#3 前を向いて
#3
恋
(私が呼ばれた理由はなんだったのか)
私の名は恋、本当の名前は知らない。
存在するのかも、私は街の暗部で生まれた孤児だ。
あの街は無慈悲だ。
子供が出来る事などたかがしれており、親の庇護を受けられないならば、食い逃げ、スリ、やがて盗賊になるしかない。
そんな私は養父に拾われた。
私が収めた拳の名は黄龍拳、その一撃は必殺、天をも焦がす天下無双の拳。
されど養父は戦いの中で死に、私は復讐者として生きる事を決意させた。
恋
(しかし、それも結局は実らなかった)
そうだ、影は才があった訳ではない。
まして非情にもなれない拳士としては半端者であった。
だがそんな失意と絶望の中で、私は奇跡と出会えたのだ。
***
恋
「はぁ、はぁ。轟?」
清山拳伝承の儀を終えた私は、師匠を先に行かせ、轟と心ゆくまで拳を交わした。
その戦いの結果は? それは胸に秘めておく。
そして轟と一緒に光の扉を潜ると、気がつけば轟の姿が無かった。
パチパチパチ。
?
「コングラッチュレーション! おめでとう清山拳伝承者!」
恋
「だ、誰ですか?」
突然目の前に、顔のない能面のような男が現れた。
しかし私はその気配と言うのだろうか、気に異質さを感じ取る。
闇を纏ったような姿、その本質は私には見えてこない。
?
「私は混沌、君にチャンスを与えた者だ」
恋
「チャンスですって?」
私はそこで中老師の言葉を思い出す。
まさか、こいつが中老師の言っていた神様?
混沌
「ブハハ! 絶望の中で拳士として大成することもなく死ぬ影、君に中老師を送り込み、常葉茂を与えた、どうだい、今は気分がいいだろう?」
恋
「どういう意味で? 何故そこまで無関係の私にするんですか?」
私はあくまで警戒した。
中老師の言う神様ならば、その力は一拳士に過ぎない私にはどうする事も出来ないだろう。
だが、なんというか……この男、どこか危険な気を感じる。
混沌
「実験だよ」
恋
「実験?」
混沌
「限りなく少ない人数で、しかも記憶を失い、時間もない。その状態での常葉茂が起こす現象の観測だよ」
恋
「師匠ですって!?」
では、混沌の目的は茂師匠!?
混沌の表情は分からないが、結果には満足している雰囲気。
私は冷や汗を流すと、ある事を聞いた。
恋
「では、轟は? 轟は何だったんです?」
混沌
「ん? あれも中老師と同じ、ギミックだよ。君を覚醒させるためのね」
恋
「……っ!」
私はその言葉に拳を握り込んだ。
ある程度予想していた。
この存在から感じる異質な気。
それは邪悪さだった。
こいつは轟と中老師をギミックと言ったのだ!
恋
「……理解しました」
混沌
「ん?」
恋
「貴方が危険だと言うことが!」
私は瞬時に踏み込んだ!
相手の目の前で震脚を踏むと、掌底を叩きつける!
恋
「ハイヤー!」
私は烈火の勢いで放った。
混沌は咄嗟の攻撃に反応できなかったか、身体をくの字に曲げたが、しかし身の毛がよだつ思いをしたのは私の方だった。
恋
「感触がない!?」
混沌
「ブハハハ! いい踏み込みだ、それに思い切りもいい、これは予想外の副産物かな!?」
混沌はゆっくりと距離を離すと、そう言って笑った。
私は拳を戻し、自然体で清山拳を構える。
恋
「く! 貴様の目的は知らない! でもあの優れた拳士達を愚弄するな!」
混沌
「ブハハハ! おかしな事を! 所詮格闘家なぞ、強くなれば強くなるほど、エゴイストになる生き物だろう!? 君もここまで何人を踏み台にしてきた!?」
恋
「確かにその通りかもしれません……ですが、私はその意味を変えます! 私が目指す真の格闘家はその先にある筈!!」
私はもう一度踏み込んだ。
さっきと同じ反応だったらどうする!?
ただの格闘術が神に通用するのか!?
そんな逡巡を覚えながら、しかし身体は正確に動いてしまう。
恋
(やれるかやれないかじゃない! やるんだ!!)
私は右の拳を放つ。
混沌はゆらりとそれを回避した。
恋
「ハイ! ハイ! ハイ!」
私は構わずコンビネーションを仕掛けるが、混沌はそれものらりくらりと身をかわした。
混沌
「やれやれ、やっぱり君のような人種が一番理解出来ないよ、何故戦う? 私は敵じゃない」
恋
「本当にそうでしょうか?」
混沌
「なに?」
恋
「貴方は格闘家などではない、本来ならば私が関わるべきではないのかも知れません」
いやきっとそうだろう。
格闘家がガンマンと戦うのはナンセンスだ。
熊と戦う? 恐竜と戦う?
強い者に憧れ、誰もが最強を目指す。
その道程にこの男が立ちふさがるとは思えない。
きっと、その点では私もエゴイストなのだろう。
強敵を見れば、怖い反面、戦わずにはいられないんだから!
