突ポ娘外伝 - 第四章 無限の水平線の世界編
#4 ヨワシ襲撃

#4



それは襲撃の少し前のことだった――。




 「楽な生き方……か」

昔の俺は多分そっちばかりを選んでいた。
仕事も嫌いじゃなかったが、正直詰め込み過ぎで、多分持たなかったろう。
茜がいなければ、きっと俺は逃げてた。
それでも今の俺は多分逃げられない。
もう無理なんだ、大切な物を手に入れた俺はそれを捨てるなんて絶対に出来ない。
マナフィはああ言ったが、多分この性分は俺自身じゃどうしようもないんだろう。

ジュゴン
 「あ、茂様……申し訳ございません、晩ご飯はまだ……」

洞窟に戻ると、ジュゴンさんは晩ご飯の用意中だった。
洞窟とはいうが、そこはそんなに不便ではない。
日中から灯りが必要なのが問題と言えば問題だが、ランタンの灯りで充分だし、ジュゴンさんと共同で使うには申し分ない場所だ。


 (? 化粧台使ったのか?)

この洞窟でも一際異質な物がある。
それが化粧台だ、マナフィがジュゴンさんに宛がわれたものらしい。
だが、ジュゴンさんは殆どナチュラルメイクで、化粧台を使うことは殆どない。
化粧品といっても、そんな揃いが良い物でもないようだし、殆ど埃を被った品だと言える。
それが、使った痕跡があるのだ。


 「ジュゴンさん、化粧台使った?」

ジュゴン
 「え!? あ、その……掃除を……」


 「ああ、ジュゴンさんそういう所マメだよな」

ジュゴンさんが必要以上に驚いていたのが気になるが、ジュゴンさんは稀に見るマメな人だけに、掃除というなら納得だ。
それにあからさまに嘘が下手だから、その点でも信用は出来るだろう。


 (なにか嘘をついている事は分かるんだけど、な)

俺はそれはそれで納得する。
追及は簡単そうだが、知らない振りをするのも付き合い方だろう。

ジュゴン
 「そ、そのっ、今日は少し豪華なんですよ?」


 「魚以外?」

ジュゴン
 「う……その珍しい魚が」

魚は魚らしい……。
しかも海上都市の辛いところは味付けが塩か魚醤しかないという所。
海ポケモンの皆さんは大半が問題ないようだが、ホモサピエンスの俺は大問題だ。

ジュゴン
 「ご、ごめんなさい……」


 「なんで謝るのさ、それはジュゴンさんの性じゃないだろ?」

とりあえず廃材で作られた卓袱台の前に座る。
せめて米があればと思うが……陸上が殆どないこの世界で米や小麦は無理があるよなぁ……。

ザワザワ!


 「ん……なんだか妙に騒がしいな」

ジュゴン
 「なんでしょうか?」

俺は卓袱台の前から立ち上がると、洞窟の外に出た。
すると夜だというのに、フィオネ達が集まっているのだ。


 「一体どうしたんだ?」

俺は近くにいたフィオネの少女に聞くと、彼女は答える。

フィオネ
 「ペリッパー商隊が魚栄軍の襲撃を受けたらしいの……それでマナフィ様が……」


 「マナフィが!? まさか一人で!?」

少女はコクリと頷く。
それを知らせに来たのはスワンナだった。
その顔は俺も見覚えがある。
数少ないが、言葉を交わした相手だったのだ。


 「スワンナ!?」

スワンナ
 「あ、貴方は陸の民の……?」

スワンナは酷く疲れている様子だった。
幸い怪我などはないようで、今は疲れて羽根を休めている状態だ。


 「マナフィは大丈夫か……?」

フィオネ
 「マナフィ様は海の皇子です、魚栄軍如きに遅れはとりません!」

俺がマナフィの心配をすると、近くにいた銛を持ったフィオネはマナフィは勝つと断言する。
海の皇子、映画のタイトルにも使われたマナフィを表す称号か。
マナフィの存在意義は謎が多い。
皇子の名が示す通り、海のポケモンを支配する者という捉え方も出来るが、その存在は卵の時点で謎なのだ。
ゲームではフィオレ地方では孵化できないし、映画ではポケモントレーナーしか孵化させることが出来ないと言う。
トドメに何故かメタモンと一緒に育て屋に預けるとフィオネのタマゴが見つかるのだ。
固有技のハートスワップ(現在はマギアナも覚えるが)や図鑑説明からどんなポケモンとも心を通わす能力があるとされる。
だが、それならば皇子という称号は適切なのか?
上に立つ者、支配者としての意味……どうにも俺はマナフィという存在にまだ隠された何かがある気がしている。


