突ポ娘外伝






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第三章 閉鎖空間編
#9 恋の正体、黄龍拳と清山拳

#9



記憶……それは徐々に鮮明になりつつある。
私はこの記憶に何を想っているんだろうか。


 「うぅ……ヒック!」


 「何を泣いている? 立て、この私がお前に拳を教えているのだぞ?」

それは辛く厳しい修業時代の思い出だ。
まだ幼い私は黄龍様の養子として引き取られ、直々に黄龍拳の教えを受けていた。
しかし私は鈍くさく、いつも泣いていたことを思い出す。
きっとこの少女も毎日痣が出来るほどの苛酷な修行に辛くて泣いているのだろう。


 「ふぅ……全く時間の無駄だな、無能め」

門下生
 「黄師父、影はまだ幼い、それに体格にも恵まれません……そう責めては」


 「それがどうした? コイツは私の娘だ、故に私の所有物だぞ?」

黄龍は非情な男だった。
周りの門下生たちは私を庇ってくれる事もあったが、黄龍様が睨めば決してそれ以上口を開くことはなかった。
私は泣きながらも立ち上がる。


 「ヒック……まだ、まだ頑張れます!」

子供の私とっては、黄龍様は酷い大人だったけど、同時に私にとっては大切なお義父さんだった。
お義父さんを哀しませたくない、お義父さんに褒められたい、そんな一心で私は小さな体を勇気づけて必死に養父の技を学んでいった。




 「ふん、覚えておけ影、黄龍拳は相手を倒してこその拳だ、そしてそれは黄龍門の教えでもある。敵に容赦をするな、相対する者は全て壊せ、恐怖させろ……我が拳が世界でもっとも強い至高の拳であることを知らしめるのだ」


 「はい……お義父さん!」

お義父さんは誰よりも強かった。
他流試合でも負けた事なんて無くて、私はそんなお義父さんの勝利を喜んだ。
私は変わらず弱かったけど、必死でお義父さんについて行った。
そして徐々に門下生も増えていき、黄龍門は街一番の道場に成長していった。
でも、お義父さんはそれで全然納得なんてしていなかった。
それは清山拳の存在があったからだ。




 「ふん、中め……! 我が流派との交流試合を受けんとは……!」


 「お義父さん、清山拳はきっと負けるのが恐いんですよ! お義父さんは世界一強いから!」


 「ふ、当然だ……だから証明せねばならん、全て流派を打ち砕き、我が黄龍拳こそ最強だと……!」

でも……私は知らなかった。
清山拳の強さを、そしてお義父さんの苛烈さと非情さが招く悲劇を――。



***




 「――お義父さん?」

私は目を覚ました。
気が付くと、霧がかった場所で眠っている事に気付く。
そうだ、私は50戦目をおえて、中継地点で休憩していたのだ。
気が付いたら眠っていたらしく、私の傍では轟が鼾をかいている。


 「……私は影、でも今は恋」

でも今私の中でそれは揺らぎつつあった。
影とは周りが私に名付けてくれた名前、お義父さんも影と呼んでくれた。
一方で恋はもう一人の師匠、茂さんに名付けて貰った。
お義父さんと茂さん、二人の師匠。
私にとってどちらも大切で、私はこの記憶をどうすればいいのか分からなかった。


 (く……なんで? なんであと少しが思い出せないの!? 私は何かを忘れている……! それもとても大切な記憶!)

それは例えるならパズルの最後のピースだ。
殆ど分かっているのに、たった1ピースの性で全容が分からない。


 「私の養父は黄龍、気に入らない者は例え部下でも容赦なく制裁する程の暴君でもあった、だけど私に拳の道を教えてくれた大切な人……でもじゃあなんで私は清山拳を使っている?」

それは矛盾した記憶だ。
私は黄龍拳の使い手なのに、同時に清山拳の使い手でもある。
そしてどちらの記憶も辛くても楽しいと記憶しているのだ。
養父は非情で容赦が無い、でも私に期待してくれていた。
麗師範代と包師範代は厳しいだけじゃなくて、優しさもあり、私の弱さとも向き合ってくれる人たちだった。
どちらもが私は素晴らしいと感じている。
でも、だ……黄龍拳と清山拳は絶対相容れないのではないか?
私が清山拳を学ぶなど、養父が許してくれる筈がない。


 「……」

私はゆっくりと立ち上がると、演舞を行った。
始めに清山拳、次に黄龍拳の。
どちらも中途半端で、どちらも極めたとは言い難い。
清山拳の奥義神破孔山拳はまだ体得には至っていない。
一方で黄龍拳の奥義もまた、私の手にはない。
私はどちらの拳士?

