ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第49話 夢生、依乃里、その謎

第49話 夢生、依乃里、その謎



姫野琉生達が日本を離れていた頃、日本にいる居残り組だった江道夢生と古代燈は平和な日本での学園生活を送っていた。

夢生
 「あー、退屈ビュンねー」

大きなピンクのツインテールを左右に揺らす小柄な少女夢生はそう言いながら、街の巡回活動に参加していた。
琉生達が嘘みたいな過酷な戦いに巻き込まれているかと思えば、こっちは殆ど事件らしい事件も無かったのだ。
それを隣でそんな夢生より更に一回り小さな燈は今日も仲良く夢生のボヤキを聞いていた。


 「夢生は事件が起きて欲しいの?」

夢生
 「それ望んだら悪者一直線ビュン! むーもそこまで外道にはなれないビュン!?」

夢生は相も変わらずテンションが高い、燈の何倍も全身を使って感情表現する様は本当に元気だなと痛感する。

夢生
 「ただ、やっぱり皆がいないと寂しいビュン」

皆とは、当然琉生達のことだ。
燈も悠那がいない事は寂しい事だったが、それでもこちらには七海桜がいるだけマシなのかもしれない。


 「あ、見てタイヤキだよ」

燈が道端で販売しているタイヤキ屋を指差すと、すかさず夢生は目を輝かせた。

夢生
 「こういう時は甘い物! 一緒に行こ♪」

夢生はそう言うと燈の小さな手を取った。
燈はにこやかに微笑むと「うん」と頷いた。

夢生
 「タイヤキ下さ〜い♪」

キャンピングカーを改装したよくある屋台の前に来た二人はタイヤキのラインナップを見た。
壮年の店主はそんな二人を見て笑う。

店主
 「やぁポケモン少女学園の子達♪ いつも見回りご苦労さん♪」

夢生
 「ほえ? 夢生達の事知ってるの?」

店主
 「知ってるも何も、ここらじゃ有名だぞ? もしかして1年生かな?」

二人は頷いた。
ポケモン少女達は街の人間からすれば正に正義のヒロインだった。
しかし、琉生やきららのように華やかな活躍を持たない夢生からすれば、それは少しピンと来ないのかもしれない。


 「夢生ちゃん、この辺りで私達の制服を着ているのは私達位だよ?」

夢生
 「そういえば」

ポケモン少女の守秘を守る為に東京の外縁に新たに新設されたこの新都市は他の学区とは繋がりもなく、必然的に学生服を着ていれば、遠目でもそう思われるのだろう。
まして二人は腕に腕章を巻いている、言ってみれば治安部隊のような彼女達はそれだけ目立っていた。

店主
 「ハハ♪ 君たちのお陰でここ最近は平和だ、いつもありがとうな!」

夢生
 「エヘヘ〜♪ それ程でもないビュン〜♪ あっ、タイヤキこし餡でお願いします♪」

店主
 「あいよ♪ そっちの娘は?」


 「じゃあカスタード」

店主はそれを聞くと直ぐにタイヤキを焼き始めた。
二人はそんな作業風景を楽しそうに眺めている。


 「ねぇ夢生ちゃん」

夢生
 「なにビュン? あかりん?」

燈はさっきの店主の話を気にしていた。
夢生は平穏というか、いつも何を考えているのか分からない能天気っぷりだが、燈は違った。


 「ゲシュペンストの出現率低下……本当に私達が駆逐出来たのかな?」

夢生
 「むー? 夢生はよく分かんないビュン! けど……るーちゃん達が居なくなったら、ゲシュペンストも現れなくなったビュン」

それはまるで琉生達がゲシュペンストを呼び込むかのような存在なのか。
夢生も燈も琉生達をそんな疫病神のようには考えたくはない。
しかし二人は知らないが、少なくとも琉生達はロシアでもアメリカでも大規模なゲシュペンストの襲撃と遭遇していたのだ。
果たしてこの因果関係にはなにがあるのか?

