ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第53話 テセウスの船

第53話 テセウスの船


ニンフィアになってしまった友井愛を守る為、姫野琉生は校舎を駆けた。
すぐ後ろには追いかけてくるユクシー少女神成依乃里の気配がある。

琉生
 「このままじゃ追いつかれる……!」

琉生はニンフィアを抱えたまま、校舎を出ると、鬱蒼と茂った林の方へと向かった。
少しでも視界の悪い方へと逃げ、可能なら追撃を撒くためだ。
だが、琉生もそこまで甘い考えではない。

依乃里
 「諦めなさい! ニンフィアを渡すの!」

目を一切開かない依乃里の追撃は完璧だった。
優れたサイキッカーである依乃里に視力など必要無い、優れた念視は対象を常に捉えて逃さないのだ。

琉生
 「はぁ、はぁ!」

琉生は万が一を考慮してソウルリンクスマホを取り出した。
琉生の胸に抱かれたニンフィアは不安そうに琉生の顔を見上げると「フィィ」と鳴いた。

琉生
 「愛先輩、私が絶対護るから……!」

琉生は覚悟を決めると、ソウルリンクスマホを構える。
それは依乃里と戦う為に、全てのポケモン少女の中でも三指に入るであろう最強格のユクシー少女を倒す為に!

琉生
 「メイク、アップ!」

ソウルリンクスマホは琉生の中には潜むオオタチのソウルを検出した。
『ソウルオオタチ、コンバート』の音声と共に、彼女はスマホの画面に指を走らせた。

琉生はその瞬間、オオタチと混ざる感覚を覚えた。
細胞が全て、オオタチ少女へと置き換わる。
ふと、琉生は全ての細胞がオオタチ少女に変化したなら、自分は本当に自分なのだろうか、こんな極限状態の中で考えた。
それはテセウスの船と呼ばれるパラドックスに対しての思考実験だった。
琉生を構成する全てのパーツを全く同じ能力だが、違うパーツに差し替えた時、どこまでが姫野琉生なのか、少なくとも今琉生は恐れていた。

琉生
 (私もいつかオオタチになる、その時が私の最期?)

琉生は全身をオオタチを意匠したドレスを纏い、全長に匹敵する大きな尻尾を生やしたオオタチ少女に変身した。

琉生
 「愛先輩、今は隠れていて下さい」

琉生はニンフィアを降ろすと、ニンフィアは何度も琉生の顔を見上げた。
二本のリボンのような姿の触手は名残惜しそうに琉生に伸ばすが、琉生はそれを跳ね除けた。

ニンフィア
 「フィィ……」

ニンフィアは四足で駆けると、琉生の指示に従った。
ニンフィアが遠ざかると琉生は目の前に現れた依乃里を待ち構えた。

依乃里
 「まさかやる気……つくづく愚かね?」

琉生
 「馬鹿と言われてもいい、愚かって言われもいい、だけど愛先輩は私が護るから!」

依乃里
 「本当に……救いのない」

依乃里は手を翳した。
強力なサイキックオーラが放出されると、琉生は身構えた。

依乃里
 「アンタのやってることは偽善以下よ! エゴで世界は救えない!!」

依乃里は強大なサイコキネシスを放った!
琉生はすかさず竹林を駆けて、依乃里の狙いを定めさせない!

依乃里
 「へえ? エスパータイプへの定石は出来てる訳か」

琉生
 「……ッ!」

同じエスパータイプ、ゴチルゼル少女の東堂アリアは強大なサイコパワーを操るには、無防備な時間があると言っていた。
エスパータイプはそれ程万能のタイプではない。
未来視を得意とするゴチルゼル少女、ロシアのカラマネロ少女は洗脳、読心術を得意としていたし、北海道のバリコオル少女は念動力が得意なように、それぞれに得手不得手がある。

ユクシー少女はそんなエスパータイプの中でも、ほぼ理想的と言える程高い完成度だ。
それでも、必ず食らいつく隙はある筈!

