ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第43話 新たなる驚異

第43話 新たなる驚異


悠那
 「はっ!」

日露交流合同訓練も最後の試合が始まっていた。
ササンドラ少女の八神悠那は持ち前の高い飛行能力を駆使し、ロシアのポケモン少女を翻弄していた。

明日花
 「お、やってるやってる」

医務室から戻ってきたのは宝城明日花だった。
身体に異常はないのか、軽いテーピングだけされて彼女は軽快な足取りで戻ってきた。


 「あ、おかえりなさい、もう大丈夫なんですか?」

試合を見守っていた友井愛は振り返ると、にこやかに笑った。
明日花は愛の下に駆け寄ると、悠那の試合を観察する。

明日花
 「おっ、悠那の奴、押してるな……相変わらずつえー!」


 「そうですね……正直悠那ちゃんは抜きん出ていると言っていい、すでにソウルから引き出している力は3年生に匹敵してますからね」

悠那は自他共に認める天才少女だ。
自らを最強と言って憚らず、その高慢な高いプライドも、その才能と努力に裏打ちされたもの。
だからこそ、悠那には妥協の二文字はない。

悠那
 「あくのはどう!」

悠那は天井スレスレで弧を描くと、右の龍のアギトから悪の波動を放った。
悪の波動は、地上の相手を的確に追い込んでいく。

サーリャ
 「ち……付け入る隙きもなし、か」

それにはサーリャも頭を掻いて苦笑いだ。
琉生と双肩を並べる悠那の実力は、実際にはこちらの方が付け入る隙きは少ない。

レイラ
 「くっ!?」

自称悠那のファンだというロシアのポケモン少女、レイラ・レスコフは唇を噛んで耐えていた。

悠那
 (心は折れていない……か)

悠那はレイラの表情もつぶさに観察した。
レイラはジュラルドンのソウル憑依者だ。
全身は光沢さえ持つシルバーメタリックな装甲に覆われており、さながら金属の全身甲冑を被ったかのような見た目だった。
しかし、レイラはその見た目に反してなかなか素早い、地上を太い足で駆けながら、レイラは口から竜の波動を放った。

悠那
 (未熟、だけど鬱陶しい目ね……!)

悠那は左手を翳した、左手の竜のアギトからは竜の波動が放たれる。
翠と翠がぶつかり合い、翠の爆風が広がった。
その瞬間悠那は爆風の中に飛び込んだ。

悠那
 「はぁ!」

悠那のトップスピードは速い。
爆風が晴れるより一瞬、彼女はレイラの目の前に飛び出した。

レイラ
 「わっ!?」

悠那はレイラの目の前で両手を突き出した。
2つの竜の口はエネルギーを湛える。

悠那
 「流星群!」

悠那はレイラの目の前で流星群を放った。
レイラは流星群の直撃で吹き飛ぶ!
悠那もまた反動で、大きく吹き飛んだ!

ガシャン!

悠那は反動で吹き飛ぶ中、金網を掴んで地上を見た。
レイラは地を這いつくばっていた。

レイラ
 「うう……!」

悠那
 (一応加減はしてやったけど、まだ意識がある、か)

悠那は手応えを確認すると、静かに俯いた。
力のコントロールまで含めて完璧だ、しかし悠那は現状に満足しない。

悠那
 (30点ね……こんなんじゃ星野きららにはまだまだ敵わない)

悠那の高い望みは誰にも共感されないものだ。
だが構わない、だからこそ悠那は孤高を貫くのだから。

サーリャ
 「そこまで! ヤーポンの勝ち!」

サーリャは勝負を決した。
悠那はゆっくりと地面に降下すると、変身を解いた。

明日花
 「悠那! お前やっぱり凄いな!」

悠那は残心を決めていると、明日花は後ろから金網の内側に入ってきていた。

悠那
 「当然でしょ? 私が勝つのは当然なんだから」

悠那の高慢ちきな物言いはもはや慣れた物とはいえ、明日花は苦笑した。
悠那は金網の外を見る、琉生と明日花の姿がない。
ついでにきららもだ。

悠那
 (ふん! 琉生の奴、まだ医務室か)

悠那は琉生をライバルと認めている。
自分の高い向上心は半分はライバルへの対抗心だ。
琉生よりも高みを行く、それが世界最高のポケモン少女になる近道だから。
だが、肝心のライバルはそこにはいない。


