異世界転位編
#1 特異点

人類が来訪者……後にPKMと呼ばれる人型異種生命体と遭遇して1年が経っていた。
自称しがないシステムエンジニアの常葉茂は数多の冒険を越え、世界の滅びを救ったが、その後は変わらず仕事の毎日だった。
だが……神に愛されし者に……新たなる物語は幕を上げようとしている。



***




 『特異点、常葉茂は大きなうねりにいる……果たしてこの難局どう乗り越えるか……』

それは暗闇の中の呟きだった。
ただ、その呟きを聞いた女は動き出した。
闇よりも更に暗い純黒の女は、そっと呟いた。

純黒の女
 「特異点……護らないと」



***




 「……なぁ大城ぃ」

道理
 「どうした常葉?」

今日も今日とて、社会人は仕事だ。
俺達システムエンジニアっつたら、最悪休日出勤やサバ落ちからの徹夜確定まである、そこそこブラックな職種だ。
と言ってもこの仕事給料は良いし、そこまで世に言われるほどブラックじゃない……はず。

俺は目の前を見ていた。
いつも通り見えるのはビルの背中ばかりだ。
いつもと変わらない光景、それは別にどうでも良いのだが。


 「俺達の仕事終わらねぇな」

道理
 「まぁ終わっても明日の仕事やるだけだしな」

そう言って見るのは文字列の表示されたモニター。
カタタとキーボードを叩く音が聞こえる。
正直この仕事、出来ると楽なんだが、それはそれで眠気を誘う。

道理
 「ああ〜、早く奏に癒やされたい」

大城はそう言うとスマホの画面を見る。
奥さんを待ち受けにするほど純愛野郎はそれでエネルギーをチャージしたらしく、再びキーボードを叩いた。


 「夏川は旅行だったな」

同じく職場の同僚夏川慎吾はPKMの天海さんと一緒に長期休暇をとっていた。
9月……まだ茹だるような暑さが残る中、日々は平穏に過ぎていた。



***



夜定時より少し遅れ事を家族に伝えると、いつもより少し空いた電車に乗って家路についていた。
こういう時茜は律儀に玄関で待っているのだろうか。
保美香は顔では怒っても、律儀に美味しい晩ご飯を用意してくれるのだろうか。

だが、そんな淡い生活は時として、陰を落とすらしい。


 「ケヒヒ……特異点はっけ〜ん♪」


 「は?」

突然夜道を照らす街灯の下に少女がいた。
舌を出しながら、カチャカチャと指を鳴らす。
ん? 指?
否……その少女の手は指と言える物ではなかった。
真っ白に輝く刃が手首から生え、動かす度にカチャカチャと鳴るのだ。
旧陸軍の軍帽のような帽子を被り、帽子には包丁のような大きな刃。
全身に刃を仕込んだ姿は紛れもない。


 「コマタナのPKM?」

コマタナ
 「ケヒヒ……特異点はデストロイだぁー!」

そんな全身凶器の少女は、狂乱の笑みを浮かべると俺に襲いかかってきた!
やばいと、本能的に理解するが再び訪れた平穏のツケは典型的な運動不足を招いていた。
コマタナ娘の刃が俺の心臓を狙う!
しかし、直後!


 「ミラーショット!」

それは閃光だ。
一瞬光り輝くと、コマタナ娘は後ろに転がった。

コマタナ
 「んぎゃ!?」


 「だぁぁぁもう! 一体何だってんだ!?」

俺は謎の声の方を見る、が……そいつは不思議なことに光を浴びても見えなかった。
いや、見えないは正確じゃない、まるで女性のシルエットがそこに立っているのだ。


 「特異点、常葉茂……今は私のことは分からないだろう……しかしそれでいい、重要なのは君を護ることだ」


 「シルエットのお姉さん? 護るってまさか……」

そのまさかだ。
直後、シルエットのお姉さんの身体を何かが襲った。

ブシャァア!


 「ウシシ……アシットボムが直撃したぞ」

それは嫌に太った男だった。
腹に菱形模様があり、特徴的な髭からマルノームだと瞬時に理解する。
シルエットのお姉さんはまるでダメージを負った様子はないが、舌打ちをした。

シルエット
 「ち……次から次と……!」

コマタナ
 「うひぃ……ヒヒヒ! じゃ、邪魔する奴は皆デストロイだぁー!」


 (一体どうなってんだこれは!?)

俺はその混沌とした事態を冷静に判断しようとしていた。
コマタナの狙いは俺だが、今はマルノームとシルエットのお姉さんに対象が移ったらしい。
一方でシルエットのお姉さんはマルノームとコマタナ両方を警戒する。
一方でマルノームもコマタナも敵視しているが、俺の敵か味方か分かったものじゃない。
俺が出来ることって言ったら……。

ザリ……。

コマタナ
 「ん〜?」

不意に俺の出した足音にコマタナ娘が振り向いた。
だがもう遅い!


