第二章 歪められた世界編
#4 分岐点

#4




 「――マギアナ、だと?」

この関東地区を統治する者はマギアナ。
セーラはそう言った。
俺はその言葉に驚愕を覚える。

セーラ
 「そう、容姿は見目麗しく、周囲からは姫と呼ばれているけど、この統治システムを産み出したのはマギアナよ」

俺はその言葉を素直には受け取れなかった。
だって、俺の知るマギアナは天然だが優しく、非道を許さない正義感を持った少女だ。
普段はとても家庭的で、家事が得意でたまに頓珍漢な事は言うが、決して戦争でどちらかの陣営に着くとは思えない。


 (俺の知らないマギアナなのか?)

セーラ
 「一応写真見せようか?」

そう言ってセーラは棚から何かを捜す。
見つけ出したのは一冊の雑誌だ。
セーラはページを捲ると、あるページを指した。

セーラ
 「これ、中央に移っている女の子」

それは複数のPKMが映り込んだ一枚の写真だった。
雑誌は情報誌らしく、一際小さな少女が大きなPKMに囲まれていた。
セーラが指差したのは灰色のドレスに身を包んだ銀髪が美しい紅い目の美少女だった。

ドン!

俺はその写真を見て、思わずテーブルを叩いてしまう。


 「なんで……なんでだよ……!?」

俺は何が何だか分からないまま、ただ目をマギアナに焦点を当てていた。
きっと錯乱しているのだろう。
何度も目を凝らしても、そこにいるのは俺の知っているマギアナだった。

セーラ
 「ちょ、ちょっと大丈夫!? 顔色やばいわよ?」


 「ちょっとクローズの所に行ってくる……」

俺はもしかしたらセーラの声もまともに聞こえていないのかもしれない。
ただ、フラフラと前を見ながら灯りに向かって歩く。

セーラ
 「ちょっと危ないわよ!?」

セーラは慌てて、俺の肩を支えた。


 「なんで……なんでお前が……」

セーラ
 「え?」



***



ウツロイド
 「さて……ここからは警戒も必要かしら」

わたくしは空を飛びながら外側の上まで来た。
良く繁栄した内側とは対称的に、外側は戦争の爪痕が今なお残されたディストピアの世界そのものだった。
戦争に勝利したPKM合衆国連合は人口比の差もあり、現状ではそれほどのメガロシティは必要が無かった。
それ故に都市はコンパクトで、その分人間を奴隷として扱う人間牧場に宛がわれた。
しかしこの構造は労働力を外側には向けず、崩壊していく街並みは地球の悲鳴のようにも思えてならない。

ウツロイド
 「目立たぬように地上から捜索しますか」

わたくしは亀裂が入ってその下から雑草の生えた道路に降り立った。
折れた道路標識は錆が酷くて何が書いてあるかもう読めない。
とりあえず今の所パトロールも人間も見当たらないわね。

ウツロイド
 (人間牧場がやられて、パトロールも撤退したのかしら?)

わたくしは本来この辺りが管轄ではない。
合衆国連合の厄介な所はエリアごとに統治システムに違いがあり、それ故に横のつながりが弱いことだ。
異なる地方の情報を得るには現地のPKMか人間に聞くのが手っ取り早いのだけど。

ウツロイド
 「どなたかいらっしゃいますかー!?」

私は暢気な声でそう大きな声で叫ぶ。
これに誰か反応してくれれば、人間ならば尋問しよう。
並大抵の人間ならば遅れをとる程甘くはない。
殺生は好まないけれど、だからといって人間を許すつもりもない。
だからクローズの命を頂いたら、さっさと撤収しましょう。

ウツロイド
 「うーん、ゴーストタウン」

そんな風に一人呟く。
虚しくただ、空っ風だけが吹いた。
そう言えばもうすぐ冬ですわね、冬支度は滞りなく必要でしょう。

ガタン!

ウツロイド
 「ッ!」

わたくし瞬時にその場から飛び退いた。
遮蔽物を使い、音のした方向を覗き込む。
もし人間ならば致命的ミスを犯したものだ。
奇襲をかけるならば物音を立てず撃つべきでした。
それだけの二流にやられる程わたくしは抜かってはいない。
最も体よく尋問出来ればいいのですが。