 「お疲れさまですー、悠那ちゃん!」

悠那
 「別に、全然疲れてはいないけどね」

明日花
 「ポケモン少女と金網デスマッチルールで戦って、ケロっとしてるなんて、神経の太い奴だな〜」

悠那
 「それだけ修羅場を潜ってんのよ」

悠那はそう言うといつものように腕を組んだ。
明日花はポケモンバトルにエントリーすれば、結構な所に行くだろうなとも思う。
まぁ同時にこんな奴相手にしたいとは思わないので、ポケモンバトルに参加しないのは幸運だったが。


 「まぁ、それでも一応医務室で検査しましょう」

悠那
 「……了解」

悠那は大人しく愛に従う。
ふと、悠那は対戦相手の方を見た。

サーリャ
 「大丈夫かレイラ?」

レイラ
 「は、はい〜……それにしても凄かったなぁ〜♪」

レイラはサーリャに肩を貸されながら金網から出てきた。
レイラの様子はボロボロだが、まだ元気さを残している。
それは悠那が流星群を直撃させなかったからだ。
眼の前で爆砕させて、あくまで爆風で吹き飛ばした。
悠那なりの気遣いだったが、レイラは。

レイラ
 「ああ、あの美しい身のこなしといい、技の力強さといい、幸せ〜♪」

悠那
 「……っ」

悠那は背筋が冷たくなる思いをすると、顔に不機嫌さを顕にした。
レイラはマゾなのか、ボコボコにされたにも関わらずご満悦だった。
人の性癖はそれぞれとはいえ、悠那はそれを見なかった事にするのだった。



***



きらら
 「身体はどう?」

アリア
 「ご心配をお掛けして申し訳御座いませんわ、しかしこの程度なら、お医者様も大丈夫と」

琉生
 「……うん、もう大丈夫」

医務室では琉生とアリアの検査も終わった。
被害なら寧ろロシアの方があるだろうが、ロシアのポケモン少女も日々の訓練で慣れていると笑顔の様子だった。

ルフィナ
 「アリアさん、お見逸れしました」

アリア
 「私こそ……私が勝てたのは、経験の差ですわ」

アリアは医療用ベッドで横になるルフィナの下に向かった。
ルフィナは真っ当に強敵だった。
しかしアリアは常日頃から、仲間との連携にはフィジカルの強化は必須だと考えていた。
ルフィナはカラマネロのポケモン少女、悪タイプ相手では自慢のエスパー技も無効化されてしまう。
だからこそ、密かに学んできた技術の集大成が勝敗を分けたのだと思う。

ルフィナ
 「まさか、肉弾戦に心得があるとは」

アリア
 「私の周りは、皆白兵戦ばかり、たまたまその性で覚えただけですよ」

琉生
 「……それって私」

アリア
 「明日花さんもですよ?」

アリアはニッコリ笑っているが、内心はどうだか分からず琉生は背筋を凍らせた。
考えてみればいつも皆に迷惑をかけている琉生は、アリアにどれだけ迷惑をかけていたのだろうか?
アリアはいつも後方支援ばかり、それはロシアも把握しており、ルフィナも事前にブリーフィングで説明されていた。
しかし、アリアは内心自分だけが傷つかない居場所で戦うことに心を痛めていた。
いざとなればいつでも盾になれるように鍛えるのは、琉生達を信頼しているからこそだ。

きらら
 (そう言えば、いつも愛もピーピー煩かったっけ)

一方、無口な先輩はそれを自分達に当てはめる。
迷わず突撃しては怪我だらけになる剛力闘子に、いつも喧嘩してばかりの藤原真希、それを纏める愛に、我関せず優等生っぷりを発揮していたきららは似たものを感じ取った。
普段菩薩のように優しい愛も、溜め込むと爆発した後が大変だった。
特に愛の場合、爆発した場合、その怒りを鎮めるのはそれだけ大変なのだ。

琉生
 「そろそろ皆の下に戻ろう?」

アリア
 「そうですね、あまり遅いと皆を心配させますし」

アリアは頷くと、医務室を出ていく。
愛は心配性だから早く戻ろう。

琉生
 「っ!? え?」

しかし、医務室を出た所で琉生は突然足を止めた。
アリアは後ろを振り返ると、そこには顔面を蒼白にした琉生がいた。
こういう時はロクなことが無い、だがこんな顔は初めてだ。
アリアは即座に警戒した。

アリア
 「星野先輩、警戒してください!」

きらら
 「!」

きららはソウルリンクスマホを手に持った。
琉生は顔面を青くしたまま、ガタガタ震えていた。
イタコなんて冗談めいて言われる琉生だが、今の姿は正真正銘やばいのが丸わかりだ。
恐らくゲシュペンストの気配を感じ取ったのだろう。

琉生
 「お、お前……誰、だ?」

きらら
 「琉生ちゃん? 誰と喋っているの?」

琉生は誰かと喋っているのか?
それは内なるソウルではない。
だが内なるソウルオオタチは、凄まじい怒気を込めて魂を震わせていた。
琉生を凝視する存在、それは笑った気がした……直後!

