突ポ娘外伝






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第三章 閉鎖空間編
#6 影を使役する者

#6



朧気な靄が広がっている。
それは私の深層意識……或いは過去の記憶だろうか?


 「えいっ! えいっ! えいっ!」

武術とは愚直な反復練習だと言える。
玉のような汗を飛ばし、白い練習着で正拳を繰り返す。


 「お、精が出てるね!」

愚直な私を見ていたのはスワンナの女性だった。
女性には風格があり、多くの弟子を抱える師範代としての格という物がある。


 「私は身体も小さいし……練習も遅れがちだから……」

スワンナ
 「気にすることはないさ、アタシが言うのもなんだけどアタシだってまだまだだ」


 「まさか? 麗さんが?」

麗? そうか……女性の名前は麗だ。
私の名前は? やっぱり思い出せない……。


 「アタシより先に清山拳を伝承して去って行っちまった奴がいてね……そいつも初めてはアンタより酷かったよ」


 「その人は……今どこに?」

麗さんは首を振る。
消息不明なのだろう。


 「アイツは……瞳はどこか遠くに――」



***




 「――はっ!?」

唐突に意識がフラッシュバックした。
その直後、師匠の声が砂塵に響く。


 「恋! 目の前!」


 「え……っ!?」

私は一瞬呆けていた。
一体何があったのか理解するのに数秒。
目の前には大きな顎が特徴的なナックラーの少年が噛みつこうとしてきていた。


 「はっ!」

ズダン!

砂塵が舞う、砂嵐のフィールドに打撃音が響いた。
ナックラーの腹部に叩き込んだ掌底はナックラーを痙攣させた。


 (そうだ、私は何をやっている!?)

今は第27戦目、着実に敵が強くなっていく中呆けている暇は無い!
だけど私が見たのは夢……それとも蜃気楼が生み出す幻想だろうか?


 (私は清山拳の門下生……? でも、なにか違う気も)

分からない、分からないけれど身体は覚えている。
私が学んだ技を、私は最大限使って闘うだけだ!



***




 「ちっ! 何やってんだよ恋!」

一瞬動きを止めた恋に苛立つ轟。
兎も角それは一瞬で事なきを得た事に俺は安堵した。
しかし一方で老氏は意味深な事を言う。


 「恋さん、心ここに非ずでしたな」


 「え? ああ……確かにそんな感じだった」

砂嵐が酷くてよく分からないが、恋は確かに一瞬相手を見ていなかったように思える。


 「恋さんが使う拳……たしか清山拳でしたな、しかし……あの技は何かがおかしい」


 「老氏、清山拳をご存じで?」


 「ホッホ、長生きをすると色々な知識が得られますので」


 「……」

俺は老氏をじっと見るが、老氏は好々爺に笑っていた。
会話をはぐらかされた?
俺は老氏も清山拳関係者ではないかと踏んでいるが……はたして。


 「お聞きしたい、恋に感じる違和感は?」


 「なんと言いましょうか……心無いと言えます」


 「心無い?」


 「言うなれば無情の拳、清山拳はなにより心の大切さを教えています」


 「それが、恋にはない?」

俺は改めて恋を見た。
今3人目のグラエナを倒した所だった。
恋の拳……それが無情の拳だと?
俺は拳法に関しては門外漢もいいところだ。
だが恋という人間性に関しては信頼している。


