突ポ娘外伝






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第三章 閉鎖空間編
#7 轟、拳は熱く、心は明鏡止水

#7



薄暗い道場……大所帯が住み込みながら修練に励む清山拳道場。
その奥、光が灯った部屋に師範代の麗がいた。
彼女は昼は門下生の指導に汗を流し、夜になるとある書物の編纂をしているのを『私』は知っていた。


 「まだ……起きてたのかい?」


 「……ッ」

私は影に紛れ、麗師範代の背中に近寄ったが、彼女はあっさりと私を見抜いていた。
私は何かを焦っている?
この映画のような断片を見る私は何を得ようとしているのだろう。


 「瞳の居場所を教えてください……!」

麗師範代は筆を置いた。
「ふぅ……」と溜息を吐くと振り返る。


 「会ってどうするんだい?」


 「……復讐です」



***



30階のボスを倒すと、更にフィールドは変化した。
今は夜のフィールド。
暗く、空には星と月が見えるが、それ以外は特にない。


 「二人とも本当に良くやってくれた……」

俺はフィールドに寝転がって倒れる二人を見た。
強敵ラゴウを辛くも倒した恋と轟は、疲れも溜まっているのだろう、今は寝息を立てている。


 「ホッホ♪ 特に恋さんには目覚ましい成長が見られます」

老氏も若い拳士の成長を喜んでいるようだ。
恋は直前の試合でシャドースチールを修得。
ようやく自身をマーシャドーと認識できたのだろう。
戦闘時には目や髪に変化が現れる。
世界的にも珍しいマーシャドーの技は、それだけであの強敵に通用した。
これからも恋はきっと強くなるだろうな。


 「轟についてはどう思います?」


 「荒削りですが、徐々に洗練されて行っているように思えます。ただ無茶をする事を躊躇わない気性に問題もありますね」

老氏の判断は的確だった。
恋に比べて、劇的に成長した感じは轟にはない、だが密着型のオーバーヒートは初めて見せてくれた。
轟は轟なりに成長している。
一方で確かに無茶をする、まるで自分の死を怖れていないのだ。
そのお陰で、恋の負担が減って勝てたのも事実。
難しい問題だが、デリケートで扱いづらい。


 「ぐ……あ?」


 「起きたか?」


 「師匠……試合は?」

轟は今も闘っているつもりだったのだろうか?
轟らしいが、俺は微笑を浮かべると。


 「勝ったよ……恋が倒した」


 「……そうか」

轟はそう言うと寝転がった。
なんだか妙にしおらしいな。


 「元気がありませんな、如何致しました?」


 「アイツ……滅茶苦茶強かった……」

轟はそう言うと目元を帽子で隠す。
悔しさか……分からない物ではない。
俺は誰かと競い合う事をあまり意識しない方だが、それでも負ければ悔しいに決まっている。


 「もう折れたのか?」


 「折れちゃいない……折れちゃ……」


 「轟、これは師匠としてではなく人生の先輩としてのアドバイスだ。例え折れようがそこで人生は終わらん、重要なのはその後を無駄にしない事だ」


 「ホッホ、教訓ですかな?」


 「……師匠」

轟はまだ若い。
俺とはまるで違うベクトルで生きている。
例え学生時代でも俺には轟程の熱は無かったろう。
それでも俺が轟を若いと思えるのは、彼がその迷いを持つ性だろう。


 「一応断っておくが、俺だって間違うことはあるからな!」


 「人生は勉強ですからなぁ〜」

老氏でも、まだ学ぶことはあるという事だろう。
つまり、轟はまだまだ若輩って事だな。


 「俺は負けたくない……、勝ちたいんだ……」


 「なら勝つしかないわな」


 「諦めない限り、その道は拓いているでしょう」


 「ん……?」

轟が精神的に参っている時に、恋も目を覚ました。
恋は轟程無茶をした訳じゃないが、それでも長い眠りだった。


 「疲れ取れたか?」


 「あ、師匠……?」

恋はゆっくりと起き上がる。
やや眠たそうで、瞼を擦っていた。


 「まだ本調子でもなさそうだし、もう少し休んでいくか」


 「あ、いえ! 私ならもう大丈夫です!」

恋は慌てて立ち上がった。
恋は勝ったこともあり、精神的な負いはなさそうだ。
俺は一度老氏を見た。
老氏は無言で立ち上がった。


 「気分を入れ替えるためにも、一度挑戦するべきでしょう」

それは轟に対して言っているのだろうか?
轟はと言うと、表情を見せぬまま立ち上がる。
いつものような闘志はない。


 「轟? 大丈夫?」


 「お前は……勝てたんだよな?」


 「え?」


 「……行こうぜ」


 (触発するしかないか?)