ズガァァン!!

アリアは一瞬訳が分からなかった。
突然壁や天井が崩落した。
そんな崩落に三人は巻き込まれたのだ。



***



ウゥゥゥゥ! ウゥゥゥゥ!

緊急事態を知らせるサイレンが、周囲になにもない雪原に響き渡った。
ロシアのポケモン少女を管理教育する秘密基地は今、未曾有の危機に晒されていたのだ。

サーリャ
 「何事だ!?」

サーリャは司令室へと駆けていた。
兎に角喧しいサイレンが鳴り止まないのだ。
情報は錯綜していた。
医務室が突如崩壊、何人かポケモン少女が巻き込まれた恐れがあるという。

ガタン!

サーリャは勢いよく司令室の扉を開いた。
司令室内も騒然としており、誰もサーリャに気づかない。
サーリャは、ズカズカと基地司令官の下に向かった。

サーリャ
 「おい、クソ司令官!? なにが起きている!? 敵襲か!?」

司令官
 「窓を見ろ! アレはなんだ!?」

司令官は典型的なロシア人だ。
そんな年老いた司令官は司令室から覗く窓を指差した。
サーリャはそこから見えたものに驚愕する。

サーリャ
 「な!? ゲシュペンストγ!?」

サーリャはその存在に驚愕した。
窓の外、基地の一角が完全崩壊しており、建物よりも大きな異様が聳えていたのだ。
それはゲシュペンストγ、サーリャは日本で初めて本物のゲシュペンストγを目撃した。
その圧倒的存在感、暴威は容易にポケモン少女の心を砕いてしまう。
サーリャは唖然としていると、ゲシュペンストγの足元を見た。
ロシアの六連装ミサイルランチャーを荷台に背負った軍事トラックがゲシュペンストγにそれを向ける。

サーリャ
 「いかん! 手を出すな!?」

サーリャは叫ぶ、だが、司令室から届くわけがない。
六連装ミサイルランチャーは勢いよく、ゲシュペンストγに放たれる。
爆炎はゲシュペンストγを包み込んだ。
しかし、サーリャは苦虫を噛み潰すような顔をして、直ぐに司令室を飛び出した。

ゲシュペンストγ
 「ガオオオオン!」

目の無い、口だけの顔を持つゲシュペンストγは吠えた。
ミサイルランチャーのダメージは全く無い。
これがゲシュペンスト(亡霊)たる所以、異なる位相に存在すると言われるゲシュペンストに此方の位相から攻撃を仕掛けるのは不可能。
ゲシュペンストに物理法則等通用しない。
ただ、ゲシュペンストγは6本ある昆虫類を思わせる前足を持ち上げると、ミサイルを放った装甲トラックを踏み潰した!

まるでおもちゃかなにかだ、しかしゲシュペンストγは現実に存在する人類の天敵なのだ。
対抗できるのはポケモン少女のみ、死して亡霊となれどもゲシュペンストを呪うポケモンのソウルのみが、ゲシュペンストの位相を捉える。



***



ゲシュペンストγ
 「ガオオオオン!」

ゲシュペンストγはミサイルランチャーを操作するロシア兵を睨んだように思えた。
ロシア兵はガタガタと震えていた。
ゲシュペンストγは大きく口を開くと、タールのような粘液が垂れる。
正真正銘の怪物に、人類は成すすべはない。
ゲシュペンストγはそんな子犬のような存在に噛みつこうとした、しかし!

ズドン!

