ポケモンヒロインガールズ





小説トップ
第三部 ネクストワールド編
第52話 解決の糸口、譲れない想い

第52話 解決の糸口、譲れない想い



琉生
 「う……?」

姫野琉生はある時、瞼を開いた。
気絶していた彼女は気がつけばベッドで寝かされていた。
保健室だ、どうやらまだポケモン少女管理局本部にいるようだ。
琉生はゆっくり上半身を起こすと、ふと琉生は違和感を覚えた。

琉生
 「重たい……?」

琉生はその時、掛け布団の上で丸くなるその存在に気がついた。
ニンフィアだ、友井愛の成れの果て。
琉生はニンフィアに触れようとすると、ニンフィアは耳をピクピクさせて立ち上がった。
慌てて手を引くと、琉生はニンフィアと目が合ってしまう。

琉生
 「あ、その……愛先輩?」

ニンフィア
 「フィ? ニン〜」

ニンフィアは大きな欠伸をした。
自分が愛だという自覚はないようだが、どことなくそののんびりしたような雰囲気は愛と似ているように思えた。

ゲシュペンストΔ
 「姫野琉生の覚醒を確認」

琉生はその声を聞いた時、ビクッと背筋を凍らせた。
声の方を振り向くとゲシュペンストΔが入口に立っていたのだ。

琉生
 「い、いつからいたの!?」

ゲシュペンストΔ
 「16分と24秒38」

ゲシュペンストΔは実に正確な待機時間を言うと、琉生はポカンとした。
改めてゲシュペンストがこうやって敵意もなく目の前にいる……それが不思議で仕方なかった。

ゲシュペンストΔ
 「脈拍正常、脳波正常、何故私を見つめる?」

琉生
 「え……あ、ごめんなさい!」

ゲシュペンストΔ
 「謝罪理由が不明、観察結果、地球人はしきりに意味不明な行動をする」

琉生は改めて起き上がると、ニンフィアは寄り添うようにベッドから飛び降りた。

ニンフィア
 「ニンー……!」

ニンフィアはゲシュペンストΔを警戒していたが、問答無用で襲いかかる雰囲気はなかった。
それがゲシュペンストΔにも分かっているのか、本人は無表情で涼やかなものだ。

ゲシュペンストΔ
 「ユクシー少女が待っている」

琉生は保健室を出ると、ゲシュペンストΔは先を浮遊して動いた。

琉生
 「ねぇ? どうして話し合いに応じてくれたの?」

ゲシュペンストΔ
 「無益な交戦は望まない、それだけだ」

ゲシュペンストΔがなにを考えているのか、琉生には分からない。
ただ、お互い争うのが無益だという利害は奇跡的に一致したのだ。
これは今までにない前進の筈だ。
琉生はそれに少しだけ微笑んだ。

ゲシュペンストΔ
 「何故笑う?」

琉生
 「貴方は逆に笑わないのね?」

ゲシュペンストΔからすればまだ琉生は気の許せる相手ではないのかも知れないが、それ以上に鉄面皮だなとは琉生は思った。

ゲシュペンストΔ
 「笑う? 我々にはない文化だ」

ゲシュペンストからすれば笑う事のほうが不思議なのか。
思えばゲシュペンストは色んな種類を見てきたが、そのどれもが異なる外観をした種族だ。
上位種程巨大で異形という印象だが、逆にゲシュペンストΔは少女のような姿が災いし、先入観が入っているのか。

琉生
 「笑うのは嬉しいとか、楽しいかと、そういう時に笑うんだよ?」

ゲシュペンストΔ
 「嬉しい時? 嬉しかったのか?」

琉生
 「やっと一歩だもの……」

ゲシュペンストΔからすれば到底理解出来ないかも知れないが、琉生はゲシュペンストとこうやって歩を並べられる事は確実に一歩だと信じている。
それは奇跡的な一歩であり、それを喜ばずしてどうしようか?

ニンフィア
 「フィー」

ニンフィアはゲシュペンストΔが気に入っていないのか、そっぽを向く。
琉生はそんなニンフィアがヒラヒラ揺らすリボンのような触手を優しく握った。

琉生
 「愛先輩、仲良くしましょう?」

ニンフィア
 「フィー……」

ニンフィアは琉生の触手を巻きつけると、琉生を独占するかのようだった。
ゲシュペンストΔは琉生を取る気等毛頭無いが、ニンフィアが不自然な程琉生に懐いている事に気がついた。

ゲシュペンストΔ
 「何故ニンフィアは姫野琉生に愛情を抱く?」

琉生
 「あ、愛情!? もう……そういう事知っているの?」

琉生は愛情と言われて顔を赤くする。
ニンフィアが琉生に愛情を抱く、その理由は多分愛先輩にあるんだと思った。

ゲシュペンストΔ
 「我々に愛という概念は無い」

琉生
 「……そう」

ゲシュペンストΔを見ていると琉生は、段々不思議に思えた事があった。
彼女がポケモン少女を模しているのは明白であり、その姿こそがアンチポケモン少女である証だが、模倣したのは姿だけだったのだろうか?

