#7 陽光
#7
朝が来た。
と言っても年中薄暗い魔女の森に日は昇らない。
私はただ、体内時計に従い、身体を起こす。
パンプジン
「ん……」
ゆっくり瞼を開くと、世界は半分だけ私の前に広がった。
もう半分は、私の長いピンクの髪に隠れて見えない。
いや、見ようとはしなかった。
パンプジン
「よいしょ……」
私はベッドから起き上がると、鏡を見た。
化粧台に掛けられた立て鏡は私を正確に写している。
パンプジン
「2分の1……半端者のパンプジン、か」
鏡の中の私はどんな心境に見えただろう?
ハーフの世界、何もかもが半分で、そして鏡の中の私もまた空虚である。
化粧台には、お祖母ちゃんが昔使っていたという化粧品があったが、私はそれには触れられなかった。
一度だけ、リップを手に取った事があるけれど、結局似合わないからと使わなかったのだ。
パンプジン
「はぁ……」
私はため息を零すと、部屋を出る。
部屋の外にはいつものようにお祖母ちゃんがそこに鎮座していた。
大きすぎるあまり、一生動くことが出来ない超特大パンプジン。
お祖母ちゃん
「あら? おはよう♪」
お祖母ちゃんは私に気がつくと、ゆっくり首を回してにこやかに言った。
私も少しだけ健気さを出して、微笑み挨拶する。
パンプジン
「う、うん、おはようございます、お祖母ちゃん」
お祖母ちゃん
「昨日はぐっすり眠れたかい?」
パンプジン
「う、うん! 疲れてたから、かな?」
私は照れくさくて顔を反らした。
本当は茂お兄さんのお陰だ。
茂お兄さんには、本当なら朝まで一緒にいて欲しかった。
でもそんな我が侭言える訳がないし、結局お兄さんの温もりを感じながら、眠ったのだ。
私はその感情を上手く処理できず、気恥かしさが噴出した。
お祖母ちゃん
「ウフフ♪ ねぇ、ピスティ」
パンプジン
「! お祖母ちゃん?」
ピスティとは昔の古い言葉で陽光を指す。
それは私の一つの名前だ。
だけど、私はその名前を受け入れられなかった。
パンプジン
「お祖母ちゃん、私はピスティじゃない……ピスティになんか成れない」
お祖母ちゃん
「成れなくても良いのよ? ただそれがあの子の希望だったから」
パンプジン
「お母さんの? ねぇなんでお母さんは私にピスティと名付けたの?」
名前は村の中でしか使わないローカルな用語だ。
シェイミのように現代でもそう言う習慣が無ければ、逆に名前を使うのが普通の茂お兄さんみたいなのもいる。
母親が生きていたのは1000年前、始祖の魔女は森の外に飛び出して、戦乱を押し広げた。
最終的には外で処刑されたって聞く。
私が生まれる700年も前の話だ。
森のパンプジンは非常に長命で、種子さえあれば種を増やせる種族特性もあり、私が産まれた時には母親はいなかったのだ。
お祖母ちゃん
「ふふ♪ その前に少しだけ、旅のお話、聞かせて♪」
旅のお話……私が村を出ていってから、か。
***
茂
「ん……く?」
俺は目を覚ますと、まず周囲を探った。
知らない場所、そうだ……村長の客間で寝泊まりしたんだ。
俺はゆっくりと上体を起こすと、床に敷かれた布団には、まだシェイミもナットレイも横になっていた。
茂
「この二人が俺より長く寝てるなんて、珍しいな」
この草タイプ軍団は兎に角朝は早い。
基本的に日が昇ったら目覚める所は草タイプらしいのだろう。
茂
「とはいえ、これでは体内時計は当てにならんか」
俺は窓のない部屋の暗さに苦笑する。
光の通らない森の奥で、こいつらが陽光目当てに起きるのは不可能だろう。
茂
「しかし〜」
俺はぐっすりと眠る二人を見た。
その寝顔はシェイミは当然だが、ナットレイも意外に幼くあどけない寝顔だった。
茂
(ここまでロリロリしぃと、逆に安心感が湧くと言うか)
本人たちに聞かれれば非難轟々だろうが、子供といるだけで俺のナニも勃ちそうにない。
茂
(ああでも、茜は例外だから! 茜の事ディスったわけじゃないからっ!)
