ポケモンヒロインガールズ





小説トップ
第三部 ネクストワールド編
第47話 人を越え、獣を超えて

第47話 人を越え、獣を超えて



マリー
 (このままじゃ私は死……!?)

ゲシュペンスト掃討の中、マリーはその瞬間死が過った。
いつでも死の準備は出来ていた筈、様々な凶悪犯とも戦ってきた筈のマリーだが、その死を前にした顔は戦士のそれではなく無力な少女の顔であった。

二匹のゲシュペンストβは同時にマリーを狙いに定める。
後ろのゲシュペンストβはマリーの顔よりも大きな鉤爪でダストダス少女の身体を軋ませ拘束する。
目の前の倒したと思ったゲシュペンストβは再生を終え、鉤爪を振り上げた。
命を刈り取る為の形、まるでそれは避けられない運命のようだった。
マリーは命乞いさえも出来はしなかった。
元よりゲシュペンストに命乞いが通じるとも思えないのだが、そんな余裕すらないのだ。
ダストダスのソウルはこんな時マリーに何も応えてくれない。
もしかすればマリーと同じように虚仮威しな臆病なポケモンなのかもしれない。

もはや何も残されていない、マリーはゆっくり目を閉じ死を受け入れようとした。
だが、死に抗おう、死を受け入れよう、どうしようと運命は歯車のように回るのか、不意にマリーの身体が自由になった。

マリー
 「……えっ!?」

マリーは鈍化した主観時間から開放されると声を上げる、直ぐに後ろから心強い声が聞こえた。


 「マリーちゃん防御です!」

それは日本のポケモン少女達だった。
ニンフィア少女に変身した友井愛は素早く指示を行う。
更にマリーの後ろのゲシュペンストβの両腕を空間ごと切り裂いたのはパルキア少女の星乃きららだった。

琉生
 「ハァ!!」

更に凄まじい身のこなし、それこそまるでケモノのような動きで飛び込んできたのはオオタチ少女の姫野琉生。
姫野琉生はゲシュペンストの出現を知覚すると真っ直ぐ現場まで突入した。
その場の指揮を任されていたスワンナ少女のリリー・マクガイヤーの制止も聞かず、寧ろ日本のポケモン少女は苦笑いさえ浮かべてついてきたのだ。

ズドォン!

琉生が身体よりも大きな尻尾を振り上げた、両腕を再生途中のゲシュペンストβに振り下ろした刹那、頭上から翆のエネルギー体が砲撃される。
竜の波動は琉生が尻尾を叩きつけるよりも速くゲシュペンストβを消滅霧散させた。

琉生
 「ッ!?」

琉生は頭上を見上げた。
サザンドラ少女の八神悠那はストリートを上から見下ろし戦況を精査する。
先程の砲撃は悠那の物だった。

悠那
 「増援は無い! さっさともう一匹潰すわよ!?」

明日香
 「なら任された! 行くぜ超電磁砲!」

一番後方にいたゴローニャ少女の宝城明日香は瓦礫を頭部の突起の間に挟み込んだ。
本来は打ち落とすという岩タイプの技だが、明日香はそれを応用し電磁力で加速させ砲撃する技を編み出した。
瓦礫は一瞬で音速を越えて赤熱し、空気を膨張させて光の軌跡を残した。
まるでレーザー、その一撃はゲシュペンストβの上半身を一瞬で蒸発させた。

マリー
 「きゃあ!?」

ただしまだ制御に難があるようで、マリーは衝撃波に吹き飛ばされた。
着弾の爆発は周囲のビルのガラスを尽く粉々にした。
それを目撃した明日香は「やべ!?」と愚痴り、自らの行いを反省する。