 「ふぅ……師匠、やりました!」


 「恋、良くやった」

俺は汗を掻く恋の頭を撫でてやると、恋は嬉しそうに目を細めた。
本当にこんな子にそんな恐ろしい拳が秘められているのだろうか。
老氏の勘違い、そうであって欲しいが。

ジャッジ
 「お疲れ様です、皆さんの回復をさせて頂きます」

ジャッジはいつも通り業務を行ってくれる。
コイツも大概謎の存在だが、ここまで徹底的に裏方に徹しているんだよな。

ジャッジ
 「? なにかご質問が?」


 「あ……いや、魔法みたいな力が使えて凄いなって」

ジャッジ
 「私はこれを天性の才能だと思っております、お陰でこの職務を熟せますので」

不可思議な力で瀕死であろうが、衣服含めて完全に元通りにするジャッジの能力は驚愕だ。
もし彼がいなければ、ジリ貧の消耗戦になっていただろう。

ジャッジ
 「それでは次の階へどうぞ」


 「なぁ師匠! 次は俺だよな!? 俺にやらせろ!」


 「お前本当にバトル好きだよな」


 「おう♪ 人生だからな!」

バシャーモという種がそうさせるのか、轟は中々のバトルジャンキーだ。
轟の実力は老氏も高く評価している。
今のまま伸ばすのが最良であろう。


 「轟君は本当に元気ですな〜」


 「ハッ! 余裕扱いてるけど、俺はあっという間にアンタを追い抜くぜ!?」


 「それは頼もしい」

「ほっほ」と笑いながら先頭を行く老氏、それを口うるさく追う轟。
ふと、後ろを見ると恋は俯いていた。


 「どうしたんだ恋?」


 「私ってなんのために闘っているんでしょう……」


 「なんのためにって……お前闘うのが嫌になったのか?」


 「違います! ただ……時折思うんです、私はただ暴力を振るっているだけなんじゃないかって」

俺はその恋の告白に老氏の言葉が蘇った。
無情の拳……。


 「私、一杯ポケモンを傷付けてまで、闘う理由が見つからないんです……私どうしたら」

俺は彼女の目線までしゃがむ。
そして同じ目線に来ると、俺は彼女の頭を撫でた。


 「確かに力には大いなる責任が伴う……でも心配しなくてもいい。我武者羅だっていい、お前がその気持ちを忘れない限り、お前は大丈夫だ」


 「師匠……!」


 「おーい! 何してんだー! 早く来いってのー!」

階下から轟のけたたましい声が響く。
俺は立ち上がると彼女の手を引っ張った。


 「もしも道を踏み外しそうになったら、こうやって手を引っ張ってやるから、安心しろ」


 「……はい♪」

恋は穏やかな表情になると、ギュッと手を握り込んだ。
小さな身体に、大きな力を持つが……そこには彼女のなりの悩みがある。
俺に出来ることは彼女の不安を出来る限り取り除く事しかない。



***



階段を降ると既に相手は待ち構えていた。
相手の先発はまるで力士だ。
太った大きな体を大きく持ち上げると、四股を踏む。
ハリテヤマだった。


 「轟だと少しまずいか……やっぱり恋に」


 「轟君にやらせましょう♪」


 「老氏!? しかし相性で言えば恋の方が」


 「轟君の肉体は既に完成している、あと彼に必要なのは場数です」

俺はその言葉に溜息を吐いた。
それと同時に決心する。


 「……、轟、しっかりやれよ!?」


 「おう!」

フィールドは今は快晴だった。
20階から30階までの階層では砂嵐と日本晴れが交互にやってくる。
バシャーモである轟は恩恵を受けるが、あの厚い脂肪には轟の炎はどれ程通じる?
ハリテヤマは決して超耐久のポケモンではないが、それでもタイマン物理のぶつけ合いならばかなりの強さがある。
相性で言えばむしろ不利……か。


 「スモウレスラーね」

轟は日差しを避けるようにキャップを深々と被る。
そしてやや前屈みで独特のステップを踏む。
一方で相手は両手を地面につけた。


 「相撲をやろうってのか……」

ハリテヤマは自分のスタイルを貫いた。


 「恋、お前ならどうする?」


 「私なら、側面に回って蹴り、でしょうか」


 「ホッホ、相手は石像ではありませんぞ。側面に回れば相手もそっちを向くだけ、どちらが速いか子供でも分かります」


 「あ……!」


 「恋なら正面から行くと見せかけて、ゴーストステップで後ろにすり抜けて強襲……てところが妥当か」


 「でも轟はそんな器用な事は出来ないし、それに絶対しない」

俺も頷く、轟の性格がそれを許さないだろう。
策なんて弄さず正面突破、それがアイツのスタイルだ。


 (だが轟は単純だが、馬鹿じゃない……寧ろ戦闘センスは天才のレベルだ)


