#8 ジュゴンの思い、そして動乱する
#8
陸の民が建造した超巨大都市型潜水艦エデン。
ここに半ば監禁されるように滞在して早1週間が過ぎようとしていた。
茂
「……はぁ、やっぱりままならんか」
俺はなんとかマナフィを止められないか、そう考えたが……やはりそれを実行するには陸の民の協力が必要である。
期待できるのはガオガエンのオウガだ。
この艦の軍部のトップであるオウガならば、ある程度の不可能も無理ではない。
だが、そう上手く行かないのが世の中だ。
ガオウとは政敵であり、同時にマナフィとの決着を望むのがフェローチェのルビィ。
こっちは顔も知らないが、どうもマナフィを倒せる手段を有しているらしい。
……らしいと言うのが、それがどうも不透明だからだ。
茂
(皇家座乗艦エンデュオンの内部アルヴィスブロックにその鍵がある?)
それがどんな者なのかはオウガもジュゴンさんも知らなかった。
恐らくルビィと、ルビィにかなり近い位置にいる者だけが、その正体を知っているのだろう。
茂
(まぁ、件の秘密兵器も俺にとって関係あるのか謎なんだが……)
だが、正体が知りたいのは事実。
それが本当にマナフィを倒せるとしたら、俺はマナフィにそれを知らせないといけない。
オウガに頼んで、ウォーターアイランドに密航させて貰うプランは、生憎上手くいっていない。
というのも、俺の周りには監視者がいるからだ。
ヨウ
「ここにいましたか、トキワ様」
俺はアースピアの展望台で黄昏れていると、後ろからクスネのヨウさんが現れた。
俺の傍に今はジュゴンさんはいない。
おそらくではあるが、監視に不適格とでも判断されて更迭されたか、新たな指令でも下ったのか。
ヨウさんは、そんなジュゴンさんに変わって俺の監視役に選ばれたようだ。
彼女は油断ならない女性だ。
ジュゴンさんは出来るが隙だらけな人だったが、ヨウさんは無表情で口数も少なく隙もない。
まず心を開いていないんだから当然だろうが、少し苦手な相手だ。
茂
「ここは眺めいいねぇ」
俺は適当に言葉を選んで黄昏れた。
その際相手の顔は見ない。
俺独自の社交学だが、この距離感が誰とでも付き合いやすい。
たまに変に接近してくる人懐っこい奴もいるが、まぁヨウさんはそのタイプじゃないから、ビジネスライクの方が相手にも良いだろう。
ヨウ
「いずれ見飽きると思いますが?」
茂
「ここで生まれ育った人の言う言葉は違うねぇ」
ヨウ
「……星の民は、皆貴方のような方なのですか?」
茂
「さぁて……どうだかね?」
俺は適当に濁した。
ヨウさんはやはり、俺を自分たちとは違う異星物だと畏れているようだ。
人間がPKMを畏れるように、ポケモンもまた人間を畏れるか。
正に無知は罪なり。
茂
(ヨウさん以外にあと二人、なんで急に監視が増えたんだ?)
俺はそっと目を配らせ、ずっと俺を監視するポケモン達を確認する。
ジュゴンさんが俺の世話役から外され、代わりにヨウさんが来てもう4日。
茂
(どうも嫌な雰囲気なんだよな〜悪い勘は当たるっていうか)
ドゥン!!
ヨウ
「なっ!?」
突然艦全体が縦揺れした。
縦揺れ? 全長200キロメートルのこの艦がか?
茂
(まじで、なにやってんだこの艦?)
ヨウさんは大慌てで眼鏡を直し、慌てふためいた。
恐らく地震の経験が無いのだろう。
まるで無菌の薔薇のようで、俺は思わず苦笑してしまう。
***
深海、そこを当てもなく三匹のポケモンが泳いでいた。
それは魚栄軍の残党だった。
たった一夜で、魚栄軍の主力が壊滅するという事態を迎え、魚栄軍は散り散りになってしまったのだ。
ハンテール
「はぁ……これから俺達どうすればいいんだ」
カマスジョー
「おお〜、我らの魚栄軍〜、栄光の〜」
テッポウオ
「もう止めろ……おしまいなんだ」
そんな意気消沈の三人に、突然光が当てられた!
その光は凄まじく、深海の暗さに慣れた三人の視界を奪う!
