#10 無垢なる竜
#10
茂
「さて……ドラゴンの捜索だが」
朝、日が昇ると俺達はドラゴンの捜索を開始する。
とはいえ、ドラゴンの居場所の情報は少ない。
あれから動いていないとも考えづらく、どう方針を立てるべきか。
陽光
「もう、高原を旅立ってから結構経ちます……」
シェイミ
「うぅ……皆」
俺たちの目的はあくまでドラゴンの血清が目的だ。
遅れれば遅れるほど患者の容態は保証できない。
ナットレイ
「闇雲に探しても時間の無駄か」
ナットレイも妙案はないのか、腕を組んでため息を吐く。
俺は最後にティナに意見を求めた。
茂
「ティナは何か分かるか?」
ティナ
「私も具体的にドラゴンの居場所が分かる訳じゃないわ」
茂
「そうか……」
ティナ
「でも、方法がない訳でもないわ」
シェイミ
「っ! それって!?」
ティナ
「私達よりよっぽど血眼でドラゴンを捜索している連中がいるでしょ?」
ティナはフフン♪ と鼻を鳴らす。
俺はそうかと、その意味を理解した。
茂
「ドラゴン討伐隊か!?」
ナットレイ
「なるほど、確かに討伐隊なら僕達より情報を持ってそうだね」
ティナ
「それにドラゴン一匹を探すより、見つけやすいでしょ?」
シェイミ
「そうと決まれば!」
シェイミは頭の翼を羽ばたかせると、空を舞う。
ティナ
「一人より二人よね?」
ティナはそんなシェイミを追い、漆黒の翼を広げ、飛び上がる。
俺達は二人を頼りに進む方角を決めるのだ。
ナットレイ
「さて、なにか発見できればいいんだけど」
陽光
「……っ」
茂
「? 陽光?」
ふと、陽光の様子を見ると、陽光は少しだけ苦しそうに胸を抑えていた。
俺は彼女になにか違和感を覚え、近づいて顔を覗くと。
カボ
「ニ、ニイチャンカオチケーヨ!?」
陽光
「ぴゃあ!? お、お兄さん!?」
久しぶりにカボが出るほどテンパったな。
陽光は俺から数歩離れると顔を赤面させた。
茂
「お、おい、そんな驚かなくても……あ」
陽光
「……きゃ!?」
陽光の身体が後ろに傾いた。
周囲をよく見ずに後退したから、足元を取られたのだ。
ナットレイ
「危ない!」
茂
「陽光!!」
俺は咄嗟に手を伸ばすと、彼女の身体を掴み抱える。
そして俺は陽光のクッションになるように後ろに回ると、地面に背中を打ち付けた。
茂
「ぐあ!?」
陽光
「あ……、し、茂お兄さん!?」
茂
「痛ぇ……だ、大丈夫か?」
陽光
「わ、私よりお兄さんの方が心配ですっ!」
陽光は俺の体の上から退くと、すかさず俺の背中を診た。
そして背中を見て、陽光は安堵の溜息を吐く。
陽光
「はぁ、良かった……怪我してない」
茂
「それは重畳、だが元はと言えば陽光が素っ頓狂な反応を見せるから」
俺はゆっくり立ち上がると、陽光に注意するように言った。
陽光
「……うぅ、すみません」
茂
「まぁ、それはもう良い、それより陽光……一体何を考えていたんだ?」
驚いて倒れる前、陽光の顔は何処か憂いがあった。
俺はそれが何か既視感を覚え、気になったのだ。
陽光
「……べ、別に、大したことじゃ……」
茂
「……言いたくないか、まぁいい」
陽光はやはり、これまでの娘達と比べると、少し影があるように思える。
性格はそれぞれ人様々、裏表もない奴もいれば、はっきり明暗別れた奴もいる。
この点で言えば、やっぱり陽光は陰キャなんだろうな。
俺の前では大分改善していたように思えたんだが、言えない事、秘めた事、それなりにあるということか。
茂
「さて、上の方はどうかな?」
俺は晴天の空を見上げる。
シェイミとティナは空から隈なく、周囲を捜索していた。
***
陽光
(……はぁ、嫌われたかな?)
私はさっきの一連の出来事に、声にすることなく落胆してしまう。
自分はどうしてこういう時にテンパってしまうのだろう?