明日香
 「あちゃー、こりゃ始末書書かされるかも……」

アリア
 「その技は少し威力が高過ぎます、もう少し抑えた方が良いでしょうね」

最後にゴチルゼル少女の東堂アリアは周囲を超能力で索敵しながら後方で待機していた。


 「周囲の警戒、引き続きお願いします!」

愛は普段のほんわかさとは正反対にテキパキと指示を送った。
マリーは呆然とする、死を直前に迎えていたのとは正反対に、その小さな少女は駆けてきた。


 「マリーちゃん! ご無事ですかっ!?」

マリー
 「あ、あはは……う、うん」

いかに現場慣れしているマリーといえど、日本のポケモン少女程修羅場慣れはしていない。
マリーの窮地を颯爽と救い、さも当たり前というようにヒーロー活動を呼吸レベルで行う彼女たちはマリーも引き気味だった。

マリー
 (これが、本物のヒーロー……!)

英雄信仰の強いアメリカ、スポーツや救助活動で活躍する者も彼らは英雄視する。
しかし本物のヒーローはそこにいたのだ。
それに心躍らない訳が無いのだ。

アリア
 「愛ちゃん先輩、未来予知にはこれ以上のゲシュペンスト出現は確認出来ません」

悠那
 「一応周辺を見てきたけど、殆ど避難は済んでいるみたいね」

ゲシュペンスト騒動より少し前、その場所は銃撃戦の舞台だった。
最大の幸福は正にそのお陰で殆どの人間が現場から失せていた事だろう。

琉生
 「……ふぅぅ」

琉生は残心を決めると変身を解除した。
彼女の境地にあったのは自分の至らなさだった。
なにを? とも思われるかも知れないが琉生は先程の戦いでゲシュペンストへの止めを悠那に持っていかれた事を反省していたのだ。

琉生
 (もっと疾く、もっと鋭くしないと……!)

それは端から見ればいつもの琉生だったかも知れない。
事実マリーから見れば寡黙でストイックな少女に映ったろう。
しかしこの最近琉生の様子は修羅地味ている。
まだそれに気付いている者はそこにはいなかった。



***



突然のサプライズゲストとなってしまった日本のポケモン少女達、しかし我が身も顧みずテロ、そして未知なる怪物に挑む彼女たちは警察署で表彰された。
元々開催予定だったパーティはホームパーティ風に行われ、日本とアメリカのポケモン少女たちは交流していくのだった。
そんな中琉生は警察署の屋上にいた。

琉生
 「ふっ! はっ!」

琉生は戦いをイメージして拳を振るう。
空を鋭く斬る琉生の拳だが、琉生は満足していない。


 「貴方、それ何流?」

琉生
 「え?」

突然後ろから観察されていたのか琉生は話しかけられた。
振り返ると中華系の少女ヤン・アーロンだった。
随分落ち着いた空気を持つ中華系少女ヤンは目を細めて、琉生の動きを具に観察していた。

ヤン
 「貴方は強い、けれどケダモノね」

琉生
 「……そ、その?」

ヤンはほんの僅かだと言うのに琉生の本質に気づいたとでも言うのだろうか?
否、初めからヤンは琉生から修羅の気を感じ取っていた。
ヤンが初めて琉生を知ったのは運動会だ、四足で走るその姿は紛れもなくケモノのそれだった。
琉生の戦いはいつも危険と隣り合わせで、ただケモノのように鋭い感性と野生の勘のみで戦っていた。
ヤンはそれを危険だと直感した。

ヤン
 「貴方は技術を知る必要がある、このままではいずれ貴方は修羅道に墜ちるわ」

ヤンは中国武術の構えをした。
琉生は突然の事に戸惑う。
だがヤンは真剣だった。

琉生
 「い、意味が分からない……」

ヤン
 「稽古よ、貴方はケモノ? それとも人間?」

琉生に武術の心得など無い。
だがヤンの指摘は強ち間違いでもなかった。
琉生はずっと我武者羅だった。
技を知らず、術も知らない。
そんな自分は本当にケモノかも知れない。

ヤン
 「さぁ来て!」

琉生
 「ッ!」

琉生は意を決すると構えた。
そのままいつもの調子で突進する。

琉生
 「やああああ!」

琉生は拳を振るった。
しかしヤンは流れるように腕で琉生の手を払った。
琉生は驚く、だがヤンが直ぐに内側に踏み込むと琉生の腹部に打撃を打ち込んだ!

