ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第44話 ロシアからアメリカへ

第44話 ロシアからアメリカへ



ゲシュペンスト襲撃から、3日が経過した。
あれからゲシュペンストは出現しておらず、友井愛達はロシアの基地に滞在を余儀なくされていた。
しかし、事態は更に動き出すのか。


 「え? アメリカですか?」

それは国際電話だった。
電話の相手は神成依乃里、あの一ノ瀬純の右腕とも言えるポケモン少女からだ。

依乃里
 『そう、アメリカが希望しててね』

アメリカの思惑はロシアと同様だ。
いや、寧ろアメリカはロシアの動きを警戒していた。
これをサーリャが聞けば「何を馬鹿な」や「酷い言い掛かり」だと、一蹴していただろう。
ポケモン少女を巡る国際情勢は、かつてない程緊迫している証でもあった。


 「しかし、ロシアの滞在予定は後4日、おまけに負傷者まで出ているんですよ?」

愛は不安だった。
できる事なら皆を日本に戻したい。
新種のゲシュペンストが登場してから、愛はその危険性を本部に説いた。
しかし、愛の意見で受け入れられたのは新種の危険性のみ。
残念ながらその対策や、その現場に置かれたポケモン少女の事は顧みられていないのが現状だった。

依乃里
 『気にする事はないわ、それにね……ロシア大統領の許可も得ている』


 「え?」

国家のトップの名、それを聞いて愛は驚いた。

依乃里
 『敢えて言うけど、貴方達の今の立場を思い出しなさい? 出向は明後日、モスクワ空港からお願い』


 「……了解、しました〜」

愛は渋々通話を切った。
その顔はかつてない程暗く、それはその現状を説明するようでもあった。
今、ロシアで日本のポケモン少女は三白眼で見られていた。
その理由は余りにも理不尽な物だった。
ゲシュペンストを連れてきたのは日本のポケモン少女だ。
少なくともこう考えているロシア人は少なくない。
これが依乃里が言う愛たちの立場だった。


 (厄介払い……ですか)

愛はその事実を受け入れるしかなかった。
だが、持ち前気丈な彼女は直ぐに首を振ると、皆のいる場所を目指す。
基地格納庫、今そこは兵器の類は見当たらない。
医療施設が破壊されたため、今やここが病棟となっているのだ。
その一角で、愛は日本のポケモン少女を確認する。


 「みなさーん!」

愛はなるべく笑顔で小走りで走り寄った。

アリア
 「あら、愛先輩、どうしました?」

本来ならまだ動ける段階ではない筈のアリアはすでに立ち上がっていた。
付き添いの明日花、それに同じく重症だった筈の琉生はすでにピンピンしている。
きららもまた、その場に無言で佇んでいた。


 「皆さん、身体はもう大丈夫ですか?」

きらら
 「私は大丈夫、元から深刻な方じゃなかったし」

アリア
 「私もそうですね、2日もすれば問題なくなりました」

アリアはそう言うと笑って見せる。
寧ろ愛が一番心配したのは琉生の方だ、同じ被害にあったにも関わらず、琉生はその場で戦闘を開始、その後もケロっとしているのだ。


 「琉生ちゃん、本当に大丈夫ですか?」

琉生
 「う、うん……ちょっと不思議だけど」

琉生は怪我の多い娘だ。
かつて1ヶ月間入院した事もあった。
しかし、今回も同レベルの被害を受けた筈なのに、琉生には後遺症も認められなかった。
琉生自身不思議には思った、けれどもそれが現実なのだと受け入れるしかない。


