ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第46話 姫野琉生の過去

第46話 姫野琉生の過去



午後、アメリカ式の授業を受けた一行は、マリー・バッシュの提案でランチに誘われた。
一行はそれを受け、警察署を出るのだった。

マリー
 「ニューヨークって物価は高いけど、美味しい店も多いから期待してよね♪」

マリーはそう言うとウィンクした、何人かはその発言に期待度を上げた。

明日香
 「ロシアのちゃんとした飯はやっぱり美味かったけど、アメリカの飯も美味そうだよな!」

宝城明日香はそう言うと満面の笑顔で腹を擦った。
よく笑い性格も快活な明日香はすでにアメリカのポケモン少女とも仲良く打ち解けているようだ。
やや、それを後ろから見ていた八神悠那は呆れた声で言う。

悠那
 「ご飯でそんなに喜べるなんて、相変わらず単純ねぇ」

それを聞こえる声で言う悠那もどうかだが、明日香はムッと顔を強張らせると悠那に振り返った。

明日香
 「単純とはなんだ、単純とは!?」

一触即発か? 悠那と明日香は犬猿の仲という程ではないが、こうやって意見が反目することはしょっちゅうだ。
慌てて愛とアリアが止めようとする、しかしそれより先に制したのは。

フィアナ
 「あ、あの落ち着いてください!」

それは黒人のフィアナ・キニーだった。
アフリカ系の線の細い少女は、おどおどした様子で両者を手で制する。
それを見た悠那と明日香はピタッと止まった。

悠那
 「な、なによ? 別に取っ組み合いで喧嘩しようって訳じゃ」

明日香
 「そうだぜ? 八神と意見が合わないなんてしょっちゅうだからさ?」

キニーは怖がっていたが、それでも首を振った。

キニー
 「ちょ、ちょっとした意見のすれ違いが、た、大変な事になることだってあるんです……!」

そんなキニーの肩を掴んだのはリリィ・マクガイヤーだった。
リリィはキニーを優しげにあやす。

リリィ
 「キニー大丈夫よ、この二人は大丈夫」

キニー
 「は、はい、ありがとうリリィ」

キニーは落ち着くと、胸に手を当てた。
キニーが大丈夫だと判断するとリリィは離れる。

リリィ
 「皆ごめんね? キニーは人種差別問題に敏感でね?」

昨今白人と黒人の間で人種の溝が深まりつつあった。
ヒスパニックやアジア系にはまだそれ程問題になってはいないが、アメリカの潜在的黒人差別意識は根が深い様子だった。

マリー
 「こう言っちゃアレだけど、犯罪に関わらなかった黒人はいないなんて言われる国でね? 勿論私達はキニーを差別はしないけど」

アリア
 「アメリカならではの事情ですね……」

ある程度政治事情にも詳しい東堂アリアは悲しい顔をするとそう言った。
人種差別の問題は日本やロシアでは殆ど見られないからこそ、日本人である彼女達には遠い現実だった。
一方、それを最も遠目で、しかし間近のように感じたのは姫野琉生だった。
琉生はキニーの怯えた顔になにか既視感を得たのか思わず無意識にある言葉を呟いた。

琉生
 「ママ……」

その時だ、琉生は不意に歩いていた通行人とぶつかってしまった。
ぶつかったのは身なりの良いアジア系の女性だった。
琉生よりも身長が高く目付きの鋭い女性はぶつかって直ぐに、白い手袋を付けた手を口元に当て、温和な笑みで謝罪する。

女性
 「あら、ごめんなさい……え?」

ドクン、その時琉生の心臓が高鳴った。
目付きの鋭い女性は打つかった相手を見て、驚き戸惑いを見せた。
一方琉生は、その顔に絶望を張り付かせ、ガタガタと震えていた。

女性
 「貴方!? まさか琉生!?」

琉生
 「お、お母さん……どうして、ここに?」

お母さん? 誰もがその言葉に耳を疑った。
琉生の顔は嬉しそうどころか、ゲシュペンスト相手でも見せた事が無い程、顔を真っ青にして震えており、はっきり言って異常だった。
この中で、その事情を知っているのは琉生と愛だけだ。
お母さんと呼ばれた女性はフン! と鼻を鳴らせると高圧的に琉生を見下した。

