ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第48話 ゲシュペンストΔ(デルタ)

第48話 ゲシュペンストΔ(デルタ)



ウインディ
 「ウオオオオオン!!」

夜のニューヨークは阿鼻叫喚だった。
ニューヨークの摩天楼、まるで空から見れば複雑な迷路のようにも見えるだろう。
そんな迷路に、赤い光が走り抜いた。
それはウインディ、まるでライオン、トラ、或いは中国神話に登場する麒麟かのような獣であった。
既に肉を失い、魂だけが彷徨い、少女達に憑依するポケモン達、ではこのウインディは何者なのか!?
ただ、神速のように速く、ニューヨーク市街を駆け抜けるウインディの背にはオオタチ少女、姫野琉生が必死にしがみついていた。

琉生
 「くっ!? この!?」

まるで暴走トラックのようだ。
琉生はウインディの鬣を必死に握り込み、決して離さない。
一方でウインディも鬱陶しそうに琉生を引き剥がそうと身体を震わせた。
ウインディと琉生のロデオ! まるでこれは我慢比べだ!
しかし、忘れてはいけない、ここがニューヨーク市街だと言う事を!

突然の強烈なフラッシュライト!
パァァァァンというクラクションに琉生は顔を青くした!
正面から大型バスが向かって来ていたのだ!

ウインディ
 「ウォン!」

ウインディは飛び上がる!
それは優にビル3階を飛び越える高さだった。
ウインディと琉生は大型バスを飛び越えると、やがて広々とした公園に突入した。

琉生
 「この、止まって!?」

琉生は必死にウインディの暴走を止めようとする。
けれどこの猛然とした獣は何を考えているのだろうか?
所詮人と獣は分かりあえないように、ウインディもまた琉生を見ていないかのようだった。
やがて、ライトに照らされただけの薄暗い公園内でウインディは急に止まった。
反動に琉生は空へと投げ出されるが、直ぐに姿勢を整えてウインディの眼の前で着地した。

ウインディ
 「ウウウウウウ!」

琉生は咄嗟に身構えた。
ウインディは頭を低くすると犬のように唸っていた。
琉生は冷や汗を流し、ウインディのそれが敵意なのか見定める。

琉生
 (なにか、なにか物凄い圧迫感を感じる……!)

それはオオタチの警告だった。
今までに感じた事のないプレッシャーに琉生は気圧された。
それはウインディの敵意か? 否! それは第三者だ。
琉生は気配を探るが、その気配はそこには無い。
だがたしかに感じるその畏怖に、ウインディは苛立っていた。

琉生
 「ッ……! 考えても仕方ない、取り敢えずウインディを落ち着かせないと!」

琉生はなんとか視線をウインディに向けた。
しかしウインディは顔を険しくし、琉生へと襲いかかる!

ウインディ
 「ウォォン!」

琉生
 「まずっ!?」

ウインディは琉生へと飛びかかる!
しかし琉生は側転し、その場から逃れた。
少しでも反応が遅かったら食い殺されていた、琉生は血の気が退く思いだった。
ウインディは直ぐに琉生の振り返ると、今度は口から炎を吐いた!
火炎放射だ! 琉生はそれを更に回避する!
炎は大地を焼き、琉生の逃げ場を奪う、琉生は焦り始めていた。

琉生
 (どうする? 戦って勝てる? でも負ければどうなる?)

琉生とて異形のゲシュペンスト達とこれまで何度も戦ってきた。
ポケモン少女とも拳を何度も交えてきた。
だが、こんな未知の獣は初めてだ。
ポケモンという存在がこれ程まで恐ろしいと思ったのは初めてだった。

琉生
 (怖い……でも!?)

ウインディは炎の中を駆け、琉生に襲いかかる。
琉生は横にステップするがウインディも今度は反応が速い。
しかし琉生は高速移動で瞬時に3体に分裂した。
ウインディは戸惑う、その隙に琉生はウインディに尻尾を叩きつけた!

琉生
 「はぁ!」

ズドォン!

ウインディをくの字に曲げる!
ウインディは呻く! しかしまだだ!

ウインディ
 「ウオオオオオン!!

