#4 溺れるような夜
#4
ワイワイガヤガヤ!
夜も更けてきたというのに、酒場は盛況だ。
茂
「ん〜、そろそろお開きかな」
俺はテーブルを囲む三人を見てそう言った。
既にシェイミは酔い潰れて眠っており、パンプジンとナットレイも口数が少ない。
ナットレイ
「むう〜、少し飲みすぎたかな?」
ナットレイは顔を赤くし、頭を抱えた。
鉄球もフラフラ揺れており、コントロールできているのか疑問だった。
茂
「ナットレイ、部屋戻れるか? お前が倒れるとちょっと運ぶのは難儀だぞ」
ナットレイ
「女性の体重に言及するのはデリカシーがないよ、むう」
ナットレイは頬を膨らませると、不満げにそう言った。
やはり酔ってるな、言動が子供っぽくなっている。
茂
「パンプジン、お前は?」
パンプジン
「……くう」
茂
「す、座ったまま寝てやがる?」
パンプジンは気がついたら姿勢を変えずに寝息を立てていた。
俺もそんなにアルコールに強い方じゃないんだが、ここにいる奴らは全員俺以下か!
茂
「おーい? パンプジン?」
パンプジン
「うぅ? あおげーばーとーとしー?」
茂
「卒業するな! 起きろ!」
パンプジン
「許されるはずもない〜love&peace」
茂
「それは紛れもなく奴さ! ていうか本当に寝てるのか!?」
俺は堪らずパンプジンの肩を揺らす。
パンプジン
「あう〜、気持ち悪い〜」
茂
「起きたか、パンプジンの癖に哀愁漂う歌ばかりを歌いやがって」
パンプジン
「うぐう? な、なんの事でしょうか?」
俺はパンプジンが起きると、次にシェイミの様子を見る。
ぐっすりと熟睡しているなら、起こさずそっとベッドに運ぶべきなのだろう。
だが、シェイミに手を伸ばした瞬間。
ガシャァァン!
茂
「ん、なんだ!?」
グラスがテーブルから落ちて割れる音がした。
その直後、酒場の端の方から喧騒が聞こえてくる。
男A
「テメェ! このイカサマ野郎!?」
男B
「イカサマ? 負けが込んで八つ当たりか!?」
茂
「イカサマ?」
俺は怪訝な顔をした。
だがナットレイは、腕組をして、やや苛立たしく言う。
ナットレイ
「賭博だね、本当に何処でも飽きないものだ」
ナットレイは、そう言って頭を抱えながら、賭博を講じる二人に近づく。
茂
「おい、どうする気だナットレイ!?」
ナットレイ
「お客様の迷惑だからね、ちょっと仲裁してくる」
俺はナットレイには異様な不安を感じた。
だってアイツ酔ってるんだぜ?
仲裁するって、賭博をしていた男たちは、既に胸ぐらを掴んで喧嘩の手前だった。
ナットレイなら、賭博師二人を黙らせる等訳もないのだろうが……。
茂
(てか、死ぬだろ!? 主に敵が!?)
男A
「野郎! ぶっ殺してやる!」
男B
「テメェ!」
ナットレイ
「いい加減にーー」
ナットレイが止めに入った。
しかしその瞬間。
カカッ!
喧嘩を始める二人の眼前にアイスピックがダーツの矢のようの投げられ、壁に突き刺さった。
男A
「うお!?」
ナットレイ
「?」
男たちが飛び退くと、その声はカウンターから聞こえてきた。
店長
「お店に迷惑をかけるなら、賭博は永久禁止ですよ?」
店長だ、タブンネの店長は仕事をしながら優しく微笑む。
だが、男たちは顔を青くしたのだ。
男B
「す、すまねぇ店長……!」
男A
「くそ!」
茂
(あっさり喧嘩を止めたな)
俺は店長を見ると、店長は何事もなかったという風に笑っている。
こういう場所の店長は耳が良いだけじゃなく、喧嘩も強くないといけないのかねぇ?
