第41話 ロシアの驚異、ワタシラガのエレオノーラ
第41話 ロシアの驚異 ワタシラガのエレオノーラ
ロシア西部、雪原に佇む秘密基地に日本からやってきたポケモン少女達は訪れていた。
途中ゲシュペンストに襲撃されるというアクシデントに見舞われたが、ロシアのマホイップ少女サーリャ・カカーポポフは日本のポケモン少女の対ゲシュペンスト性能を思い知る。
明日香
「おお、やっと暖まれるぜ〜」
秘密基地は外観は小さく、金網フェンスで囲まれている。
室内に入ると、無骨な通路を歩きながら、宝城明日香は凍える身体を擦る。
サーリャ
「ははは、安心しろ、直ぐに暖房にありつける」
白い軍用コートに身を包んだ厳つい銀髪軍人のサーリャはそう言うと笑う。
現地のロシア人と日本人では寒さの体感も違いすぎる。
明日香からすれば、サーリャの格好はそれ程暖かさそうにも見えないのだ。
アリア
「とはいえ、芯まで冷えてしまいましたね」
愛
「できれば一休みしたいですね〜」
東堂アリアと友井愛はそう言うと、少し辛そうだ。
やがてサーリャは通路の奥、分厚い扉で仕切られた部屋に向かった。
ギギギィィ……!
サーリャ
「やれやれ、どこもかしこも老朽化してかなわんな」
サーリャは分厚い鋼鉄製の扉を開くと、その軋みは嫌でも響き渡った。
この秘密基地は元々旧ソヴィエト連邦時代に建設された秘密基地だったらしい。
ゴルバチョフ書記長のペレストロイカ以降、こういった秘密基地も多くが情報公開されていったなか、ロシア連邦成立以後でも、一般開示されていない基地は存在した。
とはいえ、ロシア軍の予算はかつかつなのか、基地の老朽化はいかんともしがたい。
サーリャ
「さ、入ってくれ」
サーリャはそう言うと、扉を保持したまま、日本のポケモン少女達を中に招き入れる。
琉生
「あ……」
扉の先は多目的室だった。
無駄に広く、バスケットコートまで室内にあり、暖炉前にはロシアのポケモン少女達がいた。
ロシアのポケモン少女たちは日本人に気が付くと、皆顔を上げた。
サーリャ
「全員起立!」
サーリャはそう大声で叫ぶと、ロシアのポケモン少女たちは立ち上がった。
その数は4人、中には見覚えのある者もいた。
明日香
「おい琉生、アレって琉生が直接対決した……」
明日香は琉生にひっそり耳打ちすると、琉生は小さく頷いた。
琉生
「セキタンザン少女のウラジミール・シェンコ」
4人の中で最も身長が高く、無口無表情で命令に忠実な軍人の鑑のような少女もまた、琉生を見た。
琉生は少しだけ身体を震わせる。
サーリャ
「これが我がロシアの精鋭達だ」
アリア
「たった4人?」
サーリャ
「勿論ロシアには他にもいる、しかし広大なロシアでは分散せざるをえないのだ」
それはロシアの切実な問題だ。
サーリャも苦笑を示すように、如何にロシアでポケモン少女が足りないかがわかる。
だからこそ、悠那はサーリャを警戒した。
サーリャは決して間抜けではない、ロシアの利益のために動く。
それが悠那に不利益に働く可能性は捨てられないのだ。
サーリャ
「すでに何人か知っているかもしれないが、左からウラジミール・シェンコ、レイラ・レスコフ、エレオノーラ・フロロヴァ、そしてルフィナ・バザロフ」
明日香
「ルフィナ・バザロフって確か?」
悠那
「カラマネロのソウル憑依者だったわね」
悠那がそう補足すると、明日香も思い出した。
アリアと同じくブレーンとして、米露連合を後方支援するピンク髪の少女を思い出した。
鼠色の軍服に身を包んでいるが、琉生より小さなその少女は、嫌にオドオドしていた。
アリア
「確か、もう一人来日してらしたと思うのですが?」
サーリャ
