第36話 フラッグ・バトル 後編
第36話 フラッグ・バトル 後編
実況
「さぁ! 残り時間30分! 九州支部が脱落したが、勝負はここからだぞ!?」
実況が煽る中、その放送を聞きながらユキノオー少女の吉野鈴は焦りを募っていた。
関西支部キュウコン少女円寿摩耶の策略に嵌り、陽動を受けて見事に出し抜かれた。
屈辱的であり、そして自分の至らなさに唇を噛む。
しかし、鈴はそれでも挫けなかった。
鈴
「よーし! 反撃開始、いっくよー♪」
鈴はアイドルっぽくポーズを取ると、仲間たちを鼓舞する。
そして逃走を図る関西支部を追撃するのだ。
綾女
「追ってきますよ!?」
翠
「私にやらせろ!」
摩耶は状況を整理した。
今勝っているのは自分達だ、しかし一方でカクレオン少女の浅葱美鈴とヤンヤンマ少女の小金杉菜の二人がいない。
美鈴は元より、杉菜も周囲の警戒に当てた摩耶の本隊は今戦力不足に陥っている。
元より摩耶にとっては計算通りだが、どうやって関東支部をかわすか?
ドォン!
突然、逃げる摩耶の眼の前で水の砲弾が着弾し、炸裂した。
摩耶は身を捩り、肝を冷やした。
霧島ミアの砲撃、水の波動だ。
当たれば一溜まりもない。
摩耶
(森の中や、狙いなんか絶対につかん……そうやろ?)
森は薄暗く狭い、頭上は木々が覆い、ドローンの風切り音だけが聞こえている。
この状態で遠距離攻撃なぞ当たるはずが無いのが道理……の筈だが。
アリア
「角度、右に3度ほど補正してください」
ミア
「分かった!」
摩耶はゴチルゼル少女の東堂アリアの力を見誤っていた。
特に同じエスパータイプの堀佳奈美が側にいた事は、余計にその主観をズレさせるには充分だった。
一見ラティアス少女の堀佳奈美のエスパーの力は万能に見える。
シンプルな念動力、未来予知、第六感まで含めて高次元だ。
しかしゴチルゼル少女のアリアの専門は未来予知だ、その一点に特化した能力は誰よりも高い!
ミア
「当たれ!」
ドォン!
砲撃が弧を描く。
進撃する鈴達の頭上を飛び越え、巨大な水球が、暗い森の中にキラリと光を差した!
ズガァン!
摩耶
「きゃっ!?」
摩耶は間近でその砲弾を浴びてしまう!
直撃こそしなかったが、一発目より正確な射撃が摩耶を襲い、吹き飛ばしたのだ!
綾女
「先輩!」
摩耶
「う、く、う?」
摩耶はヨロヨロと立ち上がろうとするが、その足は覚束なかった。
水の波動は混乱させる効果がある、摩耶は頭が何度も揺らされ、意識が混濁している状態だった。
綾女
「志島先輩! 大変です! 円寿先輩が!?」
翠
「チッ!? それ見たものか! 盤上で決着を考えるからだ!」
翠はそうやって悪態を晒すと、足を止めて後ろを振り返った。
綾女
「志島先輩!?」
翠
「お前は摩耶を連れて予定通りいけ! 小金と合流も忘れるな!」
綾女は翠と摩耶を見た。
摩耶が復帰するにはまだ掛かる。
それよりも足を止めていたら、次こそ砲弾の直撃を受けてアウトだ。
しかし、摩耶の作戦には翠が不可欠だ。
米露連合に切り込みをかけて、関東支部に巻き込んだ乱戦に持ち込む
作戦だった。
翠
「戦略に長けて、現場の戦術を信用しないからそうなる……!」
翠は構えた、砲撃が翠を襲う。
しかしカポエラー少女の志島翠はそれをコマのように回転して蹴り払った!
