第二章 歪められた世界編
#6 闇の中には

#6



ザァァァァァ……。


 「はぁ……降り止まねぇ」

天気が愚図つき始めてから1時間余り、雨は本降りになってきていた。
俺はPKMの街にやってきて、雨宿りを余儀なくされた。

PKMの女の子
 「あのお兄ちゃんなにしてるんだろ〜?」


 「はは……」

俺は不思議そうにしている母親連れの女の子に乾いた笑いを浮かべるも、女の子は母親と共に街へと消えて行く。


 (とりあえず分かった事は、人間一匹紛れた位なら、意外と気付かれないって事だな)

これは平常性バイアスと呼ばれるらしいが、例え危険な人間がいたとしても、まさかPKMの街に堂々とやってくるとは思わない。
また、自分だけは大丈夫でいつも通りになるはずだと言う心理現象だ。
異常災害などで逃げない人達に働いている心理状態と同じって事だな。


 (幸運な事にPKM連合の文化構造は日本をベースにしているらしいな)

お陰で、ビジネスマン姿でもそれ程怪しむ者はいなかった。
あぁ懐かしき高層ビル、賑わった繁華街と、ここには現代日本のそれがある。
まぁPKM合衆国連合も作り直す金も労働力もないからこそ、完成品を乗っ取ったんだろうが。


 (傘でも買えれば良いんだがなぁ〜)

ただ、全てが日本とそのままという訳でも無い。
PKM合衆国連合では日本銀行券は使えない。
つまり俺の財布に入った諭吉さんも今じゃケツ拭く紙にもなりゃしねぇって事だ。


 (迂闊だった……PKMの国じゃ両替も出来る訳がない……金はあっても文無しとはな)

そうなると、俺がこの街で出来ることは限られる。
先ずは質屋を見つけて、適当な物を金に換える。
もしくは物乞いしてみるか、だ。

いずれにせよ却下だな。
質屋はありそうだが、肝心の売れる物がない。
スマホなら売れるかもしれんが、PKMにとって役に立つのか?
後は一張羅しかないし、これ売ったら本格的に乞食だよ。
もう一つの物乞いも、流石にそんな目立つことは出来ない。
平常性バイアスが働いているのは無関心だからだ。
関心は一気に疑念に変わる。
街の中にいるネズミも、見なければ意識もしないが、見つければ排除の対象だ。
俺はPKMからすれば正にネズミだ。


 (……城は見えてんだけどなぁ)

俺は東の空を見上げた。
周囲の高層ビルよりは背は低いが、それでも大きく目立つ新造の宮殿。
統治者領事館になるらしいが、そこに統治者マギアナは住んでいる。
ただ、当然ながら警備は厳重なんて物じゃない。


 「過去バッキンガム宮殿でさえ、浮浪者の侵入を許した事がある……トップクラスの警備を誇る宮殿でさえ弱点はあった……」

その弱点は、あまりにも巨大すぎるという事だ。
近代バッキンガム宮殿に浮浪者が侵入し、中で飲食し、挙げ句エリザベス女王の寝室まで侵入するという事件があった。
浮浪者の侵入を許した条件は2点ある。
まず一つ、宮殿の庭園があまりに広大過ぎて警備員がカバーしきれなかったこと。
2つ目に警備員はこう証言したという。
「ネズミ一匹入れない宮殿に侵入者がくるなんて夢にも思わなかった」。
典型的な平常性バイアスの例であり、強すぎる過信が警備に穴を生んだのだ。


 「はぁ」

俺は溜息を吐く。
だが先に挙げた宮殿二つは、信じられないほど広大な庭園をもつという弱点がある。
だが関東地区統治者宮殿はかなり小規模で、庭園を殆ど持たない。
恐らくそこまでの財力が足りなかったのだろうが……かえって穴が見当たらない。


 (迂闊に近づけば御用、かといって遠巻きに見ていても解決せんか)

俺は集めた情報から、状況を分析する。
宮殿の周囲には塀があり、容易く侵入出来る高さではない。
更にその周囲を騎士風のスーツで統一した警備員が随時巡回している。
その数の厳重っぷりも異常で、時計回りと反時計回りの警備員を二人以上配置しており、警備員の総数は計り知れない。
更に警備員を抜きにしても厄介な監視カメラも充分な数があった。
難攻不落とはこの事かと痛感させられる。


 (さて、どうやったらマギアナに接触できる?)