 「そういえば悠那ちゃんは?」

愛はその場に一人だけいない人物を探した。
格納庫は広く、人探しするのも一苦労だ。

明日花
 「ん、あそこ」

明日花は軽く親指で、悠那を指差した。
格納庫の外に悠那は一人いる。
なにやら電話中だった。



***



悠那
 「久し振りね、桜」

悠那は国際電話を掛けていた。
相手は七海桜、ポケモン少女関東支部の2年生か。


 『貴方が連絡入れてくるなんて、不思議ね? それでどうしたの?』

電話の向こうの桜はいつも通りだった。
相変わらずたった一つしか年齢も違わないのに、悠那に対して姉のように接してくる。

悠那
 「ふん、アナタや燈が心配になっただけよ」

日本に残した古代燈、悠那にはとても懐いており、そんな悠那も大切に可愛がった。
桜は電話の先で笑う、悠那は少しだけ苛立ちを見せた。


 『ふふ、燈なら元気よ、友達も出来たんだし、心配はいらないわ♪』

友達……とは、十中八九江道夢生の事だろう。
精神年齢が燈と同レベルに低く、それ故に惹かれ合ったのだろう。
だが、悠那には少し不安があった。

悠那
 (江道夢生、考えてみれば何者?)

基本的に悠那は疑り深いが、それは育った環境にある。
悠那はこの世界の欺瞞を暴き、自分の為に命を失い、その存在を抹消された名も分からないポケモン少女の為に、テロリストに身を窶した。
今も、かつての仲間は散り散りだ。
特に本部直轄で管理されている銀河冥子には接触すらできない。
これは逆に銀河冥子もかつての仲間に連絡をする事も出来ないのだが、今は世界の欺瞞を解く事よりも、現状だ。

悠那
 「その、やっぱり冥子には会えない?」


 『……無理、ていうか実際に顔を合わせた事があるのって悠那だけよね?』

ロトム少女の冥子はある地下の監房にいた。
それは立案計画の都合上、最もセキュリティを高くしないといけないのが、通信ハッキング担当の冥子だったからだ。
冥子は身体を電子化させることで、出口の無い狭い地下深くの監房で最新の通信設備を用いて、バックアップを続けていた。
それだけに、直接顔を合わせた事があるのは悠那だけなのだ。

悠那
 「……そう、ね……その筈」

実際は分からない。
同じく世界の欺瞞に対して、それを暴こうとした同志ではあるが、悠那はなんらかの記憶が消去、あるいは封印されている。
世界に欺瞞を生み出し続けていると考えられるポケモン少女、神成依乃里が宿したユクシーの力でだ。


 『他に何か言っときたい事はある? そっちとこっちじゃ時差もあって大変なんだから言い忘れは勘弁よ?』

悠那
 「そう、ね……ううん、それだけ、身体には気を付けてね?」


 『ふふ、私はこう見えても臆病なのが売りなの♪ 危険な橋をあえて渡るような馬鹿な真似はしないわ、それじゃおやすみなさい』

桜はそう言うと電話を切った。
時差もあり、日本は既に消灯時間だろう。

悠那
 (危険な橋……か)

悠那は危険な橋を歩んでいるかもしれない。
あのゲシュペンストの新種、γの強大な力に加え飛行能力まで有していた。
厄介すぎる相手だったが、それと同時に姫野琉生に危惧を覚えた。
琉生はここ最近超然とし過ぎている。
ゲシュペンストとの戦いは苛烈で、何故あそこまで頑張れるのか?
そして時折見せる人間性の薄さ、悠那は迷っていた。

悠那
 「自分の事ばかり考えてやってきたってのに、今更友達の事を心配する……か」

悠那はそう言うと空を見上げた。
ロシアの空は厚い雲に覆われている。


「悠那ちゃーん!」

格納庫の方か愛の呼ぶ声が聞こえた。
悠那は振り返ると、日本組が集合していた。



***



サーリャ
 「済まないな君たち、私の力不足だ」

愛達は集合すると、本部の指示を伝えた。
この大切な時期にロシアを離れてアメリカに行け。
それは急な命令であり、いくつか反発の声もあった。
しかし、それを黙らせたのはよりにもよってロシア人のサーリャ・カカーポポフであった。