 「……成る程、ね」

轟は何かを納得するとステップを止めた。
左から攻めようが右から攻めようが相手には隙がない。
轟はそれを理解して揺さぶりを止めたのだ。


 「これしか、ねぇか……!」

そう言うと轟は左手を地面に添えた!


 「相撲!? まさか!?」


 「成る程、これなら相手も応じなければなりませんな」

轟の構えは正確には相撲のそれではないが、態勢を低くして正面から向かい合う。
ハリテヤマの顔は険しさを増した。
身長は轟だが、体重はハリテヤマだ。
正面からぶつかれば負けるのは轟だぞ!?


 「いや、まさか……?」

俺は轟の戦術を考える。
一つだけ、思い付く物はあったが……恐らく轟は実行すまい。


 「いくぜ、スモウレスラー!」

轟が飛び出す!
ハリテヤマは突っ張りで迎撃!
だが全体重を乗せたその突っ張りは暴走トラックとの正面衝突にも等しい!

ドカァ!


 「きゃ!?」

恋が悲鳴を上げた。
轟の身体は宙を舞い、フィールドの端で止まった。


 「やはり……かわさんか!」

俺は轟が勝つには当たると見せかけて避けるしかないと思った。
一瞬の虚さえ付ければ、相手を打倒出来るチャンスはあった。
しかし轟は……。


 「痛てて……すげぇパワーだな」

轟は立ち上がると、再びハリテヤマの前に戻った。
そしてもう一度構える。


 (……く!? 他に手はないのか!?)

俺は遠くからこれを眺めるしかない。
老氏は場数が必要だと言った。
それは勿論負けも含めてだと思う。
だが、これではパーフェクトゲームになるぞ!?


 「へ……それじゃ二本目……八卦良ーい……のこった!」

轟が再び飛び出す!
ハリテヤマは……肩から突っ込んだ!


 (ぶちかまし!? 轟の力量を見切ってトドメを刺しにきたか!?)


 「スモウレスラー……アンタ強ぇな、だが……その経験値は俺が頂く!」

ぶつかる瞬間、轟は一瞬ハリテヤマの目の前から消えた!
だが、ハリテヤマに差す影が轟の居場所を教える!


 「無駄だ! 上から攻めた所で!」

俺は無我夢中で叫んでしまった。
それがどの程度の意味があるかも理解できず、ただ轟を心配して。


 「らぁ!」

轟は足に炎を纏って踵を落とす!
しかしそれはハリテヤマのアームブロックで防がれた!
返す刀で飛び出す対空の張り手……しかし!

ドコォ!

鈍い音がした。
今度は逆だった。
右足をガードしたハリテヤマの頭頂部をかち割ったのは轟の燃える左足だった。


 「へ……俺の勝ち、だな?」

ハリテヤマは喀血した。
そのまま、前のめりに倒れると消えてしまう。
勝ったのは轟だ!


 「轟! お前!」


 「っ……! 師匠、アンタの声は頭に響く」

轟はフラフラになりながらも、次の相手を見た。
次の相手はペリッパーだった。
轟は苦笑するように構える……が。


 「轟君お疲れ様です。大変良く出来ました、花丸」

老氏はそう言うと轟を軽くポンっと押した。
それだけで轟はもう立てない。


 「回収お願いします!」


 「分かった! 老氏に任せて戻るぞ!」


 「くそぉ……様無いぜ……」

俺は轟の巨体を引っ張ると、老氏はペリッパーを見事に翻弄していた。
ペリッパーは口から水柱を立てるもまるで当たらない。
老氏の動きは鮮やかで、最小限の動きにも関わらずまるで舞っているようなのだ。


 「師匠、俺もっと強くなりてぇ」


 「なれるさ、自分を信じろ」

ボロボロの轟、その意思は強い。
時に相手を殺めることもあるだろうが、その身体には心がある気がした。



***




 「さて……ボス戦か」

30階到達、砂漠ステージでは轟を苦しめるような強敵も出てきた。
次の相手はどんな奴だ?