店主
 「あいよ! タイヤキお待ち!」

夢生
 「あ! わーい♪ ありがとうビュン♪」

夢生は財布を取り出すと、タイヤキを受け取り、代金を支払う。

夢生
 「燈ちゃん、はい♪」


 「……お金」

燈はお金を夢生に差し出した。
しかし夢生は首を横に振る。

夢生
 「ああ、良いビュン♪ 一緒に楽しい時間をくれたお礼ビュン♪」

夢生は結構ワガママで子供っぽい所も大きいが、根は誰よりも優しい娘だ。
なんの嫌な顔もせず、いつもニコニコ笑顔で、夢生は燈に微笑む。
燈はタイヤキを受け取ると、少しだけを顔を赤くした。


 「ん、それはこっちの方が……」

寧ろ救われているのは燈の方だ。
しかしその小さな声は、夢生には届かない。

夢生
 「なんか言ったビュン?」

燈はフルフルと首を振った。
面と向かって感謝するのは照れ臭い。
だが、元々敵対していた燈と夢生。
そのギクシャクした関係も、全く無視して友達として隣にいる夢生に燈は何度も救われていた。
燈でも自分が盲目的に悠那に従った事、そして自分は自分の意志ではなく、ただ悠那の役に立ちたい為にテロリストになったのだ。
悠那や桜は勿論、燈とて関東支部への配属に複雑な思いはあった。
だがそんな既成観念を完全に打ち崩した夢生や他の関東支部の皆には感謝しかなかった。


 「ほー? 巡回中の身分で買い食いかー?」

ビクン! 二人はまるで小動物のように震え上がり背筋を伸ばした。
本来、この巡回も学業に属する。
買い食いは何度も口酸っぱく琉生に止められていた事を夢生は思い出した。
そんなある種顔を青ざめた二人は声の掛かった方を振り返った。
しかしそこにいたのは3年の藤原真希だった。
調査部より支給されるウェアラブル眼鏡が特徴的なクールビューティーは二人を見つけ、思わず吹き出した。

真希
 「プッ! アハハ! 誰と思った? どうせ闘子でしょー? アイツ無駄に規律には厳しいからねー♪」

現在1年生を受け持つ友井愛は琉生達と一緒に遠征に出ていた為1年生の授業は本来2年を受け持つ剛力闘子が行っていた。
豪放磊落を地で行く女だが、愛に比べると幾文か厳しいのだ。
そんな筋肉馬鹿に平然と陰口を叩くこの先輩は本当に仲が悪いのか疑問になってしまう。

夢生
 「まっきん、脅かさないでビュン〜」

夢生は相手が真希だと分かると、思わず項垂れた。
とりあえず真希ならば、それ程ガミガミ言う方ではない。

真希
 「アンタ、相変わらず妙なニックネーム呼びするわね……私あんまりソレ好きじゃないんだけど」

燈は思わず苦笑した。
最初変なあだ名で呼ばれたのかとビックリしたが、逆に夢生はまともな名前で呼んでくれないので既に慣れていた。
とはいえ、根本的に感性の違う夢生と真希では、微妙に価値観が合わないのだ。

真希
 「まぁいいや、ふーんタイヤキかぁ」


 「タイヤキ好きなんですか?」

真希
 「まぁね、3年は体力使うから甘い物は格別で〜♪」

普段キリッとした大人な表情の似合う真希だが、甘い物には目が無いのだろう。
その顔はとろけるといった表情で破顔していた。

真希
 「ふっふーん♪ 私はどうしようかなー?」

夢生
 「流石買い食い常習犯、全く躊躇いがないビュン!」

真希
 「うっさい! 食わなきゃ体重維持出来ないのよ!?」

世のダイエット女子が聞けば卒倒しそうなセリフだが、事実真希はここ最近体重が落ちてきた事に危惧していた。
調査部でも、外での活動がメインの真希は一日中動いている。
特にここ最近は妙な気怠さ等も感じ始めており、殊の外真剣だった。

真希
 (やっぱり原因は愛よね? もう久しくあの娘の手料理食べてないんだもん〜)

普段中々休まない真希をストップさせるのは愛の役目だった。
愛もまたそういう性分だからこそ、真希に手料理を振る舞う機会も多く、真希の健康管理はある意味愛に委ねていたのだ。

