突ポ娘外伝






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第三章 閉鎖空間編
#1 閉鎖空間

#1



光に溶けていく感覚――。
燐もマギアナももういない。
次はどうなる?
今度こそ茜に会えるのか?
やがて、視界が復活すると、目の前にあったのは……拳だった。
拳? 俺は一声も放つことが出来ず、現実は非情だった。



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第三章 閉鎖世界




 「はっ!!」


 「ひでぶっ!?」

転位した矢先、俺は顔面をぶん殴られて、地面を転がった。
ぐあー!? 痛い!? いきなりなんだってんだ!?
俺は意識が飛びそうになりながらヨロヨロと立ち上がると、目の前には少女がいた。


 「わわっ!? ご、御免なさい! ていうか何処から!?」


 「ぐふ……いきなり殴られるとは、この海の常葉茂をもってしても見抜けなんだ!」

俺をぶん殴ったのは全身が真っ黒な姿をした少女だった。
妙な巻き毛で、髪を首に巻いた姿が特徴的。
目は紅く大きい瞳が幼く見える。
服装は拳法着にも見える真っ黒な装束に身を包んでいた。
胸は……デカい! 身長は140センチ位、細身だが凄まじい拳速だった。


 「えと、君は?」

巻き毛の少女
 「あっ! 御免なさい! 私記憶喪失なんです!」


 「は?」

巻き毛の少女
 「お恥ずかしながら、自分が誰だか分からず……しかもここから出るに出られないので、拳法の修行をしていたのですが……」


 「えーと?」

俺はそこで、そもそもここは何処だと気付く。
まず気付いたのは周囲が夜のように真っ暗だ。
にも関わらず景色ははっきり見えて、光源も無いのに明るかった。
今いるのは山だろうか?
少し上に古ぼけた建物が見えた。
そして周囲を見渡して驚愕する。


 「なんだここ!? 虚空に浮かんでる!?」

敢えて言うと、真っ暗な世界にぽつんと島があるような感覚。
事実俺の真後ろは崖で、その先には何もなかった。

巻き毛の少女
 「ところで貴方は?」


 「あ、えーと、常葉茂っつー、しがないサラリーマンって所だ?」

巻き毛の少女
 「はぁ? サラリーマンとは何者なのでしょうか?」


 「……深くは考えんでくれ」

この少女記憶喪失という事は、恐らく説明しても分かるまい。
謎の場所、謎の少女……とりあえず言いたい。


 「どうなってんだよ、こんちくしょう!?」

巻き毛の少女
 「きゃ!?」


 「……すまん、別に君の性じゃないんだが」

俺は周囲に燐もマギアナもいない事にやはり、消滅したんだろうと確信する。
結局俺は彼女たちを幸せに出来ただろうか?


 (マギアナ、俺は諦めんぞ!)

それにしてもまた今度は特別トンチキな世界に来たもんだ。
マギアナが死んで上書きが消えたなら、元の世界に帰るのが筋のはず。
そうならなかったという事は。


 (俺は誰かに監視されている?)

マギアナは言っていた、俺は見られていると。
もう一つ思い出す、ルージュは俺を殺せば願いが叶うと言った。
これらは無関係か? 俺にはそうは思えない。
誰かが俺で実験しているのか?


 (ち……やはり時の結晶はない、持ち物は財布とスマホだけ)

俺は改めて謎の少女を見る。
少女はモジモジしながら、俺を見つめていた。


 「因みに、君はここが何処か分かるのか?」

巻き毛の少女
 「申し訳ありません……気が付いたらここにいたので」


 「それじゃ、ここにはどれ位いるんだ?」

巻き毛の少女
 「それも分かりません……ここには時間の概念がないので」


 「時間の概念がない?」

巻き毛の少女
 「時間だけじゃありません、空間もです。終わってしまった世界なんです」

そう言えば、気付かなかったが俺は思いっきり拳を振り抜かれたにもかかわらずダメージがない。
痛いという感覚も気が付けば消えており、ここが空間的にも特異なのが分かった。


 「あの上の建物は?」

巻き毛の少女
 「ああ、あそこは道場です……着いてきてください」

そう言うと、少女は軽やかに山を登っていく。
俺は仕方なくその背中を追った。
道場と呼ぶ建物は近づくと、益々ボロボロだと気付く。
建物の外観は中華風で、彼女もよくよく見れば、中華系に見える。