恋
「ですが! 私は拳士、格闘家ではなく、清山拳伝承者として、世を乱す者を見過ごす訳には行きません!」
混沌
「正義の味方のつもりか!」
恋
「私の拳はその為にある!」
私はハイキックを放った。
混沌はそれをバックステップで余裕をもって、回避した。
混沌
「やれやれ、あんまり失望させるなよ、自由に生きようぜ?」
恋
「自由、それはそれだけの責任も付き纏うはずです」
平行線だ。
混沌は私を勧誘したいのだろうが、私にその気はない。
私は、自分の拳が如何に危険かを知っている。
だからこそ私には清山拳伝承者としての大いなる責任がある。
恋
「先代伝承者の教え……そして、師匠の教えが! 私を闘わせるのです!」
混沌
「ならさ! どうだい? 常葉茂と会いたくないか? 恋しいだろう? 手を組まないか? そうすれば幾らでもイチャつけるぞ!」
恋
「師匠を……愚弄するなぁー!!」
私は魂を燃え上がらせた。
マーシャドーはその本当の力を使う時、私の体は群青色のオーラを纏う。
師匠は、茂師匠はこんな邪悪な魂はしていない!
もし許されるならば! 私はあの人を護りたい!
その為ならば、神でも斃す!
恋
「イヤー!!」
発勁、私のシンプルでそしてスタンダードな一撃は混沌を捉えた。
だが!?
混沌
「ククク、本当に君も愚かだねぇ、乗っていれば常葉茂を独り占め出来たのに」
混沌は効いていない!
まるでゴーストタイプと戦っているみたいだ!
恋
「破廉恥な! そ、そんなやましい想いは持っていない!」
私は顔を真っ赤にしてしまう。
そ、そりゃ茂師匠の事は敬愛しております。
でも決して破廉恥な事をしたいとか、あ、いえ師匠が求めていただけるなら私も心を決めるのですが、て、そうではなくて!
混沌
「ブハハハ、もう君に用はないな……私はこう見えて忙しい、それでは失礼するよ」
そう言うと、混沌の背後に黒い穴のような物が現れた。
恋
「ま、待て!?」
ここで逃してはいけない!
少なくともこいつは師匠を利用して何かをしようとしている!
それを許すわけにはいかない!
混沌
「ブハハハ! サヨナラ!」
混沌が闇に沈み込む。
私は無我夢中でその闇に飛び込んだ。
恋
(く!? 師匠、私に力を!)
私は闇の中で師匠を想い、精神を集中させた。
しかし、次の瞬間私の視界に飛び込んで来たのは白刃の刃だった。
恋
「はっ!? はぁ!」
私は咄嗟に屈み込むとその刃を寸前で回避し、足払いを放った!
***
ルージュ
「うーん、本当に寂しい街だね」
恋
「そうですね」
あの後、この深紅の甲冑に身を包んだ黒く艶のある綺麗な髪を腰まで伸ばした女性、ルージュさんと闘った後、この謎の世界を探索していた。
全てが色褪せた街は、とても広く二人で探していては埒が明かない。
恋
「本当にこうしていていいのでしょうか?」
私は段々不安になっていた。
ルージュさんはあんまり気にしていないみたいだけど、正直早くも徒労感を感じてしまう。
恋
「闇雲に探しても混沌も師匠も見つからない、これじゃここは閉鎖空間と変わらないんじゃ……」
ルージュ
「そうかな? アタシは違うと思うな」
恋
「えっ?」
ルージュ
「だって、恋ちゃんと出会えたもの! だったら、まだ希望はあるよ! て、茂なら言ってると思う!」
ルージュさんは疑う事を知らないのか、そう言うと「グフフ♪」とお世辞にも全く可愛くない笑い方で笑っていた。
恋
「師匠……」
私はつい師匠を思い出すと、寂しくなった。
でも泣き言は言わない。
確かに師匠はいつだって前向きで、どんな時も私を導いてくれた。
ある意味で茂師匠は前を向いて歩き続ける人だった。
だからこそ、師匠は常に活路を見いだせたのかもしれない。
恋
「そうですね、立ち止まっても活路は見えません」
ルージュ
「ケヒケヒ♪ そうそう、茂なら絶対そう言う!」
それにしてもルージュさん黙っていれば、背も高くて美人なのに、笑い方は壊滅的だよね。
それでも師匠をこれだけ信頼出来るのは凄い。
勿論私も敬愛し、信頼しているがルージュさんは私とは何かが違う。
恋
(知りたい、ルージュさんが秘めている物を知れば、私は真の格闘家に一歩近づける気がする!)