今はいない我が家のロリ妻代表に俺は心の中で平謝りするしかなかった。
あの妻が怒る姿もまるで想像つかないが、あんまり放っておくと何をしでかすか分からないからな。
茂
「兎に角、今日も一日頑張るぞいっと」
俺は二人を起こさないようにゆっくりと起き上がると、部屋を出た。
お祖母ちゃん
「まぁ、そうなの!」
茂
「ッ!?」
部屋を出ると、超特大パンプジンの声が響いた。
相変わらず大きな声で空気を震わし、俺は思わず耳を塞いでしまう。
茂
(あの人、寝てるのか?)
俺はそのお祖母ちゃんを見上げるが、あらゆる意味で常識が通用しそうにはなく、もしかしたら眠っていないのかも。
茂
(しかし、一体誰と話して……あ)
俺は後ろからお祖母ちゃんパンプジンが見ていた相手を確認した。
そこにはパンプジンがいた。
茂
(……家族なんだから、喋ってても普通だよな)
とはいえ、このままでは盗み聞きになっちまう。
気づかれないように外に出るか?
この建物、東京タワー並みの巨木の内側をくり抜いて建てられた巨大建造物だ。
その大きさに比例してか、正門は堅牢で俺一人では動かせそうにない。
茂
「確かバックドアが……」
昨日少し確認すると確か、小さな扉があった筈だ。
俺はそっと気づかれないように近づくと、扉を発見して、外に出た。
茂
「はぁ〜、外は殊更に暗いな」
俺はひっそりと外に出ると、空を見上げた。
建物の中には照明もあるが、外にはない。
そして年中暗い森の中は夜を思わせる。
茂
「アイツ、こんな陰気な所で産まれたんだな」
パンプジンの性格を決定したのが、この村ならこの空気に嫌気が差すのも分かる気がした。
それこそ村人は一生過ごすのだろう。
ザラ
「……アンタ、昨日の客人」
突然、空からゆっくりと吊り目のパンプジンが降りてきた。
俺は驚くと、彼女はストンと着地して、俺と向かい合う。
茂
「確か、ザラだったか?」
ザラ
「……そう言う貴方は確か、溝口誠さん?」
茂
「おんどりゃー! ワシの鉄拳で血の海を渡れぃ! て、なんでだよ!?」
どういう間違え方したらそうなるんだ!?
一文字も合ってないし!
ザラ
「冗談冗談♪ 宮本茂さん?」
茂
「それ、元ネタの元ネタの人! 後恐れ多くてその名前使うのは禁句な!?」
ポケモンのサトシとシゲルは元ネタだけど、その更に元ネタは想定外だろ!?
ていうか、外伝とはいえやりたい放題だな!?
