第二章 歪められた世界編
#3 マギア

#3



クローズ
 『――どうだ?』

人間牧場の襲撃、それは成功したらしい。
成功と言っても収容所の一つと、小さな人間牧場に風穴を開けた程度の細やかな勝利ではあったという。
だが、この勝利は必ず意味のある勝利だとクローズは言う。

セーラ
 「脳手術ならお手上げだったけど……」

さて、顔の見えないクローズと魔術師のセーラの前には複数の虚ろな目をした人間が長者の列を作っていた。
これでも襲撃した牧場からすれば遥かに少ないと言えるが、黒の一族のアジトの収容能力を考えれば、100人程度が限界だった。

セーラ
 「これは催眠術ね、自我を強引にロックされているだけよ」

人間牧場に送られるのは、反乱分子にならない安全な家畜だと言う。
事実彼らは大人しい物で、思考能力も最低限しか与えられていない。
この様を見れば、団員達は誰もがPKM合衆国連合の非道に憎悪を滾らせるだろう。

クローズ
 『治療は?』

セーラ
 「簡単よ♪ ただ私は国境なき医師団じゃないの♪ ちゃんと弾んで貰わないとね〜?」

セーラはそう言っておねだりするようにウィンク。
性別の判然としないクローズに有効かと言われると微妙だが、意味はクローズにも伝わったろう。

クローズ
 『何が望みだ?』

セーラ
 「色々欲しいのはあるけど、とりあえず常葉茂を研究施設に入れる許可を」

クローズ
 『……!』

クローズが黙った。
地下の研究施設は団員なら誰でも入れる訳じゃない。
まして部外者の茂を入れるとなると、クローズでも顔に見せない逡巡を見せたのだ。
一体地下には何がある?
そしてセーラの笑みは?

セーラ
 「アンタは魔術の力がなければPKM合衆国連合には勝てない……だが魔術の秘奥を一般の者が見ればどうなるか?」

クローズ
 『発狂する……』

セーラ
 「ただ……私達が到達し得なかった領域にいる特異点ならばどうなるかしら……?」

魔術師とは多かれ少なかれ、狂人集団だと言う。
クローズから見て、セーラは正にその通りだった。
魔術の式にどっぷりと浸かった結果、彼女の思考回路は既に人間ではない物に変質している。
狂気無くして魔術は極められず、しかも神の扉は半開きになっていると言う。

セーラ
 「心配しなくても、別に常葉茂を魔術師にしようとか、神域の魔導を引きだそうとかする訳じゃないわよ」

クローズ
 『……』

セーラは魔術師としては異端な方だろう。
陽属性というか、陰気な者が多い中、彼女は間違いなく陽の存在だ。
魔術の隆盛が落ちぶれて、科学に駆逐されて百数十年……今や魔術の時代は再来している。

クローズ
 『君は信用できるが、問題は彼の方だ』

セーラ
 「……あの最低野郎か」

研究施設には魔術師が二人いる。
どちらも優秀な魔術師だ。
PKMへの魔術の有効性や、マギアバレットの開発には二人の力が必要不可欠なのだ。

クローズ
 『彼はピュアでロマンチストだ……だが理想主義者は信用におけない所がある……』

セーラ
 「こんな時代でも無けりゃ、魔術界でも抹殺されてるような狂犬だからね……」

セーラは面倒そうに頭を掻く。
クローズはゆっくりと一拍置くと。

クローズ
 『条件付きだ、セーラが監督しろ』

セーラ
 「Grazie(ありがとう)!」



***




 「PKM合衆国連合か……」

俺は帰ってきた黒の一族とは別に一人考え事をしていた。
なんかこの世界に来てから俺、全然アクティブじゃないな。
まぁ修羅場をくぐり抜けて来たと言っても、簡単に死ねる○ペランカー仕様に変わりないから、仕方ないんだが。
頼れる家族や、ルージュやジラーチがいるなら別だが……つくづく俺は無力だよな。


 「国としては成立しているんだよな」

ほぼクローズから得た情報だがPKM合衆国連合は地球の7割を制圧下に置いており、幾つかの都市国家を形成しているという。
クローズ達はそんな地方都市の一つを攻め落とそうとしているのだ。
だが俺の知っているPKM連合ならいざ知らず、合衆国連合は地方都市一つ潰された程度で機能停止するとは思えない。
寧ろ更なる力に押し潰されるのではないか?