琉生
 「貴方は愛を知らないのね?」

ゲシュペンストΔ
 「肯定、だが興味はある」

琉生は意外だと思った。
ゲシュペンストΔは愛に興味があると言う。
それはきっと良いことだ、そう思うとまた微笑んだ。

ゲシュペンストΔ
 「姫野琉生、やはり想定の出来ない不確定存在」

ゲシュペンストΔからすれば論理を無視した感情論が理解出来ない。
琉生が何故笑うのか、それが分からないからこそ、何故争うのかもきっと分からなかったのだろう。



***



二人と一匹は教室を目指すと、教室には神成依乃里と一ノ瀬純の姿があった。
外から覗くと、なにやら依乃里のお説教があったようだ。

依乃里
 「局長……子供じゃないんですから……」


 「その……ごめん」

随分姿を見せなかったその優男は、なんと2階で早弁をした後昼寝していたというのだ。
流石にゲシュペンストΔとの大激戦には驚いて飛び起きたようだが、事実確認をした時には既に終わっていた後だった。
流石に純は良い年齢である事もあって、恥しそうだった。

依乃里
 「全く可愛く反省したって……あ」

依乃里は琉生達の気配に気づくと振り返った。
相変わらず目を瞑っているのに、よく把握しているものだ。
世界でも有数の優秀なエスパータイプの面目躍如だろうか。

依乃里
 「入ってきなさい貴方達」

ゲシュペンストΔ
 「入室許可、確認」

琉生
 「お邪魔します……」

ニンフィア
 「フィー」

純は改めて入ってきたゲシュペンストΔとニンフィアには唖然とした。
友井愛君が危険な事は知っていたが、それも時遅く彼女はニンフィアに転生……いや、肉体を乗っ取られてしまった。
純はそんな娘を何人も見てきたが、その感覚だけは慣れたくなかった。
そしてあのゲシュペンストが敵意もなく、姫野琉生と共にいるのだ。
それだけでも驚きだが、純はゲシュペンストΔを見て、悲しい顔で呟いた。


 「望(のぞみ)……」

ゲシュペンストΔ
 「……」

琉生
 「あの、その方は?……」

ゲシュペンストΔの顔は何も変わらなかった。
だが琉生はその名前に妙な気掛かりあった。
推測だがその名は……。


 「西田望、どこにでもいる普通の女子高生だった娘だよ……君たちの言い方で言えば最初のポケモン少女さ」

琉生
 (西田望……それがグレイシア少女の名前)

その時、琉生の脳裏には「ふふ♪」と微笑むグレイシア少女が視えた。
ようやく……ようやく琉生はここまで辿り着いたのだ。
多大な犠牲を払ってしまったが。

依乃里
 「今更隠しても意味ないでしょ? アンタが持ち逃げした写真の娘よ」

琉生は写真を思い出すと、スカートに挟まった一枚を取り出した。
二人の男性と二人の女性が仲良く写っている。
一人は知らないが、間違いなく分かるのは一ノ瀬純と純に肩をかける活発そうな少女西田望、そしてやや幼げな黒髪お下げの眼鏡少女が神成依乃里だろうか。

ゲシュペンストΔ
 「ポケモン少女と奇妙な関わりを持つ者一ノ瀬純」 


 「えと、初めまして?」

純はやや戸惑いながら、ゲシュペンストΔに手を差し出した。
なんらか意味のある姿をした少女にはやはり戸惑いがあるのだろうか。
しかしゲシュペンストΔは相変わらずの鉄面皮のまま差し出された手をじっと見つめた。