茂
「常葉だ! 常葉茂……二度と間違えるなよ?」
俺は疲れ果てた顔で、そう最後に突っ込む。
ザラ
「ごめんなさいね、この村ずっと同じ顔ばかりだから、覚えるの苦手で」
茂
「ずっと、ねぇ?」
ザラの何気ない一言、それだけでもここが如何に閉鎖的な村か分かる。
しかも村の気質は排他的で、事実上鎖国状態にある。
村人の数は少なそうだが、ずっと隠れ潜んでいたんだろうな。
茂
「外に出たくないのか?」
ザラ
「出られる訳ないわよ……魔女の一族なんて」
ザラはそう言うと自分の肩を抱いて震えた。
それは明白な恐怖感だった。
だが、俺はそれを鼻で笑った。
茂
「ハッ、正に蛙大海を知らずだな!」
ザラ
「な、なによ!? 何が面白いわけ!?」
茂
「お前、なんでこの村のパンプジンが戻って来れたと思う!? お前たちにとって1000年はたったそれだけかも知れないが、外にとってはそれはもうおとぎ話のような大昔だ!」
ザラ
「外では……アイツ、外から帰ってきたんだ」
ザラは俯いてその意味を考える。
恐らくパンプジンを外に追いやったのは、間違いなくザラを含むこの村の人間の気質だろう。
あからさまに被害者顔で、その癖その状況から脱却する勇気もない。
茂
「いいか? 差別ってのは確かにどこにでもある、俺が人間であるために迫害された世界や、陸の民だから海の民に軽蔑されたことだってある!」
ザラ
「そ、そうなんだ……外はやっぱり怖い……」
茂
「だがな! 俺はそれだけじゃない! 色んな仲間と出会い、色んな素晴らしい物を見てこれた!」
ザラ
「そ、それって!?」
ザラは前のめりになって、食いついてきたな。
ちょっとした漫談だが、極度に娯楽に乏しそうな、この村では未知の情報は、もうそれだけで夢のファンタジーなのだろう。
茂
(ん? よく見るとあちこちに)
俺は周囲を伺うと、気になって仕方がないのか、あちこちに隠れながら此方を見つめる目を見つけた。
茂
「……よっしゃ、それじゃ旅の物語、聞きたい者は皆集まれ!」
俺はそう言うと、周囲を手招きする。
するとパンプジンやバケッチャがゾロゾロと現れ、ゴースやゴーストも目の前に集まった。
俺は一旦咳を払い、間を置くと静かに語りだす。
茂
「それではこの常葉茂、その数奇な旅……しばしご静聴お願いします」
***
お祖母ちゃん
「そう、そんな事があったのね」
パンプジン
「う、うん」
私はお祖母ちゃんにこの旅の出来事を一杯教えた。
外は目まぐるしく変化していて、そんな中で無二の親友も出来た。
強敵でもあったが、今は頼れる仲間も出来た。
そして……そして。
パンプジン
「あのね? お祖母ちゃん……私茂お兄さんの事を考えると胸がドキドキするの」
お祖母ちゃん
「ウフフ♪ それはとっても良いことよ? 多分一番大切な物を貴方は手に入れたの♪」
パンプジン
「こ、この気持ちが?」
お祖母ちゃん
「貴方の事を全て受け入れてくれる人に出逢えたのね」
お祖母ちゃんはそう言うと少し寂しそうにした。
その顔は前にも見たことがある。
そうだ、私が村を出奔した時だ。
パンプジン
「お祖母ちゃん、私外に出て、変われたかな?」
お祖母ちゃん
「きっと変われているわ……だって昔の貴方はずっとカボと喋っていたじゃない?」
パンプジン
「っ!?」
私はカボを指摘されてドキッとした。
しかし私の半身は何も反応を示さない。
お祖母ちゃん
「……お祖母ちゃんは貴方を責めないわ、ううん、そんな事出来る訳がない」
パンプジン
「お、お祖母ちゃん……わ、私ぃ」
私は震えた。
カボが怖い、それは今までになかった感情だ。
私はカボがあって、半端者、半分、ハーフなんて言われる。
かつてのカボは、私を虐める村の子供から私を守ってくれる頼れる相棒だった。
だけど、あの人、茂お兄さんに出会ってから、徐々にカボじゃなくて茂お兄さんに私は頼っていた。
それを自覚すると、徐々にカボは気配を薄めていた。
それが意味する所は。
お祖母ちゃん
「あの子、貴方のお母さんもね、恋をしたの……でもそれは許されざる恋だったわ」
パンプジン
「?」
お母さんの話?
許されざる恋って?
