ポケモンヒロインガールズ - 第三部 ネクストワールド編
第38話 魂の異変

第38話 魂の異変




 「ロシアからの依頼?」

依乃里
 「ええ、日本のポケモン少女を招待したいと」

運動会から1週間が過ぎた頃、ポケモン少女管理局に連絡があった。
それはサーリャ・カカーポポフを経由して送られてきた、ロシア首脳部の意志だった。

冥子
 「罠じゃないっすか〜? 奴ら圧倒的にポケモン少女不足してるっすからね」

依乃里
 「そうね……拒否するべきです、危険過ぎます」

二人は反対だった。
国によって事情は違うが、ポケモン少女はどこでも不足している。
ゲシュペンストは何故か地球上の何処にでも現れる。
しかもゲシュペンストには意志らしき物まである。
では何故ゲシュペンストは現れるのか?
何故消えるのか?
ゲシュペンストになんらかの作戦行動があるのか、これが分からない以上、不必要にポケモン少女を動かせないのだ。
日本とてゲシュペンストには常に後手に回ることを余儀なくされている。
不必要にポケモン少女を国外に動かすのは得策ではないのだ。


 「うーん」

冥子
 「迷う必要あるんすか?」


 「……少し、ね」



***



明日香
 「おーりゃ!!」

その頃、昼下りにポケモン少女学園関東支部の足元では、ゲシュペンストが現れていた。
現場で遭遇した明日香とアリア、そして琉生は応戦を強いられた。
ゲシュペンストはβが一体、複数のαがポケモン少女達を囲んでいる。

アリア
 「サイコキネシス!」

琉生
 「っ!」

琉生は明日香とアリアの援護を受けて真っ先にβに突っ込んだ。
ゲシュペンスト戦での定石は上位個体の討伐だ。
αはいくらでも現れる可能性がある、しかしβを討伐すれば、そのまま消滅していくケースが見られる。
戦い慣れた琉生達にとって、これはもはや本能的な戦い方だった。

ゲシュペンストβ
 「!!」

ゲシュペンストβは腕を振り上げた。
大きな鉤爪を持った手を琉生へと振り下ろすが、琉生はそれを紙一重で回避した。
そのまま、ゲシュペンストβに向けて琉生は蹴りを放った!

琉生
 「っ!」

その技は、関西支部の志島翠、そして九州支部の祭翔子の動きから学んだ物だ。
しなやかな鞭のような蹴り、ゲシュペンストβの胴体をくの字に曲げさせる。
しかしそれだけでは不充分だ、格闘タイプの二人のような必殺の蹴りには出来ない。
しかしゲシュペンストβは怯んだ、それだけで琉生は更に踏み込んだ!

琉生
 「トドメ!」

琉生は尻尾を振り上げた!
全身に匹敵する大きな尻尾が影を作ると、ゲシュペンストβを叩き潰す!

明日香
 「おっし! 琉生がやった!」

琉生の強烈な一撃にゲシュペンストβは霧散した。
それに呼応するようにαの群れも溶けるように消えていく。

アリア
 「ゲシュペンストの気配消えました……完勝ですね」

三人は変身を解除すると、一息をついた。
ゲシュペンストとはいつも突発なイベントだ。
慣れてきたとはいえ、心臓に悪い物だ。

明日香
 「しっかし、ここ最近多いよなぁ」

アリア
 「ゲシュペンストですか?」

明日香
 「ああ、だって入学当時なんで殆ど見なかったのに、最近1週間に1回は遭遇してね?」

アリア
 「以前運動会で知り合った他地方の生徒のお話では、この地域は特にゲシュペンストの出現報告が多いらしいですわ」

それを聞いて明日香はギョッとした。

明日香
 「うげ〜……最悪だ」

琉生
 「……他の場所だとどれ位違うの?」

アリア
 「九州や北海道だと、そうでもないようですね」

明日香
 (そういやあのリザードン少女、ゲシュペンスト戦で戸惑っていたっけ)

琉生
 (何故? ゲシュペンストの目的ってなんだろう?)

琉生はゲシュペンストに思案した。
しかし、意思疎通すら不可能な相手の考えている事なんて分からない。
所詮は考えるだけ無駄なのだ。

オオタチ
 『っ!!』

琉生
 「うぐ!?」

突然琉生は頭を抱えて呻いた!
明日香とアリアは慌てて琉生の肩を掴んだ。
琉生の顔が真っ青になったから、血相を変えたのだ。

アリア
 「大丈夫ですの琉生さん!?」

明日香
 「お前顔、顔!」

琉生
 「も、もう大丈夫……」

琉生は首を振ると、いつもの人形のような無表情の顔に戻った。
今の現象はなんだろうか?
オオタチが琉生の頭を揺さぶったのだ。
勿論物理的にじゃない、オオタチには肉体は無いのだから。
アレは憎悪? なにか違う……一体オオタチは琉生に何を伝えたのだ?