「ああ、ナターシャか、あいつは情報部所属だからベルリンだ、こんな辺鄙な基地には所属しとらんよ」
優秀なハッカーとしての才能を持つゲーマー少女のナターシャ・アルスキーはこの場にはいない。
ロシアの事情はやはり日本とは違うのだ。
愛
「はい、それでは皆さんも整列してください!」
明日香
「うっす!」
愛は手を叩くと、日本のポケモン少女達も綺麗に横一列に整列した。
愛
「それでは自己紹介を」
明日香
「宝城明日香だ! 関東学園1年!」
アリア
「東堂アリアですわ」
琉生
「姫野琉生、その、よろしくお願いします」
悠那
「八神悠那よ」
きらら
「星野きららです」
愛
「そして私が友井愛です♪ 日本の監督役なりまーす♪」
ロシアのポケモン少女にとって日本のポケモン少女もやはり気になるようだった。
特にシェンコの隣にいた黒髪の少女は興味を示していた。
サーリャ
「さて、今日のところは休んでいてくれ……お前達! 30分後から訓練を始める! ぼやぼやするなよ!?」
サーリャは厳つい声でそう言うと、ロシアのポケモン少女達は動き出した。
どうやら、愛とは随分違う鬼教官の雰囲気だった。
サーリャは振り返ると、お戯けた顔を見せ。
サーリャ
「というわけで、しばらく休んでいてくれ」
サーリャはそう言うと、訓練の為に部屋を出ていった。
気が付くと、多目的室には日本人しかいなくなった。
明日香
「ふい〜、緊張した〜、とりあえずやっと暖まれるなぁ」
明日香はそう言うと、暖炉のそばに向かった。
琉生はキョロキョロと周囲を伺った。
琉生
「監視、いないんだね?」
ここまで常にロシア人の監視があったのに、急に監視はなくなった。
琉生はそれが少しだけ不気味にも思えた。
悠那
「人はいなくてもきっちり監視はされているようよ?」
悠那は腕を組むと、吊り下げられた監視カメラを顎で指した。
愛
「そうですねぇ、ロシア人の監視が必要なくなった、それはつまりここは安全という事でしょう」
愛は上着を脱ぐと、丁寧にコートキャリアに掛け、そう言った。
明日香
「どういうことっす?」
きらら
「監視は余計な事をさせないのも重要だけど、余計な相手を近づけないため」
きららが補足するが、明日香はいまいち要領を得ていない。
やや不機嫌そうな悠那は、ここまでの様子を思い出す。
悠那
(対テロリストを想定した輸送車、やはりロシアも一筋縄では行かないのね)
日本人にはピンとこないかもしれないが、ロシアには多くのテロ組織もある。
ポケモン少女を取り巻く環境は、それほど安全ではないのかもしれない。
アリア
「見方を変えれば、これ軟禁ですわね」
愛
「しょ、しょうがないですよ〜、ここ一応基地ですし〜」
きらら
「本当に軟禁する気なら、私が皆を日本に転送する」
秘密基地ゆえ、軍人の数は最低限だが、自由に出入り出来るエリアは限られる。
それも恐らくだが、サーリャの権限でかなり譲歩されている筈だ。
最も軟禁もパルキアのソウル憑依者たるきららの前では意味を成さない訳だが。
愛
「ま、今のうち休んでおきましょう♪」
愛はそう言うと、ソファーに腰掛け、持参したタブレットPCを操作しだした。
とりあえず立っていても仕方がないので、それぞれも気を落ち着かせ、休む事にするのだった。
琉生
「愛先輩、少し身体を動かしても良いですか?」
愛
「え? 構いませんが?」
琉生は愛から許可を得るとコートを脱ぎ、少し離れた場所で柔軟体操を開始した。
それを見たアリアと明日香は苦笑する。
アリア
「ストイックですわね」
明日香
「というより、空気読まないだけだろ?」
琉生は柔軟体操を終えると、腕立て伏せを行った。
一度始めれば我関せずか、琉生はストイックに身体を鍛える事を欠かさなかった。
