ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第40話 シベリアの大地で

第40話 シベリアの大地で

明日香
 「か、海外遠征〜!?」

そんな声が教室に響いたのは、友井愛が教室に戻ってきてからだ。
ポケモン管理局局長一ノ瀬純が去った後、愛はスケジュールの調整に入った。
正直、1年生の驚きと同様に、この事態は愛さえも戸惑っている。
しかし正式な命令書が出ている以上、愛は選ばなければならない。


 「正確には訪問です〜」

愛は一年生の教室を見渡す。
びっくり仰天の明日香や夢生、頬に手を当て「あらあら」と多少戸惑っているのはアリア、琉生と燈はなんとも言えない表情で、例によって悠那は腕を組んで不機嫌そうに胸を持ち上げた。

悠那
 「で? 全員行くの? 2年生に負担が掛かりそうだけど……」


 「……いえ、そういう訳にもいきませんので、選抜します」

アリア
 (しかし、何故ロシアなのでしょう? それも1年生を?)

聡明なアリアは、他よりは目処も立っているだろう。
これは高度な政治的理由もある。
本来なら日本が希少なポケモン少女を国外に連れ出すなど、リスクがあり過ぎる。
しかし局長の純はOKを出したのだ。
既にあらゆる手配は行われている。
今更引くに引けないのだ。


 「ロシアに行くのは琉生ちゃん、明日香ちゃん、アリアちゃん、そして悠那ちゃんです」

悠那
 「……っ!? 私が?」

自分を指名された悠那は驚いた。
情状酌量はあったとはいえ、仮にもポケモン少女管理局に反旗を翻した悠那は、元よりそんな脱走リスクのある選択をされるとは思っていなかった。
勿論、悠那に脱走する理由はない。
今更それで燈や冥子に負担は掛けたくないのだ。
だが、その意図はやはり分からない。

明日香
 「あ〜、アタシも? アタシ試合あるんだけど……」

明日香はポケモンバトルに参加している都合、既にマッチングは決定しているのだ。
しかし、それに解答する者はあった。

きらら
 「心配しないで、必要になれば私が送る」

星野きららだった。
パルキアのソウルを宿すきららならば、距離は関係ない。
パルキアの空間を司る力は、ロシアと日本を繋ぐなぞ造作もないのだ。

琉生
 「きらら先輩……! もしかしてきらら先輩も?」

きらら
 「うん、ご指名されててね」


 「3年生は私ときららちゃんが同伴します」

夢生
 「むうはお留守番ビュンかぁ〜」


 「どんまい、私もいる」

随分大所帯だな、琉生は思った。
琉生はあまり上の思惑には頓着がないが、彼女なりこの事情を考察した。

琉生
 (サーリャ・カカーポポフ……)

あの厳ついロシア人少女が思い浮かんだ。
恐らくロシアに行けば必ず出会う筈だ。
彼女は琉生に強い興味を抱いていた。
恐らく接触されるな、それを理解する。

アリア
 「用意は如何しましょうか?」


 「着替え等は此方で用意します、皆さんには後日パスポートの発行も致しますので……」

ロシア遠征、それは急遽決まった物だった。
愛は、ここまでの経験にはこんな事態はあり得なかった。
何かが急激に動き始めている。
それは、なんとなくかも知れないが愛は実感していた。



***



成田空港発モスクワ行の便、ポケモン少女達はロシアへと旅立った。
肌寒いモスクワ空港には、日本のポケモン少女を出迎えたのはサーリャだった。
サーリャは厳つい顔に似合わず、笑顔で手を振っていた。

サーリャ
 「おーい、こっちだこっち!」

明日香
 「に、日本語?」

そう、日本語だった。
厚手の軍用コートを着た少女は、流暢な日本語は明日香には気持ち悪く思えた。
とはいえ、旧知の仲である愛ときららは動じず、笑顔で答えるのだった。


 「お久しぶりですー♪ サーリャちゃん♪」

サーリャ
 「ああ、待っていたぞ愛♪」

愛はサーリャの元に向かうと、ハグをした。
身長差もあり、不格好だったが、その様は非常に仲が良いのが分かる。
サーリャは愛を強く抱きしめながら、1年生に目線を向けた。
当然、その目に映ったのは姫野琉生だ。

サーリャ
 「ヤーポンの皆さんも、よくお越しいただいた。ロシア軍ポケモン少女部隊代表として、感謝を述べさせて頂く」

アリア
 「ロシア軍……ですか」

日本ではポケモン少女の管理は民営だが、ロシアでは官営なのだ。
年端も行かぬ少女たちでありながら、その所属は軍属となる。特にサーリャ程ともなれば、その厳つい眼光からそれだけの修羅場を潜ったという事が、平和ボケした日本の少女たちにも、薄々と感じ取れた。