直後、ゲシュペンストγの脇腹を竜の波動が襲った。
ゲシュペンストγが竜の波動が放たれた方を振り向く。
竜の波動を放った張本人は、瞬時にゲシュペンストγの眼の前を横切り、兵士を抱き上げた。
それは悠那だ、悠那は素早く兵士を回収すると、安全な場所におろした。

悠那
 「余計な事してんじゃないわよ! ゲシュペンストとの戦いは私達ポケモン少女に任せなさい!」

悠那は荒っぽくそう言うと、再び飛び上がった。
ゲシュペンストγの注目を自分に集める為だ。

悠那
 (それにしたって、また? ロシアじゃγの報告自体聞いたこともないわよ?)

悠那はゲシュペンストγの頭上を飛びながら、そのあり得ない事態について考える。
ゲシュペンストγ、存在そのものが歩く死亡フラグ。
かつて都市伝説のような存在が、ここ最近頻繁に目撃されている。
それだけではない、ゲシュペンストそのものが活発化してきているのだ。

悠那
 (無性に嫌な予感がする……ち! 耽っている場合でもないか!)

悠那は悪い思考を振り切ると、ゲシュペンストγに竜の口を向けた。

悠那
 「流星群! 本気の一撃持っていけ!」

悠那の両手から放たれる本気の流星群。
ゲシュペンストγの背中に直撃すると、翠の爆風が大きく広がった。

ゲシュペンストγ
 「ガオオオオン!?」

ゲシュペンストγが跪く。
しかし、まだ決定打にはなっていない。
放っておけば、ゲシュペンストは時期に復活する、一気に押し切らなければγは倒せない!

悠那
 「ち! やはり一発じゃ無理か!?」

直後、悠那の身体にクリームのデコレーションが宿った。
悠那は驚くが、それはサーリャのデコレーションだ。

サーリャ
 「八神悠那! お前の支援は私がしてやる! だから一度じゃない! 何度でもやれ!」

サーリャはマホイップに変身しながら、危険も顧みず悠那の下へと走り込んだ。
しかしゲシュペンストγは無造作に足を振り払う。
すると、それはサーリャに直撃し、サーリャの上半身を吹き飛ばした!

悠那
 「な!? サーリャ!?」

悠那は驚愕に叫んだ。
一瞬で、サーリャが物言わぬ下半身だけの存在に成り果てた。
その場にはサーリャを構成するクリームがまるで肉片のように散らばっている。

だが……!
突然、サーリャの下半身が動き出した。
もぞもぞと断面が泡立つと、マホイップ少女サーリャは、再生する。

サーリャ
 「ぷは! この程度でビクつくほど、私はやわじゃないんだよ!?」

悠那
 「ち!? 驚かせるんじゃないわよ!? 流星群! もう一発フルパワー!」

悠那はデコレーションされたクリームから力を供給し、再び流星群を降らせた。
回復しきらないまま、続けて放たれる破滅的な一撃にゲシュペンストγは遂に霧散する。
それを確認して、サーリャはニヤリと笑った。

悠那
 「はぁ、はぁ! やった! γ撃破したわ!」

悠那は2度の流星群の使用に流石に倦怠感は隠せなかった。
流星群は強力なドラゴン技だが、使用後特殊攻撃力が大きく落ちるデメリットがある。
それは如実に疲労として悠那に襲いかかった。

サーリャ
 「ち! 動けない者はいるかー!?」

サーリャはゲシュペンストγが霧散すると、倒壊した建物周辺で生存者を探した。
悠那は地上に降り立つと、サーリャに協力する。

サーリャ
 「おい、瓦礫退かすのを手伝ってくれ! このクリームの身体じゃちょっと厳しいんだ!」

サーリャの全身クリームの身体は、先程のように上半身が吹き飛ぼうがお構いなしの耐久力の高い身体だ。
しかし反面、柔らかさに特化しており、物を持つなど硬さが要求される事は苦手だった。
そもそもサーリャは支援特化、後方から他のポケモン少女をサポートするのが本命なのだ。

悠那
 「任せなさい、ふん!」

悠那は力を込めると、数百キログラムはあるだろう崩落した天井の一部を持ち上げた。
デコレーションの効果で筋力も上がっているためだろうが、中々の怪力だった。
天井を持ち上げると、サーリャはその下を覗く。
すると人の顔があった。