カマスジョー
「ぐああああ!? 目が!? 何も見えねぇ!?」
ゴポポ。
そこに明らかに異質な音が混じった。
強力な指向性照明の後ろから現れたのは潜水服を来た二匹のポケモンだ。
その何れもが、海の種族ではない。
陸の民だった。
上官
『いいか、生け捕りにしろ、ルビィ宰相閣下がお望みだ』
兵士
『了解、ネット射出!』
潜水服の一人は大掛かりな水中銃を有していた。
それは投網だ、しかもただの投網じゃない。
ハンテール
「な、なんだ!? 何かが絡み……ぐああああ!?」
バチバチバチ!
網は電撃を放った。
それは三人を気絶させるには充分な威力だった。
放電が終了すると、上官は兵士と協力して網ごと三人を回収した。
その場を陸のように強く照らす照明の正体は、陸の民の有する小型潜水艇であった。
***
オウガ
「ぬぅ……!」
ルビィ
「ふふふ♪」
そこは宰相派が有する実験艦の中だった。
内装は悪趣味なほど白で染められ、角張った部分が一つも無い。
大凡オウガには理解の出来ない、ルビィの趣味がかった実験場だった。
そんな二人と、複数名の研究員は今忙しく走り回っている。
オウガはそんな姿を余所に、目の前の強化ガラスの先を覗いた。
オウガたちは今、実験場で言えば上部にいる。
実験場は四角の真ん中が大きく凹んでおり、オウガはガラスの下を覗いたのだ。
ルビィ
「準備が出来たそうですわ」
オウガ
「……見せて貰おうか、マナフィをも打倒するお前の切り札」
今回オウガは初めて、ルビィが所持するという秘密兵器のお目見えだった。
だがその異様な雰囲気にオウガは不信を抱いている。
オウガ
(無駄に広い実験場、それに強化ガラスで完全防備……何が出てくる?)
ガシャン!
実験場下部の扉が開かれた。
恐る恐る中へと入ってきたのは、なんてことのない陸の民の女性だった。
オウガ
「おい、何の冗談だ? あれは民間人ではないのか!?」
ルビィ
「志願者ですのでご安心を」
オウガはルビィに噛みついたが、彼女は冷酷な笑みを浮かべて実験場を見下ろした。
女性の反対側の扉が開くと、そこから出てきた者を見て、更にオウガは驚愕した。
ハンテール
「ち……ここはどこだぁ?」
オウガ
「奴ら海の民……それも魚栄軍ではないのか!?」
ルビィ
「ククク……お前たち、目の前の女を殺せば、解放してやろう」
ルビィはマイクを掴むと、実験場に声が響いた。
三人の海の民は声に驚いたが、目の前の女性を見ると、嫌らしく笑う。
女性
「ひっ!?」
テッポウオ
「へへ……よく見たら良い女じゃねぇか」
カマスジョー
「ああ、犯してぇ……!」
ハンテール
「ハハッ! あれを殺せば良いんだな!?」
ルビィ
「その通り、ラッキーでしょう? こんな簡単な事は無い」
その狂気の様にオウガは遂にルビィの首を掴んだ!
オウガ
「貴様正気か!? 船に海の民を入れるだけでは飽き足らず、あの民間人をどうしようと言うのだ!? 返答次第ではただじゃ済まさんぞ!?」
ルビィ
「フフフ、まだ実験は始まってさえいませんよ?」
オウガ
「貴様……!」
二人を余所に、三人はジリジリと女性を追い詰めた。
女性は見るにけだものな三人に顔を恐怖で張り付かせる。
女性
「た、助けてください! な、なんでもしますから!」
それは女性の悲痛な叫びだった。
だが、それに応えてくれる者は誰もいない。
それを証明するようにルビィは。
ルビィ
「ご安心を、貴方の事は全ての私が面倒を見ますので♪」
死んでください、まるでそう言っているかのような冷酷さだった。
それに呼応するように三人の海の民は女性に襲いかかる!
女性は必死にその身を守るが、海の民は容赦なくそれを詰る!
