第37話 運動会、閉幕
第37話 運動会、閉幕
全国のポケモン少女たちが一同に集まり、破天荒な競技の数々を熟してきた運動会も夕日と共に終わりを迎えていた。
観客席を埋め尽くす観客達の前で、今閉会式は終わったのだ。
そして、それを遠目に見て満足げに手を叩く男がいた。
純
「うんうん♪ やっぱりスポーツはいいねぇ!」
ポケモン少女管理局局長の一ノ瀬純だ。
純の隣ではユクシー少女の神成依乃里とロトム少女の銀河冥子が佇む。
冥子
「そっすかー? それなら音楽祭のほうが良いっすよー?」
依乃里
「アナタね……運動会は名目、本当の目的はポケモン少女達の適正検査でしょう?」
普段一同に介して全国のポケモン少女の実力を測るなど出来はしない。
数多くの競技は観客を楽しませつつ、ポケモン少女の能力検査なのだ。
純
「うん、とりあえず今年はどうかな?」
依乃里
「2年生は順調に成長しています、ですがまだ1年生には青さが見える子も」
依乃里はタブレットPCを掲げながら、各員の評価を述べていく。
関西支部
円寿摩耶・キュウコン少女
ファイトB スピードB タフネスC
インテリA アビリティA
やや自意識過剰だが、ほぼ全てにおいて安定して高い水準を誇る。
総合的には3年生にも迫り、今年度最優秀ポケモン少女の一人。
志島翠・カポエラー少女
ファイトA スピードC タフネスB
インテリC アビリティE
闘争本能は強く、負けん気の強さは有用。
対ポケモン少女でも、対ゲシュペンストでも有効であろう。
小金杉菜・ヤンヤンマ少女
ファイトC スピードA タフネスD
インテリD アビリティC
今年度決して目立った存在ではないが、特に不評点もなく、一年生としては上出来。
今はまだ才能開花前か。
鹿嶋綾女・メブキジカ少女
ファイトD スピードA タフネスD
インテリC アビリティB
本年度最優秀1年生の一人、既に部分的には2年生に匹敵している。
しかし性格面に難があり、対ゲシュペンストにおいて不安が残る。
浅葱美鈴・カクレオン少女
ファイトE スピードD タフネスB
インテリE アビリティA
本年度最も評価の別れる1年生だろう。
性格面に大きすぎる難点を抱えるが、唯一無二性もあり、今年度における評価は良とする。
北海道支部
新堂深雪・バリコオル少女
ファイトD スピードD タフネスC
インテリA アビリティA
やや意識が低く、ポケモン少女としての適正には疑問が残る。
しかし才能は決して低くなく、今年度2年生の中で特に見劣る部分はない。
赤星花菜・ドラピオン少女
ファイトB スピードC タフネスC
インテリB アビリティC
性格実力共に良好。
まだまだ詰めの甘い部分もあるが、順当に2年生といった所。
縁美代・ムウマージ少女
ファイトD スピードB タフネスD
インテリC アビリティB
本年度目覚ましい成長を遂げた最優秀の一人。
不安の残る部分がない訳ではないが、既に器は完成しつつある。
標渚・エレキブル少女
ファイトC スピードC タフネスC
インテリD アビリティC
本年度の中では残念ながら結果が伴わず、評価も低く終わった。
これからの教育次第だろう。
黒江鉄子・ドサイドン少女
ファイトB スピードE タフネスA
インテリD アビリティD
課題はまだまだ多いが、やる気才気共に溢れる。
結果は伴わなかったが、今後に期待できる。
九州支部
海代琉夏・ミロカロス少女
ファイトB スピードD タフネスA
インテリA アビリティC
高い意識と実力を両立、本年度においては運悪くの場面も多かったが、実力ではむしろ勝る部分も置く、優良の一人。
鬼嶋恵流・マルノーム少女
ファイトC スピードD タフネスB
インテリB アビリティB
本年度その才能は徐々に開花してきている。
安定した成績も裏付けられており、今後に期待が持てる。
朝比奈寧・リザードン少女