 「ふはは! あばよ間抜け共ー!?」

俺は全力で走って逃げ出した。

コマタナ
 「特異点が逃げたー!?」

マルノーム
 「おのれ! アレは私の獲物ぞ!?」

シルエット
 「それでいい! 逃げろ特異点!」

コマタナとマルノームが追いかけてくる。
しかしマルノームはシルエットの女性に阻まれて、その場に転倒した。
残りは決して足が速い訳でもないコマタナ娘のみ。


 「ふはは! これが我が逃走経路よー!」

調子こいて爆笑するも、しかしそれが仇となった。

ガクン!

突然アスファルトが目の前に迫る!
やばい! 転んだ!
そう認識するも後の祭りで、俺は痛みに耐えながら地面に這いつくばると、コマタナ娘が俺の下まで迫ってきた。
キラリ、コマタナ娘の手の刃が光る。

コマタナ
 「ケヒヒ……これでアタシは……♪」

シルエット
 「ち! やむを得ん!」

その瞬間だった。
俺の身体は地面に引きずり込まれた。
否、地面に開いた渦を巻く不可思議な空間、ウルトラホールだ!
俺はウルトラホールに引きずり込まれてしまう!


 「うおおお!?」

コマタナ
 「きゃ、キャアアア!?」

それはコマタナ娘ごとだった。
足場感覚を失ったコマタナ娘は暴れるが、ウルトラホールが無慈悲に吸い込む。

シルエット
 (特異点、頼む! 生き残ってくれ! そうすればまだ希望はある!)

ウルトラホールに飲み込まれる中、幾つもの空間と繋がるゲートを見た。
この世界ではネクロズマやソルガレオ、ルナアーラならば自由に動けるだろうが、俺やコマタナは漂流することしか出来ない。

コマタナ
 「た、助けてぇ〜!?」


 「ち……!」

俺は手を伸ばした。
ザシュ、と肉を斬る痛みが襲うが、構わずコマタナの腕を掴んだ。
幸い腕は刃になっておらず、持つことが出来る。

コマタナ
 「えっ?」


 「大人しくしてろ!? 何処に出るか分からねぇんだからな!?」

俺の目の前には血飛沫が舞うと、あっという間にそれは真後ろに流されてしまった。
真後ろにはなにも見えない。
ああ、そうか……光の速度を超えたんだ。
やがて、意識が遠のいていく。
それでも俺はコマタナの腕を放さなかった―――。



***



ズサァァ!

コマタナ
 「うう……助かったぁ?」

コマタナは顔を上げると、そこは鬱蒼とした森だった。
全く地理が分からない、ただ自分の腕を未だ放していない特異点はそこにいた。

コマタナ
 「本当に……放さなかった」

信じられなかった。
どうして特異点は助けてくれたんだろう?
特異点は腕から血を流している、自分の刃に触れたからだ。
今は気絶しており、無防備だ。

コマタナ
 「特異点を殺せば……!」

コマタナは左手を持ち上げた。
そしてそのまま振り下ろせば、特異点の心臓を貫ける。
でも、それはどれ程気持ち悪い事だろう。
コマタナは本来なら残虐なポケモンだ。
進化形のキリキザンともなれば、部下を気に入らないと言う理由だけで処刑する等当たり前、冷酷な統率力こそコマタナの力だ。
だけど、この少女はそんなコマタナのあぶれ者だった。
言葉では相手を威圧するが、本当はどうしようもなく臆病で、獲物一匹捕らえられた事がない。

結局コマタナの少女は刃を振り下ろせなかった。
それよりもずっと腕を掴んだ特異点身体は暖かった。



***




 「う……く?」

俺は意識を取り戻すと、全身に痛みを感じた。
打ち身か、周囲を伺うと鬱蒼とした森の中だった。
兎に角状況分析だ、俺は視覚から入ってくる情報を冷静に分析していると目の前には見覚えのある少女がいた。

コマタナ
 「め、目を……覚ましたぁ」


 「ど、どうやらお互い無事らしい……な」

俺はなんとか身体を持ち上げた。
コマタナ少女はオドオドしており、とても俺の命を狙ってきた子とは思えなかった。


 「俺の名は常葉茂……しがないシステムエンジニアだ」

コマタナ
 「エンジニアぁ〜?」

コマタナ娘には分からんか。
まぁ素人に説明しても、プログラマーとの違いを説明するのに苦労するしな。


 「君の名前は?」

コマタナ
 「無い……上級のキリキザンじゃないから……」

名無しか、キリキザンになると名前を貰えるのか?
コマタナはゲームの中だと集団生活をすることで知られており、厳しい上下関係があるそうだ。
この子も例外ではなく、末端という感じだな。
とはいえこの子は一人で現れた、まぁ大体のPKMがそうだろうが仲間はいなさそうだな。


 「どうして俺を狙うんだ?」

コマタナ
 「願いが……叶うから」


 「願い?」

コマタナはコクンと頷く。
やれやれ……どういう理屈か分からんが、俺を殺せば願いが叶うと本気で信じているみたいだな。
とすると、あのマルノームも同じ口か?
一体誰だ……そんな嘘を教えやがったのは。


 (願いを叶えるポケモンと言えばジラーチだが、アイツは真実の願いならば善悪を問わず叶える、寧ろこういうエゴな行いはフーパの方がそれらしいが……)

俺はあの幻コンビを思い出す。
だがあの二人は俺をこんな風に貶めるとは思えない。
確かにフーパなら自分が面白ければなにをやるか分からん奴だ、だが道理を踏み越えた事をするだろうか?