 「マナフィはともかく、スワンナを休ませる必要があるな。もし良かったらだが、洞窟に運ぼうか?」

海鳥のスワンナならば何処でも休めるかもしれないが、外では落ち着かないだろう。
俺がそう提案すると、スワンナはひっそりと笑い、フィオネ達も納得して持ち場へと戻って行く。


 「肩貸すよ」

スワンナ
 「すまない……まだ疲れて」

俺は笑った、とりあえずまずはここまで報せに来てくれたスワンナを労おうと。
スワンナの方も余程疲れが溜まっていたのだろう、俺が肩を貸すと思いっきりよろけるのだった。


 「それにしてもマナフィの奴、一人で飛び出して行くなんて」

俺はスワンナが飛んできたという方角を見た。
既に暗闇で、その水平線の先は闇だ。
当然マナフィは愚か、何も見えはしない。

ポチャン。


 「ん?」

スワンナ
 「どうしたんだ?」

俺はふと、水面に何かを感じた気がした。
だが、俺以外に何か異変を感じた者はいない。


 「いや、気の性だな」

俺は水面から振り替えり、洞窟へと向かう。
洞窟ではジュゴンさんが待っているはずだからな。

ジュゴン
 「一体何があったんですか?」

洞窟の居間に向かうと既にジュゴンさんが食事の用意を終えて待っていた。
丁度肩を貸して運んできたスワンナを見て、ジュゴンさんは驚く。

ジュゴン
 「その方は今朝……!」


 「事情は後で話す、とりあえず晩飯にしよう」

スワンナ
 「済まない、迷惑を掛けるようで……」


 「それはお互い様だろ」

ジュゴンさんは俺達のやりとりから察したのか、直ぐにスワンナの分の用意を始めようとする。
だが、直後……。

カタタタ……!

ジュゴン
 「え? 地震?」

食器とちゃぶ台が震動していた。
それは僅かな揺れだったが、確かに不自然な物だった。

スワンナ
 「地震? ここは水上都市だろう!?」

ジュゴン
 「……まさか!?」

突然ジュゴンさんが顔を青くした。
直後、洞窟の外から喧噪が聞こえる。



***



震動の正体は巨大な質量の移動に寄る影響だった。
今ウォーターアイランドには『巨人』が立っていた。

フィオネ
 「て、敵襲ー!」

ヨワシ
 「アッハッハ! この海で最強の種族はこのヨワシ一族なのよ! 故に魚栄軍で最も強いのも私! さぁ平伏せ下等生物共!」

それはヨワシだった。
一匹一匹は弱いヨワシだが、その数が膨れ上がれば、海で最も危険な脅威になる。
フィオネ達は銛を持ち出すと、一斉に巨人に投げつけた!

フィオネ
 「「「ヤー!」」」

銛は皆正確にヨワシへと飛んでいく。
しかしヨワシはあくまで群体だ! ヨワシの数匹を犠牲にしてそれがヨワシ全体への決定打にはならない!

ヨワシ
 「吹き飛べ!」

ヨワシの群体が巨人から巨大な魚影に変わっていく。
そして身体の各部から強烈なハイドロポンプが放たれたのだ!

ズガァァン!!

フィオネ
 「「「うわぁぁぁ!?」」」

吹き飛ぶフィオネ達、木造の家屋はいとも簡単に吹き飛ばされ、海の藻屑へと変わっていった。

 ヨワシ
 「弱し弱し弱し弱し弱し弱し弱し弱し弱し! アッハッハ! アンタ達馬鹿ぁ!? 私に敵うわけないじゃん!?」




 「くそ? 夜襲かよ!?」

ジュゴンさんが顔を真っ青にして洞窟を出るのを追った俺は、そこでとんでもない物を見てしまう。


 「魚型戦艦かよ!?」

ヨワシ
 「さぁ平伏せ! この世界で最強なのは私なのよ!」

ヨワシはまだ俺達には気付いていない。
今は応戦するフィオネ達を圧倒して悦に入っているようだ。
幸か不幸かヨワシのメインウエポンはハイドロポンプ、それ故にフィオネへのダメージは薄いのが幸運である。
とはいえ圧倒的砲火力は規格外も良いところで、正にバトルシップを相手にしているような感覚だろう。

ジュゴン
 「魚栄軍のヨワシ!? 確か海のギャングとして南海で暴れていた筈だけど……!?」


 「ジュゴンさん、知ってるのか?」

ジュゴン
 「じょ、情報程度ですけど……!」

ジュゴンさんによると、ヨワシは暖かい海を荒らし回った海賊一味のようだ。
その暴れ方は海で最も怖れられ、実際目の当たりにすれば笑えない話だ。
それが突然北上して襲撃してきたってのは?