ウインディが大音量の雄叫びを上げた!
琉生はそれに怯み、足を折る。
まるで声に琉生を跪ける言霊でも篭もっているかのようだった。

ウインディ
 「ウウウオオン!!」

ウインディはそんな琉生に一瞬で間合いを詰める!
琉生は「ハッ!?」と目を見開いた!
ウインディの神速だ! 風となったウインディを琉生が捉えたのは一瞬だ!
ただその一瞬で琉生はウインディに轢かれた!

琉生
 「ああああっ!?」

琉生は悲鳴を上げ、宙を舞って地面に激突する。
ウインディは強い、これがポケモン本来の強さなのか。
だとすれば人間はなんて弱いのだろう、ポケモン少女ではポケモン本来のスペックは到底引き出せない。

琉生
 「わたし、は……!」

琉生はゆっくりと身体を持ち上げた。
だが琉生は唸り声を上げて、四つん這いだった。
まるで獣に勝つには獣になるしかない、そんな様子だった。
赤い双眸を光らせ、牙を剥く。
まるで人の皮を被ったオオタチだった。

ウインディ
 「ウウウウウ!」

琉生
 「オオオオ!」

二匹のケモノは唸り、威嚇しあった。
体格は圧倒的に琉生が不利! しかし琉生は!

琉生
 「オオオ!!」

琉生は素早く駆ける!
ウインディもまた、激突するように走り出した!
二匹のケモノは燃え盛る公園の中で交錯する、死と隣り合わせの中、琉生は死神を見た気がした。

琉生
 「ハッ!?」

その直後、琉生は正気を取り戻した!
赤い双眸は失せ、琉生の眼の前にはウインディの牙があった。
ウインディの噛み砕く、そのまま肩に喰らえばいとも容易く腕を持っていかれるだろう!

琉生
 (私は何を!?)

琉生は咄嗟に正気を取り戻し、ウインディの噛み砕くを紙一重で回避する。
そして、同時にカウンターで浴びせ蹴りをウインディに合わせた!

ウインディ
 「ウォン!?」

ウインディが怯む、琉生は無意識の内に、ここまで何度も練習してきた拳法の構えを取っていた。

琉生
 (私、ケモノに成り果てた?)

オオタチのソウルは強く、今も琉生を痛めつけるようだった。
だが琉生はケモノではない、人間なのだ。
それを思い出させてくれたのはヤンの言葉だった。

(ヤン
 「人を越え、ケモノを越えるの」)

琉生
 (人を越え、ケモノを越える!)

琉生は詠春拳を構える!
そうだ、ケモノは決して人を越えられない。
人はそれだけでは弱く貧弱な存在だ、事実そのままではウインディにはまるで敵わない。
だからこそ人は鍛え、技を磨くのだ。

琉生
 「人を越え、ケモノをも越える……越えられる、私はポケモン少女なんだ!」

ポケモン少女、それは人なのか、ポケモンなのか。
そんな議論は何処でも行われてきたが、琉生にとってはそれはどちらもが自分の正体なのだという答えを得た。
ウインディは態勢を整えると再び、神速の構えを取った。
琉生は油断なき構えで待ち構える。

ウインディ
 「ウオオオン!!」

ウインディは再び風になった。
それは人ならばまず反応できない物だった。
だが琉生の身体は人ではないのだ、オオタチのソウルを宿し、その動きに対応出来るように肉体は再構築出来ている。

琉生
 「見切った!」

琉生はその瞬間、拳を前に突き出した!
それは正確にウインディの額に突き刺さった!
直撃の瞬間、周囲には衝撃波が走り、燃える公園を一瞬で鎮火した。
オオタチの身体から出る瞬発力と体幹、そしてヤンから学んだ人が連綿と続けてきたその技が融合した時、途轍もない力を産み出したのだ!

ウインディ
 「ウウウ……!」

ウインディは遂に崩れ落ちた。
琉生は残心を決めると、ウインディに一礼するようだった。
直後、後ろから騒がしい声がした。

明日香
 「大丈夫か琉生ー!?」

悠那
 「まだ死んでないでしょうね!?」

アリア
 「ハァハァ! 追いつきました……っ!」

琉生
 「……皆」

追いかけてきたのは一年生の皆だった。
皆既にポケモン少女に変身しており、いつでも戦える様子だった。
けれど少し遅かったようだ、ウインディは琉生が下していたのだから。