オウガ
「くそ! 止めさせろ! あのままでは本当に死ぬぞ!?」
ルビィ
「果たしてそれはどうですかね?」
研究員
「エネルギー注入80%を越えました」
ルビィ
「そろそろ、ですね」
ルビィは酷薄な笑みを浮かべて、実験場を見下ろした。
その変化は女性に表れた。
女性
「が……あ!? 体が……あああああああ!?」
ハンテール
「な、なんだ!?」
テッポウオ
「ば、化け物だ!?」
その女性に起きたのは……。
その現象は誰もが、凍り付くには充分だった。
あのオウガでさえも、それを本能的に畏れたのだ。
ただ、一人……ルビィだけは違った。
ルビィ
「クヒヒヒ……! 素晴らしい! さぁ殺せ!」
女性は10メートル近い巨人となった。
目は焦点が合わず、ダラリと腕をぶら下げ、三人の前に立ちはだかった。
テッポウオ
「く、くそ!? 謀ったのか!?」
カマスジョー
「く、くたばれ化け物ー!!」
カマスジョーは水を纏って女性に突撃した。
アクアブレイクは女性に当たる瞬間……カマスジョーは壁の染みになっていた。
ハンテール
「え?」
それは女性が手を払っただけの動作だった。
だが10メートルの巨人が手を振れば、それはどれだけのエネルギーだろうか?
答えは明白だった。
女性
「おおおお!?」
女性は声を震わせると、恐慌状態となったテッポウオが口から水鉄砲を乱射した!
だが、それが女性を刺激し、女性はテッポウオを掴み取る。
テッポウオ
「ひっ!? ま、まさか!? やめろ!? やめ……あば!?」
それを直視した研究員の何人かはあまりの悍ましさに目を背けた。
オウガでさえ、口を抑えてのだ。
ルビィ
「アッハッハ! 食った! 戦うことも知らない民間人が海の民を食ったぞ!」
女性はテッポウオの上半身を食いちぎると、力を失ったテッポウオの下半身を投げ捨てた。
それを見た、ハンテールは真っ先に逃げ出す。
ハンテール
「た、助けてくれ! な、なんでもする!」
ハンテールは自分が入ってきた扉を必死に叩いて叫んだ。
だが、その叫びも無情に、女性はハンテールを血塗れの手で掴んだ。
ハンテール
「うわぁ!? 嫌だ!? 俺は餌になんかなりたくねえー!?」
ハンテールは必死に女性の手の中で暴れた。
だが、無駄であった。
巨人に抗う術などなく、ハンテールは女性の口へと運ばれていく……が。
プチ!
常人が聞けば、失神そうな音が響くと、ハンテールは血を吹いて痙攣していた。
女性は力加減が出来ず、握りつぶしてしまったのだ。
女性
「? おおおおおお!!」
女性はハンテールは放り捨てると、咆哮をあげた。
その結果に満足したルビィは涙目で笑い、拍手した。
ルビィ
「素晴らしい! ただの民間人が凶暴な魚栄軍の戦士3名を殺害! この力があればマナフィなどおそるに足らず!!」
オウガ
「ぬ……ぬぅ、しかしあれではもはや化け物ではないか?」
ルビィ
「化け物ぉ? マナフィこそが化け物でしょう!? 化け物を倒すのは化け物の仕事ではなくて!?」
オウガ
「……!」
そうだ、マナフィはそれ程の化け物だ。
自分でさえも戦って無事で済むか分からない相手、そして負ければ全てを滅ぼす相手。
ルビィ
「さぁ、これで証明出来たでしょう? 力を貸しなさい……オウガ!」
ルビィはオウガを振り返った。
この女は狂気に当てられている。
だが……狂気でしかマナフィを殺せないなら……!
オウガ
「分かった……お前と協力しよう」
***
ジュゴン
「バーグ様、新たな指令とは?」
茂さんの傍から外されて4日後、私は暇を持て余していたが、バーグ様に呼ばれ、彼のオフィスに訪れた。
バーグ様は私を見ると、ニヤリと笑い。
バーグ
「もう一度あのウォーターアイランドに潜入して貰う」
ジュゴン
「今更……ですか?」
私はその言葉に、普段ではしないであろう反抗をしてしまった。
バーグ様はあからさまに私を睨むと、机を叩く。
バーグ
「調子に乗るなよ、6号……半端者のお前を拾ったルビィ宰相閣下への忠誠心はその程度か?」
ジュゴン
「っ!?」
私は自分を登用してくれたルビィ宰相に忠誠を誓わないといけない。
だけど半端者と言われると、どうしてこうも心が痛いのだろう。
私を半端者の扱いしなかったのは茂さんとマナフィ様だけだ。
もう一度……茂さんに会いたい。
ジュゴン
「……畏まりました、直ぐに準備します」
バーグ様は私を睨んだまま、指令書を手渡すと、私は頭を下げて退室した。
正直不可解だが、任務は任務だ。
ジュゴン
(兎に角……急がないと!)