翠
「イヤー!!」
鮮烈だった。
2年生の力は並じゃない、綾女は痛感する。
やがて綾女はぐったりした摩耶を背負うと走り出した。
残心を決める翠は静かに「それでいい」と呟くと、目の前のポケモン少女達を威嚇する。
翠
「脱落したい奴からこい、全員叩き潰す!」
鈴
「2年志島翠……たしかポケモンバトル、リアルファイト部門現在5位?」
アリア
「たしか、砂皿先輩が1位でしたか? 明日香さんが21位」
琉生
「順位はアテにしない方がいい……」
琉生は冷や汗をかきながら前に出た。
翠はニヤリと笑う。
琉生
「数字以上に強い……!」
そう、翠には自負がある。
もしも至近距離での技のぶつけ合いだけならば、由紀にもチャンピオンの闘子にも負けないと。
翠もまた愚直に殴り合う事しか出来ない不器用なポケモン少女だ。
しかし極めれば、如何なる技、身体も打ち砕く、その自信が拳に宿る。
琉生
「私に任せて、ください」
鈴は危険だと思った。
琉生が無理を平気でしちゃう子だっていうのは嫌って程分かってる。
本当なら全員で戦ってここで関西支部の戦力を削ぐべきだ。
だが、琉生の震える身体、その目の奥に秘める闘志に気がついた鈴は首を振って自分の考えを捨てた。
鈴
「無茶はしないこと。むうちゃん、関西支部を追撃して!」
夢生
「わ、分かったビュン!」
エアームド少女の江道夢生はそう言うと翼をはためかせ飛び上がった。
残った四人は緊張感を募る。
鈴
「危なくなったら、手を出すからね?」
琉生
「ありがとう、ございます」
琉生はそう言うと、足早に翠の前に立った。
翠は構えて、愉悦を覚える。
翠
「嬉しいぞ、スーパールーキー、お前と闘いたかった!」
琉生
「私は、すごくなんて、ありません……まだまだ未熟なポケモン少女、です……」
翠
「謙遜が過ぎる……な!!」
翠は凄まじい踏み込みで琉生に迫ると、ハイキックを合わせた。
琉生は咄嗟にそれを頭一つ下げて回避した。
翠
(やはりやる! 当てるつもりだったんだが!)
だが、翠は止まらない、そのまま後ろ回し蹴りを繋いでくる!
琉生は咄嗟に防御を取るが、後ろ回し蹴りは琉生の両腕の防御を弾き飛ばした!
翠
「くらえ! トリプルキック!」
更にもう一撃、コマのように回転しながら放たれる蹴りが琉生を捉える……刹那!
琉生
「っ!」
琉生が踏み込んだ!
翠は驚愕する、並の少女なら恐れ、あるいは怯えて後ろに下がる物だ。
しかしそれは不正解、正解は踏み込み事。
遠心力の効いた外側より、力の乗らない内側の方が安全だ。
道理では分かるが、それを素人が野生の勘だけでやるというのか!?
琉生
「はぁ!」
琉生はダッキングして、翠の蹴りをかわす。
ギリギリ下、髪が巻き上げられる中、琉生は拳を振り被った!
琉生
「てぇい!」
翠
「ぐっ!?」
琉生の拳打に翠は顔を歪ませた!
しかし、まだだ! 翠は些かも闘志を衰えさせてはいない。
翠
「イヤー!」
すぐに反撃!
翠のコンパクトな掌底が琉生の腹部を捉える!
琉生
「くっ!? はぁ!」
翠
「おおお!」
そのまま二人は超至近距離で戦い始める!
まるでミニマルな木人拳のように、コンパクトで鋭い一撃が交錯する。
琉生は極度の緊張感の中、ただ勝ちたいと拳を振るった。
一方で翠も認識を改めていた、琉生は強い……しかしそれは言葉以上の意味がある。
翠
(こいつ!? まるで獣!? 故に強い!)