ウツロイド
 「……?」

しかし、なんだろう?
物音のした方向からは何もなかった。
潜伏している可能性も否定できなかったが、何かが違う……。

ウツロイド
 「あれは……?」

わたくしは最初あの物音も風の仕業かと思った。
だが、崩壊した物陰に何かが見えた。

ウツロイド
 「そこに誰かいますの!?」

わたくしは物陰に威嚇するように叫ぶ。
しかし向こうはなんの反応も見せない。
この反応の仕方は、怯えている者の反応だ。

わたくしは静かに立ち上がると、物陰に近づく。

ウツロイド
 「わたくしは危害は加えませんわ……ただ、聞きたいことがあるだけ」

隙間に顔を近づけると……そこから見えたのは。

クイタラン
 「……」

そこにいたのはPKMの少女だった。
身なりは汚く、髪なんかボロボロであった。
ただ身を縮ませて、その小さな隙間に収まっていた。
わたくしはその女の子の目を見てゾッとした。
まるで生気を感じない、まるで死人の目だ。

ウツロイド
 「あ、あなた……?」

クイタラン
 「神様?」

ウツロイド
 「えっ?」

クイタラン
 「それとも死神の方?」

わたくしは呆然とした。
どう反応すればいい?
この子はわたくしが神様か死神と思っているらしい。

クイタラン
 「罰だよね……一人だけ生き残るなんて虫が良すぎたんだよ……」

ウツロイド
 「あーーーもう!!! なんなんですの貴方は!? わたくしはただのPKMかしら!? て言うかこんな死神がいるものですかーー!!」

わたくしはこの異様にウジウジした少女に立腹する。
少女を隙間から引きずり出すと思いっきり彼女に文句を言った。

ウツロイド
 「大体貴方誰ですの!? なにが虫が良いですか! 生きている奴が死を望むなど言語道断!!!」

わたくしは死にたがりが大嫌い。
特にコイツは生きている事に感謝している感じがしない!
少女は目をパチクリとさせていた。

ウツロイド
 「ええい! 大体貴方その格好はなんですの!? 毎日洋服洗ってますの!?」

クイタラン
 「ふえ? ふえ?」

ウツロイド
 「ええい予定変更よ! 貴方を連行するかしら!」

クイタラン
 「え、ええ!〜?」

わたくしは少女の腕を強引に掴むとそのまま飛ぶ。
どうにもこういうのを放っておけない自分の性格はやはり、荒事を行うには向いていないかもしれない。
この日は黒の一族のアジト潜入は難しそうね。



***



クローズ
 『状況は?』

内側で動きがある時、また外側でも動きはあった。
人間牧場を襲撃して、洗脳を解除して解放した黒の一族だが、事後処理はまだまだ多い。

百目鬼
 「予定通りパレードは行われるようです」

クローズは内側に諜報員を放ち、情報収集に努めていた。
やっと、このタイミングまで来たのだ……と、クローズは拳を握り込む。

クローズ
 『百目鬼、周辺のレジスタンスの代表を集めてくれ』

今、クローズは歴史を動かそうとしているのか。
この周辺には大小数十のレジスタンスがあるという。
しかしそれらは決して連携が取れているとは言えなかった。
今はまだ、PKM合衆国連合にとっては、蟻に噛みつかれた程度だろう。
だが、そんな物は伏線だ。

団員
 「いよいよ、日本奪還は始まるんですね……!」

クローズ
 『ああ、そうだ』

クローズは表情の見えないそのフルフェイスメットの奥で何を見ているのだろうか。
その声はこんな時でも熱を感じず、団員の中では浮いている。

クローズ
 『ん……?』

ふと、クローズは背中に視線を感じた。
後ろを見ると常葉茂がそこにいたのだ。
珍しい事に、常葉茂の方から現れた。
普段は何処か隠れるように一人になれる場所を選ぶのに。



***



作戦会議室、そう縦書きの立て看板の前で俺はクローズを見た。
あれから平常心は取り戻したが、納得はいっていない。
クローズは俺に気が付くと、ゆっくりと近づいてきた。

クローズ
 『珍しいな、ここまで足を運ぶとは』


 「お前に聞きたいことがある」

クローズ
 『……』

クローズは俺が普段とは違う事を直ぐに察したのだろう。
俺自身今はそんなに心の余裕もない。
頼れる人間もなければ、真っ先に飛び出していただろう。


 「PKM合衆国連合、関東地区の統治者マギアナ……これは事実なのか?」

クローズ
 『そうだ……隠すまでもなく』


 「どんな女だ?」

クローズ
 『天使と悪魔の二側面を持つという噂だな』


 「意図的に黙っていたのか?」

クローズ
 『聞かれなかったから、教えなかった』


 「……」

俺はそれっきり黙った。
クローズからは何も読み取れない。
コイツが善なのか悪なのか……。
あれが俺の知っているマギアナなら絶対に戦う必要なんてない。

クローズ
 『どうやら疲れているようだ、部屋で休んでは?』

クローズはこれでも俺のことを心配しているのだろうか?
クローズの事は本当に分からん。
コイツも特異点だから利用価値があると思っているのか、ただの慈善なのか。


 「クローズ、その姿じゃお前の言葉は伝わらない、メットを外せ」

クローズ
 『断る』


 「だが、それじゃお前は……」

クローズ
 『信じて貰えないのは理解している……』

クローズが初めて顔を背けた。
コイツが初めて見せた感情らしい感情。


 「マギアナを討つ気なら俺も考えがある……」

俺はそれだけ言うとその場を離れた。



***



クイタラン
 「これが、私……?」

真っ白いPKMの女性に強引に連れて行かれたのは内側でも一等地のマンションだった。
そこで私はお風呂に無理矢理入れられ、身嗜みを整えさせられた。
そして鏡台の前で、私は自分の姿に驚く。

