突ポ娘外伝






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第三章 閉鎖空間編
#8 老拳士の拳

#8



そこは高山の麓にある街だ。
麓と言ってもそこは海からは遠く標高のある場所だ。
人口規模はそこそこあるようで、商店街は連日賑わっていた。

その街をある集団が往来を歩いていた。
中央の恰幅のいい男の周囲を様々な色の胴着に身を包んだ男が護衛するように取り囲んでいる。

『私』は、意を決して狙いを定めた。
中央の男、身長も周り者より一回り大きく、更に筋肉の塊のような体、腕なんて丸太のように太くて、背中には大きな翼がある、見る者が見れば畏怖すら感じさせる存在感だ。

それでも、やるしかなかった。


 「ッ!」

私は『影』を走らせた。
影は私から先行して、大男に向かう。
街の住民よりも上等な着物を着た男は確実に金持ちの類いの筈。
影を追うように私も走り出す。

取り巻き
 「ですから勧誘の方は――」

会話が聞こえる距離、しかし私と『影』の存在には気付いていない。
『影』はこっそりと大男のポケットに入る、それと同時に私は取り巻きの男にぶつかった。

ドン!

取り巻き
 「う、うお!?」


 「ご、御免なさい!」

取り巻き
 「汚らしいガキが! さっさと失せろ!」

取り巻きは皆恐い顔で怒鳴ってくる。
私は震えながらお辞儀すると、その場を去ろうとする。

大男
 「待て、ガキ」


 「っ!?」

大男が呼び止めてきた。
私は冷や汗が止まらない。
今私の手元には影が盗んだ財布がある。
もし見つかればどうなる?
答えは明白だろう、そうやって3日前にも子供が一人死んでいる。
ここは一見とても繁栄している様に見えるかもしれない。
しかし実際には残酷な世界だった。
親から見捨てられた子供は多く、そう言った子供は野盗となって剥ぎ取りを行うか、私のようにスリをするしか生き残る道はない。


 (終わった……)

私は観念するしかなかった。
しかし大男は、その場で妙な含み笑いを浮かべていた。

大男
 「良い手際だ、度胸も気に入った、名前は?」


 「……影(エイ)」

それは私を現す名前だ。
親がくれた名前ではないが、周りは私を皆影と言う。

大男
 「影か……成る程、名は体を現すな……私は黄龍(ファンロン)と言う、街の外れで黄龍門という道場を経営していてな」

黄龍門?
聞かない名前だった。
恐らく新興の道場だろう。
古くからは山の頂上に清山拳とかいう道場があるって聞いた事がある。


 「影よ、スリをしなければならない程貧しいのならば私の元にこい、お前の才能は私の元でこそ相応しい」



***



バトルタワー第47戦。
私は正面からくるダイケンキと闘っていた。
ホタテと同じ成分で出来た大剣を二刀流で振るうダイケンキ、私はどっしり腰を構えて、迎え撃つ。


 (く……!)

中々の強敵だ、だがそれ以上に私を苛立たせたのは別の物だった。


 (今何か思い出した気がする……子供の頃? 黄龍門?)

私は徐々に記憶の片鱗が戻りつつあった。
それは徐々に靄が晴れるようで、そして遂に私は自分の名を思い出してしまった。


 (影? 誰が名付けた? 私は影なのか?)

まだ記憶は完全ではない。
肝心の部分が全く分からず、私のアイデンティティは曖昧だ。


 「恋! 来るぞ!」


 「ッ!」

ダイケンキが剣を振るう。
流し斬りを私は霊体になって回避すると同時に、地面に足を踏み込んだ。
最も身体に染みた技を私は放つ!


 「ハァ!」

ズタン!