茂お兄さんに対する反抗的態度は充分自己嫌悪の対象だった。
ナットレイ
「パンプジン……少し良い?」
陽光
「え?」
ナットレイさんだ、ナットレイさんは随分真剣な顔をしており、普段の諧謔家な雰囲気とは異なる。
私は緊張した面持ちで、頷いた。
陽光
「な、なんでしょうか?」
ナットレイ
「じゃあ単刀直入に聞くけど、茂君が好きなんだよね?」
私はその予想外過ぎる言葉に顔を真っ赤に紅潮させてしまう。
そしてまたもやテンパると、アタフタと意味不明な動きをしながら、茂お兄さんを覗き見た。
よし、とりあえず気付いていない!
陽光
「な、なんで今この時……?」
ナットレイさんは私の反応を見ると腕を組んで、「はぁ……」と溜息を吐いた。
あれ? 私何か間違ってる?
ナットレイ
「茂君が好きって、それが全員って笑えないよね」
陽光
「全員って……え?」
ナットレイ
「何かおかしい? 僕だって女の子だよ?」
え? 本気で?
思わず二度疑う程衝撃だった。
あざとい程アピールするシェイミちゃんやティナさんに比べ、ナットレイさんはからかう程度で、茂さんとは仲は良いが、あくまでそういう認識でいた。
だけど、彼女は自分も女の子だと言った。
ナットレイさんも本気で茂お兄さんを狙ってる!? 
陽光
「〜〜〜!?」
ボフン! と頭から蒸気が吹き出しそうな程、私は混乱してしまう。
茂お兄さんに明確な好意を抱いているのは元々シェイミちゃんだけだった。
私も最初はむしろ怖かったし、でも旅の中で徐々に彼に惹かれていった。
茂お兄さんには私の全部じゃ全然返せない程感謝しているし、そして異性として好きになってしまった。
でも、ティナさんに比べたら、私は性格も暗いし、見た目も野暮ったくて全然華やかじゃない。
昨日の夜だって、茂お兄さんとティナさんは話し込んでいたし、私ってティナさんと比べて何が勝ってるんだろうと思った。
それ位私は女として劣っているし、でも茂お兄さんを愛している。
そこにナットレイさんまで?
ナットレイさんは不器用だ、そういうアピールは殆ど見たことがない。
だけど私より出会ったのは後なのに、会話数は圧倒的にナットレイさんの方が多い!
ていうか、茂お兄さんとナットレイさんって結構空気感合ってるんだよね!?
シェイミちゃんのようなロリアピールも出来ない!
ティナさんのような大人の魅力もない!
しかもそこにナットレイさんのようなコミュ力高い上に、屈託なく付き合える女性って、私の評価点どこ!?
ナットレイ
「クス、でもそれはもう僕は諦めてる」
ナットレイさんは微笑すると首を振った。
え? 諦めたって……?
ナットレイ
「そりゃ、本当なら僕も競争に加わりたいって思ってるけど、君には敵わない」
陽光
「そんな、わ、私ナットレイさんみたいに、楽しい会話なんて無理ですし、そ、それに……」
ナットレイさんの良いところ、まだ短い付き合いだけど一杯知っている。
だけどナットレイさんは。
ナットレイ
「それでも……茂君は君を選んだんだ」
陽光
「え……?」
ナットレイ
「君は名前を貰えた、それはとても光栄で羨ましいとさえ思った、正直魔女の森を越えてから君に嫉妬しっぱなしだった」
し、嫉妬……知らなかった。
私の一応パンプジンなのに、そういう負の感情に鈍感なのって……。
しかし、その言葉の裏でナットレイさんは笑っている。
それは穏やかで、もう彼女の中で何か答えが決まっているからだろうか。
ナットレイ
「パンプジン……いや陽光君、君が何を悩んでいるかは知らない、でも君は茂君に選ばれたんだ、その意味を考えてほしい。じゃないと勝手に諦めた僕が滑稽だからね……」
陽光
「ナットレイさん……」
ナットレイさんが初めて頂いた名前で呼んでくれた。
それまでは何処か諦めきれない想いがあったから、名前では呼んでくれなかったのだろう。
いわば、これは想いを託されたんだ。
私はその意味をよく考える。
陽光
(私が逆なら、好きな人に振り向いて貰えないって、きっと耐えられない……ナットレイさんは、そんな想いに耐えてるんだね……)
私はその想いを裏切ってはいけないんだ。
それは彼女に対する侮辱になる。
だから私は真剣な面持ちになると彼女に言った。
陽光
「はい、ナットレイさんの想い、受け取りました」
ナットレイ
「フフ、応援してるよ陽光君」
ナットレイはそう言って微笑むと、茂さんが私達に向かって叫ぶ。
茂
「おーい! 上空の二人が何かを発見したみたいだ!」
気がつけば、シェイミちゃん達がある方向を指差している。
討伐隊を見つけたのだろうか、私達は茂お兄さんの後を追った。
陽光
(私、茂お兄さんが好き、女の魅力で劣っていても、想いでは負けない! だから、例え短い付き合いでも、私は貴方を!)