琉生の母
 「仕事よ! それよりなんでアンタがニューヨークに!? ポケモン少女学園とかいう訳の分からない組織にやっと厄介払い出来たと思ったのに!?」

ドクン! 再び琉生の全身が高鳴った。
琉生はその声が嫌いだった、その姿を直視出来なかった。
でも恐ろしくて目を離せない、ただその女性、姫野葵(ひめのあおい)に絶対服従だった。


 「す、すみませーん! 琉生ちゃんの保護者の姫野葵さんですねー?」


 「そ、そうだけど何よアナタ!?」

愛は早速いつものスマイルで琉生を庇うように葵の前に立った。
それを後ろで見守る明日香達は不安そうだった。
愛は琉生の様子を見て我慢できず口出しするのだった。
本来ならこれはルール違反だ、ポケモン少女が家族と接触するのも駄目なら、それをポケモン少女管理局の関係者が口出しするのも本来なら御法度。
それでも愛は後で何を言われようが、今の琉生を見捨てる選択肢なんてなかった。


 「あはは〜♪ ポケモン少女管理局の者です〜、本来であればポケモン少女とご家族の接触は禁則事項に当たりますので、琉生ちゃんはお引取りしますねー?」

愛はそう言うと笑顔で琉生の手を掴んだ、琉生はビクンと身体を震わせるとまるで本物の人形のように、愛に従った。
葵は目を細め、少女の一団を見ると、直ぐに興味を失せて背を向けた。


 「はぁ、さっさと連れて行って頂戴! そんな奴の顔二度と見たくないわ!」


 「はーい♪ お仕事頑張ってくださいねー?」

葵はそう言うと一行から遠ざかった。
その姿も街中に溶け込むと、ようやく口を開いたのは明日香だった。

明日香
 「け! なんなんだあのいけ好かない奴は? 気分悪ぃな!」

アリア
 「琉生さん、本当にご家族なのですか?」

愛に抱かれながら、琉生はトボトボ明日香達の下に向かうと少しは気を紛らわせたのか、落ち着き始めていた。
愛はタブレットPCを見て、ようやくホッとする。


 (一瞬でシンクロ率60%に達するなんて、今回は本当に危険でした……なんとか止めれて本当に良かったぁ)

愛が急いで琉生を止めたのは、琉生の暴走を危惧したからだ。
琉生は優しくダウナーな少女だが、それ故に抱え込み易い。
まして相手があの母親ならば、琉生はいつ暴走してもおかしくないのだ。

きらら
 「愛、琉生ちゃんは?」


 「多分、大丈夫だと思います」

一年生達を管理する愛はタブレットPCに表示される情報から琉生はもう大丈夫だと判断する。
とはいえきららにもあれは気分の良い物ではなかった。

きらら
 「琉生ちゃんの家族とは思えないわね」


 「そ、そうですね〜」

愛はきららを見ると、目を逸してそう言った。
星乃きららは幸運にも人に恵まれ、家族を交通事故で全て失ったが、常葉家の優しい人たちの拾われたお陰で今の優しいきららを形成した。
きららは知り得なかったが、だからこそきららは琉生にシンパシーを感じていたのだろう。

悠那
 「琉生、アンタ何があったの? 母親の前の態度じゃなかったでしょ?」

悠那は胸を下から両腕で持ち上げると、ややキツめの口調で琉生に聞いた。

アリア
 「止しましょう八神さん? それぞれ事情は異なりましょう?」

しかし、アリアは聞くべきではないと制する。
それは明日香も同意した、思わずぶん殴ってやりたい位の女だったが、琉生の事情は安易に踏み込むべきではなかった。
だが、明日香は朝ホテルで琉生から聞いた言葉を思い出した。