 「ここなんていう道場?」

巻き毛の少女
 「清山拳の道場です」


 「清山拳? ああ……山にあるからか?」

俺は特に気にせず中に入ると、中はギシギシと床が鳴る随分古臭い感じの訓練場だった。
そのど真ん中には仏陀の死に際のポーズで眠る大柄な男がいた。
その顔は赤いキャップで表情が隠れ分からなかったが、俺が近づくとゆっくりとキャップを持ち上げた。


 「ああん? 新入りか?」


 「お、お前準決で戦ったバシャーモ!?」

その男は見覚えがあった。
ルージュが準決勝で戦ったバシャーモだ。
妙なテンションながら、的確な古武術風の動きでルージュを苦しめたのが思い出される。
その姿はボロボロのジーパンに赤いジャケットと青い上着を羽織っている。
大会の時とは随分印象が違うな……。

バシャーモ
 「誰だテメェ? 俺を知っているのか?」


 「お前、キリキザンを覚えてるか?」

バシャーモ
 「キリキザン〜? 一体なんのこったい?」

覚えていない?
いや、冷静に考えるとあそこにいたのはルージュ以外あくまで召喚された存在。
厳密に言えば、英霊のコピーを召喚するって言ってたな。
という事は、あの世界の記憶はオリジナルには無いのか?

バシャーモ
 「妙に馴れ馴れしい奴だぜ、でお前は?」


 「ああ、俺は常葉茂」

バシャーモ
 「変な名前……ん? チビ助、お前何やってんだ?」

巻き毛の少女
 「うぅ……」


 「あ?」

少女は気が付くと、俺の真後ろにいた。
なぜ隠れているのだ?

巻き毛の少女
 「認めたくはないのですが私は小さいのでしょうか?」


 「どうだろ? 俺達は確かにデカいが」

俺は180、んでバシャーモは190位か?
まぁこの少女に比べたら大きいわな。


 「因みにお前は記憶喪失じゃないよな?」

バシャーモ
 「当たり前だろうが」


 「じゃあお前は何処からここに来た?」

バシャーモ
 「そんなもん知るか! 気が付いたら居たんだよ! そしたらなんも分からねぇし、寝るしかないだろ」


 「気が付いたら……その前はどうしてたんだ?」

バシャーモ
 「分からん、多分どっかで戦ってたんだろう、兎に角覚えていない!」

そう言って自信満々に言うバシャーモ、それは記憶喪失というのでないでしょうか?

巻き毛の少女
 「その男は馬鹿なので、気を付けてください」

バシャーモ
 「ああん!? 喧嘩売ってんのか!?」

巻き毛の少女
 「おまけに短気、あの……来てください」

少女はそう言うと、トテトテと奥の部屋へ走って行く。


 (この子……一体なんのポケモンだろう?)

俺はギシギシと足音を立てながら後を追う。

バシャーモ
 (死んだ魚の目の男は素人、だがチビ助は玄人か)



***



奥の部屋に入ると、書物があった。
ここは少女の部屋か? 少女は書物の前でしゃがむと目をキラキラさせた。

巻き毛の少女
 「ここには、外の世界のことや、清山拳の事が書かれた本があるんですよ!?」


 「外の世界ね……読めん!」

俺は本を一冊手に取って開くが、やはりというか読めなかった。
完全に異世界の文字、学習しようと思ったら気が遠くなるだろうな。

バシャーモ
 「そこの本はチビ助しか読めん、ていうか本の何が楽しいんだ?」

気が付くと、バシャーモも中に入った。
バシャーモが入ると、流石に中は窮屈だ。
しかし巻き毛の少女は目をキラキラさせて、床に広げた本を読んでいた。

巻き毛の少女
 「海、砂漠、氷河……どれも素晴らしいです! 見たことがない世界が本には広がっているんです!」

バシャーモ
 「はいはい、そんな事言ってもここにいちゃ何にもならんだろ」


 「因みに聞くが、その本はどれ位読んだ?」

巻き毛の少女
 「え? もう10万回は読んでると思いますけど?」

俺は絶句する。
読んだ回数から大凡の時間を計ろうと思ったが、予想外に途方もなかった。
この子たち、つまり10万回も読めるくらい長くいるのか。
いや、時間の概念がないとするとそれも無意味かもしれない。