ビュウウ……!


 「? 風?」


 「誰かいますな」

唐突にフィールドにこれまで感じたことのないような強風が吹いた。
とても目を開けられるような物ではなく、大量の砂塵が目の前さえも曇らせる。
その中で老氏は目を細めて、砂嵐の奥を注視した。
そこにはシルエットがあった。


 「対戦相手、前に出ろ」

男の声だ。
砂嵐に騒音は消えない、何故かクリアな声が響く。
これはシルエットの男が発したのか?


 「俺が相手だ!」


 「轟! まだ相手の正体は分からない!」


 「だからさ、恋は慎重すぎる。爺さんは温存すべき、鉄砲玉なら俺が適任だろ?」

そう言うと轟はウィンクしてフィールド中央に向かった。


 (それによ……勘が言ってる……コイツは爺さん並みにやべぇ!)

轟はキャップを目深かに被ると、構えた。


 「男……何故笑っている?」

シルエットが轟に近づく。
身長はかなりあるな、そして特徴的な翼が徐々に見えてきた。


 「相手はフライゴンだ!」


 「っ! 笑うさ……俺の目の前には最高の対戦相手がいるんだからよ……!」

フライゴン
 「それが死で終わってもか?」


 「死んだら俺もそれまでってな!」

フライゴン
 「狂人め……!」


 「俺はバシャーモの轟! 名乗りやがれ!」

フライゴン
 「ラゴウ……見ての通りのフライゴン」

砂嵐は濃く、二人の様子はよく分からない。
だが、轟が発する熱は仄かにフィールド全体を暖めていた。


 「……行くぜ!?」

先ずは轟が突っ込む!
轟は慎重にローキック!
しかしラゴウと名乗るフライゴンはすかさず飛び上がった!
ラゴンが羽ばたくと、砂嵐は風の向きを変える。
乱気流のように乱れて砂嵐は轟を襲った。


 「くう!?」

ラゴウ
 「遅いな、その程度では俺は捉えられん!」

ラゴウはフィールドを飛び交う。
そのスピードはポケモン特有で、ここまでの立体的な動きは轟には出来ない。

ラゴウ
 「はぁ!」


 「ちっ!?」

空中からの強襲、轟の肩から血が噴き出す!
ドラゴンクローか!


 「ちょこまかと!?」

ラゴウ
 「ふん!」

更に追撃するラゴウ、轟は背中にしなる尻尾の一撃を受けて、前のめりに倒れた。


 「ぐわっ!?」

ラゴウ
 「弱いな……口だけか?」

ラゴウは轟の胸部を踏みつけ、圧倒的な力の差を見せつけた。
俺は戦慄する。
まだ30階だぞ?
あと40階もあるのにもうこんな化け物みたいな奴が出てくるのか!?

ラゴウ
 「降参しろ、すれば命まではとらん」


 「へ……へ! 馬鹿はそんな言葉知らねぇんだよ」

ラゴウは首を振った。
この度し難き男に失望したのだろうか。

ラゴウ
 「冥土の土産に教えてやる、砂漠では強いものだけが生き残る」

ズドォン!

その瞬間、フィールドが縦揺れした。
地震だ、ラゴウは直接轟に地震を叩き込んだ!


 「がはぁ!?」


 「轟!?」

轟が血反吐を吐いた!
だが、轟の奴……歯を食いしばっている!?


 「な、に勝った気でいや、がる……!?」

ラゴウ
 「っ!?」

ラゴウの反応が遅れた!?
その隙を轟は逃さない!


