第33話 最強のポケモン少女達
第33話 最強のポケモン少女達
ズドォォン!
地震のような地響きが広大な学園に響いた。
それを屋上で目撃したミアは驚愕する。
空気が爆発し、吹き飛ばされた屋上組、目の前にゲシュペンストγが出現すると、落下して地面を砕いて着陸したのだ。
摩耶
「痛た……な、何が起きたんや?」
美鈴
「ま、摩耶先輩……ウチ、幻覚でも見たんかなぁ? あ、あんなん」
アリア
「い、いえ……現実です。アレは……!」
アリアはよろよろと立ち上がった。
そして眼下に現れた現実にアリアは顔を青ざめた。
ゲシュペンストγ
「ガオオオン!」
アリア
「くう!?」
美鈴
「ぴぃやあああああ!? あ……」
それはゲシュペンストγ。
最強最悪のゲシュペンスト、アリアは咆哮を間近で聞き戦慄した。
美鈴はその恐ろしき咆哮に絶叫すると、パタンと後ろに倒れた。
恐怖のあまり気絶したのだ。
摩耶
「う、嘘やろ……ゲシュペンストγ、あれが現れたんか?」
摩耶でさえ、ゲシュペンストγの出現にはガタガタ震える始末だった。
まだ実際の交戦経験のあるアリアはともかく、情報でしか知らないミアでさえ、その場から動くことも出来なかったのだ。
ゲシュペンストγに標的にされれば死あるのみ、その恐ろしさが環境を支配するようだった。
ゲシュペンストγは体長10メートル、頭部の高さは校舎2階にも迫る。
それを近くで見たものは驚愕し、空気を震わせる咆哮は戦意を喪失させる物だった。
綾女
「う、そ……やろ?」
そんな状況でたまたまその近くにいたのは関西学園1年生のメブキジカ少女鹿嶋綾女だった。
たまたまゲシュペンストγ出現地点の近くにいた彼女はゲシュペンストγの着地の衝撃で吹き飛ばされ、顔を上げると、目の前には恐怖が口を開けていた。
綾女は丁度ゲシュペンストγの真正面だった。
綾女の近く他に人間の姿はない、それが余計に綾女を絶望させる。
その目のない顔、大きな口からはヨダレのような黒い粘液をたらし、爬虫類のような鱗の身体、虫を思わせる6本足、いずれも初めてだ。
見た綾女を絶望させるには充分な悍ましさだった。
ゲシュペンストγ
「ガオオオ!」
ゲシュペンストγは大きく口を開けると、綾女を目障りだと言わんばかりに噛み付く!
綾女は自分の死を想像した。
こんな化け物に食われて死ぬなんて嫌だった。
でも身体が恐怖で動かない。
αやβとはそもそも比べるべきではない危険な相手、それは単純に不幸だった。
琉生
「っ!」
しかし、綾女が食い散らかせる瞬間、誰もがその場が血で染まると思った刹那、琉生は高速で割り込み綾女を抱きかかえると飛び上がった!
綾女
「え……?」
琉生
「少し揺れるわよ!?」
琉生は直ぐに尻尾を振り回し、ゲシュペンストγの横っ面を殴り抜ける!
ゲシュペンストγとは体重差もあり、大したダメージにはならないが、その反動を利用し琉生は綾女をお姫様抱っこしたまま、安全圏へと飛び出した。
琉生
「危険だから安全な場所に」
琉生は綾女を優しく地面に降ろすとゲシュペンストγを見つめる。
綾女は彼女の称号を思い出した。
綾女
「リトルルーキー……! 姫野さん、怖く、ないの?」
リトルルーキー、かつてγの撃破報告が無かった歴史の中で、初めてその撃破に成功した琉生に与えられた称号。
だが誰もがその言葉の意味を軽く見積もっていた。
見たこともないゲシュペンストγの存在は、どこか遠く漫画やゲームに出てくるドラゴンのような物だった。
だが、現実に直面してそれを目撃した者は理解した。
あんな化け物と戦うことは馬鹿げている。
実力云々以前、どうして心が持つのか、綾女には分からなかった。
正直、今も震えが止まらないのだ。
ゲシュペンストは皆共通で精神汚染する能力があるが、γには咆哮でも精神汚染出来る能力があるのかと思えるほど。
だが、琉生は震える身体を抑えて綾女に言った。
琉生
「怖いよ、でもそれ以上に戦えってオオタチさんが言うの」
琉生は逃げたいとは思わなかった。
今でも正直正面撃破出来る気がしないが、それでもソウルの怨念の叫びに従い、その力を引き出す。
それが罪もない人々を助ける力になると信じたから。
綾女
(か、格好良い……私、ファンになっちゃったかも……!)