琉生
 (オオタチ、なんなの? なにがあったの?)

しかし、オオタチはなにも反応を示さなかった。
今までになかった感覚、あんな直接魂を揺さぶるような行為は初めてだった。

琉生
 「ねぇ、二人とも……なにか感じなかった?」

アリア
 「え? いえ……なにも」

明日香
 「まさかまた神憑りかぁ?」

二人の反応は琉生と違う物だった。
あれ程強烈なソウルの反応があるなら、二人にもあるんじゃないかと思ったが。

琉生
 (分からない……ゲシュペンスト、なの?)



***




 「……っ!?」

担任室で一人書類を纏めていた時愛は違和感を覚えた。
琉生と同時期に愛は謎の痛みを感じ、頭に手を当てた。
痛みは一瞬だったが、それは体験したことのない痛みだった。
愛は即座に自分の身体に起きた現象を分析する。


 (痛い? 何処が? 何処に痛みがあった?)

痛みは一瞬で消えた、愛は心筋梗塞や脳溢血を疑ったが、それらとは明らかに違う。
やがて愛はある症状ではないかと気が付く。


 「まさか、ニンフィア?」

愛に宿るニンフィアのソウルは、愛も殆ど知覚したことが無い。
だが、ニンフィアが愛の魂になんらかの衝撃を与えた可能性について考えた。


 「一体何が……」

真希
 「邪魔するわよー」


 「あ、真希ちゃん……」

愛は担任室の入口を振り向く。
そこにはいつもの眼鏡美女がやってきていた。
しかし、真希は愛を見るとギョッとして、急いで駆け込んできた。
愛は訳が分からなかった、何故真希がこんなにも心配そうな顔をしているのだろう?


 「えと、真希ちゃん?」

真希
 「ちょっと愛!? アンタ大丈夫!? 顔真っ青よ!?」


 「え?」

真希は急いで懐から小さな鏡を取り出すと、愛に向ける。
愛はそれを見てビックリする。
自覚症状など無く、自分の身に起きた事が理解出来なかった。


 「えと、そのードッキリ、じゃ、勿論ないんですよねぇ?」

真希
 「当たり前でしょうが! そんな手の込んだ冗談なんて仕掛ける訳ないでしょう!?」

愛は微笑みながら、原因を考えた。
やはり間違いなくソウルの共鳴だろう。
一説によれば拒絶反応という説もあるが、ニンフィアのソウルが愛になにかしたのは確実だ。


 「ねぇ、真希ちゃん? なにかソウルに異変はなかったですか?」

真希
 「ええっ? 無いわよそんなの……ていうかアギルダーのソウルなんてもう何年も感じた事ないわよ?」


 「そう、ですよねぇ?」

真希が普通だ、ソウルは憑依直後と、変身直後に会話する事が多い。
しかしそれを過ぎると殆どソウルを感じる事なんてない。
愛もこれまでニンフィアのソウルに自我があるのかも忘れていた。
姫野琉生ちゃんのように頻繁に交信している例外的な子もいるが。


 「あ、琉生ちゃん! ちょっと失礼します!」

愛はすぐにスマートフォンを取り出した。
琉生に連絡を入れると、返事はすぐに帰ってきた。

真希
 「たく……心配させんじゃないわよ……」

真希は疲れた様子で近くの椅子に腰掛けると、バッグから菓子パンを取り出した。


 「真希ちゃんまたそんな栄養の偏った〜、ああ、琉生ちゃんですか!?」

琉生
 『愛先輩、どうしたんですか?』


 「琉生ちゃん、なにか身体……というより魂になにかありませんでした?」

琉生
 『え!? 愛先輩も……?』

まさかだった。
通話の向こうの琉生の反応は間違いなく、同じ物だった。


 「魂に痛みを?」

琉生
 『は、はい……オオタチが私の魂を傷つけたような……』

同じだ、ということは偶然ではない?
でもそれが何を意味しているかが二人には分からない。
真希は愛の言葉を聞きながら菓子パンをフルーツジュースで流し込み、思案した。

真希
 (魂に痛み? 一体なにが? ちょっと調べてみるか)

真希はデバイス入りの特製メガネに管理局の検索エンジンにアクセスし、同様の症状事例をピックアップする。

真希
 「なになに? ソウルが突然発露する際に痛みを感じる場合がある?」

ああ、そう言えば最初ビックリした気がすると真希は自分の初変身の時の事を思い出す。
でも、これは違うわね……と、検索を続ける。
一方で愛は琉生との通話を終えると「はぁ」とため息を吐いた。