サーリャ
 「さて、スケジュールもある、早速駐屯基地に向かいましょう」

サーリャはそう言うと、愛を離し、空港の出口向かった。
ターミナルを出て、空港の入口を抜けると、冷たい風が差し込んだ。

明日香
 「うう!? 寒!?」

サーリャ
 「ん? アッハッハ! ヤーポンは温暖だからな! 私達ロシア人にとってはこれでも暖かいが!」

その日モスクワの天気は曇り、空からは粉雪が降り、地面に薄っすらと積もっていた。
このまま夜を迎えれば、更に寒くなるだろう。
明日香は早速お国事情の違いに驚愕するのだった。

アリア
 「し、しかし確かにこれは堪えます……! 駐屯基地にはどのように向かうのでしょうか?」

サーリャ
 「んーと、アレだ。あの車で向かう」

サーリャは空港に乗り付けた一台の車を指差した。
しかしそれはトラックのように巨大な装甲車だった。

悠那
 「なにあれ? 戦車なの?」

サーリャ
 「兵員輸送車だ、ロシアは日本ほど道も整備されていないのでな、悪路にも強いコイツは頼りになる」

そのゴツいフォルム、実用性を重視するあまり、全く日本のポケモン少女達の美的センスには合わなかった。

サーリャ
 「さぁさ! 後ろから乗り込んでくれ!」

サーリャに背中を押されると、輸送車の後部から、少女達は押し込まれた。
中は広い、何せ20人は座れる広さなのだ。

明日香
 「わぁ〜、こういうの映画で見たことある!」

琉生
 「窓が無い……」

サーリャ
 「すまんが、機密なんでな……ゆっくり観光させてやりたいが、こちらも事情がある、全員載ったな? 出せ!」

サーリャは運転席と仕切られた鉄の壁を叩くと運転席から「ヤー」という男性の声が聞こえた。
車はゆっくりと加速すると走り出した。

悠那
 「ふうん……」

サーリャ
 「何か、気になるかい? えーと?」

悠那
 「八神悠那よ、この装甲、対テロリスト用?」

サーリャ
 「それにお答えは出来ないが、まぁ豆鉄砲位から、造作もないな」

琉生
 「……なにか、気になるの?」

悠那の隣に座る琉生は悠那の顔を覗き込んだ。
悠那は多少神経質な所はあるが、こういう時はなにか警戒している時だ。

悠那
 「別に……、ただ、ポケモン少女が暴れてもへっちゃらってなら、面倒かも、とね……」

琉生は首を傾げた。
悠那はサーリャをはっきり言えば信用していないのだ。
ロシアが慢性的にポケモン少女の不足に悩んでいるのは知っている。
広大なロシアをゲシュペンストから護るだけでも、数が足りないのだ。

サーリャ
 「ふ、案ずるな……私は一応分は弁えているつもりだ」

悠那
 「……!?」

悠那は少し驚いた。
サーリャは悠那の疑心に勘付いたのだ。
だが、その上で案ずるなと言った。
悠那は腕を組むと、サーリャを睨みつける。

サーリャ
 「やれやれ、信用されてないなこれは?」


 「ゆ、悠那ちゃんが済みません〜」

きらら
 「いざとなったら私がなんとかする、八神も落ち着いて」

悠那
 「ち……アンタの力なんて借りたくないけど、一応仲間だからね」

きららを明確にライバル視する悠那だが、それでも悠那は譲歩した。
悔しいが、悠那はきららには勝てない……世界最強のポケモン少女の力は、それ程甘くないのだ。

明日香
 「それにしても、一体どこに向かってんだ?」

アリア
 「基地との事でしたが……?」

サーリャ
 「場所は言えない、何分秘密基地なのでな、ロシア人でも所在を知るのは極一部だ」

アリア
 (やはり何もかも日本とは違いますね……)

日本のポケモン少女も一般人に比べれば多少煩わしい拘束をされているが、ロシアはその比ではない。
ロシアのポケモン少女は軍に管理され、その訓練と厳格さは群を抜いている。
更に自由行動さえ、殆ど制限され、サーリャのような例外でもなければ、基地の外に出る事も稀なのだ。

琉生
 「……」

琉生はぼうっと天井を見上げた。
特別浮世掛かってる琉生は、仲の良い同級生でさえ、たまに分からない行動に出る。
真っ先に反応したのは明日香だった。

明日香
 「なぁ? さっきから琉生の様子おかしくね?」

アリア
 「いつもどおりのような、浮足立っているような?」


 「……」

愛は持参したタブレット端末に琉生のバイタルデータを表示した。
異常無し、その表示に愛は安堵するが、ここ最近の琉生にはやはり不安もある。

琉生
 「……くる?」


 「え?」

琉生は顔を険しくした。
その直後……!