お祖母ちゃん
「貴方のお母さんリーアは、この地で魔術とも言える力を密かに継承する魔術師だった、通常のパンプジンの生き方は出来ず、ただ小さなこの村で力を磨いたの」
リーア、それは夢を意味する言葉。
私はお母さんの事を全然知らない。
何故ならお母さんの性で私はずっと苦しい思いをしたからだ。
そんな私をお祖母ちゃんはずっと、笑顔で育ててくれたし、お祖母ちゃんも一度も話さなかった。
でも、私は知らないといけない。
なんでお母さんが始祖の魔女として怖れられたのか。
お祖母ちゃん
「ある時、村の前で一人の男性が行き倒れていたわ、リーアはその男性を村で介抱したの」
パンプジン
「お母さんも、医術の知識があったの?」
お祖母ちゃん
「ええ、それこそ外の世界じゃ魔術だって騒がれるくらいのね」
優れた科学は魔術と区別がつかないって茂お兄さん言ってたっけ。
現代でもお祖母ちゃんから学んだ知識は西の町の人々を助けることが出来た。
お祖母ちゃん
「リーアはね、その男性と恋をしてしまった。でもね、それは許されざる事だったの」
パンプジン
「ど、どうして? 好きになることがどうして許されないの?」
お祖母ちゃん
「当時、村はその力の在り処を護る意味もあった、だから村の所在を知ったその男を生かして返すわけにはいかなかった」
パンプジン
「っ!?」
衝撃だった。
今でも余所者の侵入を許さない所はあるけど、昔は今よりずっと厳格だったんだ。
でも、それじゃお母さんは?
お祖母ちゃん
「私は、男とこれ以上関わるべきじゃないとリーアを説得したわ、でもリーアは結局その男と一緒に村を出ていってしまった」
パンプジン
「……それじゃお母さんは?」
私は嫌な予感がした。
お母さんがしたことは村への裏切りだと言える。
お祖母ちゃんは「はぁ……」とため息を吐くと、続きを喋りだした。
お祖母ちゃん
「リーアは当時最強の魔術師、だけど……生娘だった。あの子はね? その男に騙されてたの」
パンプジン
「え……?」
お祖母ちゃん
「リーアは一度だけ村に帰ってきたわ、もうその時には村に居場所はなかったけど、あの子は言っていた、騙された……それでも愛しているって」
お祖母ちゃんは改めて首を振った。
お祖母ちゃん
「はっきり言って狂っていたわね、私は後悔したわ、どうしてもっと早く彼女を護ってあげられなかったのかって」
パンプジン
「そ、それじゃお母さんは?」
お祖母ちゃん
「あの子は自分の力だけが目的だと知っていても、愛する人のために力を使ったの……やがて、それは取り返しのつかない戦争にまで発展して……」
そんな、それじゃお母さんは決して悪意をもって侵略者になったんじゃない?
ただ愛してほしいがために、その才覚を利用させた?
お祖母ちゃん
「やがてその男も、その国も滅んだ後、最後に残ったのは悪逆の魔女、リーアだけだった」
後世歴史は語り継ぐ、世界を征服せんと魔女の森より出てきた始祖の魔女。
世界は大いなる戦乱へと導かれ、いくつもの国が滅び、塵へと姿を変えた。
始祖の魔女、怨念の呪詛を吐き、火炙りに処す。
これ以上第二の魔女の出現許すべきに非ず、魔女狩りは無実のポケモンも含め300万人が処刑されたと言う。
パンプジン
「……それじゃ私って?」
お祖母ちゃん
「貴方のお母さんは間違いなく始祖の魔女リーアよ、父親は私には分からないけれど」
お母さんは一度だけ、ボロボロに穢されたお母さんと会ったらしい。
見るも無残で、優しいお祖母ちゃんが凄く自責の念に駆られたらしいけど、その時私の種子を受け取ったんだ。
お祖母ちゃんは直系の子供である私が魔女狩りに遭うのを恐れて、700年も後に私を発芽させた。
お祖母ちゃんの目論見通り世界は魔女を忘れ、始祖の魔女もおとぎ話になったんだ。