アリア
 「うぅ……」

悠那
 「東堂!?」

サーリャ
 「引っ張り出せ! あとは私がやる!」

悠那は瓦礫に押しつぶされたアリアを引っ張り出すと、サーリャはアリアの手当を始める。

悠那
 「治せる技があるの?」

サーリャ
 「そう、都合の良い技はないさ、だが軍人やってると、こういうのは慣れててね?」

サーリャはすぐ近くの横転したトラックから、なにかを取り出した。
緊急用の医療キットだ。

サーリャ
 「よりにもよってやられたのが医務室とはな?」

悠那
 「東堂!? しっかりしなさい!」

サーリャ
 「八神、ポケモン少女は少しだけ真人間より頑丈だ、そう慌てるんじゃない」

それはあくまでも気休めのようなものだ。
確かにソウル憑依者となったポケモン少女達は変身時は当然の事、変身前でも若干だが憑依者に影響を与えている。
特に生命力に関してはポケモン少女達はポケモン譲りの能力を持っていた。

サーリャ
 「そんなことより、さっさと瓦礫を退けて、被害者を助けろ! その後は私がやる!」

サーリャはそう言うと、テキパキと医療スタッフ顔負けの早さでアリアを手当していった。
悠那は小さく頷くと、直ぐに瓦礫を退かしていく。

明日花
 「おーい! 八神ー! アタシも手を貸すぞー!」

レイラ
 「先輩ー! 加勢にきましたー!」

やがて遅れて、無事だったポケモン少女達も集まり始めた。

悠那
 「遅いわよ!? ばっかじゃないの!?」

明日花
 「んなこと言ってもよー!? 事実確認出来るまで動くなって愛ちゃん先輩に言われてよー!?」

医務室に向かう途中、異変に気付いた悠那と違い、トレーニングルームで異変に遭遇した明日花達は、サイレンが響く中、ロシア軍にその場で足止めされ、愛は事情を確認するため、上層部と掛け合いに行った。
サーリャとはすれ違いになったが、ゲシュペンストγが出現した事を知ったのは、悠那達より遅れたのだ。


 「サーリャちゃーん! 私も手伝いますー!」

やがて、愛も全速力で駆けてきた。
愛は医療の知識も充分ある。
ここでは頼れる女性だろう。

サーリャ
 「レイラ! 基地内の医療品かき集めておけ! それと臨時の病棟を作る事、クソ司令に言ってこい!」

レイラ
 「や、ヤー!」

レイラは敬礼をすると、すぐさま司令部の方へと駆け出した。
代わりに明日花はゴローニャ少女の能力を活かし、瓦礫の撤去を始める。
愛は長いニンフィアの触覚を利用して、瓦礫の下に触覚を差し込むと、そこにある生命反応を探る。


 「下に6名ほど生命反応があります!」

明日花
 「6人も!? 待ってろ! すぐ助けてやるからなー!?」

明日花はバチバチと全身のエネルギーをブーストすると、急ピッチに瓦礫の撤去を加速される。
やがて、次に顔が見えたのはきららだった。


 「きららちゃん!?」

きらら
 「う……あ、い?」

きららは意識が朦朧としていた。
変身状態ならば、パルキア少女たるきららにとって瓦礫など砂上の楼閣に過ぎないだろうが、変身前なら別だった。
きらら突然降ってきた天井に為すすべなく押しつぶされてしまったのだ。
その痛々しい姿に愛は泣いて、きららを抱きしめた。


 「も、もう大丈夫ですからね!? すぐ手当しますから!」

きらら
 「ま、待って……それより琉生ちゃん」

悠那
 「姫野琉生?」

きららは未だ瓦礫の下にいる琉生を心配した。
しかし、きららの心配は身の心配だけではなかった。
押しつぶされる瞬間、きららは見たのだ。
赤く目を光らせた琉生を。

きらら
 (あれはまるで暴走? でもそんな気配じゃなかった……なにか、もっと恐ろしい)



***



琉生
 (……)

暗闇の中に琉生はいた。
琉生は一糸纏わぬ無垢なる姿で、まるで胎児のように身を丸めていた。
そこは琉生の魂の奥底だった。
本来ならば琉生だけの、しかし今やオオタチと共にあり、まるでマーブル模様のようにお互いの魂が混ざりあった空間。


 「ねぇ、起きて?」

琉生はゆっくりと目を開いた。
聞いたことのない声だった。
少女のような声で、琉生は同じくらいの年齢の少女の気配を感じた。

琉生
 「だれ……?」

琉生はゆっくりと顔を上げると、暗闇の中に一人の少女が立っていた。
ポケモン少女だ、雪のような儚さ、いや氷のような透明感だろうか。
腰まで伸びる長髪は青白く、頭から愛に似た耳が生えている。
総じて氷タイプのような冷たく儚いイメージのある少女だった。
少女は群青色の大きな瞳でにこやかに笑った。
どうやらイメージに比べると温和な印象のようだ。


