ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第32話 ゲシュペンスト、ポケモン少女達の戦い

第32話 ゲシュペンスト、ポケモン少女達の戦い



琉生
 「ふぅ」

お昼休みも中頃、姫野琉生は混雑する校舎を出て、一人になれる場所を探すように学園内を彷徨った。
琉生は元来人見知りで、人付き合いの苦手なコミュ障の少女だ。
そんな自分ではいけない、そういう自覚もあり、ここ最近は改善してきた所だが、それでもいきなり見知らぬポケモン少女達との出会いは散々琉生を疲れさせた。

琉生
 「ここならいいかな?」

琉生は人目につかない中庭の一角で、ストイックにトレーニングを始めた。
最初は柔軟体操、それを終えるとスクワット。
元々体が小さく非力で華奢な琉生は他のポケモン少女に劣る部分が多い。
だが、オオタチ少女の能力を自覚した彼女は、オオタチそのものの弱さにも注目し、とにかくそのハンデを覆すため、ストイックに自らを鍛え追い込んでいく。
天才型の悠那とはソウルの格も才能も劣っている。
それどころか、あのメブキジカ少女……たしか鹿嶋綾女にも負けてしまった。
琉生は運動能力なら負けていないと自負があった。
だが世界は広い、その琉生でさえ単純な徒競走なら勝てない相手がいるのだ。
もし実際対抗戦のように戦ったどうなる?
自分に出来る事は愚直に地べたを走り、自らの肉体をもって戦うのみ。
琉生は魔法のような力も、強力な特性すら持っていない。
あるのは鋭い目と、琉生の格闘戦のセンスのみ。
これで様々なポケモン少女や凶悪なゲシュペンスト達と戦わないといけないのだ。

琉生
 「はぁ、はぁ!」

琉生は無心で自分を追い込んでいく。
琉生は自分の弱さを自覚して、それをそのままに出来る程弱い子じゃない。
普通の年端も行かない女の子の考え方じゃない事は自覚しているが、いや、自覚するからこそ、せめて化け物の少女としての力を磨く。

パチパチパチ!

琉生
 「……はぁ、はぁ?」

琉生は突然拍手音を聞くと、トレーニングを中断した。
拍手したのはカジュアルなジャケットを着た背の高い女性だった。
肌が白い、外国の人? 琉生は自然と警戒する。
しかしその鋭い目をした白人女性は意外な事に日本語を使った。

白人女性
 「こんな短い時間でも自らを鍛えるのか、ストイックだな」

琉生
 「あの……えと、その」

琉生はしどろもどろになってしまう。
元よりコミュ障の少女が、明らかに人種さえ違う相手と遭遇して、考えが詰まったのだ。
だが、その鋭い目をした白人女性は頭を掻くと、自己紹介をした。

白人女性
 「失礼、日本人は奥手なのを忘れていた、私はサーリャ・カカーポポフ、ロシア人だ。今回はロシア班の監督役としてやってきた。私自身ポケモン少女でもある」

琉生
 「えと、姫野、琉生……です」

サーリャという女性は一見すると大人の方に見えた。
童顔の日本人に比べると、ウクライナ系ロシア人のサーリャは近い年代でもそれだけ大人びていた。
あえて言えば藤原真希が雰囲気としては近いかもしれないが、サーリャは殊更に大物感が漂った。

サーリャ
 「なるほど、君が日本のジャイアントキラーか」

琉生
 「ジャイアントキラー……?」

ゲシュペンストγの時の話か?
あれは多少盛られた話だ、実際のところ単独で琉生が倒した事はない。
だが、サーリャが言うそれは違った。

サーリャ
 (ダイマックス現象……興味深い、こんな子がしてのけたのだからな)

サーリャは値踏みするような視線を隠しながら、あくまでも表面上は琉生にフレンドリーに接した。
サーリャの思惑は、この姫野琉生という少女の観察だ。

サーリャ
 (ロシアのポケモン少女の絶対数は少ない……僻地ではゲシュペンストが出現しても対応できない程に……だが、もし彼女を研究して誰でもダイマックス、出来るならば、国防には少ない助けになる)

サーリャは琉生を自陣営に引き込みたい思惑があった。
いや、もっと正確に言えば日本のポケモン少女を輸入したいのだ。
勿論そんな事が許される筈がない。
密偵を放ち、非公開となり闇へと葬られた悠那達の反乱、しかしそれはロシアには知られていた。
サーリャはダイマックス現象の秘密を知りたいのだ。


 「あらあら、ロシアのお人、もう日本人とお友達に?」

しかし、サーリャの思惑を邪魔する者がいる。
それはマリー・バッシュ、アメリカ班の監督役だ。
マリーは一見温和な笑みを浮かべるが、その瞳の奥には明確にサーリャを牽制する物があった。