 「もはや国家の呈もない時代、か」

一体何処で何を間違えればこうまで世界は変容するんだろうか。
だが一方で不思議なのは、今回の補正なんだよな。
その世界ごとにくらってきた補正は大抵理不尽だった。
今回も案の定ではあったが、世界の変化の大きさに比べて、補正は殆ど無いと言える。
それがユミルの奇跡の賜物なのか、ミスなのか判然としないのが困るんだが。

クローズ
 『ここにいたか』


 「クローズ?」

俺はアジトから少し離れた所に一人いた性か、クローズは俺を捜してやってきた。


 「なにか用事か?」

クローズ
 『ああ、セーラの要望で研究施設に行ってもらう事になった』


 「研究施設? あの立ち入り禁止の?」

クローズはコクリと頷くと、俺は顎に手を当て考えた。
なぜここに来て、地下に入る許可をクローズが与えた?
セーラは雰囲気からして、恐らく特異点に興味を持っている。
魔術の世界ではどんな意味があるのか分からないが、この世界でもキーワードにはなるのだろう。

クローズ
 『貴方を護る事は私の義務だ……しかし、痛みまでは止められない』

クローズの異端さ、それは俺への不思議な偏執であろう。


 「お前は一体何者だ? 家族じゃないのか?」

クローズ
 『そのような立ち位置にはいない……正体は貴方にでも明かす訳にはいかない』

相変わらずの一点張りか。
だったら、何者だよって話なんだが……それが検討もつかんのだ。
何故の家族のSNSを知っていたのか。
俺に親しい位置、だけど俺が知らない人物、これが補正なのか?

(ユミル
 『ならば、傍にいる者を信じよ! ポケモンに愛されし者!』)

ふと、異界の神の言葉がフラッシュバックした。
傍にいる者を信じよ……か。


 「……地下だな、俺も興味があった」

俺はクローズを信じる事にした。
俺に求められている物は分からないが、俺に出来ることはこれしかない。
クローズは何も言わず俺の背中を見送った。



***



セーラ
 「ようこそ魔術の園へ♪」

黒の一族のアジトは廃棄された地下鉄の奥にある都合薄暗いが、研究施設は殊更に暗かった。
スロープを降りて、足場を確かめるとセーラは和やかに迎えてくれた。


 「あんまりオカルトな感じはしないな」

俺はその場を眺めるも、別に魔導書が無造作に置かれたり、怪しげなフラスコが置いてあったりはしなかった。
不気味なサイバー光が至る所から放たれており、寧ろ近未来的だ。

セーラ
 「クスクス、魔術を根本的に勘違いしているわね」


 「一般人には分からんよ」

セーラ
 「いい? 元々魔術は人類の歴史と共に歩んできたの、科学が進歩することで、魔術は表舞台から消えたけど、それまでは文明を支えたのは魔術なのよ?」


 「そりゃ初耳だな」

セーラ
 「良く勘違いされるけど、魔術と宗教は関係がなく、寧ろ土着の生活様式から魔術は発展したわ、ナルメル王の時代には世界各地で土着の魔術が開発されていたって言うしね」


 「……で、魔術の講義をしたくて、呼んだのか?」

セーラはそれを指摘されると「いけない」と口を噤んだ。
何所の国の者か分からないが、案外明るい奴だ。

セーラ
 「今日は一般人の観点でここを見て貰いたいの」


 「はぁ? 俺には何にも分からんぜ?」

セーラ
 「分からないなら分からないで良いの♪」

セーラはそう言うと俺の後ろに回った。
あくまで俺の観察が目的らしいな。

セーラ
 (特異点には並大抵の魔術は通用しない……逆に言えば、素人が魔術の域に踏み込めば必ず反応するわね)


 「ふむ……」

俺は本当に理解出来ず適当に歩き回る。
研究施設は思ったよりも広いらしく、幾つかのフロアに別れていた。
まるで博物館を巡っているかのようだったが、これと言ってじっくり見たいという物は見当たらない。


 「ん? これは?」


 「銀の弾丸だ」

それはまるで気配のない方向から聞こえた。
俺はその違和感に顔を上げると、気が付けば顔の見えない紺色のフードに身を包んだ長身の男が少し離れた場所に立っていた。
その男の顔は不思議なことにあらゆる角度から見ても全く顔が見えない。
それ所か、注意しなければ見落としそうなほど存在感が希薄だった。

