第51話 希望の果てに
第51話 希望の果てに
依乃里
「全く局長は………時々フラリと移動するのだから」
ユクシー少女の神成依乃里はポケモン少女管理局局長の一ノ瀬純の命令でオオタチ少女の姫野琉生とニンフィア少女の友井愛をポケモン少女管理局本部へと案内した。
しかし待っている筈の部屋に純の姿が無かった。
依乃里は二人を待たせて、探しに向かった。
恐らく担任室だろう。
もしかしたらお腹が空いて早弁をしているのかも知れないなんて、呑気な気持ちだった。
依乃里
「局長? こちらには?」
依乃里は担任室の扉を開くと中を覗いた。
だが……そこにいたのは。
ゲシュペンストΔ
「……ユクシー少女と確定」
そこにいたのは無機物的な表情を浮かべるゲシュペンストΔであった。
それを目撃した瞬間、依乃里は凄まじい念動力を放出しゲシュペンストΔを攻撃した!
ガシャァァン!
念動力は担任室を破壊し尽くし、ゲシュペンストΔは外へと押し出された。
ゲシュペンストΔ
「攻撃意思を確認」
ゲシュペンストΔは吹き飛ばされながら、表情は何一つ変えることは無かった。
一方で依乃里は憤怒の表情でゲシュペンストΔを睨んだ。
常に目を瞑っている依乃里だが、その念視はゲシュペンストΔを憎悪で常に見ていた。
愛
「な、なんですかこれはー!?」
愛は校庭側の窓を開くと、ゲシュペンストΔを見た。
初めて見るゲシュペンスト、しかしその姿はあからさまにポケモン少女と似ていた。
一方ゲシュペンストΔも愛を見た、正確には愛の後ろに感じるニンフィアのソウルを。
琉生
「ゲシュペンストΔ!?」
遅れて琉生が顔を出した。
ゲシュペンストΔの視線は愛から琉生に移る。
琉生を見て、ゲシュペンストΔは呟いた。
ゲシュペンストΔ
「神の可能性、いや……姫野琉生」
琉生
「ッ!? 何故貴方がその姿をしているの!?」
琉生はゲシュペンストΔを睨みつけた。
今琉生の手には一枚の写真が握られている。
そこにはゲシュペンストΔと同じ顔が写っていた。
琉生
「グレイシア少女の姿を何故模倣するの!?」
ゲシュペンストΔ
「……」
ゲシュペンストΔは何も答えなかった。
だがそんなゲシュペンストΔなどお構いなく、依乃里はゲシュペンストΔを追撃した!
依乃里
「局長をどこへやった!? 貴様ーッ!!」
依乃里は念動力を強める、しかしゲシュペンストΔには通じない!
可視化される程の圧倒的に圧縮された念動力さえも、ゲシュペンストΔの纏う漆黒のドレスの裾は揺れる事さえない。
あの不可視のバリアのような物は極めて強固で、通常の攻撃では傷一つつけられない。
その上でゲシュペンストΔは圧倒的なスピード、そしてパワーを依乃里に見せた!
ゲシュペンストΔ
「迎撃」
ゲシュペンストΔは一瞬で三人の前から姿を消した!
それは音速を超えた動きだった!
ゲシュペンストΔは正面から依乃里を捉えていた!
依乃里は未来を予測し、ガードを固めた!
しかしゲシュペンストΔは依乃里に衝撃波を放った!
衝撃波は依乃里を吹き飛ばすとグラウンドに直撃し、それはクレーターを作る程の一撃だった!
依乃里
「がは!?」
愛
「い、依乃里ちゃん!?」
琉生
「くっ!? メイク・アップ!」
琉生はソウルリンクスマートフォンを取り出した。
オオタチ少女に変身すると、琉生は素早くゲシュペンストΔの前に飛び出した。
愛
「る、琉生ちゃん……依乃里ちゃん!」
だが愛は逡巡していた。
今愛の中でニンフィアのソウルが凄まじく高鳴っている。
これまで愛が感じた事の無いほど、ニンフィアが叫んでいた。
アレを倒せ、アレを許すな、と。
愛は首を振った、倒す事は重要じゃない、護る事が重要なんだ。
愛は覚悟を決めるとソウルリンクスマートフォンを構えた。
これ程まで恐ろしい変身は初めてだった。
愛
「メイク・アップ!」
ソウルリンクスマホ
『ソウルニンフィア、コンバート』
愛は心臓が飛び跳ねるような衝撃を受けた。
人間の身体をポケモンの身体へと置換していく、愛はニンフィア少女に変身した。
愛
「る、琉生ちゃん一人では危険です!」
愛は慌てて琉生を追いかける、だが愛はゲシュペンストΔよりも依乃里の下に向かった。
愛
「依乃里ちゃん、大丈夫ですか!?」
クレーターの中心でボロボロの依乃里はゆっくり上半身を持ち上げた。
その顔は苦悶であり、無理をすれば死んでしまう大ダメージだった。
依乃里
「くぅ! あ、愛……アンタ変身したの?」
愛
「ちゅ、忠告を破って申し訳御座いません、でも今は……!