ウツロイド
 「あらあら、磨けば結構の美人さんかしら?」

クイタラン
 (この方の方が美人だと思うんだけど……)

ウツロイド
 「さてと、お腹が空いているでしょうから直ぐにお食事をご用意致しますわ」

この女性、ウツロイドは相当の身分にいることは間違いない。
内側でもまず普通のPKMが住むことの出来ない中心地で、私が夢見たような世界がそこには広がっていた。
女性はエプロンを付けると、甲斐甲斐しく働いている。
私は気になってあることを聞いた。

クイタラン
 「あの、使用人はいないんですか?」

この女性は間違いなく合衆国連合中でもかなり高位にいると思う。
だけどそれだとこの家は小さすぎるし、なにより彼女一人で働いているのが不思議だ。

ウツロイド
 「必要ありませんわ、自分より能力の低い者を雇う位なら自分でやる方が良いかしら」

女性はきっぱりそう言いきると、家事を目が回るような速度で熟していた。

ウツロイド
 「さて、ちゃんとした和食は食べた事あるかしら?」

夕食の用意が終わったのだろう。
女性はテーブルに膳を並べていく。
それは目を楽しませる、驚きがあった。

クイタラン
 「えと……」

ウツロイド
 「わたくし、こうやって振る舞う事がよくありましてね……勿論、味は自信がありますわ」

ウツロイドの女性はそう言うと、席には着席せずその場に立っている。
私は戸惑いながら箸を手に取った。

クイタラン
 (どうしよう? 作法とか全然分からないよ?)

私は困った顔で女性と膳を交互に見ると女性は見かねて言った。

ウツロイド
 「普段と同じように食べなさい、わたくしはマナー講師ではないかしら」

クイタラン
 「は、はい!」

私は意を決して戴く。
最初に食べたのは煮物だ。

クイタラン
 「美味しい……! こんなの食べたことがない!」

ウツロイド
 「ふふ♪」

ウツロイドの女性が微笑んだ。
私は気恥ずかしくなり、なるべく子供っぽい反応は控えようと誓う。

ウツロイド
 「食べながらで良いので、少し聞きたいのですが宜しいでしょうか?」

クイタラン
 「な、なんでしょうか?」

私は急に緊張が走って箸が止まった。
それを見てウツロイドの女性は「お気に構わず」と食事を促してくる。
私は遠慮しながらも、味噌汁に手を伸ばす。

ウツロイド
 「今外側はどうなっていますの? わたくし此方を長く離れていたものですから情勢が分かりませんの」

クイタラン
 「外は……最悪です。人間の力が増している気がして、それに仲間も……!」

私は泣きそうになった。
手に持った椀が震えて、私はそれをテーブルに置く。

ウツロイド
 「泣きたいのであれば、泣きなさい……恥ずかしがる事もありませんかしら」

そう言って、女性は私の背中に回って肩に手を置いた。

クイタラン
 「ひっく! ウォーグル……スリープ、皆良い奴だったのに……!」

ウツロイドの女性は背中を擦ってくれる。
まるでいつまでもついているというように。
だから私は泣けた。
枯れた涙が、もう一度滝のように泣くことを許してくれた。

ウツロイド
 (やはり外側は……)



***




 (さってと、俺なりに覚悟は決まった)

真夜中、ひっそりと起きた俺は黒の一族のアジトを抜け出した。
暗闇の地下鉄道を進み、ホームを目指す。
目的は当然マギアナだ。
アイツの真意を確かめる。
もし本当にマギアナが俺の知っているマギアナで、俺のことも家畜としか見ていないなら、俺でも踏ん切りはつくだろう。
兎に角確証が欲しい。
この世界は不明瞭で、一体なにが正しいんだ?