ヤン
 「ハッ!」

琉生
 「うぐっ!?」

琉生は痛みに蹲る。
見たこともない技だった、今まで多くの格闘自慢と手を合わせてきたけど、どれとも違う。

ヤン
 「私が修めた流派は詠春拳よ」

琉生
 「え、えいしゅん?」

詠春拳とは、女性が護身術として学ぶ事もある中国武術の流派だ。
最大の特徴がヤンが琉生に叩き込んだ1インチパンチ。
拳一つ分の隙間さえあれば、強打を打ち込める極めて至近距離で力を発揮する流派である。

ヤン
 「いい? 人はケモノよりも弱いわ、爪も牙も持たないもの、けれどケモノはカラテをしない、技術を持たない、それは人だけが持ち得るの」

琉生
 「人の技術……」

ヤン
 「手荒な真似をしてごめんなさい、でも見ていられなかった」

ヤンはこう見えても琉生より年下で普段は物静かで大人しい少女だ。
しかし一端の武術家として幼い頃より修練した詠春拳のキレは本物であり、それはしっかりとした技だった。
どこまでいっても付け焼き刃で、いつボロが出るとも分からない琉生の技が薄っぺらい物だった。

ヤン
 「人を越え、ケモノを越えるの」

琉生
 「人を越え、ケモノを越える?」

ヤン
 「それがポケモン少女でしょ? 神様にはなれないけどね」

ポケモン少女は人であって人に非ず、ケモノであってケモノに非ず。
極めてケモノ寄りの琉生にとって、これは天啓だった。

琉生
 「……お願い! 私に技を教えて下さい!」

琉生はヤンに向かって土下座した。
琉生は足りないと思えば、直ぐにオオタチの力を引き出し、ケモノに近づいていく。
このままでは更にそれを先鋭化させていくのは目に見えていた。
それでは駄目だ、しかし琉生には師と呼べる者もいない。

ヤン
 「か、顔上げて……! お、教えるからっ!?」

しかし流石に土下座はヤンの方が困ってしまった。
琉生は顔を上げると真剣な眼差しをヤンに向けた。

ヤン
 「貴方は身体はしっかりしてる、毎日欠かさず鍛えたのね」

琉生
 「そ、そうするしか強くなる方法が分からなかったから……」

琉生は仲間たちのような派手な技を持っておらず、専ら最大の武器は尻尾を叩きつける。
威力はあるが、大振りで隙だらけ。
ゲシュペンストならともかく手練にはまず信用の置けない技だ。

ヤン
 「けれど、貴方の特訓は人間のそれでしょ?」

ヤンの指摘、琉生は分かっていた。
琉生のオオタチ少女としての戦いは人間のそれとはまるで違う。
だからこそずっと無意味な訓練を繰り返していた。

ヤン
 「人をやめるのではない、人を越えるの、そうすれば自ずと貴方の求める解に辿り着く筈」

琉生
 「私の求める解……」

琉生は立ち上がった。
そして再び稽古を乞う。
しかしその直前。

ゴゴゴゴゴゴ……!