轟の調子は激悪状態だ。
とりあえずコイツに闘志を取り戻させないとな。



***



どんどん地下へと潜っていく変則ポケモンタワー第31戦。
待っていたのは厳つい男達だ。
まず先方で出てきたのは厳ついムクホーク男だ。
逞しい二の腕を胸元で組んで待っている。


 「私が行きましょうか?」


 「相手はノーマルタイプ、シャドースチールは効かないから注意しろ!」


 「はいっ!」

恋はフィールドに飛び出すと、ムクホーク男が飛び上がった。
夜のフィールドには一応ライトが中央を照らしているが、空は真っ暗だ。
恋はフィールド中央で構えた。




 (復讐……か)

私はムクホークを睨みつけながら、夢の内容を思い出した。
何故私は瞳を探している?
復讐とはどういうことだ?
今の私には何も分からない。
正直言えば、アレが嘘か誠かさえ判然としていない。
今の私はこの記憶そのものが無い私はデフォルトな気さえしているのだ。
だが……それとは逆に何故か、私は力を感じていた。


 「……くる!」

私は内在する力を解放した。
目が燃え、身体に熱を感じる。


 「あれは!?」

轟の驚きが聞こえる。
同時にムクホークは急降下してた。


 「はぁ……は!」

私は力を溜め、急降下するムクホークに蹴りを叩き込む!
身体を一回転させる旋回蹴り、サマーソルトキックがムクホークを撃墜した。
私は着地すると、ムクホークは光に変わった。


 「アイツ本当に恋か?」


 「……」

強くなった……それは私でも分かる。
多分前の段階なら今のムクホークを一撃で倒すなんて無理だった。
力の出力のコントロール方が分かり、マーシャドーの力を純然に扱える。
それは純粋な喜びでもあった。
でも……この力は本当に私の物なのか疑問もある。


 (なにより、本当の私はどんな私だったの……?)

私は次の相手、ユキノオー男を睨みつける。



***




 「恋の奴、本当にレベルが上がったな」

恋は今、ユキノオーを相手にしている。
フィールドは吹雪いており、俺には厳しいが恋はものともしていない。


 「くそ!? アイツに比べて俺は……!」


 「轟、良く見ておけ、見ることも修行だぞ」

今恋と轟が闘えば、轟は負けるだろう。
それ位恋が強い。
正直今なら、前回のボスを一人で倒せるんじゃないかって位乗っている。


 「……むぅ」


 「老氏、どうしました?」

老氏はいつものように両手を腰の裏に回し、恋の戦いを眺めていた。
その老氏が、何か難しい顔をしていたのだ。


 「やはり……しかしそれならば?」

老氏は俺の声が聞こえていない?
何か独り言を言っていたが、その内容は分からなかった。
そうこうしている間にも、恋はその剛拳を唸らせて、ユキノオーを倒していた。



***



快勝は続いた。
恋の強さは圧倒的で、道中の雑魚ならば相手にならない程だ。
轟にも出させてはいるのだが、やはり本調子ではない。
そしてそのまま俺達は第40戦目……第四のボスを迎えていた。


 「ゴウカザル……か」

相手はゴウカザルの男だった。
ほむらさんとシルエットの似た男、必然的に戦い方も似ているのだろうか?