翠はそのがむしゃらなまでにポケモン少女然として戦う琉生を畏れた。
出鱈目な技は、何らかの流派に連なる武術、武道とは異なる。
しかし空手家が熊に勝てないように、人である身が、獣に勝つのは難しい。
だが、翠は闘志を燃え上がらせた。
だからこそ! だから琉生を超えなければならない!
翠
「イヤー!」
突然翠は踵落としを仕掛けてきた!
琉生は咄嗟に身を退くが、その目を見開いた!
翠はくるりと半回転すると、天地を逆さまにした!
頭頂部の突起でコマのようにバランスを取り、そのまま蹴りのラッシュを琉生に仕掛ける!
翠
「イィィィヤヤヤヤヤ!!」
まるで竜巻だ。
琉生は必死に身を守るが、翠の放つ技は恐るべき驚異を持って、琉生を打倒せんとする!
琉生
(つ、強い! このままじゃ……!)
翠には負けられない覚悟がある!
一方で琉生は何も背負ってはいない。
それが気力を振り絞る場で決定的差となったのか!?
琉生は苦しげだ、それを見る後ろの者達は苦い顔をした。
鈴
「琉生ちゃん! 頑張れー!」
鈴は助けに入りたい思いで一杯だ。
それでもこれは琉生の戦い、水を差す訳には行かない。
だからこそ、声を張り上げた。
それを見たアリアも小さく頷くと。
アリア
「琉生さん! 貴方を信じますわ!」
ミア
「姫野さん! 頑張って!」
琉生
「み、みんな……!」
その時だ、琉生の主観時間が遅くなった。
竜巻のように近づけない翠の動きがスローモーションになる。
これはなにが起きたのか? アドレナリンの大量分泌による現象だろうか?
否、琉生は知覚した、オオタチの姿を。
オオタチ
「……」
琉生よりも大きなそのオオタチはあいも変わらず無言のままだ。
だが、オオタチは後ろを見た、必死に声を上げる仲間たちを。
琉生
(そう、そのために……力を使え、そう言うのね?)
オオタチは何も言わなかった。
ただその存在を希薄化させると、泥のように遅かった時間が戻ってくる!
琉生
「一か八か!」
琉生は咄嗟に尻尾を振り上げた!
その巨大でしなやかな尻尾を大きく振り上げると、翠の蹴りとかち合った!
翠
「なっ!?」
翠の動きが止まる!
遠心力を乗せた蹴りの連打を琉生は強引に受け止めたのだ!
琉生は苦痛に顔を歪めるが、暴走トラックのような相手を止めてみせると、顔を上げる!
翠は咄嗟に蹴りを放った!
しかし、琉生は上を行く、蹴りを飛び越え、琉生は翠の両肩を掴むと、空中で一回転。
翠が頭上を見上げたとき、既にその大きな尻尾は振り下ろされていた。
ズドォン!!
直撃すれば地面も砕く、琉生は尻尾を叩きつける!
翠はそれを直撃で貰い、地面に身体を叩きつけた!
翠
「がは!? ば、ばか、な……!?」
翠はその一撃に驚愕した。
薄れゆく意識の中で、ただ勝者の姿を眺める。
鈴
「やった!? 琉生ちゃーん!!」
勝者の姿はボロボロだ。
あと一撃当てれば、倒せたんじゃないかというダメージがある。
鈴に抱きつかれ、その身を倒し、アリアがそれを支える。
翠は何が足りなかったのか、自問自答した……が、その答えは出てこなかった。
ただ、勝者に対して微笑むと……その意識を落とした。
***
実況
「関西学園カポエラー少女、戦闘不能! 脱落だー!!」
摩耶
「なん、やと……?」
綾女
「あ、目ぇ覚ましたんですか!?」
摩耶は綾女に背負われ、ぐったりしていたが、翠がやられたという実況の声に目を覚ました。
摩耶はその状況をすぐに把握すると、苛立ち気味に頭を掻く。
摩耶
「あの阿呆! 計画丸潰れやん!?」
綾女
「ど、どないします?」
摩耶
「どうしたもこうしたもあらへん……急いで小金と合流や!」
関西支部の作戦は米露連合に強襲をかけて、そのまま2本目のフラッグも奪うつもりだった。
しかしその中核として期待していた翠がまさかの脱落。
計画はご破産だと言えた。
***
コリーン
「ウラジミール氏、やれ!」
一方で戦いは中央でも始まっていた。
一見すればなにもない平坦な草原地帯、しかしここに何かの気配を感じた米露連合は仕掛ける。
セキタンザン少女のシェンコは燃える岩を無造作にばら撒いた!