明日香
 「あれ? 琉生の銀髪って母親の遺伝って?」

葵の髪色は日本人には典型的な黒であり、その容姿はあまりにも琉生と似ていなかった。
それを聞いた琉生は自分の肩を抱いた。

琉生
 「あ、あの人はお母さんだけど、ママじゃないから……!」

悠那
 「お母さんじゃないけど、ママじゃない?」

琉生は目に涙を零し、ある過去を語った。
それはまだ琉生がポケモン少女学園に入学するよりも前の話だった。



姫野琉生の母親はテレサ・ローゼンという北欧から来た外国人労働者だったという。
母親の詳しい素性は琉生も知らなかったが、このテレサという女は日本の就労制度を利用して日本に来て、そこで琉生の父親姫野和夫と出会い、琉生は誕生した。
しかし、如何なる理由かは分からないが、父和夫はテレサと幼い琉生の前から姿を消し、慣れない異国の地でテレサは必死に働き、琉生に愛情を注いだという。
琉生にとってそれは最も幸せな時間だった。
テレサの優しい笑顔は大好きで、琉生にとってそれは希望だった。
しかし、テレサが身を崩したのは琉生が6歳の時だ。
テレサは無理が祟り、倒れると琉生には身寄りがなかった。
テレサは一度倒れると、あっという間に衰弱し、そしてこの世を去った。
後に分かった事だが、テレサは違法入国状態であり、それがバレるのを恐れてろくな支援制度も受けられない状態だった。
それ故に天涯孤独の身になった琉生の前に現れたのは父和夫だった。

琉生にとってママの死は絶望であり、そこからは地獄だった。
父はテレサの前から姿を消した後、別の女と再婚していた。
それが松野葵、今は姫野葵と名乗った女だった。
琉生にとって訳もわからなかった、今更顔も知らない父親が現れ、保護者を名乗ったのだ。
確かに琉生と和夫は血縁上繋がりがある、しかし葵にとっては他人の娘でしかなかった。
葵も初めては優しかった、しかし琉生が小学校に通うようになると、琉生は周囲から浮いた存在だった。
母テレサ譲りの銀髪は日本人として浮いており、紅い目は子供たちには異質に映ったろう。
小さな子供たち、まして琉生はテレサと隠れるように暮らしていた性で、子供たちと仲良くなることも出来ず、やがて虐めを受ける事になった。

やがて琉生は今のような大人しい人格を形成しだす頃には、無気力で誰にも関わらない死にそうな目の少女になっていった。
しかし中学に上がる頃から葵は突然暴力を琉生に奮い始めた。
日に日に別種のような存在へと成長していく琉生を恐れたのか、それとも仕事のストレスをぶつけたのかは分からないが、虐待が琉生を襲ったのだ。
琉生にとって安住の地はどこにもなかった。
家では恒常的に暴力を振るわれ、学校では陰湿な虐めを受けてばかりだった。
何度も自殺を考えたが、何故か実行には移せなかった。
そんな中学の最後、学校にポケモン少女管理局の役員がやってきた。



管理局役員
 「……この子、適正があるようだ」

死んだ魚のように絶望的な目の少女、琉生はもう人生がどうでも良かった。
当時の記憶も曖昧で、役員の言っていた言葉を朧げに覚えていた。

管理局役員
 「可哀想に、いやむしろ幸運なのかもな」

その役員は琉生の素性を知った上で言っていたのか、当時の琉生には聞く気にはなれなかった。
だが、琉生は適性検査で適性ありと判断されたのだ。
ポケモン少女学園への強制編入、琉生は人生さえ自由はなかった。
ただ、その事実を知った葵は琉生を見る目を変えた。


 「化け物なの? ふん! やはりね! さっさとこの家を出ていきなさい! 化け物め!」

葵は琉生が出ていく時まで暴力を振るってきた。
琉生の適性であるオオタチは、その生命力を琉生に与え、琉生には傷一つなかったが、それも葵が琉生を化け物と思った原因だろう。

琉生
 (どうでもいい……もう、どうでも……)

そんな琉生の前に現れたのが、同じようにポケモン少女学園に強制編入された、宝城明日香と東堂アリアだった。



琉生
 「……こんな話」

琉生の昔話を聞いた明日香は号泣して、拳を握り込んだ。
一方、愛やアリアも小さくだが泣いている。

明日香
 「うおおお!? 琉生ー!? アタシは一生友達だからなー!?」

アリア
 「私も勿論ですわよ?」


 「琉生ちゃん私もずっと味方ですからー!」

琉生に次々と友人たちは抱きついた。
琉生はそんな彼女達に戸惑った。

きらら
 「虐待、か」

一方できららは嫌がるように目を細めた。
きららには無縁だったが、すぐ近くにそれはあったのだ。
だからこそ、きららは琉生との成り初めを忘れはしない。
琉生の絶望してた頃を知っているから、それを導いたのはきららの責任だ。