放っておけばオーバーワークになる事もある琉生はそれだけ自分がどんな存在かを把握している。
琉生
「ふ! ふ!」
明日香
「ち! 虚弱の琉生に見せつけられたら、アタシも黙ってらんねえ!」
明日香はそう言うと、上着を脱いでタンクトップ一枚になると、琉生の隣で同じように、腕立て伏せを開始する。
明日香は指二本、人差し指と中指で体重を支えると、片腕で腕立てを行った。
虚弱とは言うが、琉生も入学したての頃に比べれば、一般的な女子高生よりは体格もしっかりしてきた。
ただ、それでも明日香には敵わない。
それこそ明日香は入学から剛力闘子に師事して、肉体改造に挑んでいた。
かつてはアスリートとしてのしなやかさを持っていた明日香も今は、ボディビルダーのように筋肉が盛り上がっていた。
アリア
「ふぅ……! 学友が努力している時に、私だけ怠けるなどあってはいけませんか」
アリアも覚悟を決めた。
アリアはゴチルゼルのソウル憑依者、本来なら肉体より精神の強化が必要なポケモン少女だ。
少なくともオオタチ少女の琉生や、ゴローニャ少女の明日香とは違う。
とはいえ、ゴチルゼルの身体は人間と同レベルで脆弱だ。
最低限の努力は必要なのだ。
愛
「熱血ですね〜」
悠那
「てか、スポ根とか今どき流行らないでしょ?」
そう言いつつ、悠那はアリアまで加わると、プライドに触ったのか、悠那も筋トレを開始した。
悠那
「とりあえず琉生には負けない!」
琉生
「関係ないし……!」
琉生と悠那は相変わらずというか、愛ときららは苦笑した。
良いライバル関係になった、かつてはギスギスしていて愛も不安だったのに。
今なら放っておいても、あの二人が問題を起こすことはないだろう。
最も二人して暴走気味だから、結局は目を離せないのだが。
きらら
「頑張れ、1年生」
明日香
「愛ちゃん先輩と星野先輩はやらないんすか〜!?」
愛
「遠慮しま〜す」
愛はにこやかに遠慮すると、ここまでのレポートを纏めていた。
きららは瞑想するように、愛の隣に腰掛けた。
愛
「きららちゃん、疲れてません?」
きらら
「別に、むしろ暇な位」
普段きららは日本中をパルキアの力を利用して、飛び回っている。
執行部に所属するきららは恐らく世界一忙しいポケモン少女だろう。
だからこそ、逆に違和感を覚える程今は退屈だと言えた。
愛
「クスクス、特別休暇だと思いましょう?」
きらら
「と言いつつ、愛は仕事している」
愛はギクリと、肩を震わせた。
今も日本には江道夢生と古代燈の二人がいた。
今は剛力闘子に負担をかける形になっているが、なるべくそれを手伝おうと日本の1年生達のために、カリキュラムを作成していたのだ。
きらら
「愛こそ特別休暇と思いなさい?」
愛
「はい……そうします」
愛はそう言うとタブレットを裏返し、筋トレをする1年生達を見た。
琉生
「ふ! ふ!」
悠那
「はぁ! はぁ!」
明日香
「アッハッハ! もう息上がってんのか!?」
1年生達は元気で、そしてまっすぐ上を見ている。
弱さを知っているからこそ、琉生はストイックになれて、それに触発されて悠那は対抗心を懐き、アリアも負けじと励む。
非常に良い関係だろう。
***
2時間後、サーリャは多目的室に帰ってきた。
日本のポケモン少女達は寛いでおり、サーリャに気が付くと、何人かは背筋を伸ばした。
サーリャ
「すまない遅くなってしまった、申し訳ないが部屋を移動してもらう」
愛
「移動ですか?」
サーリャ
「ああ、まぁ親睦会のような物さ」
親睦会? 皆は顔を合わせると、準備を始めた。
サーリャが誘導すると、部屋を出る。
基地の中は窓がなく、いま自分が何処にいるのか把握するのは困難だった。