バシャーモ
 「よぉトキワ、お前何者だ?」

バシャーモは俺に興味があるんだろうか?
気が付くと巻き毛の少女も俺を見上げていた。


 「俺は普通の人間だよ」

巻き毛の少女
 「人間とは何者でしょうか?」

バシャーモ
 「得体が知れねぇ……まぁ危険はなさそうだが」


 「なぜそう言い切れる?」

俺は危険はないと断じるバシャーモにその理由を聞くと、彼は訓練場の方に向かった。

バシャーモ
 「トキワ、出口に向かって歩け」


 「はぁ?」

俺は意味が分からないが、とりあえず言われた通り歩いた。
床はギシギシと音を立てる。


 「これで何が分かるんだ?」

バシャーモ
 「……」

バシャーモは何も言わず、歩く。
しかしその足音は静かだった。

バシャーモ
 「お前の体技は少なくとも、素人なのが丸わかりだ。達人ならこの床を静かに歩ける」

巻き毛の少女
 「このデカ男はこれでも凄い格闘技の達人なんです」

そう言いつつ、巻き毛の少女も音もなく俺の横まで歩いてきた。


 (お、俺浮いてるなぁ〜)

この二人は少なくとも達人らしい。
まぁバシャーモの強さは知っているんだが。

巻き毛の少女
 「それにしても名前があるのって便利ですね〜」

バシャーモ
 「確かに無いと不便だな……」

二人はそう言うと俺を見た。
俺だけ名前があることがそんなに羨ましいのか?


 「そ、そうだな……じゃあ君は恋(れん)とでも呼ばせて貰おう」


 「は、はい! 恋ですね! 瞳とか麗とか包みたいな格好いい名前でしょうか!?」


 (ヒトミにリーにパオ? 後ろ二人は中国系なのになんで最初のは日本系?)

バシャーモ
 「おい! 俺は!?」


 「じゃあお前は轟(ごう)で」


 「ゴーか、とりあえず使わせて貰うぜ!」

こうして名無しも不便なので二人には名前を与える。
簡単に与えても良いのかと思うが、まぁ本当の名前があるのなら仮の名位良いだろう。
そう考えながら、俺はまだ行っていない部屋を指差すと。


 「あの部屋は?」


 「あ、炊事場です」


 「炊事場ねぇ」



***



炊事場、と言ったがそれは現代的な代物ではなかった。
100年以上は軽く昔を思わせる、火元は薪を使った炊事場だ。


 「ここではお腹も減らないので放置してますが」


 「一応食材はあったりするんだがな」

二人もそう言うようにここにはまるで生活感がない。


 「よし! ならば! 親睦も兼ねて俺が作ってやろう!」


 「ええっ!?」


 「出来るのか?」


 「人生の先輩として教えてやろう! 負けることは恥ではない! 戦わぬ事が恥なのだ!」

俺はそんな覚悟のススメを言うと、二人は雷が落ちたかのような顔をした。


 「た、確かに……!」


 「なんかよく分からねぇけど、心には響いたぜ!?」

よく分からんが何かを感じた二人は炊事場を出て行く。


 「轟! 組み手お願いします!」


 「やらいでか!」


 (これまた個性的な二人だことで……)

俺は呆れながら、炊事場で用意を進めた。
大きな水瓶には綺麗な水が入っており、試しに口に含むが特に生臭さもない。
敢えて言うならミネラルウォーターに近い?
しか水とはいえ、これと言って味を感じないな。
しかもこの水いくら掬っても減る様子がない。
時間も空間もない事と関係があるのか?


 (それにしても、今度は閉鎖空間で僅か3人か……観測者の野郎、一体どういうつもりだ?)

マギアナも正体は分からないと言った。
ルージュは顔も見ていないと言った。
全く正体不明の存在、一体何が目的だ?



***



体感時間3時間。
と言っても正確な所は分からない。
ここには何も感じる物がない。
それは疲れも無ければ、眠気もない。
極めて異質な空間……だが、俺は俺なりに些細な食事を供した。