俺はギリギリ怪しまれない宮殿との距離を保ちながら、宮殿の尖塔を見上げる。
マギアナ、俺はここにいるぞと念を送るがそんな物もマギアナも分かる訳がなく、無駄な時間はどんどん過ぎる。


 「空でも飛べればねぇ」

なんて愚痴っても俺は鳥にはなれん。
まして雨の中じゃPKMだって飛びたがらん。
こんな天気を喜ぶのは水タイプ位だろう。


 「空……え?」

俺は空を見上げると、信じられない物を目撃した。
半ば無意識に呟いた言葉は。


 「保、美香……?」



***



ウツロイド
 「ああもう! 最悪ですわ!」

わたくしは急ぎ空から、宮殿に侵入した。
身体はびしょ濡れであり、岩タイプであるわたくしは本能的にそれを嫌がる。
侵入した窓はいつも通り、謁見場のある玉座の間だ。

マギアナ
 「クスクス、貴方普通に入口から入れませんの?」

謁見場にはマギアナがいた。
相変わらず灰色のくすんだドレスに身を包み、豪華さはない。

ウツロイド
 「イチイチ正面から入ったら、アポ取りだのなんだの足止めされてしまいますわ!」

マギアナ
 「それが普通なのですが」

ウツロイド
 「それに今回はマギアナの耳に絶対に入れないといけない話かしら」

わたくしは服に纏わり付いた水を払いながらそう言うと、ニコニコ笑顔のマギアナも顔色を強ばらせた。
わたくしが言っている意味、少しは理解したという事でしょうか?

マギアナ
 「聞きましょう、必ず耳に入れないといけない情報とは?」

ウツロイド
 「人間が大規模反攻作戦を計画中かしら」

マギアナ
 「まぁ、まぁまぁ! 懲りもせず? 本気で勝てると思っているのでしょうか?」

ウツロイド
 「可能性は0ではないかしら、奴らは新兵器を実戦投入しているようですし」

マギアナ
 「新兵器? 抵抗を続けるヨーロッパの連中ならいざ知らず、レジスタンスにそんな技術が?」

わたくしは頷く。

ウツロイド
 「細かい説明はわたくしにも出来ませんが、どうも弾丸を特殊なPKMに効く弾にしたようなのです……被害者はこの世の物とは思えない顔で死んでいましたわ」

わたくしは収容所の遺体を思い出した。
自身もそれに触れたからこそ、あの悍ましさを思い出さずにはいられない。
まるで負の念が凝縮され、生ある物を強く憎むような怨念を感じたのだ。

マギアナ
 「……弾丸、ですか。ですがそれでは私には届きませんよ」

鋼タイプのマギアナには並大抵は通用しない。
それにマギアナが覇者になり得たのは、機械との親和性の高さだった。
人類の持つ超兵器とソウルハートを介して融合を繰り返し、人類軍を駆逐して、戦争に多大な貢献を果たしたマギアナはこの関東地区の統治者になりえた。
確かにマギアナは大丈夫かもしれない……。

ウツロイド
 「わたくしも別にPKM合衆国連合が大敗するとは思っていないかしら……でもぶつかり合えば、また犠牲者は増えるかしら……」

わたくしはそれが嫌だった。
失っていい命なんてない。
戦争やテロで殺しを正当化などわたくしは許しはしない。
わたくしはある決心をすると、マギアナに進言した。

ウツロイド
 「和平交渉は如何でしょう?」

マギアナ
 「和平? 和平も何も相手はテロリストですわよ?」

ウツロイド
 「いい加減、人間を家畜として見るのは辞めるべきです! 彼らに一定の領土と自治権を与えるのです! それだけでテロは止まります!」

マギアナ
 「つまり特別行政区を作ると?」

ウツロイド
 「折り合いを付ければ、彼ら全てが今戦争を望んでいる訳ではありませんもの……必ず応じますわ」

マギアナは顎に手を当てると、暫く沈黙した。
統治者としてわたくしの言葉を吟味しているのだろう。
しかし暫くするとマギアナは微笑を浮かべた。

マギアナ
 「うふふ、確かにそれは面白そうですわね……彼らに箱庭を与える、ですか」

ウツロイド
 「戦争の繰り返しは、何れ内乱を生むかしら、それならば一石二鳥でしょう?」

マギアナ
 「確かにあまり国民支持率は下げたくないですものね」

マギアナが賛同した。
わたくしは思わずガッツポーズする。

マギアナ
 「誰か!」

マギアナは呼び鈴を鳴らすと、ドアの前で立っていたであろう衛兵が中に入る。

衛兵
 「如何致しましたか!? 姫さま!」

マギアナ
 「緊急会議を催します! 元老院と軍関係者を至急集めなさい!」

衛兵
 「は! 了解しました!」

衛兵は背筋を立て、敬礼をすると退室する。
部屋の外では走り回る足音がした。

マギアナ
 「さて、これはこれで面白い事になりますね」

わたくしはホッと安堵した。
後は軍部の連中がどの程度抵抗するか、だけど。
少なくとも元老院は無意味な出費を避けられるなら、喜んで賛同するだろう。
最高決定権はマギアナにある……後は彼女次第か。

マギアナ
 「そうそう、ウツロイド……貴方にお願いがあるのですが?」

ウツロイド
 「? 珍しいですわね……貴方が頼み事とは」

マギアナ
 「ええ、少し特別な事情ですの……一人掠って欲しい人間がいまして」

人間!? わたくしはその言葉に驚きを隠せなかった。
一国の最高責任者が人間を掠ってこいとはどういう事だ?