やがて通路を越えると、そこは食堂だった。
サーリャ
「古来より親睦を兼ねるなら、食事だろう?」
サーリャはそう笑うと、日本のポケモン少女達を招待した。
悠那
「食事会ね?」
そこは迎賓をする部屋にしては、粗末な物だ。
だが、テーブルクロスの敷かれた長机に、ロシアのポケモン少女達は座っていた。
アリア
「作法……気にした方がよろしいでしょうか?」
サーリャ
「気にするな、私はともかく、アイツらにそんな技能はない」
ロシア軍中でもそれなりに地位の高いサーリャは作法も学ばされた、外交官じみた働き求められるからだ。
サーリャ
「これを耳に」
琉生
「インカム?」
それは聴診器に似たインカムだった。
人数分供されると、それぞれは大人しく付けていく。
サーリャ
「何人か、日本語を解する奴はいるが、ここはロシアでな? コミュニケーションは円滑な方がいいだろう?」
それは翻訳機だった。
確かに日本のポケモン少女達に殆どロシア語を話せる者はいない。
サーリャは手招くと、上座から愛、きららと座っていく。
琉生達は思い思いに座っていくと、最後にサーリャが座り、手を叩く。
すると、給士が部屋の奥から現れた。
それぞれの席にはコップが置かれ、そこに赤い液体が注がれていく。
アリア
「これ、赤ワイン?」
サーリャ
「安心しろ、ノンアルコールだ」
サーリャはそう言うが、やはり高校生達には、ロシアの流儀はやはり不可思議だった。
サーリャ
「まずは乾杯といこう、それぞれグラスを手に」
そう言われ、琉生達は見様見真似でサーリャと同じようにグラスを手に持つ。
サーリャ
「それではヤーポンとロシアの親睦を兼ね、乾杯!」
サーリャはそう言うと、それをグイっと呷った。
ロシアのポケモン少女達も同様にする。
琉生はキョロキョロしながらも、意を決するとその赤い液体を口に含んだ。
琉生
「!」
アリア
「ぶどうジュース、ですわね?」
サーリャ
「はは! ヤーポンは貞操観念が厳しいというが、本当だな! 疑わんでも酔わせんよ!」
日本側に供されたのはただのぶどうジュースだった。
ロシア側は赤ワインの様子だが、文化的にも異なるからこそか。
ワインを一口頂くと、その後は食事が運ばれてきた。
まずはボルシチだった。
サーリャ
「それでは食事を楽しんでくれ」
サーリャがそう言うと、琉生は目の前の赤いスープの入った皿を見た。
スプーンが皿の横に置かれている。
とりあえず日本の作法則る事にした。
琉生
「いただきます」
琉生は手を合わせると、そう言った。
続いて愛、きららと同様に手を合わせる。
それらに合わせ、明日香、アリア、悠那も手を合わせた。
勿論アリアは苦笑し、悠那は付き合う必要は無かったが。
それを見て、不思議そうにしていたのは、ロシア組だ。
ルフィナ
「い、いただきます……」
愛
「あらあら?」
釣られてルフィナも手を合わせた。
わざわざ日本語で言うルフィナに、愛は「うふふ」と微笑む。
日本に来日した際、憧れでもあった学校での食堂でこれを見たことがある。
本来ロシアの作法としてはありえないが、一度ロシア側のポケモン少女がしだすと、面白がるように次々ロシアのポケモン少女たちも手を合わせていく。
サーリャ
「ははは! 結構結構! ここはロシアなのだがな!?」
サーリャはそれが受けたのか、手を激しく叩いた。
ロシアは物理的に日本が近い。
それ故か、日本文化に造詣を持つ者も少なくないが、それでもシベリアの奥地でこのような食事会になったのは珍妙な事だった。
しかし、そのお陰で緊張感が削がれたのか、日本のポケモン少女たちも、スプーンを手に取り、ボルシチを口に運ぶ。
明日香
「あ、美味しい!」