悠那
 「アンタ……それ、一人で?」

悠那は珍しく呆然としてウインディを指差した。
琉生はオドオドしながらもコクリと小さく頷いた。

琉生
 「う、うん」

明日香
 「うへぇ、肝が座っているっていうか、とんでもない奴だなぁ」

悠那
 「……く!」

悠那は琉生が結局一人でこの大騒ぎを鎮圧した事を信じられない様子だった。
いや認めたく無いのだ、でなければ悠那は琉生から追い放された気がしたからだ。
琉生の高いポテンシャルを認める悠那でも、琉生がどんどんと前へと進んでいくのは我慢ならなかったのだろう。

アリア
 「街は大混乱ですよ? 情報統制もできていないというか……そもそも、それはポケモン、ですよね?」

ポケモン少女の事は管理局が情報統制しているが、よもやウインディという本物のポケモンがニューヨークを駆け回った等、もはや止めようもなかった。
コラか何かとでも思って貰えれば幸いかも知れないが、そんな事よりも問題だったのはウインディという存在の証明かもしれない。

明日香
 「あー、えーと? 本当はこの世界にはちゃんとポケモンが存在した?」

アリア
 「もしそうなら、何故ポケモン少女が存在しますの?」

悠那は腕を組むと、その意味を類推する。
そしてそれは否が応でも神成依乃里の存在を思い出させた。

悠那
 (成れの果て? 私達の?)

悠那達反逆者達はある事実を知っていた。
それは突然消えたポケモン少女が存在ごと消されるという事実だ。
その不気味な事実を知った時、その存在を抹消しているのがユクシー少女の依乃里だと知ったのだ。
だが、前提から何かを間違えていたのかも知れない。
依乃里が存在ごと念入りに消す理由は何だったのか?
もしかすれば消していたのは、このポケモンそのものの存在?
そんな今は解決もしない答えを求めていた時だ。
突然その場にいたポケモン少女達は異様な気配に身の毛を攀じった。

アリア
 「ッ!? これはゲシュペンストの気配!?」

琉生でなくとも感じる事が出来る圧倒的な気配、全員がそれに警戒する中、公園を埋め尽くさんばかりのゲシュペンストは突然顕現した。

明日香
 「な、なんじゃこりゃー!?」



***



それは琉生達を中心として、数百メートルを覆って出現するゲシュペンストの大群だった。
事後処理に向かう依乃里はそれを見て、目くじらを立てた。

依乃里
 「鬱陶しいわね、ゴミ屑どもが……」

依乃里は直ぐに臨戦態勢を整えた。
直後、ニューヨーク上空からゲシュペンストγ2が依乃里に襲いかかる。
しかしユクシー少女たる依乃里のサイキックは桁違いだった。

依乃里
 「アンタ馬鹿ァ? その程度で、この私の首を取れるとでも?」

依乃里は視覚化出来る程の強烈な念を身体から放った。
依乃里の規格外のサイコキネシスはゲシュペンストγ2を捕らえると、カマキリの羽のような飛翔体を引きちぎる。

ゲシュペンストγ2
 「!?!?」

ゲシュペンストγ2は藻掻くが、依乃里は鬱陶しそうにゲシュペンストγ2を地上へと振り落とした!
ゲシュペンストγ2はアスファルトの地面を陥没させる程の衝撃を全身に受けると、一瞬で霧散した。

依乃里
 「ッ……!」

しかし、直後依乃里は頭を抱えて、苦しそうに顔を歪めた。
あまりにも圧倒的、正しく最強のポケモン少女であろうが依乃里は呼吸を整えると、再びポーカーフェイスを取り戻す。