ガッシャアアアン!!

突然、装甲車が激しく振動した!
サーリャは慌て、運転席の扉を叩く!

サーリャ
 「どうした!? 何があった!?」

琉生
 「ゲシュペンスト……! こんな所にまで!」

琉生は表情を変えると、オオタチ少女に変身した。
周囲は騒然とするが、しかしその顔は落ち着いていた。
そんな日本のポケモン少女の様子にサーリャは頭を抱えた。

サーリャ
 「ち!? なんて運の悪い日だ!?」

ポケモン少女達は変身すると、車から飛び出した。
輸送車から飛び出すと、サーリャは度肝を抜かれた。

サーリャ
 「おいおい!? 囲まれているだと!?」

アリア
 「敵ゲシュペンストβ20! 同α300!」

アリアは目を瞑り、ゴチルゼルの力を引き出す。
その数の多さには、流石の愛も苦笑した。
だが、悠那は笑っているし、きららも対して動じている様子がない。
明日香でさえ、拳をぶつけると飛び出す始末だ。

サーリャ
 「おいおい!? どれだけヤーポンは肝が座っているんだ!?」

明日香
 「こいつらは! 数が多いだけで! 対したこたぁねぇ!!」

明日香は飛び上がり、思いっきりロシアの大地に拳を突き立てると、周囲に電撃を撒き散らす!
明日香の放電で、αが消し飛び、βを怯ませる!

琉生
 「はぁ!」

悠那
 「アハハ! 雑魚がウジャウジャと!?」

それぞれ対局的な二人は直ぐに飛び出し、ゲシュペンストβに襲いかかる。
悠那は右腕の顎でゲシュペンストβの顔面に噛み付くと、そのまま力を込めてゲシュペンストβを噛み砕いた!
そのまま、左手は別のβにむけて、竜の波動を叩き込む!

悠那
 「2体撃破! アッハッハ! 琉生! 私のほうが今回も優秀そうね!?」

琉生
 「興味ない……!」

琉生は大きく躍動的に動き、βに的を絞らせない。
そして業を煮やした敵がいれば、カウンターで大きな尻尾を叩きつけるのだ。

サーリャ
 「ち!? ロシアでこんな数は初めてだぞ!?」


 「サーリャちゃん、デコレーションお願いします!」

サーリャは舌打ちした。
ポケモン少女としての力なら、ロシアのポケモン少女の方が優れていると思っている。
だが、対ゲシュペンストなら、やはり日本のポケモン少女は抜きん出ている。
これだけの数に囲まれれば普通は恐怖に苛まれ、まともなパフォーマンスは出せないだろう。
サーリャは愛にクリームのデコレーションをすると、愛に力が溢れた。


 「マジカルシャイン!!」

デコレーションされたニンフィアのソウルを宿す愛は、全身から光を放つ。
眩い光はゲシュペンストを飲み込み、放物線上のゲシュペンストを消滅させた。

明日香
 「かかっ! 愛ちゃん先輩がナンバー1っぽいぞ!?」

悠那
 「うっさい! 援護もらってるんだから、反則でしょ!?」

普段ほんわか前線向きじゃない愛だが、やっぱりアレも3年生なのだ。
悠那とはまだまだ年季の違う強さを見せつけられ、顔を真っ赤にした。

アリア
 「はいはい! 無駄口叩かず処理しましょう!」

きらら
 「ん、纏めて殲滅する!」

これ程膨大な数にも関わらず、ゲシュペンストは僅か30分で掃討された。
改めて日本のポケモン少女の凄さを思い知ったサーリャは、愕然とするも、同時に確信した。

サーリャ
 (間違いない、彼女たちには私の部下達が学ぶ物がある……!)

戦闘が終了すると、変身は解除していく。
動き終わると、明日香辺りは寒さに身を縮こまる。
愛は心配そうに運転席を見た。

サーリャ
 「運転手大丈夫か?」

運転手は若い軍人だった。
顔を青くし、ガタガタ震えており、愛はその様子を吟味する。


 「精神汚染は大丈夫そうです、ただあの数に怯えただけでしょう」

サーリャ
 「ち……おい! さっさと出せ!」

サーリャはドンと正面から蹴ると、運転手はビクンと震えた。


 「ロシアではゲシュペンストはどの程度知られて?」

サーリャ
 「日本と対して変わらんよ、一般人は遠くの先のゲシュペンスト被害など知らん」

ゲシュペンストに触れると外傷はないが、精神汚染される。
ポケモン少女でさえ、重度の汚染を受ければ、精神が壊され廃人にされる。
2つの魂がある分、耐性はポケモン少女の方が高いが、それ以外はどれだけ屈強な人間でも、ゲシュペンストに対しては脆いのだ。