真希
 「んー、ここからここのやつ、1個ずつ」

二人は真希のオーダーにギョッとした。
真希は真顔でメニューの端から端のメニュー注文したのだ。

店主
 「え? 聞き間違いじゃ?」

真希
 「間違ってないわよ、ほら、早く頂戴!」

真希は憤慨するように、店主に作業を促した。
二人は呆然とそれを見守るしかなかった。



***



真希
 「あむ♪ んん〜♪ やっぱり抹茶バニラ今来てるわね! 今年間違いなく私の中では三傑だわ!」

真希は大量のタイヤキが入った紙袋を抱えながら、至福の笑顔でタイヤキを頬張っていた。
既に自分が注文したタイヤキを食べ終えた、夢生と燈は呆れている。


 「藤原先輩、太らないの?」

真希
 「んー? どっちかって言うと痩せる方が多いわね、てかポケモン少女って常人より食うでしょ?」

夢生
 「そうなの?」

真希
 「そういう研究データが出ているのよ、一般女子と比べて、ポケモンのソウルを宿した憑依者は1.5倍は食べるってね」


 「ソウルもお腹が空くの?」

真希
 「案外そうかもね! ま、そういう訳で体重維持の為に食わなきゃならないのさ!」

真希はそう言うと、パクパクと次々タイヤキを口に入れていった。
痩せの大食いに見えてしまうが、真希からすれば九州の出本麗花を知っているだけに、この程度では大食いの範疇に入らないのだ。
それに食べるだけなら闘子の方がよほど食べる、もっともアイツももっと現実的な理由で筋力増強の為に食べているのだが。


 「私大食いなのかな?」

夢生
 「燈ちゃんいつもお菓子食べているビュン」

お菓子大好き少女達だが、夢生も呆れる程に燈はよくお菓子を食べている。
その上で今まで三食欠かさず、残した事も無いのだからよく食べる方だろう。

夢生
 「やっぱりポケモン少女って普通じゃないんだビュンねぇ」

真希
 「やめときなさい。そう言う言い方、でないと社会復帰した時苦労するわよ?」

夢生
 「あれ? そう言えばまっきん先輩以上の年上のポケモン少女なんて知らないビュンねー?」


 「確かに……そもそもなんで3年生が先生なんだろう?」

二人は不思議そうに俯き、顎に手を当てた。
普通ならOBの存在はそれまでの歴史が証明するよう多く居るはずなのだ。
だが夢生達には過去のポケモン少女達の情報を閲覧する事が出来ない。

夢生
 「まっきん先輩の頃の先輩ってどんな人たちだったビュン?」

真希
 「ああ、愛や闘子にも大きく影響を与える優しくても厳しい人だったわねぇ……でも、あれ? なんで? 名前も、顔も思い出せない……?」

真希は頭を抱え、必死にその顔を思い出そうとした。
1年生の時こんな事があった、どんな教育を受けたかは漠然とだが思い出せる。
ただ、はっきりした事が何も思い出せなかった。
あまりに摩訶不思議な事だ、そもそも今まで先輩達の存在さえ忘れていたのだ。

真希
 (考えてみれば調査部にも私より年上のポケモン少女が何故かいない……なんで? じゃあ私に今の技術を教えてくれた人は誰なの?)


 「それ以上はいけない」

真希は顔を上げた。
気がつくと目の前に目を瞑った状態で浮遊する少女が立っていた。
ユクシー少女の神成依乃里は、真希達がタブーに触れる事を許しはしなかった。

真希
 「アンタ、ユクシーしょう……!?」

その時だった、真希も夢生も燈も静止した、依乃里が僅かに瞳を開いたのだ。
まるで時間が止まったかのようだったが、依乃里は溜息を吐くと、言った。

依乃里
 「はぁ……、どこもかしこも問題だらけ、その業を背負うのも楽じゃないわね」

依乃里は誰に言ったでもなく、そう愚痴るその場から一瞬で消え去った。
気がつけば静止した3人だけがそこにおり、自然と3人は動き出す。

真希
 「あれ? 何の話してたっけ?」


 「……覚えてない」

夢生
 「うー? この感覚前にも? あー! それよりまっきん先輩タイヤキ少し別けて欲しいビュン!」

3人の直前の記憶は既にない。
依乃里はこうやってポケモン少女の秘密を守り続けていた。
それは真希でさえ預かり知らぬ、人間の業そのものなのかも知れない。



***



ポケモン少女管理局で働くロトム少女の銀河冥子の肉体は、今現世には存在しなかった。
では冥子はどこにいるのか?
彼女は今、膨大な情報が広がる電子の海を飛翔していた。
ロトム少女である冥子はこのデジタルな世界に身を通じ、ある秘密を探っていたのだ。

