#7 そんな事より酒だ! 飲まずにはいられない!
#7
アースピアに夜がやってきた。
ジュゴンさんと一緒に色々気分をリフレッシュさせた俺は空を見上げて感嘆する。
茂
「月は出てるか?」
ジュゴン
「は?」
茂
「月は出ているかと聞いている!」
ジュゴン
「え、えと……艦内の空は一応公転座標から照らし合わせているので正しいはずですが……」
ジュゴンさんは困ったように大真面目に艦内システムを説明し始めるが、違うそうじゃない!
どうもジュゴンさんは頭が良い分、ネタを真面目に解釈してしまう所があるな。
つくづくこっちは突っ込みが足りん。
茂
「まぁ……冗談は置いておいて、艦内に昼夜があるってのは、驚きだよな」
今は夜、満月が空を飾り、星々が鏤められている。
それはウォーターアイランドで見た夜空と同様だ。
如何に艦内システムが優れているか、という事なんだが……だからこそ浮いて見える。
茂
(マナフィはどうしてウォーターアイランドを造った?)
陸の民はこれ程の文明がある一方、世界を支配する海の民は原始的だ。
だがそもそもマナフィに陸は必要ないはず。
そのためにマナフィはガイアの元を集めて、ガイアを復活させようとしている。
その過程で全ての大地は水没するのだろう。
ガイアが目覚め、再び星の海へ旅立てばこの星は渇いた岩石惑星に戻るのだろうか。
正直スケールがデカすぎて、想像できないがマナフィの目的はこれの筈だ。
その過程にウォーターアイランドが必要だった?
茂
「分からん……善悪はそう簡単に割り切れる物ではないが」
ジュゴン
「茂さん?」
ジュゴンさんは不安そうに俺の横顔を覗いた。
俺は頭を掻くと、考えるのは中断した。
茂
(俺に何が出来るか、だよな……)
結局俺はエゴを突き通して今があるだけだ。
つまり、正義の味方とか救世主とかじゃない。
過程の中で誰かを助ける事はあるだろうが、大半は見捨てた上で俺がいるのだから。
茂
「とりあえずこれからどうするか……」
俺は、今夜の予定を考えていると、突然目の前に車が止まった。
何事が車の後部座席を見ると、中に居た男はニヤリと笑った。
オウガ
「よお! 星の民! 一献付き合わねぇか!?」
それはこの艦で最初に出会った大豪傑だった。
ガオガエンの将軍、そういや名前知らないな。
茂
「常葉茂、星の民って名前じゃない」
オウガ
「そうか! 俺はオウガ! こう見えても全軍を指揮している!」
ジュゴン
「オウガ大将閣下、この方に何の御用でしょうか?」
ジュゴンさんは俺を庇うように前に出た。
もしかして仲が悪いのか?
しかしオウガはその程度では気にもせず。
オウガ
「なに! 男同士酒に付き合って貰いたいだけよ! 宰相の犬はご遠慮願いたいが?」
ジュゴン
「ッ! 成る程要件は分かりました……しかしこの方の身柄は私が引き受けています」
オウガ
「面倒臭いのぅ……」
茂
「……オーケー」
俺は見るに見かねて、声を出した。
ジュゴンさんは驚いたように振り返り、オウガは予想外の反応に顔を綻ばせた。
茂
「ただし付き合うのは俺だけじゃなく、ジュゴンさんもな!」
ジュゴン
「茂さん!?」
オウガ
「くっははは! 良いだろう! 二人とも乗れ!」
オウガはそう言うと、後部座席の扉を開いた。
ジュゴンさんは呆れながらも、大人しく乗り込み、続いて俺も乗った。
オウガは運転手に手振りをすると、車は静かに発進した。
茂
(電動か……静かだな)
俺は車をそう評すると、オウガを見た。
オウガとジュゴンさんは仲は良くなさそうだ。
それというのも、派閥による影響だろうか?
オウガはあまり気にしている様子はないが、ジュゴンさんは何かを警戒しているようだ。
オウガ
「それにしてもやるのう、ああ言われては俺だけごねれば、分が悪い!」
ジュゴン
「当然です! 茂さんは普通の方ではありませんからっ!」
いや、そんな持ち上げられてもハードル上がってキツいです。
ジュゴンさんはどうも俺を過大評価しすぎである。
オウガ
「くはは! これは楽しい酒が愉しめそうだ!」
オウガはそう言うと豪快に笑った。
少なくともそれほど危険そうな相手には思えないな。
だが曲がりなりにも陸の民、やはり価値観は異なるのだろう。
やがて、車はある店の前に止まった。
俺は知らない店だったが、ジュゴンさんはあまりにも驚いて口を手で塞いだ。
オウガ
「着いたぞ!」
ジュゴン
「ここ、大衆居酒屋じゃないですか!?」
オウガ
「くははは! こういう場所の方が腹を割って話せよう!」
オウガはそう言うと楽しそうに車を出た。
ジュゴンさんは頭が痛そうに溜息を吐くと、渋々出て行く。
俺は……少し楽しみだった。
茂
(やべ、居酒屋なんて久々〜♪)
異世界の居酒屋とはいえ、居酒屋大好きの俺はテンションが上がらざるを得ない。
果たして異世界ではどんな酒が愉しめるのか?