そのロックブラストは狙いもつけずデタラメに放たれるが、一発が異変を起こす!
ビシ!
ロックブラストが空間にヒビを入れた?
違う、ヒビが入ったのは鏡面だ。
そして米露連合の攻撃を受けると北海道支部が反撃に出る!
美代
「援護します!」
突然薄いガラスのような板後ろから、ムウマージ少女の縁美代が現れた!
美代は怪しい風を放つ!
その隙を作ってくれた美代を援護するようにエレキブル少女が突撃する!
北海道学園1年生標渚(しるべなぎさ)は拳を握り込むと、帯電したままシェンコに襲いかかる!
渚
「かみなりパンチ!」
シェンコ
「っ!?」
シェンコは防御を固め、その一撃を受け止める。
ルフィナ
「サイコキネシス!」
しかし米露連合も黙ってはいない。
カラマネロ少女のルフィナがサイコキネシスを放つとエレキブルを襲う!
しかし、サイコキネシスに何かが干渉した!
バリコオル少女
「ほーい、光の壁追加〜」
それはフラッグを死守する北海道支部のリーダーの姿だった。
新堂深雪(しんどうみゆき)、北海道学園2年生はのほほんとした顔とは裏腹に、フィルターのような長方形の板を幾重にも折り重ね、あたかもその場に誰もいないようにフェイクを仕掛けていた。
しかし、深雪の放つサイコパワーは他のエスパータイプのポケモンに干渉してしまい、所在がバレてしまった。
コリーン
(奴を倒せば、関西支部に並べる!)
コリーンは狙いを定めた。
収束させた一筋の電気、レーザーのように深雪に10万ボルトを放つ!
しかしレーザーのように放たれた一撃は、不意に直角に曲がる!
額から大きなドリルを生やした少女が電気を吸い付けたのだ!
深雪
「うわ、危ないなー」
ドサイドン少女
「先輩もうちょっと危機感持って」
ドサイドン少女は北海道学園1年生黒江鉄子(くろえてつこ)、身体は大きいが、気は優しそうな少女だった。
深雪
「いやー、メンゴ、メンゴ♪」
鉄子
「岩雪崩!」
鉄子は地面を叩くと、地面から無数の岩が迫り出し、宙を舞った。
コリーン
「ち! 一旦退避!」
ルフィナ
「っ!」
戦いは徐々に推移している。
米露連合と北海道支部が一進一退の中、数的不利の関西支部、追撃する関東支部。
しかし制限時間もいつまでもない、最初に果敢に攻め込むのは!
深雪
「っ!? てっちゃん左!」
鉄子
「え!?」
突然地面が盛り上がった。
穴を掘り、地中から奇襲を仕掛けたのはツンベアー少女のナターシャだ。
鉄子は右足を捕まれると、引きずり込まれる!
鉄子
「きゃあ!?」
ナターシャ
「恨みはないけど」
ナターシャはそのまま無慈悲に爪を持ち上げた。
鉄子は危険を感じ防御を固める!
ナターシャ
「つららおとし!」
ナターシャは左手に氷柱を生成すると、それを無造作に鉄子に突き刺した!