 「こんなのどうすれば分かるんでしょう………」

真希
 「ま、これ食べて落ち着きなさいな、ポケモン少女なんて、現代科学では分からない事だらけでしょう?」


 「そうなんですよねぇ」

愛は真希が取り出した、メロンパンの袋を開けるとかぶりついた。


 「真希ちゃん、何度も言いますがもっと栄養バランスを考えたご飯をですね?」

真希
 「あー、聞きたくない聞きたくない!」

真希の偏食は今に始まった事ではないが口では一向に改める様子がない。
なのに真希はそのスタイルを崩さないのだから愛は恨めしくした。


 「良いですよねー、真希ちゃんはいくら食べても太らないし、腰もくびれて、おっぱいも立ってますもんねぇ?」

真希
 「え!? ちょ、愛まで堀みたいな事言う訳!?」

真希は顔を真っ赤にすると胸を両腕で覆って隠した。
愛はセクハラまではしてこないが、それでも子供っぽい自分のコンプレックスから鬱屈した思いがある事を真希も知っている。
兎に角このままではやぶ蛇だ。
真希は椅子から立ち上がると退散することにする。

真希
 「休憩終わり! それじゃ私行くわ!」


 「今度晩ごはんご馳走しますから、予定開けておいてくださいねー?」

真希
 「善処するわ!」

闘子
 「ただいまー、お? 真希、来てたのか?」

担任室を出る直前、真希は闘子と鉢合わせた。
普段は顔を合わせる度に喧嘩する二人だが、真希は適当に流して去って行った。

真希
 「あら闘子、お疲れ様ー♪」

闘子
 「……なんだありゃ?」

闘子には現場でなにがあったか分からないが、真希の様子がおかしい事は分かった。
一方で愛はというと、顎に手を当て珍しく真剣な顔をしている。
とはいえ小学生のようなあどけない顔で、そんな仕草をしてもやっぱり可愛さが買ってしまうのだが。


 「んー、あ、あの人ならもしかしたら?」



***



依乃里
 「……く?」

ロシアからの返信を保留した純、依乃里はそれを受け、オフィスでパソコンを前に仕事していると、頭痛を覚えた。
いや、頭痛? 違う……感じたのだ。

依乃里
 「ゲシュペンスト風情が……!」

それはゲシュペンストの視線だ。
ゲシュペンストはポケモン少女を危険視している。
ポケモンとゲシュペンスト、所詮は相容れない関係。
ゲシュペンストがなんなのか、依乃里でさえ知りはしない。
ただ突然ゲシュペンストはこの世界に現れ、破壊活動をした。
その理不尽に対して、依乃里が思う事は少ない。
依乃里にとってゲシュペンストはどうでもいい存在であり、所詮害獣に過ぎない。
一ノ瀬純に手出しをするなら容赦はしないが、それ意外なら依乃里の関心は殊の外薄いのだ。

冥子
 「はぁ、たく……最近ゲシュペンスト出現報告多すぎだろ」

依乃里が仕事をしていると、冥子が愚痴を言いながら依乃里の隣りに座った。
冥子も気がつけばこの仕事に慣れたものだが、日々局長のサポートに、全国の支部のオペレート、忙しさに忙殺されていた。

冥子
 「なぁ、神成、ゲシュペンストってなんなんだろうな?」

依乃里
 「そんなの知らないわよ」

冥子
 「侵略が目的なのか? それにしちゃ散発的だし、怨恨だとしても意図が分からない」

依乃里
 「怨恨? それならゲシュペンストこそ、ヒトの持つ怒りと恐怖を味わうのね!」

依乃里は珍しく息を荒げた。
冥子もその珍しい姿に思わず口笛を吹く。

冥子
 「なんだ、局長以外どうでもいいって感じかと思ったら、意外とゲシュペンストに恨みあるんだな」

依乃里
 「? そんな物無いわよ……局長が全て、局長が無事ならこの世界がどうなろうが知ったこっちゃないわ」

依乃里のその横暴な言い方には冥子も苦笑した。
どうして依乃里があの優男にこんなに入れ込むのか冥子には分からないが、それが女という物なのかも知れない。

冥子
 「たく……しおらしくしてるかと思ったら、結局いつもの傍若無人に逆戻りか」

依乃里
 「ふん! 貴方も喋ってないでさっさと仕事を終わらせなさい!」

冥子
 「へいへい、馬車馬のように働きますよー」

依乃里と冥子は目の前の仕事を熟していく。
日々全国の支部から集められる情報、苦情や相談など膨大な数に昇り、さらに協賛企業や国家そのものからの要請だの、二人が管理する情報は多岐に渡る。
これを恐るべきスピードで、しかも顔色一つ変えず熟していく依乃里は間違いなくスペシャリストだ。
冥子も少しずつ慣れてきたが、まだまだ依乃里には勝てない。