サーリャ
 「マリーか、当然だな同じアジア圏の同胞だぞ?」

マリー
 「あら、アメリカだって、在日米軍があるように、親密よ?」

琉生
 「あの、えと……」

突然牽制合戦を始める米露の二人。
訳もわからないまま、何かの争いに巻き込まれた琉生は堪らず声をあげた。

マリー
 「あ、ごめんなさい! 自己紹介もまだだったわね。私はマリー、マリー・バッシュよ♪」

マリーはそう言うと、ウィンクした。
琉生はこちらの人懐っこい雰囲気にも騙される事はなく、ただモジモジすると頭を下げた。

琉生
 「ひ、姫野琉生、です……!」

マリー
 「あら、そんな深く頭を下げなくても、別に貴方を責めている訳じゃ」

サーリャ
 「くく♪ 古狸が、やはりアメリカ人はヤーポンの気持ちを分かってない、所詮ユーラシアの人間とアメリカ大陸の人間は分かりあえんのさ!」

露骨に優しい顔をするマリーもだが、案外言葉を隠さないサーリャも琉生からすれば大概だ。
そもそも日本生まれ日本育ち、海外経験も0な琉生からすれば海の外の人間は皆分からない。
ただ琉生が本能的感じ取ったのは、サーリャもマリーも琉生になにか欲望を隠しているという事だ。

マリー
 「はぁ……! サーリャ、私これでも貴方はリスペクトしているつもりよ? でもね外交問題をこの場で起こすのはやめた方がいい」

サーリャ
 「CIAの犬の言いそうな事だな、世界の警察犬か」

マリーもまた、この琉生という少女の価値を知っていた。
そして実際目にすれば、非凡な才能があることも分かる。
アメリカもまた、広大な国土を抱え、ポケモン少女の絶対数が足りていない。
言えば、姫野琉生は喉から手が出るほど価値のある少女なのだ。
日本のポケモン少女管理局が許す事はないだろうが、出来るならば姫野琉生はアメリカ側に寄せたい。
そういう思惑がマリーにもあった。

マリーとサーリャ。
共に国を代表するポケモン少女だが、その事情は共に複雑だ。
サーリャはロシア軍に所属する軍人。
幼くしてポケモン少女の適正が示された彼女は愛国心を持って、ゲシュペンストとの戦いに身を投じた。
一方でマリーもそうだ、マリーはCIA管轄のポケモン少女。
本来ならナードで、争いごとや運動が苦手な少女だったが、ポケモン少女になったことで、彼女は夢のスーパーヒーローの道を歩んだ。
二人は理想こそ相反するものではないが、現実はライバルと言ってもいい間柄なのだ。

サーリャ
 「大体私は彼女と親交を深めようとしているだけだぞ? ヤーポンは大切なパートナーだからな」

マリー
 「あら? それなら私も混ぜてくれない? 私も貴方のこともっと知りたいわ」

琉生
 「……」

二人の牽制が琉生に飛び火する。
しかし琉生は微動だにしなかった。
あの臆病さ丸出しで、まともに会話も成立しなさそうな陰キャの少女の目が据わっていたのだ。

サーリャ
 (なんだ、ヤーポンの纏う雰囲気が変わった?)

琉生
 「オオタチ、メイク、アップ!」

琉生はスマートフォンを左手で翳すと、その表面を右手の人差し指でなぞった。

スマートフォン
 『ソウルオオタチ、コンバート』

琉生はオオタチ少女に変身すると、その場で回し蹴りを放った。

ズドン!

二人が驚愕する、ゲシュペンストβが出現すると同時に琉生に蹴り倒されたのだ!

マリー
 「what!?」

サーリャ
 「ゲシュペンストだと!?」

二人が驚愕するのも束の間、ゲシュペンストは何もなかった空間に次々とスポーンしてくる。
これを事前予知するかのように蹴り倒した琉生にも驚きだが、二人は被害者になるつもりはない。

サーリャ
 「ち! メイク、アップ!」

マリー
 「やるしかないわね!? メイクアップ!

サーリャは日本製と同様のポケモン少女用のスマートフォンをなぞると、身体をポケモン少女に分解、再構成していく。
それは厳つい少女には似つかわない、真っ白なドレスの姿だった。
マホイップ、肉体がクリームのように柔らかい不定形のポケモン少女に変身したのだ。

そしてマリーも同じプロセスで変身するとその姿は無数のゴミを抱えたダストダス少女に変身した。

マリー
 「相変わらずファンシーな姿ね!」

サーリャ
 「貴様こそ、意外そのものだろう!」

二人は互いを罵り合うが、決してそれ以上喧嘩しようとはしなかった。
マリーは手近な相手複数をロックオンすると、その特殊なチューブのように変化した指から無数のヘドロ爆弾を放った!
それは一発も外すことなく、放射線上のゲシュペンストを必殺してしまう。

琉生
 (すごい! 一度に10体? 全部当てた!)