依乃里
 「面倒は嫌いなのよね……全く」

依乃里は苛立ったようにそう言うとウインディのいる公園まで飛行する。



***



イザベラ
 「いいからさっさと非常事態宣言するんだよ! 糞知事!? 状況わかってんのかぁ!?」

イザベラは携帯を耳に当てながら怒号を放っていた。
その話している相手がニューヨーク州知事だと言うのだから大概だが、ニューヨークは混乱の渦にあったのだ。

マリー
 「オーマイガー……」

ダストダス少女のマリーはウインディ脱走事件後、依乃里から記憶を消されていたが、その後ニューヨーク中に現れだしたゲシュペンストに愕然とした。

きらら
 「マリー、しっかりしなさい、貴方がそんな様子じゃ1年生達はどうするの?」

マリー
 「オゥ……その通りね、ヘイ! ニューヨークは私達のホームよ! 各員民間人を避難誘導しつつゲシュペンストを駆逐するのっ!」

マリーはすでに変身済みのニューヨーク支部のポケモン少女達に健気に指示を出した。

リリィ
 「オーライ! たまには良いとこ見せないとネー!?」

スワンナ少女のリリィは飛び上がると、手当り次第見えているゲシュペンストにエアスラッシュを放った。

アマンダ
 「わ、私は逃げ遅れた避難民を!」

アリアドス少女のアマンダは腕から蜘蛛の糸を出すと、ビル街を高速移動し、民間人の救助に向かった。

ヤン
 「それでは私は、地上の掃討を」

一方で落ち着いたコジョンド少女のヤンは詠春拳の構えで手近なゲシュペンストの撃破に向かった。


 「皆が心配です……」

それぞれ散り散りに動いていく中、愛は変身していなかった。
依乃里の警告を受けてだったが、それで本当にいいのか不安だったが、きららは何も言わなかった。

きらら
 「私が1年生達を迎えに行く、愛は出来る事をして」


 「きららちゃん……あの」

きらら
 「申し訳無いけどのんびり話している時間はない」

きららはそう言うとパルキアの力で空間を切り裂き、周囲のゲシュペンストを掃討しながら、琉生達のいるゲシュペンストの群れの中心を目指した。



***



明日香
 「だぁぁぁぁ! おかしいだろう!? なんて数だよ!?」

ゴローニャ少女の明日香は放電を放つと、それはいたる所にいるゲシュペンスト達に襲いかかった!
悠那も負けじと竜の波動を出鱈目に討って掃討していく。
だがアリアはこの動きに妙な物を感じていた。

アリア
 「妙です、いつもより数が多い事も勿論ですが、いつもと動きが違うような……?」

その感覚、琉生にも覚えがあった。
琉生は近くのゲシュペンストを蹴り飛ばすと、妙な手探りに気付きつつあった。

琉生
 「まるで、何かを出迎えているみたいね」

明日香
 「ああん!? 何かって、何をだよ!?」

琉生にもその答えは分からない。
だが、その直後一行の眼の前にゲシュペンストγが周囲の味方事踏み潰しながら顕現した!

ズドォン!

ウインディ
 「ッ!?」

琉生に破れたウインディは傷付いた身体を押してゲシュペンストγに牙を向けた。
ウインディといえども安易な相手ではない。
だがウインディも琉生も見ていたのはゲシュペンストγなどではなかった。

琉生
 「お、お前は……?」

琉生はその時オオタチの過去最大級の憎悪を魂に浴びていた。
ゲシュペンストγの頭上に出現したのは漆黒のドレスに身を包んだ少女だったのだ。

漆黒の少女
 「……対象姫野琉生、神へは至らず」

悠那
 「なっ!? 喋った……!?」

漆黒の少女はまるでゲシュペンスト少女のようだった。
いや、それは強ち間違っていないだろう。
ポケモン少女が存在するのならば、ゲシュペンスト少女が存在しても不思議ではないのだから。

琉生
 「貴方……ゲシュペンスト、なの?」

漆黒の少女
 「その言葉を肯定する、だが汝らの言葉で正しく表せば我らは巡礼旅団だ」

アリア
 「巡礼、旅団……?」

琉生は痛い程魂が高なっていた。
そして確信した、かつてポケモン達を滅ぼしたのは紛れもなくこの存在なのだと。
それが怨嗟の怨念を上げているのだ。

琉生
 「こた、えろ……! 何故この世界を、襲う!?」

明日香
 「る、琉生!? お、お前大丈夫かよ!?」

明日香は琉生に駆け寄ると、琉生は顔を青ざめ震えていた。
明日香はそんな琉生に肩を貸して周囲を伺う。
あの凶暴なゲシュペンスト達が戦闘を中止して皆漆黒の少女に頭を垂れているのだ。

明日香
 (あ、あり得ねぇ……だがアタシでも流石に分かる、コイツがゲシュペンストの親玉!?)