突然、警察署は縦揺れを起こした。
琉生とヤンは戸惑い、しゃがみ込む。

ヤン
 「……またか」

琉生
 「また? ニューヨークって地震多いの?」

地震慣れしている琉生は生粋の日本人だろうが、それに慣れていない中華移民のヤンはゲンナリしていた。

ヤン
 「最近頻発してるんだ……そもそもニューヨークに地震なんてないよ」

琉生
 「え?」

震源の無い地震、それは警察署でだけ確認されていた。
そしてその揺れは当然階下のパーティ会場でも確認された。



***



イザベラ
 「ち……、今のは大きかったな?」


 「び、びっくりしましたぁ〜」

突然の縦揺れ、さっきまで楽しげな雰囲気だった会場は一気に静まり返る。

明日香
 「今の震度4位なかったか?」

リリィ
 「はぁ、やっぱり下、なにかあるんじゃないのー?」

悠那
 「下?」

マリー
 「地下って、武器保管庫と留置所だけの筈だけど」

アリア
 「地下鉄は? 更に深い所からでは?」

リリィ
 「サブウェイは無いわね、アメリカの地下鉄の歴史は長いけど、殆ど昔から拡張されてないし」

古きを良きとするアメリカ文化においてニューヨークは特に変化が少ない。
地下鉄騒ぎでこんな振動が続けば、検査だってされる筈だ。
そんな不安を他所に愛はイザベラに近寄った。


 「イザベラさん……ここ、なにかあるんですか?」

イザベラ
 「……私はポケモン少女の担当官だが、この組織のトップではない……とはいえ預かり知らぬ所で何かがあると考えるのが自然だろうな」


 (イザベラさん、嘘はついていない)

愛は少し不安だった。
それはロシアでのゲシュペンスト騒ぎの影響だろうか?
ロシアではシベリアの雪原のど真ん中という二次被害の広がらない場所での戦いだったが、今回は違う。
愛は不安だった、もし本当に愛たち日本組の中にゲシュペンストを引き付ける疫病神が存在するのでは、と。

勿論そんな暴論認める訳にはいかないが、関連性が気になったのだ。

イザベラ
 「何が気になる?」


 「……どうしてアメリカのポケモン少女はFBI管轄なのかなと……」

不思議と言えば不思議だった。
日本はともかく、ロシアはその力を軍に利用されていた。
しかしロシアのポケモン少女の扱い方は寧ろ隠しているという感じであった。
これは日本でも変わらない、日本のポケモン少女管理局は凄まじい秘密主義だ。
それに対してアメリカのポケモン少女は人の生活区から近すぎる。
その意味、愛は考えるが答えは出なかった。


 (偶然でしょうか? どうしてニューヨークのど真ん中にポケモン少女管理局支部があるのでしょう?)

まともに考えれば日本でさえ、特別区に押し込まれ家族とさえ話もできない環境なのに、アメリカは当たり前に都市に馴染んでいる。
もう少し郊外にあるのが普通なのに、なぜニューヨーク支部にはこんな例外があるのだろう?



***



ニューヨーク市警察署の地下にはあのイザベラ・ホーミンでさえ立ち入る事の出来ない秘密の区画があった。
薄暗い研究所のような内装の中、いくつもの檻がある。
それは囚人を入れておく独房にも思えた。
そんなセキュリティレベルの高い場所に神成依乃里の姿があった。

依乃里
 「ここもそろそろ潮時ね」

大凡ポケモン少女管理局のトップにいる神成依乃里は何故アメリカにいたのだろう。
その真相は依乃里の目の前の檻にあった。


 「ううううううう……!」

暗がりでケモノが唸り声を上げる。
依乃里はケモノを軽蔑した。

依乃里
 「醜いわね、そんなに私が憎い? それとも?」



***



日本のポケモン少女たちの滞在期間は残り僅かとなった。
決して長くはないアメリカ留学だったが、日本のポケモン少女たちは互いに交流していく。
ヤンの手解きで詠春拳を学ぶ琉生、明日香やアリアはアマンダやフィアナと交流し、悠那は一人孤高を決めるがそれをリリィは茶化す。
そんな楽しくも短い付き合いは終わりを迎える。