明日香
 「それにしてもロシアに来て初日でゲシュペンストに歓迎されとはねぇ〜……!」

アリア
 「まるで狙われたかのように、ですね」

明日香とアリアは早々に車に戻った。
その会話を聞いた悠那は琉生に接触する。

悠那
 「だってさ? 何か分かる?」

琉生
 「ゲシュペンストの事なんて分かる訳がない……!」

琉生は少し昂ぶっていた。
こんな琉生は初めてだ、いつもならゲシュペンストが消えればいつものようにダウナーな彼女に戻るのに、今日は興奮している。

悠那
 (……こいつが、ゲシュペンストに何かあるのは確実……だけど)

しかし、確かに琉生はゲシュペンストに過敏だ。
強い闘争本能はゲシュペンストの時に強く現れる。
オオタチがそんな凶暴なポケモンなのか悠那に分からないが、少なくとも琉生は大人しい少女だ。

琉生
 「……っ!」

突然、琉生が歯軋りするように顔を歪めた。

悠那
 「ちょ!? どうしたのよ?」

きらら
 「琉生?」

琉生が感じた物、それは視線だ。
またも視線なのだ、それがゲシュペンストなのか、それとも違うのかは分からない。
ただ、イライラした。
ソウルが若干昂ぶっているのだ。

琉生
 「はぁ、はぁ……落ち着きました」

きらら
 「そう……ここじゃ風邪引くわ……車に戻りましょう?」

琉生は頷くと、車に戻った。



***



冥子
 「ふんふんふーん♪」

日本、ポケモン少女管理局本部で働く銀河冥子は鼻歌交じりでキーボードを操作していた。
ロトムの力を利用すれば、更に仕事は早まるが、本部では変身には許可がいる。
慣れればそれ程難しい仕事ではないが、冥子は気分を上げて務めていた。

依乃里
 「ええ、手配通り……それとアメリカから」

冥子
 「うん?」

局長室から出てきたのは、同僚の神成依乃里だ。
相変わらず秘書として、一ノ瀬純に誠心誠意尽くしている様子だ。

冥子
 (悠那は無事ロシアか……局長のオーダーとはいえ、一体何が目的だ?)

基本自分を神秘のベールに包み、秘匿する純だが、ここ最近、活動が活発化していた。
調べれば調べる程、一ノ瀬純という男は分からない。
八神悠那、姫野琉生、この二人を特に気掛かりにしているようだが、それが分からないのだ。
当然聞いた所で答えは得られないだろう。
最悪の場合、依乃里に記憶を消される。

依乃里
 「っ!?」

突然、依乃里が頭を抱えた。
局長室から、あの男の声が溢れる。
依乃里はゆっくり首を振ると、平静を取り戻した。

依乃里
 「な、何でもありません……仕事に戻ります」

依乃里が自分の隣のパソコンの前に座ると、冥子は質問した。

冥子
 「今、なんかあったろ?」

依乃里
 「なにも無いわよ……気の所為」

冥子
 「前と同じじゃねぇの?」

冥子は伊達メガネの向こうで、確かに依乃里の機微を見取っていた。
ここ最近やはり妙だ。
神成依乃里さえも、妙な反応が増えてきている。

依乃里
 「……さっさと仕事を済ませない、デスクワークも馬鹿に出来ないんだから」

冥子
 「……ま、しゃあない」

冥子はこれ以上の追求は無駄と感じて、仕事に向き直った。
依乃里はその閉じられた目で、冥子を見る。
冥子の強い探究心、それは触れ得ざる物にまで、無邪気に食指を伸ばしてしまう。
本来なら危険だ………記憶を抹消しなければならない。
だが、局長がそれを許さなかった。
誰よりも愛おしい純が、冥子を保護しているのだ。
恐らく依乃里の後継を期待されているのだろう。

依乃里
 (限界……? いいえ、違う……まだ持つ)

神成依乃里、ユクシー少女は、ポケモン管理局の全てを知っていると目される。
その潜在価値は凄まじく、それ故に八神悠那らに狙われもした。
恐らく水面下では、依乃里を狙う者は国家規模で存在するだろう。
だが、問題ない……依乃里に叶う者など存在しないのだから。
しかし、依乃里は不滅なのか?
今、依乃里は少し焦っている。
世界は止まらない……永遠など存在しないのだから。



ポケモンヒロインガールズ

第40話 シベリアの大地で

続く……。


KaZuKiNa ( 2021/06/26(土) 17:11 )