依乃里
 「良いセンスよ、海外遠征に行かせたのは当たりだったわね!」

だが依乃里は余裕を崩さなかった。
琉生は恐ろしいスピードで依乃里の周囲を駆けた。
サイコキネシスの対策は十分であり、後は攻撃の機会を伺うだけだ。
だが、依乃里にとってそれは実につまらないと思うやり方だった。

依乃里
 「アンタ強いわよ、3年生でもうかうか出来ない程、けどね? 突き抜けた最強ってのを教えてあげる!」

依乃里は周囲に爆風めいた念動力を放出した。
琉生は驚く、その規格外のパワーに。
依乃里は全身から可視化される程の圧倒的パワーは空間そのものを振動させた。

ゴゴゴゴゴゴ!

琉生
 「これは一体!?」

琉生はその瞬間足を止めてしまった。
それが命取りになる、そう経験則が警告を放ったのに!
足を止めた直後、突然琉生はその場から弾き飛ばされた!

ズバァァァン!

琉生
 「がは!? な、なに……?」

竹林を破壊する程の力で吹き飛ばされた琉生は何本も木々を破壊して、ようやく止まった。
圧倒的な依乃里の力の正体が琉生は掴めなかった。

依乃里
 「こういう事も出来るのよ?」

依乃里は琉生の頭上に瞬間移動すると、琉生は「ハッ!?」と顔を上げた。
依乃里が放出するサイコキネシス、琉生は咄嗟に横に飛んだ!
サイコキネシスは足元に巨大なクレーターが陥没する程だった。
琉生は四足で構えると、この馬鹿げた力の持ち主に戦慄した。

琉生
 「く……!? まさか、これ程なんて……?」

依乃里
 「隙を見つければワンチャンとか考えたんでしょ? 甘いわね、ワンチャンスもある筈ないじゃない! これはワンサイドゲーム! 一方的な蹂躪なのよ!」

依乃里の言うとおりだった。
だが琉生は歯を食いしばり、認識を再定義した。
依乃里の予想を上回るにはどうすればいいか?
琉生の内、オオタチはややムスっとした顔で身体を持ち上げていた。

琉生
 「そう……オオタチさんはやれって言うのね?」

琉生はオオタチの意思を感じた。
それは危険な兆候かも知れない、だが琉生はオオタチを信じた。
なぜならオオタチの横に立つグレイシア少女も「うん!」と頷いたのだから!

琉生
 「はぁ、はぁ……! ああっ、オオオオッ!」

琉生は目を赤く輝かせた。
依乃里は表情を変えないが、だがその動きは明らかに警戒するそれに変わっていた。

依乃里
 「コイツ……まさか意図的に暴走した?」

琉生は意図的にオオタチとのシンクロ率を引き上げた。
思考がオオタチとゴチャ混ぜになり、琉生は急速にオオタチ化していた。
だが、その魂は美しい程の琉生の澄んだ魂がオオタチの魂と巴回転めいて、完全には混ざっていなかった!

琉生
 「オオウ!!」

琉生は獣めいて依乃里に襲いかかった。
牙を剥き、その牙は依乃里の頚椎を狙う!

依乃里
 「ケモノ如きが!」

依乃里はサイコキネシスを琉生に向けて放った!
暴走したポケモン少女は理性を失うから、行動が猪突猛進になりがちだからだ。
だが、それはケモノであってケモノではない。
琉生はサイコキネシスに潰される瞬間、三体に分身した!

依乃里
 「しまっ!? 高速移動!?」

琉生特有の高速移動は一瞬だけ、速度の限界を超える速度を引き出す。
それは通常のポケモン娘の使う高速移動とは違い、影分身とは奇妙な収斂進化の特徴があった。

琉生は一瞬で依乃里の背後を取った!
依乃里は身の危険をゾクリと感じ取った。
だが、まだ依乃里の布石は終わっていない!

琉生
 「オオウ!」

琉生は依乃里に飛びかかる!
だが依乃里は念動力の壁を作り、琉生を近づかせなかった!