ゲシュペンストΔ
 「……?」


 「あれ? 握手分かんない? それじゃ、ハッピー、ウレピー、よろしくねー! さぁご一緒に!」

依乃里
 「局長、見ていて恥ずかしいですから、それ以上は」

純は随分ノリが良く子供っぽい性格の様子だった。
流石に依乃里も顔を赤くすると頭を抱えた。

ゲシュペンストΔ
 「ハッピー、ウレピー、よろしくねー?」

琉生
 「え? やるの!?」


ゲシュペンストΔは見様見真似で純の真似をした。
しかし直ぐにゲシュペンストΔは不可解な顔でつぶやく。

ゲシュペンストΔ
 「……観察結果、人間は意味の分からない行動の方を好む?」

琉生
 「いや多分本当に意味ないから……」

ゲシュペンストΔはよほど無知で、それでいて知的探究心は持っているらしい。
良く言えば純真だが、悪く言えば無邪気さが恐ろしい。

琉生
 「握手知らないの?」

ゲシュペンストΔ
 「何故触れる必要がある? グルーミングか?」

ゲシュペンストには触れるという文化自体が存在しないようだ。
グルーミングと言われると、少し恥ずかしくなるが、握手は挨拶の一種だと説明すると。

ゲシュペンストΔ
 「なるほど、そのニンフィアが姫野琉生と繋がるのはそういう事だったのか」

ニンフィアはゲシュペンストΔに気づくと、プイっと顔を背けた。
そんなニンフィアも琉生に触手を絡ませ、特に琉生も気にせず触手の一本を握っていたのを、ゲシュペンストΔは握手と認識したらしい。

ゲシュペンストΔ
 「ではこちらも敬意を払おう」

ゲシュペンストΔはそう言うと、純に身体を絡めた。
それを見た依乃里は顔を真っ赤にしてブチギレた!

依乃里
 「あ、貴方ー!? 局長になにを!?」

琉生
 (え? ハグ? あれってハグよね?)

ゲシュペンストΔ
 「精神汚染はしていない」

依乃里
 「そういう問題かー!? 速く局長から離れなさい!!」

依乃里は無理やりサイコキネシスで純に抱きつくゲシュペンストΔを引き剥がすと、純を守るように立ちはだかった。

ゲシュペンストΔ
 「観察結果、挨拶には好まれないものもある、そして時にそれは理不尽な怒りを発露させる」

琉生
 (そりゃハグは初見の人は戸惑うと思うけど……ここ日本よ?)

そういえばアメリカでは頻繁にハグをされたなと思い出すが、琉生は頬を赤くしてそんなゲシュペンストΔを可愛らしく思った。


 「はは、握手求めたら、あんな密着ハグされるとは……役得、かな?」

依乃里
 「エッチです……」

依乃里の様子も琉生には新鮮だった。
普段の依乃里は怖いというか、淡々と仕事を冷徹に熟す印象だった。
どこか距離があり、決して心を開かない悪い意味で孤高にさえ思える人柄だったが、純が相手なら人並みの娘なんだなと、親近感が湧いた。

琉生
 「二人は付き合っているんですか?」

依乃里
 「ヒッ!? つ、つき、付き合っているですってぇ!?」

依乃里は一生見ることもないかもと言うほど声を裏返してキョドった。
誰が見ても分かる程、依乃里は純に好意を寄せているのは明白だった。


 「はは、まぁ付き合っているというか、面倒をみてもらっているという感じかな?」

それははっきりヒモ発言だが、依乃里は顔を真っ赤にすると、「ふん!」と鼻を鳴らした。

依乃里
 「いいんです! 好きでやっているんですから!」

ゲシュペンストΔ
 「愛情表現?」

依乃里
 「貴方は黙ってなさい!?」

依乃里と純は顔を真っ赤にした。
純は優しく笑っているが、依乃里は真っ赤になりながらも、満更じゃないのか口の端が上がっていた。

琉生
 (やっぱり好きなんだ……でも、それじゃ?)

琉生は少しだけそこに違和感があった。
写真に写る依乃里の姿は今の姿と殆ど変わらない。
純は充分に老いているのに……。

琉生
 (愛先輩は3年保たなかった……なら彼女は何年保っている?)

神成依乃里は少なくともポケモン少女であり続けている。
そこには何か、まだ隠された謎がある気がした。


 「まぁ、無駄話もここまでにして本題に入ろう、二人共座って」

琉生
 「は、はい」

ゲシュペンストΔ
 「了承」

二人は机を連結して作った即席のテーブルに対面して座ると、会談の準備は終わった。
純は顔色を変えるとまず、ゲシュペンストΔに質問する。


 「君達ゲシュペンストはあくまで巡礼が目的?」

ゲシュペンストΔ
 「その通りだ」

ゲシュペンスト、彼らの事を正確に地球の言葉に訳せば巡礼旅団となる。
その名の通り彼女は巡礼者だ。


 「因みに旅団の規模は一体どれ位がこの世界を通過するんだい?」

ゲシュペンストには物質界からの物理法則が一切適用されないという特殊な特性がある。
しかし物質界はゲシュペンストの物理法則が適用され、ゲシュペンストに対して人類は倒す事は勿論守ることさえ難しい。

それだけにゲシュペンストと物理法則を共有するポケモン少女が希望となったのは言うまでもない。
しかし本当の事を望めば、人類とゲシュペンストが争うのは無意味で不利益な事だ。
今回の会談は、そんなゲシュペンストとの不戦条約の取り決めのようなものだった。

ゲシュペンストΔ
 「巡礼旅団の総数は君たちの数え方で説明すれば10垓7898京6820兆5591億前後となる」

琉生
 「え? 垓?」

その言葉に三人は顔を真っ青にした。
おおよそ琉生の聞き馴染みのない単位が出てきて、その絶望的な数の差に愕然とする。
人類はそんな馬鹿げた者達と戦っていたのか?