悠那
 「……ふん、私は仲良しごっこはしないわよ?」

悠那も内心では琉生を心配していた。
しかしそれを顔に出さないのは悠那らしい、琉生も琉生で泣きながら抱きついてくる悠那がいたら気持ち悪いだろうが。

琉生
 「皆、ちょっと苦しい、よ?」

明日香
 「あ、ご、ごめ!?」

明日香は顔を真っ赤にしながら琉生に抱きつく力を緩めた。
感情で動く明日香は少々周りが見えなくなる事があった。
琉生はそんな明日香に苦笑いする。

マリー
 「クス、美しい友情ね」

そんな一部始終を見ていたマリーはそう言って笑った。
和気藹々っぷりはアメリカも大概だが、琉生の周りは温かい人達だらけだった。

琉生
 「今は大丈夫、皆信じてるから」

琉生はそう言うと穏やかに笑った。
それを聞いて愛は「うんうん」と頷く。
過去は過去、今は今、いかにも琉生とてそれ位分別はつく。

マリー
 「ほら! 時間なくなっちゃうわ! 早く行きましょう!」

マリーはそう言うと、その場を仕切り直し全員を導いた。
忘れがちだが、ランチ時間は有限なのだ。
琉生達はすっかり空腹も忘れていたが、腹の音を聞くとマリーを追いかけた。



***



マリーオススメのホットドッグは自然公園で売られていた。

琉生
 「大きい……」

琉生は日本ではスタンダードなホットドックを買うが、その大きさにビックリした。
日本で売られている物よりも巨大で、どうやって食べればいいのか疑問だった。

明日香
 「ヒュ〜! やっぱりアメリカはなんでもデカイんだな!」

一方で明日香が注文したのは更に巨大だ、というか使っているウインナーがおかしい。
60センチはあるんじゃないかっていう巨大なホットドックを明日香は美味しそうに頂いた。

悠那
 「よくそんなの身体に入るわよね?」

悠那は極めて現実的なサイズのサンドイッチを頼んでいた。
改めてパン文化なのか、日本よりもサンド系がより中心なのだと分かる。

アリア
 「明日香さん今体重何キロなのですか?」

明日香
 「ん〜? 64キロだっけ?」

琉生
 「前の測定より増えてる……」

明日香はウエイトトレーニングを欠かした事はない。
入学したての頃から比べれば体重は10キロ以上という驚異的な増加だ。
通常なら肥満体型だと言えるが、明日香の姿は誰が見てもほっそりしている。

リリィ
 「ふふ、体脂肪率低そうねぇ?」

リリィはそう言うと明日香の腹筋を突いた。
こそばゆかったのか、明日香は悶絶してしまう。

明日香
 「あはは辞めろって! アタシなんて闘子先輩に比べたらまだまださ!?」

明日香は相変わらず闘子一筋だ、闘子のような強くて頼れる大人の女性を目指す明日香は、呆れる程真っ直ぐだ。

きらら
 「もう闘子を越えたんじゃない?」

一方BLTサンドを頂くきららは愛の隣でそう言った。
愛は明日香を見て、吟味すると。


 「そうですね〜、あの頃の闘子ちゃんと比べたら明日香ちゃんの圧勝ですねー」

明日香
 「えー!? あり得ねぇ! 闘子先輩が?」

明日香は疑ってかかるが、きららは自分のソウルリンクスマートフォンを弄ると、昔の画像を表示した。

きらら
 「ん、これ見てみなさい」

きららはスマートフォンを外側に向けると、興味を持った琉生やアリアも寄ってきた。
きららのスマートフォンに写っていたのは皆同じ学生服に袖を通したきらら達の集合写真だった。

アリア
 「まぁ、藤原先輩、この頃からスタイル良いのですね!」


 「はい、それはもうズルい位〜!」

愛は憎しみでもあるのか、拳をプルプルさせると昔を思い出しているようだ。
集合写真では一番手前赤いツインテールが特徴的な愛は満面の笑顔でピースしている。
一方、その横に今と同じようの佇むきららは今とさほども変わらない。

