#11 伝承、新たな拳士達よ
#11
轟
「黒だよ……真っ黒ォ!」
ドカァァァン!!
バトルタワー第69戦、残り一人となった対戦相手を轟はオーバーヒートで爆砕、敵はそのまま光に変わった。
取りあえずガングロ……お前に何があった。
ジャッジ
「おめでとうございます! いよいよ残すところは後1戦ですね」
茂
(後1戦……ついに)
俺はこの直前の事、第60戦が終わった後のことを思い出す。
***
轟
「爺さんが……最後のボス!?」
中
「そうです、元々私はそのために呼ばれたのです……そして全ての役目を終える時が来ました」
茂
(……予想しなかった訳ではないが)
俺は中老師の行動を薄々予想はしていた。
そもそもこの閉鎖世界、あまりにも作為的な要素が多すぎる。
それこそ監視者の実験としか思えない程。
その中で何故老師は最初から存在しなかったのか、疑問だった。
その答えがこれだった訳か。
中
「茂君……貴方には最後まで見ていただきたい」
茂
「言われなくても、俺は二人の師匠ですからね」
俺はそう言って肩を竦める。
中老師はそれを聞いて和やかに笑った。
中
「恋さん、轟君……貴方達はとても素晴らしい拳士です、もはや心配することはないでしょう……ここからは二人で駆け上がるのです!」
轟
「ああ! 爺さんに負ける訳にはいかねぇからな!」
恋
「清山拳の名を穢す事のないよう務めます」
老師は二人に頷くと、その姿を薄らと消していった。
消えるのはあっという間、だが再会はすぐだろう。
茂
「恋!轟! 駆け抜けるぞ!」
恋
「はい! 師匠!」
轟
「応!」
***
ジャッジ
「もうこれで思い残す事はありませんね……私ごとですが、最終決戦楽しみにしています」
思えば、コイツも相当謎の存在だよな。
あくまでも裏方に徹し、特にやましいこともなく、結局何だったのだ?
茂
「最後の最後で聞くが、アンタ何者だ?」
ジャッジ
「私はただのジャッジですよ、望まれれば何処にでも赴き、公正なジャッジを心がける……それだけの存在です」
恋
「師匠……そろそろ」
そうだな、きっと中老師も待ちかねているだろう。
俺は万全の恋を見る。
師匠として、最後に出来る事は何だろうか。
茂
「恋、師匠としては俺はどうだった?」
恋
「師匠は……私のもう一人の養父です、師匠の叱責も喜びも、私の力になりました……」
茂
「中老師は強い……間違いなく最強の相手だ、そんな闘いに俺は何も出来ない……」
恋
「師匠……」
茂
「だから俺はお前にこの言葉を捧げる、立て、そして闘え!」
俺はそう言うと恋の肩を叩く。
恋は温和な笑みを浮かべると、やがてハッキリとした闘志をその目に浮かべる!
茂
「……二人とも、いくぞ!」
***
階段を降り、最下層を目指す。
真っ暗闇の階段には足音だけが響き、否応がなく興奮している。
俺は直接闘う訳でも無いのに、まるで決勝戦のような高揚があった。
やがて、階段の終わりを迎え、光は零れた。
茂
「ここは……?」
そこは道場だった。
それも見覚えがある。
恋
「ここは、清山拳の道場?」
中
「特別にあしらっていただきまして……」
道場の奥には、中老師がいた。
ここが最終決戦場、道場はボロボロではない。
恐らくあの閉鎖空間の道場とは異なるのだろう。
中
「よくぞ、ここまで参られた! 清山拳伝承者中發白がお相手しましょう!」
中老師はそう言うと真剣な眼差しで構えた。
俺をそれを見て、俺の真後ろにピッタリくっつく恋を見る。
恋は俺の目線に気付いて、コクリと頷いた。
恋
「我が名は黄影! 黄龍拳伝承者! 我が真名は恋! いざ尋常に! お手合わせお願いします!」
そう言って恋は前に出て構える。
轟は腕を組んで何も言わなかった。
この闘いに口を出すのは無粋……まるでそう言うように。
ジャッジ
「それでは! バトルタワー最終戦! 試合開始!!」
ジャッジの宣言、それと同時に二人は正面から駆け出した!
恋
「ハイ! ハイ! ハイ!」
中
「ハァー! イヤー!」
激しい拳打のラリーが始まる!
二人の力は五分! 目にも見えぬ拳打のラッシュは幾重にも絡み、クリーンヒットを許さない。
茂
「やはり五分か……!」
轟
「いや、二人のスタイルは似ているようで違う! 必ず何処かで均衡は崩れるぞ!」
轟の予見はその通りだった。
ラッシュの途中、突然二人は顔を弾かれた!
中
「くう!?」
恋
「ああっ!?」
相打ち! お互いの拳は顔面を捉えた。
だが類い希なる動体視力を誇る二人は、直撃を許さない。
恋
(くっ!? 速い……! 動き自体は読んでいたのに、上を行かれた!?)