綾女は琉生に恋にも近い憧れを抱いた。
琉生は無自覚なヒーローだった。
そして琉生は勇敢にゲシュペンストγに突撃する。
それを目撃したマリーは彼女に対して呟いた。
マリー
「Woman of steel(鋼の女)、彼女こそ……この称号を送るべきなのかもしれないわね」
それはアメリカにおける最高の賛辞だ。
ポケモン少女に求められたのはアメリカンヒーローコミックのようなスーパーヒーロー達。
力はスーパーマン、志はキャプテン・アメリカ、アメリカのポケモン少女なら誰もがこれを理想とする。
だが現実はいかんともし難い。
力も志もそれは難しいのだ。
だからこそ、最高のポケモン少女に対してアメリカでは『Woman of steel』、スーパーマンの称号である鋼鉄の男と同じ称号を贈るのだ。
琉生
「はぁぁ!」
ゲシュペンストγ
「ガオオオン!!」
ゲシュペンストγは咆哮を上げる。
その叫びは、空気を震わせ気の弱い者はショックで気絶してしまうだろう。
周囲のガラスはそれだけで割れる威力の咆哮だが、琉生は止まらない。
高速で地面を駆け回り、足の一本に尻尾を叩きつけるが、γはその程度では動じない。
その巨体で機敏に動く姿は災害そのもの、懐は比較的安全とはいえ、知っていても踏み込むのは容易ではない。
佳奈美
「こぉのおおお!」
佳奈美はゲシュペンストγに上空から接近するとサイコキネシスを放った。
だが、いかに佳奈美の強力なサイコキネシスといえど、ゲシュペンストγの巨体を封じることは出来ない。
精々動きを鈍らせる程度だ。
だが、ゲシュペンストγからしたらそれは目障りだろう。
ゲシュペンストγは巨体を持ち上げ、佳奈美に飛びかかった!
愛
「佳奈美ちゃん!」
愛は校舎4階から、身を乗り出すとリボンのような触覚を佳奈美に絡み付けると、真っ直ぐ引っ張った!
佳奈美はゲシュペンストγに食われる寸前で愛に救出され校舎内に飛び込んだ。
佳奈美
「助かったわ愛〜」
愛
「もう! 佳奈美ちゃんが強いからって無茶ですよー! プンプン!」
佳奈美
「そんなこと言うたらリトルルーキーはどうなんや? 今も奮戦しとるで!?」
愛
「勿論琉生ちゃんも後でお説教です! プンスカプーン!!」
珍しく愛はお怒りだった。
勿論心配故にお怒りだが、琉生のヒーロー性は付け焼き刃であり、儚く脆いのだ。
琉生は自分の命を顧みない。
その精神を愛も完全には測りかねている。
だけど愛はそれを否定しなければならない。
何よりも大切なのは琉生自身の身体なのだから。
佳奈美
「兎に角! 動き止めんと!」
その時、校舎4階を何かが通り過ぎた。
二人はそれを目で追うと。
悠那
「流星群! 地べたに這いつくばれぇぇ!!」
それはサザンドラ少女の八神悠那だった。
おそらく全国でもγに挑める1年生は悠那と琉生位であろう。
最も悠那は琉生に対して異常なプライドを持つ女だ。
琉生が向こう見ずにゲシュペンストγに挑む物だから、プライドがそれを許せなかったのだろう。
結果、ゲシュペンストγを後ろから流星群で砲撃した悠那は、ゲシュペンストγを転倒させることに成功する!
だが、追撃できなかった!
悠那
「はぁ、はぁ……く!?」
ダイマックスした時はゲシュペンストγが造作もないおもちゃだった。
簡単に踏みつぶし、噛み砕く事が出来たが、今はそれすら叶わず恨めしい。
流星群の反動は、悠那に激しい倦怠感を与え、直ぐに動けないのだ。
ゲシュペンストγ
「ガオオオ……!」
ゲシュペンストγは立ち上がろうした。
まずい、直ぐに追撃しなければ!
しかしゲシュペンストγに校庭方面から何かが飛来し、ゲシュペンストγの胴体に直撃した!
ズドォン! バチバチ!