ツマミも気になるな!
オウガ
「おーい! 3名だ!」
店員
「ラッシャーイ! あっ、オウガ様じゃねぇっすか! 一番奥の座敷で良いっすか!」
オウガ
「おう! そこでいい!」
ジュゴン
「常連……?」
茂
「明らかに常連だな」
オウガと店員のやりとりは明らかの慣れていた。
どうやら顔なじみの店ということか。
それならば、ある程度期待感も持てるな。
店は賑わっており、所狭しと感じるのは焼き鳥の臭いか?
オウガ
「とりあえず生三つ!」
一番奥の座敷席に座ると、俺の前にはオウガ、横にジュゴンさんという配置になった。
とりあえずメニューが分からないので、俺はオウガに任せた。
オウガ
「それとツマミも適当に頼む!」
ジュゴン
「て、適当って……そんな店員を困らせる……」
ジュゴンさんは頭を抱えるが、店員は苦笑していた。
店員
「オウガ様はいつもこうですから」
どうやらいつもの事らしい。
オーダーを聞き終えた店員は奥へと消えると、オウガはニヤニヤしながら俺とジュゴンさんを見る。
茂
「一体どうした?」
オウガ
「クフフフ、もうヤッとるのか?」
茂
「ぶっ!?」
俺は思わず噴き出した。
このおっさん、いきなり下ネタか!?
ジュゴンさんは顔を真っ赤にすると。
ジュゴン
「わ、私は何時でも、お待ちしますから……♪」
茂
「グワー!?」
オウガ
「くははは! そっちの事情は陸の民と変わらんようだな!」
オウガはどうやら試したようだ。
まぁジュゴンさん普通じゃないくらいベタベタしてくるからな。
店員
「生ビールお待たせしましたー!」
やがて、最初に出されたのは冷えたビールだった。
俺はその黄金の輝きに目を奪われた。
茂
「おお……おおお!? な、なんという……この俺にもまだ涙が残っておったわ……」
ジュゴン
「え!? なんで泣いてるんですか!? 茂さん!?」
茂
「だってお前……ビールだぞ? 何ヶ月ぶりだと思ってんだよ?」
思わずここまでの苛酷な旅に泣いてしまう。
速く茜の元に帰りたい……。
オウガ
「くははは! 酒は健康の素だからな!」
茂
「それじゃ皆さん! かんぱーい!」
思わずジョッキ握ると、乾杯の音頭とってしまう。
俺は早速ビールに喉を鳴らした。
茂
「くっはぁ! この苦み、この喉越し! 間違いない!」
ジュゴン
「茂さん、キャラが崩壊してる……」
失礼な、元々俺はこっち系のキャラだっつーの。
と言っても、ジュゴンさんは本来の俺を知って訳ないからな。
俺自身割と自堕落だから、本来の俺は幻滅させるかも。
オウガ
「常葉茂! 良い飲みっぷりだぞ!」
茂
「はっはっは! まぁ直ぐに酔うタイプなんだけどな!」
俺は居酒屋が好きだ。
茜が来る前なんて週4ペースで通ってた程だ。
ただ直ぐに酔うから燃費は良い方だった。
良く燃費の良い奴とは、大城には良く言われたもんだ。
オウガ
「くははは! 良かった信用出来そうだ! 酒が飲める奴は信用できる!」
オウガはそう言うと、一気に煽った。
オウガ
「おーい! お替わりー!」
オウガはそう大きな声を出す。
その声は店内の誰よりも大きかった。
ジュゴン
「はぁ……ビールの何が良いんですか? 苦いだけじゃないですか」
そう愚痴ったのはジュゴンさんだった。
一応チビチビ飲んではいるようだが、全然楽しんでいないな。
茂
「ジュゴンさんお酒は駄目な方?」
ジュゴン
「そういう訳ではないですが……」
茂
「ふーむ、なら相性か」
オウガ
「ここは色々揃っているぞ」
茂
「因みに普段飲むのは?」
ジュゴン
「わ、ワインなどなら……」
ジュゴンさんは恥ずかしそうにそう言った。
流石に居酒屋ではワインは洒落すぎるか?