パンプジン
「お祖母ちゃん、お母さんの事を愛してたんだね」
お祖母ちゃん
「ええ、だって家族だったもの♪」
お祖母ちゃんはきっとその後も大変だったろう。
村がここまで侵入者を許さない排他的な村になったのも、当時のお祖母ちゃんがどれだけ村人を魔女狩りから護ったのか分かる。
お祖母ちゃん
「私はリーアを守れなかった、それでもピスティ、貴方の事は絶対に裏切らない、見捨てない」
パンプジン
「この名前……お母さんはどうして?」
私は改めてもう一度この名前の由来を聞く。
ピスティは陽光。
本来植物系ポケモンにとってはとても大切な物だ。
だけどこの薄暗い魔女の森ではもっとも縁遠い。
お祖母ちゃん
「種子を渡された時、ピスティとだけ言っていたから、それ以上は私にも分からないわ」
私は実際に旅の中で色んな陽光を見てきた。
グラデシアの花を照らす強い光。
薄暗い森に適度に射す優しい光。
町を照らす、明るい光。
西の町では夕闇に茜色に染まる光もあった。
この世界には色んな陽光がある。
それはお母さんも初めて見て、そして感動したんだろうか。
空は宝石箱だ、七色に姿を変える。
***
茂
「とまぁ、俺たちの旅は続く、続くったら続く!」
俺は村人に自分の数奇な旅を話を終えると、村人達は目をキラキラと輝かせていた。
ザラ
「ほ、ほえ〜」
茂
「ご静聴、センキュー!」
パチパチパチ。
誰かが拍手してくれた。
それにつられて皆拍手する。
ザラ
「ふ、ふん! 中々悪くなかったわ! どうやら悪い人でもないみたいね!」
ザラはそう言うと顔を紅くして立ち上がった。
うむ、見事なツンデレなり。
茂
「さて、そろそろアイツらの話も終わったかな?」
俺はパンプジンたちを思い出すと巨木を振り返った。
流石にシェイミたちももう起きているかな?
ザラ
「ねぇ……一つ聞きたいんだけど、あの半端者とはどういう関係なの?」
茂
「半端者だぁ? 聞き捨てならねぇなぁ! 誰のことだ!」
俺はキッとザラを睨むと、ザラは一瞬で怯んだ。
ザラ
「ぴ、ピスティよ……アンタと一緒に帰ってきた」
茂
「ピスティ?」
初めて聞く名前だった。
恐らく村で使われる名前なんだろう。
だがなんでアイツが半端者なんて言われなきゃならねぇんだ?
茂
「どうして半端者なんだ?」
ザラ
「どうしてって……アイツのもう半分、カボは知ってるわよね?」
茂
「カボか、そういやアイツって他のパンプジンでは見ないよなぁ」
俺はここにいる皆を見ても、同様にカボチャが喋るなんて例を見ていなかった。
だが、それは当然であるとザラは言う。
ザラ
「当たり前よ、アイツ二重人格だもの、いもしないカボなんて人格作って自分を守ってるのよ」
茂
「なっ!?」
カボは存在しない?
パンプジンを護るもう一つの人格?
茂
(そういえば、確かにパンプジンを守ろうとしてる姿ばっかり見ている?)
カボは物静かな時は物凄く静かだ。
だが一方でパンプジンがテンパると捲し立てるようにけたたましく喋りだす。
あまりにもパンプジンと違いすぎて、同じ人物だとは思わなかった。
だけど二重人格なら、二人が同時に喋れないのは分かる。
あの二人(?)は二人で一人だったのか。
ザラ
「はっきり言って気持ち悪いのよね、ただでさえ始祖の魔女の直系だし」
茂
「ッ! だったらなんだってんだ!? アイツは俺の仲間だ!」
俺はそう言い捨てると、再び裏口に向かった。
色々複雑な気分だが、気持ちを整理したい。
裏口から扉を開いて中に入ると、ちょうど会話も終わったのかパンプジンが目の前にいた。
パンプジン
「あ、し、茂お兄さん……」
パンプジンは何故か俺を見ると頬を赤く染めて、モジモジと腰を振った。
あるぇ? これ何があったわけ?