悠那
「なに!?」
***
サーリャ
「よーし、やれば出来るじゃないか?」
明日香
「うっし! 新技! 名付けて電磁砲(レールガン)!」
明日香はγの出現と同時に怯えつつも、なんとかする方法を模索した。
だが3年生でさえ手を焼くゲシュペンストγに明日香が出来ることは限られている。
まして接近戦なんて怖くてできない。
だがそこにサーリャは自身の価値観を説いた。
サーリャ
「出来ることをやれ、私に出来ることはお前たちの安全を守る事だが、お前にだけできる事もあるだろう?」
サーリャは軍人でプロフェッショナルなリアリストだ。
マホイップの体は戦うことより味方をフォローする事を得意としている。
明日香はその言葉を受けてゴローニャの力を更に引き出した。
明日香は頭部の突起に石を乗せると、電力をその一点に集めた。
本来ゴローニャは電磁砲を覚えられない、それは分類で言えば撃ち落とすだろうか?
しかし電気を帯びた石は突起の間で磁力を反発させた。
更にサーリャのデコレーションという技でその力は強化され、もはや元々の技が想像できない威力の電磁砲と化したのだ。
***
琉生
「これ、もしかして明日香?」
空気が電気を帯びていた。
一筋の電気の通り道、小さな石が絶大な威力を持ってゲシュペンストγにまともなダメージを与えた!
琉生
「とにかくチャンス!」
悠那
「ちぃ!? やってやるわよ!」
琉生は飛び上がると、ゲシュペンストγの顔面に尻尾を叩きつけた!
それを見て、上空の悠那も竜の波動を放つ。
だがゲシュペンストγのしぶとさは並じゃない。
ゲシュペンストγ
「ガオオオン!」
ゲシュペンストγは暴れた。
それはがむしゃらに身体を振り回すだけ、だが、規格外な身体を持つゲシュペンストγのそれは凶悪だ。
琉生は咄嗟に防御を固めた!
ゲシュペンストγの巨体が琉生を襲う!
琉生
「……?」
しかし、ゲシュペンストγの巨体が琉生にぶつかることはなかった。
流麗な鋼の女性
「大丈夫だ、私が止めてみせる」
それは九州支部3年出本麗花(でもとれいか)、全身を鋼の装甲で覆ったボスゴドラ少女だった。
その顔は涼しく美しかった。
九州支部で最強とも言われるボスゴドラ少女は何十倍の体重差があるかも分からないゲシュペンストγの暴威を受け止めてみせたのだ。
愛
「麗花ちゃん!?」
4階から体を乗り出した愛が叫んだ。
麗花は微笑むと、ゲシュペンストγを押し返す!
麗花
「3年生を舐めるなよ……ゲシュペンスト!」
細身の少女
「あらあら♪ お手伝いしますわ♪」
ゲシュペンストγの隙だらけの背中に鋭い爪を突き立てたのは、北海道支部3年生野守瀬(のもせ)マリス、ニャルマー少女だった。
マリスは半分がロシア人の血が流れているためか、その目は青く、身体はまるで猫のようにしなやかだった。
だが、ゲシュペンストγに恐れることなく飛びかかるとゲシュペンストγの硬い装甲を斬りつけた。
マリス
「あらまぁ、頑丈なのねぇ?」
きらら
「でも、無敵じゃない!」
ゲシュペンストγが鎌首を持ち上げた。
慌てて飛び退くマリスと入れ替わるように空間を切り裂きながらきららが亜空切断をゲシュペンストγに放つと、ゲシュペンストγの背中の装甲が切り裂かれた!
マリス
「あらあら? やっぱりきららさんは凄いですねー♪」
マリスはこんな状況にも関わらずのほほんと手を叩いた。
きららは一瞥すると、愛と佳奈美に叫ぶ。
きらら
「私が動きを止める! 総攻撃を!」
愛
「分かりました! 指示役は私が務めます!」
佳奈美
「やったらぁ!」
愛
「佳奈美ちゃん、全体ではなくきららちゃんが与えたダメージ部位に攻撃を集中! 麗花ちゃんはそのまま抑えて! マリスちゃんは、万が一のために周辺を警戒して!」
佳奈美
「よっしゃ! ミストボール!」
きららは攻撃より拘束を優先し、ゲシュペンストγの四肢の動きを空間を歪めて封じた。
しかし、きららを持ってしてもゲシュペンストγを抑えるのは容易ではない、だが麗花はゲシュペンストγの頭部を抱えると、その動きを可能な限り抑え込む。
その隙に、佳奈美は亜空切断でついた傷口にミストボールを叩き込んだ!