店員
「おつまみお待たせしましたー!」
茂
「店員さん、ここワインってある?」
店員
「ワイン? ありやすよ!」
茂
「それじゃ追加で!」
俺は細かいオーダーをすると、店員は再び戻った。
やっぱり居酒屋は皆で楽しめないとな。
俺は改めて供されたツマミを見る。
根菜を肉で巻いた物、四角いケバブような串焼きなど、色々運ばれていた。
オウガ
「序でに晩餐となるだろう!」
茂
「結構来たな……」
ジュゴン
「オウガ様は結構大食いと聞きますので……」
ジュゴンさんはそう耳打ちしている間にも、早速オウガはツマミを食していた。
うーむ、もしかしてこれで一人分?
茂
「おっ、これ旨い♪」
俺はとりあえずケバブのような串焼きを頂くと、それは新食感だった。
微妙に異世界だからか、地球ではメジャーだがこっちでは異なる食材の性だろう。
コリコリとする軟骨も混ざっているのか、それは非常に酒にベストなツマミだった。
オウガ
「それでだ、常葉茂……この船をどう思う?」
俺は再びビールに口を付けると、オウガは少し真面目な質問をしてきた。
それは第三者、星の民の意見を求めているのだろう。
茂
「いい船だと思うよ、そう思わなければ、このビールもツマミも美味しく無いだろう」
オウガ
「クフフフ……確かに、それもそうか」
ジュゴン
「……」
茂
「ジュゴンさん?」
俺はジュゴンさんの視線が気になった。
ジュゴンさんはじっと俺を見ていた。
ジュゴン
「茂さんは、陸の民を愛せますか?」
茂
「……誤解無きよう言うが、そもそも俺の前に民の線引きは存在しない、陸の民だから愛するっていう考えは誤認だ」
オウガ
「……成る程な、確かにその通りだ、本来ポケモンに線引きは必要なかった筈だ」
オウガも何か思うことがあったのだろう。
何度も頷き、ツマミを口に入れた。
オウガ
「おい、ところで気になっていたのだが、そこのジュゴン、名前はなんというのだ?」
ジュゴン
「……! あ……その」
ジュゴンさんは言い淀む。
そう言えば、海の民は名前を持っていない者も多かったが、基本陸の民は名前があるようだ。
マナフィはともかくフィオネなんて一杯いるのに○号って位しか識別されてなかったもんな。
この辺りも価値観の違いか。
しかし一応は陸の民側に属するジュゴンさんはどうなんだろう?
ジュゴン
「……無いです、強いて言えば6号です」
茂
「それは諜報員としての暗号だろう?」
ジュゴンさんに名前は無いのか。
海では気になる問題ではなかったが、陸では逆に目立つ。
俺は少し頭を捻ると。
茂
「偽名でもなんでも良いから、あった方が便利だよな」
ジュゴン
「茂さん? も、もしかして茂さんが名付けてくれるんですか!?」
ジュゴンさんは俺が考えていると、興奮して食いつき気味に寄り添ってきた。
うは、ジュゴンさんはオパーイが当たって気持ちよくなってしまいますから!
茂
「まぁまぁ! 近いうちに考えるから!」
店員
「ビールとワイン、それと追加のツマミ失礼しまーす!」
オウガ
「おー!」
そんな事をやっていると、更にテーブルは隙間もないほど皿で埋め尽くされる。
オウガは早速2杯目に取りかかった。
この人も大概酒豪だな。
茂
「ワイン、口に合うかは知らんが飲んでみたら?」
ジュゴン
「は、はい♪」
そうして楽しい酒盛り続いた。
やがて、最初に俺が落ちて次に気が付くと、顔の赤いジュゴンさんが俺にもたれ掛かったまま眠っており、オウガは顔を赤くしてウイスキーを呷っていた。
茂
「まだ飲んでいたのか?」
オウガ
「クフフ……色々溜め込んでいるんでな」
そう言って笑うが、オウガの表情は曇っているように俺は思った。
その顔は正に中間管理職のそれだと思う。
茂
「頼りになるかは分からんが、相談になら乗るぞ」
オウガ
「ふ、常葉茂、星の民よ……お前からすればこの星はどうでも良いか?」
茂
「それは……」
オウガ
「……マナフィは強い、正直勝てるか分からん……しかし負ければ全ての民が滅ぼされる」
オウガは武人だが、同時にこの船の安全を守る指揮官なのだろう。
その重圧はきっと俺が感じたことのない物だろう。
茂
「マナフィは話の通じない相手ではなかった、戦う前に解決策はないのか?」
オウガ
「クク……あればそれも実行出来ただろう、マナフィがそもそも警告を放ったのは百年前だ、あの時はこんな事態になるなど誰も信じなかった」
茂
「オウガ……アンタは」
オウガ
「くはは……自分のためなら戦えるが、世界の命運となると、俺は矮小な者よ……!」
オウガはそう言うと顔を覆った。
震えている?