琉生
 「あああ!」

琉生は何度も念動力の壁を叩いた!
叩いて、叩いて、それは依乃里が持ち堪える限界の一撃だった!

琉生
 「オオオオ!」

ガッシャァァン!

依乃里の念動力が割られ、砕け散った!
しかし依乃里の口元は微笑んでいた。

グレイシア少女
 『琉生ちゃん駄目! 手綱を引いて!』

琉生はその瞬間、身体のコントロールを取り戻した。
力が琉生の周りに集約する、琉生は咄嗟に飛び上がった!

ズバァァァン!

凄まじい力が琉生のいた場所に発生した。
依乃里はこれを回避されたのを驚いた!

依乃里
 (未来予知を外した!?)

それは未来予知と呼ばれる、少し未来に送ったポケモンの技だった。
最初の一撃も、布石として送っていた未来予知であり、琉生はその不可解な一撃に翻弄されたのだ。
だが、種が割れれば対策は可能だった。
琉生はキッとユクシー少女を睨みつけると、その大きな尻尾を振り下ろした!

琉生
 「ハァァァ!」

琉生の叩きつける攻撃は、依乃里を捉えた!
依乃里は人形が地面に叩きつけられるように、地面をバウンドした!
琉生の必殺の一撃がクリーンヒットしたのだ!

琉生
 「はぁ、はぁ……やった!」

依乃里
 「あ……く!?」

琉生はふらつく身体を抑えた。
だが依乃里はまだ気絶してはいなかった。
依乃里は頭を抑えながら、ゆっくりと顔を上げた。

依乃里
 「よくもやってくれたわねぇ……!?」

依乃里は憤怒の表情で琉生を睨んだ。
暴走をギリギリの状態でコントロールする琉生は常に凄まじい精神力を消費している、どっちがギリギリかは絶妙な所であった。

依乃里
 「アンタなんかに……アンタなんか認めたら、アタシは……あぐ!?」

琉生
 「……?」

依乃里は突然頭を抱えて呻いた。
琉生はそれが演技とは思えず、構えを解いてしまった。

依乃里
 「うぐ……ああ!? こ、こんな所で!? 私はま、だ!?」

まさかポケモン化か?
琉生はこの期に及んで依乃里の身体を心配していた。
今は敵対しているが、本質的な敵ではないのだ。

琉生
 「しっかりして!」

琉生は直ぐに依乃里の側に駆け寄った。
ただ無償の愛で心配する琉生に依乃里は顔を上げた。

依乃里
 「あ、アンタ馬鹿ぁ? チャン、ス……でしょう!?」

琉生
 「そんなのどうでもいい!」

一体何故依乃里が琉生を嫌うのかは分からない。
琉生には依乃里の嫉妬なぞ、理解のしようがなかったのだ。

依乃里
 (暴走をコントロールする……そんなのありえない! なら私がこれまでしてきた事は一体何だったのよ!?)

神成依乃里は琉生に嫉妬していた。
琉生は尽く、依乃里の想定したレールを脱線し、常に想定外の事をしだす。
ポケモン少女なんて、精々便利な使い捨ての弾丸だ。
なのにその弾丸がしっちゃかめっちゃか、意図しない動きをすれば、それは邪魔になる。
依乃里はそうやってポケモン少女を巧みにコントロールして、これまで世界の平穏を守ってきたのだ。

だが、琉生はもしかすればポケモン化しない可能性があった。
琉生はポケモンのソウルに対して異次元の適応能力を持っている。
半ば殆どポケモン寄りになってもまだ、人間性を残し、暴走をコントロールして見せたのは驚愕に値する。
だが、それを許せば依乃里のこれまでが全て否定されたのと同じ気分なのだ!