ファイトB スピードB タフネスD
インテリD アビリティC
高い水準を誇る一年生、しかしまだまだ精神的に幼く、足を引っ張るポイントにもなるだろうか。
上昇志向は強く、育成期間を経れば見込みは大きいだろう。
祭翔子・バシャーモ少女
ファイトA スピードA タフネスE
インテリD アビリティD
バトルステータスにおいては本年度1年生の中では抜きん出た所があるが、些か甘い部分もある。
精神的な面を磨けば、開花するかもしれない。
琴紀桃香・ルンパッパ少女
ファイトD スピードC タフネスC
インテリC アビリティC
九州支部の中では些か目立たない成績だが、決して1年生の中で特段悪い訳でもない。
全体的にフィジカル思考の強い九州支部では、不可欠な存在と言えるだろう。
関東支部
吉野鈴・ユキノオー少女
ファイトC スピードD タフネスB
インテリB アビリティA
関東支部の中では突出した部分が少なく苦戦を余儀なくされたが、しかし精神面では本年度の2年生の中でも突出しており、半ば完成されているとも言える。
砂皿由紀・サンドパン少女
ファイトA スピードC タフネスB
インテリC アビリティB
白兵戦関係において、本年度最強格の一人。
高い次元でフィジカルを完成させており、逆に言えばを今後の伸びしろは余り少ないかもしれない。
霧島ミア・ブロスター少女
ファイトD スピードE タフネスB
インテリA アビリティB
総合評価において、決して優秀なタイプではない。
しかし結果は逆を示し、典型的な能力が結果に直結する訳ではない恒例となった、本年度最優秀の一人。
七海桜・シロデスナ少女
ファイトE スピードD タフネスA
インテリB アビリティA
個人成績はあまり振るわないタイプだが、団体戦で強い力を発揮するタイプ。
今はまだ、連携力も甘いようだが、今後に期待される。
宝城明日香・ゴローニャ少女
ファイトB スピードE タフネスA
インテリD アビリティB
運動系において高いパフォーマンスを持ちながら、極端な能力を持つ。
未だ成長途上であり、その伸び率は本年度でも最も高い部類に入るだろう。
東堂アリア・ゴチルゼル少女
ファイトD スピードD タフネスC
インテリA アビリティA
運動系はかなり成績が悪いが、統率力や状況判断能力には突出した部分もあり、団体戦では高いパフォーマンスを発揮。
成長率は未だ開花を見せない。
姫野琉生・オオタチ少女
ファイトB スピードA タフネスB
インテリC アビリティE
本年度異端の最優秀、フィジカルと精神いずれも1年生離れしているが、同時に危ぶまれる部分も多く、その運用は極めて不安定。
要監視対象。
江道夢生・エアームド少女
ファイトC スピードA タフネスB
インテリE アビリティD
安定した能力を持つが、精神面が極めて不安定。
ある意味で完成された能力を持つが、今後大成する可能性もある。
古代燈・ウルガモス少女
ファイトC スピードB タフネスC
インテリD アビリティB
才覚溢れる能力値の持ち主、精神的に未熟で自己決定力に薄い。
しかしその才能はまだ成長途中であり、今後に強く期待出来るだろう。
八神悠那・サザンドラ少女
ファイトB スピードB タフネスB
インテリA アビリティB
全てにおいて年齢に相応しくない能力を持つ。
プライドの高さは逆説的には、臆する事なくゲシュペンスト戦でも運用出来る。
要監視対象。
米露連合
アメリカ班
コリーンノエル・デンチュラ少女
ファイトC スピードB タフネスC
インテリB アビリティB
アメリカ西海岸代表、冷静沈着で、確実性の高い作戦を立案出来る。
日本のポケモン少女よりも、同世代では完成度が高く、抜きん出ている。
リリィマクガイヤー・スワンナ少女
ファイトC スピードA タフネスD
インテリB アビリティC
アメリカ東海岸代表、陽気で物怖じしない性格。