恐らく茂さんはアースピアにいると思う。
多分エデンを出たら、もう二度と戻ってくる事はないだろう。
***
ジュゴン
「茂さん!」
俺が展望台で黄昏れていると、突然後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
振り返るとそこにはジュゴンさんがいた。
驚くヨウさんだったが、俺は手でヨウさんを静止してジュゴンさんの元に向かう。
茂
「ジュゴンさん、どうしたの?」
ジュゴン
「はぁ、はぁ……! し、茂さん……その」
息を切らしている、それ程急いでいるのか?
ジュゴンさんは根は一途な所がある。
きっとなにか詰まってしまったんだろう。
茂
「ヨウさん、30分だけ席空けて!」
ヨウ
「し、しかし……」
ジュゴン
「お願いします……すぐ済みますから」
ジュゴンさんが頭を下げると、ヨウさんは折れた。
ヨウ
「10分席を外します」
ヨウさんはそう言うと、展望台から去って行く。
俺はジュゴンさんを引っ張ると、ゆっくり会話できる場所を目指した。
茂
「で、わざわざ探しに来たんだ、なんか理由あるんだろう?」
俺は二人が余裕で座れる場所を見つけると、ジュゴンさんに聞いた。
ジュゴンさんは重い顔をすると。
ジュゴン
「再びウォーターアイランドに潜入することになりました」
茂
「マナフィの元にか!?」
ジュゴン
「……恐らく使い捨てです、宰相閣下はなにか策があるようですし」
茂
「何か知ってるのか?」
ジュゴンさんは首を振る。
やはり詳細は誰も知らないか。
ジュゴン
「茂さん……私、何故か茂さんに会いたくて溜まらないと思ってしまいました」
茂
「今生の別れだから?」
俺はややドライな解答だったかもしれない。
彼女の好意には気付けても、それに応じる訳にはいかない理由もある。
ジュゴンさんは涙を浮かべると、それを指で拭き取った。
ジュゴン
「恐らくそうなるでしょう……私はマナフィ様を監視するビーコンの役割」
茂
「一つ聞いていいか?」
ジュゴン
「え?」
茂
「ジュゴンさんにとってマナフィはなんなんだ?」
ずっと気にはなっていた。
多分ジュゴンさんは他の陸の民とは違う思いがジュゴンさんにはあると思う。
ジュゴンさんは気付いてないかも知れないが、彼女は未だにマナフィ様と敬称を付けているんだ。
ジュゴン
「マナフィ様は……命の恩人なんです」
茂
「命の恩人?」
ジュゴン
「昔……まだもう少しだけ陸地があって、私がその陸地で仲間たちと住んでいた頃」
***
それは10年より前。
正確な時間はもはや覚えていない。
陸地の必要な海洋生物である私たちには海岸は必須であった。
だが、それ故に海の民にも陸の民にも疎まれていた。
そんなある日、あの悲劇は起きた。
陸の民
「半端者を殺せ! 陸は俺達のものだ!」
陸の民の襲撃だった。
急速に陸地が減っていく中、それでも陸に拘ったその民たちは、少ない陸地を奪い合っていたのだ。
その矛先が私たちに向くのは当然のことだった。
仲間たちが急いで海に逃げ込む中、当時まだパウワウだった私は逃げ遅れてしまった。
パウワウ
「あ……あ!」
陸の民
「ガキか、運がなかったと思うんだな!」
陸の民の顔はもはや覚えていない。
ただ槍を私に振り下ろそうとしたその時。
バシャァン!!