 (ち、マナフィは陽動かよ!?)

どうやら俺も魚と思って侮っていたのかも知れないが、魚栄軍には兵法の知識がある奴がいるらしいな。
魚栄軍にとって最も頭が痛いのはマナフィであり、逆に言えばこのウォーターアイランドはマナフィがいなければ脆い、か。


 (くそ! どうする俺!?)

この状況は不倶戴天だ。
何せ俺は陸の民だ、足場全部崩されて水責めされたら一環の終わりである。
つまり早急にヨワシを撃退する必要がある訳だが。


 「出来るわけねぇだろ! ノワールじゃあるまいし!?」

俺はふと、ヨワシを強行突破したキリキザンのノワールを思い出すが、あれはそれ程の達人だから出来た戦術である。
しかし、皮肉にもその記憶がヨワシの正体を察した。

ヨワシ
 「弱敵弱敵! アッハッハ!」


 (アイツマジでノワールにやられたヨワシか?)

あの喋り方や、振る舞いはマジに見覚えがある。
同じ種族とは言え、こうまで似るか?
なにより轟の例もあるしな……!


 「ジュゴンさん! 力を貸してくれないか!?」

ジュゴン
 「私の力を……ですか? でも……」


 「どの道ヨワシに暴れられたら俺たちは終わりだ! ならやるしかないだろ!?」

ジュゴンさんは逡巡する。
無理もない、フィオネ達とは違いジュゴンさんはあくまでも奉仕係。
だが俺が一番上手く連携がとれそうなのは、皮肉にもジュゴンさんなのだ。


 「まだ俺達の付き合いは短い……俺を信用できないのは無理もない、だけどアイツに勝つには!」

ジュゴン
 「短いなんて言わないで下さい!」


 「っ!? ジュゴンさん?」

ジュゴンさんは震えていた。
彼女は内側から勇気を振り絞ろうとしているのか。
俺は苦渋を噛み締める。
何処まで行っても俺はただの人間だから。

ジュゴン
 「……教えて下さい、言うからには策はあるんですよね?」

ジュゴンさんが覚悟を決めた。



***



ヨワシ
 「フフーン♪ やっぱり私が一番強くて凄いのよね! これならジョーじゃなくて私をマナフィに当てなさいよ!」

ヨワシは正に有頂天だった。
よくもまぁそこまで増上慢が述べられるものだと私でも呆れる。

ヨワシ
 「ん? 見ない顔ねぇ! でも気に入らない! 海にも陸にも適用しきれない半端者!」

ヨワシは私を見つけると、その巨体を器用に私に向けた。
一体この巨大な魚群を作り出すのにどれだけのヨワシが集まっている?
本当に茂さんの策は通用するの?

ジュゴン
 「わ、私が相手です!」

ヨワシ
 「アッハッハ! たった一人で? これでも食らえ! 半端者!」

ヨワシの魚群が大きく口を開けた。
魚群の中にもまたヨワシ達は敷き詰まっている。
軽くぞっとしないが、その口の中のヨワシ達が一斉に水を溜め始めたのだ。

ヨワシ
 「ハイドロポンプ!」

バシャァァァ!!

水柱が襲った。
私は必死に耐える。

ジュゴン
 (た、確かに耐えられる……!)

私は茂さんの作戦を実行して、手応えを実感した。
茂さんは私ならハイドロポンプを耐えられると見立てていた。
純粋な水タイプの攻撃になら私は高い防御力がある。
だけど、問題はここからだ!

ジュゴン
 「凍える風!」

私は口から冷たい息をヨワシの巨体に吹き替える。

ヨワシ
 「さ、寒い〜!?」

ヨワシ
 「内側入れて!」

主ヨワシ
 「こ、こらお前たち!? 急に隊列を変更するな!?」

ジュゴン
 (これも情報通り……!)

ヨワシの統率力はそれ程高くない。
これも茂さんがくれた策だ。
あの人は本当に不思議だ。
まるで過去にヨワシと戦った事があるかのようなのだ。
マナフィ様が、あれ程信頼するのも頷ける。

主ヨワシ
 「ええい! 相手はたかが一人だぞ!?」

ジュゴン
 (恐いけど……これしか!)