冥子
 「くそ、ここにもないか」

冥子が探していたのは、あるポケモン少女の秘密だった。
それは神成依乃里であり、そしてその後ろにある存在についてだ。
量子の海から冥子が手を翳せば、古のオベリスクにも似た情報データが電子の海面から競り上がってくる。
冥子の前に表示されたのは、エアームド少女江道夢生のデータだった。

冥子
 「ハズレか」

冥子は夢生のデータに対しては目も通さず、それを戻す。
目当ての情報を得るにはもっと危険な深部へと潜る必要があるかも知れない。

冥子
 「ここでも結構危険だってのに」

冥子は頭上を見上げた。
黄金に輝く空に、赤い光が01ノイズとなって降り注いだ。
それはデータをハッキングやクラッキングから守るセキリュティソフトの抽象化した存在だ。
触れば一瞬で冥子は存在を失い、自我をロストするだろう。
だが、ロトム少女のそのパフォーマンスを最大に発揮すれば、それは子供騙しに等しい。
赤い光の隙間に潜り込み、難無く回避するのだ。

冥子
 (考えてみれば江道夢生……なんこんなセキュリティレベルが高い場所に保管されているんだ?)

その場所は冥子本人や八神悠那のような存在が保管されているサーバーだった。
訳ありで、殊更に並の職員では閲覧出来ないデータ群なのだ。
冥子は改めてもう一度江道夢生のデータを浮上させた。
冥子は具にそのデータを閲覧していく。

冥子
 「こいつ発見に遅れて、暴走した状態で捕獲されたのか」

夢生はポケモン少女でありながら、その発覚が遅れてしまい、暴走状態の中、藤原真希に鎮圧され、その後関東支部へと編入されたのだ。
多かれ少なかれ、発見が遅れる事は今の技術では多少ある。
あの星乃きららでさえ、発見が遅れ編入には少し遅れたらしい。
だが、この程度で悠那や冥子のような明確な反乱意思を持った者と同等とはどういう事だ?

冥子
 「このガキ……閲覧に更にセキュリティが厳重な部分がありやがるな……」

冥子はそれを見つけると目くじらを立てた。
しかしそのセキュリティもやはり冥子の前では呆気なく解錠された。

ピシピシ、冥子の目の前に映る抽象的な描写は、夢生の石版にヒビを入れた。
やがて、それは脆くも粉砕すると、その中には光り輝く立方体があった。
まるで箱の形を成していない箱とでも評するべきか、その輝く立方体は自然と開き、その封印されしデータを開陳してしまう。

冥子
 「特A級テロリスト?」

それは信じられないデータだった。
いや、今の夢生を見て誰がそれを信用出来るというのか?
しかし冥子は目撃してしまった。

江道夢生、世界の真理に到達。
杉森恭介の関係者、強制暴走を起こし、存在崩壊を持って消去を図るも失敗、神成依乃里によって記憶を消去し、偽の記憶を移植する。

冥子
 「は……?」

冥子は思わず気持ち悪い笑顔で口角を上げてしまった。
ほんわかニコニコでいつでも能天気な少女は真理に到達してしまった。
しかしそれは管理局にとって都合が悪く、消される一歩手前だったという。
今まで知っていたその少女は本来の少女ではないのかも知れない。

冥子
 「おい、これはもしかしなくても……はは! 当たりかも知れねぇ!」

冥子は始めて明確な成果を実感した。
夢生の知る真理と、冥子の求める秘密が必ずしも一致するかは分からないが、これは正に天から落ちた蜘蛛の糸のようだった。

ファンファンファン!