漆黒の少女は一見するとポケモン少女そっくりだ。
真っ白な肌を覆う漆黒のドレス、雪のような儚さ、頭からは愛に似た耳も生えており、存在感には似合わない赤い瞳は大きく少女然としていた。
だが、唯一異質なのはその少女の不気味な人間味の無さかもしれない。
漆黒の少女は抑揚の無い声で見下ろすと琉生に言った。

漆黒の少女
 「我らは巡礼者、ただ道を通過するのみ」

アリア
 「道を、ですって?」

琉生
 「そ、それじゃアンタ達は道の邪魔だから私達を攻撃してきたの!?」

琉生は漆黒の少女を強く睨みつけた。
漆黒の少女は無言でそれを肯定するようだった。
それに憤慨したのは明日香だった。

明日香
 「巫山戯んな!? アタシ達は石ッコロかよ!?」

漆黒の少女
 「混ざり者、歪な存在……何故、巡礼者の道を塞ぐ?」

琉生
 「お前たちが攻撃してくるからだろうがー!?」

琉生はこれまで見せたこともない憎悪で吠えた!
それに呼応するようにウインディが漆黒の少女に飛びかかる。

ウインディ
 「ウオオン!!」

漆黒の少女
 「憐れな迷走者、ここはお前の生きる場所ではない筈」

漆黒の少女は手を振ると、足元のゲシュペンストγがウインディに襲いかかる!
ウインディは全身を炎で濡らすと、猛スピードでゲシュペンストγに激突した!

ドォォン!!

凄まじい威力のフレアドライブだ!
一瞬夜空を明るくする程の爆発は一瞬でゲシュペンストγを消し炭にした。
ウインディはそのまま激しい憎悪で牙を剥き、漆黒の少女を睨みつける。

漆黒の少女
 「理解不能、すでに結果は出ているのに何故戦火を拡げる?」

悠那
 「ち!? 癪だけどあのウインディを援護する!」

悠那は状況判断から漆黒の少女に竜の波動を放った!

漆黒の少女
 「……」

漆黒の少女は迫りくる竜の波動を片手で弾くと、悠那を見ようともしなかった。
ただウインディは漆黒の少女に飛びかかる!
だが、その直後ウインディは口から身体を漆黒の槍で串刺しにされた!
それは漆黒の少女が手を変化させた長大な馬上槍のようだった。

明日香
 「な!?」

アリア
 「ヒッ!?」

悲鳴が上がる中、ウインディは傷口から血と炎が吹き出した。
漆黒の少女は些かも動じず、ただ人形のようにウインディから目を離さなかった。
そんなウインディはギロリと漆黒の少女を睨みつける。
直後、ウインディから周囲を焼き尽くすように高熱の炎を放った!
ウインディの燃え尽きるは凄まじい威力で周囲を吹き飛ばした!

ドゴォォン!!

琉生
 「きゃあ!?」

明日香
 「うわぁ!?」

爆風に吹き飛ばされる1年生達、爆炎が晴れると琉生はそれを見た。

漆黒の少女
 「……無駄死に、理解不能」

漆黒の少女は血塗れのまま、手をウインディから引き抜いた。
ウインディは全身を炭化させ、ズルリと抜け落ちると、そのまま動かず光へと変わっていった。
ウインディはこの世界の存在ではない。
故にこの世界で死ねば、その肉は元の世界へと返還されてしまう。
しかし元の世界には既にウインディだった物は存在しないのだ。
つまりそれは……ウインディの消滅を意味していた。

琉生
 「あ、あ……! こ、んな事って……!?」

一方至近距離でウインディの燃え尽きるを受けても無傷だった漆黒の少女は血を振り払うと、琉生の前に降り立った。

漆黒の少女
 「姫野琉生、極めて歪だが、理想的に美しい存在、私はお前をもっと知りたい」

琉生
 「な、何を言って……?」

漆黒の少女は倒れる琉生にゆっくり手を伸ばした。
理解不能の恐怖が琉生を襲う。
オオタチの絶叫するような魂の叫びを聞きながら、琉生は拳を握り込んだ。

漆黒の少女
 「人でもない、だがポケモンでもない……姫野琉生、お前は何者だ?」

琉生
 「私は……姫野琉生、それだけだー!!」

琉生は咄嗟に漆黒の少女に拳を振るった!
しかし琉生は異質な触感に戸惑う。
琉生の拳は漆黒の少女には届かず、目には見えない障壁によって漆黒の少女に届かなかった。

漆黒の少女
 「その本質、果たして君か、それとも君の奥にいる者か?」

琉生は唇を噛んだ、圧倒的……!
あまりにも理不尽な存在が眼の前で琉生に興味を抱いているのだ。
既に一年生達は戦意を失っており、あの悠那でさえ地面に伏せ震えていたのだ。
誰もがもう終わったんだ、そう思った時、漆黒の少女は突然立ち上がり、空を見上げた。
琉生はそんな漆黒の少女の視線を追うと、そこにはユクシー少女がいたのだ。