私の震脚から放たれる掌底はダイケンキの胸部に突き刺さった。

ダイケンキ
 「がは!? 流し斬りが完全に決まったはずなのに……」

ダイケンキは血を吐き、負け惜しみを言うと光へと変わった。


 「ふっ、中々やるようだがまだ若い」

私は残心を決め、師匠の元に戻る。
師匠も私の活躍にご満悦のようだった。


 「良くやったな、恋♪」

師匠はそう言うと優しく微笑んで、頭を撫でてくれる。
私はこれをされると、不安が消えるようで心地良かった。


 「ま、所々危ない面もあったがな」

轟はさっきは一度も出られなかったため不満そうだ。
一方でお爺ちゃんは難しい顔をしていた。


 「恋さん、先ほどの戦い一瞬動きが止まったようでしたが?」


 「あ……その」


 「なにか、迷いがあるので?」

私は首を振った。
迷いはない、だが気になることがあるのは事実だ。


 「お爺ちゃん、黄龍門ってご存じですか?」


 「!?」

お爺ちゃんが驚いたように目を見開いた。
どうやら知っているようで、お爺ちゃんは溜息を吐くと。


 「詳細までは分かりません、総帥の黄龍(ファンロン)が死んだことで、消滅したと」


 「っ」

黄龍? 私はその瞬間、あの冷酷な笑みを思い出した。
明らかに周囲よりも大きな体、そして全身を隈無く鍛え上げた凄まじい腎力。
まだ子供だった私は会っている?


 「なんかよく分からねぇけど、それって重要なのか?」

師匠は話が飲み込めず、私とお爺ちゃんを交互に見た。


 「ごめんなさい師匠……正直ハッキリとは」


 「おい、そんな事より次行こうぜ!」

轟はそう言うと階段を指し、待っている。


 「師匠、お爺ちゃん、行きましょう」



***



恋と轟が階段を降っていくのを尻目に俺は老氏にある問いをした。


 「老氏、恋の正体に心当たりでも?」

それは疑念だった。
老氏自身を疑っている訳ではないが、老氏は恋に対して不思議なアクションをしばしば見せていた。
俺は何かあるんじゃないか、そう思ったが老氏は。


 「正体は分かりません、ですが一つ疑問が解けました」


 「疑問?」


 「恋さんの流派は間違いなく黄龍拳でしょう」


 「それって……」

さっき恋が言ってた流派か?
だとしたら何故彼女は清山拳を口にする?
黄龍拳と清山拳……そこに一体なんの関係が?


 「黄龍拳は創始者黄龍が興した技術、カイリューの恵まれた体格と本人の才による暴威の拳でした……」


 「……」

老氏は前に恋の拳に心が無いって言ってたな……。
俺はそうは思わんが、あの時から老氏は疑っていた訳か。
恋の拳は正に一撃必殺、ある意味で轟よりも殺意の強い一撃を相手に叩き込む技だ。
それが黄龍拳?


 「清山拳は心技体を求めますが、黄龍拳は力だけを求め、ただ勝つためだけに編み出された実戦流派……しかし直接の後継者が?」


 「ただの元門下生ってことは?」

彼女は文献の中から清山拳の動きを俺に見せてくれた。
才能もあるんだろうが、彼女が清山拳を囓っているのは間違いない。


 「茂君、お願いがあります……次のボス戦は私に任せてください」


 「老氏?」


 「そろそろ……ウォーミングアップが必要そうですので」

老氏はそう言って顔を暗くした。
俺はその表情の変化を見逃さなかった。
正体が掴めないのは恋だけじゃない……老氏も然りなんだ。



***



バトルタワー50戦目、5人目のボス戦だ。
ここまで多少苦戦はあったが、恋も轟もよくやってくれた。


 「ボスは……え?」

エンニュート
 「やっと来たわよ?」

キノガッサ
 「……」

パルシェン
 「こ、ここで貴方達は終わりです!」


 「あんだ? 3人?」

そこまで一人だったが、今回のボス戦は3人だった。
3人ということは、個々はこれまでのボスよりも弱い?
だが、3人ともボス級なら、かなりやばいか?