突然冥子に緊急連絡が入った。
物理座標に神成依乃里が戻ろうとしているのだ。
冥子は思わず棚からぼた餅のこの状態にハイテンションだった。
冥子はそれまでの閲覧や動向を丁寧に消去していくと、すぐさま物理座標に戻るのだった。

依乃里
 「あら? いたの?」

依乃里がいつものオフィスに踏み込む時、冥子は既にスーツ姿で仕事をしている様子だった。
依乃里は冥子の気配を感じられず、何処かでサボっているか悪いことをしていると思ったが、確証が得られなければ動けない。

冥子
 「お前こそいつもご苦労だよなー、秘密主義も大概にした方がいいぜ?」

依乃里
 「知ったらまともじゃいられなくなる秘密だってあるのよ……軽々しく言うんじゃないわよ」

冥子
 「まともじゃいられなくなる、ねぇ?」

それこそが冥子が求める情報だ。
だが疲れた様子も見せず、依乃里は冥子は隣に座った。
先程危険を察知して飛び出して行ったが、本当にプロフェッショナルな女だ。

冥子
 (今日の所はこんな所、か)



***



ポケモン少女管理局局長、一ノ瀬純は夕焼けに染まるとある廃校の前にいた。
そこは誰も知らない本当のポケモン管理局の本拠地だ。
ここを知るのは世界でも3人しかいない。
それがここから全てが始まった場所だからだ。


 「恭介? 来てたのか?」

純はいつものようにスーツ姿だったが、一方で純より先にそこに訪れていた恭介はカッターシャツで多少ラフな姿だった。
恭介は鋭い視線で純に振り返った。

恭介
 「ここは俺にとっても想い出の場所だからだ」


 「そう、だよな……俺たちここの卒業生だしな」

二人にとって、この変哲もない森の中にある廃校は大切な想い出だった。
彼らかつてここで野球部に所属する何処にでもいる普通の男子高校生だったと言う。
しかし高校も卒業する前にあの事件が起こってしまった。
その時が、全ての始まりであり、そしてそれまでの終わりであった。


 「ゲシュペンストが出現しなければ……俺も恭介もこうはならなかったのかな?」

こう、とは己の今の姿を見てだった。
純は柄にもなく、スーツに身を通し、全てのポケモンのソウルを憑依させてしまった少女達を守る為に働き続けた。
同じ志を持っていた恭介や依乃里の手伝いもあり、ポケモン少女の重要性とゲシュペンストの危険性、それらを世界中の首脳達に説き伏せ、ポケモン管理局は誕生した。

だが、恭介は純の言葉に目くじらを立てた。
恭介は完全に純と意見が一致した訳ではなかった。
特にポケモン少女達の管理の在り方に決定的な違いがあった事から、恭介は管理局を去ることになる。
だが……本当はそれだけではないのかも知れない。

恭介
 「こうなったのはそれ以前の問題だ、お前だって分かるだろう?」

純は校舎を見上げた、恭介の言葉を受け止めてなんだか苦しかった。
あまりにも不完全で、それ故に妥協しか出来なかった純。
かたや純粋さのあまりか、妥協を許せなかった恭介。


 「なぁ? 久し振りにキャッチボールやらないか?」

純は唐突に恭介に振り返ると、笑顔でそう言った。
恭介はただ「は?」とあ然とするしかなかった。



***



恭介
 「……よくこんな物が残っていたな?」

恭介は久し振りに嵌めたグローブと、硬式野球ボールを握り込んだ。
純の天然さは、恭介の記憶から何も変わっていない。
屈指のお人好しで、誰かの事でいつも頭を悩まし、その癖自分だけでは何も出来ない駄目人間。
いつもその傍らには彼をしっかり面倒見る恭介や、依乃里……そしてある少女の姿があった。