愛はニューヨークで依乃里に変身は控えろと忠告されていた。
愛はウインディがポケモン少女の成れの果てと知り、いつ自分もそうなるのか恐ろしかった。
実際、今は昂ぶる身体を愛は精神力で抑えるので精一杯だった。
依乃里
「……どうなっても知らないわよ?」
依乃里は念動力を自身に作用させて立ち上がった。
愛
「アレがゲシュペンストΔなんですね……」
依乃里
「今度こそ逃さない……! アイツだけは!」
愛は依乃里の様子、そして自分の中で感じるニンフィアのソウルに恐怖した。
ゲシュペンストΔの強さも一因だ。
愛
(どうしましょう!? 戦うにしても、あんな相手に!?)
ゲシュペンストΔ
「……敵性意思依然健在、排除する」
ゲシュペンストΔは依乃里に手を向けた。
琉生は依乃里と愛に向かって叫ぶ!
琉生
「駄目! 避けて!!」
その瞬間、ゲシュペンストΔの手が槍めいて形を変え、それが凄まじいスピードで伸びた!
かつてウインディにとどめ一撃に選ばれたそれは、依乃里に狙いを定める!
愛
「ハッ!? 依乃里ちゃん!」
愛はすかさずリボンみたいな触覚を依乃里に巻き付け、すかさず引っ張った!
間一髪、依乃里の脇を馬上槍めいた一撃が掠めた!
依乃里
「ッ、はぁ、はぁ! よ、余計なお世話、よ!」
依乃里はもう身体が動かない程だ、にも関わらず強引に念動力で身体を動かすその執念は愛を戸惑わせた。
愛
「馬鹿言わないで下さいプンスカプーン! 死んだら皆悲しむんですよ!?」
愛は珍しく激怒してみせた。
依乃里は思わず予想外の事にポカンと口を開いたまま固まった。
愛は顔をグシャグシャにして大泣きし、依乃里を必死で静止した。
愛
「貴方の無茶で、大切な人が泣いちゃうかもしれないんですよ!? 依乃里ちゃん!?」
依乃里
「……散々頭悪い事言って馬鹿らしくて、現実なんてなんも知らないのによく喋る、ムカつくわ」
愛
「い、依乃里ちゃん……!」
依乃里は「はぁ」と溜め息を吐いた。
しかしその顔は普段の冷徹鋭利な表情を取り戻していた。
依乃里
「だけどおかげで冷静になれたわ、一応感謝する」
依乃里はそう言うとゲシュペンストΔを睨んだ。
ゲシュペンストΔは先程の動きをじっと推考している。
琉生
「ゲシュペンスト! こっちだ! 私が相手する!」
その隙に琉生はゲシュペンストΔを挑発した、ゲシュペンストΔの視線が琉生に向く。
琉生は緊張の糸を保ちながら、ゲシュペンストΔの一挙一動をコンマ単位の細やかさで観察していた。
恐らく今なら銃弾でさえ琉生は回避する、それ程の極限の集中状態はオオタチのソウルが激しく琉生を責める性でもあるだろう。
オオタチ
『オオウ! オオオオーウ!!』
琉生
(うく!? オオタチさん、落ち着いて! 激情だけでは勝てない!)
オオタチのソウルが琉生の意識上に表出する程のシンクロ状態、この厄介な同居人の手綱を握る琉生は必死にオオタチを抑え込んだ。
琉生
(人を超え、ケモノを超える……!)