エンニュート
 「05は相性が悪いわね……私が先発するわ」

05
 「02、気を付けて……!」

最初に出てきたのは02と呼ばれるエンニュートの女性だ。
異様な細身、長身で尻尾はダラリと地面に垂れ、目はは虫類を想起させる。


 「へ! 相手が誰だろうと俺は……!」

拳を突き合わせ、前へ出ようとする轟を腕で静止させたのは老氏だった。
老氏はゆっくりと前へ進むと。


 「ここは、この老人にお任せを」


 「お爺ちゃん?」


 「……任せます」

老氏は言ってみればピンチヒッターだ。
ここまで老氏が闘った数は片手で数えられる程だった。
特にボス戦では一切手を出していない。
これまで後身の成長をずっと見守っていた人が突然前に出たのだから、二人は驚きを隠せなかった。


 「お爺ちゃんなら心配はいらないと思うけど……」


 「だが、なんで今回に限って?」


 「なに、そろそろ準備運動が必要だと思いまして」

老氏はそう言うと、フィールドに立った。
シンプルな土のバトルフィールド。
妙齢の美女と中華系お爺ちゃんの組み合わせは奇妙と言えば奇妙だ。

02
 「人を準備運動扱いとか失礼ね」


 「すみません、気分を害されたようで」


 (……)

俺は老氏の小さな背中を見つめた。
俺の心には様々な思いが去来する。
老氏を疑う思いも、同時に信用する思いも。
準備運動……とは何に対してだ?
普段は好々爺としているが、いざという時は凄まじい強さをしているのを俺達は知っている。
恋と轟も強くなったが、老氏はまだ先にいる筈だ。
そんな強者が一体なんの準備を?


 「それでは、お先にどうぞ」

老氏はそう言って無防備に構えた。
ムッと顔を顰めたのは対戦相手の女性だ。
ただでさえ細い目を更に細めて、老氏を睨む。

02
 「お先にどうぞなんて使えない癖に!」


 (いや、それ言ったらキリ無いでしょ!?)

俺は心の中で突っ込む。
なんでも技名にしたら、会話に苦しむわ!
エンニュートは両手に炎を滾らせて、それを老氏に投げつける!

02
 「弾けろ!」


 「!」

エンニュートが投げつけた炎の塊は老氏の目の前に着弾すると、炎を周囲に飛び入らせた。
弾ける炎、決して高威力の技でないが、エンニュートは次々と炎を生み出し、投げていく。


 「くっ!? 凄い熱量!」


 「ああ、フィールドが燃えてやがる……!」

弾ける炎の最大の特徴は制圧力。
相手のエンニュートは足場もないほどフィールドを燃やし、赤く染めて、不敵に笑っていた。

02
 「あはは! これでもまだ舐めた口利ける訳!?」


 「風林火山……」

02
 「あん?」

老氏は炎の中にあっても冷静そのものだった。
恐らくその身体は炎に焼かれているだろう……しかし恐るべき程冷淡であった。


 「見事と、仰っておきましょう」

老氏の雰囲気が変わった。
ゆらりと、構えを変え、中国拳法の意を汲む独特の構え。


 「貴方の炎は見事、されどその炎熱も、我が心は焼けません」

02
 「ち!? この状況で何を!?」

エンニュートの女性は再び炎を手に纏わせた。
だが、次に動いたのは老氏であった!


 「は!」

老氏の飛び膝蹴り!
それはエンニュートの胴を捉えた。

02
 「がっ!?」

炎を飛び越え、蹴り倒されたエンニュートは苦悶の表情を浮かべた。
見た感じ通り特殊アタッカーなのか、防御力は脆いのだろう。
だが、ダメージは老氏も変わらないんじゃないか?
老氏は全身を煤で汚している。

02
 「くそ! 舐めるな!」

今度は毒液を分泌!
それを老氏目がけ振り払う!


 「スピードは特に評価できますね、しかしその身体は細すぎる」

老氏はそれを足払いで振り払った。
恐らくヘドロ爆弾だったが、老氏には通用しなかった。


 「見込みはあります、弟子にできればどれ程になれたか」

02
 「巫山戯るな! 誰が弟子になるか!」


 「ええ、分かっていますとも。先ずは一人」

老氏は目には見えない踏み込みでエンニュートの額に拳……否指を突き放った。

02
 「あ……」

ドサリ。

エンニュートの女性は一瞬で意識を奪われてその場で横に倒れた。
疾い、だが優しい拳だ。
恐らく老氏の手心だろう。
女性相手には本気で殴れない優しさと言えるか。
ポケモンにおいて、まして格闘家でもないのなら性別の優劣なんて無いとは思うが。