ビートから抽出される赤いスープは、ロシアを代表する。
日本側の様子を見て、嬉しくなったのか、青い瞳に赤毛の少女エレオノーラは明日香を見て微笑んだ。
明日香
「ん? えと……なにか?」
エレオノーラ
「ボルシチは、お気に召しました?」
インカムからロシア語が日本語に変換されると、穏やかな声だ。
随分物腰の柔らかい少女だった。
身長は170センチ程、他3人とは明らかに雰囲気が異なる。
エレオノーラ
「改めてエレオノーラ、エレオノーラ・フロロヴァよ」
明日香
「あ、宝城明日香、です!」
明日香は顔を赤くすると、声を裏返らせた。
明らかに上流階級のお嬢様の雰囲気を持った相手に明日香はしどろもどろになってしまう。
それもそのはず、相手はロシア貴族の生き残りだ。
代々軍人の家系だったが、ソヴィエト連邦時代に多くの貴族が粛清されていく中、彼女の家はソヴィエト党に降ることで、今日に残ることが出来た。
そんなノーブルの家柄でも、ポケモン少女になった時、彼女も軍に編入された。
エレオノーラ
「ホウジョウアスカさん、ふふ運動会で拝見致しましたわ」
明日香
「え、えええ!?」
悠那
「……キョドり過ぎ、アンタ驚き役が板に付いたわね」
いい加減悠那が突っ込んだ。
明日香は熱血スポ根女だから、社交界の雰囲気にはまるで付いていけない。
そんな悠那を見ていたのはレイラだ。
アジア人顔のレイラは比較的大人っぽい、悠那をじっと見ていた。
視線に目敏い悠那は、若干眉間に皺を寄せながらレイラを見た。
悠那
「なに? なにか言いたいことがあるの?」
レイラ
「そ、それは……その」
シェンコ
「レイラ、言いたいことがあるなら、ちゃんと言った方がいい」
レイラはこの中では特に子供っぽく見える。
アジア人顔は、ロシア人を構成するスラブ、ウクライナ系の顔と比べれ、年齢に比べ幼く見えてしまう。
レイラは首を振ると、喉を鳴らした。
レイラ
「あ、あのっ、ヤガミユウナさん! 私ファンです!」
悠那
「は?」
悠那は予想外の言葉にあっけらかんとした。
レイラの反応はファンの憧れだったのだ。
運動会で見た悠那は凛々しくて格好良くて、同じアジア系にも関わらず、まるで隔絶された存在だった。
レイラにとって、悠那はアイドルなのだ。
強くて格好良くて美しい、正に理想的だった。
アリア
「うふふ、八神さんも隅に置けませんね」
悠那
「からかうな東堂……まったく」
悠那は面倒そうに頭を掻いた。
目立つことは吝かではない、むしろ自己主張は悠那自身のステータスを意味する。
とはいえ、こういうファンは初めてであり、悠那もあまり素っ気なくすることは出来なかった。
ルフィナ
「……」
アリア
「? バザロフさん?」
アリアはルフィナの視線に気がついた。
ルフィナは、同じエスパータイプのポケモンのソウルを宿すアリアに興味を示していた。
大凡役割もほぼ同じタイプ、シンパシーは嫌でも感じていた。
ルフィナ
「……あとで、お楽しみです」
アリア
「あとで?」
アリアは首を傾げた。
ルフィナはそれ以上は言葉を使わず、ボルシチを頂く。
サーリャはそんな食事会を眺めながら、微笑を浮かべていた。
***
食事会の後、しばしの休憩を挟み、一同は訓練場に移動した。
サーリャ
「ロシアでは柔道が盛んでな? ロシア軍でも訓練に取り入れている」
明日香
「確かに、結構ロシアの選手って強いよな〜」
サーリャ
「さて、ここまで足を運んで貰えばある程度察して貰えると思うが、今回はスパーリングを所望する!」
サーリャがそう言うと愛は驚いた。
愛
「え? 待ってください! 予定表では合同訓練とはありましたが……」
サーリャ
「なに、これも合同訓練さ、勿論無茶はさせない」