琉生は構える、オオタチに主導権を奪わせない、その人馬一体めいたポケモン少女としてのシンクロは理想的であった。
だが理想的とは一歩でも踏み誤れば、琉生を一瞬で地獄へと導く崖っぷちでもある!
ゲシュペンストΔ
「良いだろう、再び姫野琉生を再審査する」
ゲシュペンストΔは琉生の前までゆっくりと降りた。
琉生は間近でゲシュペンストΔの顔を見て、そのゴシックめいた漆黒のドレスを見て……これがグレイシア少女と同様なのだとまざまざ理解した。
琉生
「貴方が何故ポケモン少女の姿をしているのかは知らない……! それがなんであれ、私達は負けられないから」
ゲシュペンストΔ
「それは巡礼旅団も同様だ、巡礼の道半ばを邪魔する事は許されない」
琉生
「ッ!! ハァ!」
琉生は一瞬で踏み込むと、ゲシュペンストΔに肩から当たりにいった。
それは琉生自身知らないが拳法における崩拳と呼ばれる技と酷似していた。
ゲシュペンストΔはそれを冷静に不可視のバリアで防ぐ。
しかし琉生は更に爆発的な踏み込みを行い、ゲシュペンストΔに密着する!
琉生
「イヤー!!」
琉生のワンインチパンチ!
ゲシュペンストΔは身体をくの字に曲げた!
ゲシュペンストΔ
「く!? やはり……!」
初めてゲシュペンストΔが表情を少女らしく歪めた。
琉生は赤い目を光らせ、それを目撃すると少しだけ戦意が落ちた。
しかしそれがいけない、ゲシュペンストΔは反撃するように、蹴りを琉生に放った!
琉生
「くっ!?」
琉生はその瞬間、走馬灯めいて無数の選択肢が浮かび上がった。
こちらも蹴りで対抗する?
否、身体の強度が異なる相手にその選択は悪手だ、自分の足が砕かれる映像が琉生を襲う。
琉生
「くぅ!」
琉生はすかさずしゃがみ込んだ!
ゲシュペンストΔの瞬速の蹴りも琉生の髪を巻き上げるだけ、だが琉生はただしゃがんだだけではない!
その足に全てのエネルギーを溜め込み、爆発の機会を待っていた。
琉生
「イヤァァァ!!」
琉生はその瞬間一回転した!
琉生の全長にも匹敵する大きな尻尾を振り上げると、ゲシュペンストΔに叩きつけた!
ゲシュペンストΔは同様に回転する!
ゲシュペンストΔもまた尻尾を振り下ろしたのだ!
二人の力がぶつかり合う!
その瞬間、二人は吹き飛ばされた!
琉生
「あああー!?」
ゲシュペンストΔ
「くう!? こ、これが姫野琉生……このまま成長を続けるの、か?」
地面に転がる琉生に対して、ゲシュペンストΔはなんとか踏みとどまった。
まだ地力ではゲシュペンストΔが上回る。
しかしゲシュペンストΔは姫野琉生に驚異を感じていた。
ゲシュペンストΔ
「やはりポケモン少女は危険」
琉生
「か、勝手な事、を!?」
琉生は口から血を吐くと、赤い瞳の色彩を更に濃く変えようとしていた。
愛は物凄い胸騒ぎを琉生から感じ取った。
このままでは琉生ちゃんが取り返しの付かない状態になるのでは!?
そう思った愛は咄嗟に飛び出した!