05
 「06、どうする?」

06
 「……」

パルシェン娘は不安そうにキノガッサ娘を見た。
あっさりエンニュートがやられてショックもあるのだろう。
しかしキノガッサは寡黙で沈黙を守っていた。

05
 「私、先に行った方が良いよね?」

06
 「任せる……」

05
 「ん……」

相手チームは相談が終わったのか、大きな殻を背負った少女が前に出てきた。
パルシェン娘はその場に水を撒くと、延焼していたフィールドを鎮火した。

05
 「これでよし」


 「ほっほ、これまた可愛らしいお嬢さんだ、お手合わせ願います」

鎮火され、老氏の前に立った少女はオドオドしている。
大凡戦う意思をあまり感じないタイプだが……。


 「それでは、殺す気で掛かってきなさい」

05
 「……私だってファーストナンバー……行きます!」

パルシェン少女は瞬間的に殻に籠もる。
そして全身から刺のミサイルを発射した。


 「ほお!」

ミサイルは如何様にしてか誘導性を誇る。
複雑な軌道を描きながらも老氏を襲った。

05
 「まだ!」

パルシェン娘は殻を僅かに開くと、その隙間から雹弾を発射する。
しかもそれは絶え間なく、まるでマシンガンの様に!

ダダダダダダ!


 「なんだアレ!?」


 「氷柱針!? にしてもなんて連射力!?」

老氏は迫り来るホーミング弾と、正確にエイムしてくるマシンガンに晒されていた。
老氏はそれを素早く走りながら、回避する。
だが……踏み込めない!

05
 「私はスキルリンクの特性がある、だから攻撃は途切れないよ!」


 「成る程、見事にその芸を技に昇華しているようですね……ですが!」

老氏が足を止めた!
それは素人目には、あまりにも無防備!
事実、パルシェンは迷わず、老氏にありったけを打ち込んだ!

05
 「貰った!」


 「ハッ!」

しかし老氏はなんと真っ直ぐパルシェンに向かっていく!


 「そんな!? 自殺行為!?」


 「いや……あの達人のクラスならば!?」

老氏はそれこそ鮮やかに、まるで風のように連打される氷柱針の隙間を縫って前進する。
まるで風は掴めぬと言うように、老氏は涼しい顔でパルシェンへの距離を縮めるのだ!

05
 「嘘!?」


 「勝利するまで、その油断はよろしくありませんよ……想定外は常にある!」

老氏は遂にパルシェンを射程距離に捉えた!
パルシェンは慌てて、殻を閉じる!
だがそれはパルシェンの攻撃も止む合図だった。


 「ふむ、貴方の良い点は技を良く練っている事ですが、悪い点はその臆病さ……殻に閉じこもっていれば安全とは限りませんよ……こんな風に!」

05
 「!?」

老氏はパルシェンの殻に触れると、踏み込んだ!
一瞬パルシェンが震動したように見えて、次の瞬間。

05
 「は、はらひれ〜」

パルシェン娘は目を回してその場でパタリと倒れた。


 「なんだ? 一体何をしたんだ?」


 「勁、だろうか?」

勁とは中国拳法に出てくる概念。
日本では気とも言うようだが、複雑な概念で俺では説明しきれない。
まぁ言ってみれば、外部よりも寧ろ内部を破壊する技と言えるか。
恋が使う技も概念で言えば勁だろう。
その内でも今使われたのは浸透勁か?


 「あれが、お爺ちゃんの技……!」


 「ほっほ、では最後の方、よろしくお願いします」

06
 「……!」

キノガッサ娘は無言で前に出た。
パルシェンをフィールドの端まで運ぶと、静かに構える。
その構えは独特だ、ボクシングに似ているが、片腕を鎌のように振っている。
たしか、ヒットマンスタイル?