ゲシュペンストΔ
 「しかしその内、この世界を通過するのは恐らく十億程度だ」


 「いや!? 充分多いよ!? 日本の総人口超えているんだよ!?」

ゲシュペンストが如何に馬鹿げた規模の旅団なのか思い知らされた。
それらは人類の知見に基づく知的生命体とは相当異なるが、数が押し寄せればそれだけで人々はパニックを起こすだろう。

琉生
 「最近ゲシュペンストの出現率が異常に高いみたいだけど、それは貴方の性?」

ゲシュペンストΔ
 「否定、私は指揮官個体に過ぎない、巡礼旅団はいくつかの階級に分かれるが私は司祭階級に属し、これは上から4番目の階級となる」

依乃里
 「貴方で4番目!?」

俄には信じがたかった、だがそれは彼らの社会構造に由来するものだった。
巡礼旅団は社会性昆虫に似た社会構造を持ち、母とよばれる1個体を中心に、法王階級の13個体、教主階級、そして司祭階級のΔはここに位置するという。
これまで出会ってきたゲシュペンスト達は戦士階級と呼ばれる個体達であり、Δは厳密に言えば戦士階級ではない。

依乃里
 「……社会構造は分かったわ……ただ問題は何故巡礼の際に通った道にあるものを攻撃するの?」

依乃里は険しい表情でゲシュペンストΔを睨んだ。
ゲシュペンストΔはそんな怨念めいた感情さえも受け流し、ただ淡々と説明する。

ゲシュペンストΔ
 「ユクシー少女、君は目の前に蚊が飛んでいたらどうする? 君の質問の答えは恐らくこれが正しい」

琉生
 「人間が蚊……!?」

琉生は驚いた、一方で依乃里は歯軋りする。
ゲシュペンストにとって巡礼を邪魔する蚊を処分する感覚でしかないのだ。
ゲシュペンストの下位個体は会話する機能さえなく、寿命もαで十数時間、βで一週間程度という兵隊アリのような構造さえしており、そんな異質感が人類にゲシュペンストを気味の悪いクリーチャーにしてしまったのだ。


 「人はハエに裸を見られて、恥ずかしいと思うか……そういうレベルの問題、か」

残念ながら知的生命体等、ゲシュペンストからすればその程度しかない。
むしろ下手に敵意を見せるから、ゲシュペンストは過剰に反撃してしまう。

ゲシュペンストΔ
 「だが、巡礼を邪魔さえしなければ、我々は何もしない、これは約束する」


 「邪魔さえ、か……それが難しいんだよな」

純は腕を組むと難題に唸った。
ゲシュペンストの神出鬼没さは、突然音もなく顕現するところだ。
大半が人目にも触れない場所に現れて通過していくとして、たまにクリティカルな場所に現れた時が問題なのだ。
γのような超巨体個体は現れただけでも周囲を踏みつぶしパニックを起こすし、αは小さ過ぎて逆に警戒感を持ちづらく一般人がちょっかいをかけやすい。
今はポケモン少女管理局の度重なる政府への呼びかけを通じて、ゲシュペンストには決して手を出さないように厳戒令が出されているが、それを全ての国民に徹底させるには民主主義には不可能な事だった。


 「相互理解さえあれば……そんな大事にはならなかったのに」

ゲシュペンストΔ
 「同意する、まだまだ我々は無知だったと言える」


 「因みに君に戦士階級に交戦を控えるように命令出来ないのかい?」

ゲシュペンストΔ
 「口頭であれば可能だ、だがそれは非効率」

ゲシュペンストΔは付近の下位階級の個体を統率する権利を所持していた。
それ故に初遭遇の時、凄まじい数のゲシュペンストを伴っていたのだ。

琉生
 「じゃあ貴方より上の階級ならもっと大きな権限があるんだから、止められるんじゃ?」

ゲシュペンストΔ
 「その説得は恐らく難しい……巡礼旅団は母を中心とした集団行動を取るが、上位個体程思考に柔軟性が無い」

はっきりそう言うとゲシュペンストΔに琉生は少し意外そうな顔をした。
ゲシュペンストΔが初めて文句めいた事を言ったのだ。

ゲシュペンストΔ
 「なにか?」

琉生
 「あ、ううん!? なんでもない!」

ゲシュペンストΔ
 「観察結果、神の子は理不尽だ」


 「? ちょっと待って、神の子? 姫野君の事かい?」

純はゲシュペンストΔの些細な言葉を見逃さなかった。
時折ゲシュペンストΔは姫野琉生を神の可能性と呼んでいたが、純は何かが引っかかったのだ。

ゲシュペンストΔ
 「姫野琉生は神へと至る可能性が今の所最も高い、それは神の子と言える」

琉生
 (神の子……西田望さん、あの人が神へと至った……)