愛
「もう止めましょう!? ゲシュペンストΔさん! 貴方も拳を下ろして!」
愛は二人の間に割って入った。
愛とて状態は良くない、ニンフィアが既に思考に表出しつつあるのだ。
それでも愛は人間性を失わなかった、人間の黄金の精神を愛はゲシュペンストΔと琉生に見せつけた。
琉生
「愛先輩、ゲシュペンストΔの前では危険です!」
愛
「いいえ! 退きません!」
ゲシュペンストΔ
「何故止める? お前達は同胞を狩るのが目的だろう?」
ゲシュペンストΔは少なくとも敵意の無い者には大人しかった。
愛は汗をダラダラ流しながら、ゲシュペンストΔに微笑む。
愛
「それは違います! ポケモン少女は、正義の味方です!」
その時、琉生の赤い瞳が揺らいだ。
赤い瞳孔は徐々に暗く黒へと染まっていく。
自分達が何の為に戦うのか、それは憎しみじゃないと自覚するとオオタチが一気に遠ざかった。
同様にゲシュペンストΔはその言葉の意味を沈思黙考した。
依乃里
「おい! クソ女! 局長をどこへやった?」
ゲシュペンストΔは後ろに回った依乃里を見る。
この不可思議な状態、興味深くもある……特に友井愛。
ゲシュペンストΔ
「私はまだ関与していない、だが俄然興味は湧いた」
依乃里
「なんですって?」
ゲシュペンストΔ
「友井愛、お前に問う? 正義の味方というが、そもそも正義とはなにか?」
愛
「困っている人を助ける事です!」
ゲシュペンストΔ
「だが、それは状況によって異なる、我々が味方の窮地を助ける事も、君の意見では正義となるのではないか?」
愛
「正義は勿論個人の主観を含み、そして正義とは人の数だけあると私も自覚しています、それでも……私は皆の笑顔を護れる事が一番大切なんです!」
愛は誰よりも正しく正義のヒロインだった。
ややもや馬鹿げている程、愛は慈悲の精神を持って、その意思を行動に移す。
それは少なからずゲシュペンストΔに共感させたのか、ゲシュペンストΔは考えた。
ゲシュペンストΔ
「次、姫野琉生の質問への解答……この姿は君たちポケモン少女の強さを再現するため、そしてこの少女の素体は参考にしうる最初の神へと至ったものだ」
琉生
「グレイシア少女が神へと……!?」
その時だ、琉生はソウルの奥で、オオタチとグレイシア少女を見た。
グレイシア少女は困ったように微笑み、ただ琉生を促した。
琉生
「ゲシュペンストΔ……! お前の目的はなんだ!?」
ゲシュペンストΔ
「私の最大の行動目的は巡礼旅団の安全な旅を確保する事、そして安全と驚異を知り対策する事、私の最大の目標はポケモン少女を駆逐するべき対象かの審査だ」
愛
「な!?」
依乃里
「貴様! それだけの為に! 全てのポケモンを滅ぼしたというのか!?」
それは衝撃の言葉だった。
ゲシュペンストは明確にポケモン少女を危険視している。
今ポケモン少女が存在するのは、ゲシュペンストの旅の通過点にあったポケモン達の世界を滅ぼされて、肉を失ったからだと言う。
そしてポケモン達が須らくゲシュペンストに憎悪を持つのはその復讐だと言われてきた。
そう、それらは全て真実だったのだ。
ゲシュペンストにとってポケモンは危険であった。
好戦的であり、縄張り意識さえ持つポケモンはゲシュペンストを襲い、ゲシュペンストは反撃した。
巡礼するゲシュペンストにとって、巡礼はまだ道半ば、その旅団を護る為ならば、目の前の危険を全て駆逐するのは当然と考えていた。
ゲシュペンストΔ
「君たちは事実驚異だ、それは巡礼旅団の長い旅路でも最大の危機だと言っても過言ではない」
愛
「そ、そんな……それで……アグ!?」
愛は突然頭を抱えて、蹲った。
ニンフィア
『ニン! ニィィ!』
愛はニンフィアの声を聞いた。
頭がガンガンと叩かれたような痛み覚え、愛は絶叫と共に身体を仰け反らせた。
愛
「ああああああああ!?」
依乃里
「ち!? こんな時に!?」
琉生
「愛先輩!? しっかりしてください愛先輩!?」
琉生は咄嗟に愛の肩を掴んだ。
愛は全身の血管を浮かび上がらせていた。
依乃里
「時間切れよ! 姫野琉生、愛から離れなさい!」
琉生
「時間切れってなに!? 愛先輩はどうなってるの!?」
愛は掠れる意識の中で琉生の悲痛の叫びを聞いた。
黄金の精神が静かに瓦解していく中、愛はニンフィアの触覚に触れた。
愛
『ニンフィアさん、どうか、琉生ちゃんを悲しませないで……』
薄れゆく意識の中、愛の精神がニンフィアの中の溶け込んでいく。
琉生は目の前の少女が更に変身していくのを愕然と見守った。
愛の身体は更に小さくなり、そこには大きめの猫程度の大きさのポケモンニンフィアが抱かれていた。
琉生
「え……え?」
琉生は現実を受け入れられなかった。
愛がポケモンに変身したのだ。
ニンフィア
「フィー! フィー!」
ニンフィアは琉生から暴れるように抜け出すと、前かがみになってゲシュペンストΔに唸り声を上げた。
ニンフィアは激しくゲシュペンストΔに敵対心を見せた。
同じだ、ニューヨークで見たウインディと同じ光景だった。
ニンフィアはゲシュペンストを激しく憎む、その憎悪は痛い程オオタチを刺激する。
愛の成れの果てが………こんな姿?