***
キャンプ場所から北数キロ、やや小高い丘の上にキャラバンが展開されていた。
茂
「あれが討伐隊か?」
ティナ
「見た感じ、後方部隊って感じね」
小高い丘の上には、いくつものコテージが見当たる。
更に何十人、いや下手すりゃ百人以上か?
まるで小さな村のような規模だった。
俺達はなだらかな斜面を登ると、入口で俺たちを止める男がいた。
男A
「止まれ、見かけないポケモン達だな? ここはムゲンダイナ討伐隊の後方支援基地だぞ?」
茂
「ムゲンダイナ?」
聞いた事のないポケモンだった。
俺を止めた男(恐らくカメール)は、俺が知らないのを見るとご丁寧に説明をしてくれた。
カメール
「ムゲンダイナはドラゴンの呼称だ、はっきりとした種族名は分からんが、我々はドラゴンをムゲンダイナと呼んでいる」
茂
(聞いた事のないポケモンだな……だが、なんとなくしっくりくる物がある)
俺が最後にプレイしたのは第7世代、そして発売されたのも第七世代までだ。
だがメルタンのように新種のポケモンの可能性が高いか。
ムゲンダイナ、それが彼女の名か……。
ティナ
「私達もそのムゲンダイナの討伐に来たのだけど、今何処にいるのかしら?」
カメール
「傭兵か……今ムゲンダイナはゴート遺跡群に潜伏しているようだが……」
茂
「ゴート遺跡群!」
ナットレイ
「なるほどあそこは今でも廃墟が多い、隠れるには都合が良いか」
遂にドラゴンの、ムゲンダイナの居場所を掴んだか!
俺達はそれを確認すると、その場を後にする。
するべき事は決まっている、ムゲンダイナは殺させない!
ティナ
「今から移動するのは面倒ね、早い方がいいし、ショートカットしましょう」
ティナはそう言うと、大きな暗黒空間を開いた。
破れた世界を経由して、ショートカットするのか。
茂
「皆、行くぞ!」
シェイミ
「うん! 皆を救うために!」
ナットレイ
「ああ、必ず守ってみせるさ!」
陽光
「この旅を終わらせるために!」
俺達は決意を固めると、暗黒空間に入っていく。
そうだ、シェイミたちも、ムゲンダイナも不幸にしないために!
***
ゴート遺跡群。
かつてゴートという大都市があったという場所は、今や無数の廃墟が、成れの果てとして残っているに過ぎない。
だが、誰もが忘れ去った地で、今や全てが過去となった戦が再び再現されようとしているのか?
地上から飛び交う炎、電気、氷。
それは空の一点に向かって飛び交う。
男B
「ムゲンダイナを逃がすな!」
男C
「必ずここで仕留めるんだ!」
男たちは皆不揃いだが、武装している。
そして多種多様なポケモン達が皆血眼になって、その空の少女を睨むのだ。
ムゲンダイナ
「う、うううぅ!」
ムゲンダイナ、それは人化したポケモンとしてはあまりにも巨大。
直立で4〜5メートル、尻尾まで含めた全長は7メートル。
更に、その姿は全身がまるでスケルトンのようで、その胸部には怪しいエネルギー物体が流動的に渦巻いている。
おおよそ、この異形さは、この人化したポケモン世界でも大きく異なっていると言えよう。
そんなムゲンダイナは、奇妙な節を持つ翼を広げ、討伐隊の攻撃を避けている。
巨体でありながら、凄まじい身のこなしに討伐隊はムゲンダイナを捉えられずにいた。
男D
「くらえー!」
ムゲンダイナ
「!?」
ムゲンダイナは上を見上げた。
翼を広げたそのポケモンは大きな嘴を広げ、そこから岩の礫を無数に放った!