サーリャ
 「ロシアは正直そんなにゲシュペンストの出現例は多くないんだ、多くの兵士がゲシュペンストの恐怖に晒され、動けなくなってしまった」

アリア
 「日本人がゲシュペンストを連れ込んだ……そういう訳ですね?」

明日花
 「ち!? そんなの言いがかりだろう!?」

明日花は憤慨した、拳を打ち付け苛立ちを顕にする。
しかし事実としてこの基地に惨状も目の当たりにした。
日本、特に関東支部の置かれる特別実験地区ではゲシュペンスト被害が起きても即日で修復していたが、ロシアでは事情も違いすぎた。
ここは地図にも載らないシベリアの雪原のど真ん中、救援が来るのでさえ何日も掛かる程の辺境なのだ。
明日花とは裏腹にアリアはその現実を重く受け止めていた。

アリア
 「直ぐに移動ですか?」


 「はい、今日本人に対する感情は最悪でしょうからね」

サーリャ
 「済まない、ロシアの問題はロシア人で解決するべきなのだが、君たちを巻き込んだ」

サーリャは日本にも来た事があったおかげか、強大なゲシュペンストとの会敵も済ましており、それ程驚異ではなかった。
しかしゲシュペンストγを目撃した多くの兵士や、慣れないポケモン少女達にはPTSDのような症状も起こしている。
愛達を真に信用できる友人だと認めるからこそ、サーリャは早期の国外退去を勧めるしかなかった。

きらら
 「どうする? 空港までならパルキアの力で転送しようか?」


 「いえ、出立は明後日なので、そこまではいりませんよ」

サーリャ
 「モスクワまでは私が責任を持って同行する、短い間だがな?」

サーリャにとってこれは歯がゆい結果だった。
サーリャとてロシアの国益は第一とする生粋のロシア人だ。
しかしそれとは別にサーリャは日本のポケモン少女と友好を築きたかった。
残念ながらロシアに存在するポケモン少女はあまりに少なすぎる。
それこそサーリャが全てのポケモン少女を管理し教育する立場に就任し、異例の若さでの少佐という高い地位にも現れている。

サーリャ
 (本当に不甲斐ない、私自身にゲシュペンスト共を黙らせる絶対的な力があれば、こんな急展開にはならなかったのに……!)

本来ならば1週間程の交流期間であった。
ゲシュペンスト戦、そして対ポケモン少女戦においても高い成績を持つ日本のポケモン少女は、ロシアのポケモン少女に良い刺激になる筈だった。
しかし全てが誤算になるとは誰が想定出来るだろうか?
サーリャの嘆き、それは心の奥にどれだけ重く伸し掛かっているのか?

サーリャ
 「車を手配する、多少窮屈な思いをさせるかとは思うが、そこは勘弁してくれ」

サーリャはそう言うと、その場を去った。
愛はため息を吐く、珍しく弱気な態度だ。

明日花
 「愛ちゃん先輩、アタシ達このままでいいんすかね?」


 「はっきりとお答え出来たらどれだけいいでしょう……本音では直ぐに日本にあなた達を返したい、しかし」

悠那
 「国際情勢はそれを許さない」

悠那が口を挟んだ。
珍しい姿に全員の目が悠那に向く。

琉生
 「国際情勢って?」

悠那
 「簡単な事よ、それだけポケモン少女は戦略的価値があるってこと」

戦略的価値、愛は嫌な噂を耳にした事がある。
ロシアはポケモン少女を人間の弾圧に利用しているという噂だ。
日本でも犯罪者に対して、警察と協力して犯人の捕縛に協力する事はある。
でも、ロシアではポケモン少女が軍の管理化であるように、国家によってポケモン少女の待遇は様々だ。
そしてそこに国家間の利権が挟まってくる。
ポケモン少女は外交のカードにされているのだ。

アリア
 「ただでさえ、未知のゲシュペンストまで出現する始末……ポケモン少女の人権が護られているのが不思議な位ですね」

ポケモン少女はポケモンである前に人類だ、その普遍の理念と、ポケモン少女たちを保護管理する者達がなんとか今の時代を創った。
しかし更にゲシュペンスト被害が増加し、世論が動く程の規模になればどうなってしまうのだろうか?
日和見で知られる日本人の彼女達でもそれは危惧すべき事だった。