セーラ
 「おい最低野郎! コイツに近寄るな!」

突然セーラは俺を庇うように前に出ると、顔の見えない男を激しく睨んだ。


 「そいつが特異点か?」

セーラ
 「だからなに? 今更興味を持った所でアンタの『現実』は変わるって言うの?」


 「……一応自己紹介だ……討希と言う」


 「日本人?」

討希
 「さぁな……得体の知れない女に名を貰っただけだ」

討希、そう名乗った男はそれっきり施設の奥へと消えて行った。
何者か分からないが、変人に違いはなさそうだな。


 「何者だ?」

セーラ
 「最低野郎よ、関わったら精神が汚染されるから止めておきなさい」

随分な言われようだな……。
セーラは心底嫌っているようだが、浅はからない関係なんだろうか。

セーラ
 「アイツの事はさっさと忘れた方が良いわ、アイツは世俗に興味が無い……本当の意味で発狂しているもの」


 「発狂? あれで?」

俺からしたら彼は正常な振る舞いに見えた。
世俗の興味は流石に分からないが、とても発狂しているとは思えない。

セーラ
 「それより、机のあるのは銀の弾丸よ」


 「化け物殺し?」

セーラ
 「勿論フィクションだけどね」

机には銀色に輝く弾丸が3発分置いてあった。
手に持ってみると重く、もしかしたら100%銀なのだろうか。

セーラ
 「銀の弾丸の説話はご存じ?」


 「詳しくは流石に……」

吸血鬼や狼男を殺す武器って位しか認識してないな。

セーラ
 「元々はグリム童話なんだけど、所謂異能殺しのテンプレートよ、勿論フィクションとしてだけど、でも重要なのは異能殺しと言う関連性」

異能……その言葉にはやはりPKMという存在が見え隠れする。
ドラキュラや狼男が殺せるなら、PKMも殺せるではないか、そう考えるのは自然なのかもしれない。

セーラ
 「これ単体ではただの柔らかい弾丸よ、だから私達は真鍮の弾丸に魔術を刻んで用いるの」

そう言ってセーラは懐から、不思議な螺旋模様が描かれた弾丸を取り出し机に並べた。
薬莢は黒く、先端は銅光りする現代的な代物だった。


 「これが対PKMに有効な弾って事か?」

セーラ
 「有効だけど特攻じゃないのよね〜、全くPKMって言うのはファンタジーじゃなく、現実に存在する超生命体ってのが厄介な所よ」

ファンタジーの存在なら銀の銃弾で充分だが、銀の銃弾は殺傷力が低く、猛獣には通用しない。
そしてホモサピエンスの上位互換には当然通用するはずもない、か。

セーラ
 「一応これ自体はPKMだろうが人間だろうが殺せるわよ」


 「全身を鋼で覆ってるようなポケモンなら兎も角、大体のポケモンなら現代兵器が通用するからな」

セーラ
 「でも、この弾丸では殺せない存在がいる……だからクローズは必殺の弾丸を求めた……」


 「殺せない? 一体誰を殺す?」

セーラ
 「エリア統治者……『マギアナ』よ!」



***




 「人間牧場が破られた?」

そこは豪華絢爛な宮殿だった。
PKM合衆国連合の金と技術の粋を集めたそれはまるでベルサイユ宮殿のようにも思えるかもしれない。
そんな大きな吹き抜けの窓のある玉座の間に一人の少女がいた。
関東地区、通称エリア3を統治していたのはまだ、幼い見た目をした少女であった。
くすんだ灰色のドレスに身を包んだ少女は、目の前で膝を折って平伏する部下の話を聞いていた。

部下
 「下手人は黒の一族と目されます」

マギアナ
 「まぁ、まぁまぁまぁ! 活気づきそうですわね」

部下
 「ご心配には及びません、既に討伐部隊を編成しております」

マギアナはその言葉には目を細め、胸を抑えた。

マギアナ
 「ああ、また無用な血が流されるのですね……哀しいことです」

部下
 「姫様、今はその目をお瞑り下さい……優しい世界がやってくるその時まで」

マギアナ
 「承知しております……フーパさんや、ジラーチさんがいれば心強いですのに」

マギアナは心底哀しむように、玉座に腰を下ろした。
PKM合衆国連合のエリア統治者はこの幼く優しい姫である。
だが、彼女はその優しさの裏にこの狂った世界を作った真相があるのだろうか?

マギアナ
 「せめて、苦しまぬようにするのですよ?」

部下
 「はっ! 姫さまの名にかけて!」

その騎士然とした部下は立ち上がると、謁見の間から退席する。
そしてそれと入れ替わるように、老いた姿のPKMがマギアナの前に現れた。
この国の政治をまとめ上げる元老院だ。

老人
 「マギアナ様、パレードの予定ですが」

マギアナ
 「建国記念パレードですね、滞りなく実行できそうです?」

老人
 「勿論、全てのチャンネルで姫さまの姿が映る事でしょう」

マギアナ
 「喜ばしい事です、パレードを見れば合衆国のPKMも安心する事でしょう」

老人
 「つきましてはですが……余興は如何でしょう?」

マギアナ
 「余興?」

マギアナは可愛らしく首を傾げた。
一方で元老院は下卑た笑みを浮かべた。
その邪悪な考えを読めぬマギアナではないが、あえて言葉を待った。

老人
 「これを機に、周辺の害獣共を駆逐しましょう、ニンゲンは従順な者だけが生き残れば良い、飼い主に噛みつくなど以ての外!」

マギアナ
 「まぁまぁ、物騒ですわね」

そうは言っているが、マギアナは表情を崩さない。
それは暗に肯定しているという事だった。
優しさの陰に冷酷さを潜ませる統治者マギアナは微笑を浮かべると元老院に言った。