依乃里
 「アンタ……一体何者……うぐ!?」

ゲシュペンストΔ
 「姫野琉生は神へと至る可能性だ、神を否定する貴様には分かるまいがな、ユクシー?」

突然、二人の前にゲシュペンストΔは空から降り立った。
依乃里はギリッと歯軋りしてゲシュペンストΔを睨みつけた。

依乃里
 「私は依乃里! 神成依乃里よ!?」

ゲシュペンストΔ
 「理解不能、何故人間の振りをする?」

琉生
 「人間の振り……?」

それは琉生の、いや世界の誰も知らない真実だった。
だが琉生は10年前の写真を思い出した。
既に肉体を失ったグレイシア少女の西田望はポケモン少女の諸行無常を現したのに、何故同期の神成依乃里は写真のままの姿なのだろうか?

そう、神成依乃里なんて人物はとっくの昔にいなかった。
そこにいたのはギリギリでポケモン少女の姿を維持するユクシーだった。

依乃里
 「は、はは……お前達に何が分かる! 依乃里がどんな思いで私に身体を明け渡したか!?」

ポケモン中でも極めて高い知性を持つユクシーは、依乃里と共にあった。
しかし依乃里もやはり限界を迎える時がきた、その時依乃里の想いは局長の一ノ瀬純に向かっていた。
依乃里は消えゆく中で、ユクシーに願った。
自分の身体は差し出す、その代わり自分の想いを引き継いでと。
ユクシーは高い知性でそれを理解したが、それはユクシーが背負うにはあまりにも重すぎる人間の情愛だった。
望を失い、絶望に暮れた純を誰よりも献身的に支える依乃里は、純を愛していた。
だからこそユクシーはその重すぎる願いを受け入れ、ギリギリでポケモン化を防いだのだ。

琉生
 「貴方が本物のユクシー……?」

依乃里
 「理論上はあり得ると思わない? ポケモンが人間の受肉を行う……」

それは逆転の現象といえた。
人間がポケモン少女化するのと、逆のプロセスでポケモンが人間化する。
それはどちらから見てもポケモン少女という姿を形どった。
だが、勿論それは大きなデメリットがあった。
ユクシーの完全なるポケモン化は常に進行しているのだ。
それだけはユクシーは許せなかった。
依乃里の想いを果たすまで、ユクシーは依乃里を演じ続ける必要があるのだ。

琉生
 「ポケモンが人間化出来る……それなら愛先輩も!?」

依乃里
 「アンタ馬鹿? ポケモンが一度受肉して、なんで人間なんかに身体を明け渡さないといけないのよ?」

琉生は希望の尾を掴んだ気がした。
だがそれはどれだけ険しいのかも思い知らされた。
ポケモンにとって人間に憑依するのも、この世界で受肉する為ならば、人間に対する無償の献身がどれだけあり得ないか分かるだろうか?
ポケモンにとって人間は器でしかない。
テセウスの船が完成した時、そこにはもうオリジナルは存在しないのだから。

ゲシュペンストΔ
 「もしかしたら……可能かも知れない」

琉生
 「えっ!?」

依乃里
 「はぁ!?」

二人は驚いた。
だが、ゲシュペンストΔは嘘を付く理由がない。
ゲシュペンストΔは琉生を見て、その方法を説明した。

ゲシュペンストΔ
 「ポケモンは受肉してもこの世界に魂を持たない、そこはゲシュペンストと同じだ、ならば理論的にポケモンの魂を引き剥がす事は可能だと言える」

琉生
 「魂を引き剥がす……でも、どうやって?」

ゲシュペンストΔ
 「一度姫野琉生に体感させよう、来るんだ」

ゲシュペンストΔは琉生の手を差し出した。
琉生はゲシュペンストΔの手を優しく握ると、その瞬間二人はその場から消え去った。

琉生
 「え? ここは!?」

琉生は突然明るい闇の中にいた。
琉生は戸惑うが、ゲシュペンストΔは平然としている。
そこはゲシュペンスト達、巡礼旅団の存在する位相だった。

ゲシュペンストΔ
 「ようこそ、巡礼旅団の世界へ」

琉生
 「ゲシュペンストの世界……あう!?」

突然だった、琉生は頭が引き裂かれるような痛みを感じると、突然変身が解除された。
いや、それは解除とはいえない、目の前にオオタチとグレイシア少女が現れたのだ!