 「ここまでの例に漏れず強敵だろうな……誰から行く?」


 「轟君が良いでしょう」


 「!?」

轟が驚く、老氏に推薦されると思わなかったのだろう。
俺は轟を見た。


 「轟……ここは分水嶺だ、お前の納得の行く戦いをしてこい」


 「……了解」

轟は前に出る。
フィールド中央には、同じ炎格闘のポケモンが並んでいる。


 「轟は大丈夫ですか?」


 「分からん……だがあのバトルジャンキーに熱を入れるなら相応の強敵が必要だ」

轟自身今のままで良いなんて思っていないはず。
特に恋より下なのはアイツの自尊心を相当傷付けている筈だ。


 「俺は師匠としては最低だろうな……」

俺は溜息を混じりに呟く。
はっきり言って最善手にはほど遠いだろう。
だが、轟を納得させるものは轟にしか分からない。
俺が出来るのはアイツをそこへ導くことしかない。



***




 (コイツ……どれだけ強いんだろうな……あのフライゴン野郎よりも強い?)

相手は両手をダラリと下げて、左右にフットワークを刻んでいる。
俺は上下、相手は左右、対称的だった。

ゴウカザル
 「……」


 「バシャーモの轟だ、ま、よろしくな」

ゴウカザル
 「……!」

俺は声を掛けると、ゴウカザルは突然手を伸ばした!
マッハパンチ! 俺は寸でそれを回避する!

ゴウカザル
 「馴れ合いは必要ない、俺の役目はお前たちを倒すことだ」

バシャーモ
 (ち! シリアス野郎か!?)

俺は射程外ギリギリで戦闘態勢を整える。
相手は冷静に俺の動きを見ていた。

バシャーモ
 (気に入らねぇ……コイツ、俺を路傍の石扱いか!?)

俺はすかさずハイキックを放つ!
しかしゴウカザルはダッキングしてハイキックの下から懐に潜り込んできた。

バシャーモ
 (ボディ!)

ゴウカザルの燃える拳がボディを襲う!
だが俺はそれを腕でブロック!

ゴウカザル
 「!」

ゴウカザルはすかさず返しの手でアッパーカットを放った!


 「ぐっ!?」

被弾を貰った。
直撃ではないが、俺は頬を切る。
鋭く素早い、真っ当に強敵だ。

俺は態勢を整えて後ろにステップした。


 (ち……くそ! 何やってんだ俺は!)

まだ初撃にも関わらず、俺は防戦を迫られていた。
こんなスタイルは俺じゃない!
俺は身体の炉に火を煎れる。
バシャーモは全身から炎を噴き出す熱量の高いポケモンだ。


 「うおおお!」

俺は炎のパンチをゴウカザルに放った!
だが、ゴウカザルはそれをパーリング!

ゴウカザル
 「お前は弱いな」

ゴウカザルの冷酷な目が俺を貫いた。
その瞬間、俺の顔面は殴り抜かれていた。

ドカァ!


 (く……そ)

気が付けば、俺は地面に倒れていた。
俺は一体何を貰った?
ただの右ストレート?
頭がクラクラする。
立てそうになく、俺は自分の無力さを思い知るしかなかった……。


 (何やってんだよ……これじゃ俺は最強になれねぇ……)

でも……最強ってなんだ?
コイツや、恋……爺さんに勝つこと?
それだけじゃない……誰よりも強いと証明すること。
だが、それはどうやって証明すればいい?
世界中のポケモン全てと戦い、勝利すれば良い?
だが証明は不可能だ……。

ならば……俺の最強って、一体……?




 「轟! 起きろ轟!」


 (ッ!?)

アイツの声だけが聞こえた。
師匠の声は、どういう訳か知らんが良く響く。
この声を聞くと、何故か身体が動くんだ。


 「く、そ……!」

俺はフラフラになりながらなんとか片膝で立ち上がった。
ゴウカザルは俺が立ったのを見ると直ぐに襲いかかってきた!


 「やば!?」


 「轟! 教えたディフェンス思い出せ!」


 「ッ!?」

ディフェンス?
俺は咄嗟にゴウカザルの振り抜かれた拳を円の防御で防いだ。
ゴウカザルが目を見開く。
すかさずストンピング染みた蹴りを放ってくるが、俺は地面を転がりながら回避した。


 (恥も外聞もねぇ……勝たなきゃ意味がねぇんだ!)

俺は立ち上がる。
身体の熱量を高めながら、だが意思は熱くない。
この感じは初めてだった。
強い奴と出会えば歓喜する程、俺は熱くなる性分だ。
だが今は驚くべき程平静。


 (師匠……この感じってなんだ?)