明日花
 「あ〜!? アタシ馬鹿だからそんな難しい話は無理! それよりもっと明るい事を考えようぜ!? 次はアメリカだろう? 自由の国ってヤツ!」


 「そ、そうですね〜、アメリカではニューヨーク支部にお世話になることになります♪」

ニューヨーク支部、思い出されるのはやはりあの強烈な印象を大会で残したスワンナ少女のリリィ・マクガイヤーだろうか。
アメリカ代表の監督役マリー・バッシュもニューヨーク支部だ。
琉生は少しだけ会話した相手の印象を思い出す。
サーシャも大概だったが、アメリカ組も大概だったのは記憶に新しい。

琉生
 (また絡まれるのかな?)

琉生は他人と関わるが極端に苦手な人見知りだ。
典型的な日本人気質とも言えるが、グイグイ来る人間は苦手なのだ。
十中八九また絡まれる気がして、そこだけは琉生も憂鬱だった。

明日花
 「なぁ琉生? ゲシュペンストはまた来ると思うか?」

明日花は耳打ちするように琉生に言った。

琉生
 「なんで私にそれ聞くの?」

琉生は怪訝な表情を浮かべた。
明日花はすっかり琉生をゲシュペンスト探知機扱いしている気がして、琉生は複雑だった。
しかしゲシュペンストが出現する前に予知する等、そんな事が出来るのも琉生だけだ。
琉生、というより琉生と魂を共有するオオタチの憎しみがそうさせるのだろう。
普通のポケモン少女はソウルと共鳴する事で力を発揮するが、ソウルを知覚出来る者は殆どいない。
そんな貴重な能力を持つ琉生は、必然的に異端者扱いされるのだろう。

琉生
 「分からない……そもそも感じるのだって出現する一瞬前位だし」

明日花
 「まぁそりゃそうか」

アリア
 「それでも琉生さんのお陰でこうやって無事なのですから、感謝するべきでしょう?」

琉生は照れくさかった。
結果的に怪我はしている、それでもこうやって笑っていられるのは奇跡的だ。

琉生
 (でも、ゲシュペンストか……)

琉生は不思議に思った。
ゲシュペンストは何故、攻撃的なのだろうか?
そしてそんなゲシュペンストをどうして自分は探知出来るのだろう?
それに、琉生は記憶の微睡みになにかを見た気がした。
全く知らないポケモン少女、でもそれは魂の対話であり、琉生は徐々にその記憶を希薄化させていた。
しかしそれでも未だ記憶しているのは、何故かこの世界にあのポケモン少女の気配を感じた気がしたからだ。

琉生
 (はぁ、ただでさえ変な娘だと思われているのに)

最近益々神懸っていて、琉生は不安だった。
もしかしたら、もう人間なんかじゃないんじゃないか?
そんな馬鹿げた事を考えては、琉生は首を振って否定した。

明日花
 「ま、とりあえず飛行機の中とかでゲシュペンストが出るのだけは勘弁してくれよ?」

アリア
 「それは冗談になりませんね……ハハ」

さらりと怖い事を言う明日花、皆は乾いた笑いをすることしか出来なかった。



***



秘密基地を雪上装甲車に揺られながら、琉生達は予定通りモスクワへとたどり着いた。
空港まではサーシャも付き添い、そして別れた。
そのまま琉生達はアメリカ、ニューヨークにたどり着くのだった。

明日花
 「はぁ〜、疲れた〜!」

ニューヨークはモスクワに比べれば、温かいがそれでも10月としての気温は日本よりも寒い。
度重なる移動を繰り返し、更に時差ボケに苦しみながら空港のロビーまで行くと、一行は彼女達を待つ二人の女性を見つけた。