グレイシア少女
 「わ!? あれ? ここは?」

オオタチ
 「オウウ……!」

オオタチは周囲を警戒した。
改めて物理的に引き剥がされたオオタチは可愛い顔ながら、獰猛なポケモンとしての一面を覗かせていた。
琉生はこの光景にただ呆然とした。

琉生
 「どうしてオオタチさんと、グレイシア少女が?」

ゲシュペンストΔ
 「ここは人間界でもポケモン界でもない、それ故に融合を維持出来ない」

グレイシア少女
 「あれ? それじゃ私はなんで?」

突如世界に顕現したグレイシア少女は自分の姿を見て、疑問に思った。
とっくの昔に肉体を失った存在に問うのも今更な気がするが、ゲシュペンストΔは丁寧に説明した。

ゲシュペンストΔ
 「貴方は既に概念存在だ、西田望もグレイシアも存在せず、ポケモン少女グレイシア少女として存在しているからだ」

そう、グレイシア少女という神は既に西田望ではない。
これこそが神という概念でありグレイシア少女は個で存在する証だった

グレイシア少女
 「あー? そうなのかー、まだまだ自己認識が甘かったねー、反省反省♪」

琉生
 「というかなんで私の中にグレイシア少女がいたの?」

琉生からすればそのほうが疑問だった。
最初からグレイシア少女は琉生の中にいたのか、それは否だ。
アメリカでゲシュペンストΔと遭遇する少し前、グレイシア少女は突如導かれるように琉生の中に顕現した。
しかしそれは琉生の中で生まれたグレイシア少女であって、西田望によって生まれたグレイシア少女ではない。
人の中に神は宿る、だがその神は人毎に同じでも違う。

オオタチ
 「オオウ……!」

オオタチは周囲を伺いながら、何かに警戒した。
琉生はそんなオオタチを心配していると、闇の中から人型をしたゲシュペンストが現れた。

ゲシュペンスト
 「異物確認、これは?」

それはΔと同タイプのようだった。
同じ少女型の個体だが、こちらはその容姿も異なる。
恐らく別の司祭階級なのだろう。

ゲシュペンストΔ
 「私が招いた」

ゲシュペンスト
 「司祭階級E61937?」

ゲシュペンストは階級によって立場が決まる。
オオタチはこのゲシュペンストに驚異を感じたのか?

琉生
 「あ、あの……お邪魔してます! ほら、オオタチも頭下げて!」

琉生はオオタチの頭を無理やり下げさせると、一緒に挨拶をした。
オオタチはムッとしたが、琉生の事はある程度信頼しているのか、何もしない。
一方そんな人間の作法を見せられたゲシュペンストは呆然とした。

ゲシュペンスト
 「なんだこれは? どうすればいいのだ?」

ゲシュペンストΔ
 「挨拶を返すのだ司祭階級B5263」

ゲシュペンストΔは見様見真似で覚えた挨拶を見せた。
すると、ゲシュペンストは余所余所しくその動きを真似る。

B5263
 「これでいいのか?」

グレイシア少女
 「あはは、不束か者ですが」

苦笑いのグレイシア少女も挨拶すると、一先ずゲシュペンストから敵対心は奪った。
とはいえ、ゲシュペンストも流石に戸惑っていたが。

B5263
 「理解不能、私は何をしている……?」

ゲシュペンストΔ
 「混乱する必要はない、あるがままを受け入れれば問題ない」

そう言うゲシュペンストΔは気がつけば、かなり人間の在り方に順応している気がした。

グレイシア少女
 「挨拶を覚えれば、私達は友達よ?」

B5263
 「トモダチ? トモダチとはなにか?」

ゲシュペンストΔ
 「恐らく愛するという感情の在り方の一種だ」

ゲシュペンストΔは友達という概念を琉生や純から学んだ。
それ故に琉生が放っておけなくなった。
奇妙な事だが、琉生は知らずのうちにゲシュペンストとさえ友情を築いていたのだ。