琉生にはその意味が分からなかった。
しかしゲシュペンストΔが巡礼する者であれば、それは聖地への巡礼となる。
ゲシュペンストΔが琉生に敬意を払う、その理由もそういう信仰の対象になり得たからだ。

琉生
 「ねぇ教えて、そもそも神ってなんなの? ゲシュペンストには随分重要そうな物言いだけど」

ゲシュペンストΔ
 「神は信仰によってなる、姫野琉生、お前は信仰の対象なっている」

琉生
 「え? わ、私が……!?」

琉生にはそれは理不尽な言葉だったが、純や依乃里はその意味を理解した。
それはニンフィアが既にそれを証明していた。
ニンフィアは片時も琉生の側を離れず、琉生に触手を絡めていた。
ニンフィアにとって琉生は保護対象のような認識かも知れないが、見方を変えれば琉生の信者であった。

ニンフィアだけではない、陰キャで臆病で苛められ続けた人生に諦念を抱いていた絶望の少女が、ここまで自分を必死に変えていき、そして多くの出会いを得て、琉生を慕う者は増えていった。
運動会で戦った他県のポケモン少女達、ロシアのポケモン少女やアメリカのポケモン少女、そしてかつては敵であり、今では頼れる仲間となった悠那や、ずっとクラスメイトとして琉生を支えてくれた仲間たち、気がつけば琉生は多くの者に愛される存在になっていたのだ。

ゲシュペンストの価値観において、それは信仰であった。
琉生が限りなく神に近いと言われる所以は、彼女が正真正銘のポケモンヒロインであり続けるからなのだ。

琉生
 「それじゃグレイシア少女も……?」

ゲシュペンストΔ
 「グレイシア少女は人類の希望となった、ポケモン少女とはどういう存在なのかを人類とゲシュペンストに刻みつけた、彼女はなるべくして神へと至った」

神は死んだ時、どれだけの人の中にその存在があるのかが重要だという。
グレイシア少女の西田望はそうやって、琉生達の記憶に名前が残ることはなかったが、全てのポケモン少女の原点として知られ、多くの人にポケモン少女を認識させたのだ。


 「……兎に角事故を減らす、その方法しかないか……」

人類とゲシュペンスト、その複雑な状況はやはり急激に改善するような策はない。
精々ポケモン少女に手を出すなという指示が限界だろう。

ゲシュペンストΔ
 「こちらもなるべく誤解を解くよう努力しよう」

ゲシュペンストとの間接的停戦交渉は一先ず問題なかった。
とはいえ、これはあくまで現場の指揮官と、一介のポケモン少女管理局の局長の口約束だが、これで戦いが終わるなら易いことだ。

依乃里
 「さて、それじゃ姫野、貴方の目的の話をしましょうか?」

琉生はそれを聞くとゴクリと喉を鳴らした。
元々本部への来訪を望んだのは琉生がグレイシア少女に諭されてだった。
グレイシア少女はここに全ての始まりがあると聞かされた。
それは今を変える情報だと思った。
だが……これは想像以上だったかも知れない。

琉生
 「西田望さんについてです」

琉生はオドオドしながらも、はっきりとした目で、純を見た。
純は意外そうに目を丸くする。


 「初めてのポケモン少女、同じポケモン少女なら誰だって気になるよね……」

純の顔は少し辛そうだった。
依乃里はそんな純を気に掛けるが、純は首を振った。


 「駄目だな……僕は、もう忘れるべきなのに……」

琉生
 「……」

琉生は静かに少しだけ不安げに純を見つめた。
純はそんな琉生のある種シンパシーを覚えていた。


 「西田望、彼女はね……この学校、この街に住んでいた間違いなく普通の少女だった」

西田望は、純と同い年の高校生で、野球部に所属する純の幼馴染だった。
望は快活で活発な少女だった、高校でも軽くアイドルのようで皆に愛される存在だった。
そんな高校生活の中、純は望を愛し、望もまた純を愛したという。
言ってみれば淡いメロドラマの中、普通なら普通に恋愛して、場合によっては結婚だってしていたかも知れない。
だが……時はゲシュペンストが確認され始めた時代だった。
純は下校中にゲシュペンストの群れに囲まれた、それはゲシュペンストからすれば観察か威嚇行動かだったのだろうが、純は絶対絶命の中、必死に抵抗した。
純はそんな危険の中死さえも覚悟する中、純を助けたのは望だった。