なんて戸惑っているのも束の間、お祖母ちゃんパンプジンはぐいっと俺に顔を近づけると。
お祖母ちゃん
「茂さん、この子をお願いします♪」
茂
「え? あ、はい?」
いきなり何を言われたんだ俺は!?
お祖母ちゃんパンプジンは答えに納得すると、再び体勢を直立させる。
パンプジンはというと、俺に突然抱きつくと。
パンプジン
「し、茂お兄さん!」
茂
「ちょ!? パンプジンちゃん!? 胸当たってる!?」
なんて童貞みたいな事を言ってしまうが、一体パンプジンに何が起きた。
小柄な割には意外と着痩せするのか、むにゅんとした柔らかい感触が俺の胸に当たり、年甲斐もなくドギマギしてしまう。
くそう、あからさまな巨乳ではないが、結構持ってるじゃないか。
パンプジン
「私……自分の気持ちがやっと分かりました、茂お兄さんを愛してしまったんです」
茂
「あ、愛の告白っ!?」
告白など、既に何度もされたが、こればっかりは何度されても戸惑ってしまう。
こちとら求婚も何度もされてるのに、どうしてこういうのは耐性がつかないのかね?
パンプジン
「私……もう、迷いません、私はきっと情けないですけど、それでもっ、それでも……茂さんに付いていきたいっ!」
それはパンプジンの精一杯の告白だった。
要するに一生離さないって事だろうが、彼女なりに控えめな言葉だ。
茂
「はぁ……」
パンプジン
「ため息!?」
パンプジンの俺のため息に涙目になるが、俺は別にこのヤンデレを鬱陶しいと思った訳じゃない。
ただ、また一つ背負う物が増えたんだなと、改めて自覚しただけだ。
茂
「泣くな、俺がお前を拒否するわけ無いだろう?」
パンプジン
「うっ、うう……!」
茂
「あーもう!」
俺は仕方なく態度で表すため、彼女を強く抱きしめながら、壁に詰めた。
パンプジン
「あ、あの……その、まだ心の準備が……」
パンプジンは後ろを気にして、目線をチラチラさせるが俺は、構わず密着する距離で壁ドンした。
パンプジンは顔を真っ赤にして、テンパる……が、カボは出てこない。
つまりパンプジンは既にオーケーだと言っているのだ。
パンプジン
「ひ、一つだけお願いがあります……名前を、ください」
茂
「名前? 既にお前にはあるんじゃないのか?」
パンプジン
「ち、違います……村の名前じゃなくて、貴方と私だけに通用する……」
茂
「ああ、そういう」
ポケモンはどこまで行っても甘えん坊だ。
ここまでに色んな甘えん坊と出会ってきた。
初めは茜であり、伝説のポケモンである永遠でさえも。
ルージュ、燐、恋、瑠音。
皆一人では何もできない、俺と繋がって初めて何かを成した。
茂
(まるで片翼の番だな……)
そう、それは片翼で飛べない鳥のよう。
だけど、番(つがい)を見つけることで飛ぶことが出来るように。
茂
「陽光(ヒカリ)ってのはどうだ?」
俺はあえてパンプジンとは真逆の印象の名前をあげた。
しかしその名前にパンプジンは驚く。
陽光
「あ、あはは♪ お母さん分かりました、この名前の意味」
そう言うと、パンプジンは俺の唇を奪った。
温かい繋がり、まるで傷口を舐めるかのようで。
陽光
「ん……ちゅぷ、っ、はぁ……茂お兄さん、愛してます」
茂
「ああ、俺もーー」
その時だった。
シェイミ
「ぴゃあ〜、お兄たまとパンプジンちゃんが」(赤面)
ナットレイ
「しっ! 貴重なセックスシーンを邪魔しちゃダメだっ!」
茂
「な……」
陽光
「わ、私……もう、準備、できて、ます」
陽光はそう言うとスカートを捲る。
あ、完全にこれアウトだ。
茂
「な、何してんだテメェらー!?」
その日、最大の怒号は俺から出るのだった。
***
茂
「それじゃ、ドラゴンは森を飛び越えて行ったと」
お祖母ちゃん
「ええ、かつて王国のあった地、そして始祖の魔女が火炙りの刑に処された地……」
あの後、発情したパンプジンこと陽光を宥めて、それを興味津々で観察する二人に鉄拳制裁した後、俺達は本来の目的を果たす事にした。
ドラゴンは結局魔女の森に用はなかったという事か。
お祖母ちゃん
「でも気をつけて、ドラゴンは今世界中で不吉な存在だと目をつけられているわ」
ナットレイ
「と、言うと?」
お祖母ちゃん
「ドラゴン討伐隊が編成されたみたいなの」
陽光
「と、討伐隊!? こ、殺そうって言うの!?」
このお祖母ちゃんパンプジンは動けない変わりに、大地の木々と交信できるらしい。
その能力で村を守ってきたようだ。
そして、いよいよ持って事態は終局に向かっているのか?