 「久々の地上、か」

俺は空を見上げると満天の星がそこには広がっていた。
都会では見られない美しき空、だが吹く風は冷たい。


 「ち、ここからは孤立無援か」

俺はクローズのことを考える。
アイツは本気でマギアナを討つだろう。
恐らく黒の一族の所にいたら、それを阻止する手立てはない。
危険であるが、単独で潜入を目指すしかないか。


 「とりあえず現在地は、だな……」

俺は周囲を見渡す。
崩壊して久しい駅のホーム、人もPKMもそこには姿がない。


 「ここ、間違いない」

俺は見慣れた光景に確信した。
ここは毎日のように通った通勤路だ。
大分状況は変わったが、家の方に向かっていくにつれ、街並みは綺麗になっていく。
やがて……再び我が家は姿を現した。


 「……やはり調べる必要はあるよな?」

俺は我が家での出来事を思い出す。
帰ったら訳も分からず見知らぬPKM三人が屯しており、正確に情報など得られなかった。
あそこは本当に俺の家か、その真実を知りたい。



***



真夜中、日付の変わりそうな時間。
街も眠りにつく頃、ウツロイドの別荘を出る一人の女がいた。

クイタラン
 「ありがとうございました、ウツロイド様」

ウツロイド
 「1泊していったら如何ですの?」

クイタラン
 「でも、本来なら私は内側にいちゃいけないんです」

ウツロイド
 「外側のPKMでも、内側に住めますわ、条件付きですが」

そう、労働力としてなら内側に入れる。
主に身分の低いPKMが内側に入るには、家政婦になるのが一番だ。
生活はあまり良くはならないが、命の危機に怯える必要はない。
でも私はそれを望まなかった。
ここには桃源郷はない。

クイタラン
 「それに、まだ仲間の墓も作ってあげれていません」

ウツロイド
 「でも……」

ウツロイド様には本当に世話になった。
まさかPKM合衆国連合でも数少ない幹部だとは思わなかったけれど、やっぱり私はここにいるべきじゃない。
無論ウツロイド様に非がある訳じゃない。
ただ自分とは根本的に違う人間の差を思い知らされた。
この人に比べれば私が如何に低俗な存在か理解出来た。

ウツロイド
 「……分かりましたわ、貴方の芯は強いのですね」

ウツロイド様はそう言うと溜息を吐いた。
どうしてこの方が私にこんなに親切にしてくれるのか分からないけど、この人に甘えていい理由にはならないと思う。

クイタラン
 「ウツロイド様、本当に、本当にありがとうございました」

私は恭しく頭を下げる。
だけど私が頭を上げる前にウツロイド様は言った。

ウツロイド
 「わたくしも同行致しますわ!」

クイタラン
 「はっ?」

顔を上げるとそこには腕を組んで仁王立ちするウツロイド様がいた。

ウツロイド
 「わたくし、一度出来た縁という物は大切にする主義ですの! はい、そうですかと言えるほど薄情でもないかしら!」

クイタラン
 「……」

呆然だった。
この人、究極のお節介人だった。
多分損得じゃない、本気で言っているんだ。

ウツロイド
 「はぁ〜、近頃の若者はどうして向こう見ずなのか」

クイタラン
 「そんなお婆ちゃんみたいな」

ウツロイド
 「シャラップ! お姉さんかしら! 伊達や酔狂で200年も生きちゃいないかしら!」

クイタラン
 (それ凄いお婆ちゃんじゃ?)

ウツロイドはもしかしてそういう長命な種族なのかも知れないけど。
いずれにせよ目上なのは確かだろう。

ウツロイド
 「まぁ真面目な話、わたくしも黒の一族に用があるかしら」

クイタラン
 「幹部自ら?」

ウツロイド
 「貴方虐殺はお好み?」

クイタラン
 「えっ!?」

私は虐殺という言葉にギョッとして首を横に振った。
ウツロイド様は面倒そうに後ろ頭を掻くと言う。

ウツロイド
 「今建国記念パレードに合わせて、レジスタンスの掃討作戦が計画されていますの」

クイタラン
 「掃討ですか?」

ウツロイド
 「実際のところ、ネズミ一匹許さない文字通りの虐殺かしら」

私は愕然とする。
外側の人間の憎悪は今思い出しても恐ろしくて震えてしまうが、それを虫ケラのように扱う内側も狂っている。
どうして理解しあえない?
知的生命体とは、なんのために言葉を持っているのだろう?

ウツロイド
 「今レジスタンスで勢いがあるのは黒の一族のみ、ならばそこの首領さえ捕れば、後は烏合の衆……掃討を無意味に出来ます」

ウツロイド様は掃討を嫌っているようだ。
掃討作戦は統治者のマギアナが決めた物なのに、なぜウツロイド様はそれを嫌がるのだろう。

ウツロイド
 「さ、目的が墓作りならさっさと行きますわよ!」

クイタラン
 「あ! う、ウツロイド様!」

私達は深夜の街へ飛び出す。
目的地はその外側だ。



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#4 分岐点 完

#5に続く。


KaZuKiNa ( 2019/12/15(日) 18:38 )