 「望はね、言ったんだ、隠していたけど、実は魔法少女なんだって」

まだポケモン少女という定義が存在しない時、望はグレイシアの声を聞いたという。
ポケモンの声に従うまま、彼女は変身してゲシュペンストと戦う。
やがてゲシュペンストの事が大分分かり始めた頃、徐々にポケモン少女に変身する女の子達が現れ始めた。
純はポケモン少女しかゲシュペンストの対抗ができない事を知り、ポケモン少女を組織化させた。
それはポケモン少女、もっと言えば望を護りたい一念による純の行動だった。

しかし、ゲシュペンストとの戦いはポケモン少女といえども命懸けだった。
それに加えて、ポケモン少女の異能は政治が関わる問題にもなり得た。
後のポケモン少女管理局に至って整備されたポケモン少女達の環境もまだ無かった頃、望は誰よりも勇敢で最前線に戦ったのだ。


 「だけど……終わりはきた」

純の顔は深刻そうだった、依乃里はなにも口を挟まない。
ただ依乃里も気にしてない訳ではないらしく、肩を掴んで震えていた。


 「今でもあの瞬間は正直覚えていない……ただ、望は目の前で人の姿を辞めたんだ……」

その時、望は限界を迎えグレイシアに変貌した。
突然グレイシアに変わった望にはもうそこに愛した望はいなかった。
純は発狂し、自傷するまでに至った。
依乃里はそんな純を想って、その記憶を封印したのだ。
そうしなければ純は壊れていた、最もその性で純の親友であり戦友だった杉森恭介と致命的な喧嘩別れをする事になったが。


 「グレイシアは狂ったようにゲシュペンストと戦った、ゲシュペンストを強く憎悪し、絶対に許さないグレイシアは味方さえ区別することが無く、そして戦いの中で死んだらしい」

琉生
 「らしい?」


 「解らない!? 覚えていないんだっ!」

依乃里
 「局長……人は知ることで絶望する事だってあります、知らない事の方が幸運な事だってあります」

依乃里はバッサリとそう言うと、純は頷いて落ち着いた。
グレイシアに関しての殆どの記憶を封印された純はそのお陰で今があるという。
依乃里は徹底した管理主義を掲げるその理由、そして彼女は絶対的に高圧的なその理由はそこにあった。


 「馬鹿げてるよな……ポケモン少女には限界、というより寿命があったんだ……大体のポケモン少女が18歳前後で寿命を迎え、皆ポケモンに肉体を奪われる……ポケモン少女は所詮ポケモンが受肉する器でしかなかったんだ……」

琉生はそっとニンフィアに目を向けた。
話にとことん興味がないのか、ニンフィアは琉生の足元で丸くなりうたた寝していた。
こんな悪意も感じないニンフィアが、本当に愛をただ蘇る為だけの器でしかなかったのだろうか?
琉生はオオタチを疑いたくなかった。
確かに琉生に宿ったオオタチは性格も悪くツンデレな所がある。
しかしこれまで琉生は何度もオオタチに助けられてきた。
オオタチが邪悪なソウルなら、琉生等直ぐに器に利用されていただろう。

琉生
 「……どうして18歳なんですか? いやそれ以前にどうして14〜15歳前後の女の子にしかポケモンのソウルは宿らないんですか?」


 「確かな事は現状ではまだ確実なことは言えない、ただ分かっている事から推測するならば……それは処女受胎だ」

琉生
 「処女受胎!?」

かつてダビデの子キリストは聖母マリアの子として産まれたという。
聖母マリアは処女でありながら天使ガブリエルの予言により受胎告知を受け、キリストを誕生させたという。
現状で分かっていた事は、男が絶対にソウルが宿る事はあり得ない、そしてその理由こそが処女の子宮だと考えられた。
何故14歳なのか?
一説には第二次性長が関係していると言われる。
14際の少女は子宮が完成し、生理が起きる頃であり、もしソウルの憑依に関係するならば、ポケモンの受肉はそんな未使用の子宮から始まると言われているのだ。

琉生
 「そ、それって……し、子宮が、その、つ、使われちゃうんで、ですか!?」

琉生は耳まで真っ赤にしてその事について詳しく聞いた。
まだ15歳の琉生にとって口にするのも恥ずかしい言葉にそれでも聞かないといけない事に羞恥心は最大だった。
流石にそんな琉生の反応には純も少し困惑気味で、依乃里だけが「だから乳臭いガキなのよ」と恥ずかしがる琉生を批難した。


 「あくまで仮説だけどね? 本当のところはなんとも、そして18歳には少女が明確に大人になる境目だって言われてる、ポケモンにとって成長しきった、つまり最も肉体が理想的に完成したその時が受肉に理想的なのかも知れない……」

琉生
 (それじゃあ愛先輩ももう大人だった?)