ルージュ
「うーん、でも足で稼ぐのも限界感じるよね」
ルージュさんはそう言うと両手を組んで空を見上げた。
だけど空を見てルージュさんは表情を変える。
ルージュ
「空? そうだ!」
恋
「どうしたんです?」
ルージュ
「高いところ行こう! そうすれば見えないものも見えるかも!」
ルージュさんはポンと手を叩くとそう言った。
なるほど、盲点でした。
確かに地べたで見渡しても視界は狭い。
しかしそうなると。
恋
「一番高いのは……お城でしょうか?」
私は眼下に聳える石積みの城を指差した。
母国ではあまり見ない城の造形で、巨大な塔も聳え立っている。
ルージュ
「うん、あれだろうね」
ルージュさんも同意した。
ならば私達が向かうべきは街の奥に見える城ね。
***
城まで辿り着いた私達は、まず門を越えた先に広がる庭園に驚かされた。
ルージュ
「す、凄い……!」
恋
「ええ、正に贅の限りを尽くしたと言えましょうか、しかし……」
いくつ物噴水、咲き誇る花々。
いずれも素晴らしいが、しかしやはり生気がない。
きっとここは皇帝の居城ではないだろうか。
しかし主もいないのか、この世界は酷く寂しい。
ルージュ
「城に入ろう?」
私は頷くと、いよいよ城の扉の前までやってきた。
私達は扉の取っ手を掴むと、一緒に引く。
ギィィ。
扉の軋む音は年季を感じさせ、私達は人の気配のしない城の中に踏み込んだ。
恋
「見たことのない調度品が一杯です、それに中も広い!」
城の中は真っ赤な絨毯が敷かれ、まるで宮殿である。
壁には全身を覆う鎧の像が建てられ、机には白磁の壷のような物が置かれていた。
ルージュ
「ば、場違い感凄いね」
恋
「全くです」
思わず息を呑んでしまう。
ただこの荘厳さも私達だけだと宝の持ち腐れだ。
私達は階段を探して城を歩き回った。
恋
「それにしても混沌の狙いは何でしょうか?」
ルージュ
「うーん? 茂みたいだけど?」
そう、師匠が狙いなのはまず間違いない。
師匠の持つ力? みたいな物が狙いみたいだが。
恋
「では、私達を引き合わせたのは?」
ルージュ
「え? ううーん……」
それはルージュさんにも分からない。
勿論私も答えなんてでない。
私達はそれぞれ生きた世界が異なる。
お互い混沌の実験に巻き込まれたと言えるが、じゃあなぜこの世界に呼び込んだ?
恋
「これも実験なのでしょうか?」
ルージュ
「私達をモルモット扱い、気分が悪いね」
恋
「はい……」
だが、考えられるの混沌の実験はまだ終わっていないという予測だ。
そうでなければ、私達を引き合わせた理由がつかない。
混沌にとって私達は有象無象かもしれないが、だからといって集めるメリットはないんじゃないだろうか?
ルージュ
「茂は、何してるのかな?」
ルージュさんはそう言うと、暗く俯いてしまう。
私も思わず師匠を思い出して、泣きそうになった。
恋
「師匠はきっとあんな化け物に従いません! きっと混沌にも抗っています!」
ルージュ
「そ、そうだね! 茂だもんね! あ、階段発見!」
ルージュさんは階段を発見すると駆けた。
ちょっとでも油断すると、気落ちしそうになる現状、どれだけ明るくいられるか、それが私達の鍵かもしれない。
私達は階段を昇ると、更に目の前に大きくきらびやかな装飾の施された大階段が見える。
恋
「内装を見るに、謁見の間でしょうか?」
私達は大階段を昇ると、玉座が見えた。
ここが最上階だろうか?
私達は周囲を伺う。
恋
「ベランダがありますね」
謁見の間の脇を進むと、王の住居スペースが見えた。
そしてそれに備えられるようにベランダがあるのだ。
ルージュ
「ここからなら」
私達はベランダに出ると、そこからは確かに街の全貌が見渡せた。
まずはどこに何があるか確認ね。
恋
「街は……噴水広場を中心にいくつか大通りが別れてますね」
ルージュ
「うーん」
恋
「ルージュさん? どうかしました?」
ルージュ
「アタシの勘ってそんなにアテにならないんだけどさ、なんだかアソコが気になるんだよね」
ルージュさんがそう言うと、街の外れの山を指差した。
恋
「山、ですか」
それはどこか懐かしい。
そう、清山拳道場もまた、険しい山脈な中にあるのだ。
私が復讐に燃えていた頃、あまりの山の険しさに目前で倒れた。
そこを偶然通りかかったカビゴンの包師範代に見つけられ、その命を助けて貰ったのだ。
あの頃の私には複雑な思いだったけど、今となれば麗師範代のしごきもいい思い出だ。
恋
「良いですね、行きましょう!」
ルージュ
「え!? 良いの!?」
恋
「待っていても何も好転しません、ならば可能性をドンドン探りましょう!」
私はそう言うと、その場から飛び出した。
ルージュ
「え!? ちょ! 恋ちゃん!?」
私は近くに立った木を蹴り、反動を殺しながら、最後は空中を3回転して、庭園に着地した。
ルージュさんは、今もベランダで呆然としていた。
恋
「ルージュさん! 善は急げですよ!?」
ルージュ
「えええ!?」
私はルージュさんが飛び込むのをにこやかに待った。
しかし結局は彼女は飛ばずに、走って入り口から出てくるのだった。
そうだ、何も分からなくても、前には進もう。
茂師匠のように!
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#3 前を向いて 完
#4に続く。