソウルリンクスマホを目の前に翳した。

きらら
 「いくよ、パルキア」

スマホ
 『ソウルパルキア、コンバート』

私はそのスマホの表面を縦になぞる。
私の変身制御が解除された。

きらら
 「メイクアップ!」

それは私に起きた変化だ。
体細胞から人間からポケモンへと置き換わっていき、大きな尻尾、両肩に巨大なパールが生え、全身を乳白色のドレスに包み込む。


 「ポケモン……少女!?」

茂お兄さんは驚いた顔をした。
当然だろう、目の前に魔法少女や変身ヒロインの類した者が現れたのだから。

きらら
 「茂お兄さんは……私が護る!」

私はその手振るった。
『亜空切断』、その技は空間ごとゲシュペンストβを切り裂いた!

ゲシュペンストβ
 「!?」

ゲシュペンストβは脆くも一瞬で霧散した。
パルキアと化した私の前では、あれ程の驚異も対した意味がないのだ。


 「きらら……ちゃん?」

私は茂お兄さんに振り返ると、笑顔を見せた。
まずは彼の無事に安堵し、同時に自分が異物である事を認識して。

きらら
 「これが私の本当の姿、幻滅した?」


 「……そんな事はない、とても綺麗だ」

茂お兄さんの顔はやはり優しかった。
異形の私を、それでもお兄さんは受け入れてくれている。
だけど、私は空を見上げて。

きらら
 「お兄さん、ごめんなさい……私は、帰らないと」


 「暗い顔をするな、いけ! お前は正義のヒロインなんだろう!?」

茂お兄さんの言葉は激励だった。
それだけでも私の涙腺は緩んでしまう。
でも、私は笑顔を頑張って見せた。

きらら
 「ありがとう、ございました……!」


 「きららちゃん……もし、辛くなったら、いつでも来ていいんだからな?」

その言葉の瞬間、遂に私の涙腺は崩壊した。
耐えられなかった、その優しい言葉は私には強すぎたのだ。

きらら
 「……ごきげんよう!」

私はその瞬間、目の前の地平が全て塗り替えられた。
そこは暗黒空間にポツンと聳える光の回廊だった。


 「迷子の迷子のポケモン少女さん〜、貴方の世界は何処ですか〜?」

そして光の回廊の先には、肌の浅黒い幼女がいた。
ジャラジャラと金色のリングを手で回しながら、私に近づいて来た。

きらら
 「力を貸してくれたのは、貴方?」


 「ただの迷子なら放っておくけど、茂君にヤンチャするなら、アタシもメチャ許せんよなぁ〜?」

私は驚いた。
この幼女もお兄さんの知り合い?


 「フフッ、まぁ君のいた特異な世界線には私は存在しないけどね」

きらら
 「世界線?」

聞き慣れない言葉だ。
だが幼女は説明する気もないらしく、光の回廊の先を指差すと。


 「ほら、お帰りはアッチ」

きらら
 「……!」

この先に皆のいる世界がある?

きらら
 「ねぇ、どうして私とゲシュペンストはあの世界に迷い込んだの?」


 「どうだっていいことさ、世界は星の数ほどある、ただその中の輝きの一つに過ぎないのさ」

幼女はのらりくらりとしている。
答える気がないのか、それとも本当は知らないのか。

きらら
 「いいわ、私は帰らないといけない! パルキアのソウルを宿すポケモン少女なのだから!」

やがて、私は光に包まれていった。
全てが白に染まる中、最後に思い浮かべたのはあの死んだ魚の目をした優しき男のことだったーー。



突ポ娘×PHG
突然始まるポケモン娘と異邦から来たパルキア少女と一緒に過ごす物語 完


KaZuKiNa ( 2020/06/17(水) 17:47 )