ナットレイ
「……」
ナットレイは、振り上げた拳をゆっくりと下ろした。
そして踵を返すと。
ナットレイ
「ボクもまだまだだなぁ」
と、だけ呟き彼女は階段を登って行った。
シェイミ
「み〜?」
茂
「おっと、もう部屋に戻るぞ?」
シェイミが騒ぎに目を薄っすらと開いた。
俺は優しくシェイミの小さな身体を抱える。
シェイミ
「お兄たま……温かい……くう」
茂
「パンプジンも行くぞ」
パンプジン
「あ、は、はい」
俺は呆けているパンプジンに声掛けをすると、そのまま階段を昇った。
***
茂
「ん〜! 明日はちゃんと起きれるかな?」
俺はシェイミをベッドに寝かせると、自分のベッドに向かって歩く。
既にナットレイもパンプジンもベッドで横になっている。
急がないとドラゴンは何処まで行くか分からんからな。
茂
(そもそもドラゴンは何処に向かっているんだ?)
俺はベッドに横になりながら、ゆっくりと目を瞑った。
今日は久しぶりに楽しく呑めたな。
こんな楽しい晩餐は本当にいつ以来だろう。
ここまで、ただ茜たちの元に帰るのが目的で必死だった。
その目的は今も変わらないが、今だけは少しこの安寧を楽しみたい気分だ。
茂
(しかし、今回はまた趣が違う感じだな)
俺はこれまでの旅に、常に作為があった事を思い出す。
最初のルージュの旅はある意味例外かも知れないが、それでもある謎の存在の影は最初からそこにあった。
曰く願いを叶える者。
願いを叶えるために俺を殺そうとしたルージュ。
願いを叶えられて、嫉妬と欲望と矛盾に苦しんだマギアナ。
願いではないが、やり残しを告げられ、そして蘇った中老師。
その存在は不気味な影なのか、それとも光り輝く神なのか。
特異点……それが俺を示すキーワードであり、そして謎の存在と絡み合う。
果たしてこの世界に渡らされた意味、それも謎の存在になんらかのメリットを与えるのか?
茂
(或いは……ドラゴン、お前が何か関係しているのか?)
ドラゴンが今どこにいるのか。
そして何処へ向かっているのか、俺は知らない。
だが俺の目的、ドラゴンを救う事だ。
利用されて苦しむ少女は、今結果としてシェイミの一族を未知の毒で苦しめている。
俺たちの目的はそんなドラゴンから血清を得ることだ。
茂
(茜……すまん、帰りは遅くなりそうだ)
俺は、最後に妻にそれだけ謝って、意識を微睡みに落とすのだった。
***
チュンチュン。
朝日が昇り、小鳥の囀りが朝が来た事を告げる。
ナットレイ
「うぅ……少し頭が痛いな」
最初に目を覚ましたのはナットレイだ。
ナットレイは、頭を抱えながら周囲を見渡す。
まだ皆眠っており、どうやら自分が一番手らしい。
ナットレイ
「クス、こんな無様を晒すのもこのパーティが居心地が良い性かな?」
ナットレイは、普段は例え仕事を受けていなくても、酔い潰れて翌朝の気分を台無しにする質ではない。
自分の身を護れるのは自分だからこそ、節制は当然だった。
だが、このパーティは勝手が違う。
ナットレイは興味深く楽しい物だったが、同時に自堕落な自分が見えてしまう。
ナットレイ
「そういえば、彼は?」
ナットレイは茂のベッドを見た。
茂は毛布に包まって起きる様子はない。
ナットレイ
(結局ボクのベッドには来なかった訳か)
ナットレイはクスリと笑う。
情欲に駆られて誘った訳ではないが、自身の魅力が通じなかった訳だ。
ナットレイ
(フフフ、少し傷つくよね、これでも女なんだしさ)
ナットレイはベッドから起き上がると、ゆっくりと茂のベッドに近づく。
身体の各所から生えた第二の手と呼べる触手を揺らし、妖艶に笑みながら。
ナットレイ
(フフ、そっちに興味がなくてもさ? ボクに朝駆けされたらどうするつもりだい?)