鉄子は頑丈な岩肌で耐えるが激痛が走る。
鉄子
「くうう!? こ、このままじゃ!?」
苦しい展開はまだ続く、空から飛来したのはスワンナ少女のリリィ、陽気なアメリカン娘は空からエアスラッシュをばら撒いた!
深雪
「これは不味い! みっちゃん、上の対処できる?」
美代
「が、頑張ってみます!」
北海道支部にとっては窮地だ、一方で米露連合にとってこれは千載一遇のチャンス。
コリーン
「ウラジミール氏! 突っ込め! お前ならやれる!」
シェンコ
「任務、了解……!」
シェンコは全身から蒸気を吹き出すと、がむしゃらに突撃した。
コリーンはなるべく目の前の相手を早く倒すため、援護に期待できない。
同時にルフィナもだ、なるべく2体1を理想としてエレキブル少女の渚をふるい落としにかかる。
シェンコ
「フラッグ!」
シェンコは多少ダメージ覚悟で突っ込んだ。
深雪は多方面への指示に奔走し、シェンコがパワーとスピードで吶喊すれば行けるはずだ!
しかし、深雪の後ろからミサイルばりがシェンコを襲う!
空中で円弧を描きながら飛来するミサイルばり、それを放ったのは北海道学園2年生、赤星花菜(あかほしかな)、ドラピオン少女だった。
花菜は深雪に背中を合わせながら、後ろを警戒していた。
しかしシェンコを驚かせたのは、花菜の腰から生える第三の手、尻尾だった。
背中を見せているにも関わらず、正確に尻尾をシェンコに向けた姿は得も知れぬ圧迫感をシェンコに与える。
深雪
「凍える風!」
深雪はその隙に凍える風を周囲にばら撒く。
少しでも優位に立つために、必死に状況を手繰り寄せていた。
乱戦の中、誰も最後の決定打を打ち込めない。
リリィも隙があればフラッグ奪取を試みるつもりだが、目の前の相手美代はそれをさせまいと必死の抵抗を見せ、焦らされ、ナターシャも鉄子の予想外の粘りに苦戦していた。
そんなおり、突然日差しが強くなったのを最初に気がついたのはドラピオン少女の花菜だ。
花菜
「関西支部来るぞ!」
深雪
「え!? 流石にそれはやば!?」
花菜は遠くに見える人影を見捉えた。
陽炎を背負って迫るのはフラッグを守る円寿摩耶、妖艶に九本の尻尾を揺らしながら、急速接近してきた!
***
摩耶
「ほないくで、綾女」
綾女
「う、うん、せやけど小金さん大丈夫かな?」
関西支部は想定外の翠脱落に見舞われたが、同時に米露連合と北海道支部の乱戦を好機だと捉えた。
丁度合流出来たヤンヤンマ少女の小金杉菜は猛追仕掛けるエアームド少女の時間稼ぎを任せて、今乱戦の舞台に急速に迫る。
摩耶
「灰になりたくないんやったらそこをどけやー!!」
摩耶は九本の尻尾から炎を生成すると、火炎放射を収束させた。
それは深雪の背中を守る花菜を襲う!
花菜
「っ! ここは通さないわよ!」
花菜はその身を守った。
丸い球体のエネルギーが展開されると花菜を無傷で炎から守る。
だが、ワンテンポ遅れるのは事実だ。
実際に摩耶達は接近しながら弾幕を展開してくるのだ。
動くに動けない北海道支部は窮地だった。
しかし、摩耶狙いは北海道支部、引いては米露連合にさえ想定外の動きを見せる。
綾女
「すぅ……はぁ……! 鹿嶋綾女、行きます!」
突然綾女が入りだした!
葉緑素が発動し、あの短距離走で結果を出した猛スピードが花菜を襲う!
花菜は咄嗟にミサイルばりを放つが、速すぎる綾女を捉える事は出来ない!