明日香
「……いいじゃん、面白そうじゃん」
愛
「あ、明日香ちゃん!?」
明日香は拳を打ち付けると、気合を入れた。
スパーリングとは、海外のポケモン少女とするのは初めてだ。
それだけに興味がある。
悠那
「……そんなに悲観する事も無いでしょう? あくまで訓練なんだし」
琉生
「うん……私も力を試したい」
悠那、琉生と訓練を肯定すると愛は溜息を吐いた。
本来はロシア式の訓練を受ける予定だったが、サーリャは土壇場で変更してきた。
愛
「サーリャちゃん、後で訳を説明してくださいね?」
愛は珍しく静かに怒っていた。
サーリャはニヤリと笑うと、腕を振るう。
サーリャ
「それじゃ、ロシア対ヤーポンのポケモン少女達のスパーリングを行う!」
サーリャはそう言うと、金網フェンスで包まれたバトルフィールドに向かった。
サーリャ
「ルールは一対一、勝ち抜きではなく、勝っても負けても交代だ、お互い4人ずつ順番に戦う」
サーリャがそう言うと、1年生達は顔を合わせ相談した。
明日香
「アタシから行っていい?」
悠那
「順番に興味はない、好きにしなさい」
琉生
「任せる」
アリア
「では、先鋒は明日香さんで行きましょう」
きらら
「皆、怪我だけはしないようにね?」
きららはあまり反対する様子はない。
愛が過剰に心配性なのが原因だが、案外きららは楽天的なのかもしれない。
明日香はフィールドに入るとソウルリンクスマホを手に取った。
対戦相手はエレオノーラの様子だった。
明日香
「彼女か……ちょっと苦手なタイプだけど、変・身!」
ソウルリンクスマホ
「ソウルゴローニャ、コンバート」
明日香はその場でゴローニャ少女に変身する。
対して、エレオノーラはソウルリンクスマホを持つ、踊るように変身した。
エレオノーラ
「メイク・アップ♪」
エレオノーラの身体が光に包まれる。
その姿は身体が光に変わりポケモン少女に再構成される。
草色のドレスに全身を包み、明日香の眼の前に降り立ったのは。
エレオノーラ
「改めてよろしくお願いします、ワタシラガのポケモン少女ですわ」
その姿で最も特徴的なのは、頭を覆う大きな綿毛だ。
木綿に近い綿は、エレオノーラの頭の10倍はでかい。
ゆったりとした草色のドレスはエレオノーラの脚線美を美しく表現し、胸元が開けた姿は色気すらある。
明日香
「ワタシラガ……草タイプか?」
明日香は見知らぬ相手に警戒した。
今フィールドには二人しかいない。
観客は金網の外で、さながらこれは金網デスマッチだ。
明日香
「地面……固いな」
地面はモルタルが打ち付けられていた。
投げ技は柔らかいマットに比べたら、かなり驚異だろう。
だが、ポケモン少女の身体は人間ではない。
明日香の岩の体はその程度では傷もつかないだろう。
最も、その性で草タイプや水タイプが苦手なのだが。
サーリャ
「それでは、第一戦始め!」
明日香
「とりあえず、行くぜ!」
明日香は頭部の突起部に電気を集めると、放電を放った!
放電はフィールドに激しく電撃を落とし、それはエレオノーラをも襲う!
エレオノーラ
「っ!? この程度……!」
エレオノーラは、電撃に耐えた。
効果が今ひとつとはいえ、ワタシラガのソウルを宿すエレオノーラはかなりの耐久力がありそうだ。
明日香
「動きは遅そうだ! なら……ん!?」
明日香は空を見上げた。
綿毛が舞っている。
綿毛? 明日香は訝しんだ。
エレオノーラの頭から飛び散った綿毛が、明日香にまとわりつく。
更に、空気中に綿毛が飛散した。
明日香
「ち!? 鬱陶しい!」
明日香はもう一度放電を放った。
だが、今度はエレオノーラに届かない!
綿毛が電撃を受け止め、放電が無効化されてしまう!