黒髪の女性
 「お待ちしていた」

琉生
 「日本人?」

その女性は日本語を発した。
黒髪の女性は確かにアジア系の移民だが、日本人と言うわけではない。

黒髪の女性
 「私はイザベラ・ホーミン、元FBI捜査官で今はポケモン少女の教育係をしています」

マリー
 「ハロー♪ マリー・バッシュよ♪ 何人かは勿論知ってるわよね?」

琉生はマリーを見ると、後ろの方に隠れた。
悪い相手ではないが、マリーに苦手意識がある琉生はどうにも弱気なものだった。

イザベラ
 「先ずはお疲れでしょう、ホテルまでご案内致しますので、どうぞこちらへ」

明日花
 「おっ、ホテルだってさ! ロシアじゃ無骨な基地だったからなぁ」

アリア
 「もう明日花さん! そういう事は口にする事ではありませんよ!」

明日花はつい、ロシアでの不慣れな生活を思い出してしまう。
日本の快適な寮生活に慣れた明日花達にはシベリアのど真ん中にある極寒のロシア生活は過酷だったろう。
それでもサーリャの最大の配慮があったのだが、明日花は無慈悲な物だった。
郷に入らば郷に従え、アリアはそんなリスペクト精神に欠けた明日花を咎める。
厳つい女教官のイザベラはクスリと微笑を浮かべた。

イザベラ
 「ようこそアメリカへ、良い思い出を」

イザベラはそう言うと、琉生達を誘導する。
空港を出ると、空は薄暗かった。

マリー
 「愛、きらら♪ 久し振り♪」

きらら
 「ええ、マリーこそ」


 「体育祭以来ですねぇ〜」

マリーは早速明るい人懐っこさで、愛ときららに絡む。
二人は慣れているのか、普通に会話していた……因みに英語で。
明日花はそんな三人が何を言っているのかさっぱり分からず目が点になる。

明日花
 「えと、何喋ってんだ先輩たちは?」

悠那
 「英語位喋れるようになっておきなさい」

悠那は腕を組むと厳かにそう言った。
当然明日花はムッと表情を強張らせたが、悠那に賛同したのはアリアもだった。

アリア
 「英語を覚えておけば、多くの国で通用しますし便利ですよ?」

明日花
 「勘弁してくれよぉ〜、アタシ日本語しか無理だぜぇ〜?」

英才教育を幼い頃から受けた悠那は勿論、日英ハーフでもあり、真正のお嬢様であるアリアもさも当然というように語学は堪能だ。
逆に明日花や琉生は語学はちんぷんかんぷんという表情だ。
最も、元々静かでお人形みたいとも評される琉生はあまり目立たなくても構わないと思っているが、元からお喋りな明日花には致命的だった。

琉生
 「……ロシアでは日本語に変換してくれる翻訳機あったけど」

明日花
 「当面はスマホの翻訳アプリに頼るしかないか」

明日花は深刻そうにソウルリンクスマホを取り出すと、アプリをセッティングするのだった。
運動系は完璧な明日花でも、座学は夢生と並んで落第級、それを悩むタイプでもないが言葉は深刻だ。

マリー
 「安心して♪ 後で便利な物貸してあげるから♪」

ちゃっかり後ろの会話を聞いていたマリーは振り返ると日本語で喋った。
明日花は驚き、この日本語も堪能な金髪白人美女に気恥ずかしさを覚えた。

明日花
 「あのマリーって人、アリアとはやっぱり違うな」

同じブロンドヘアーの女性と言っても、マリーは典型的な陽気なアメリカ人であり、アリアは血こそハーフでも、生まれも育ちも日本だ。
見た目が似ても、やはりお国柄だろう。

アリア
 「因みにアメリカは人種の坩堝、あるいは人種のミックスボールと呼ばれる国ですよ?」

悠那
 「アメリカは移民の国、歴史もまだまだ浅いと言える、だからこそ多種多様な人種の人々が暮らし、アメリカで見ない人種はいないって謂われる訳ね」

明日花
 「は〜、白人が一杯いて、そんで黒人も一杯いるってイメージだけど」

しかし実際にはイザベラのようなアジア系、ヒスパニック系もアメリカには多い。
単一民族国家の日本人からすればピンとこないかもしれないが、そこは多様性の地である。

やがて、空港の外を少し歩くと、イザベラ達の前に一台の車が停車していた。
ロシアでは軍用だったが、こちらはバスだった。
バスと言っても通常のダイヤで運行されるアメリカのバスではない。
イザベラがチャーターした、言ってみれば自家用だ。
その性か中身は相当改造されており、バスに乗り込んだ一行を驚かせた。