マギアナ
 「名前は常葉茂、目付きが異様に悪いスーツ姿のちょっと不健康そうな人ですわ」

ウツロイド
 「……なにそれ、貴方とどういう関係ですの?」

それを聞くとマギアナはウインクをして、人差し指を唇に当てた。

ウツロイド
 「まぁいいですわ……で、その御仁はどこに?」

マギアナ
 「この宮殿の前に」

ウツロイド
 「はぁ!?」



***



宮殿前、俺は雨も気にせず入口の警備員に必死の形相で訴えかけていた。


 「頼む! 保美香に……ウツロイドの保美香に会わせてくれ! 空から中に入るのを見たんだ!」

警備員
 「駄目だ! 第一貴様何者だ! ここは一般人が立ち入る場所ではない!」


 「だから! 呼んでくれるだけでいいんだよ! 兎に角呼んでくれ!」

警備員
 「ええい! 黙れ! 牢獄にぶち込まれたいか!」

警備員は二人。
両方ともガタイは良く、何のポケモンかは外観からは分からない。
俺は必死に訴えているが、警備員は一切取り合ってくれなかった。

警備員
 「第一ウツロイド様と言えば、PKM合衆国連合幹部の一人だぞ!? 貴様何の関係がある!?」


 「今の所、関係外かしら」


 「は!?」

俺達は空を見上げた。
そこには見覚えのある美女が浮いていた。

警備員
 「ウツロイド様!?」

ウツロイド
 「確かに目付きの悪い男ですわね……」


 「保美香?」

ウツロイド
 「? わたくしそのような名前は戴いていないかしら、それよりも警備員、その男に用がありますの、手出しは無用」

警備員
 「あ、ははっ!」

警備員二名はウツロイドの一言に持ち場へと戻った。
俺は頭の中が混乱していた。


 「本当に、保美香じゃない?」

ウツロイド
 「だから、そう言ってるかしら。全く……そんなにそっくりさんが知り合いにいますの?」


 「そっくりというレベルじゃ……」

俺はその女性のあらゆる部分に見覚えがある。
美しい容姿も、口調も、性格も同じとしか思えん。

ウツロイド
 「まぁここで詮索していたら、お互い風邪を引きますもの、マギアナが貴方に用があるそうです」


 「マギアナが!?」

ウツロイド
 「失礼、飛びますわよ?」

保美香似のウツロイドは俺の腕を捕ると、そう注意した。
次の瞬間、俺の体は空を飛ぶ。
ウツロイドは俺を持ち上げたのだ。



***



同日同時刻、それを目撃する全身黒く染め上げたある存在が舌打ちをした。

クローズ
 『一足遅かったか……! いえ、まだ!』

それはクローズだ。
茂の行動を予測し、内側に侵入を果たしたがクローズの格好は悪目立ちする。
それ故にあまり堂々と行動することが出来なかった。
幸い多種多様なPKMが住むこの街では様々な事情があり、クローズのような格好をしていてもそういう事情があるのだと納得されやすい。
例え質問されても、太陽アレルギーだとでも答えれば、大抵のPKMは納得するのだ。

クローズ
 (まだ取り返せる……しかし、それをしてもいいのか?)

クローズは銃口をウツロイドに向けた。
クローズは知っている、それを撃てば茂は間違いなくクローズを信用しなくなる。
だが……クローズは賭けるしかなかった。
特異点はこの狂った世界線に必ず楔を打つ。
今度こそ、終わらせるために。

クローズ
 (マギアナ……貴方を認めるわけにはいきません!)

クローズは覚悟した。
例え不信を買ってでも、護りたい物、変えたい物がある。
だから……!

クローズ
 『……保美香さん! ごめんなさい!』

クローズは銃を捨てた!
ただ、手をウツロイドに翳す!



***



何かが光った。
完全に無防備を晒したウツロイドはそれを避ける術などなかった。
直後、ピンク色のビームはウツロイドに直撃する!