ビュオウ!

一撃を重んじ、相手を破壊する技黄龍拳?

バッ!

その動きは流麗、されど一撃は山をも崩す清山拳?

私は巴回転めいて、二つの流派をスイッチしていく。
どちらも馴染む、どちらも正しい私だけど、どちらも間違った私のように思える。


 「……うっせぇなぁ」


 「あ……」

気が付けば、轟が起き上がっていた。
演舞をしながらの自問自答していると、轟に気付かなかった。


 「くそ真面目に型のチェックか?」


 「う、うん……」

轟はそう言うと欠伸した。
いつも寝てばっかりだけど、まだ眠いのかな?


 「休めるときは休め、師匠の教えだろ?」

師匠、それは茂さんの方か。
茂さんは拳法は素人だ、でも色んな事に目配せが効くし、私達よりずっと知識がある。
なにより私が出会った人たちとは違う何かがあの人にはあった。


 「ねぇ、轟は師匠のことどう思う?」


 「信頼はしてる、なによりアイツと一緒にいると楽しいしな!」


 「楽しい?」


 「だってよ? 俺達スッゲー強くなったぜ!? 俺達二人っきりだったらどんだけ時間経っても何も変わらなかった! でも師匠がいればこんなに変われた!」

轟の目は純心だった。
そうだ、轟は馬鹿だが真っ直ぐな男だった。
強くなる……それは私もだろう。
私は強くなった。
今ならあの技も使えるんじゃないかって思えるくらい。


 (黄龍拳の奥義……今なら!)



***




 「ふんふん♪」

俺と老氏は訓練場の方にいた。
老氏はここまで頑張ってきた、俺と恋達を労いたいらしく、炊事場で食事の準備をしていた。


 「手際良いですね」


 「ええ♪ 料理は得意でして」

それは見ても分かるものだ。
特に包丁捌きは凄まじく、多分この人武器使わせても一流だろうなと思う。


 「でも問題は味が感じないんすよねぇ」

それはこの世界の特異さだ。
時間も空間も機能していない、謎の世界。
どういう訳か、バトルタワーの方は機能しているらしいが、こっちとは法則が違うんだろうか?
しかしそんな事は気にせず、老氏は慣れた調子で準備を進めた。


 「料理は真心と愛情ですよ、茂君?」


 「はぁ……」

俺も分からん訳ではないが、それでこの世界の問題が解決できるのか?
多分保美香も同じ事言う気がするが、こればっかりはな……。

老氏
 「それに、向こうに持っていけば問題ないのでは?」

向こうとは恋達がいる方だろう。
成る程、その手があったか。
しかし飲食物なんて持ち込んでも良いのか?


 (問題あるならジャッジが突っ込むか)

俺はそう思っておくことにした。


 「暫く準備に時間が掛かります、何処かで時間を潰してきては?」


 「と言われてもね」

俺は炊事場を出ていくが、バトルタワーと虚空に浮かんだ僅かな土地だけの閉鎖世界。
何もなさ過ぎて、何すりゃ良いんだ?
仕方なく、俺は物置の方に向かった。
物置は雑多で色んな物がある。
ふと、俺は書物を手に取った。
全く読めんが、一つだけ理解が出来る物がある。


 「清山拳、か」

恋が使っていると目される流派。
一方で恋は黄龍拳の使い手でもあると老氏は言う。
肝心の黄龍拳については殆ど分からんが、清山拳ならこの書物でなんとか分かる。


 「文字は読めないが、絵付きって有り難いよなぁ」

俺はページを開いていくと、先ずは初歩的な技が紹介されていた。
俺は真似るように構えて、動く。
だが幾つかやると、直ぐに難題に気付いた。


 「……これ、俺の柔軟性じゃ無理だわ」

考えてみたら恋にしろ轟にしろ、アイツら体柔らかいよな。
俺思いっきり足上げたら、足脱臼する気がするわ。
改めてデスクワーク中心で衰えたなぁ。

俺は真似るのは諦めて、絵本感覚でページを開いていった。
そして最後のページ、七色に輝く奥義の記したページで俺の目は止まった。


 「やっぱ似てるよな」

神破孔山拳を放つシーンを描かれた図、そこには老氏に似た中老師の姿がある。
写実的ではあるが、同じコジョンド、同じ老人という共通点。
ただそれ以上に老氏と中老師は似ているのだ。
そしてあの構え……。


 (老氏の秘密の奥義、神破孔山拳の構えと同じじゃないか……なら不完全とはゼンリョクワザとして?)