少し分からないが、ただそれも仮説ではある。
愛が大人かと言えば、見た目は幼くとても子供っぽい人だっただけに、それだけが理由とは思えなかった。

依乃里
 「結局はシンクロ率よ、ソウルとのシンクロ率が80%を超え始めたら危ない、愛は警告出してたのよ」

ポケモン少女にとってシンクロ率は重要だ。
40%以下では補助装置ありでも変身出来ないし、シンクロ率が高いほどポケモンの力を引き出せる。
元々のオオタチが決して強大な力を持つポケモンじゃないだけに琉生には特にシンクロ率は重要だった。

琉生
 「でもシンクロ率って……なんで年齢で上がるんです?」

依乃里
 「長くソウルが馴染むと変身時間が伸びるでしょ? アンタだって最初何分維持できた?」

琉生も初めての変身は3分程度だったろうか?
初めてゲシュペンストと戦った時は15分が限界だった。
今でも1時間変身できたら上出来だろう。

依乃里
 「シンクロ率ってね、どれだけ変身が違和感無くなるかよ……完全に無くなった時、人間を辞めるの」

シンクロ率が100%に達すると、ポケモン少女は人間の肉体を維持できなくなる。
愛のように本当に前触れもなくポケモン少女は簡単に肉体を奪われるのだ。


 「因みに、誰でも18歳まで生きられる訳じゃないからね? 特に姫野君? 君要注意だから!」

琉生
 「えっ?」

純に釘を刺されると、琉生は意外そうだった。
無理もない、誰だって不思議な位琉生は天性のソウルとの相性の良さを持っているのだから。

依乃里
 「アンタ一番やばい時94%もシンクロしてるのよ? アンタみたいな早熟なポケモン少女なんて初めてなんだから」

それを聞くと琉生は肝を冷やした。
改めて数字で聞くとまざまざと危険域にあったのだと驚かされる。
よくなんで暴走しないのかと驚かれる理由が今分かった気分だ。

依乃里
 「ま、アンタがオオタチになったらちゃんと介錯してあげるから安心しなさい」

そう言われても、琉生は複雑な気持ちだった。
依乃里からすれば、ああ可哀相、でも生きていたら不都合多いもんね、そういう事だった。

琉生
 「ポケモン少女の限界……だからポケモン少女は不自然に先輩が少ないんですね」

依乃里
「アンタ、目の前で先輩がニンフィアになって何を思った? 怖かったでしょう? 愛する人が居なくなった時、その人を愛していれば愛している程、アンタらみたいな心の弱い少女は簡単に壊れるのよ?」

琉生は今も愛の絶叫する声が耳に残っているようだった。
愛の身体がどんどん小さくなり、あっという間に人間の皮を捨て去ってニンフィアになった時、恐ろしくて仕方がなかった。
自分たちが使い捨て、その現実を知った時……心の弱い子ならどうなってしまうだろう。

依乃里
 「でもま……アンタ本当に心臓に毛が生えてんじゃないのって位図太い奴って事は分かったわ、今もそうやってケロッとしてるんだから」

琉生
 「き、気が動転してるだけです!」

実際ニンフィアに変わった瞬間は状況が極限状態であり、気が動転していたのは本当だ。
とはいえこれはどう説明すればいい?

依乃里
 「アンタ今愛の説明どうしようって考えたでしょ? 馬鹿な事は考えない事よ?」

琉生
 「えっ? どういう意味ですか?」

依乃里
 「もうそいつは愛じゃない、ニンフィアはサンプルとして回収する、愛の存在は抹消する」

琉生は机を叩いて立ち上がった。
驚いたニンフィアは飛び起き、唸り声をあげる。

琉生
 「ま、待って下さい!? 愛先輩の存在を抹消する? 何故です!?」

依乃里
 「アンタ馬鹿ァ? 愛は死にました、これが今の愛だった物ですって関東支部の皆に説明して、どんなメリットがあるの? 三年生は特に絶望するわよ、次は自分だって、自暴自棄になりかねない。ちょっと早いけど二年生だって、皆逃げ出しちゃうわ。誰だって死にたくない、なんとか恐怖を抑えてゲシュペンスト相手に死物狂いで戦っていた、所詮は愛に飢えた少女達よ?」

真っ当な事を言えば、依乃里が正しい。
しかし琉生は理屈で分かっても感情で理解する事が出来なかった。

琉生
 「愛先輩は消させません!」

依乃里
 「アンタの意見なんて聞いてないわよ、これは全体の問題なの!」

ニンフィアは触覚を通じて琉生の感情を感じ取った。
ニンフィアはすかさずテーブルに上がると、強い警戒感で依乃里に前のめりになって睨んだ。

ニンフィア
 「フィー!」

ゲシュペンストΔ
 「強い敵意、確認」

ゲシュペンストΔは警戒して後ろに下がった。
あくまで矛先が自分やゲシュペンストでないなら静観するということだろう。


 「ちょ、やめ! 辞めるんだ! 依乃里も!」

慌てて純は依乃里とニンフィアに手を突き出し、静止した。
しかしニンフィアにとってこの男も琉生の敵だと認識したのか、ニンフィアは純の手に噛み付いた!