琉生
 「きらら先輩変化ないですね?」

きらら
 「もう諦めてる」

パルキアのソウルが宿ってからきららの成長は止まっていた。
神にも数えられるパルキアの事は不明な事も多く、ソウルの影響が肉体に出る事も分かっているため、きららは半ば諦めていた。
一方、明日香は画像を見て首を傾げる。

明日香
 「闘子先輩が写ってないですよ?」


 「え? ちゃんといるじゃないですか」

明日香
 「後は黒髪お下げの地味な眼鏡少女だけっすよ?」

きらら
 「それが闘子、入学したてのね」

それは藤原真希の隣に立つ、撫で肩の文芸が趣味そうな地味な眼鏡少女だった。
今では似ても似つかない、入学すぐの剛力闘子だった。

明日香
 「うえええええ!? これが闘子先輩ー!?」

その事実を知った明日香は驚愕した。
そう、剛力闘子は初めから男気溢れる豪傑などではなかったのだ!

アリア
 「昔は眼鏡だったのですね?」


 「カイリキー少女に変身できるようになったら視力改善したんですよー♪」

ポケモン少女は少なからず変身先のソウルに依る事がある。
元々剛力闘子はその名に似合わない大人しい娘だったが、変身するようになってから、肉体改造を進め今のようになっていったのだ。

きらら
 「2年生位の頃でも明日香より細かったんじゃないかな?」

明日香はそんな事実聞きたくなかった。
頭を抱えるとまるで悪夢だというように蹲った。
最初からスポーツ少女だった明日香と比べてたら、如何にも運動下手みたいな雰囲気の闘子、どっちの勝ちかは明白だった。

悠那
 「……3年あれば変わるものね」

悠那は対して興味ないのだろう、すでに食べ終えると、口元をナプキンで拭いていた。

明日香
 「うぅ〜、こうなりゃヤケだー! うおおお!」

明日香はそう言うとガツガツガツと巨大ホットドックを食べた。
あまりの早食いに愛は心配になって明日香を静止した。


 「明日香ちゃん、喉詰まらせちゃいますよー!?」

明日香
 「食わなきゃやってらんないっすよー!?」

マリー
 「ハハッ、本当に日本のポケモン少女は見ていて楽しいわね♪」

リリィ
 「けど、日本も様々ね」

マリーは少し距離を置いた場所でお気に入りのホットサンドを食べていた。
周囲を見渡し、イザベラに変わって見守る姿は日本の三年生と差はない。
ただ、日本だと3年生と1年生は近いように感じた。
マリーにとっても後輩たちは大切だ、それでも後輩たちには遠慮があった。

ピピピピ!

マリー
 「ッ! ハイ! こちらマリー!」

突然、マリーのソウルリンクスマホが着信を知らせた。
マリーは顔を強張らせると、直ぐに応対に出る。
電話の相手はイザベラだった。

イザベラ
 『銃撃戦だ! 応援頼む! 場所は!』

マリー
 「銃撃戦!? 分かったわ! 場所を送信して!」

マリーは直様立ち上がると、周囲の少女たちは顔色を変えた。


 「ど、どうかしたんですか!?」

マリー
 「ごめんなさい! 緊急出動よ!」

リリィ
 「マリー! 一年生はどうする!?」

リリィはこの中では一抜けている、すでにトップエリートとしての道を進み始めているが、監督はマリーだ。

マリー
 「リリィ、日本のポケモン少女を連れて警察署に戻りなさい!」

リリィ
 「了解!」

マリーはそれだけリリィに指示すると、直ぐにソウルリンクスマホに表示された事件現場に急行した。

リリィ
 「皆! 昼ごはん終了! 警察署に戻るよ!?」


 「やむを得ません、従いましょう」

それぞれ立ち上がった。
銃撃戦という言葉に愛は不安に思うが、一先ず一年生達の安全確保が優先だ。

きらら
 「皆万が一には備えて!」

きららはそう言うとソウルリンクスマホを握った。
その緊迫感は琉生達にも伝わる。
特にシベリアで不意の一撃で変身さえままならなかったアリアは誰より強くソウルリンクスマホを握る。