 「まだ、俺は死んじゃいねぇぞぉー!?」

轟は拳をラゴウの胸に押し当てた!
あの技は!?


 「バスター!」

ラゴウ
 「くっ!?」

ドォォォン!!

指向性のある爆発。
オーバーヒートのエネルギーを拳一点に集め、相手に接触する瞬間その全エネルギーを放出する!
爆風は砂嵐をかき消した!
フィールドには倒れる二人の男がいる。


 「轟? 相打ち……?」


 「まだです!」

老氏が警告を発する!
その瞬間、再び砂嵐が起き始める!

ラゴウ
 「はぁ、はぁ……とんでもない隠し技を持っていたものだ……」

ラゴウがゆっくりと立ち上がる。
そんな! 直撃ではなかったのか!?
老氏はすかさず轟の元に向かうと轟を背負い上げる。


 「お見事です、直撃の瞬間砂嵐の暴風で自らを吹き飛ばすとは」

ラゴウ
 「それでも何割かくらったがな……次は貴様か?」


 「……いいえ、私の出番は無いでしょう、恋さん出番です!」


 「っ!?」

老氏はひとっ飛びで、戻ってくると轟を優しく地面に置いた。
轟は気絶している……チームのため、よく頑張ってくれた。


 「ありがとう轟、老氏……恋では危険ではありませんか?」


 「確かに危険です、ですが師匠の貴方は轟君を送り出しました、同じ弟子の恋さんを信用しないので?」


 「っ!」

俺は恋の顔を見る。
恋はとても不安そうだ。
その顔は武芸者のようには思えない。
でも……彼女もポケモン。


 「恋……この勝負お前に任せた……俺はお前にこの気持ちを込める!」

俺はそう言って恋の頭に手を置く。


 「私にどこまでやれるか分かりませんけど……師匠、私やります!」

恋はそう自分に鼓舞すると、ラゴウの前に向かった。
恋はどっしりと拳を構える。

ラゴウ
 「大男の次は小娘か……だが、油断するつもりはない!」

ラゴウは正面から恋を襲う!
ラゴウのドラゴンクロー!
しかし、恋は冷静にそれを捌く!


 「はぁ!」

ズドン!

恋の震脚が空気を震わせた。
ラゴウは目の色を変え、腹部にくる掌底を一瞬速く回避する!

ラゴウ
 「コイツ!? パワー型か!?」

マーシャドーは攻撃と素早さの高いポケモン。
単純な打撃力なら轟を越える!

ラゴウ
 「しかしこの荒れ狂う砂の海にはどうしようもあるまい!」

ラゴウは風を操った。
砂塵は指向性を持ち、まるで津波のように恋を襲う!


 「大地は風を捉えず……!」

その瞬間だった!
恋はラゴウの目の前から姿を消す。
ラゴウは目を見張った。
砂の海に飲まれた?
違う! 恋は既にラゴウの後ろにいる!


 「はぁ!」

ラゴウ
 「後ろだと!?」

恋は一瞬にして影になり、砂の海を真下から通過したのだ。
ゴーストタイプ特有の動きは、相手の経験不足を誘発させたか。
恋の拳打はラゴウがブロックする。
しかしブロック越しに響くダメージにラゴウは呻いた!

ラゴウ
 「くう!? 舐めるな!」

ズドォン!

再び地震、しかし今度は威力が低い。
コイツ、地震の威力を調整出来るのか!?
しかしその小さな地震も恋の隙を晒すには充分だ。


 「くう!?」

ラゴウ
 「一瞬で充分!」

ラゴウが爪で恋を攻撃する!
恋の頬が切れ、血が舞った!

ラゴウ
 「はぁ!」

更に尻尾の一撃!
恋はブロックするも吹き飛ばされる!