もはや愛の肉体はなく、ニンフィアの再生の為に利用された。
そしてニンフィアはゲシュペンストを激しく憎む、愛を踏み台にして。
依乃里
(く!? だからよ! だからポケモン少女は秘匿しなければならない! 大人になる事も出来ず、ポケモン少女なんて所詮ポケモン再生の受肉に過ぎないなんて現実を知ったら、高校生が堪えられる訳がないじゃない!?)
依乃里はニンフィアを見ていられなかった。
愛の寿命が残り僅かなのは知っていたが、できる事も延命だけだった。
ポケモン少女は使い捨てだ、そういう割り切りはあったが、依乃里にとってもそれは辛いものだった。
ニンフィア
「ニーン!!」
ゲシュペンストΔ
「ニンフィア、危険性増大」
ニンフィアはゲシュペンストΔに向かってマジカルシャインを放った!
不思議な光はゲシュペンストΔの身体焼くような痛みを与えようとするが、ゲシュペンストΔは不可視のバリアでそれを防ぐ。
このままではいけない、琉生は必死にニンフィアに抱きついた。
琉生
「もう止めて愛先輩!」
ニンフィア
「フィー! ニー!」
ニンフィアは暴れる、琉生を邪魔者とさえ思っているのか、琉生に憎悪を向けようとした。
だがニンフィアの精神にそっと、手綱を握る少女がいた。
ニンフィアはそれを感じると、不思議な表情で首を傾げると琉生を見つめた。
ニンフィア
「フィー?」
琉生
「あ、愛先輩……?」
琉生にはなぜニンフィアが止まったのかは分からなかった。
ただ、大人しくなったのはきっと愛先輩だからだと思いたかった。
ゲシュペンストΔ
「ニンフィアが大人しくなった?」
琉生
「ゲシュペンストΔ……! 私は貴方達を許せない……、でももう不幸の連鎖なんて嫌なの!? どうして話し合わないの!?」
ゲシュペンストΔ
「私と、話し合いたいのか?」
琉生
「戦いたい訳ないでしょ!? 話し合って解決出来るなら、その方が良いって何故理解できないの!?」
琉生の悲痛の叫び、ゲシュペンストΔは意外そうな顔をした後、静かに拳を振り下ろした。
ゲシュペンストΔ
「その提案に応じる」
ゲシュペンストΔはそう言うと、戦意を喪失させた。
依乃里は呆然とする……あのゲシュペンストが琉生の悲鳴めいた叫びに応じたのだ。
ゲシュペンストΔ
「神成依乃里、言っておくが、お前達を信用したのではない」
依乃里
「……ふん! お互い様よ!」
琉生はそれを見て、変身を解いた。
もう変身限界だった。
そのまま琉生は前のめりに倒れてしまう。
琉生
「う……」
琉生が倒れるとニンフィアは琉生に顔を近づけた。
ペロペロと琉生の顔を舐め、そしてまるで護るようにニンフィアは長い二本の触覚を琉生に絡みつかせて身を寄せた。
***
グレイシア少女
「遂にここまで来たね……」
夢の中で琉生はグレイシア少女を見た。
グレイシア少女は何者か? 何故ゲシュペンストが襲ってくるのか。
その答えはもう目の前だった。
琉生
「貴方は神樣なんですか?」
グレイシア少女
「うーん? 結果的にそうなった、かな? アハハ……神って言っても見守る事しか出来ないんだけどねー?」
オオタチ
「オオウ……」
オオタチはグレイシア少女がそこにいるのが不満なのか身体を丸めるとそっぽを向いた。
グレイシア少女は相変わらずの態度に苦笑いだった。
グレイシア少女
「オオタチはまるで、自分と琉生ちゃんの場所に土足で入ってくるなーって感じだよねー?」
オオタチ自身縄張り意識が特に強いポケモンだ。
常に大人のオオタチは周囲を監視し、群れを護るという習性があり、オオタチは驚異に対する危機意識の強い種族なのだ。
琉生はそんなオオタチに微笑を浮かべた。
グレイシア少女はそんな琉生に疑問を浮かべた。
グレイシア少女
「ポケモンが怖くないの? 乗っ取られちゃうよ?」
琉生
「乗っ取られるのは正直怖いです……でも、オオタチも私だから」
オオタチは琉生であり、琉生はオオタチである。
お互いを引き合ったからこそ琉生はオオタチと巡り合った。
不思議だがオオタチに恐怖はない。
それを見てグレイシア少女は、安心した。
グレイシア少女
「私はね? 最初のポケモン少女だった、偶然グレイシアのソウルが私に憑依しちゃてね? 普通の生活が出来なくなった」
琉生
「じゃあ、どうしたんです?」
グレイシア少女
「戦うしかなかったわ、折り悪くもグレイシアはゲシュペンストの向かう先を追いかけて、偶然この世界にたどり着いたの、世間では未知の存在ゲシュペンストに脅かされていた」
それは教科書でも学んだ事のあるポケモン少女とゲシュペンストの歴史だった。
ポケモン少女がなんで救世主になったのか、ポケモン少女管理局誕生への切っ掛け。
グレイシア少女はその全てを体験していったのか?