リリィ
 「私がマリー先輩に代行して指揮を摂ります! ついてきて!」

リリィはそう言うとやや早歩きで、警察署へと向かった。
アメリカのポケモン少女達はそれを不安そうに追う。

明日香
 「なんか、アタシらより気の毒って感じだな?」

アリア
 「アメリカは9月入学ですからね、私達とは修羅場の経験値も違うのでしょう」

一応は気丈さを見せるリリィもだが、キニーもアマンダもヤンも不安げだ。
ポケモン少女はソウルを憑依させた時点で、常人よりある程度頑丈になるが、それでも変身前に不意の後ろから撃たれればポケモン少女も死ぬのだ。
マリーは覚悟が出来ているのだろう、だからこそ勇気を持って事件に向かえる。
日本では凡そないような凶悪事件が存在するアメリカの現実には日本のポケモン少女も戦慄する。
だが……!

琉生
 「……ッ!? なに?」

琉生は突然表情を歪めた。
そのいつもの神憑りに嫌な顔をしたのは明日香と悠那だ。

悠那
 「ちょ!? またゲシュペンストだって言うんじゃないでしょうね!?」

明日香
 「悠那がキレた!? でも気持ちは分かる!」

琉生
 「ひ、人をゲシュペンスト探知機扱いしないでっ!?」

琉生の反応は違った。
普段から大人しい割に急に神憑りを起こすから誤解される訳だが、今回の琉生が感じたのは何か別の物だった。

琉生
 (オオタチさん、貴方なの?)

琉生は己のソウルに問うた。
しかしオオタチは返さない、相変わらずゲシュペンスト相手でもなければ何にも興味を示さないソウルだ。
この繊細で気難しいオオタチのソウルに選ばれた時から、琉生の運命は決まったのか。
琉生の過去は壮絶で、救いなんてなかった。
それでも今の琉生は幸せだ、琉生はしっかりとした表情で走った。



***



ドドドドド!

ニューヨーク市警察署は地震が起きていた。
今はニューヨークの中心でよりもよって凶悪犯との銃撃戦が起きており、刑事達も多くが出動している。

クリスチーナ
 「な、なによこれ? もしかしてテロリストがロケット弾でも使ったんじゃ……?」

受付を担当するクリスチーナは顔を真っ青にすると机の下で蹲った。
ここ最近、どういう訳かニューヨーク市警では地震が頻発していた。
気象局はニューヨークで地震は起きていないと発表しているが、では何故なのだろう?
今回は特に長い、だがやがて揺れは収まった。
もう、終わったか……?
クリスチーナは机から顔を出すと、その時。

ズドォォン!

クリスチーナ
 「きゃああ!?」

突然爆音が響いた。
それはテロリストが放った対戦車ライフルの流れ弾だった。



***



マリー
 「ヘドロ爆弾!」

マリーは現場にたどり着くと、テロリストは十字路のど真ん中で即席のバリケードを築いていた。
ダストダス少女に変身すると、ヘドロ爆弾をバリケードに向けて放つ。
ヘドロ爆弾はバリケードで爆散すると、そこには凄まじい悪臭が漂った。
テロリストは悶絶する、頭を上げた所を別の警察官がライフルで撃ち抜くのだ。

イザベラ
 「よく来てくれたマリー!」

先に現場に対テロ用装備をフル装備したイザベラ・ホーミンがいた。
イザベラはベレッタM9を両手で構えると苦々しい顔だった。

イザベラ
 「ち! 手持ちがこれではバリケードを突破できん!」

マリー
 「それ私物よね? 警察がベレッタって……」

イザベラ
 「普段はデリンジャーを使うさ! ちっ! 武器p保管室から対物ライフルでも持ってくるんだった!」

普段は寡黙で冷静沈着なイザベラ女史だが、事件を前にすると過激な女性だった。
対物ライフルなど、人間に向ければミンチじゃ済まないぞと、マリーは心の中で突っ込む。
とはいえ、だ!

テロリスト
 「死にさらせぇ!」

テロリストはバリケードの上から対戦車ライフルを取り出した!

イザベラ
 「いかん! 頭を下げろ!!」

ズドォン!!