 「廃校になってから手付かずでさー! 買い取った時には殆ど残ってたぜ! それよりボール!」

「ふん!」と鼻を鳴らすと、恭介は鮮やかなフォームでボールを投げた。
バシィン! という音が純のグローブから響くと、それがその球威を表していた。


 「流石元ピッチャー、我が校のエースだよな」

純は久し振りの事にボールこそしっかりキャッチするが、腕が痺れていた。
それでも綺麗なフォームでボールを返す純もまた元野球少年の所以だろう。

恭介
 「俺が輝けたのは、お前というキャッチャーがいたからだ、お前はもう少し自分の実力を自覚しろ」

優しく投げ込まれたボールは特に狂う事もなく、正確に恭介のグローブに吸い込まれた。
相変わらずコントロールの良い奴だと恭介は感心した。
純はニコニコ笑顔で、ただ童心に帰っていた。
そんな男に複雑な想いを抱く恭介は苦笑する。

恭介
 「は!」

バシィン! 再び剛速球投げる恭介、純もしっかりキャッチするが、少し辛そうだ。


 「今の150は出てた? 野球まだ続けていたの?」

恭介
 「社会人野球を少しな……」

恭介はその見た目からも分かる通り、既に30代ながらよく鍛えられている。
身長もあり、その高低差から伸びるストレートは彼の最大の武器だった。


 「惜しいよね、恭介なら絶対甲子園行けたよ、プロにだってなれた」

純はボールを投げ返す、やはり優しい投球だ。
恭介とは逆に純は衰えたなと感じる。
だがこうして辛うじて身体は動くし、何より恭介と会話を交わせるのが嬉しかった。

恭介
 「……結果が全てだ、確かに俺たちの最後の夏はゲシュペンストの出現により無かった事になった」

恭介は今度は変化球だ、カーブするボールを純は「おっと!」と慌てて追った。


 「かも知れない! でも今でも恭介は凄いじゃないか!?」

純はなんとか捕球すると、そのまま回転するように反動をつけて投げ返す。
だが、その乱暴な投げ方ではボールはやや狙いから機動が逸れた。
恭介は手を伸ばし、それを取ろうとするが、ボールはグローブが僅かに届かなかった。
虚しくボールは夕焼けの校庭を転がった、純は肩で息していた。


 「はぁ……、駄目だ、やっぱりもう身体がついていかない」

恭介
 「……純、お前はいつまでこうしているつもりだ?」


 「えっ?」

恭介は真剣な表情で純を睨みつけた。

恭介
 「望(のぞみ)が死んでからお前はそうだ! いつまで現実から目を背ける!?」

西田望、それは校内の教室の一室にある写真が飾られていた。
そこに写る少女こそ純と恭介にとってあるターニングポイントになる少女だった。
純はその名前を聞いたとき、まるでずっと忘れていたようにポカーンとした。
いや、忘れていた訳ではない……だが、どこか空虚なのだ。

恭介
 「お前……望になにも思わないのか!?」

恭介はその態度に憤慨した。
だが純はそんな恭介の怒りを感じて、暗い顔で俯いた。


 「分からない……俺、望との想い出がどんどん無くなっている気がするんだ、おかしいよな……ずっと大切な娘だったのに」

恭介
 「お前……!? 依乃里をお前の元から遠ざけろ! お前の記憶を奪ったのは依乃里だろう!?」

依乃里
 「酷い言い草ですね、先輩」

突然、恭介の真後ろに依乃里は顕現した。
恭介はキッと純に向けた表情よりも厳しく依乃里を睨みつける。
しかし依乃里にとってただの人間でしかない恭介にいくらガンを飛ばされようと涼風だった。
ポケモン少女の中でも、絶大な力を誇る依乃里にとって、恭介を鎮圧するのは赤子の手を捻るに等しいのだ。

恭介
 「依乃里……! 何故お前はそうなった!?」

依乃里
 「……元恋人とはいえ、今更ですか? 今の私にとって貴方より局長の方が愛しているのですよ!?」

依乃里は目こそ開けない、だがその顔は誰よりも真剣で胸に手を当て力弁した。
神成依乃里は恭介や純が高校生の時、一学年下の後輩だった。
野球部でマネージャーを努める大人しいが甲斐甲斐しい子だった。
当初は誰もが憧れる恭介と付き合っていたが、その少女には純への淡い想いがあった。
それでも彼女が恭介を選んだのは。