 「さ、食ってくれ!」

訓練場に並べた皿は4つだ。
炒飯に餃子、俺でも作れたのはこんな所だった。


 「味がしねぇ……」


 「……やっぱりそうだよなぁ」

味見している時点で気付いていたんだが、味覚が麻痺してるのか空間の特異性なのか分からんが何の味も感じないのだ。


 「わ、私は猛烈に感動しています……!」


 「な、泣いてるのか?」


 「だって、本でしか見たことないんですよ!? 料理なんて初めて見ましたっ!」

彼女は感受性の塊だな。
記憶がない事も大きいんだろうか、味がしないにも関わらず恋は感動していた。


 「ま、でもやることねぇからな……ここ」

轟はそう言って愚痴るものの、結局は一番最初に平らげた。


 「……やっぱりなんも変化無し」


 「味もしなければ、食べても腹が膨れない……か」


 「……うぅ」

俺は改めて自分の置かれた状態が深刻だと理解した。
恐らく俺よりずっと先にコイツらはここに閉じ込められているのだろう。


 「そういや、この島(?)の外はどうなってんだ?」


 「分かりません……」


 「分からねぇって言うより……意味がねぇ」


 「意味がない? 意味がないって?」


 「行って調べりゃいい、俺たちの気分が少しは分かるぜ」


 「?」

轟はそう言うと、その場で横になった。
食ったら眠る、実にシンプルだな。


 「食器、片づけるからな?」


 「あ、手伝います!」

俺は凄まじく味気ない飯を平らげると、食器を洗い場に持っていく。
丁度食べ終わった恋もその後ろを着いてきた。
それもピタっと真後ろにくっついて。


 「なぁ? なんでそんな真後ろに付きたがる訳?」


 「えっ!? 変ですか!?」


 「変って言うか……」

俺は習性から何のポケモンか探ろうかと思ったが、後ろを取りたがるポケモン?
やはり思い付かん、習性ではなく個人的な行動か?


 「私も良く分からないんですけど……気が付くと真後ろに行っちゃうんです……」


 「本能レベルで染みついてるのか?」

恋は「はい」と小さく頷く。
しかし真後ろを取ると言っても、接触はしない。
よく分からん子だ。


 「まぁいいさ、人それぞれなら、ポケモンだってそれぞれだからな」

俺は溜まった水瓶に食器を突っ込むと、とりあえずそのまま放置する。
水道設備がねぇから、普通のやり方は出来ないな。
まぁどうせ、時間なんて意味ねぇんだろうが。


 「意味がない……意味がない、か」

そういや、ここには意味がない事が多すぎる。
食べても意味がない、水を使っても減らない、ダメージもない、疲労もない。


 (でも、生きている?)

俺はその法則を考える。
なぜ俺たちは生きているんだろう?
思考するための意味。
時間が存在しないなら、過程は存在しない。
空間が存在しないなら、思考は存在しない。


 (……兎に角調べまくるしか、ないか)



***



この閉鎖空間で最初のチャレンジ。
それは当然虚空への挑戦だよな?
俺は島の端……何もない虚空の前に立っていた。


 「……轟は意味がないと言っていたが……?」

そこは崖同然であり、人間ならば本能的に恐怖を覚える。
恐怖の正体は何か? 単純明快であり、それは死の恐怖だ。
しかし……こんな何をするのも意味がない空間に何万時間も放置されれば、どう思うだろう?
轟は只管眠るだけ、恋は拳法の練習したり本を読んだり繰り返すだけ。
二人は『終わり』を望まなかったのか?


 (俺なら死んで終わりにしたいって思いそうだが……)

そうはならなかった意味……俺は虚空へと足を踏み込んだ!


 (なんだ? 重力がない!?)

俺は咄嗟に振り返った。
しか既に虚空に踏み込んだ俺はその真後ろに何も無い事に気付く。
しかし重要なのは、俺が虚空に存在しているという事だ。


 (呼吸もできる、歩ける? 訳が分からん……重力が曖昧だ)

俺は虚空を歩いていた。
意味が分からないが、暗くない闇の中を一歩ずつ、歩んでいる。
しかし歩いた所で何か変化がある訳でもない。
それを俺は何時間繰り返しただろう?
あまりにも変化がないので、実は歩いているのは勘違いじゃないだろうかと考えるようになった。
その内気が付けば、がむしゃらに走った。
この世界では走っても疲れない、呼吸も乱れない。

ただ、幾星霜も走り続けた――。



***




 「お帰りなさい」


 「……え?」

気が付くと俺の目の前には巻き毛の少女、恋がいた。
恋の後ろにはあの古ぼけた建物の姿も。


 「俺は?」


 「分からないでしょ? そして何事もなく帰ってくる……」

俺は後ろを振り返ると、崖の縁に立っていた。


 「どれ位いなくなってた?」


 「時間の観測が出来ないので分かりません」


 「……」

恋の様子はまるでついさっき消えて帰って来たと言う風だった。
俺はそれこそ人の一生なぞ何度も通り過ぎるかのような感覚を覚えていた。


 「俺の名は常葉茂、俺の目的は家族の元に帰ること、よし!」

俺は自分の顔を叩くと、自分がすべき事を忘れないために、再度叩き込んだ。


 (時間も空間も作用しない閉鎖空間……だがそこに閉じ込められた俺達三人……そこになんの意味があるのか?)



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#1 閉鎖空間 完

#2に続く。


KaZuKiNa ( 2020/02/24(月) 11:00 )