琉生は始めて見るそれに感嘆した。
しかしそれは地味な自分とは違う。
劣等感は琉生を焦燥させる。

サーリャ
 「ち! 臭いがキツイぞ!?」

サーリャはマリーに文句を言いながら、マジカルシャインでその場のゲシュペンストαたちを消し飛ばす。
マリーの欠点は、どうしても周囲を汚してしまう点だ。

マリー
 「なによ!? アナタこそ甘ったるい匂いして!」

琉生
 (ふたりとも凄い……! これが世界……!)

琉生は手近のゲシュペンストαを蹴り上げた。
追撃はその大きな尻尾を振り回し、密集するゲシュペンストの群れに打ち込む!

マリー
 (やっぱりこの子、競技より実戦向きね)

サーリャ
 (あのヤーポン、中々どうして、やはり稀有な才能があるな)

一方劣等感を抱いて戦う琉生とはよそに、二人は冷静に琉生を値踏みした。
荒削りだが、無駄のない動き、そしてゲシュペンスト相手に度胸の据わった心持ち。
二人はこの磨く途中の原石を高く評価した。
自分たちのように完成していないからこそ、この子がどれだけ化けるのか期待してしまうのだ。

サーリャ
 「しかし、妙に多いな……本国ではこんな数見たことがないぞ?」

サーリャは応戦しながら、分析する。
学園内に現れたゲシュペンストはαが中心で複数のβも確認できる。
しかし数が凄まじい、αは見えている限り百体を超えるか?
早期に殲滅を考えると、3人では手が足りない。


 「舐めんなー!!」

その時だった。
金色の翼を持ったポケモン少女が3階の窓から飛び出し、サイコキネシスを放つ。
そのサイコキネシスは強大な念力となり、無数のゲシュペンストを粉砕していく。

琉生
 「あれは?」

サーリャ
 「堀佳奈美、ラティアス少女か」

そう、それは関西支部3年堀佳奈美。
琉生は直接的な面識はないが、その少女の話は少しだけ愛から聞いたことがある。
佳奈美はラティアス少女、真っ白なドレスに黄金色のラインが走り、ジェット機のような翼を腰に生やしている。
ポケモン少女全体で見ても極めて珍しい色違いのポケモン少女だった。

佳奈美
 「はぁぁ!」

佳奈美は全国でも5本の指に数えられる強大なポケモン少女だ。
宿すのはラティアス、しかしソウルのラティアスは普通の色だ。
どういう訳か、佳奈美に宿った事で何かが変質し、肉体の再構成の際色に齟齬が生まれた。
だが、極めて特異体質なのは間違いないが、だからといって特別な事はない。
彼女は普通のラティアス少女であり、その力も鍛え磨いたもの。
だが、真に恐ろしいのはその努力によって佳奈美はきららと双璧を成す程の強さを得たのだ。

佳奈美のサイコキネシスは周囲粗方をあっという間に殲滅した。
琉生は勿論のこと、サーリャとマリーもその現物を見て改めて佳奈美の強さを目撃する。

佳奈美
 「アンタら! ゲシュペンストが至るところにようさん沸きよった! 手伝って!」

佳奈美はゲシュペンストを一人で殲滅すると、捲し立てるようにそう言うとその場から飛び去った。

琉生
 「ここ以外にも?」

サーリャ
 「ち、なんて日だ」

マリー
 「愚痴らないの、ゲシュペンストに人間のルールは通用しないんだから」

サーリャは見えていない所にまで出現したという報告にげんなりするが、彼女とて一角のポケモン少女だ、むざむざゲシュペンストを暴れさせる理由はない。

サーリャ
 「手を別けるか」

マリー
 「そうね、琉生ちゃんもそれでいい?」

琉生
 「はい!」

マリーはそのはっきりとした返事を意外に思った。
少なからずポケモン少女になると性格が変わる者がいる。
元のソウルが凶暴なら、悠那のように気性が荒くなるケース、逆にソウルに引きずられてダウナーになる事だってある。
琉生のその変化も同様のケースに思えるが、何か違うと思えた。

マリー
 (スイッチ入ると、前向きになる系?)