 「それでは皆さんアメリカ滞在日程も残す所最後となりました、今日はその最後の日を楽しみましょう♪」

もはやお馴染みになったニューヨーク市警察署では、愛がその日の日程を発表した。

明日香
 「自由時間かぁ、なんか久しぶりだなぁ」

きらら
 「自由時間と言っても基本的には3人以上で行動してね? ここは日本じゃないんだから」

アリア
 「だそうですから、一緒に行動しましょうか明日香さん、悠那さん?」

悠那
 「なんで私まで……」

明日香
 「まぁそう言わず悠那も気分入れ換えろって! お前いつも気が張りすぎてるからなぁ」

悠那は不機嫌そうに胸元で腕を組んだ。
基本的に拒否しないという事は、彼女も一緒に行動するのだろう。
言いたいことはハッキリ言う、良くも悪くも正論を使う悠那はだからこそ眉間に皺を寄せるのだ。

悠那
 「琉生、アンタはどうするの?」

琉生
 「えと……私は」

琉生はそっとヤンを見た。
琉生は今必死で武術の基礎を習っている。
まだそれを実践に昇華させる事は出来ないが、琉生はそれこそクソ真面目に取り組んでいた。

ヤン
 「ふ、観光を楽しんでくるといいルイ」

琉生
 「……分かった、私も行く」

琉生はそう言うと笑顔で頷いた。

リリィ
 「ノー、私も同行したーい」

一方アメリカ組はそうもいかない。
本来日本組も観光で来た訳ではないが、ここは外様一日だけの自由時間が許されたのだ。

きらら
 「もう日本に帰るのね」


 「長かったような短かったような、ですか?」

きらら
 「……どうかな? 元々私は出向が多かったし」

きららは執行部切ってのエースだ。
パルキアの能力をフルに使えば、この世界は狭いもの、故にあまりこのようなノンビリとした生活は久し振りだった。

きらら
 「愛はどうなの?」


 「私は早く関東支部の皆さんと会いたいですね〜、なんだかんだ闘子ちゃんや真希ちゃんの負担になっているかもですし〜」

愛らしいな、と思うときららはクスリと微笑んだ。
きららは優しく愛の肩に手を置くと。

きらら
 「愛のがんばり屋な所、私は好きよ、でもそれじゃいつか倒れるわ」


 「きららちゃん、そんなに私は無理してます?」

仲の良い愛ときららの関係。
彼女たちとは他所に明日香はある予想を口にした。

明日香
 「なぁ? 星乃先輩ってレズじゃね?」

レズ、なんて言葉を聞いて顔を真っ赤にしたのはアリアだ。
まぁアリアの事だから恐らくイケない妄想をしてしまったのだろうが。

アリア
 「そ、それは流石に勘ぐり過ぎでは?」

明日香
 「でもさー? 愛ちゃん先輩も浮ついた話一つも聞かないしさー?」

今日び高校生ともなるとそういう話題は欠かせないのか、自分たちの事は棚に上げて盛り上がる1年生達。
しかし愛ときららの関係は闇の中だ。

悠那
 「ハァ! 下らない話してないで、とっとと動くわよ!」

明日香
 「あ、待てよ! 団体行動だぞ〜!」

悠那は不機嫌そうに出ていくと、慌てては明日香が追い、そしてアリアと琉生も追う。
今日も少し賑やかだろうか?



***



琉生達一年生は休日を実に充実に使った。
古い街並み、新しい高層ビルも、ウインドウショッピング、ストリートパフォーマンス、歴史のあるマンハッタン島セントラルパーク等。
彼女らは夜になるまで遊びつくした。
だが、一方でニューヨーク市警ではあの異変が最高潮を迎えようとしていた。

イザベラ
 「今日の講義はここまでだ!」

イザベラはいつものように教卓を叩いて多国籍なアメリカのポケモン少女たちを指導する。
授業が辛いのはどこの国でも同じなのか生徒たちは疲れた顔だ。


 「……ふむ、そろそろ1年生の皆さんも帰ってくる頃ですかねー?」

同じ部屋で静かに何か作業していた愛は時間を確認する。
一報入れて待つか、そんな風に考えるが。

きらら
 「迎えに行こうか……ッ!?」

突然警察署に地震が起きた。
しかもそれはこれまでで最も大きな地震だった。

リリィ
 「な、なんかやばいんじゃ!?」

イザベラ
 「ち!? 何が起きてる!?」


 「痛ぅ!?」

きらら
 「愛!?」

突然愛が頭を抱えた。
こんな時に頭痛?
否、それはニンフィアにソウルを削られたような感覚だった。

ゴゴゴゴゴ!