私は凍える風を吹きかけながら、ヨワシの群れに突っ込んだ!
その恐怖感は並大抵ではない。
それでも私が動かなければ茂様を護る事なんて出来ないのだから。

ヨワシ
 「ぴゃ、ぴゃぁぁぁあ!?」

ヨワシ
 「こ、こっちくんなー!?」

ヨワシの魚群の中に踏み込むと、そこには小さな子供のような姿をしたヨワシが一匹一匹確認出来た。
あれ程物量のゴリ押しをしていたヨワシとは思えないほどのひ弱な迎撃だった。

(茂
 「ヨワシの内側は恐らく最も安全な場所だ、そして統率するマスターヨワシさえ叩けば、それで終わる!」)

ジュゴン
 「恨みはありませんが、通して貰います!」

私は魚を憎まない。
勿論陸の者も憎まない。
私にとってここは最悪の世界だ。
海に適用したけれど、私は肺で呼吸し、陸地でも平気だけど私の足は陸に適応していない。
そんな私は『半端者』と忌み嫌われた。
それを呪いのように思った私だが、それでも私が呪いに逃れれば、きっとマナフィ様とは出会えなかったろう。

主ヨワシ
 「は、半端者めぇ! 全員で取り囲んでハイドロポンプで仕留めるのよ!」

ヨワシ達が一斉に私を取り囲む。
目の前には一匹だけ少し大きなヨワシがいた。
恐らくマスターヨワシでしょう。

ジュゴン
 「これだけ密閉すれば『効く』と思いますよ?」

主ヨワシ
 「何がっ!?」

ジュゴン
 「吹雪!」

私は内部で最大の技を放った。

主ヨワシ
 「こ、氷タイプの技なんて水タイプの私達には!?」

ジュゴン
 「それでも凍ります!」

ヨワシ達は私をドーム状に囲って、隙間を閉じていた。
この状況下では内部は熱が外に逃げず、急激に温度を下げている。

主ヨワシ
 「か、身体が……!?」

ピキピキ!

水が凍り始めている。
−40度の冷凍庫が完成して、内側は完全に凍り付いたのだ。



***




 「やったか!?」

ジュゴンさんがヨワシの群れの中には入っていくと、その姿を何度も変化させた。
やがてドーム状になると、そこで変化が起きる。


 (やっぱりノワールが倒したヨワシか! 行動がほぼ一致してるじゃねぇか!)

ヨワシ達は急に動かなくなっていく。
フィオネ達は怪訝な表情で近づいているが、それは凍ったのだ。


 「水タイプが氷タイプに耐性があるのは事実だが、凍らんわけじゃないからな」

それにジュゴンは使えないが、フリーズドライという技は氷タイプの技だが水に抜群だ。
まぁ冷凍乾燥なんてされたら、水タイプじゃなくても一溜まりもない気がするが。


 「はぁ……とりあえず当面の危機は去ったかな」

俺はヨワシに近づく。
中のジュゴンさんは無事だろうか?
ヨワシが凍っている以上、氷タイプのジュゴンさんは無事だと思うが。


 (ジュゴンさんを危険な目に合わせた事は本当に謝らないとな)

それは無力な大人の責任だろう。
俺になんとか出来るスーパーパワーでもあれば別なんだが、現実は非情である。
とりあえず、ジュゴンさんを回収したいのだが。


 「綺麗に密封されてる………」

凍ったヨワシのドームは何所から見ても完全に密閉されている。
ヨワシ自身も融けたらどうなるか分からん以上、早急に対処が必要だが……。

グググ……!


 「ん?」

突然地面が傾き始めた。
俺がヤバいと思った時には既に遅かった。

フィオネ
 「あ、足場が!?」


 「ちょ!? 嘘だろ!?」

それは凍ったヨワシの質量が直接組み立てられた木の足場が崩れ落ちたのだ。
俺を巻き込んで。


 「やば!? 水の勢いが!?」

水の中に石を入れると僅かに波紋が起きるだろう。
巨大な氷山が海に落ちると、小型船は渦に飲み込まれる。
それと同じように、ぽっかりと空いたポケットに俺は吸い込まれてしまった!



***



それは海底だろうか?
否、海底に人工の光が灯る筈がない。
だが、それは存在するのだ。


海兵?
 「諜報員6号のいるウォーターアイランドに異変があったようです」

海底の中にある窓のない一室、そこは海の上の世界とはまるで別世界だった。
丁寧に飾られた調度品、真っ赤なカーペットに上等な机。
部屋の中は電灯が明るく照らしていた。
海兵を思わせる姿をしたポケモンは机の向こうで書類開く将官を思わせるポケモンに報告している最中だった。

将官?
 「6号は無事なのか?」

海兵?
 「不明です、調査班を向かわせますか?」

将官?
 「いや、丁度良い頃合いだ、6号を帰還させよう」



……それは時代が動き出したのか?
マナフィ、魚栄軍が争い合う中、それを常に監視する者がいる。
それは果たして更なる騒乱の火種になるのだろうか。



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#4 ヨワシ襲撃

#5に続く。


KaZuKiNa ( 2020/05/24(日) 19:22 )