B5263
 「理解不能……」

ゲシュペンストΔ
 「人間に触れればきっと分かる、私はこれだけは核心した、彼女達人間はゲシュペンストと対等と言える」

ゲシュペンストΔの異種生命体に対する信頼の価値観、B5263は怪訝な顔をした。
ゲシュペンストは普遍的に軍隊アリのように巡礼の途上の生命体に攻撃を仕掛ける。
ゲシュペンストの巡礼を邪魔する者は全て敵だからだ。
だが、ゲシュペンストΔは知った。
ゲシュペンストと人間の双方が誤解を無くし、理解し合えばそこには対等の信頼関係が気付けると。
それが果てしなく難しい問題でも、姫野琉生と一緒ならば可能だと信じていた。

B5263
 「E61937……お前に何があった?」

ゲシュペンストΔ
 「私は破壊は好まない、それだけだ」

人間には誤解されがちだが、ゲシュペンストは本来温厚な生命体だ。
敵対する者には凄まじく攻撃的で恐ろしいが、それは触らぬ神に祟りなしと言う他ない。
本来なら意思疎通すら試みないゲシュペンストにとって、最早ゲシュペンストΔは異端だった。

ゲシュペンストΔ
 「私は異種族との共存は可能と確信した、彼女がそうだ」

琉生
 「え、えとその……」

B5263は琉生を見た。
脆弱な種族、だが同時に自分を構成するパーツはそんな人間に似せてある。
それはこの力無き少女が、畏怖すべき存在だと言うことだ。

B5263
 「……巡礼の監視、怠るな?」

B5263はとりあえず危険が無いと確信すると、その場から消え去った。
ゲシュペンストには三次元的な価値観が無いのか、この世界もまた摩訶不思議な物理法則があった。

琉生
 「……びっくりした」

ゲシュペンストΔ
 「気にする事はない、敵対しなければあの通り温厚だ」

オオタチ
 「オオウ……!」

オオタチはゲシュペンストが気に入らないのか、そっぽを向いた。
そんなオオタチを琉生は心配するが、果たして琉生はオオタチと分かりあえるのか?

ゲシュペンストΔ
 「恐らくだが、あのニンフィアをここに連れてこれば魂を分離出来る……だが」

琉生
 「なにか、問題が?」

ゲシュペンストΔ
 「……姫野琉生は問題ない、だがニンフィアの中に僅かにある人間の魂は脆弱だ……それに人間界に戻れば、魂も融合する」

危惧はやはり友井愛の現在の状態だった。
それにこの世界で魂の分離が可能と分かったが、それはあくまでゲシュペンスト界での話であり、人間界に戻ればオオタチとグレイシア少女も琉生の中に戻ってしまうという。

琉生
 「それでも……私愛先輩にもう一度会いたい! お願い力を貸してデルタ!」

ゲシュペンストΔ
 「勿論協力する……だがデルタ、とは?」

グレイシア少女
 「あっはは〜♪ 良かったねぇ、あだ名だよ、君たち友達という証♪」

琉生は顔を真っ赤にした。
ゲシュペンストΔを友達と認めた事を指摘されると、急激に恥ずかしかった。
だがゲシュペンストΔは友達と聞くと、悪い気はしなかった。
上下の関係じゃない、対等の肩を寄せ合う関係、それが友達だった。