ムゲンダイナ
「くう!?」
ムゲンダイナは、その攻撃を回避できず背中に無数の岩の礫が打ち付けた!
苦悶の表情を浮かべるが、しかしムゲンダイナを倒すにはまだ足りていない。
そのポケモン、ドデカバシは再び同じ技を放つ構えを取る。
だが……、ムゲンダイナはそれを許さなかった!
ムゲンダイナ
「あああ!」
ムゲンダイナの咆哮は、半透明のカプセルに包まれた胸部のエネルギーの増大を意味する!
コアから溢れるエネルギーはムゲンダイナの全身を駆け巡ると、そのエネルギーの奔流はドデカバシに向けられた!
ドデカバシ
「ひっ!?」
それは小さな短い悲鳴だった。
実際それは一瞬の出来事だ、紫炎の奔流は一筋の光となって、ドデカバシを包み込んだ!
そのエネルギーの奔流の直撃を受けたドデカバシはどうなったか?
地上でそれを見た討伐隊は呆然とした事だろう。
空から降ってくる黒い欠片……それはドデカバシの成れの果てだ。
男E
「う、うわあああああ!?」
討伐隊の一部から半狂乱の悲鳴が上がった。
たった一撃、その一撃で一人の戦士が跡形もなく消し炭にされたのだ!
大凡人外そのものの力、圧倒的力の差に討伐隊の士気は絶望的だった。
男F
「くっ! 鎮まれ! 数で有利なのは我々だ!」
何人かはそう言って、味方を鼓舞する。
だが、戦場から逃げ出す者もいただろう。
それは正解だろうか、答えは眼の前にあった。
ムゲンダイナ
「うううう! あああああああ!!」
言葉にならない咆哮。
それは討伐隊の魂さえ砕いたような響きであった。
ムゲンダイナの放つプレッシャーは心弱い者から、次々と戦意を奪わせた。
男G
「お、終わりだ……ポケモンは、神には勝てない……」
男H
「おい! 諦めるな! 俺たちがやつを止めなければ!?」
その言葉が最後まで放たれることは無かった。
なぜならその男は言葉を言い終わる前に消し炭になっていたからだ。
地上を薙ぎ払う紫炎の奔流が討伐隊を薙ぎ払ったのだ。
***
ズガァァァン!!
茂
「くっ!?」
破れた世界を越えた俺達はゴート遺跡に入った。
だが、直後爆音と振動が俺たちを襲う。
何が起きたのか、それはすぐに理解出来た。
ナットレイ
「一体何が!?」
ティナ
「あれ!」
ティナがある影を指差す。
大きな土煙が立つ場所にその少女はいたのだ。
茂
(間違いない! あの時の少女だ!)
アルビィスブロックでまるで何かに搾取されるように拘束され苦しむ少女、それは正にあの時の少女と同一である。
俺は彼女が苦しんでいるような姿を見て、無理矢理カプセルを破壊して、開放した。
彼女は俺なんか目にもくれず、空の彼方に飛び立ったが、まさか同じ世界にたどり着くとはな。
これが偶然とは思えないが、しかし例え黒幕の意図としても俺には関係ない。
茂
(お前はどうしたい!? ムゲンダイナ!?)
俺は駆けた。
危険など顧みず、ただムゲンダイナに向かった。
ティナ
「不用意に近づくのは危険だわ!」
ナットレイ
「いや、例え危険でも行くしかないさ!」
陽光
「はい! 茂お兄さんを援護しましょう!」
シェイミ
「うん!」
ティナ
「もう! 相手の危険度把握してるの!?」
そう言いつつも、ティナは俺の隣まで並走してくる。
結局は、手伝ってくれるという事だろう。
茂
「こちらからの攻撃は基本なし! あくまで彼女から血清を手に入れるのが目的って言うのを忘れるなよ!?」
ナットレイ
「当然だね!」
シェイミ
「お兄が言うなら!」
走りながら目的を再確認した俺達は、やがて戦場へとたどり着いた。
戦場は悲惨そのものだ。
まるでビームで薙ぎ払われたように地面が抉られ、バラバラの死体が散らばっている。
これだけで気分が悪くなるな。
まだマナフィのガイアの素への還元の方がマシに思えるが、比べる方が頭おかしいか。
茂
「ムゲンダイナ! もうやめろ!」
俺は空に浮かぶ巨大な少女に叫んだ。
一糸纏わぬ姿だが、エロさは欠片もない。
だが、顔はどこかあどけなく幼げだ。
俺が叫ぶと、ムゲンダイナは俺に気づき振り返った。
ムゲンダイナ
「ううう?」
ムゲンダイナは唸っていた。
問答無用で攻撃してくる様子はないが、だからといって警戒を解いてはいないようだ。
俺は少女の目をまっすぐ見ると、彼女に言う。
茂
「俺達は敵じゃない! だから安心してくれ!」
俺は両手を広げて敵じゃない、君を攻撃する意思はないと態度で示した。
それに対してムゲンダイナは。
ムゲンダイナ
「テキジャ、ナイ?」
ティナ
「片言?」
陽光
(この子、もしかして!?)