地震は不規則に徐々に強くなっている。
その度に愛は苦痛を増して、顔を歪めた。

ドォォン!

やがて、爆発のような音と衝撃が警察署を襲った!

イザベラ
 「なんだ!? 爆弾か!?」

クリスチーナ
 「イザベラ! 大変大変よー!?」

突然だ、地震は収まると普段入口で事務仕事をしているクリスチーナが血相を変えて2階へと駆け上がった。

マリー
 「どうしたの!? まさか爆発テロ!?」

クリスチーナ
 「分かんない! ただ物資保管庫の辺りで爆発が起きたみたいなの! それで火が!?」

イザベラ
 「物資保管庫だと!?」

リリィ
 「大変!? 急いで消防を呼ばないと!?」


 「……い、いえ、ここは私達にお任せを」

愛は苦痛に顔を歪めながらそう提案した。
火災関係には愛達は慣れている。
しかし愛の顔色の悪さは誰が見ても不安しかなかった。

フィアナ
 「あの友井先輩、体調がよろしくないのでは?」

優しい黒人のフィアナは愛の事を心配して言った。
しかし愛は気丈に首を振る。


 「あの、上手くは説明出来ないですけど、身体は大丈夫です」

きらら
 「とりあえず鎮火が先、メイクアップ」

きららは冷静にパルキア少女に変身する。

きらら
 「鎮火は任せて」

きららはそう言うと空間転移する。
それを見たイザベラは頭を掻きながら。

イザベラ
 「貴様ら他所様に助けを求めて良いのか!? 自分の学び舎を守る気概を見せたらどうだ!?」

アメリカのポケモン少女組も負けてはいない。
皆ソウルリンクスマホを手に取ると学び舎を守る為に変身しだした。



***



琉生
 「っ!?」

同時刻、暗くなる前に警察署を目指していた一行のウチ、琉生が呻いた。

明日香
 「おいおい!? まさかもうゲシュペンストが再出現するのか!?」

アリア
 「明日香さん、何かに付けて琉生さんをゲシュペンスト感知器扱いするのはどうかと……」

悠那
 「アリア、琉生が頭抱えて今まで良いことあった?」

アリア
 「……ありません」

琉生はそんな茶化す声も無視して全身から汗を吹き出していた。
オオタチが何かを激しく威嚇していたのだ。

悠那
 「おい、琉生! 本当にやばいの?」

流石に琉生のいつも異常にシリアスな姿は悠那さえも不安にさせた。
だが、琉生は瞳孔を震わせながら、その意味を理解しきれなかった。

琉生
 「分からない、けど……変身した方が良い!」

琉生は咄嗟にソウルリンクスマホを取り出した。
直後、警察署方面から何かが駆けて来た!

明日香
 「うげ!? ら、ライオン!?」

悠那
 「違う!? ライオンじゃない!? いや、いずれの動物にも似ていない!」

琉生
 「メイク、アップ!」

琉生は半ば本能的にオオタチ少女へと変身する。
オオタチのソウルは今、猛突進してくる大きな4足の獣を激しく威嚇していた!

琉生
 (ゲシュペンストじゃない!? でもあれは!?)


 「ウオオオオオン!」

それは犬の様に吼えた。
ライオンのように巨大で、されどチーターよりも高速で駆け回る。
赤い毛並み、雲の様に優雅な鬣、そして全身に黒い縞模様が走るその獣は!?

アリア
 「ま、まさかウインディ!?」

然り! 少女たちが目を疑ったのも無理はない!
それは紛れもなく伝説ポケモンのウインディであった!
到底人の姿をしていないそれは琉生を見つけると、神速で駆け出した!