琉生
 「キッチンがある……」

アリア
 「まるで家ですね?」

マリー
 「間違いじゃないわ、実際ホームよ」

明日花
 「どういうこった?」

明日花はこの電気と水道の通ったまるで普通のリビングのような内装をしたバスに首を傾げる。

マリー
 「簡単よ、ニューヨークは世界一土地価格の高い州よ? 持ち家どころかアパートだって、中流階級程度の稼ぎじゃ入居出来ない、だから車を改造するしかないのよ?」

勿論ニューヨークともなればホームレスの数も日本の比ではない。
それだけにホームレスを救済するNGO等も数多くあるし、アメリカの特殊な課税には寄付の場合税金の免除等があったりするのだが。
何れにせよここは日本でもロシアでもない。
日本に比べれば貧富の格差は遥かに大きいし、生活事情はそれだけ異なる。

イザベラ
 「適当に寛いでください」

そう言われた琉生達はソファーに腰掛けた。

琉生
 「なんだか不思議ね」

明日花
 「ああ、車の中に家があるんだもんな」

マリー
 「日本でもキャンピングカーってあるでしょ? そういう物よ」

とは言うが、こんな本格的な物を見たのは一行も初めてだろう。
テレビに冷蔵庫、暮らすには何不自由なさそうな空間だった。

明日花
 「それにしてもここがニューヨークかぁ、なんだかごちゃごちゃしてんなー」

バスはゆっくり走り出すと、ニューヨークの都市部を進んでいく。
辺りは車だらけであり、日本では見慣れない車も多かった。
特に黄色いタクシーの数の多さには明日花も驚いた。

明日花
 「テレビで見たことあるけど、まじでカラフルだな」

アリア
 「日本ではシンプルな白や黒が殆どですからね」

世界有数の自動車大国アメリカ、街を彩る車たちも新鮮であった。

イザベラ
 「はは、とはいえ交通事情は最悪だがな?」

イザベラはそう言うと自虐的に笑った。
なんとなく明日花はイザベラを見て、不思議に思った。

明日花
 「えと、イザベラさんってポケモン少女なんすか?」

明日花はイザベラが妙に年季が入っている気がして疑問を覚えた。
しかし、それを更に意外そうにしたのはイザベラ本人だ。

イザベラ
 「いや、私は正真正銘普通の人間だよ、ニューヨーク市警で慣らしはしたがね?」

イザベラははっきり言ってこの中ではかなり年齢は上だ。
まだ30代だが、今はFBIを引退した身だった。

イザベラ
 「ま、よく勘違いされるが」

明日花
 「はぁ〜、おかしいと思った、ポケモン少女にしては老けてるなーって」

アリア
 「もう老けてるなんて女性に失礼ですよ!?」

明日花
 「あっ!? いけね!?」

明日花は思ったことは口にする性格が災いして、慌てて口元を抑えた。
イザベラは気にしていないのか、笑っていた。
しかし、悠那はふと疑問を覚える。

悠那
 (ポケモン少女の数は少ない……でも、何故大人のポケモン少女が殆どいない?)

悠那の知る限り、大人のポケモン少女と呼べるのは神成依乃里しか知らない。
ポケモン少女管理局は極端な程の秘密主義だ。
東京のど真ん中にオフィスを構えるが、実際にそこが本当に管理局本部かさえ怪しく、そしてポケモン少女学園を卒業した多くのポケモン少女達はどこに消えたのか?

