突ポ娘外伝






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第三章 閉鎖空間編
#10 想いを伝承し、その拳に昇華する

#10




 「分かりません……その正体は一切……ただ神と言うに相応しい力を持っていたのは確かです……私は死した身ながら過ちがあるのなら、償おうと誓いここに来ました……そして確信しました、恋さん! 貴方に我が清山拳の全てを伝承しましょう!」


 「私に……清山拳を!?」


 「恋さん、私は情けないとは思いません。貴方は一度だってその努力を怠らなかったでしょう、他の誰のためでもない人のためにその力を振るえる……それは貴方だけの力です」


 「恋、もうお前は影である必要は無いんだ、辛いんなら俺も背負ってやる……後は、お前のやりたい事をやれ!」


 「茂さん……」

恋は考え込むように一度目を瞑った。
しかし、目を開いた彼女には強い光があった。


 「正直言って複雑な気持ちもあります、私なんかに清山拳を伝承する資格があるのか……私にとっては今もお義父さんは大切な人です、きっと仇の相手を見たら我慢できないかも知れない……でも、私は継ぎたい! 中老師の技を! 心を!」

それが恋の純粋な本音だった。
恋は決して黄龍拳を捨てられはしないだろう。
それがどんなに非道い親でも、恋が好きになった物何だから。
だからこそ、恋には欲張りになって欲しい。
中途半端だから何も得られないじゃなくて、こんなに頑張ったんだから全部手に入るであって欲しい。
俺はなんだか目頭が熱くなってきた。


 「しかし残念ながら一から教える時間はありません……幸か不幸か恋さんは既にある程度完成形が見えてきている……荒技ですが、実戦の中で継承を進めましょう!」


 「は、はい! よろしくお願いします!」

恋はそう言うとくそ真面目に頭を下げる。
改めてこの子に復讐は似合わなさ過ぎる。
彼女は憎しみで人は殺せない。
それでも彼女は格闘家の夢を諦められなかった。
それはそれだけの想いが籠もっているから。
対極の存在である異なる最強の師の教え、それは決して無駄にはならないはずだ。
最強は一つじゃない、色んな人の、色んな意味の最強がある。


 「け……じじいの教えを直々にか、なら俺は俺のやり方で最強を目指す! 言っとくが恋! お前には負けねぇからな!」


 「轟……私だって格闘家、負けるのは大っ嫌い何だから!」


 「ふふ、轟君と恋さん、良いライバル関係ですね」


 「ええ、俺はこの二人は中老師でも想像できないような高みに登ると信じています」

中老師直々に清山拳の神髄を教わることとなった恋。
恋のやる気は同時に轟さえも燃え上がらせる。
復讐心ではなく、ただ己を高めるための恋は最高に輝いている。
だからこそ、俺は。


 「恋、お前が目指す物はなんだ?」


 「多分真の格闘家とは何か……その求道だと思います……私は人を傷つけたくないのに、その一方で格闘技をやり続けたいという矛盾をずっと抱えていました。でも茂さん……ううん! 師匠の教えで気付いたんです! 私は傷付けるんじゃない! 拳をぶつけた後、また良い勝負をしましょう! そんな事を笑って言い合える格闘家になりたいんです!」


 「へ……! それがお前の真の格闘家への道か!」


 「ならば迷わず進め! 道が見えればお前は無敵だ!」


 「はい! 師匠!」


 「ほっほ♪ それでは早速バトルタワーに……」


 「ところでよぉ……なんか焦げ臭くねぇか?」

茂&中
 「「あ……」」

俺と中老師は咄嗟に炊事場を見た。
すっかり忘れていたが、中老師は食事の用意をしていたのだ。
中老師は火に掛けていた鍋を見ると、ガクッと肩を落としていた。


 「完全に焦げてますな……」

……当然であるが台無しであった。
まぁ無理もないね!



***



バトルタワー第51戦、恋の実戦継承は開始された。


 「恋さん! 力に頼ってはいけません! 気を見るのです!」


 「はぁ……!」

出てくる相手は中老師には劣るが、タワー後半の強敵達。
あらゆる想定の敵に対応する清山拳はまさに戦場の拳のようだ。
中老師によると清山拳は元々決まった形はなく、そのポケモンの個性に合わした実戦格闘術だったらしい。
代々弱き者のために振るわれたという拳、それは生半可な力では到底伝承者は務まらない。
心技体、全てを最高にまで極めて初めて清山拳伝承者と言えるのだろう。

そして、吹っ切れた恋は凄まじい勢いで中老師の指導を吸収していく。
マーシャドーは影の持ち主の動きを完璧にコピー出来るという類い希な能力を持つポケモン。
それはまるで中老師の鏡映してのように戦い、そしてそれを経験値としていく。
轟も負けていられまいと、同じようにその技を磨いた。
明鏡止水の境地に辿り着いた轟はその激しさを拳に納め、冷静に大局を見れる戦闘を出来るようになった。
あくまでも飽くなき強さを求める轟もまた、その心技体を極めつつあるのだ。