きっと恐怖に打ち勝つための材料を求めて俺を誘い、酒の力を借りたのだろう。
オウガ
「星の民よ! かつてガイアさえも倒した種族! マナフィを止めることは出来ないのか!?」
茂
「……俺はお前の思っている星の民ではない、まして本当に星の民かすら俺は知らん」
オウガ
「……く! ままならん、か」
茂
「だけど、俺個人はアンタやジュゴンさん、この世界を愛せるし、護りたい!」
俺は決して世界を白黒で決められはしなかった。
そもそも世界はもっと複雑だ、色んな想いが絡み合って複雑な世界を生み出している。
茂
「オウガ、アンタの力で俺をマナフィの元に送れないか?」
オウガ
「常葉茂を? 不可能ではないが……宰相派が許すとは思えん」
オウガはジュゴンさんを見ると、溜息をついた。
ジュゴンさんやその上司バーグが所属するのが宰相を中心とする宰相派。
宰相派は一体俺をどう見ているんだ?
茂
「オウガ、宰相派が俺に何をさせたいか知らないか?」
オウガ
「ルビィの思惑か……生憎それは……いや、待てよ?」
オウガは一瞬真顔に戻ると、顔を手で覆って考えた。
オウガ
「ルビィの奴はマナフィ打倒の可能性にアルヴィスの話をしていた」
茂
「アルヴィスとは?」
オウガ
「皇家座乗艦エンデュオン……つまり王族専用艦にあるコンテナブロックだと思われる場所だ」
茂
「思われる? 何故過去形なんだ?」
オウガ
「皇家は既に滅んで久しい……今や宰相以外あの船に近づく者はおらんのだ」
皇族、かつて陸の民を支えた存在か。
しかし何故皇族は滅んだんだ?
オウガの様子を見るに、相当格式高い様子だが、それでも世継ぎが一人もいないのは変だ。
それにそんな一番大切な船になんでマナフィを倒しうる力があるっていうんだ?
オウガ
「関係があるとすればやはり……」
茂
「エンデュオン内部アルヴィス……」
***
皇家座乗艦エンデュオン、アルビスブロック。
この船は皇族とそれを支える下働きの民、そして宰相のみが入ることが許された。
だが10年も前に皇族は滅んで久しく、既にこの船は誰も乗船していない。
かつては美しかった宮殿前の庭園も雑草が茂り、無残な物だ。
だが、宮殿の地下……地図上ではコンテナブロックだとされるアルヴィスブロックには無数のケーブルが連結されていた。
ルビィ
「ククク……全てのピースは揃いましたよ!」
そこには宰相のルビィの姿がある。
フェローチェの美しい姿とは裏腹にその顔には狂気があり、目の前にある物を臨んでいる。
その後ろから……不安げに周囲を伺いながら近づく男がいた。
ミルホッグのバーグだ。
バーグ
「宰相閣下……オウガが特異点に接触を図ったようです」
ルビィ
「ほう? 無駄なことを……特異点の価値などあの無骨な男には分からないでしょうに……!」
バーグ
「ですが、あの特異点……得体が知れないっつーか、恐怖感ねぇのか……扱いづらいっすよね」
ルビィ
「流石、理を侵す者……神でさえ従わす事の出来ない存在か」
バーグ
「6号に監視はさせていますが、どこまで期待できるか……」
ルビィ
「ならば、人員を増員しなさい……少なくとも滅びの時までは一緒にいて貰いませんと……!」
バーグは『それを』直視できなかった。
ルビィは正常なのか?
それ位、そこにいたのは悍ましい存在だった。
体長推定7メートル、今は眠っているのか丸まっているが、肉が無いのだ。
骨格が液体の中で浮かび、辛うじて内蔵は確認できるが……なんなのかこれは。
バーグ
「うぷ! た、たまりませんぜ!? 宰相閣下も長居は!」
バーグは言い切る前に逃げていった。
ルビィはそんなことはどうでも良く、ただこの存在に心を奪われていたのだ。
ルビィ
「まさに規格外! マナフィは知るでしょう! それ程自分が万能の存在でないと言う事を!」
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#7 そんな事より酒だ! 飲まずにはいられない!
#8に続く。