 「フリッカー使いか?」


 「師匠、フリッカーとは?」


 「ボクシングの技の一種、腕の長い選手が使うことがあるが、しなる鞭のような一撃が特徴だな」

俺もボクシングの知識はそんなにない。
説明できるのはこの程度、だが格闘タイプらしく流派は恋達に近いか。

06
 「……」


 「ふむ」

距離は5メートル、両者そこから動かない。
極めて冷徹で、まるで仕事人のような面構えで動きを待つキノガッサ、対して老氏は落ち着きを払っている。
俺は老氏の考えを推測するが、老氏の人間性は極めて読み辛い。
どう攻めるかなのか、相手の力量を見ているのか。
一見隙だらけだが、実際には一切隙なんてない老氏の考えは読めん。
一方でキノガッサは構えを崩さないまま、一歩前進した。

06
 「お前が超達人だと認めよう、だが私は負けない」


 「ふふ、それは光栄ですね」

老氏は戯けた様子だが、キノガッサは冷静だ。
両者の距離は少しづつ縮んでいく。
その時間は極めてゆっくりで、俺達は緊張の汗を流した。
誰もが無言の中、それでも時間は進んでいく。

そして距離が3メートル程近づいた瞬間……!

06
 「はぁ!」

ビュオウ!


 「なっ!?」

恋が驚くが、それも無理はない。
キノガッサは間合い3メートルから老氏の顔面にフリッカージャブを放ったのだ!
キノガッサ娘は身長も低い、リーチは1.5メートル位に思えたが、実際は倍あるようだ。
しかも速い! キノガッサの一撃は風を切り裂き、その破裂音を俺達の元にまで届かせた!
幸い攻撃は老氏が僅かに身を退いた事で当たらなかったが、厄介な攻撃に違いはないだろう。


 (ほお、これ程とは!)

老氏が表情を変えた。
これまでのような軽口はなく、真剣な表情で再度間合いを取り直す。

06
 (直ぐに対応するだろうな……構わない、私はその程度ではない!)

キノガッサ娘は続けざまにジャブ! ジャブジャブとパンチを連打!
しかし老氏はそれを冷静に頭だけ動かして回避している。


 「!」

意を決し、老氏は踏み込む!
圧倒的リーチから放たれるジャブの連打を掻い潜り、自分の距離へ!

パシィン!

老氏の頬が弾けた!
直撃ではないがキノガッサのジャブがヒットしたのだ!
その威力は一瞬ではあるが老氏の顔を歪ませるほど、キノガッサのパワーを物語る!


 (あの細身であのパワー! まるで華凛だな!?)

パワーだけならウチの家族でもナンバー1の華凛に匹敵しそうだ。
それでも華凛なら笑いながら勝利しそうだが、まぁアイツは特別中の特別だからな。


 「ち! じじい! ボサッとするんじゃねぇ!?」

堪らず轟が怒鳴った。
初めて見せる老氏の苦戦に、轟は許せなかったんだろう。
その声を聞いた老氏は動く!
中国拳法の動きは一瞬の動!
老氏は至近距離まで詰める!


 「ほおっ!」

老氏の掌底!
そのコンパクトだが威力抜群の一撃はキノガッサの顔面を狙った!
だが、ここでも大盤狂わせはあったのだ!

06
 「ッ!?」

キノガッサは僅かに顔をずらしてそれを回避……と同時に右ストレートを振り抜いた!


 「な!?」


 「じ、じじい!」

鮮血が舞った、老氏の血が地面を染める。
老氏は頬から一筋の血を垂らしていたのだ。
明確なヒット、キノガッサは予想だにしない強敵だった。
それは恋達のみならず、俺も驚愕する。


 (相性もあるだろうが強い! 家族並みか!?)


 「はぁ……これ程とは、お見事です、貴方も正に超達人のようだ」

06
 「私は自分の仕事を完璧に熟すだけだ……その言葉は似合わない」

キノガッサはそう言うと、再び距離を離した。


 「肉体精神、どちらも素晴らしい、貴方程恵まれた方はそう多くはない……もし弟子にいれば貴方を我が後継に選んだやも……」

06
 「他派への勧誘は結構、私は私の技で強くなる……!」

再び、フリッカージャブが始まった!
老氏は防戦一方だ!
なんとか遠距離では躱し続けるが、キノガッサにクリーンヒットは与えられなかった。
それはもしかしたら予想以上に老氏に影響を与えているかもしれない。
俺は汗ばんだ拳を握る、そして弟子の二人に言った。


 「これは一流の達人同士の勝負だ、お前たちよく見ておけ」


 「は、はい!」


 「ち……負けたら承知しねぇぞ!」

キノガッサの攻撃は続く。
見た目に反してスタミナまであるのか、一向に攻撃が止まないのだ。
しかも少しづつ前進して、老氏を追い詰める。
老氏は一体どう対処するんだ!?