恭介
 「お前は望に懐いていた、だから純から手を引いた……」

それは恭介も理解していた。
依乃里の視線はいつでも純に向かっていた。
しかしその時純は望と付き合っていたのだ。
それは残酷なことだった。

依乃里
 「私にとってあの人は、ある意味で消えてくれて清々してますよ、そのお陰で局長を独り占め出来るんだから!」

純は知らなかった、依乃里が自分に尽くす理由がそれだったなんて。
だがそれ以上に純には不可解な事があった。


 「依乃里ちゃん、一度も俺の事名前で呼ばないよね?」

依乃里
 「ッ!?」

依乃里はその言葉に驚いた。
純は依乃里の事を信じたかった。
依乃里は一度だって純を裏切る行為はしなかったんだから。
だが、それが好意による物ならこれほど不思議な事はない。
何故依乃里は純の事を一度も名前で呼ばないのか?

依乃里
 「そんな事……私、には、恐れ多くて……っ!」

依乃里は突然頭を抱えて、蹲った。
純は慌てて依乃里の下に駆け寄った。


 「大丈夫!? 依乃里ちゃん!?」

依乃里
 「はぁ、はぁ……! だ、大丈夫、です」

依乃里にはここ最近、このような状態が続いていた。
それを見た恭介はある事を呟いた。

恭介
 「寿命……か?」

依乃里
 「わ、私は……まだ!?」

恭介
 「依乃里、君には不自然な事が多すぎる……少なくとも昔の君と今の君は違い過ぎる」

その言葉に狼狽えたのは依乃里だった。
過去の事実を知るこの二人、純もまた依乃里が変わったという印象はあった。

依乃里
 「わ、私……私、は」

かつてここまで弱々しい姿を依乃里が見せた事はあったろうか?
このユクシー少女にはなんらかの嘘がある、その事実を恭介は知っていた。

恭介
 「君は本当に依乃里、なのか?」

依乃里
 「ッ!?」

依乃里はその場から一瞬で消え去った。
まるで答える事に恐れているように。
そして、それらを一部始終見ていた……いや、観察する者もいた。

ゲシュペンストΔ
 「……あれが人間、そしてポケモン」

それはとあるグレイシア少女と同じ姿をしたゲシュペンストΔであった。
より正確に記るすならば巡礼旅団か。
その存在はただ離れた木陰からその様子を観察していた。
何故ゲシュペンストが人に興味を抱いたのか、それは彼女にも分からない。
ただ、彼女はある意味でその探求する意味そのものを求めているのかも知れない。

ゲシュペンストΔ
 「私は知らなければならない……」

ゲシュペンストΔもまた、誰に聞かれるでもない闇を伴い消え去った。
彼女の空虚な瞳は次に見ていたのは姫野琉生だった。



***



少しずつ世界は動き出す。
琉生達がニューヨークにいる頃、夢生はつまらなさそうに授業を受けていた。
先輩話ではもうすぐ皆が帰ってくる。
そんな話に心を踊らされながら、同時にそれでは解決出来ないなにか矛盾めいた心の穴があった。

夢生
 (どうして……なんで繋がらないビュン?)

闘子
 「ん? おい江道! ここまでの説明理解できたか!?」

夢生
 「はい! ぜんっぜん! 解りません!」

教壇で電子黒板に授業内容を書き込む闘子は思わずずっこけた。
そんな様子に燈はクスクス笑う。

夢生
 「むう〜、笑わないでビュン〜」


 「クス、ごめん。でも夢生ちゃん本当に勉強が苦手なんだね」

夢生
 「なんでか解らないビュン〜、ただ、何か引っかかるというか」

闘子はそんな夢生の対応に頭を掻いた。
本来は1年が担当ではないため、詳しい事は愛じゃないと分からないだろう。
ただ、闘子は夢生が不自然に勉強が出来ない事に疑念を抱いた。

闘子
 (アイツ、中学時代では成績上位者だったとあるんだぞ? それが高校生になって、急に出来なくなるのか?)

しかし、現実として夢生はイマイチ勉強する意欲はあっても、それを上手く取り入れていない。
なるべく闘子も注意深くみていたが、不思議だった。

夢生
 (まっ、気にしても性がないビュン! 夢生は夢生らしく! ね!?)



ポケモンヒロインガールズ

第49話 夢生、依乃里、その謎 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2022/06/13(月) 18:13 )