 「ああっ!?」

恋は地面に転がった。
だがラゴウは今度は追撃しない。
恋を警戒して?
恋は闘志を剥き出しにして立ち上がろうとしていた。


 (やっぱり強い……技が使えない私じゃ……肝心の詰めが……)

ラゴウ
 「この砂漠の竜王と謳われた俺を愛用の鉄爪抜きとはいえ、追い詰めたこと敬意を評そう……だが、その小さな身体ではあまり長くは戦えまい……!」

ラゴウは空中で舞い始めた。
それは危険度を増加させる動きだ!


 「龍の舞だ!」


 「龍の舞?」

ラゴウ
 「気付いた所でもう遅い!」

ラゴウは攻撃力と素早さを上げて、恋に襲いかかった。


 「な!?」

その動きはこれまでのラゴウとはまるで違う。
圧倒的速度から放たれるドラゴンクローの連打に、恋はついて行けない!


 (強い……強すぎる……!? 私はこんなに無力なの……師匠の期待を裏切るの……)

ラゴウ
 「ふん、しぶといな……ならば」

ラゴウは恋の防御に業を煮やして、再び飛び上がる。
安全な場所で龍の舞を使う気だ!


 「恋!」


 「いやだ……私は勝ちたいんだぁー!」

その瞬間だった。
恋の影が独りでに動き出し、ラゴウに飛びかかる!

ラゴウ
 「なんだこれは!? が!?」

ラゴウはそのまま撃墜され、地面に落ちた。
一方で影は恋の元に戻ると、恋の髪が薄らと燃え上がるように変色した。
先端は白く、群青色の髪……マーシャドーとしての姿だった。


 「え? なに……力が湧いてくる……!」


 「恋! それはシャドースチールという技だ! マーシャドーは相手の影を奪うポケモンとして知られている! お前は龍の舞を奪ったんだ!」

ラゴウ
 「なに……!?」


 「シャドースチール……!」

恋はその燃える霊魂のような紅い瞳で自分の手を見た。
今や恋は影の支配者だ。

ラゴウ
 「そんな、馬鹿なことが!?」

ラゴウは素早く立ち上がると、恋に襲いかかった!
だが恋の速さはそれ以上だった!


 「影よ! 奴の力を奪え!」

恋の命令に影はラゴウの真後ろから強襲する!
先の一撃を見てラゴウは、それに警戒した……しかしそれがいけなかった!


 「捉えた!」

恋の素早さは龍の舞によってブーストされている。
ただでさえ素早い恋がそうなれば、ラゴウの懐に潜り込むのは一瞬だった。


 「破!」

ドゴォ!

震脚から放たれたのは鉄山孔と言われる背中からの一撃だった。
そのインパクトは凄まじく、ラゴウは弾丸のようにフィールドの壁面に激突した。

ラゴウ
 「まさか……な、世界は……広、い――」

ラゴウはそう言い残し、光に変わった。
その瞬間フィールドの砂嵐は完全に止んだ。
恋はボロボロの身体になりながらも、その足で立っていた。


 「はぁ、はぁ……やった!」


 「良くやったぞ恋!」


 「お見事です、恋さん」

俺達は恋の元に駆け寄る。
恋は戦いが終わると、鮮やかに変色した髪も真っ黒に戻り、目も普通の瞳に戻っていた。


 「師匠……やり、ました――」

恋は俺を見ると屈託のない笑顔を見せて、そのまま気絶した。

ジャッジ
 「お見事です、公正な審判でありながら、この試合熱くなってしまう……そんな試合でしたね!」


 「いや、それはいいから早く二人の治療を!」

ジャッジ
 「おっといけません! それでは回復を!」

ジャッジが不思議な力を行使すると俺達は元通りに回復する。
回復と言うより復元といった感じだが、俺は腕の中で眠る恋を見て微笑んだ。


 (恋……お前はどんどん強くなっている、それは誇っていい……でも今は安らかに眠ってくれ)

俺はそう言って、恋を撫でた。



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#6 影を使役する者 完

#7に続く。


KaZuKiNa ( 2020/03/22(日) 18:43 )