ナットレイはやがて、茂の目の前で立ち止まる。
そして、ナットレイは茂の毛布を剥ぎ取った。
茂
「んん?」
茂が異変に気づく。
だがそれよりもナットレイは驚いた。
ナットレイ
「な、なな……!?」
茂
「その声……ナットレイか?」
茂は瞼を擦りながら、徐々に意識を覚醒させていく。
?
「寒いでしゅ〜……」
茂
「?」
その声は茂の下半身の方で聞こえた。
ナットレイが見たものそれは、衣服を乱して下腹部に抱きつくシェイミの姿だった。
ナットレイ
「ま、まさかそんな!? パンプジンどころか、シェイミが夜の相手!? ボ、ボクはそんなに魅力がないのか〜!?」
ナットレイは思いっきり項垂れた。
やがて完全に目を覚ました茂はその状況にしばし、沈黙した。
茂
「……なにがどうなってんの?」
***
茂
「俺が夜の相手にシェイミを選んだと勘違いされたが、断じてロリコンではない! 繰り返す、断じてロリコンではない!」
俺はゆっくりと目を覚ますとその状況に戸惑った。
何故か愕然と項垂れるナットレイに、何故か衣服を乱したシェイミがベッドに紛れ込んでいたのだ。
ナットレイはそれを事後と認識したらしく、俺は必死で弁解するが、納得して貰えたかは半信半疑だ。
寧ろそれを煽るのは。
カボ
「ニーチャン、イイシュミシテンナ〜、ミンナオナジヘヤデネテルッテノニ!」
茂
「いや、やってない! やってないから!?」
パンプジン
「〜〜〜!」
パンプジンは、情事を想像したのか顔を真っ赤にした。
カボは表情は変えない(そもそも変える事が出来ないんだが)が、パンプジンとは対象的にやたら突っ込んでくる。
カボ
「デ、シェイミノドコガヨカッタンダ?」
茂
「バカ野郎! だから俺は無実だ!」
カボ
「ウソクセー、ナーンカウソクセー」
茂
「……くっ!? 何故分かりあえん!?」
ナットレイ
「まぁ、どっちにしろボクの魅力が低いと言うことは認識できたよ……」
シェイミ
「しゅ〜?」
結局、事態を一切理解できず、いつも通りのなのはシェイミだけだった。
ナットレイは何故か自分の自信を喪失し、パンプジンは顔を紅くしっぱなし。
パーティが一夜で半壊してるんすが?
店長
「おや? おはよう御座います、昨晩はお楽しみだったようで」
荷造りを終えて、階段を下ると、店長が声を掛けてきた。
内容が悪趣味で最悪レベルだが。
俺は、思いっきり項垂れると。
茂
「ありもしない冗談で、このガキンチョ共を惑わさんで下さい」
店長
「……すみません、気分を害されましたか」
俺は、ハァとため息を吐いた。
朝からこの気分は流石に滅入る。
だが、店長はそんな俺達の気分を察したようで。
店長
「良ければコーヒーを出しましょう。お代は結構です」
茂
「良いのか?」
店長
「ええ、それで元気になって下さるなら♪」
店長の優しい気遣いに俺は、甘えることにした。
そういうことならとカウンターに座ると、シェイミはうれしそうに隣に座った。
シェイミ
「ミルクとお砂糖一杯がいいでしゅ〜♪」
茂
「相変わらず甘口だな、○ックスコーヒーより甘い」
ナットレイ
「ボクはブラックで」
店長
「お二人は?」
茂
「微糖で」
パンプジン
「私もお砂糖だけで」
店長はそれを聞くと、サイフォンで抽出したコーヒーを4人分出すと、それをオーダー通りに味付けして、それぞれに出された。
コーヒーカップから出る湯気と香りは、随分懐かしく感じた。
店長
「どうぞ」
茂
「普段缶コーヒーしか飲まないから、味の良し悪しは分からんが」
俺は早速コーヒーを頂くと、程よい酸味と苦味が口に広がった。
いい豆かは判別がつかないが、缶コーヒーよりは美味しく感じる。
パンプジン
「ふぅ、落ち着きます」
ナットレイ
「うん、いい香りだ、いい豆だね」
パンプジンもゆっくり頂くと、気を和らげ、ナットレイはまず香りを楽しんだ。
シェイミはもはやカフェオレと化した超甘いコーヒーを美味しくいただく。