 「オオオオゥ……!」

少女
 「あ〜、敵じゃない! 敵じゃないよ!?」

琉生は横を見た。
体長2メートルはある大きな茶色い寸胴なフェレットのような獣がいた。
オオタチだ、丸っこい円な瞳を鋭くして、唸っていた。

少女
 「ふーん、君のポケモン、随分気難しい性格なのかしら?」

琉生
 「……」

琉生は何も言わなかった。
オオタチが随分気難しい性格なのは知っている。
普段はなんにも反応を示さず、時々琉生に力を貸してくれる存在。
琉生とは随分違うようだが、それでも何処かで共通点があるからこの両者は結ばれたのだろう。

琉生
 「……貴方は誰?」

琉生はオオタチを見た後、この謎の少女を見た。

少女
 「今は知らなくてもいい、でも……私がここに来たのは……」

直後、琉生の眼の前が光に包まれた。

少女
 「……今は、貴方の眼の前で驚異は迫っている! 今は戦って!」

琉生
 「待って!? どういうことなの!? 貴方は一体!?」

琉生の視線が歪む。
光が包む、琉生は声が聞こえなくなった。
やがて、琉生は意識を取り戻した。
琉生の目の前に広がったのは、厚い雲に覆われた空だった。

琉生
 「は……!?」

琉生は気がつくと、そこにはオオタチもあの謎の少女もいない。
オオタチは琉生と融合している、少女は消え去った。
アレが何だったのかは琉生には分からない。
だが、琉生は『驚異』という言葉だけは覚えていた。
そして、それが今差し迫っているとも。

琉生
 「っ!?」

琉生は直ぐに立ち上がった?
立ち上がる? 疑問に思うかも知れないが、琉生もまたゲシュペンストγに潰された建物で、天井と壁の崩落に巻き込まれた一人だ。
何故そんな重症を負っていた筈の琉生が動ける?
それは琉生自身には答えが出せない。
だが、琉生はほぼ無意識に変身をした。

琉生
 「メイク、アップ!」

琉生の姿がオオタチの姿と重なり、オオタチ少女が誕生する。
それを最初に目撃したのは明日花だった。

明日花
 「る、琉生!? お前動けるのか!?」

琉生
 「明日花? ここは?」

琉生は改めて周囲を見渡した。
寒い風が吹く基地の外だった。
ロシア兵が忙しなく働き、多くの負傷者を運んでいる。
本来ならば琉生もそうなる筈だった。

明日花
 「いきなり変身までして……まさか!? まだくるってのか!?」

そのまさかだ、琉生は目を動かし、どこかで異変は起きていないか探した。
しかし、監視台にいたあるロシア兵が空に異変を発見した。

ロシア兵
 「空に女……少女?」

監視台のロシア兵が見たものは漆黒の少女だった。
一見するとポケモン少女に見えた。
だがおかしい、あんなポケモン少女はロシアにはいない。
まして日本から来たポケモン少女でもない。
しかし、そう怪訝にしている直後、ロシア兵に悲劇は起きた。

ズドォン!

突然監視台が吹き飛んだ!
誰もが監視台を見上げた。
そこにいたには。

明日花
 「嘘だろ!? 二匹目のゲシュペンストγだぁ!?」

琉生
 「いや違う!? 何アレ……羽!?」

間近でそれを見た琉生と明日花は驚愕した。
そのゲシュペンストγは飛んでいるのだ。
カマキリを思わせる巨大な羽でホバリングをしており、飛行性能を見せていた。
ゲシュペンストγにこんな生態は見たことがない。

同時にやや離れた場所で救護活動をする愛と悠那もそれを目撃した。

悠那
 「あの化け物が飛ぶですって? 巫山戯てる……!」


 「ゲシュペンストの新種?」

愛は急いでタブレットPCにリクエストを送った。
ゲシュペンストγ変異種の情報を本部に求めたのだ。
しかし、本部から送られて来た情報は詳細不明、便宜上の名前はゲシュペンストγ2とするとだけ、帰ってきた。