対戦車ライフルコブラアサルトキャノンは火を吹くと、着弾点を吹き飛ばした。
呆れるほどの火力にマリーも目を丸くする。

マリー
 「やっぱり銃は規制すべきよね?」

イザベラ
 「何を言う? それでは防御も出来んだろ?」

マリー
 「イザベラの事は尊敬するけど、共和党支持者には賛成できないわね!」

イザベラ
 「今はそれは関係ないだろう、民主党支持者!?」

仲が良いのか悪いのか、マリーは直ぐに再びヘドロ爆弾をバリケードに向けて投擲する。
イザベラは弾幕を張りながら支援した。

イザベラ
 「バリケードの中にエイムできんのか!? これでは埒があかんぞ!?」

マリー
 「駄目よ!? 直撃させたら、毒殺してしまうわ!」

マリーは優れた狙撃能力を誇る優秀なヒットマンだ。
しかし、ポケモン少女ならいざしらず、テロリストとはいえ相手は人間なのだ。
ヘドロ爆弾は強烈過ぎる。

イザベラ
 「全員死んでも文句言えない奴らだぞ?」

マリー
 「だからといって、捨てていい命もないでしょう?」

イザベラとマリーは背を低くしたまま、移動する。
マリーは良くも悪くも標的にされる。
特にあの対戦車ライフルは驚異そのものだ。

マリー
 「じっくり悪臭で追い詰めれば、戦う気も失せるわよ!」

マリーはそう言って絶え間なくヘドロ爆弾をバリケードに放つ。
あまりの悪臭にテロリストもたまらないだろう。

イザベラ
 「しかし、だとしたら奴ら我慢強過ぎないか?」

イザベラはパトカーを背に素早く屈み込むと、窓越しからバリケードの様子を探る。
悪臭は遠くまで届くほどだ。

マリー
 「ガスマスクでも持ってるのかしら?」

ダストダス少女の濃縮したヘドロ爆弾は並の犯罪者なら一発で悶絶ダウンだ、しかし今回の犯罪者はかなり粘り強い。

テロリスト
 「あがああああ!?」

イザベラ
 「な、なんだ!?」

突然テロリストがバリケードから顔を出した。
その形相にだれもが銃を撃つのを躊躇った。
直後、バリケードから真っ黒なコールタールで出来たような腕が生えた。
マリーは驚愕する、ソウルが警告を放ったのだ。

マリー
 「まさかゲシュペンスト!?」

そう、ゲシュペンストだ。
ゲシュペンストβがテロリストを片腕で掴むと、テロリストは発狂する。
精神汚染され、テロリストは銃器を落とした。

ゲシュペンストβ
 「ッ!!」

ゲシュペンストβはテロリストを投げ落とした。
それに反応したのはマリー達のすぐ近くにいた白人警察官だった。

警察官
 「うわあああ!? ゴースト!?」

マリー
 「駄目!? ゲシュペンストに反応しちゃ!?」

白人警察官は銃をゲシュペンストに向けると乱射した。
普段なら耐えられる警察官達も、目の前で人間がやられれば恐慌には耐えられない。
パァンパァンパァン! マズルフラッシュが焚かれると鉛でコーティングされた弾丸が3発放たれた。
それはゲシュペンストβを貫くが、ゲシュペンストβにはダメージはない。
逆にゲシュペンストβはそれを標的と見定めた、ゲシュペンストβは人間を簡単に引き裂きそうな右腕を伸ばした。
それは信じられない挙動で警察官を襲う。

イザベラ
 「ち!? 伏せろバカ者!」

イザベラは咄嗟に機転を利かせ、白人警官を引きずり倒した。
白人警官の被っていた警帽が浮かんだ瞬間、それは大きな鉤爪に引き裂かれた。
常軌を逸した戦力に、白人警官は顔を真っ青にした。

イザベラ
 「ち!? 無駄玉撃ちおって! マリー!?」

マリー
 「OK! 本気で行くわよ!?」

マリーは飛び上がると、ゲシュペンストβを見た。
マリーは嫌な予感がした、ゲシュペンストβだけが現れる?
そんな事はあり得ない……、マリーはパトカーの上に着地すると、周囲を索敵した。

マリー
 「ヘドロ爆弾、マルチファイア!」

マリーは指全てを異なる方向へと向けた。
ダストダス少女になったマリーの指は全てホース状になり、伸縮自在に砲身を向けられる。
そんな十の指から放たれたヘドロ爆弾は周囲にスポーンしてきたゲシュペンストαに向けられたのだ。