エレオノーラ
「グラスミキサー!」
エレオノーラは地面に手を付いた。
すると、明日香の周囲に葉っぱが渦を巻いた。
明日香
「ぐうう!?」
効果抜群の技に明日香は呻いた。
だが、威力はそこまででもない。
問題は視界を遮る葉っぱと綿毛だ。
悠那
「……なかなかエグい戦術とるわね」
琉生
「目を封じてきた?」
観戦する悠那は腕を組み、胸を持ち上げるとエレオノーラを分析した。
かなり冷静なタイプだろう、更に自身の特性を最大限に活かしてデバフをばら撒いている。
だが、悠那はこれだけは確信した。
悠那
「どうやら、真っ向勝負は嫌いらしいわね」
アリア
「攻撃力に自信がないのでしょうか?」
琉生
「だとしたらそこがチャンス……!」
琉生達は手を握り、明日香を見守った。
明日香は苛立ちながら綿毛を振り払う。
だが、明日香の静電気に引きつけられるように綿毛は藻掻けば藻掻くほど絡みつくのだ。
明日香
「だーもう!?」
エレオノーラ
「……」
エレオノーラは回り込むように距離を縮める。
必殺のチャンスを伺っているのだろう。
それはエレオノーラが、決して突出した強さを持つことを否定していた。
搦手は得意だ、しかし一方で相手を打倒するのが苦手なのだ。
エレオノーラ
「……いくわよ、リーフストーム!」
明日香
「な!? うわああああ!?」
それは草タイプの技でも、最大の威力を誇る大技だ。
草の嵐は闘子を打ち上げ、身体を切り刻む!
明日香は痛みに苦しんだ!
だが、明日香は目を見開く。
明日香
(強ぇ……! こんな戦い方もあるのか!? でも……この程度で、負けてたまるかぁー!!)
明日香は落下する中、エレオノーラを見捉えた。
電撃を全身に纏う!
バチバチバチと全身がスパークした。
エレオノーラ
「これは!?」
明日香
「もっとだ、もっと引き出す!!」
バチバチバチィ!
明日香は青白く光り輝いた!
もはや明日香は電撃の塊だ。
その熱は、フィールド全体を発熱させる。
強烈な電磁波が空気を振動させ、マイクロ波を放射しているのだ!
明日香
「ワイルドボルトー!!」
明日香は鈍重な身体を電気の流れで高速化させる。
そのまま、明日香はエレオノーラに落下した!
ドォォン!
明日香がエレオノーラに落下すると、爆発が起きた。
空気中に舞う綿毛が一斉に燃え上がり、粉塵爆発するように一気に炎が広がったのだ!
サーリャ
「くう!? 勝負は!?」
爆風にサーリャは軍帽を抑えた。
爆風が晴れると、地面に円形の焼け焦げを残していた。
立っていたのはエレオノーラだった……が。
エレオノーラ
「…っ、ここまでとは」
エレオノーラは片膝を付いて、倒れた。
逆にエレオノーラの眼の前で倒れていた明日香は、ヨロヨロと起き上がる。
明日香
「っ……!」
明日香はエレオノーラを見ると、エレオノーラはボロボロだった。
ワイルドボルトはエレオノーラを外していた。
エレオノーラ眼の前に落下し、電撃がフィールドを焼き払ったのだ。
電撃には強いエレオノーラでも、電熱は別だった。
バチ、バチチ!
フィールドが帯電している。
金網は金属の性質に従い、帯電してしまった。
サーリャ
「そこまで! この勝負はヤーポンの宝城明日香の勝ち!」
明日香
「おっしゃー!」
明日香はガッツポーズをすると、吼えた。
勝利を喜び、同時に倒れたエレオノーラを抱きかかえる。
明日香
「ご、ごめん……やり過ぎた!」
エレオノーラ
「ふふ、貴方強くて優しいのね?」
エレオノーラは妖艶に微笑んだ。
思わず明日香はまたドキリとしてしまった。
きらら
「ほら、二人共直ぐ手当する」
突然いつの間にパルキア少女に変身していたきららが空間に穴を開けて、フィールドに飛び込んできた。
明日香は「にはは」と笑うと、惨状に苦笑する。
こりゃ愛ちゃん先輩に大目玉確定だ。
明日香
「愛ちゃん先輩怒ってます?」
きらら
「かなりね、だから医務室直行、ほら、あなたも」
エレオノーラ
「申し訳ございません」
きららは明日香とエレオノーラの手を握ると、そのままワープして消えてしまった。
医務室に直行したのだ。
ポケモンヒロインガールズ
第41話 ロシアの驚異、ワタシラガのエレオノーラ 完
続く……。