***



バトルタワー第60戦。
ほぼ恋の修行に費やされた階層は6番目のボスまで辿り着く。
目の前にいたのは、赤いマフラーを巻いた長身の忍者だった。
その姿はゲッコウガ、ここまで来たボスの強さは如何ほどか、だがもう恋に不安の顔はない。


 「恋……やれるな?」


 「はい、師匠、見ていて下さいね!」

恋はそう言ってフィールドに飛び出す。
轟と中老師は無言でその背中を見た。


 「中老師、恋は……」


 「信じましょう、今の彼女を」

俺は対戦相手を見た。
対戦相手は腕を組みながら、恋の前に立つ。
これまでよりかなり寡黙な男だ。
だかそれ故に力量が読み辛い。


 「私は影、真名を恋と言います、どうぞお手合わせを」

恋はそう言うと、手を合わせてお辞儀した。
アイツにとっては両方の名前が自分の真の名前と言えるのか。
俺の与えた恋という名前を真名として使ってくれるなら、これ程嬉しいことはないな。

だが、相手のゲッコウガは目に見えぬ速度で何かを投げた!
それは水手裏剣だ。
水手裏剣は恋の足下に突き刺さり、そのままただの水に戻った。
それは敵の警告だろう、恐らく馴れ合いはしないという。


 「アイツ……相当強ぇ!」

轟が唸る。
相手の所作から力量を正確に計る轟は、緊張を覚えるほどの力をゲッコウガから感じたのか!


 「……なるほど、ではいざ尋常に! 参ります!」

恋は構える。
先ずはオーソドックスなしっかり地面を踏みしめた構え。
これは黄龍拳の構えだ、そしてまるで両手が天と地を掴むかのように、或いは龍の顎のように構える。
だが恋が使うのは黄龍拳であって、黄龍拳ではない。
ただ破壊のためにその力を奮うのではない。
清山拳の教え、黄龍拳の技が絶妙に混ざり合った恋だけが体得できる彼女の型だ。

ゲッコウガ
 「……!」

ゲッコウガは素早く飛び上がる。
1回の跳躍で6メートルは飛び上がった!?
そのままゲッコウガは水手裏剣を3発投げつける、今度は恋目がけて!


 「フ!」

恋は動く、まるで老師のように。
その動きは速く、老師をも越えている!


 「影よ!」

そして恋には恋の戦い方が!
恋は影に命令すると、恋の影はゲッコウガに向かう!

ゲッコウガ
 「!」

ゲッコウガは素早く右手に闇の力を集めると、影を横一文字に切り裂いた!
影は霧散して恋の元に向かうが、恋は既にゲッコウガの着地地点に先回りしている。

ゲッコウガ
 「!」

ゲッコウガは口から冷凍ビームを放った。
避けなければ凍る、だが避ければ攻撃チャンスを失う。


 「風の教え、ですね」

恋は潔く、その場を離れ冷凍ビームを回避する。
その間にゲッコウガの着地を許すが、中老師は満足げに頷いた。


 「そうです、地水火風です。万物に寄り添い、それを支配すればあらゆる難事も物の数ではありません!」

それは中老師の冷静さ。
着地してたゲッコウガに対して恋は直ぐに攻勢に出る!
クロスレンジでの攻防。
ここまでを見るに接近戦はやや恋に分がありそうだが……!

ゲッコウガ
 「ち!」

ゲッコウガが舌打ちする。
恋は瞬足の踏み込みを見せると、掌打を放った!
ゲッコウガはそれを巧みに回避する。


 「は! は! ハイヤー!」

回し蹴り! ゲッコウガはそれを両腕でブロックする、が!

ゲッコウガ
 (ち……重い! 直ぐに反撃出来んか!?)


 (中老師、貴方の教えは私を変えてくれましたか?)

再び、二人は距離が離れる。
お互い息を切らすことなく、しかしその汗は二人の極限戦闘を物語っていた。


 「なかなか決定打は生まれないな……」


 「達人同士の戦いには、実はそれ程技は存在しません……あの二人は拮抗しています」


 「……いけ、勝て! 恋ッ!」



***



轟の声援が聞こえた。
普段は全く見せない珍しい姿だった。
だけど私はその言葉に拳を握る。


 (轟、中老師、師匠……見ていて下さい!)

私は踏み込む、ゲッコウガはその手に水を集めた。

ゲッコウガ
 「調子に乗るな!」

水手裏剣、私はゲッコウガの全ての動きを見た。
その一挙一頭足から相手の攻撃の未来予測を行う。


 「その技は既に見切って――!?」

ゲッコウガ
 「ハッ!」

ゲッコウガは水手裏剣を放たなかった。
掌に集めた3枚分の水手裏剣、それをその掌で握りつぶした!
予想外の選択に、私は行動の変更を余儀なくされた。
だがそれよりも相手は速い!

ゲッコウガ
 「はぁ!」

ゲッコウガはその水を私に向かって投げた!
それはもはやただの水だけど、私は一瞬怯む。
それが取り分けまずかった。

ゲッコウガの姿が歪む。
次の瞬間、ゲッコウガの腕が闇を讃えているのを確認していた。


 「くっ!?」

ゲッコウガ
 「もう遅い!」

ザッシュウ!!