その言葉は片言でまるでオウム返しだった。
だが、俺は笑顔で頷く。
これはいい感触だ。
茂
「そうだ、敵じゃない、君を助けに来た」
ムゲンダイナ
「あう〜……」
ムゲンダイナは難しい顔をして、眉を顰めた。
これ、言葉通じてる?
ちょっと怪しい感じもするが、警戒解けたらオッケーだよね!?
茂
「降りてきてくれないか? 先ずは近くで……」
俺は、近くで腹を割って話したくて、彼女に降りてきて貰おうとした。
だが、間が悪い事はいつ起きるかは分からないものだ。
それは突然、横からムゲンダイナを襲う攻撃だった。
ゴオオオ!
茂
「なにっ!?」
炎がムゲンダイナを襲う!
炎はムゲンダイナの全身を覆うには小さいが、ムゲンダイナは必死に身体を振った。
男I
「お、おのれぇぇ! くたばれ化け物めぇぇ!!」
それは炎ポケモンだった、恐らくバオッキーは、憎悪を滾らせボロボロの身体で炎を放ったのだ。
その後ろには同じようにボロボロのポケモンたちがムゲンダイナを憎悪の目で睨みつけている。
陽光
「駄目! 彼女に憎悪を向けては!?」
ナットレイ
「陽光君!? 急にどうした!?」
陽光
「だ、駄目なんです! 彼女は……彼女は!?」
ムゲンダイナ
「うううう……おおおおおおお!!」
ムゲンダイナの咆哮が空気を震わせた。
プレッシャーは固形化したように周囲を襲う。
ギラティナのプレッシャーとは性質が違う。
このプレッシャーは純粋に危険だ!
茂
「よせ! ムゲンダイナー!」
俺はムゲンダイナに静止を呼びかけた。
だがこの幼きドラゴンに俺の声は届かない。
彼女は討伐隊の生き残りの前に飛ぶと、口から炎を放った!
火炎放射は、男たちを焼き払う威力で襲う!
それはタイプなど無視して、無数の火達磨が炎の中を踊り狂った。
シェイミ
「ひっ!?」
ナットレイ
「くっ!? 自業自得とはいえ!?」
シェイミやナットレイでさえ目を背ける、残酷な処刑だった。
討伐隊達は、全て焼き尽くされたのか、もはや戦場に立つのは俺達だけだった。
ムゲンダイナ
「あああああいいいいいいい!」
茂
「くっ!? ムゲンダイナ! それ以上は駄目だ!」
俺は必死にそう叫んだが、しかし発狂したようにムゲンダイナは叫び、暴れ狂う!
その矛先は、遂に俺たちに向かった!
ムゲンダイナ
「うううう!」
ムゲンダイナは低空を加速すると、俺達に突撃してくる!