本大会において高いパフォーマンスを常に発揮し、最優秀の一人。
ロシア班
ナターシャアルスキー・ツンベアー少女
ファイトB スピードC タフネスC
インテリA アビリティD
ロシア代表、物静かで口数が少ない。
しかしロシア班の練度は高く、安定した成績を残している。
ウラジミールシェンコ・セキタンザン少女
ファイトC スピードC タフネスB
インテリC アビリティC
物静かだが勇敢、他のロシア班同様練度が高く、良好な結果を残した。
ルフィナバザロフ・カラマネロ少女
ファイトE スピードD タフネスC
インテリB アビリティA
ロシア班の中ではフィジカルに恵まれない。
しかしブレーンとして重要な役割を果たした。
依乃里
「……以上報告終わります」
冥子
「よくまぁ、一人で纏めたなぁ」
依乃里は純の前で淡々とした口調で発表報告をすると、純はパチパチと手を叩いた。
純
「ふたりともお疲れ様、冥子ちゃんはもう上がっていいよ」
冥子
「ラッキー♪ それじゃ、お先に失礼しまーす♪」
冥子は仕事が終わると嬉しそうに出て行った。
純は手を振って冥子を見送ると、改めて依乃里を見た。
純
「やっぱり姫野ちゃんやばい?」
依乃里
「なんとも……ただ寿命は確実に削っていますね」
その言葉を聞いて、純は暗い顔をした。
純はポケモン少女管理局の局長として全てのポケモン少女を護らなければならない。
だが、依乃里の無慈悲に淡々とした抑揚のない言葉は純に深く突き刺さる。
依乃里
「局長、ポケモン少女は『使い捨て』です、割り切ってください」
純
「出来ればそういう扱いはしたくないのにな……」
依乃里
「……心中はご察しします、ですが今日までこの世界が続いているのは……」
純
「分かってる、だから恭介に批難されるんだろうな」
依乃里
「……あの方は甘いんです、優しさで世界は救えません」
二人は重苦しい顔だった。
ただ夕焼けに染まる関東学園支部の校舎から競技場を覗く。
その外、帰ったはずの少女が聞き耳を立てているとは知らずに。
冥子
(ち……使い捨て、ね……だろうな、とは思っていたが)
冥子はどうしても知りたい事があった。
それはこの世界の真実だ。
何故冥子は悠那達と結託し、反乱を起こしたのか。
神成依乃里と一ノ瀬純はその鍵だ。
しかし、どうしても今ひとつ真相にはたどり着かない。
冥子
(局長が悪党になれるタイプじゃないってのは分かるけど……なんで隠すんだ? 真相はどこにある?)
***
同日同時刻、ニューヨーク。
女教官
「終わったか」
日本で行われたポケモン少女たちの祭典は生放送で日本の反対側のニューヨークにまで届いていた。
ここ
ポケモン少女管理局ニューヨーク支部、日本的に言えばポケモン少女学園に相当する場所だ。
今回この支部を代表して日本に行ったリリィ・マクガイヤーのホームグラウンドである。
女教官
「リリィの奴、帰ってきたら褒めてやらんとな……」
女教官の名はイザベラ、ポケモン少女ではない。
純然とした人間であり元FBIの捜査官だった女だ。
イザベラ
「それで、リリィとマリーはいつ帰ってくる?」
普段怒り顔の似合う強面女教官も今日ばかりは明るい。
しかし、それとは裏腹に居残りさせられたリリィの同僚達は暗い顔で。
ピンク髪の女の子
「そ、その……オタク文化を味わうまでは帰れまセーンと連絡が……」
ピキ。
まだ未熟なポケモン少女たちはその音に顔を青くした。
イザベラ
「あの、アホどもー!!?」
イザベラ教官の怒声に心の弱いポケモン少女は泣いてしまう。
ついでという風に同僚に送られたメールには「ゴメンね♪」と絵文字入りで入っている始末。
ゴゴゴ……。
イザベラ
「む? 地震か……最近多いな?」
地震、しかしここはニューヨークだ。
西海岸ならともかく、このニューヨークで地震など殆ど起きるはずもない。
ではなにか?