俺は本を閉じると、ある核心を得たくてある方法を思い付いた。
清山拳指南書は本棚に戻し、適当な本を手に取ると、再び炊事場に向かった。

炊事場では変わらず老氏が楽しそうに用意している。


 「おや? 茂君どうしました?」


 「老氏、この本なんですけど……」


 「ああ、料理本ですか、料理を学びたくて?」

俺はその言葉で確信を得る。
墓穴掘ったと言うには酷だが、俺は老氏を出し抜いたのだ。
一方でその気配を察した老氏は不思議そうに首を傾げた。


 「老氏、なぜこれが料理本と分かったので? そもそも俺はこの文化圏の人間じゃない、文字すら読めないのになぜ料理を学ぶと?」


 「……!?」

その時、初めて老氏が自分の迂闊に気付き、表情を変えた。
なにせ本の表紙には文字しか描かれていない。
これを読めない人間には決して料理本など分かる筈がない。


 「やられ……ましたね」


 「すいません騙し討ちみたいで、しかし老氏の正体を知らなければ、俺は老氏を信ずるべきか迷っていたのです」

老氏は敵とは思わないが、敵でなくても利害の関係で殺し合いになった結果を知っている。
でなければルージュとジラーチが、燐とマギアナが闘う必要なんて無かった。
善悪じゃないんだ、それでもお互いが傷付け合わないといけない悲劇がある。
俺はそんな物望んでいない、出来るなら回避したいのだ。


 「中々どうして、化かされた訳ですか」


 「得意分野なんですよ、こういうの」


 「いえ、それも茂君の力でしょう……貴方はあの少年に似ている」


 「少年?」


 「いいえ、それで何を知りたいんで?」

老氏は首を振るうと、穏やかな表情で俺を見た。
恐らく俺相手に隠し事は無理と判断したんだろう。


 「まず貴方はこの清山拳が存在する文化圏の人だ、この時点まず条件が限られる、俺や轟とは異なる世界の出身、一方で恋とは同郷」


 「はい、その通りです、しかし恋さんのことは知りません、これは本当です」

それは間違いないだろう。
知らないから恋が使う清山拳に違和感を覚えて、黄龍拳ではないかと言った。
知っていればもっと早く断言できる。
出来ないのは本当に知らなかったからだ。


 「貴方が放った不完全な奥義……その構え、該当する技がありました、神破孔山拳」


 「……そこまで」

老氏は諦めたように俯いて首を振る。
俺は息を呑んだ……そして意を決する。


 「貴方は、中發白(チュンファーパイ)ですね?」


 「……」

老氏が押し黙る。
しかしいつまでも沈黙する男ではない。
老氏はゆっくりと口を開いた。


 「お見事、道は違いますが、貴方の洞察力、お見事です」

認めた……!
謎の老人の正体は清山拳先代伝承者中老師なのだ!


 「ですが何故です? 何故偽名を?」


 「そもそも私は既に故人なのです……」

それは歴史が証明している。
詳しい死因は不明だが、清山拳の歴史書が中老師の死を記していた。


 「私は3人の弟子を育てていました、皆優秀な子たちばかりで、伝承者は瞳というマッスグマの女性にしたのですが」

ガタン!