イザベラ
 「ち!? お前ら金玉ついてんだろうな!? 市民に怪我させんじゃねぇぞ!?」

イザベラは直ぐに状況を察した。
周囲には夥しく、ゲシュペンストαがスポーンしている。
一匹でも逃せばどんな被害があるか分かった物じゃない、イザベラはマリーと背中を合わせると、どう動くべきか類推した。

マリー
 「イザベラ、ゲシュペンストの特性は把握してるわよね?」

イザベラ
 「当たり前だ、私が教官だぞ? こんなおもちゃもはや不要だな」

イザベラはそう言うと愛銃のベレッタM9をホルスターに仕舞った。
ゲシュペンストにはあらゆる物理法則が通用しないと言われる。
それはゲシュペンストが異なる位相に存在し、あくまでも幻影をこの世界に投影しているからだと言われているが、真偽は不明だ。
分かっていることは手がつけられない正真正銘のモンスターという事だ。
そんなゲシュペンストに唯一対抗できるのはポケモン少女のみ。
つまりマリーは否が応にも孤軍奮闘しなければならない。

マリー
 「イザベラ、即時避難開始、モンスターにはモンスターでしょ?」

イザベラ
 「……死ぬなよ?」

マリーはニヤリと笑うと、直様飛び出した。
同時にイザベラも声を張り上げて動き出した。

イザベラ
 「動けない者は急いで言えよ!? お前ら周辺を閉鎖して退避!!」

マリー
 「GoGoGo!」

マリーはパトカーから飛び降りると、その場で舞うように一回転した、しかしその動き全てに無駄はない。

マリー
 「ヘドロウェーブ!」

マリーは周囲から警察官達が避難するのを確認すると、全方位にヘドロの波を越した。
周囲を悪臭で覆い尽くす、ゲシュペンストが臭気を感じるのかは不明だが、ヘドロウェーブに飲み込まれたゲシュペンストα達は消滅した。
だが、消された後から次々ゲシュペンストαはスポーンしていく。
消耗戦か、マリーは瞬時に最適な戦術を構築する。

マリー
 「はは、行くわよ!?」

マリーは天高くヘドロ爆弾を乱れ撃った。
それはヘドロの雨となって周囲に降り注ぐ。
ゲシュペンストαはこれで充分、しかし問題はゲシュペンストβだ。

ゲシュペンストβ
 「ッ!!」

ゲシュペンストβが腕を伸ばした。
マリーは咄嗟に反応できず、掴まれてしまう。

マリー
 「しまっ!? くうう!?」

ゲシュペンストβは万力のような力でマリーの体を締め付けた。
マリーは痛みに呻いたが、そのチャンスを握って離しはしない!

マリー
 「私を甘くみないでよぉ!?」

マリーは全ての指をゲシュペンストβに向けた。
ゲシュペンストの基本的対策は上位種の即時撃破だ。
アメリカでも日本ほどではないが、ゲシュペンストは出現している。
だからこそマリーは戦い方を心得ていた。

マリー
 「ヘドロ爆弾! フルバースト!」

マリーは目の前ヘドロの爆風を起こした。
それはゲシュペンストβに浴びせられ、紫の爆発に包まれた。
マリーはゲシュペンストβの握力が無くなるのを確認すると、息を荒げながら、ゲシュペンストβを見た。
消滅していくゲシュペンストβ、ミッションコンプリートか。
安堵したマリーは、息を整えようとした。
しかし……!

マリー
 「ガッ!? なっ!?」

突然マリーを掴む2つの腕があった。
それはゲシュペンストβの腕だった、倒したゲシュペンストβとは別に、2体のゲシュペンストβが追加出現したのだ。

マリー
 (そんな!? 同時二体!?)

マリーは驚愕した、一体でさえこれ程苦労する。
マリーの弱点は攻撃力の低さだ、正確な射撃は得意なのだが、ゲシュペンストβを即死させるだけの火力を出すならかなり接近しないといけない。
一対一なら充分勝てる、でも二体は無理だ。
その瞬間、マリーの脳裏に過ったのはシンプルな答えだった。

マリー
 (このままじゃ私は死……!?)



ポケモンヒロインガールズ

第46話 姫野琉生の過去 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2021/12/02(木) 19:27 )