依乃里
 「その顔……貴様らがあの人に何をしたー!?」

依乃里はそれまで見せた事もない程の憤怒を漆黒の少女に向けていた。

漆黒の少女
 「神成依乃里? ではない? お前は何者だ?」

依乃里
 「貴様こそ何者よ!? この死に損ないがー!?」

依乃里は漆黒の少女にサイコキネシスを放った。
しかしやはり漆黒の少女にサイコキネシスは届かない。
ゲシュペンストを簡単に打倒する程の実力者でもその少女には届かないのか?

漆黒の少女
 「そうか理解した、この身体と関係があるのか、興味深い」

依乃里
 「お前如きが!! その身体を! 使って良いんじゃない!!!」

依乃里は続けざまにサイコキネシスを放つ。
だが漆黒の少女は徐々に依乃里に近づいた。
全く効かない? そんな筈はない。
だが依乃里では届けられないのか?

きらら
 「亜空切断!」

漆黒の少女
 「っ!?」

それはパルキア少女のきららが放った亜空切断だった。
漆黒の少女は咄嗟に動きを止めた。
それを見て琉生と依乃里は「ハッ」と顔を変えた。

きらら
 「皆無事!?」

きららは速やかに状況を分析し、漆黒の少女に攻撃を仕掛けた。
漆黒の少女はきららを無表情で見る。

琉生
 (避けた? きらら先輩の攻撃を?)

依乃里
 (無敵じゃない? カラクリは!?)

漆黒の少女
 「パルキア少女……そんな強大な存在まで混じっているのか」

きらら
 「ポケモン少女、なの?」

きららは怪訝な顔で漆黒の少女を見た。
そしてボロボロの1年生達の下に向かう。

きらら
 「皆ごめん、遅くなったわ」

琉生
 「き、きらら先輩……!」

琉生は痛む体を抑えて立ち上がった。
きららはそんな琉生を心配するが、琉生は漆黒の少女を見た。

琉生
 「先輩、アレはゲシュペンストです、ただ圧倒的な力を持った」

きらら
 「まさかゲシュペンストΔだと?」

依乃里
 「星野きらら! 手を貸しなさい! コイツを始末する!」

きららは依乃里に振り返った。
何故アメリカに日本の管理局所属の少女がいるのか知らないが、状況的には依乃里に従った方が良さそうだと判断する。

きらら
 「分かった、足止めする!」

きららは再び手を振ると、漆黒の少女に亜空切断を放った。
亜空切断は少女を切り裂くが、漆黒の少女は直様驚異的な速度で身体を再生させる。
依乃里はその隙にとっておきの技を叩き込む!

依乃里
 「神秘の力!」

依乃里の身体から紫色のサイキックオーラ放出されると、それは波動上に広がり漆黒の少女を襲う!
亜空切断の断面から漆黒の少女に攻撃を届かせたのだ!

依乃里
 (いける! どういうカラクリか知らないけど、きららと一緒なら届く!)

琉生
 (純粋な相性差? それとも?)

琉生は自分の拳を見た。
その拳はたしかに漆黒の少女には届かなかった。
だがあれは無敵のバリアーなんかじゃない。
事実きららの攻撃ならば届いているのだ。

琉生
 (ゲシュペンストΔ、お前がなんであれ、弱者を簡単に踏み潰す存在なんて許せない!)

琉生はオオタチの怨念を、ゆっくり優しく鎮めた。
オオタチの呪いはたしかに力にはなるが、同時に平静を乱す。
琉生は「ハァー」と息を吐くと、全身の筋肉に信号を送る。
もう全身ボロボロだが、最後の一撃でもいい、オオタチ少女の意地を届かせる……!

琉生
 「人を越えて、ケモノを越えて……でも私は、姫野琉生だっ!!」

琉生はその瞬間、全身の力を開放した!
漆黒の少女は咄嗟に琉生に振り返る!
琉生はボディーブローのように漆黒の少女に拳を打ち込んだ!
だが拳は漆黒の少女に届かない。
無意味? 違う!
漆黒の少女は琉生に振り返ったのだ! 人間は蟻に振り返るか?
違う、琉生を危険と感じたからだ!