 (あるいは……別個体?)

幻のポケモンが世界に一匹だと誰が決めた?
ましてフーパは容易に次元の壁を越えやがる。
もしかすれば、こういう遊びを思い付く残虐なフーパも存在するかもしれない。


 「コマタナ、お前にその情報を教えたのは誰だ?」

コマタナ
 「分からない……ただ特異点を殺した者にはどんな願いも叶えるって……」

……それこそ良く出来た作り話って感じだな。
少し考えれば嘘かと思いそうだが、この子の場合それだけ切実なんだろうな。


 「お前の願いってなんだ?」

コマタナ
 「そ、それは……!」

コマタナは顔を真っ赤にした。
くそう……結構可愛いな。
茜、断じて俺は浮気してないぞ……ただ可愛い物は可愛いのだ!


 「言えないか……まぁいい。一つ言ってやる、特異点だかなんだか知らんが、俺を殺してもお前の願いが叶うとは思えんぞ」

コマタナ
 「えっ?」


 「そんな美味い話が世の中転がってたら、俺の命なんてとっくにないぜ」

コマタナ
 「あ……」

今更気が付いたらしい。
最も世の中には本当に願いを叶えられて、かつ俺を右往左往させて楽しんでいるゲス野郎がいるのかもしれんが。


 「スマホは……まぁ無理か」

俺はそこそこに電池の減ったスマホを見たが、当然電波が見つからない。
異世界転位はこれで2度目だが、やはり文明ってのは偉大で希少なのかねぇ?


 「痛た……帰ったらジムにでも通おうかな? 結構俺より年上のボディビルダーも普通にいるみたいだし」

だからってハイッ! サイドチェスト! できる天海さんみたいな体格目指す訳じゃないが。
流石に今の俺は不健康過ぎる。
我が家の家庭は割と皆運動神経が良い方が多いが、美柑は俺を強く誘う事もないし(誘ってこない訳ではないが、俺も断ってるし)、保美香は自身の身体が堅強なのを自覚しつつも、それを俺に求めはしない。
ただ栄養バランスをよく考えてくれるが、なまじ本人は浮けるからあまり鍛える事を重要視しない。
日々意外と身体を鍛えているのは華凛もだが、アイツはあくまでプロポーション維持が目的だからな。

夏川の奴はたった半年で見違えるほど身体を鍛えていた。
本人はずっと嫌々だった割に、天海さんと一緒鍛えた結果だ。
一人では続かんが、二人でなら結構続くのかも。

コマタナ
 「あ、あの……!」

コマタナは心配したかのように駆け寄ってきたが、俺に触れようとはしない。
ただ俺の腕を見て、顔を暗くした。


 「コイツは俺の自業自得だ……まぁ幸い血は止まってるし、深い傷でもないしな」

コマタナ
 「で、でも……」

この子、こんな調子でよく俺を殺しにきたな?
虫も殺せなさそうで、戦闘時は狂気で補うタイプか?


 「まぁ、安静にしてれば傷が開く事もないだろう……それよりも状況を確認せんと」

俺は周囲を見渡すが、まるで同じ風景で全く方向感覚が働かん。
仕方なく俺は歩き出した。

コマタナ
 「ま、待って……!」

コマタナはどうやらついてくる気らしい。
まだ完全には気が置けないが、幾つか気になる点もある。


 (時の結晶が消滅した?)

俺は永遠にレスキューを頼めないかと考えたが、それ以前の問題に時の結晶は無くなっていた。
もう半年以上使ってなかったとはいえ、アレは俺の中に融合(?)してた筈だ。
恐らく異世界に転位してしまったからだと予想できるが、単純に永遠に何かあったと言う可能性も否定できない。


 (コマタナやマルノームクラスが束になった所で、永遠をどうにか出来るとは思えないが……)

俺は心の中で舌打ちした。
茜達を安心させるために、俺も無茶を控え、地味に生きてきたつもりだが、どうやら人生呪われているらしい。
だが、俺は諦めの悪い男だからな、もうすぐ娘も産まれんだ……やらせはせんぞ!


 「コマタナ! 一時休戦だ! まず当面の安全を確保しなけりゃならん、協力していこう!」

コマタナ
 「わ、わかった特異点!」

現在地は不明、人がいるのかも不明。
ただ、マインクラフト的には森は初心者向けリージョンだ。
なんの気休めにもならないが、こういう時こそ前向きに考えよう。



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝

突然始まるポケモン娘と理を侵す者の物語

#1 特異点 完

#2に続く。


KaZuKiNa ( 2019/09/11(水) 18:28 )