ポケモン少女の持つソウルリンクスマートフォンには地震速報は無い。
***
明日香
「はぁ〜疲れた〜!」
閉会式も終わり、寮に帰るとみんなヘトヘトだった。
明日香はリビングで上着を脱ぐと、流石に悠那が釘を刺す。
悠那
「こら、部屋で着替えなさい!」
明日香
「んなこと言ったって、汗かいて気持ち悪いんだよ〜、どうせすぐシャワー浴びに行くんだしさ?」
悠那
「そんなこと言ったら私なんて塗料浴びたのよ? たまったもんじゃない」
夢生
「遠征組ってもう帰ったビュン?」
アリア
「そのはずですね、関西支部の人達は日帰りで新幹線で帰ったはずですよ、北海道支部や九州支部は今は空港ですかね?」
燈
「アメリカの人やロシアの人はもっと大変だね」
その通りだろう。
地元に住む1年生達でもこれほど疲れているのだ。
年頃の乙女たちにとって、汗など許せる筈もない。
琉生
「終わったんだね」
アリア
「琉生さんでも感慨深い?」
琉生
「……うん、みんな個性爆発してて疲れたけど」
***
佳奈美
「打ち上げやー!」
関東ポケモン少女学園のとある一室には、少し特殊な人間たちが集まっていた。
マリス
「あらあら、佳奈美さん元気ですねー」
麗花
「お菓子と飲み物、好きにとってくれ」
愛
「あはは〜、賑やかですね〜」
そこに集まっていたのは各学園の3年生達だった。
関西支部の堀佳奈美、北海道支部の野守瀬マリス、九州支部の出本麗花、そして関東支部の友井愛と剛力闘子だった。
闘子
「とりあえずお疲れ」
マリス
「はーい、お疲れ様ですー」
麗花が適当に見繕ってきた大量の飲食物から適当に飲み物を選ぶと、軽い宴会が始まった。
愛
「それにしてもこのメンバーが一堂に介するのも今年で最後ですかねー?」
この個性的な3年生達、その付き合いは1年生の頃から始まった。
出本麗花は元ポケモンバトル、リアルファイト部門ランキング1位であり、今でこそ後進の育成に専念するため引退したが、かつては闘子と何度も頂上決戦をした間柄だ。
マリスは愛やこの場にはいない藤原真希と何度も時に戦い、共闘してきた。
佳奈美は既に説明する事もないだろう、この場を提案したのも佳奈美だった。
マリス
「そうですねー、愛さんはもう来年には本部異動でしょうか?」
愛
「どうでしょうねー? 佳奈美ちゃんはわかります?」
佳奈美
「そんな先のこと考えられるかい! 特にウチら教導部はな!」
「うんうん」と頷いたのは麗花だった。
この中でも一際美人の麗花だが、その内面を知る者は少ない。
買ってきたお菓子の袋を開けるとポリポリと食べ始める。
闘子
「麗花、相変わらず食うな……」
麗花
「ん? 皆は食べないのか? あ、もしかして少なかったか?」
マリス
「出本さん、一般人を出本さんと一緒にしないでください」
愛
「あ、アハハ〜、麗花ちゃんはよく食べますからねー?」
麗花は女性でも見惚れる美しいさがあるが、その中身は自堕落で天然大食いと、ギャップが激しい。
大きなテーブルに広げられたお菓子の数は愛なら10人いても食いきれないだろうが、麗花なら1人で食べかねない。
麗花
「むー、皆遠慮する必要はないのに」
闘子
「いや、多少はともかく、お前これじゃ晩飯になるぞ?」
麗花
「晩飯? 馬鹿な」
マリス
「改めて出本さんの基準はやっぱりおかしいですねー」
マリスはバッサリそう切り捨てると、麗花はシュンとして、次のお菓子を口に突っ込む。
突っ込まれたのは黒い稲妻だった。