冥子
 「なぁ、神成」

依乃里
 「なに?」

冥子
 「ゲシュペンストってポケモン少女の近くに出現しやすいよな?」

依乃里
 「そうね、分析ではポケモン少女を危険視しているって言われてるわね」

冥子
 「それが原因じゃね?」

依乃里
 「え?」

冥子の発想はこうだ。
ゲシュペンストが現れるのは、ポケモン少女がいるからだ。
逆に言えばポケモン少女がいなければ、ゲシュペンストも現れなかったんじゃないか、というもの。
しかしそれを聞いて依乃里はしばし黙考する。

依乃里
 「……仮にそうだとしても、解決策はないわね」

冥子
 「まぁ、そうだよな……人類がソウルを制御するのはまだ遠い未来だろうしなぁ」

仮にポケモンのソウルを根絶すれば、ゲシュペンスト被害も無くなるかも知れない。
しかし、ゲシュペンストはやはり分からないのだ。
かつてポケモンの世界をゲシュペンストは襲撃し、そして滅ぼしたと言われる。
ポケモンのソウルがゲシュペンストを憎み、力を与えるのは、世界を滅ぼした怨恨だと考えられている。
しかし、ソウルと対話する方法も確立していない状態では真相も分からない。
ただ、ポケモン少女とゲシュペンストの出現は同時期だ。
何らかの因果関係はある筈なのだ。

依乃里
 「っ? 連絡?」

突然依乃里のスマートフォンが鳴り出した。
冥子は目を細めて、メガネの奥からそのスマホを見る。

冥子
 (かなり年季の入ったスマホだよな、アレ多分ソウルリンクスマホじゃないんじゃねぇか?)

依乃里
 「もしもし愛? どうしたの?」

それは愛からの連絡だった。
魂の痛み、依乃里なら分かるんじゃないかと、愛は直接連絡をとったのだ。


 『あの、先程私と琉生ちゃんが、魂に痛みを感じたんです、これどんな意味があるのか分かるでしょうか?』

依乃里
 「? 貴方、それを感じたの?」


 『はい……本当に不思議なんですけど』

依乃里
 「……そう。残炎だけど私が言える事はなにもないわ、こっちも忙しいの、他に用がないなら切るわよ」

依乃里はそう言うと通話を切った。
そしてすぐに彼女は立ち上がる。

依乃里
 「愛が……そう」

冥子
 「?」

依乃里は少しだけ悲しそうに呟くと、局長室に向かった。

依乃里
 「失礼します、局長」

局長はいつものように優しく微笑むと依乃里を迎え入れた。


 「どうしたの依乃里ちゃん?」

依乃里
 「関東支部友井愛についてなのですが」

依乃里がその名前を出した時、純は少しだけ真剣な顔をした。


 「悪いニュース?」

依乃里
 「まだ分かりません、しかし寿命の可能性も」

冥子
 (寿命だ?)

純と依乃里の会話、冥子はそれを仕事をしながらメガネのホックに付けられたスピーカーから傍受していた。
依乃里の知覚能力だと、ロトムの力で傍受したり、安直に扉の前で聞き耳を立てるのはリスクが伴う。
最も安直だが、冥子は局長室に盗聴器を仕掛けていたのだ。


 「おかしい、だとしても早過ぎる」

依乃里
 「はい、偶然敏感になっていた可能性の方が高いと思われますが、最悪の事態は考えないといけないかと」


 「……友井愛ちゃん、か」

純は俯いた。
全てのポケモン少女を愛すると誓った一ノ瀬純にとって、それは掛け替えのない大切な物だ。


 「うん! 依乃里ちゃん、出掛けるよ!」

依乃里
 「は? どこへでしょうか?」


 「関東支部!」

時は少しずつ進んでいく。
少女が少女でいられる時間は大人からすればあまりに短い。
そのポケモン少女達の青春はあまりにも過酷で切ない。
純は考える、そんな人生を人理の為に捧げなければならないポケモン少女達に何をしなければならないのか。
ポケモン少女の全ての決定を出来る男が今動き出す。



ポケモンヒロインガールズ

第38話 魂の異変

続く……。

KaZuKiNa ( 2021/05/29(土) 12:50 )