中
(重い……! なんとか先に拳を当て態勢を崩させたにもかかわらず、この一撃……!)
二人は後ろに飛び、態勢を立て直す。
一合目の闘いは五分だ。
この先もこの均衡が続くのか?
俺は手汗を握り、恋の勝利を信じた。
茂
(恋! 勝て!)
恋
「イヤー!」
恋は再び果敢に中老師に攻め込む!
中老師もまた、その勇敢な闘いに応じ、拳打を繰り返した!
中
「ハイヤー!」
中老師は戦術の鬼才だ。
その年並みからくる経験は恋の比ではない。
足払いを絡め、恋を幻惑的に追い込む姿は、まさに中老師の年の功だろう。
だが、恋も伊達ではない!
既に地力だけならば中老師を越えているかも知れない。
恋
「ハァ!」
恋は咄嗟に、身体を霊体に変える!
その一瞬、中老師のコンパクトな蹴りが恋をすり抜けた!
轟
「チャンスだ!」
恋
「もらった!」
恋は素早く霊体化を解き、態勢を崩した中老師に拳を握った!
中老師は目を見開く、その直後!
中
「まだです!」
老師はその拳をギリギリで回避して、逆に蹴りを繰り出す!
恋
「カハッ!?」
中老師の蹴りが恋の腹部に突き刺さる。
だが、恋はその闘志を陰らさない。
マーシャドーの髪は恋の感情に応じて、その髪を燃え上がらせる。
その蹴りだけではもはや恋は止まらない!
恋
「イヤー!」
恋は返しのハイキックを中老師に叩き込む!
中老師は両腕でブロックするが、それでも吹き飛ばされた!
中
「ハッ!」
中老師はバク転を数回繰り返すと、離れた場所で止まった。
お互いダメージはどうだ?
俺は二人の顔を見た。
恋
「はぁ、はぁ!」
中
「スゥ……ハァ……!」
お互いダメージはある様子だった。
ただ、恋に比べ中老師は落ち着いている。
これが場数の差か、余裕があるのは中老師に思えた。
茂
(いや、中老師も不死身じゃない……歳の分だけスタミナは少ないはずだ!)
俺に出来ることはあくまでも恋を信じること。
それを陰らせる訳にはいかない。
ただ、恋の背中を見守るしかなかった。
恋
(強い……流石中老師です、伝説の武術家と本気で打ち合えることは、本当に光栄です)
中
(拳を合わせる度に、蹴りが交差する度に恋さんの技は鋭く強くなっていく……誇らしいですよ、貴方程の拳士に我が清山拳を教えられるとは)
二人は笑っていた。
闘いの中、決して憎しみはない。
あくまでも試合、だが負けず嫌いな二人は互いを認め、賞賛しているのだ。
中
「ホッホ、それでこそ清山拳の神髄を教えるに値するという物です」
恋
「中老師……貴方程素晴らしい拳士を私は知りません……もし黄龍お義父さんではなく、貴方に拾われていれば……!」
中
「さぁ掛かってきなさい、新しき風よ!」
恋
「参ります!」
恋は突っ込む。
中老師は自然体で構えた。
恋
「ハァ!」
恋は拳打を繰り返す。
中老師はそれを的確に捌いた。
恋
「テェイ!」
右後ろ回し蹴り!
それは迂闊な一撃だ!
だが、恋の仕込みは!
中
「!?」
中老師は冷静に両腕でブロックをしようとした。
だが、当たる直前恋の足は霊体化する!
中老師の身体を通過する蹴りは、今度は鎌首を掲げ中老師の顎をかち上げた!
ドカァ!
中
「ぐふっ!?」
茂
「入った!」
轟
「駄目だ! 当たりはしたがアレでは体重が乗らない!」
中老師は口から血を吐くが、その目はギラついていた。
一瞬の殺気、それを感じ取った恋は咄嗟にブロックする!
中
「ハイヤー!」
中老師は構わず恋の脳天に踵落としを放つ!
恋は腰を揺らし、なんとかそれに耐える。
恋
「ぐうっ!?」
中
「足を踏ん張りなさい! 腰に力を! そんな事ではこの老人一人倒せはしませんぞ!?」
恋
「イィィ……ヤー!」
恋は腎力を引き出し、地面を陥没させるほどの震脚を放って、中老師の蹴りを跳ね返した。
中老師は空中で回転し、そのまま華麗に着地した。
もう何分闘っている?
後どれだけこの緊迫の闘いは続くのか。
中老師は腕をダラリと降ろすと、大きく息を吸い、そして吐いた。
中
「スゥ……! ハァ……!」
恋
「……」
中
「恋さん、今こそ伝承者の証を示しなさい」
恋
「伝承者の証……!」
恋は構えを変えた。
それは神破孔山拳の構えだ!