闘子
「しょんぼりしながら食うのかよ!?」
麗花
「故郷の味……今じゃ全国で食べられて嬉しい……」
愛
「本社東京ですけどねー」
麗花と違い、線が細く肌の白い少女マリスはクスクスと笑っていた。
マリスは性格で言えば真希に近い。
感情表現が少し苦手な所があるが、愛には心を開いていた。
マリス
「愛ちゃん、相変わらずちっちゃくて可愛いですねー」
愛
「ふんが!? ちっちゃくありませーん! 皆がデカイだけでーす!」
佳奈美
「嘘つけや! お前この3年身長伸びたんか!?」
愛
「はうあ!?」
痛い所を突かれた。
喜怒哀楽の激しい愛はコロコロと表情を変えていく。
マリスはそれが微笑ましく静かに笑った。
身長で見ればマリスも小さい方だ、それでも少しずつ成長している。
初めての頃は愛と同じくらいだったが、今では1等身は大きくなった。
佳奈美
「チビといえばきららはこれへんの?」
愛
「プンスカプーン! 誰が豆粒ドチビですかー!?」
フンガー、と顔を真っ赤にして激怒する愛。
闘子はそんな愛を「誰もそんな事言ってないから」と宥めるが、等のきららは……。
***
サーリャ
「わざわざ見送りか?」
空港にはロシア班が荷物を纏めていた。
星野きららは旧知の仲であるサーリャ・カカーポポフに会いに来た。
きらら
「日帰り?」
サーリャ
「ヤーパンで温泉にでも浸かりながらゆっくりしたいのは事実だが、我々は軍属なのでな……」
サーリャ達はこのままモスクワへ向かう事になる。
本来ならロシア班が今回の運動会に参加するのは不可能だった。
サーリャがロシア班に同行して日本にやってきたのは、高度に政治的な理由がある。
きらら
「送っていこうか?」
サーリャ
「嬉しい相談だが、それではチケットが無駄になる」
それ以前に国境を無断で跨ぐ事になるのだが、しかしサーリャは心のなかで笑うだけで、口にはしなかった。
サーリャ
「まぁあれだ? ヤーパンは我々ロシア人には些か居心地が良すぎる、シベリアの過酷さがないと、現地の兵士がヘタれるのでな」
サーリャはそう言うと、出発待ちでリラックスしているロシア班の3人を見た。
終始無言でサイボーグじみたシェンコはともかく、ナターシャなどは既にゲーム機に夢中の始末。
サーリャの視線に気づいたルフィナはまずいとナターシャの肩を揺さぶった。
ナターシャ
「むう〜、邪魔しないで、ハイスコアまでもうちょっと」
ナターシャが遊んでいるの最新のゲーム機だったが、中身はテ○リスの様子だった。
凄いスピードで降ってくるミノを凄まじい反応速度で操るナターシャの集中力は並ではなかった。
サーリャ
「はぁ、な? だらけるんだ」
サーリャはため息をつくと、きららに同意を求めた。
きらら
「大変だね」
サーリャ
「そりゃまぁ、戦うってのはそういう事だからな」
極度に集中力を発揮し、頭の回転が速く天才気質のナターシャでも、サイボーグのように無口無表情で命令に忠実なシェンコでも、ダウナーでおとなしいルフィナでも、彼女たちはロシア軍の一員だ。
きららも事情は知っているが、本来なら14〜5歳の少女が背負うには過酷な現実だった。
サーリャ
「一ついいこと教えてやる、ロシアの上層部はな? 日本のポケモン少女に強い興味を持っている」
きらら
「私に?」
サーリャ
「後は姫野琉生」
きらら
「っ!?」
きららは珍しく表情を変えた。
サーリャは「クク」と皮肉げに笑うと。
サーリャ