ウツロイド
 「がっ!?」


 「なっ!?」

狙撃だった。
ウツロイドは咄嗟のことに俺の手を離してしまう。
俺はそのまま落下するのみだった。


 (狙撃だと!? 誰が!? いや……それより保美香は!?)

俺は保美香を見ると、保美香は無事だった。
ただ頭を振って、俺を見るも既に遅い。
地表は直ぐそこだった。

ガッ!

地面に当たる直前、何かが俺を抱きかかえた。
それは小さな身体、全身を真っ黒に染め上げた男か女かさえも分からないクローズだった。


 「クローズお前どうして!?」

クローズ
 『助けに来た……中に入ってしまえばおしまいだった』


 「どういう意味だ!?」

クローズ
 『マギアナと接触すれば、この世界は終わる……貴方が特異点としての意味は大きい』

クローズは俺を抱きかかえると、凄まじい怪力で走り出した。
呆然とした警備員も慌てて追いかけてくる。
そしてウツロイドもだ。

ウツロイド
 「クローズ! 貴方だけは!」

クローズ
 『……』

クローズは振り返らない。
恐らく狙撃したのもクローズだ、謎の光だったが……こいつならなにをしても不思議ではない。


 「離せクローズ!」

クローズ
 『それは出来ない、貴方はあのウツロイドを信用するだろう、あのウツロイドも貴方を信用する』


 「どういう意味だ!?」

クローズ
 『彼女は貴方と繋がる運命にある……だがそれは歪んだ運命だ』


 「歪んでいる、だと!?」

ウツロイド
 「ち! 本当に人間ですの!? やむを得ません!」

ウツロイドは全速で飛んでいるにも関わらず、クローズに追いつけない事に苛立つ。
ウツロイドは空中で静止すると構えた。
恐らくパワージェムを放つつもりだ。

クローズ
 『くっ!?』

俺は逡巡する。
俺を降ろせば、クローズなら逃げ延びるだろう。
一方で俺は誰を信じるべきが悩んでいる。
はっきり言って、クローズは限りなくグレーなのだ。
彼女はなにかを知っている。
今その真意の一部を垣間見た。
だが、同時にマギアナにもその真意は隠れている。
なぜ、マギアナと接触すれば世界は終わるのだ?
そもそも特異点とはなんなんだ!?


 「そのまま、真っ直ぐ走れ」


 「え?」

それは僅かに聞き覚えのある声だった。
確か地下研究所で……。

クローズ
 『HOPE49、感謝する』

それは不自然なほど顔の見えない紺色のフードを被った男だった。
男は雨にも濡れず、道の中央に立っていた。
そう、男の名前は確か討希と言った。
ほぼ研究所から出てこないはずの魔術師がなぜ?

討希
 「ここより、境界を断絶する……お前たちは踏みこめない」

ウツロイド
 「な!? こ、これは?」


 「なんだ?」

討希は手を足下に向けたまま、横に振るった。
その瞬間、警備員やウツロイドの足が不自然に止まったのだ。

クローズ
 『アレが魔術だ、奴は概念を変える魔術を使う』


 「概念を変える?」

クローズ
 『曰く存在改変……黒を白にも変えられる魔術……だが、奴は魔力が乏しくそれ程大きな力は使えない』


 「使えない? どう考えたってアレは強大な力だろう?」

クローズは俺を降ろすと、討希は振り向いた。

討希
 「中々良好だ、マギアバレットは」

討希の手に数発見覚えのある弾丸が握られていた。
弾丸の表面には紫色の光りが走っており、それは不思議な模様を描いている。


 「それって、確か地下室で見た……」

討希
 「アレの改良型だ、魔術師ならば簡易的な魔力のタンクになる」

クローズ
 『少ない魔力を補う……原案の発案者の貴方らしい』

討希
 「それより帰るのだろう?」

クローズ
 『人払いご苦労』


 「……あ」

気が付けば、繁華街の中心だというのに、そこには誰もいなかった。
これを全てが討希がやったのか?
だとしたら魔術師はどれだけ強大な存在なのだろう。

クローズ
 『戻ろう……機は何れ熟す』


 「……」

俺は迷った。
だが、ここで決断をしなければならない。


 「ウツロイド! マギアナに伝えろ! 戦争なんてもう止めろ!」

ウツロイド
 「っ!?」

俺はそれだけ言うと反対方向へと走った。
結局マギアナには出会えず、逆に戻ることになるとは。
だが、それは逆にそれだけクローズが謎の存在へとなったという事だ。
コイツが話せない闇は後どの程度まで広がっているのだろう。


 (特異点……一体何だって言うんだ!? なぜ平穏に暮らすことを世界は許さない!?)



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#6 闇の中には 完

#7に続く。


KaZuKiNa ( 2019/12/29(日) 19:15 )