マギアナ
 「お任せしますわ」

老人
 「では、パレードと同時に総攻撃を仕掛けましょう!」

元老院は大層喜んだ顔で笑った。
まるで、この先もPKM合衆国連合が陰る事などあり得ないと言うように。
一方で人間牧場の一つが台無しにされたというのに、まるで意に返さない愚鈍さで。

老人
 「それでは、式典の準備もありますので」

元老院はそれだけ確認をとると、のそのそと退室した。


 「道化……ですわね」

軍を司る部下には慈悲深い聖母を演じ、一方で政治を司る元老院の老人には彼らを満足させる答えを返すマギアナにある存在は失笑した。
マギアナはゆっくりと首だけ傾けると窓の外に真っ白な女性が立っていた。
立っていた? ここは宮殿、地上4階だ。
違う……その女は立っているのでは無い、浮いているのだ。

その女は美女という言葉がこれ程似合う者は少ないだろうという存在だった。
ハリウッドモデルと言われても違和感のない女性は長い長髪を不自然に揺らし、真っ白なワンピースと帽子を着た怪しげな雰囲気を持つ美女だった。

マギアナ
 「そんな所でどうしたのですかUB01さん?」

美女
 「あらあら、マギアナは皮肉も言えたのかしら? ウツロイドと言って欲しいですわね」

UB01parasiteの呼称を嫌い、ウツロイドと名乗った女性はゆっくりと浮遊しながらマギアナの前に降り立つと、優雅に会釈した。
その姿、その仕草、その振る舞いは誰を想起するだろうか?
常葉茂なら彼女をなんと呼ぶだろうか?

マギアナ
 「ごめん遊ばせ、幹部様が何用かと」

PKM合衆国連合には統治者と同等の地位が与えられる幹部が存在する。
このウツロイドは幹部の一人で、あらゆる権限を越えて自由に行動することが許されている。
無論本来なら姫の前で窓から侵入するなど、親衛隊でも処刑されかねない行為をしても、彼女を咎める事は出来ない。

ウツロイド
 「……ナンセンスですわね」

マギアナ
 「パレードがですか?」

ウツロイド
 「逆ですわ! 虐殺などせずとも、頭目を仕留めれば充分では?」

マギアナ
 「それでは絵的に地味でしょう?」

マギアナのズレた発言にウツロイドは眉を顰めた。
この少女笑顔はまるで天使のように可愛いが、中身はあの元老院の醜悪な邪悪とも、忠誠心の塊のような部下とも違っていた。
超然としているというか、人間味が妙に薄い。

ウツロイド
 「人間の反乱は一時的、火元をちゃんと閉じれば屋台は安心ですわ」

マギアナ
 「貴方、家政婦の方が似合いますわね」

ウツロイド
 「……嫌味? まぁいいわ、ともかくクローズとかいう奴を仕留めれば終わりますわ」

マギアナ
 「……まぁ、まぁまぁ貴方が? 行くと言うのですか?」

ウツロイド
 「信頼出来るのはいつだって自分かしら」

ウツロイドはそう言うと浮遊する。
黒の一族のアジトは大凡の検討はついていた。
ウツロイドは体制的には合衆国連合側だが、無益な殺生を嫌う。
人間それ自体滅べば良いと思うほどのタカ派でもなく、単純に平穏を乱す者を嫌っているのだ。

ウツロイド
 「それでは、ご機嫌よう」

マギアナ
 「先にお茶でも如何かしら? スリランカ産の良い茶葉が……」

ウツロイド
 「それはまた次の機会に!」

ウツロイドはそれだけ言うと、また窓から飛び出してしまった。
ついに一人になったマギアナは玉座に人形のように鎮座すると、ボソっと呟くのだった。

マギアナ
 「ま、確実と言えば確実ですが、ゲームとしてはつまらない……って、ご主人様なら呟きますかね……ウフフ♪」

その顔は何処か楽しそうだった。
マギアナにとってのご主人様とは誰だろうか?
彼女は、ウツロイドは我々の知る彼女たちなのか?
この時常葉茂は知らない……だが、その危機は刻一刻と迫る……!



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#3 マギア 完

#4に続く。


KaZuKiNa ( 2019/12/08(日) 18:07 )