「今のは忘れろ、私も姫野琉生に関しては上層部に報告する気はない」
きらら
「琉生ちゃんに何かする気なら……!」
サーリャ
「はは、第二次日露戦争を起こす気はないさ」
きららに常識は通用しない、戦車でもミサイルでもパルキアの力を持つきららには通用しない。
だからこそロシアは危惧するのだ、日本のポケモン少女は国防に関わると。
仮にきららを敵に回せば、サーリャは命がけできららと戦うだろうが、ロシアは負けるだろう。
それが分からない程サーリャもロシアも馬鹿ではない。
だが、微笑を浮かべながらサーリャは鋭い眼光を背中に向けると、きららに身を寄せ。
サーリャ
「気をつけろよ? アメリカも狙っているぞ?」
きらら
「アメリカが?」
サーリャの視線の先、ビジネスマンがソファーに座りながら新聞を広げていた。
白人のブロンド髪の男性だった。
サーリャ
「アメリカの諜報官だ、ロシアの動きを監視している」
きらら
「なぜ?」
サーリャ
「アメリカにしたら気に入らんのさ、我々とヤーパンのポケモン少女が仲良くなるのが」
きららは政情には興味がなかった。
しかし一方でロシアとアメリカのポケモン少女達は嫌が応にも政情が絡んでくる。
サーリャ
「ま、日本は今や特異点だからな」
きらら
「特異点……」
アナウンス
『東京発、モスクワ便準備が整いました。ご搭乗の方は……』
サーリャはきららから離れると、ロシア班に声をかけた。
サーリャ
「お前達! 行くぞ! 遅れたら何が起きるか、わかっているだろうな!?」
シェンコ
「は!」
ルフィナ
「ほ、ほら! 行くよナターシャさん! 荷物持って」
ナターシャ
「う〜」
ルフィナは慌ててナターシャの肩を引っ張ると、ナターシャは不満げに荷物を持った。
サーリャは最後にきららを見ると。
サーリャ
「また会おう! ヤーパンの英雄!」
***
摩耶
「はぁ〜、疲れたぁ」
新幹線の中で疲れた様子で備え付きのソファーにもたれ掛かるのは関西学園のポケモン少女達だ。
彼女達を引率する堀佳奈美の姿は無いが、それを心配する様子もなく、彼女たちはそれぞれ寛いでいる。
綾女
「美鈴ちゃん、よく頑張ったね」
美鈴
「え、えへへ……う、ウチ、ホンマに良かった?」
美鈴はそう言うと頬を真っ赤にして照れ臭そうに笑った。
今大会でも一番評価の悪かった美鈴だったが、それが結果に繋がる訳ではないという好例となった。
それには摩耶も納得し。
摩耶
「ああ、美鈴……アンさんはもっと自信もちぃ、そうすればアンさんの周りの目も変わります」
美鈴
「摩耶先輩……! う、うん! ウチ、ヘタレやけど、これからも頑張るっ!」
美鈴は感極まって泣いてしまった。
隣に座る綾女は「よしよし」とあやすが、泣き虫の美鈴は中々泣き止まなかった。
摩耶にとって、今回の大会は色々と1年生の見方が変わった事だろう。
杉菜
「痛た〜、身体全身痛い、志島先輩は大丈夫です?」
そう言って全身筋肉痛のように顔を歪めた杉菜は翠を見るが、翠は顔色一つ変えない。
翠
「問題ない」
摩耶
「嘘つけや! お前メンタルボロボロやろがっ!」
翠
「問題ない……!」
翠は身体を震えさせ、そう言った。
だが余りにも怖いその雰囲気だけで、何があったか1年生達も把握する。
この不器用すぎる先輩は正面衝突、それも小細工無用で姫野琉生に負けた事は深刻だった。
翠
(……負けた分だけ、強くなればいい……シンプルだ! そしていつか姫野琉生も砂皿由紀も、剛力闘子にも!)