そのスピードは凄まじく、俺は回避する間も無かった。
ティナ
「茂君! 危ない!」
ティナは咄嗟に飛び出すと、俺はティナに抱きかかえられ、ムゲンダイナの射線から間一髪逃れた。
ムゲンダイナが通り抜けた後、風が吹き荒れた。
茂
「くっ!? た、助かった」
ティナ
「もう! ぼうっとしちゃ駄目よ!? 茂君なんて鉛筆の芯を折るくらい簡単に死んじゃうんだから!」
茂
「すまん!」
俺は立ち上がると、陽光達を見た。
陽光とナットレイは反対側に避けて難を逃れ、シェイミは咄嗟に空に飛び上がったようだ。
なんとか全員無事だが、ムゲンダイナの暴走は止まらない。
ムゲンダイナ
「うううう!」
ムゲンダイナは振り返るようにクルリと回転し、空へと飛び上がると俺たちを強い憎しみで睨みつけてきた。
明確な敵意、俺達は敵と認識されたらしい。
ティナ
「説得するのは難しそうね……」
茂
「戦うしか……ないのか!?」
ムゲンダイナは口に炎を湛える。
ティナはムゲンダイナの眼の前に飛び立った。
ティナ
「ハァイ♪ ホネホネちゃん、ちょっとお痛が過ぎるんじゃないかしら?」
ムゲンダイナ
「あうう!? ああああ!」
ムゲンダイナは、意味不明な叫びと共にティナに火炎放射を放った!
陽光
「ティナさん!?」
ティナ
「くう!? 結構威力あるわね……でも、私を舐めないでくれる?」
ティナは炎を振り払った。
ドラゴンタイプであるティナには炎は効きにくい。
とはいえ、その巨体から放たれる炎はそれ自体一般の炎ポケモンの火力を凌駕している。
ティナといえど余裕の無傷とはいかないようだ。
茂
「ティナ! 無理をするな!」
ティナ
「私が盾になる! それしかないでしょ!?」
ティナはあくまでムゲンダイナの暴走の矛先を自分に集中させる気だった。
だが、それは承服しかねる危険な賭けだ!
ティナ
「フフ、お姉ちゃんが遊んであげる♪」
ムゲンダイナ
「うううあああ!」
ムゲンダイナはティナに突進する。
ティナは余裕の笑みを浮かべるが、その体格差はまるで大人と赤子だ!
ムゲンダイナはティナに乱暴に身体をぶつけると地面にそのまま突撃する!
ティナはそのまま地面に激突した!
ズガァン!
茂
「ティナー!?」
俺は血の気が引いた。
如何にギラティナの身体が強靭でも、無敵ではない。
無造作に受けたその一撃は決して軽くないはずだ!
ティナ
「ふふ、貴方ってとっても激しいのね? こういうのが趣味なのかしら?」
シェイミ
「ティナお姉! そんな事言ってる場合じゃ!?」
ティナは地面にめり込むほど強く叩きつけられたが、それでも余裕を崩さない。
それにはムゲンダイナも怪訝とした。
ムゲンダイナ
「ああああ!」
ムゲンダイナはティナに馬乗りのような格好で叫ぶと、両手に毒の力を溜める。
それは恐らく毒技だ!
ムゲンダイナの毒は未知だ、食らうのは不味い!?
ティナ
「ふふ、まるで野生のポケモンね!」
ムゲンダイナのクロスポイズン!
しかしティナはその瞬間、地面に吸い込まれた!
ムゲンダイナのクロスポイズンはそのまま地面を切り裂くと、地面は大きく抉れ、その跡は焦げたように煙を放っていた。
ナットレイ
「ギラティナは?」
ティナ
「ふう……激しいのはベットの上だけにしてほしいわね」
ティナはムゲンダイナから少し離れた場所に地面から生えるように現れた。
恐らく瞬間的に霊体化させて、難を逃れたのだろう。
茂
「ティナ! いくらなんでも無茶だ!」
ティナ
「無茶でもなんでも、茂君はこの子を助けたいんでしょ!?」
茂
「くっ!?」
その通りだ、だから誰もがムゲンダイナを攻撃しない。
ただムゲンダイナの暴走をやり過ごして、落ち着かせるために受けているのだ。
やがて、疲れたのかムゲンダイナは動きを止めた。
ムゲンダイナ
「ううう……?」
ムゲンダイナは警戒心を顕にして、周囲を伺う。
彼女はキリングマシーンなどではない、だから必ず分かりあえる筈だ。
茂
「ムゲンダイナ、俺のこと、覚えているか?」
ムゲンダイナ
「うう?」
茂
「覚えていなくてもいい、俺の名は常葉茂、誰もが君を傷付ける訳じゃないんだ」
ムゲンダイナ
「トキワシゲル……?」
陽光
「もうやめましょう、暴れても何も解決しないんです」
ムゲンダイナ
「うううう?」
シェイミ
「あたしは仲間たちを救いたいだけなの! それには貴方の協力がいるんだ!」
ナットレイ
「だから敵じゃない」
ムゲンダイナ
「テキジャナイ……」
ムゲンダイナから戦意が消えた。
俺は改めてこの少女に近づく。
少女はビクッとまるで猫か何かのように震えると俺を睨みつけて、唸った。
ムゲンダイナ
「えううう!」
茂
「大丈夫、ほら」
俺は手を差し出した。
握手を求めるように俺の倍は大きい少女に。
だがそんな少女の反応は本当に怯えた子供の物だった。
俺は大人として、この少女に示さなければならない。
茂
「ほら、触れてみて?」
ムゲンダイナ
「あうう?」
ムゲンダイナは恐る恐る、俺の手に顔を近づけた。
そして触れるか触れないか、その絶妙な距離で少女は鼻を鳴らす。
人間的というより動物的な反応に苦笑するが、これで一件落着だろう。
俺はそっと、優しく少女の頬に触れると。
茂
「安心して、もう怯える必要はーー」
***
陽光
「これで旅は……」
……終わるんだ。
それはどこか寂しさを覚える思いだった。
だが……私は人生の最悪を知らなかった。
少なくとも、その瞬間まで。
キィィン!