悠那
 「速っ!?」

明日香
 「やべぇ逃げろ琉生!?」

ライオンさえも上回る巨体のウインディは目にも留まらぬ速度で琉生を襲う!
ウインディもまたオオタチに激しい敵意を見せていた!
琉生は咄嗟に反応し、ウインディの神速を回避し、その鬣を手で掴んだ!
しかし人とポケモンでは地力が違い過ぎる!
ウインディは止まることもなく夜のニューヨークを駆けるのだった。

琉生
 (くっ!? コイツ何を!? どうしてポケモンとポケモンが争うの!?)

しかしオオタチは戦え、戦えと琉生を促す。
徐々に琉生のソウルをオオタチ色に侵食しながら。



***



イザベラ
 「……なんだこれは?」

警察署で起きたボヤ騒ぎをポケモン少女たちが鎮火すると、イザベラは愕然と驚愕した。
警察署の地下2階、そんな設計図は存在しない……その筈だったのだが。


 「隠し……階段、ですよね?」

それは物資保管庫に巧妙に隠された階段があった。
どうやらボヤ騒ぎ、そして地震……そのどれもが線で繋がっているらしい。

きらら
 「イザベラ、本当に知らないの?」

イザベラ
 「ここで長いこと勤務しているが、秘密の地下階段なぞ聞いたこともないぞ?」

イザベラは勇気を持つと、上官の確認も取らず階段を降った。
もはや彼女にあったのは疑念だった、度重なる地震の正体、一体由緒正しいこのニューヨーク市警で何が起きていたのか?
その確認が今……。

イザベラ
 「この部屋は?」

そこは牢屋だった。
一見すれば普通の牢屋だが、そこにはなにか違和感があった。
部屋の中は真っ黒に煤けていた。
鉄格子もぐちゃぐちゃに捻じ曲げられ破壊されている。
部屋の中には誰もいない……いや、この部屋には似つかわしくない機材がそこにはあった。


 「嘘!? これ、シンクロ率測定器!?」

真っ先に反応したのは愛であった。
日々教導部で働く愛はそれに見覚えがあったのだ。
日本でも直接触れた事のあるポケモン少女用の解析機材、それらは炎に晒されていたのか焦げて変形していた。
しかし、愛はニンフィアの触手で煤を払うと、機材に書かれた文字を見た。


 「メイドインジャパン、日本製? ポケモン少女管理局はここで何を?」

その時だ、突然後ろが静かになった。


 「? イザベラさん? きららちゃん?」

愛は後ろを振り返ると、部屋に入ってきた全員が目を虚ろにして呆然と棒立ちしていた。
愛は突然の異変に警戒する、しかしその直後愛の横にあの少女が現れた。

依乃里
 「時間の問題とは思っていたけれど」

それは神成依乃里だった。
ユクシー少女の依乃里はいつものように浮遊しながら、機材を念動力で動かした。
そして出力されたデータを読み上げる。

依乃里
 「マリア・タナー、ウインディ少女、18歳6ヶ月ポケモンへの変異に耐えられずシンクロ率が100%を突破、人間の皮を破りポケモン化、観測開始日20xx年3月18日」


 「い、依乃里ちゃん!? 何を読み上げているんですか!? きららちゃん達をどうしたんですか!?」

依乃里
 「相変わらず鈍臭いわね……私はね? ポケモン少女の秘密を守護する者、要するに口封じ役ってわけ」


 「く、口封じ……?」

愛は依乃里に畏れを抱いていた。
依乃里はあまり関心が無いのか、いつものようにポーカーフェイスで、愛に向き直る。

依乃里
 「ま、安心しなさい、秘密を知ったとして、私の前では無意味……彼女たちはこの事綺麗サッパリ忘れてるから」


 「な、何故私は例外なのですか?」

愛は怯えながら、それでもその疑問を聞いてしまった。
賢しい子である愛は、半ば答えを得た気がした……それでも知的好奇心は止められないのか?