恐らくそこに記憶を操作し、抹消する神成依乃里のユクシー少女としての力がある。
しかし卒業したポケモン少女を隠蔽する理由はなんだ?
なんとなくその答えは日本ではなくこのアメリカにあるんじゃないか、そんな予感を悠那は覚えた。

琉生
 「あれって、警察?」

琉生はふと、窓からアメリカの巡回する警察を見つけた。
防弾チョッキを着て、二人で行動する白人と黒人の警察官。
琉生はふと、気になった。

イザベラ
 「事件でもあったか?」

マリー
 「ま、この街じゃ珍しい事でもないけど」

マリーはそう言うととやれやれと首を振った。


 「アメリカではポケモン少女はFBIの管轄でしたっけ」

マリー
 「そう、SWAT紛いの事をさせられてるわ」

明日花
 「SWATって……まぁこっちでも警察に協力したりするけど」

警察に協力すると、警察組織の一部である、日米の価値観は明確に違った。
やがて、一行は目の前にニューヨーク市警察署を目に前にする。

マリー
 「ここよ、私達の本拠地!」

明日花
 「マジで警察署なんだ」


 「あはは、懐かしいですねー」

愛ときららは一度ここに来たことがあった。
警察署にポケモン少女達が大人の警察官達に混じっているのだから驚きだった。
事件の絶えないニューヨークにおいて、ポケモン少女はコミックに登場するヒーローそのものだ。
マリーのように本当にSWATのようにポイントマン(カチコミ役)を経験したポケモン少女も多く、銃社会に慣れたアメリカのポケモン少女達は逞しいと言える。

マリー
 「ウチ、新人ちゃんが多いから、明日からよろしくね♪」


 「アメリカは9月が入学式ですもんねー」

明日花
 「へぇーてことは、出会ったばっかりの頃のような琉生みたいな娘達なのか?」

琉生
 「な、なんで私と比較するのっ!?」

琉生も最初の頃は情けなかった。
特にヒーロー像に憧れもなかったし、それどころかポケモン少女も疎ましいとさえ思っていたのだ。
それが今や誰もが認める勇敢なヒロインだ。

マリー
 「Woman of steele、そのオリジンは気になるわね?」

琉生
 「え?」

きらら
 「アメリカでは最高の称号よ」

Woman of steele(鋼鉄の女)、より明確にヒーロー像を信望するアメリカ人にとってコミックのヒーローのようなポケモン少女には、惜しみない感動と尊敬を与えるという。
だからこそ、あるスーパーヒーローからとって、最高のポケモン少女に贈る称号、それがWoman of steeleなのだ。

琉生
 「私……ヒーローなんかじゃ、ただがむしゃらなだけだし……」

マリー
 「無力な人々の盾になれる……それは誇っていい事よ?」


 「些か無鉄砲ですから、琉生ちゃんには控えて欲しいんですけどねぇ?」

琉生は何も言えなかった。
琉生の初めは、人間不信でさえあった。
ポケモン少女になった事には嬉しさはなく、華々しく活躍する先輩たちも何処か蚊帳の外。
アリアと明日花を遠ざける琉生を、初めの頃二人は心配もしていた。
しかし子供が河川敷で車に轢かれそうになった時、琉生は無心で動いていた。
心のどこかにヒーローになりたい希望でもあったのか?
違う……琉生は知っている。
ただ、それは誰にも言えなかった。

琉生
 (最悪だ……なんで思い出すの? 忘れていてれば何も痛くないのに)

琉生がそもそも何故、こんな閉鎖的な性格になったのか?
時に人形のようと形容されるほど、この銀髪の少女は儚く大人しい。
その性格はどうやって形成された?
琉生は忘れたかった、そしてそんな顔を仲間たちには見せられない。
琉生にとって仲間たちには大切だ、護れる事は誇りにさえ思う。
今や明日花もアリアも、琉生が心配だとは思っていない。
それだけ、琉生は希望を持って変わったのだから。

イザベラ
 「皆さん、ホテルについたようです」

明日花
 「はぁ〜! とりあえず飯食ったら寝る!」

バスが停車すると、各々立ち上がった。
少ない荷物を抱えると、先ず明日花からバスを降りた。

琉生
 (……頑張ろ、私……うん)

琉生はある記憶を思い出し、気分は最悪だったが、直ぐに頭を切り替えた。
それはなんだかんだ琉生が良くなっている証だった。



ポケモンヒロインガールズ

第44話 ロシアからアメリカへ 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2021/10/11(月) 12:52 )