 「いったー!? 痛い痛いっ!? まじ痛いって!?」

依乃里
 「な!? この駄ポケモンが!?」

依乃里はその瞬間キレると、サイコキネシスを練りだした。
しかし直ぐに琉生はニンフィアの触覚を思いっきり引っ張った!

琉生
 「駄目です! 愛先輩! メッ!」

ニンフィア
 「フィー!?」

ニンフィアにとって一番急所でもある触手を琉生は躊躇いなく引っ張るとニンフィアは涙目になって口を離した!

琉生
 「すいません! 本当に愛先輩が! 本当に本当にすみません!!」

琉生は何度も純に頭を下げた。
依乃里はポカンとして、サイコキネシスを不発に終わらせた。
ニンフィアは不満げに琉生に振り返るが、琉生はニンフィアを抱き抱えると、大人しくなった。
改めて愛先輩なら絶対あんな事はしないだろう、その行動が明確に愛先輩とは違う誰かを感じて琉生は悲しくなった。

琉生
 (それでも! 愛先輩はまだ消えてない! 愛先輩は必ず取り返すんだから! 抹消なんて絶対させない!)


 「あーいや、まさか噛まれるとは思わなかったけど、依乃里ちゃんも悪い事したからさ?」

依乃里
 「悪い事って必要な事なんですが!? 負の情報なんてただのJKに教えたって百害あって一利なしって!」

実際の問題、明日には自分が消えていると思ったらどんな気分だろう?
何故ポケモン少女が強制的に家族から引き離されるか、それも原因はこれにある。
琉生のように毒親相手で、家族になんの未練もない少女なんて稀であり、普通に両親に愛され、そして愛する少女からすれば全寮制はそれだけでストレスが溜まるものだ。
そんな不安定な少女をある種歪んだ兵士にしなければいけない。
なんて悪夢的であろうか、だがこの現実は依乃里のような鉄の精神で管理することで、なんとか秩序は保たれているのだ。

依乃里
 「悪役なんて幾らでも言われてもいい! 汚れ役なんて慣れてる! でも、自由が如何に弱者を追い詰めるか……局長は分かっている筈でしょう!?」


 「でも……もう目の前で彼女は受け入れている訳だし……」

依乃里
 「彼女は異例です!」

あんまり異端児扱いされるのも複雑だが、琉生はその時チャンスじゃないかって考えた。
ゆっくりと音もなく後ろに下がったのだ。

ゲシュペンストΔ
 「姫野琉生?」

琉生
 「あ……えとデルタ、私の話聞いてくれてありがとう……良ければ友達になれたら良いのにね?」

ゲシュペンストΔ
 「友達? 友達とは?」

琉生
 「大切だと思える人ってこと、よ!」

琉生はチャンスを見ると、一気にニンフィアを抱えたまま教室を飛び出した!
依乃里はそれに気がつくと。

依乃里
 「姫野琉生!? ち……あの馬鹿は!?」

依乃里は慌てて琉生を追いかけ飛び出していく。
部屋にはゲシュペンストと一ノ瀬純だけが残った。

ゲシュペンストΔ
 「観察結果、人間は不条理だ」


 「はは、辛辣だね? でも……僕たちは理屈を超えて愛情を持つことがあるんだ」

ゲシュペンストΔ
 「愛情……友達」

ゲシュペンストΔはその時、人間が以下に愚かで理不尽で不条理な存在か知った。
こんな思考もバラバラの生き物が無茶苦茶な事して、種として存続していることが不思議でならなかった。
だが、琉生に言われた友達の意味、そして純の言う理屈じゃない愛情。
ゲシュペンストΔは自分の心にある今の想いが何なのか答えを知りたかった。
それは姫野琉生が知っている筈だ。
ゲシュペンストΔは音もなく浮かび上がった。


 「あ、もう行くの?」

ゲシュペンストΔ
 「有意義な時間だった、多分に理不尽で意味不明だったが」

ゲシュペンストΔにとっては実に非効率な時間だったが、同時に人間を知る良い機会だった。
良い意味よりも、悪い意味で知ることになったが、それでもゲシュペンストΔは琉生を信じることにした。

ゲシュペンストΔ
 「友達を助けにいく」

ゲシュペンストΔはそう言うと部屋を誰よりも速く飛び出した。



ポケモンヒロインガールズ

第52話 解決の糸口、譲れない想い 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2022/11/11(金) 18:16 )