依乃里
 「愛なら分かってんじゃない? アンタ、もう手遅れよ?」


 「ッ!? 次は、私が……ですか?」

愛は気付いていた。
自分の異変が何なのか、日に日にニンフィアのソウルは騒ぎ出し、愛はそれを知覚していった。
本来それほどシンクロ率が高い訳でもないのに、ここ最近愛は異常を感じていたのだ。

依乃里
 「本当ならアンタの記憶も奪うのが義務なんだけど、局長は何故か愛を気に入っているのよね……まぁ理由は察してるつもりだけど」


 「私を気に入って?」

依乃里
 「……とりあえず忠告よ、もし少しでも長生きしたいならもう二度とニンフィアに変身するな! いい、忠告よ?」

依乃里はそう言うと超能力を放って、その場にあった全てを消し去った。
そしてそれは依乃里自身もだった。

イザベラ
 「……は!? え? あれ? 私なにを……?」


 「……イザベラさん、きららちゃん」

愛は泣きそうだった。
ニンフィア少女の変身を解くと、その場で崩れ落ちる。

きらら
 「あ、愛!? 一体どうしたの!?」


 「きららちゃん……私、私……!」

愛はここであった事をきららに話す事は出来なかった。
だが、不意に愛のソウルリンクスマホがけたたましく鳴り出した!


 「きゃあ!? は、はいっ!? 明日香ちゃんですか!?」

着信の相手は明日香だった、何用か暗い顔をして泣きそうだった愛も結局はいつもの顔に戻ってしまう。
そうだ、例え次は我が身といえど愛のやる事は変わらないのだから。

明日香
 『大変だよ!? 突然街にウインディが出現してさ!? あ、ポケモン少女じゃないぜ!? マジモンのウインディ!』

愛は「ハッ」とその言葉で何が起きているか分かった。
そうだ、元々この警察署の下には何らかの実験室があったのだ。
そしてそこにはウインディに身も心も捧げた憐れな少女が。


 「マリア・タナー……!」

明日香
 『えっ? マリア……なんだって?』

 「今ウインディは何処に!? 兎に角早く取り押さえないと!」

明日香
 『ああ、それだそれ! 今そのウインディに琉生が持っていかれた!?』


 「はいぃっ!?」

愛はその時程素っ頓狂な声を上げた事はないだろう。
なんと琉生がウインディにさらわれたのだ!
いや、事実は異なる、正確に言えば琉生がウインディにしがみついたのだ!



***



琉生
 「くっ!? この!? 止まれ!?」

琉生はなんとか振り下ろされないようにウインディにしがみついていた。
ウインディは琉生に構わずニューヨークを駆け回る。
その姿を多くの人間に晒しながら。

ウインディ
 「ウオオオオオン!」

琉生
 (一体何が目的!? このウインディは何者なの!?)

ポケモンは何故に戦うのか?
強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。
ならば何故ポケモンは戦う力を有してしまったのか?
人智を超越したその存在はあらゆるこの世の法則が一切通じない超常の存在だ。
そのあり方はある者と似ていた……。

……そう、ゲシュペンストと。




 「観測オオタチとウインディ、ウインディの方は人の殻を捨てた模様、危険度低」

それは漆黒に包まれた夜の女王だろうか?
ゲシュペンストと同様の漆黒の姿、ただ空に浮遊し、少女のような姿をしていた。
それはロシアにも現れていたのを覚えているだろうか?
大凡既存のゲシュペンストとは似ていないが、それを人間やポケモン少女と言うには無理があるだろう。

ゲシュペンスト少女
 「オオタチの方、人獣一体極めて危険、人を越え獣を越え、神へと至る可能性は低」

その、少女が着目したのは……姫野琉生だけだった。



ポケモンヒロインガールズ

第47話 人を越え、獣を超えて 完

続く……。

KaZuKiNa ( 2022/04/05(火) 20:32 )