デルタ
 「あだ名か、巡礼旅団には無い概念だ……だが悪くない」

グレイシア少女
 「ほら、あだ名はお互いだよ?」

同じ顔をしたグレイシア少女はデルタに促した。
デルタは琉生を見つめると。

デルタ
 「では琉生と呼んで、いいのか……?」

グレイシア少女
 「なんで疑問形!?」

琉生
 「あ、あはは……うん、いいよ♪」

琉生は優しく微笑んだ。
グレイシア少女も思わず見惚れる琉生の優しい微笑みは思わず落ちてしまいそうな可愛さがあった。

デルタ
 「分かった、なら直ぐに行動に移ろう」

デルタは琉生の手を取ると、世界転移を行った。
琉生は再び人間界に戻ると全く違う場所に出て戸惑った。

琉生
 「て、上空?」

デルタ
 「言い忘れていた、界が違うと時間の進む方向が異なる」

琉生
 「今更!? いやああああ!?」

琉生は重力に囚われると真っ逆さまに落下した。
琉生の視界には近代的な街並みが見えた。
このままではマグロだ、琉生に死がよぎる……が。

デルタ
 「人間は空を飛べない、忘れていた」

デルタは片手で琉生を掴むと、琉生の身体は静止した。
人間界の物理法則に従わないデルタは揚力もなく、不気味に琉生は違う界に降り立った気分だった。

琉生
 「……はぁぁ、それで? どうして違う場所に?」

デルタ
 「界は移動する、そして宇宙そのものも移動する、それ故に同じ場所には出ない」

地球は動くように、宇宙も動いているという。
そして異なる宇宙、人間界とゲシュペンスト界は同じ方向に動いている訳ではないのだ。
これこそが人間界にゲシュペンストが出現する理由であり、界が交錯する中で、時間と空間の連続体がズレていくのだ。

琉生
 「それで、ここどこ?」

琉生は辺りを見渡した。
どこか見覚えあるが……?

デルタ
 「琉生の街じゃないか?」

琉生
 「えっ?」

そうだ、琉生はよく見渡すと見覚えのあるビルが目立った。
そこはポケモン少女関東学園のある実験都市だった。

琉生
 「……道理で見覚えがあると思った……て、これって結構遠いんじゃ!?」

デルタはゆっくり降下すると、二人は着陸した。
ニンフィアの姿は当然無い、ここから本部の場所はどこだ?


 「え? もしかして姫野さん?」

琉生は「えっ?」と振り返った。
そこには異変に気づき近付いてきた藤原真希だった。
眼鏡の美女は琉生を見つけると、身体を震わせた。
何故か? 意味の分からない琉生に真希はある衝撃を伝えた。

真希
 「2週間も行方不明で! どこ行っていたの!? もう!」

真希はそう言うと琉生に抱きついた。
しかし琉生はそれどころではなかった。

琉生
 「え……2週間?」

それこそが時空連続体のズレだった。
ゲシュペンスト界にほんの僅かいただけで人間界では2週間が過ぎていた。
琉生はそれに嫌な予感がした。

琉生
 「ふ、藤原先輩! 愛先輩は!?」

真希
 「愛は行方不明よ……一緒じゃないの?」

ということは、少なくとも関東支部に愛がニンフィア化した事は伝えられていないらしい。
あの依乃里の性格からして、余計な不穏の種を蒔くつもりはないだろうが。
だが同時にニンフィアが管理局に捕獲された可能性は高かった。
琉生はデルタを見る、デルタはまだ大丈夫だと頷いた。

真希
 「ところでソイツ誰?」

真希はデルタに気付くと、怪しいと睨んだ。

デルタ
 「デルタだ、お前がゲシュペンストと呼ぶ存在だ」

真希
 「は? ゲシュペンスト? 馬鹿言ってんじゃないわよ……ただでさえいきなり上からゲシュペンストに手を出すなって命令来たってのに」

純はどうやらゲシュペンストとの相互理解を進めているようだ。
少なくともポケモン少女管理局に所属するポケモン少女にはゲシュペンストとの交戦を禁止した。
なるべく監視するに留めると通達されたのだ。

真希
 「おかげで街に現れたら避難誘導が限界よ……まぁアンタの正体はどうでもいいや、姫野さん、早く学園に帰りなさい! いいわね!?」

真希はそう言うと、任務があるのか走り去った。
結局デルタはゲシュペンストと信じられなかったが、それはデルタにゲシュペンストらしさが薄れた証拠かも知れない。

琉生は改めて、自分の身体を確認した。

琉生
 「オオタチさん、いるよね?」

ソウルは琉生に何も返さない。
だが、オオタチとグレイシア少女、少なくとも琉生はそこにいると感じていた。



ポケモンヒロインガールズ

第53話 テセウスの船 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2022/11/25(金) 18:01 )