翠はそう心の中で誓い、闘気を溢れさせた。
綾女はそんな翠を見て、苦笑いを浮かべる。
ふと綾女は窓を見た。
まだ新幹線は発車前だ。
綾女
(姫野さん……格好良かったなぁ)
今回、綾女にはある恋心が生まれた。
ゲシュペンストγに襲われたあの時、生きた心地のしなかった綾女を颯爽と救い出した琉生は、綾女にとって王子様だった。
あの一件から琉生の見え方は大きく変わり、今も琉生がホームに現れないか期待してしまうのだ。
勿論琉生が現れる筈などないのだが、もはや乙女と化した綾女の妄想を止める事など出来ない。
まぁそれを暴露した所で誰にも共感されないし、当の琉生を困惑させるだけなので、それを理解している綾女は口にしないが。
綾女
「ふふ♪」
杉菜
「うん? 綾女どうしたの?」
綾女
「なんもあらへんよ♪ ただ、楽しくなっただけ♪」
美鈴
「ふええ?」
***
琉夏
「全員いるな?」
九州学園は空港に集まっていた。
空港と言ってもロシア組とは違う空港だが、琉夏は厳格にポケモン少女達を指揮している。
恵流
「大丈夫、先輩だけいないけど」
琉夏
「出本先輩は、まだやるべき事があるのだ! 私達は然るべき態度で……!」
翔子
「あーあ、また始まったよ、海代先輩の話長いんだよな〜」
桃香
「しっ! 聞こえちゃうよ!」
琉夏は出本麗花の信望者だ。
麗花の格好良い部分に強く憧れた結果、神格化してしまった残念な少女なのだ。
これには麗花も困っているのだが、麗花もあまり強く言えるタイプではないため、深刻化したのだ。
しかしそれは九州学園のポケモン少女達には周知の事実。
ただ生暖かい目で見るだけだ。
寧
「はぁ……」
一方で琉夏の御高説を馬の耳に念仏というように、聞き流したのは寧だった。
寧は今回の大会で自分の至らなさを思い知った。
寧
(ゴローニャ少女、確か宝城明日香って言ったっけ……)
寧はポケモンバトルが好きだ。
幸い九州支部は武闘派が多い事も寧にとってはプラスであり、出本麗花や海代琉夏に師事し、力を付けてきたつもりだった。
だが、ゲシュペンストとの遭遇戦、寧は思い知った。
まだゲシュペンストへの恐怖の抜けない寧は、満足に戦うことも出来なかった。
それに対して明日香は勇敢で冷静だった。
もっと速く彼女の言葉に応えていられたら、余計な危険も生まなかった筈。
幸運にもロシアのポケモン少女に助けられたから良かったものの、ようは幸運に助けられただけだ。
団体戦では、ポケモン少女相手ならと勇んだら、尽く結果はチームの状況を悪化させた。
先輩達は寧を責めなかったが、寧は全国レベルのポケモン少女の実力を思い知った。
質実剛健を地で行く剛力闘子、あまりにも同年離れした実力を持つ八神悠那と姫野琉生。
それ以外にも鹿嶋綾女や、黒江鉄子、リリィ・マクガイヤー、ナターシャ・アルスキー……強豪はいくらでもいた。
寧
(私はまだまだ井の中の蛙なんだ……)
琉夏
「ん? 朝比奈、聞いていたのか?」
寧
「海代先輩! 帰ったらもっと扱いてくださいっ! 私もっと強く……!」
琉夏
「ん!? そうか! なら向こうに着き次第、ガシガシ行くぞ!」
恵流
「暑苦しいなぁ〜、向こうに着いたらもう深夜だよ〜?」
しかし恵流の現実的な忠告も、熱血二人組の耳には届かない。