 「ああっ!?」

ゲッコウガの辻切り、私は肩から袈裟懸けで切り裂かれた!


 「恋!?」

轟の悲鳴に似た怒号が嫌に響く。
痛い、意識が落ちそうだ。
だけど、私は歯を食いしばり、その足で大地を掴む!



***




 「恋! 負けるな!」

時々俺は自分の無力さを思い知る。
きっとゲームのトレーナーも同じように思うんだろう。
いつだって傷付くのはポケモンだ、俺にあの戦いに飛び込む事はあまりにも無謀で、俺はただ信じることしか出来ないのだ。


 (それでも俺は信じるぞ……! 彼女を……彼女たちを!)

ルージュも燐も無欠じゃなかった。
地べたを這うことだってあった。
それでも彼女は最後には立っていたのだ!
そんな彼女たちを俺は誇らしく、そして愛らしく思う。


 「信じろ恋! お前の思う強さを!」


 「ッ!」

恋は一瞬俺を振り返った。
言葉はなかったが、彼女は僅かに微笑んだ。
まるで俺を心配させまいとするように。

ゲッコウガ
 「耐えた所で!」

ゲッコウガは再び辻斬りの態勢に入った。
しかし一方で恋は……目を瞑っている!?


 (すぅ……はぁ……! 私を信じろ、私を信じる師匠を信じろ!)

恋はまるで瞑想するように落ち着いていた。
しかしそれは同時に隙だらけで、ゲッコウガは腕を振りかぶった!

ゲッコウガ
 「その首!」


 「はぁ!!」

一瞬速く恋は目を見開いた。
その構えは中老師が見せたそれだ!
右手は目の高さで、掌を開き、左手は腰の位置、此方は僅かに握っている!
極めて自然体、でも何処かが違う……?


 「アレは!? そう、そうですか恋さん……!」

中老師が何かに驚いて、そしてその選択に納得していた。
そう、それは一見すると中老師の構えだ、だけど実際は鏡映し!
その構えは、龍の顎を象徴する黄龍拳の構え!


 (私にとっては最も自然体なのはやっぱりこっち……だから!)

恋が動く!
ゲッコウガがその腕を振り下ろすよりも先に!
その拳は圧倒的気を纏い、空間を震わせる。
一瞬、恋の拳は次元を切り裂いたかのように錯覚するが、直ぐにその拳がゲッコウガの胴を捉えている事に気が付く。

ゲッコウガ
 「がは!?」


 「アレは!? 神破孔山拳!?」

ゲッコウガは喀血する。
七色のオーラを纏うには至っていないが、その衝撃がゲッコウガの内部を破壊したのだろう!

ゲッコウガ
 「だが、この程度……!」

ゲッコウガは倒れない!
遂にその拳を振り下ろす!
闇の刃が恋を襲った!


 「神破孔山拳は布石、彼女が選んだのは……!」

この中、恋の意図を完全に理解していたのは中老師だけだった。
俺でさえもそれを理解することは出来ない。
なにせ彼女は、それを初めて見せるのだから!


 「黄龍拳奥義……! 龍牙! 崩天掌!」

風が収束した。
恋を中心に風が渦巻く。
龍とは風神だ、雨と嵐を司る。
まるで彼女は荒れ狂う龍神のように、その両拳がゲッコウガの心臓を捉えた!

ゲッコウガ
 「な……!?」

ゲッコウガは目を見開いた。
その一撃は次第に、ゲッコウガの身体を捻り、その顔を苦悶に歪ませた。
そして、ゲッコウガはその衝撃に後ろに錐揉み回転しながら吹っ飛んだ!


 「はぁ、はぁ……!」

ゲッコウガは光に変わった。
恋は肩で息をして、珠のような汗を流していた。
二つの流派を否定するのではなく、許容して全く新しい技に導く。
二つの特性、山をも穿つ清山拳、天をも砕く黄龍拳、今……彼女は完成した!


 「し、師匠……やりました♪」

俺は迷わず駆け寄って恋を抱きしめた。
恋は苦しそうにしながらも微笑んでいた。


 「恋! 良くやった! それがお前の拳なんだな!」


 「はい、私はどちらの拳法の教えも否定は出来ませんでした……だから私のありったけの想いを拳に込めました」

恋の拳は一歩間違えれば、人もポケモンも容易く命を奪う拳だ。
それでも恋は誰も殺したくない、復讐の哀しみ、失うことの苦しみを誰よりも知っているからこそ、格闘家のジレンマに誰よりも真摯に立ち向かっている。


 「見事です……恋さん、貴方に教えることはもう何もありません」


 「老師……」


 「貴方は既に己の拳を完成させている、後は清山拳伝承者として最後の仕上げを残すのみ」


 「じいさん?」

中老師は目を瞑ると、俺達に向かって真摯にその言葉を告げた。


 「70階で貴方達を最後のボスとして待ち構えています! そこで最後の仕上げを行いましょう!」



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#10 想いを伝承し、その拳に昇華する 完

#11に続く。


KaZuKiNa ( 2020/04/19(日) 18:24 )