そして同様に中老師も構える。
恋
「師匠……私を信じてください」
茂
「恋、ああ! お前を信じる! だからやれ!」
恋は強く頷いた。
その二人のオーラは徐々に強くなる。
恋&中
「「清山拳奥義……!」」
恋
「神!」
中
「破!」
恋&中
「「孔山拳!!」」
ほぼ同時、その技は繰り出された。
闘気のぶつけ合い!
それは大きな力のうねりとなり、道場を吹き飛ばそうとしていた!
茂
「くぅ!?」
轟
「これで未完成だってのか!?」
俺たちは吹き飛ばされないように必死にしがみついた。
オーラのぶつけ合いはどうなっている!?
目も満足に開けられない中、俺は微かに見た。
茂
(恋が圧されている!?)
恋
「くうううううう!?」
中
「どうしました!? その程度か!?」
やはり恋はまだ奥義を完全に習得していないのか!?
俺は胸が張り裂けそうになる。
この我慢比べに負ければ恋は一溜まりもないだろう!
だが、その時俺は……あの指南書の最後のページを思い出す。
茂
「七色の光……!」
それは紛れもなくゼンリョクワザの証明だろう。
ここにはZリングもZストーンもない。
だが、俺は両手を合わせて祈った。
茂
(俺の全部お前にくれてやる……! だから!)
その瞬間、俺は恋と繋がった。
奇跡だろうが、作為的だろうがこの際構わない。
ゼンリョクワザがトレーナーの生命力を使うなら、俺の命で!
恋
「ッ!? 暖かい……これが師匠?」
その瞬間、恋の身体が七色のオーラに纏われた。
中
「これは!?」
恋
「老師……! 今こそ私は! 貴方を越える!」
ゼンリョクワザ、神破孔山拳は本来の力を放つ!
まるで空間を捻れるように、その力は老師のオーラを貫いた!
老師の胸はゆっくりと抉られる。
やがて、痛みは遅れて中老師を襲った。
中
「が!? それで、こそ……清山拳、伝承者!」
その最期、中老師は微笑んでいた。
そしてその全エネルギーは中老師に炸裂する!
暴れ狂う闘気はついに道場を吹き飛ばした!
ズドォォン!!
***
空は晴天だった。
激しい奥義のぶつけ合いは屋根も壁も吹き飛ばしてしまった。
そんな晴天の中、恋は屈み込んで中老師を抱きかかえていた。
中
「お、お見事です……もう私の時代は完全に終わったのですね」
恋
「中老師、すみません! 加減も効かず……!」
中
「良いのです、これは私に遅れて来た継承なのですから」
恋
「老師……!」
中
「さ、最後に聞かせてください。今もなお瞳さんに復讐をしたいですか?」
恋
「今はもう……。ですが、一人の拳士として、養父を破った瞳さんとは闘いたいと思います……!」
中
「ほっほ♪ ならば……行きな、さい! 貴方は清山拳伝承者、なのだから……!」
中老師はそう言って恋の小さな手を握る。
そして……ぐったりと目を閉じると、その身体を光の粒子に変えていった。
恋
「老師……中老師! 私は大好きでした! お爺ちゃんの事! 大好きでしたー!」
恋の叫びは空の彼方まで届いた。
それは一人の老拳士の時代の終わり、そして新たな拳士の時代の始まりだった。
***
ジャッジ
「新たな時代の幕開けですね……素晴らしい拳士が現れ、私自身嬉しく思います!」
茂
「この後俺たちはどうすれば良い?」
ジャッジ
「あの光の扉を潜ってください、主催者は予めあのゲートを用意していました」
そう言って、俺達の目の前には光で出来た扉が出現した。
そこを抜ければ、俺は茜たちの元に帰れるのか?
いや、恐らくは無理だろうな……まだ監視者の意図は分からない。
茂
「二人とも、もうこんな変な世界にいる必要は無い! 行くぞ!」
轟
「師匠……悪いけど、先行っててくれや」
しかし、轟はなぜかその闘志を燃やしていた。
その意味はなにか?
俺は自ずとその目的を理解した。
轟
「恋! 俺と闘え!」
恋
「轟……!」
轟
「疼くんだよ……お前と爺さんの闘いを見て、俺の血は疼いて堪らねぇ!」
茂
「二人とも、先行くぜ?」
俺はそう言うと光の扉に向かった。
轟
「俺達格闘家はエゴイストなもんだ、強い奴を見れば闘いたくなる、どっちが強いんだってな!」
恋
「轟……!」
轟
「さぁ! カモンカモン!」
それが俺が最後に見た二人の姿だった。
果たしてどっちが勝つのか。
恋は間違いなく強い、だが轟も然りだ。
しかその答えは得られないだろう。
俺は意識を光に溶けさせていく――。
突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語
#11 伝承、新たな拳士達よ 完
第四章に続く。