マリー
「ヘドロ爆弾!」
追い打ちするようにマリーは体育館の2階から、ヘドロ爆弾を発射する。
それは放物線を描いてゲシュペンストγの傷口を正確に狙撃した。
マリー
「Hay♪ 愛ー! 私も貴方の指揮下に入るわー!」
愛
「た、助かりますマリーちゃん!」
ゲシュペンストγは巨体通りの耐久力がある。
だが、厄介なのはその再生力だ。
半端な攻撃ではゲシュペンストには再生に追いつけずじり貧になってしまう。
だからこそ、ゲシュペンスト戦では必殺を心がけなければならず、各支部の戦力ではこれまでゲシュペンストγを撃破出来なかった。
愛
「く!? やっぱりこれでもまだ足りない? 後一手……!」
その時、各員にクリームのデコレーションが頭に乗った。
それはサーリャのデコレーションだった。
サーリャは加勢するべく、戦場に趣き自らの仕事を遂行した。
サーリャ
「愛! 私は力になってるかー!?」
愛
「サーリャちゃん! 勿論ですよー!」
佳奈美
「よっしゃ! これだけの力があれば!!」
佳奈美は竜の力を凝縮させた。
その掌をゲシュペンストの傷口に押し込み、ミストボールを発動!
悠那
「流星群! もう一発くらっとけ!」
追い打ちするように、悠那は上空から流星群をゲシュペンストγに放った。
佳奈美と悠那の攻撃は重なり、遂にはゲシュペンストγも内側から爆ぜた!
ゲシュペンストγ
「オオオ……!」
最後のあがきか、ゲシュペンストγは顔を上げた。
まるでポケモン少女達を恨めしく思うように怨嗟の声を上げて。
しかし遂にゲシュペンストγは耐えかね、悲鳴のような唸り声を上げながら霧散していった。
佳奈美
「おっしゃー! ゲシュペンストγ、勝ったでー!!」
歓喜の声が上がった。
1年生どころか2年生でさえ、恐怖で動けない者もいる中、この難敵を倒すことが出来たのだ。
マリス
「あらあら、堀さんあんなに喜んで、でもこんな豪華面子で勝っても素直に喜べませんよね〜」
麗花
「勝利に最善を尽くす、当然の結果だ」
マリスは他のゲシュペンストが出現しないか警戒したが、現れないことを確認すると警戒を解き変身を解除した。
麗花も変身を解くと、琉生に振り返る。
麗花
「リトルルーキー、君の勇敢さ、感銘を受けた。力はまだ非力だが、君がいなければ被害は甚大だったろう、九州支部代表として感謝する!」
琉生
「え、えと……その」
綾女
「姫野さーん!」
明日香
「おーい琉生! 無茶しやがってこの!」
アリア
「ナイスファイトですわ! 琉生さん!」
琉生
「え? あ?」
気がつくと、戦いを見守るポケモン少女たちが琉生の下に集まりだした。
中には見知らぬ者まで混じっているのだから、琉生はしどろもどろになる。
愛
「琉生ちゃん……お説教は後で、ですね」
愛はもみくちゃにされる琉生を見て優しく微笑んだ。
昼休憩の一幕、突然のゲシュペンストの来訪は学園に未曾有の被害をもたらした。
だが、その被害はむしろ奇跡的なほど軽微でもあったのだった。
***
依乃里
「ゲシュペンストγは無事駆逐、人的被害は0です」
恭介
「そうか、良かった……」
冥子
「けど、地面は砕かれるわ、ガラスは軒並み割れるわ、建物被害はやばいぜ?」
恭介
「それはいくら被害が出ても良い、箱は幾らでも替えが効く、でも人は、ポケモン少女はそうじゃない」
学園から少し離れた場所でポケモン少女管理局局長の杉森恭介はその結果に安堵していた。
依乃里はあくまでも冷徹に恭介の側を離れることはなく、事の成り行きを見守るだけだった。
恭介自身は依乃里には救援に行って貰いたかったが、それを依乃里は聞き届けなかった。
冥子としてはどちらでも良かったが、この後自分の仕事が増えるだろうことは嫌がった。
恭介
「午後の部は開催出来そう?」
依乃里
「可能です、『調整』を入れれば」
調整、冥子はその言葉に少しだけ眉をひそめた。
依乃里は調整と称して、人々の記憶を弄っている。
おそらくポケモン少女学園の被害は一般市民には無かった事にされるだろう。
冥子
(まぁ余計な不安を与えて、暴動に発展するよりましか)
ポケモン少女達の運動会、それは結局一般人には理由もわからぬまま、1時間の延期のもと再開されるのだった。
ポケモンヒロインガールズ
第33話 最強のポケモン少女達 完
続く……。