やむなく花菜は接近戦に切り替え、クロスポイズンを綾女に放った!
綾女
「ふっ!」
しかし、綾女は初めから花菜を相手になどしていなかった。
棒高跳びのような態勢で綾女は花菜を飛び越えると、そのまま深雪も飛び越える。
花菜は呆然と目でそれを追ってしまった。
その隙が致命傷になりうる場面でだ。
深雪
「かなっち! 避けて!!」
深雪は咄嗟に花菜の前に光の壁を生成する、しかし摩耶の放った強烈な火炎放射が無防備な花菜を襲った!
花菜
「ああああっ!?」
直撃をもらってしまった。
花菜はぐったりと前のめりに倒れる。
実況
「北海道支部ドラピオン少女戦闘不能! これはまずいぞ北海道支部ー!」
それは北海道支部に衝撃を与えるには充分だった……が、同時にその動きを察知していた関東支部に与えた衝撃は更にその上だったかもしれない。
琉生
「はぁ、はぁ……せ、先輩、私、行けます!」
鈴
「お馬鹿! 琉生ちゃん無視できないダメージ蓄積してるでしょ!? お休みしなさい!」
琉生
「で、でも……今から関西支部を止めるには私しか……」
アリア
「はぁ、それは少し私達を舐め過ぎじゃありませんこと?」
ミア
「大丈夫、私達だってそれなりに修羅場潜って来たんだから♪」
鈴
「琉生ちゃん、貴方は夢生ちゃんと合流して! 絶対に無茶しちゃだめだからね!?」
鈴はそう言うと、乱戦の起きている中央へと足を早めた。
琉生は胸に手を当てると、すぐに空中で戦闘する夢生の元へと向かう。
***
綾女
(見えた……! フラッグ!)
関西支部の狙い、それは些かも最初から変わっていない。
漁夫の利を狙い、そして米露連合が攻略目標だった。
本来なら翠を前線で暴れさせている隙に杉菜か綾女にフラッグを強引に奪ってもらう手筈だったが、翠の早とちりの性でご破産になった。
しかし結果的に米露連合は北海道支部との全面対決に乗り出し、再び漁夫の利はやってきたのだ。
この千載一遇のチャンス、そして任されたのは綾女だ。
コリーン
「奴は……まさか!?」
コリーンが関西支部の作戦に気がついた。
しかしそれを止められる奴がいない。
リリィもナターシャも自分のことで精一杯で、コリーンとルフィナの眼の前にはエレキブル少女が立ちはだかる。
そんな中で短距離走スプリントの鬼が迫ってきたのだ。
コリーンは咄嗟にエレキネットを放った。
しかし、エレキブル少女が邪魔する。
エレキブル少女は電気エンジンを発動させ、厄介さを増し、コリーンの打つ手を尽く悪い方向へと持って行かせた。
その中、綾女はついにコリーンに手が届いた。
乱戦の中、渚もルフィナも静止したように見えた。
綾女の綺麗で細い腕がコリーン首元をすり抜ける。
そしてその細腕は……!
パシィン!
綾女が駆け抜けた。
コリーンは絶望し、深雪は唖然とし、鈴は苦渋を噛み締めた。
ビィィィィ!!