お祖母ちゃん
「あなた達がドラゴンと呼ぶ少女……多分悪い子じゃないんだと私は思うわ」
ナットレイ
「だけど、世界は第二の始祖の魔女を求めてはいない」
陽光
「っ! 絶対に……助けないと!」
陽光はなにか決意めいた物があるのだろう。
元よりこの度はシェイミの一団の毒を取り除くための旅だ。
決してドラゴンと敵対することじゃない。
だが、世界はドラゴンと敵対することを決定したということか。
お祖母ちゃん
「それと……多分だけどね? あなた達はこの先最後の仲間を見つけないといけなくなるわ、あなた達だけではドラゴンはどうしようもなく強大な力を有している……それこそ始祖の魔女をも超える、神の如き……」
茂
「神、か……スケールがデカイな」
シェイミ
「でも、仲間って誰でしゅ?」
ナットレイ
「分からないけど、分からない方が楽しいさ♪」
結局は行き当たりばったりか。
こればっかりは仕方がないが、いい加減後手ではなく先手を取りたいな。
茂
「ありがとうございました!」
お祖母ちゃん
「ええ、ピスティをお願いね?」
ピスティとは、陽光という意味だそうだ。
奇しくも俺は名前をバッティングしてしまった。
だが肝心の陽光はその名前を気に入ってくれたらしい。
茂
「はい、大切な仲間ですから♪」
陽光
「お祖母ちゃん、行ってくるね……♪」
俺達はそう言うと出口に向かう。
出口は入った時のように、独りでに開き出した。
どうやらこれもお祖母ちゃんパンプジンの力のようだ。
改めて始祖の魔女の姉という存在の強大さが分かるな。
ザラ
「あ……」
陽光
「ザラ……」
入り口を出ると、村人達は集合していた。
その中で代表者なのか、ザラが前に出る。
ザラは陽光の前までくると。
ザラ
「今までごめんなさい!」
そう言ってザラは頭を下げた。
ザラ
「私達、ずっと辛いと思ってきた、でも一番辛い思いをしていたのはピスティ、アンタなのよね」
陽光
「ザラ……わ、私は」
茂
「……」
俺はそっと陽光の手を握る。
ビクン、一瞬陽光は身体を跳ねさせるとしっかりと自分の言葉を紡いだ。
陽光
「私、怒ってないよ? ううん、むしろ、感謝してる♪」
ザラ
「え?」
ザラは驚いたように顔を上げた。
一方で陽光は、俺の腕に抱きつくと。
陽光
「そのお陰で、茂お兄さんに出逢えたもの!」
その時、陽光に陽が差した気がした。
今までで一番の笑顔を見せたからだろうか?
陽光
「行きましょう? フフ♪」
陽光は俺の手を嬉しそうにギュッと握ると歩き出す。
村人はそれをいつまでも見送っていた。
ザラ
「わ、私もいつか村を出てやるんだからー!」
陽光
「ええっ! 世界って、すっごいんだから! 知らないと、絶対損するんだからー!」
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#7 陽光 完
#8に続く。