ただ熱い、九州学園のポケモン少女達は熱かった。
***
美代
「すぅ、すぅ」
北海道学園の生徒はひと足お先の便で、空の旅に入っていた。
よほど疲れていたのか、縁美代は静かに寝息を立て、道産子ポケモン少女達の声は少ない。
深雪
「いやぁ、大変だったねー」
花菜
「お前を見ているとそうは見えんな」
2年生達はそんな談笑をしているが、新堂深雪は通称頑張らない女だと言われている。
まぁ実際深雪は本当に頑張らない、いつも6割の力しか出さず、私生活の殆どを同僚の花菜に任せっきりという駄目女っぷりを持つ。
しかし抜け目ない性格や、いざという時細部まで目が行き、勝利の方程式を導く力があるのを花菜は知っている。
深雪
「いやいや、ボク今回はチョー頑張りましたよ? もう1年分は働いたかなー?」
花菜
「ふん、どうだかな?」
深雪
「あー、かなっち、信用してないなー? もうかなっち程じゃないかもしれないけど、ボクは今回結構本気だったんだよー?」
花菜
「普段から殊勝な態度であればな……」
そんな二人の会話聞いて、ヒソヒソと話すのは1年生の標渚と黒江鉄子だった。
渚
「赤星先輩やっぱり格好良いなぁ、大人の女性だよねぇ」
鉄子
「いやいや、新堂先輩のミステリアスさも魅力的だと思うよー?」
渚
「赤星先輩だよ、だっていつだって冷徹鋭利、新堂先輩をいつでも支えてくれる!」
鉄子
「新堂先輩! 普段のオンオフのギャップがあって素敵!」
深雪
「二人共ー、静かにねー?」
花菜
「周りに迷惑だ」
渚
「っ!?!?!? は、はひ」
鉄子
「す、すみません……!」
先輩論議に白熱し始める二人を諌めたのは、その先輩達だった。
二人は顔を真っ赤にしながら縮こまった。
そんな姿を縁知らぬ美代は気持ちいい夢でも見ているのか「フフフ」と微笑んでいた。
美代
「フフ……古代、さん……楽しい、ね……」
***
リリィ
「フフ! マリー先輩、明日楽しみデスネー!」
マリー
「リリィ! 日本に来れるチャンスは中々無いのよ! しっかりコースの確認よ!?」
リリィとマリーのアメリカ組は母国へ帰る便には乗らず、格安ホテルに宿泊すると、ベッドの上で目をキラキラさせながらガイドブックを見ていた。
同チームにいたコリーンは、この二人の暴挙にキレて一人アメリカに帰って行ったが、二人はどこ吹く風。
彼女たちの上司イザベラもお怒りだが、それは頭の隅に追いやった。
リリィ
「メイド喫茶は欠かせませんねー!」
マリー
「アニメ! ジャパニーズフィクション!」
この二人の陽気なアメリカンはノリノリだ。
運動会も終わり、疲れている筈なのに明日には早速観光しようと言うのだ。
これをサーリャが見れば「何をやっているのだ?」と頭を抱えられるだろうが、ここには小言を言う上司もいないのだ。
二人の暴挙を止められる者などいるはずがない。
***
琉生
「オオタチさん……お疲れ様」
琉生は寝床に着くと、ソウルに優しく声をかけた。
今はオオタチのソウルは感じられないが、それでも構わない。
琉生は今回の運動会で少しだけ成長できた気がした。
勿論そんなすぐに強くなれたと思わないが、少しだけ琉生をポジティブにしてくれる。
琉生
「おやすみなさい、オオタチさん」
ポケモンヒロインガールズ
第37話 運動会、閉幕
続く……。