実況
「なんと!? こんな事があってもいいのかー!? 米露連合チーム、フラッグ喪失につき脱落決定! 奪ったのまたしても関西支部、メブキジカ少女だー!」
渚
「え? あ……え?」
渚は理解が追いつかなかった。
乱戦が突然終わりを告げた。
摩耶
「よっしゃー! 総員地の果てまで逃げろー!!」
摩耶の怒号、生き残った関西支部のメンバー達が蜘蛛の子を散らすように戦闘を放棄して撤退を開始した。
綾女
「えと……ゴメンね♪」
綾女は可愛らしくウィンクして、微笑むと呆然とした渚の眼の前から走り去った。
***
鈴
「やられた!」
アリア
「ですが! まだ負けた訳じゃありません!」
ミア
「とはいっても、ポイント不利の状況で、残り時間は僅か……」
深雪
『ちょっと相談あるんだけどさー』
突然、関東支部にテレパシーが伝わった。
それは北海道支部のバリコオル少女の深雪だ。
普段はのほほんとしていてイマイチ覇気が無いと言われる少女が、関東支部にコンタクトしてきたのだ。
深雪
『正直、勝ち逃げされるのって悔しいよね? でも今関西支部のフラッグを守る護衛はいない、チャンスだと思わない?』
鈴
「ツケを支払わせるの?」
深雪
『まぁ、そっちの協力が不可欠だけどねー』
それは共同作戦の提案だった。
***
時間が足りない、それは摩耶を安心させる材料になった。
しかし、当然北海道支部と関東支部が黙っていないのも分かっている。
だが、それでも摩耶を不安にさせる材料にはなりえない。
摩耶
(制限時間は残り5分、これで何が出来るんどす?)
摩耶は落ち着きも取り戻し、後は勝ち逃げするだけだ。
一番個の戦闘力が高く、厄介な米露連合はお手本通りの動きで脱落させられた。
摩耶にとって厄介だったのはスワンナ少女のリリィだ。
あの高いスピードの次元と、クレバーでやるところでやってくる思い切りの良さは、摩耶の想定を容易に上回りかねない。
後は関東支部の霧島ミア、彼女も恐ろしい相手だが、もう二度目はない。
摩耶
「ほらきた! 絶対当たらんけどな!」
砲撃が山なりに飛び、摩耶に襲いかかる。
ブロスター少女の右手から放たれた強烈な水の波動だ。
直撃すれば一撃で戦闘不能もありえる、そんな恐怖を浴びせられても摩耶は笑っている。
キュウコン少女の肉体を持ってすれば、逃げ回るのは容易。
当然、遠距離からの砲撃など当たりようもない。
摩耶
(所詮やけっぱちや、ラッキーはあり得ん!)
だが、何度か水の波動を回避している内に摩耶に疑問が走った。
摩耶
「なんや? 霧島ミアってこんなに発射感覚速かったか?」
そう、摩耶は不自然に思った。
1発、2発、矢継ぎ早に放たれる水の波動は、以前ゲシュペンストの蹴散らすために共闘したときより鋭く速い。
何が起きている? 火事場のクソ力?
いや、違う……! 摩耶は目に捉えた物を見て、ギョッとした。
鉄子
「ええええい!」
摩耶
「しまっ!? トリックルームか!?」
北海道支部縁美代が見せたのはトリックルーム、ありえない猛スピードで駆けてくるドサイドンの姿にギョッとした。
パワーは1年生ながら最大級、だが致命的な程スピードがない少女が出すトップスピードは摩耶を驚かせた。
摩耶
「嘘やろ!? 流石に洒落にならん!」
摩耶は咄嗟に鬼火を放った。
鉄子は両腕で受けて、その岩肌を火傷させる。
だが止まらない、この重機関車を止めるにはこれじゃ足りない!
摩耶
「くそ……! 燃えい!」
摩耶は火炎放射に切り替えた。
九本の尻尾から炎を生み出すと、それをドサイドン娘……に。
パラ、パラパラ……!
摩耶
「え?」
ドサイドン少女の鉄子はなにも単身で来た訳じゃない。
その大きな背中に隠れて摩耶には分からなかったが、鈴がいた。
今や天候は晴れから霰に変わってしまった。
大粒の雹にも似た粒が摩耶に襲いかかる。
鈴
「はっぱカッター! 全弾持ってけ!」
鈴は両手にはっぱカッターを生成すると、冷気でコーティングして、一斉に放った。
それは正確に摩耶の九本の尻尾の先端を襲う!
はっぱカッターは麻耶が生成した火の玉に触れると。
ズドォン!