グレイシア少女
「ゲシュペンスト相手に戦えるポケモン少女は人類の希望だった、人類はゲシュペンストを恐れ不必要に刺激してしまった性でゲシュペンストは人類を敵視していたから」
人類はゲシュペンストにとって驚異にはならなかったけど、それでも纏わりつく蚊がいれば、叩いて殺してしまうだろう。
その程度の感覚でゲシュペンストは人類を迎撃した。
どう足掻いてもこの価値観の違う人類とゲシュペンスト、そしてポケモンの三者は奇妙な巡り会いをしてしまった。
グレイシア少女
「ポケモン少女はゲシュペンストにとって驚異になったわ、ゲシュペンストは急いでポケモン少女を駆逐する必要があった、だけどゲシュペンストαやβが返り討ちにあうと、γを投入せざるを得なかった……それも撃破されると……」
琉生
「Δが出てきた……教えて、じゃあΔが貴方の姿をしているのは」
グレイシア少女はそれを聞くと呆れた顔で笑った。
グレイシア少女
「よっぽど私にコテンパンにされたのが、堪えたのねー? 私なんて普通のグレイシア少女なのにさ?」
グレイシア少女とゲシュペンストΔが同じ姿の理由、それは非常にシンプルな理由だった。
ただ単純に驚異だった者を模倣しているだけなのだ。
グレイシア少女
「まぁ、一応ゲシュペンストΔにはさ? ポケモンも脅威じゃなかった、人間も全然危険じゃない、なのになんで混ざるとこんなに危険なんだって思ったのよ、種を脅かしかねない存在を徹底的に調べて対策をしたの」
その結果が、ゲシュペンストとしてあの隔絶したΔの強さか、と琉生は驚異を覚えた。
でもグレイシア少女は笑いながら首を振った。
グレイシア少女
「ポケモン少女の強さは、人でありポケモンでもありながら、それらを超えようとする理想の融合にあるのにね?」
琉生
「あの……愛先輩はもう、消えたんですか?」
融合、その爆発的な強さを琉生は理解している。
だがその末に待っていたものも見てしまった。
グレイシア少女
「まだよ、あの娘はまだニンフィアの中にほんの少しだけど残ってる!」
琉生
「ッ!? 本当ですか!? それなら愛先輩も!」
グレイシア少女
「落ち着いて! でもそれは極めて難しいわよ? 言うなればポケモンの方が肉体を人間に返還するように促さなければならない、言ってみれば死ねと言っているようなものよ?」
琉生はギュッと制服のスカートを握った。
ニンフィアに罪があるのか分からない……でも、愛を取り戻したい。
ニンフィアをどうすれば愛に肉体を返そうとさせられるか?
それは蜘蛛の糸のような奇跡が必要だった。
グレイシア少女
「ポケモンのゲシュペンストへの憎しみさえ無くなれば……なのだけど」
琉生
「でも……奇跡でも道が見えたなら、私は希望を持ちます……!」
希望は見えた。
琉生はその希望の果てに、この長すぎた戦いの歴史に終止符を打ちたい。
ポケモンヒロインガールズ
第51話 希望の果てに
続く……。