 「ゲシュペンストγ2……? γじゃないの?」

それはゲシュペンストγの巨体を持ち、飛行性能を持った怪獣だ。
その力は未知数、本来ならばゲシュペンストγの時点で迂闊に手を出していい相手ではないのに。

やや離れた所でサーリャもまた、それを見た。
サーリャは顔を青くすると、自虐的に笑んだ。

サーリャ
 「神様はサディストだね……まだこんな試練をお与えになるのか……!」

レイラ
 「あ、あああ……!」

サーリャの直ぐ側、レイラはガタガタと震えていた。
無理もない、サーリャ自身日本でも同様の症状のポケモン少女を見た。
γを前にして、正気を保てないのは根源的恐怖他ならない。
サーリャ自身恐怖はある、一方でサーリャは歯を食いしばった。

サーリャ
 「戦えるポケモン少女は全員変身しろ! ロシアを守る事が出来るのは我々ポケモン少女だけだ!」

サーリャはそう言うと、ポケモン少女達を鼓舞する。
サーリャにも意地はある。
この混迷の中、事態は最悪の方向にシフトしていくのか?

ゲシュペンストγ2
 「ガオオオオン!」

ゲシュペンストγ2が咆哮した。
それは容易に人間の精神を砕く一撃だ。
だが、それに屈しない者もいる。
屈すれば、大切な者も守れないかもしれないから。

バチバチバチ!

明日花の放った電撃がゲシュペンストγ2を襲った。
ゲシュペンストγ2は電撃を振り払うと、明日花を見下ろす。
直後、半壊した監視塔を垂直に駆け上がる琉生の姿があった。
琉生は重力を無視でもするかのように高速でゲシュペンストγ2に迫る。

琉生
 「はぁ!」

琉生は尻尾を振り上げた。
ゲシュペンストγの大きな頭にそれは振り下ろされた!
しかし!

ブォン!

琉生
 「っ!?」

琉生の叩きつける攻撃は空振りした、いやゲシュペンストγが回避したのだ!
ゲシュペンストγ2は高速で羽を動かし、素早い空中機動で、琉生から距離を取る。
そして空振りした所に、ゲシュペンストγ2は大きな口を開けてかぶりつく!

ズドン!

直後、鈍色の閃光がゲシュペンストγ2の顔面を襲った。
それはレイラのラスターカノンだ。
琉生を間一髪で救った少女は健気にもゲシュペンストγ2に立ち向かった。
一方、空振りした琉生を空中でキャッチしたのは悠那だった。
悠那は琉生を片手で拾い上げながら、ゲシュペンストγ2から距離を取る。

悠那
 「ゲシュペンストの癖に飛行性能を得るとか生意気ね!」

琉生
 「悠那、助かった。ありがとう」

悠那は「ふん!」と鼻を鳴らした。
相手の能力も考慮せず猪みたいに特攻ばかり仕掛ける琉生は、悠那にも世話が掛かるライバルだった。
だが、琉生はゲシュペンストγ2を見る。
胸がざわつく、ソウルが強い警告を発しているのだ。
それは悠那や、サーリャ、愛も感じていた。
ここまでソウルがざわつく相手なのか?

琉生
 「違う……お前じゃない」

悠那
 「え?」

琉生は、ゲシュペンストγ2を否定した。
あれは尖兵だ、オオタチの警戒はその先にある。
とはいえ、目の前の大きな怪異は驚異そのものだ。

琉生
 「悠那! アイツの動きについていける!?」

悠那
 「あんなウスノロの飛行性能にサザンドラが負けるものか!」

悠那は翼をはためかせると、高い高度に飛び上がる。

琉生
 「同時攻撃よ! 生半可な攻撃じゃゲシュペンストには耐えられる!」

悠那
 「分かってる! 琉生こそしっかりやりなさいよ!?」

悠那は琉生を片手で振り上げ、投げた。
琉生は丸まりながらクルクル回転する。
悠那はその間に真っ逆さまに急速降下した。

悠那
 「はああ!」

悠那は竜の波動、悪の波動を交互にゲシュペンストγ2に打ち込む。
ゲシュペンストγ2は素早く動くが、巨体が災いして回避しきれない。
だが、それは悠那の誘導だ。
悠那は高速でゲシュペンストγ2の下に潜り込んだ。

悠那
 「姫野琉生! 合わせろ!」

琉生
 「やってみる!」

一方、琉生は急降下に入っていた。
身体をピンと槍ように真っ直ぐし、悠那が誘導したゲシュペンストγ2に急速接近する。
ゲシュペンストγ2が気付く頃にはもう遅い。

琉生
 「はああ!」

悠那
 「喰らえ!!」

悠那は竜の波動をゲシュペンストγ2の下腹部に放つ。
同時に琉生はゲシュペンストγ2の背中に尻尾を叩きつけた!