摩耶
「ちぃぃ!?」
誘爆した。
摩耶の火炎放射は不発に終わり、絶体絶命の状態はなおも続く。
摩耶はすぐに態勢を立て直し、次々とくる相手から逃げる。
しかしミアの砲撃、そして鉄子と鈴の強襲は非常に不味かった。
摩耶
(小金は……あかん! 身を守るので精一杯! 鹿嶋は距離があり過ぎる上に、晴れてへんかったらタダの的や!)
不倶戴天、漁夫の利を狙い続けた摩耶に降ってきた絶体絶命だった。
鈴
「覚悟してよね!?」
摩耶
「ほざきぃ! 覚悟するんわアンさんどす!」
摩耶は咄嗟に火炎放射を選ぶ。
ただし今度は威力も抑えめで、コンパクトな一撃だ。
鉄子には大したダメージにはならないだろう。
だが、鈴にはこれでも十分な筈だ。
鈴
「吹雪!」
しかし、対して鈴は全力全開だ。
強烈な吹雪を惜しげもなく放ち、摩耶を襲う!
威力の抑えた火炎放射では吹雪に押し負けてしまう。
摩耶
「くうう!?」
摩耶はまずいと思った。
炎タイプは高温を持っているが、逆に言えば高温を維持するためには常に高い新陳代謝を要求する。
吹雪の効果は今ひとつだが、確実に摩耶のスタミナを削っていた。
そしてそれは焦りを生み、摩耶は藻掻く。
泥のように遅くなる主観時間、もう後どれ位で試合終了だ?
分からない、ただがむしゃらだった。
そんな摩耶に無慈悲に襲いかかったのは、水の波動だった。
摩耶
「やば……!?」
前方に夢中で、ミアの砲撃が意識から外れていた。
いや、むしろ総攻撃を一人で受けた段階で、これは仕方がなかったのかもしれない。
摩耶はもう避けられない致命的な一撃に、ただ微笑するしかなかった。
摩耶
(詰めが甘かった、か……ごめんな、佳奈美先輩)
摩耶に水の波動が直撃する、そうなればフラッグを守れる者はいない。
戦闘不能で、自動的に関西支部は脱落だ。
?
「先輩っ!」
ズバァン!!
水の波動が炸裂した。
摩耶はその時信じられなかった。
ここに一番現れるはずの無い少女が現れたのだ。
その透明な少女は、迫りくる水の波動を自分で……!
ビィィィィ!
実況
「カクレオン少女、戦闘不能! そしてタイムアーップ!! 制限時間を越えた事で、勝利者はフラッグの数が一番多いチームとなります! その結果ァァ……! 勝利したのは関西支部! なんとかフラッグを守りきりましたっ!」
摩耶
「はぁ、はぁ……! 美鈴! お前なんで!?」
摩耶は急いでカクレオン少女の浅葱美鈴の元に駆け寄った。
水の波動の直撃を受けてボロボロの美鈴は摩耶の顔を見上げると。
美鈴
「うち、こんくらいしか、出来へんから、先輩、うち、ちゃんとやれた……?」
摩耶
「ああ! ああ! 美鈴! アンタ100点、いや120点の活躍やで!」
摩耶は泣きながら美鈴を介抱し、それを褒めおだてた。
美鈴は照れくさそうに喜ぶと、そのまま疲れて寝息を立ててしまう。
変身の解除された少女は小さくて華奢で、どこにでもいる普通の少女だった。
鈴
「……はぁ! コングラッチュレーション! おめでと! 私達の負けね!」
摩耶
「あ……ふ、ふん! 当然どす! ウチらは優秀なんや!」
摩耶は照れを隠すようにいつもの姿に戻る。
鈴は「ツンデレだねぇ」と茶化すが、この長かったようで短いフラッグバトルは終演するのだ。
ポケモンヒロインガールズ
第36話 フラッグ・バトル 後編
続く……。