ティナ
「!? しまっ!?」
何かが空気を切り裂いた。
ティナさんが叫ぶ、だけど空気を切り裂くと爆音とソニックブームが全てを吹き飛ばした。
流星群、空を切り裂き召喚された竜の牙ともいうべき、その一撃がムゲンダイナに降り注ぐ。
それは茂お兄さんを巻き込んで。
陽光
「!? いやあああああああああ!?」
私は泣き叫んだ。
だが泣こうが叫ぼうが私には、それを防ぐ手立てはない。
大凡何人分か、少なくとも十人以上のドラゴンタイプのポケモンを集めて放たれた流星群は地形を変え、私達は爆風に吹き飛ばされた。
ナットレイ
「あああっ!?」
シェイミ
「きゃあ!?」
陽光
「くううう!?」
私は地面をバウンドし、何度も全身を打ち付け、隕石の爆心地を見た。
陽光
「あ、あ……?」
そこにムゲンダイナがいた。
彼女はボロボロになりながら、流星群を耐えた。
だけど、その足元には茂お兄さんが横たわっていた。
ムゲンダイナ
「……シゲル? トキワシゲル!?」
ムゲンダイナは、片言で茂お兄さんの名前を叫んだ。
だけどお兄さんはピクリとも動かない。
ゾクリ、私はその時心の奥で、何かドス暗い感情が動き出した気がした。
陽光
「わ、たしは……何を、してるの?」
私は何のために生きている?
魔女の末裔として、怯えられ、怖れられ、不当な人生をただただ生きた。
良いことなんて全然ないけど、それでもこの僅かな旅は充実していた。
だけど、それはこんなにも空虚なのか。
私はこの人になら全てを尽くしたいと真剣に思った。
愛していた、この想いは誰にも負けないと思っている。
でも、もうその対象はいないのなら……。
ムゲンダイナ
「ううううう……あああああああああ!!!!」
ムゲンダイナは慟哭するように泣き叫ぶと、その身体を浮遊させていく。
よく見ると、空に雲が渦巻いていた。
それはこの旅の始まりに見た空だ。
世界が赤紫に染まり、ムゲンダイナの空に雲が渦巻いている?
いや、それは雲だけではない。
空間が歪み、渦巻いている!
ティナ
「くう!? な、に……この不気味なプレッシャーは!?」
ティナさんが、呻いていた。
他にもナットレイさんもシェイミちゃんも地面に横たわり、呻いている。
それは力場だった。
凄まじい重力が周囲を襲っている!
そしてそれはムゲンダイナが放っているのか!?
ムゲンダイナは大きく開いた位相の異なる穴に直結すると、その姿を変化させた。
陽光
「あ、あれは?」
ティナ
「これ、は!?」
ムゲンダイナの身体が巨大化していく。
ムゲンダイナを中心にして開く肉の花はやがて赤紫の枝を5本広げた。
それはまるで手だ、ムゲンダイナという花が咲き、それはまるで手のようなのだ。
そして身体はまるで大蛇のように穴へと伸び、そして連結される。
もはや、大きさを計るのもバカバカしい、あまりにも巨大なポケモンの姿だった。
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#10 無垢なる竜 完
#11に続く。