ズドォォン!!

ゲシュペンストγ2
 「ガオオオオン!?」

ゲシュペンストγ2が苦悶の表情呻いた!
それだけの一撃、しかし悠那は舌打ちする。

悠那
 「相変わらず化け物みたいな耐久して!?」

悠那は追撃より、琉生の回収を優先した。
ゲシュペンストγ2に大ダメージを与えたのは間違いないが、それでも仕留めきれない。

琉生
 「くっ!? せめて地上で戦えれば……!」

それは多くのポケモン少女に言えることだ。
空中戦が出来るポケモン少女は限られる。
愚鈍な地上戦しか出来ない琉生には、ゲシュペンストγ2に決定打を打ち込めないのだ。

一方、地上の明日花もそれを見た。
あの一撃で倒せない、その原因はやはり空中の相手には充分なダメージを与えられないのだろう。
衝撃が分散して、空中のほうが被害が少ない。

明日花
 「ち、なら……!」

明日花はバチバチと頭頂部に電撃を集めた。
拾ったコンクリート片を頭頂部の突起にセッティングすると、明日花は一気に電気を放出した。

明日花
 「撃ち落とす!」

明日花の撃ち落とすは、電気を纏い、レールガンのように放たれた。
赤熱するコンクリート片の後ろには一筋の電気の通り道が走った。
赤熱するコンクリート片はゲシュペンストγ2に直撃すると、ゲシュペンストγ2に異変は起きる。
羽が突如機能を失い、ゲシュペンストγ2は落下、周囲を巻き込んで着陸を余儀なくされる。

明日花の撃ち落とすには、相手を強制的に地上に落とす効果があった。

明日花
 「よおし! このまま!」

ゲシュペンストγ2
 「ガオオオオン!」

しかしゲシュペンストγ2も暴れる!
明日花はゲシュペンストγ2の振り払う腕の一撃を受けて吹き飛んだ!

明日花
 「痛ぁ……油断したぁ!」

持ち前頑丈なゴローニャの身体に助けられた明日花は頭を抑えた。
だが、のんびりはしていられない。
撃ち落とすの効果はそう長くは保たないだろう。
急いで地上で決着をつけなければ!


 「やああ!」

だが、明日花の意図を理解しているのは愛も同じだった。
愛は二本ある触手でゲシュペンストγ2の足を縛り付ける!
愛は力比べに入った!


 「うく!? す、すごいパワーです!?」

サーリャ
 「任せろ、愛!」

後ろから、愛を支えたのはサーリャだった。
サーリャは愛にデコレーションすると、愛の力は倍増した!


 「こ、これならー!」

愛は触手に力を込める。
だが、ゲシュペンストγ2は必死に羽を動かした。
このままではホバリングを再開させてしまう!

しかし……拘束の手はまだ終わらない!
突然ゲシュペンストの羽が空間の歪みによって消失した。
それが出来るのは……!

きらら
 「はぁ、はぁ……! 皆、頑張って……!」

星野きららだ。
病棟で変身したきららはパルキアの力を使いこなし、ゲシュペンストγ2の羽を封じた。

悠那
 「全て揃った!」

琉生
 「今なら!」

悠那と琉生はゲシュペンストγ2に頭上から迫った!

悠那
 「今度こそ仕留める!」

悠那は流星群を放った。
威力は流石に落ちているが、今回はその代わりもいる。
流星群がゲシュペンストγ2に襲いかかると同時に、琉生はその尻尾を叩きつける。

ズドォン!

琉生の一撃は、ゲシュペンストγ2の頭が地面に激突した。
地面に亀裂を入れる一撃にゲシュペンストγ2はついに霧散した。
誰もが、息を切らしていた……なんとかゲシュペンストγ2は撃退できたが、これ以上は疲労が勝つだろう。
基地が受けたダメージも無視は出来ない。
勝ったには勝ったが……、しかしそれに素直に喜べる余裕はポケモン少女達にはなかった。



***



漆黒の少女
 「……」

空に浮かぶ漆黒の少女は一部始終を見ていた。
しかしゲシュペンストが敗れると、少女は突然虚空へと消えてしまう。



ポケモンヒロインガールズ

第43話 新たなる驚異 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2021/09/08(水) 17:26 )