その時、俺たちは気付かなかった。
彼女の隠密性に、そして立ち聞きされていたことに。



***




 「そう言えば、師匠たちは?」


 「ここにいないなら訓練場じゃないか?」

私は轟と色んな事を話した。
強くなる方法は、この戦いが終わったら次は何をしたいか。
師匠に対する想い、お爺ちゃんに対する憧れ。
私も轟もお爺ちゃんの事は凄く尊敬している。
お爺ちゃんは正に真の格闘家であり、全て拳士が目指すべき人だろう。
そんな人の戦いを間近で見れることはとても有意義だ。
勿論師匠の教えも有意義だけど、やっぱり格闘家としてはお爺ちゃんに憧れちゃうよね。


 「私、ちょっと訓練場見てくる!」

私はそう言うとポータルに向かった。
ポータルを潜ると、意識は直ぐに意味の無い世界の感覚に支配される。
時間も空間も意味が無い世界、だけどなぜかそこに色んな気持ちが混ざる清山拳の道場。
訓練場に降り立った私は話し声が聞こえた方を見た。
炊事場に二人がいる?
私は影のようになりながら、後ろから師匠の背中を見た。
師匠とお爺ちゃん、でも様子が変?


 「やられ……ましたね」


 「すいません騙し討ちみたいで、しかし老氏の正体を知らなければ、俺は老氏を信ずるべきか迷っていたのです」

騙し討ち? お爺ちゃんの正体?
私は意味が分からなかった。
二人は何を話しているの?
だけどお爺ちゃんは諦めたような顔をしていた。
拳士としてのお爺ちゃんは絶対に見せない顔だった。


 「中々どうして、化かされた訳ですか」


 「得意分野なんですよ、こういうの」


 「いえ、それも茂君の力でしょう……貴方はあの少年に似ている」


 「少年?」


 「いいえ、それで何を知りたいんで?」


 「まず貴方はこの清山拳が存在する文化圏の人だ、この時点でまず条件が限られる、俺や轟とは異なる世界の出身、一方で恋とは同郷」


 「はい、その通りです、しかし恋さんのことは知りません、これは本当です」

同郷!?
私とお爺ちゃんは同じ世界のポケモンなの!?
でも言われてみれば、私達は似ている。
轟や師匠とは違うのに。


 「貴方が放った不完全な奥義……その構え、該当する技がありました、神破孔山拳」


 (なっ!?)

その瞬間、私の胸の鼓動は爆発しそうな程加速した。
神破孔山拳……清山拳の奥義……そして。


 (くそ、なんで!? なんで私は神破孔山拳にこんな思いをするの!?)

あの技は、何故か心が暗くなる。
でも肝心の記憶がまだ分からず、何故私は憧れと同時に哀しみを抱いているのか分からず苦しんだ。
一方で二人の会話は続く。


 「……そこまで」


 「貴方は、中發白(チュンファーパイ)ですね?」


 「……」


 (お、お爺ちゃんが中老師!?)

お爺ちゃんはまだ何も言わない。
でも……もしかして本当に?


 「お見事、道は違いますが、貴方の洞察力、お見事です」

認めた……!
お爺ちゃんが自分を中發白と認めた!
でもそれならばなんで?
かつて養父が倒したくて仕方がなかった伝説の闘神、なぜ身分を隠したの?


 「ですが何故です? 何故偽名を?」


 「そもそも私は既に故人なのです……」


 (故人……そうだ、麗師範代も言っていた)

考えて見れば私の記憶でも老師は死んでいる。
これは一体どういうこと?


 「私は3人の弟子を育てていました、皆優秀な子たちばかりで、伝承者は瞳というマッスグマの女性にしたのですが」

ガタン!


 「!?」

師匠が驚いて振り向いた。
一方で私はそれ所じゃなかった。
手近な所に置いてあったものを乱雑に転ばすと、私は意識が朦朧し始めた。
そう、神破孔山拳、中老師でも私の心はここまでは動かなかった。
でも今の私は瞳という言葉に強い憎しみを抱いている。

最後のピースが……揃った瞬間だった。



***




 「恋さん!」

驚くべき事に、恋が聞き耳を立てていた。
しかもその肩を震えさせながら……。


 「お爺ちゃん……いえ、中老師、影という娘の事はご存じですか?」


 「影? いえ……そのような少女については」

中老師は本当に知らないようだ。
いや、それより恋の様子がおかしいぞ!?