水柱が上がった。
突然海面から飛び出したのは。
マナフィ
「とわー! マナフィキーック!!」
空中で一回転すると、私を襲おうとした陸の民にも跳び蹴りを放つ。
陸の民
「ま、マナフィ!?」
マナフィ
「おんどりゃー! そんな寄ってたかって子供に襲いかかりおって! ウチの鉄拳で血の海を渡れぃ!」
陸の民
「ま、マナフィさえ殺せば!!」
マナフィ様は、私を庇うように陸の民に立ちはだかると、陸の民は私なんて放ってマナフィ様に矛先を向けた。
マナフィ様はそっと私に目を配らせると。
マナフィ
「もう大丈夫やからな」
パウワウ
「ど、どうして……?」
マナフィ
「どうしてもこうしても! か弱い子供を助けるのが正義のヒーローやろ!?」
マナフィ様はそう言うと、ニコっと笑った。
当時の私にはまだ善悪論は早かった。
でもマナフィ様は正真正銘正義のヒーローだったのだ。
***
あの日、マナフィ様に命を助けられた時、私はマナフィ様に強い尊敬の念を抱いてしまった。
でも陸地は時と同時にどんどん減っていき、仲間たちも次々と命を失っていた。
そんな中、陸の民の探査船に回収された私は、陸の民が極秘に建造した複合潜水艦エデンにやってきた。
そこで私は宰相閣下と出会い、宰相閣下に様々な援助をしていただけた。
それはあくまで宰相閣下からすればアメとムチだったのだろうけれど、私が諜報員になるには充分だった。
やがて私が大人になり、初任務に渡されたのはウォーターアイランドなる海上都市の調査だった。
………。
バーグ
「潜入方法は簡単だ……適当に溺れてろ」
バーグ様の雑な指令を愚直に守った私はウォーターアイランドの近海で溺れるように暴れた。
それを見て真っ先に海に飛び込んで来たのは、やっぱりマナフィ様だった。
マナフィ
「大丈夫やで! ウチが来たからな!」
マナフィ様は変わってなかった。
宰相閣下にはマナフィ様こそが、陸地を奪った張本人だと言う。
一族が滅んで行ったのも間接的にはマナフィ様の性でもあった。
ジュゴン
「その、お久しぶりです」
マナフィ
「お? どっかで会ったっけ?」
マナフィ様はきっと私を覚えていない。
100年よりもっと長くを生きるマナフィ様にとって私はそれ程小さな存在なんだろう。
それでもマナフィ様は私をウォーターアイランドに揚げてくれ、マナフィ様の世話係をさせていただけた。
監視とは言うが、私にとってそれは恩返しであり、私はどこかでマナフィ様を信じたかったのだ。
***
ジュゴン
「……私にとってマナフィ様はヒーローなのです」
茂
「……あいつ変わってないな」
ジュゴンさんの回想は終わった。
如何に辛い人生を送ったのかも、彼女にとってマナフィがどういう存在なのかも。
それにしてもマナフィ、一体どうしてそういうヒーロー像に憧れるのだろうか。
実際実行できる実力はある。
一方で世界を滅ぼす魔王だと言うのは些か笑えないがな。
ジュゴン
「教えてください! 私……どうすればいいんでしょう!?」
茂
「ジュゴンさん、俺には悔いのない選択を選べとしか言えない」
正直言って、それ程世界は限界だと言える。
ジュゴンさんに指南出来る程、俺も選択肢が見つからない。
茂
「俺だってそりゃマナフィに死んで貰いたくはない……だからといって奪われていい命があるのかと問われれば、俺は答えられない」
陸の民とマナフィは完全な善悪二元論と化している。
どちらかが滅ぶまで、お互い戦うのだろう。
茂
「ジュゴンさん、そう言えば約束」
ジュゴン
「え? 約束……?」
茂
「瑠音(ルネ)、ジュゴンさん名前、一応ちゃんと考えたんだぞ?」
ジュゴン
「な……!? あんな居酒屋の戯れを……本気で?」
ジュゴンさんはあまりにも驚いて、涙を流していた。
きっとジュゴンさんはそんな口約束を信じていなかったのだろう。
でも俺は重要だと思った。
茂
「嫌だった?」
ジュゴンさんは首を振った。
瑠音
「いいえ! そんなことありません!」
茂
「瑠音は大分思い詰めるタイプだ、だからこそ俺が少しでも支えになればと思う」
瑠音
「茂さん……私にはもう充分過ぎるほど」
俺は瑠音に抱きついた。
ただ優しく抱擁して、俺の体温を彼女に伝える。
茂
「俺は俺でなんとかしてみる、だから瑠音も自暴自棄にはならないでくれ!」
瑠音
「茂さん……はい、はい!」
***
その日夜……瑠音は静かにエデンを出た。
瑠音
(茂さん……マナフィ様は尊敬できる方です、でも貴方は私にとって大切な方です……!)
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#8 ジュゴンの思い、そして動乱する
#9に続く。