店長
「フフ、当店自慢、喜んで頂けたようで何よりです」
店長はそう言うと嬉しそうにコップを磨いた。
改めてこの人、なんでも屋の主人って感じだよな。
俺はこういう大人の姿もありなのかと、少し未来の自分として想像する。
流石に喧嘩が強いは無理があるが、もし今の仕事から独立するならこの姿は参考になるかもしれない。
パンプジン
「あ、あの、店長、この辺りで薬草などは手に入るで、でしょうか?」
店長
「薬草なら、この店から道沿いにまっすぐ行けば、薬屋がありますよ」
パンプジン
「あの、で、できれば、その、原材料から欲しいですが」
茂
「もしかして、結構俺の性で使った?」
パンプジン
「ち、違います! 元々持ち合わせが少なくて……一応集めてはいたんですけど、一つの森で全て揃う訳にはいかず……」
パンプジンは薬師だからこそ、自分で薬を作る。
その効果は俺で証明済みで、身体は確実に健康に向かっている。
店長
「でしたら朝市を覗かれてはどうでしょう? なにがあるかはその時次第ですが」
パンプジン
「あ、朝市ですか」
茂
「いいんじゃないか? ドラゴンを追いかける前に俺たちがぶっ倒れても不味いしな」
ナットレイ
「同感だ、特に話に聞くドラゴン……一筋縄ではいかなさそうだしね」
シェイミ
「うぅ〜、皆無事でしゅか……?」
店長
「その事ですが……」
店長は不意に顔を暗くした。
何事かと伺うと、店長は少し間を置いて喋りだす。
店長
「西の海のオアシスで今謎の病毒が流行っているそうです」
茂
「ッ!?」
パンプジン
「え!? まさか……?」
店長
「それがドラゴンの仕業かは確認は取れていませんが……」
茂
(ドラゴン……お前なのか?)
俺はあの巨大なドラゴンの少女のことを何も知らない。
ただ強力な力を持っているのは間違いない。
俺の前ではあの力を無理やり吸い上げられ、苦しむ少女しか知らない。
一方でシェイミは、一族を謎の毒で冒され憎しみも少なからず抱えている。
未だあのドラゴンの少女はその善悪が分からない。
茂
(やっぱり憎んでいるのか? お前も自分を利用した世界を)
もしも、シェイミの一族や、オアシスがいずれもドラゴンの意図した出来事なら、それはきっと憎しみだろう。
あれだけのことをされて、憎むなと言う方が酷である。
それだけのことを陸の民に、いやルビィにされたのだ。
茂
(お前の憎しみの対象はもうこの世にはいない! なのにお前が憎しみの対象になるのか!?)
ある世界では一方的な被害者だったとしても、ある世界では一方的な加害者になり得る。
それは憎しみの連鎖ではないか?
茂
(もし、それが憎しみなら俺は……!)
パンプジン
「あ、あの……お兄さん?」
茂
「え!? あ、どうしたパンプジン?」
パンプジン
「ひう!? こ、怖い顔してた、から……」
パンプジンは無口になる俺を心配していたらしい。
パンプジンは怯むように怯えてしまったが、しまったな……。
ナットレイ
「フフ、君は顔が恐いからね」
茂
「悪人面なのは自覚している……」
初対面で大抵気に入られない顔なことは自覚している。
同僚曰く死んだ魚の目だの、死神のような顔だの散々な言われようだからな。
パンプジン
「そ、その! わ、私はお兄さんのこと、素敵だと、お、思いますっ」
茂
「ありがとう、慰めでも嬉しいさ」
パンプジン
「あ、あう……」
俺は一気にコーヒーを飲み干すと、テーブルから立った。
茂
「店長コーヒーありがとう! お陰で気分も纏まった!」
店長
「いえいえ、それよりも貴方の冒険に幸があらんことを」
俺が飲み干すと、ナットレイが続き、パンプジンも飲み終えた。
慌ててズズっと飲み干すシェイミが最後にテーブルを立つと。
茂
「それじゃあ、冒険を再開しますか!」
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#4 溺れるような夜 完
#5に続く。