 「恋、お前だいじょうぶか? なんだか顔色も……」


 「すいません師匠、でも部外者は関わらないでください!」


 「ッ!?」

俺は驚いた。
素直で優しく、思いやりのある恋が、俺に対して強くハッキリとした拒絶の反応を示したのだ。


 「……では、教えましょう……影は黄龍(ファンロン)の養子でした……血は繋がっていませんでしたが、養父は影に拳の教えを伝えましたが……ある戦いで大切な養父を失ったのです」


 「ま、まさか……!?」

恋が震える。
それは強い哀しみにも、強い怒りにも思えた。
震えた口では恋は語る、涙をこぼしながら。


 「我が養父に仇! 瞳はどこへ行った教えろ! 清山拳伝承者!!?」


 「まさか……そんなことが、これが神の言っていたやり残しだと?」


 (神の言っていたやり残し!?)

俺はその単語を聞き逃さなかった。
一方で、恋は我が養父と言った?


 「恋……つまりお前の本当の名は……!」


 「ええ、そうですよ! 私の名前影! 黄龍拳伝承者影です!」


 「瞳さんは……分かりません、ある少年と一緒に消えたのです……」

中老師は今にも消え去りそうな程弱々しかった。
俺はその関係について詳しくは知らない。
だが恋の養父を殺したのは瞳という清山拳伝承者?
つまりこの二人の関係は仇討ちだというのか!?


 「巫山戯るな! 貴様も麗も表面では優しさを語り、私に仇討ちの機会すら与えない! そんなにも私が哀れか!?」


 「……恋さん、貴方の力で瞳さんには……」


 「私は影だ! そんな言葉もう聞き飽きた! 負けるなら私も養父の元に向かうだけだろう!?」


 「ッ!」

バチン!


 「なっ!?」

俺は迷わず恋の頬を打った。
そして俺は怒り心頭の顔で恋に顔を近づける。


 「俺は拳法家じゃない、それにお前たちのルールなんて知らないし、そんな物クソ喰らえだ! だがなーにが負ければ養父の元に向かうだ! 命を粗末にするな馬鹿者!!」

恋は俺の凄まじい剣幕に怯む。
ただでさえ俺の目付きは悪い、燐曰く死神らしいからな。
大粒の涙を流すと恋はヒックと喉を鳴らして震えた。
俺は恋の体を抱きしめる、その格闘家には不釣り合いな小さな体を。


 「恋……俺にとってはお前は俺の子供みたいなもんだ、あんまりにも不安定で、ちゃんと守ってやらないと不安でたまらない、そんな手間の掛かる娘なんだよ!」


 「ヒック、ヒック! なんで? なんで茂さんが関わるの!? なんで優しくするの! やめてよ! 私はそんなのいらない! 私は瞳を倒してお義父さんの仇を取りたいだけなのに!」


 「本当に必要か? お前は分かってるんじゃないか? だからお前は誰よりも優しくなれる」


 「もうやめて……これ以上は師匠のこと嫌いになっちゃう! 嫌いになんてなりたくないのに!」


 「恋さん、恐らく麗さんも同じ指摘をしたんじゃないですか? 貴方は優しすぎる、復讐は似合わないと」


 「ッ!?」



***


それは最後の方の記憶だった。
夜、物置で私は麗師範代と対面し、憎悪の顔で睨みつけていた。


 「瞳の居場所を教えてください……!」

麗師範代は筆を置いた。
「ふぅ……」と溜息を吐くと振り返る。


 「会ってどうするんだい?」


 「……復讐です」


 「復讐? 無理だよ、止めときな!」

麗師範代はそう言って馬鹿らしそうに首を振った。
私は更に噛みつく。


 「私では実力不足だと!? それならそれで養父の後を追うだけです!」


 「違うね、私が心配しているのはそっちじゃない……アンタは優しすぎるのさ、非情にはなれない」


 「ッ!?」



***



そう、同じ指摘だ。
結局私はそれならばと麗師範代に襲いかかった、当然敵うわけもなく地べたを這いつくばった。
養父は私に非情さを教えた。
けれども私は黄龍拳をまるで活かす事が出来なかった。
それをお義父さんはいつもガッカリしていたのを覚えている。
黄龍拳と清山拳の抗争の時、私は実力不足だと別の部屋に閉じ込められた。
それは兄弟子たちの優しさでもあったが、私は部屋を抜け出しお義父さんの元に向かったのだ。
だが、扉の前で見たのは………。


 「神破! 孔山拳!!」

それは七色の光、心が奪われるほど美しくて、そして勇ましく憧れさえ抱く物だった。
だがその凶刃は養父の命を奪ったのだ。


 (ああああああああああああ!?)