 「はぁ……はぁ!」

老氏は避けながら気を溜めるように深い息を放った。
そして一気にそれを放出する!

06
 「が!?」

キノガッサが怯んだ!
その瞬間、老氏は踏み込む!


 「い、今のは一体?」


 「分からん……あれは?」

気のせいかも知れないが、何かを放出する瞬間、老氏から凄まじい気配を感じた。
もしかしたらあれが気ってやつか?
だとしたら俺が感じれる程なら、とんでもなく凄まじい気だと言える。
一瞬気のせいか、老氏の腕の周りの空間が歪んでいたようにも思えた。
だが、ポケモンの技に該当する技は無い。
一体老氏はなにをやったんだ!?


 (流石に、あの石無くては不完全か! だが動きは止まった!)

06
 「ッ!!」

キノガッサは凄まじい眼光だった。
決して倒れまいという気迫、だがそれは老氏も同じだ。
老氏はキノガッサの胴を蹴る!
キノガッサは苦悶の表情を浮かべたまま、獣のような咆哮をあげて、右ストレートを放つ!

パシィン!


 「動きが落ちてますね、効きましたか」

老氏はそれをパーリングした。
大きく態勢を崩すキノガッサ、しかし諦めない!

06
 「な、めるなー!」

キノガッサは踏み込んだ!
そして老氏目がけて自分も飛び上がる程のアッパーを放つ!
だが……!


 「勝敗は決しました、貴方の強さには讃辞を贈りましょう」

老氏はそれを軽々と回避、と同時に独楽のように一回転して後ろ回し蹴りをキノガッサに放つ!

06
 「う……あ!?」

キノガッサは宙を舞った。
そして、ドサリとフィールドに倒れる。
勝利の瞬間だった。


 「よっしゃー!」


 「良かった……!」

轟は口ではなんだかんだ言いながら、老氏の勝利を両手を上げて喜び、恋はホッと胸を撫で下ろした。
ハラハラとさせたが、老氏の完勝だった。

3人は敗れると同時に消滅していく。
個々で見れば強敵であったが、老氏はそれを越えて見せた。
だが……同時に俺は老氏に得体の知れない何かを感じた。


 「ほっほ、流石に疲れました」

老氏はそう言うと穏やかな表情で戻ってくる。
俺は早速だが、あの謎の技について聞いた。


 「老氏、試合を決める直前、離れた間合いからキノガッサに何か放ちましたよね? あの技は一体?」


 「ほっほ、実はアレ不完全なんです、まぁ私の奥義、そう易々とは教えられませんが」


 「なに!? 奥義だと!?」


 「奥義……」

二人は奥義と聞いて大はしゃぎした。
特に轟は強くなる事に貪欲だ。
直ぐにでも聞きたくてうずうずしていた。


 「恋さんも見ましたね?」


 「あ、はい」


 「もし私の勘が正しければ……いえ、とやかく言う資格はないでしょう、ただ……願わくば私の拳が貴方の助けになれば……そう願います」


 「え?」


 「老氏?」


 「次の階では一休みしましょう……老骨には響きました」

そう言うと、老氏は腰を曲げる。
実際にはジャッジが完全回復させてある筈だが。
老氏は恋に何を言った?
老氏と恋……一体なんの関係が?


 「……」

恋は自らの拳を見た。
恋の拳は小さい、その小柄な体、優しい瞳は何を見ている?
だが……俺は一抹の不安を消すことは出来そうになかった……。



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#8 老拳士の拳 完

#9に続く。


KaZuKiNa ( 2020/04/05(日) 13:55 )