今の俺に恐れはない。
自分の不自然な闘志は、戸惑いながら、しかし拳には炎を宿した。

ゴウカザル
 「シャァ!」

ゴウカザルが飛びかかる。
俺はそれを冷静に見ていた。
周りを見て、過去を見る。
そして未来を見た。


 「うおおお!」

俺は空中のゴウカザルを拳で迎撃する!
拳はゴウカザルの胴を捉えた。

ゴウカザル
 「が!?」


 (通った?)

今度はゴウカザルが地に手を付ける番だった。
俺は自分の拳がゴウカザルに届いた事に驚いていた。
熱くなれば成る程強くなるのが普通のバシャーモの筈だ、だが相手の熱量に負ければ勝てないのは必然。
ならば、この水面のような静けさは力なのか……?


 「立ちやがれゴウカザル……!」

俺はそう言って手招きで挑発する。

ゴウカザル
 「……ち!」

ゴウカザルは立ち上がると、顔を強ばらせた。
俺とは対称的で、俺はただ平静だった。



***




 「轟の様子、やっぱりおかしい」


 「ええ、ですがようやく轟君は完成しそうですね」


 「轟の良い点でもあり、悪い点はあの過剰な熱い性格だった……だが激情は冷静さを失わせる……闘志はそのままに、平静の意思が必要だ……」

俺達は轟の戦いを見ながら、様々な表情を浮かべていた。
恋は戸惑い、老氏は好々爺に笑っている。
俺は……それが確かな力だと、確信を持って拳を握りしめる。


 「拳は熱く! やれ!」



***




 「応ともさ!」

俺は師匠の声に応じてゴウカザルに迫る!

ゴウカザル
 「調子に乗るな!」

ゴウカザルは超接近戦を好むらしい。
定石は中距離だ、だが俺は。


 「いいぜ、我慢比べだ」

俺はゴウカザルが密着距離に入ることを許した。
そこから放たれるのは殆ど防御の意味のない攻撃の応酬だった。

俺はゴウカザルの顔面を殴り、ゴウカザルは俺のボディを叩く。
お互いの拳は全てクリーンヒット、文字通り我慢比べだ。

ゴウカザル
 「ぐぅ!? だがこの距離は俺の距離!」


 「ぐは!? それをねじ伏せる……だろうが!」

ゴウカザルの密着距離でのラッシュ力は凄まじい。
それはゴウカザルの得意とする技インファイトだろう。
だが、その技には欠点もある。


 「ゴウカザル……俺の炎はお前より熱いぞぉ!」

俺は猛火を発動させた。
体中から爆発するような熱量、だが俺は頭だけはクールにしていた。

ゴウカザル
 「おおお!」

ゴウカザルがアッパーを放つ!
俺はそれを回避し、カウンターの後ろ回し蹴りをゴウカザルの胴に叩き込む!


 「バスター!」

ゴウカザル
 「!?」

俺は空中で駒のように回転すると右足の空中回し蹴りを頭部に叩き込む……と同時に右足から全熱量をゴウカザルに浴びせた!

ドォォォン!

爆発が起きる。
俺の最大熱量がゴウカザルを襲った。

ドシャァ!

ゴウカザルは顔を焼け焦がしながら、地面に倒れた。


 「はぁ、はぁ……オッケー!」

俺は帽子を宙に投げた。
完全勝利を確信した瞬間だった。



***




 「足で放つオーバーヒート……?」


 「新技か、俺も初めて見たな」

轟は勝った。
ゴウカザルは光に変わる。
轟は一皮剥けることに成功したようだ。


 「どうだ師匠……はぁ、はぁ」


 「よくやった轟」

轟はなんとか五体満足だが、決してダメージは低くない。
元々バシャーモという種が打たれ弱いのもあるが、轟自体被弾率が高いからな。


 「師匠……俺強くなったか?」

俺は轟の肩を叩く。
轟の体温は熱く、人間のそれとは違う。


 「ああ、強くなってる……でも、お前はまだまだ強くなれる!」

轟は微笑を浮かべた。
俺を越える大男も、メンタルに関しては心許ない。


 「ああ、恋には負けられねぇ……!」



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#7 轟、拳は熱く、心は明鏡止水 完

#8に続く。


KaZuKiNa ( 2020/03/29(日) 14:08 )