それは血の涙と言える物だった。
私は養父の教えは最後まで継げぬまま、失った。
その後、黄龍門は壊滅し、門下生達は路頭を迷うことになった。


 (何故だ……瞳、殺すことでしかお前たちは分かり合えないのか!? なら私が必ず殺してやる! そして私も……!)

本当は知っていた。
私は黄龍拳の対極に存在している。
誰もが一度は言った言葉は、「お前は格闘技は向いていない」。
自分でも知っていた、私は本気で相手を殴れない。
本質はいつまでも臆病で、それでも自分の心を殺して拳の道を進んだ。
そんな宙ぶらりんな私に強くなることなんて出来なかった。
やがて私は復讐のため、清山拳の道場を目指した。
私の体力では命がけで、それでも執念で清山拳道場に辿り着いた私は驚いた。
清山拳道場には街の人や、元黄龍門の門下生まで混じっていたのだ。

あの時のことは今でも良く覚えている。


 「あれ? 君大丈夫? お腹空いてるならこれお食べ♪」

それは山のように大きな包師範代だった。
包師範代はそう言って和やかに肉まんを差し出してくれたのだ。
私は空腹が過ぎてがむしゃら食べた。
その味はあまりに美味しく、涙する程だった事を覚えている。


 「あん? なんだいその汚いガキは?」


 「あ、麗、それが道場の前で行き倒れてて……」


 「わた、しは……うぅ」

私は結局倒れて、そのまま包師範代に担がれて清山拳の道場に寝泊まりしたのだ。
驚くべき事に、二人は私の正体を知っても笑って受け入れてくれた。
私は復讐が前提ながら、それでも清山拳を知るために門下生になった。
私は凄く鈍くさかったけど、二人の師範代は私をいつも見守ってくれていた。
復讐とは別に、私はあの七色の光に心を奪われていたのだ。
いつか私でも使えるようになりたいと。



***




 「ふえええん! 私、私ぃ……!」


 「恋さん、拳士には時に非情さも求められる……貴方には似合わないのかも知れない」


 「だったら……! 私みたいなチビは学ぶ価値もないんですか!? 私には格闘家の資格はないんですか!? 誰よりも強かった養父のように、中老師のように目指してはいけないんですか!?」


 「恋、ならお前だけの拳を目指せ」


 「え……?」


 「お前の拳は活殺拳だ、殺すための拳ではない、お前の拳で活かせ! それが師匠の命令だ!」


 「活殺拳?」


 「ハッキリ言ってやる! 清山拳だって、無力な人間に打てばただの殺人拳! 逆に黄龍拳だって強気を挫き、弱気を助ければ活殺拳だ!」


 「私の拳は……活殺拳」


 「成る程、非格闘家だからこそ見える物もあるのですね」


 「はっきり批判するみたいで悪いが、俺はアンタたち格闘家みたいにエゴイストにはなれん、アンタたちなら拳で語り合うんだろうが、恋は違う!」


 「茂さん……!」

私は茂さんの顔を見た。
茂さんは本当に真っ直ぐだ、私達とは目線が違う。
私は格闘家としては半端者だけど、それを茂さんは真っ向から否定してくれる。
それは本物の父の温かさだった。
この人は私の過ちを正してくれ、私を優しく包み込んでくれる。
時に厳しさもあり、時に優しさもある。
黄龍養父とも、中老師とも明確に違う。


 「なんかよく分かんねぇけど、面白い話になってるな」


 「轟君……丁度良いところに来ました、全員いるならばあることを話しておきましょう」

そう言うと、老師は全員の中央に立ち、ある話をした。


 「私は既に故人であり、本来ならやり残しはありませんでした、ですがある神様が私にやり残しがあると言いました……それは私が救うべき四人目の少女影さんだったようです」


 「待ってくれ、その神様ってのは一体?」


 「分かりません……その正体は一切……ただ神と言うに相応しい力を持っていたのは確かです……私は死した身ながら過ちがあるのなら、償おうと誓いここに来ました……そして確信しました、恋さん! 貴方に我が清山拳の全てを伝承しましょう!」



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#9 恋の正体、黄龍拳と清山拳 完

#10に続く。


KaZuKiNa ( 2020/04/12(日) 18:35 )