琉生
 「ハァァ……! イヤァァ!!」

琉生は全身の力を爆発させて、拳に全エネルギーを集中させた!
詠春拳の奥義1インチパンチ! 漆黒の少女にわずかに届かないその拳はポケモン少女の融合した力によって障壁を貫通する!

漆黒の少女
 「かは!? 理解不能、これが神の力?」

漆黒の少女が初めてまともなダメージを受けた!
それを見てチャンスと思った依乃里は更に猛攻を仕掛ける!

依乃里
 「くたばれゲシュペンストー!!」

依乃里の放つサイキックパワー、しかし怯んだ漆黒の少女は依乃里等形骸だと言うように、振り向きもせずただ琉生を見た。

漆黒の少女
 「……退却する」

漆黒の少女はそのまま虚空へと消えると、依乃里の攻撃は空振りした。
漆黒の少女が消えた後、ニューヨークに未曾有の恐怖を与えたゲシュペンスト達は一斉に消え去った。
既に危惧されていたゲシュペンストの上位存在、ゲシュペンストΔは実在した。
その恐怖と絶望から解き放たれた時、依乃里はどっと汗を掻き、普段のクールさなど欠片もない様子だった。

依乃里
 「はぁ、はぁ……くそ!?」

きらら
 「依乃里、流石に今回は逃さないわよ?」

一方で事態をまだ完全には飲み込めていないきららは依乃里に詰め寄った。
ゲシュペンストΔの事もだが、まず依乃里は何故ここにいる?

きらら
 「あのゲシュペンストと依乃里には何の関係あるの?」

依乃里
 「……アンタが知る必要はない、例えポケモン少女の切り札でもね」

依乃里はそう言うとその場から飛び去った。
きららは手を伸ばすが、直後琉生がバタリと倒れ、依乃里どころではなくなったのだ。

きらら
 「琉生ちゃん!?」

琉生
 「……すぅ、すぅ」

琉生は精魂尽きると、眠ってしまった。
変身を解除した彼女の顔は穏やかだった。
そう、丁度ゲシュペンストΔと似たお人形のような顔だった。



***




 「凄い凄ーい♪」

漆黒の暗闇の中で、ある少女は手を叩いて喜んでいた。
その隣にはつまらなさそうにオオタチが身体を丸めてふて寝していた。
琉生はそこがオオタチと自分のソウルの狭間だと理解した。
そんな特異な場所に、漆黒の少女にソックリな少女がいるのはあまりにも異質じゃないだろうか?

琉生
 「ゲシュペンストΔ?」

透明感のある少女
 「違う違う! 私はグレイシア少女……その、なんて言えばいいかなー? ゲシュペンストΔは私の身体を奪った?」

琉生
 「奪うの? あれ?」

グレイシア少女
 「正確にはコピーしたっていう方が正解なんだけどね? 私もう死んでいるし」

グレイシア少女はそう言うと苦笑した。
ゲシュペンストΔと瓜二つなのに、こっちは快活で本当に明るい。
一方オオタチはこの少女は好かんのか、時折顔を上げては可愛いふて寝を見せている。
それを見てグレイシア少女は肩を竦める。

グレイシア少女
 「相変わらず難儀なポケモンだなー、君とつくづく似てないよ」

琉生
 「オオタチ、敵じゃない」

琉生はそうオオタチの説明するが、オオタチはプイっと背中を向けるのだった。

グレイシア少女
 「えっと……多分色々聞きたい事とかあるよね?」

琉生
 「ゲシュペンストΔは私をどうしたいの?」

グレイシア少女
 「あの子はね? ゲシュペンストにとってはとても偉い娘なんだけど、なんでゲシュペンストは争う気もないのに、こうなったんだろうなーって思ってるの」

琉生
 「争う気もない? 向こうから攻めて来たんですよ!?」

琉生はグレイシア少女に食い下がった。
勿論グレイシア少女に文句を言っても仕方がないのだが、グレイシア少女は優しく琉生を宥める。

グレイシア少女
 「もしも真理を知りたければ……始まりの場所に向かいなさい、そしてゲシュペンストΔが何を求めて、そして何故今に至ったか……その全ての始まりを貴方に教えてあげる」



ポケモンヒロインガールズ

第48話 ゲシュペンストΔ(デルタ) 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2022/04/05(火) 20:34 )