サーリャ
 「それじゃ、直ぐに殲滅するぞ!」

三人は三手に別れた。
琉生はがむしゃらに一匹でも多くのゲシュペンストを倒すために走り出す。



***



明日香
 「だーもう! なんだってんだよ!?」

校庭に出た宝城明日香はゲシュペンストの群れの奇襲を受けた。
だが、臆病な明日香でもいい加減戦い慣れて、無数の電撃の矢を放ってゲシュペンストを倒していく。

リザードン少女
 「きゃあ!?」

一方で戦い慣れないのか、ゲシュペンストに苦戦するポケモン少女がいた。
明日香は少女に気配りすると叫んだ。

明日香
 「上空に避難しろ! 危ないぞ!」

リザードン少女
 「で、でも! それじゃ君が!」

リザードン少女の名は朝比奈寧(あさひなねい)、九州支部1年生だ。
寧はかつてデビュー戦で戦った明日香に興味を持ち接触を試みた。
ポケモンバトルの選手にとってチャンピオンの闘子、ランキング1位の由紀を抱える屈指の強豪校関東支部の生徒には俄然興味があったのだ。
だが運が悪いのは、接触を試みた瞬間ゲシュペンストに襲われたこと。
寧はこんな周囲を囲むような数のゲシュペンストは初めてだった。
しかもαだけでなくβまで3体も混じっている。
先輩からは絶対にβに一人で戦うなと厳命されていた。

明日香
 「足手まといだ! アタシは狙いをつけて攻撃するのが苦手なんだよ!」

明日香の得意技放電は周囲を無差別に攻撃する、このような状況では特に力を発揮する技だ。
だが逆に周囲に味方がいると簡単には使えない。


 「ッ! 援護くらいはする!」

寧は覚悟を決めて飛び上がる。
そして寧は口から炎の渦を吐き出した。
炎の渦は熱風を放ちながら、校庭のグラウンドをハチャメチャに走る。
しかし、それはαを必殺できる程の火力はない。
あくまでも牽制と妨害だ。
しかし、その隙きがあれば充分だ。

明日香
 「いっけぇぇ!」

明日香は頭頂部の突起から、電撃を周囲にばら撒く。
強力な放電はαの群れを焼き払った。

ゲシュペンストβ
 「!!」

しかし、ゲシュペンストβは放電一発で倒せる程やわじゃない。
そのしなるような腕を明日香に向ける。


 「危ない!」

明日香
 「まだだぁ!!」

明日香は拳を地面に叩きつける!
すると、ゲシュペンストの足元から岩の槍が生え、ゲシュペンストβを突き刺す!
明日香のストーンエッジはゲシュペンストβの急所を抉るように突き刺さり、ゲシュペンストβを霧散させた。


 「す、凄い……! βを一撃で……!」

明日香
 「油断すんな! まだゲシュペンストはいるんだぞ!?」

その時だ。
寧の後ろから生き残ったゲシュペンストβが腕を鞭のように細くさせ、寧の首に絡みつく!


 「ぐっ!? しまっ!?」

明日香
 「やべぇ!?」

ゲシュペンストの特性、精神汚染。
ゲシュペンストに接触する物は肉体の被害よりもむしろ、精神の被害の方が大きい。
しかしその陰湿なやり方は世界のゲシュペンスト被害を軽視させ、今も世界中でゲシュペンストによる精神汚染は続いているのだ。

ゲシュペンストβはキツく寧の首を締めると、寧を地面に叩きつける!
これでは寧が持たない、明日香はなんとか阻止しようと動くが間に合わない!
しかし、寧を救ったのは空間を切り裂く一撃だった。

突然ゲシュペンストβが真っ二つに切り裂かれると寧は空中に投げ出せれた。
しかしその体は柔らかいクリームのようなボディに受け止められた。

サーリャ
 「大丈夫か?」


 「え?」

それはサーリャだった。
マホイップのクリームボディで優しく寧を受け止めると周囲を伺う。
こんなことしている間にも世界最強のポケモン少女は残る一匹のゲシュペンストβまで駆逐し終わっていた。

きらら
 「この辺りのゲシュペンストはこれだけね?」

明日香
 「き、きらら先輩!?」

それは空間を移動しながらゲシュペンストを駆逐して回るきららだった。
サーリャはきららを見て流石に苦笑い。
この圧倒的な強さは、本当に同じポケモン少女なのか疑わしくなるレベルだ。
しかし運が良いのは、世界トップレベルのポケモン少女の戦いを二人分も見れたことだろう。

きらら
 「明日香、よく頑張ったわね、褒めてあげる」

明日香
 「ヘヘっ! でも先輩には敵わないっすよ!?」

きらら
 「それでいい、適材適所。貴方には貴方の戦い方が、私には私の戦い方がある」

きららはそう言うと、サーリャを見た。

きらら
 「私は周囲を警戒する! サーリャは二人を!」

サーリャ
 「請け負った!」

きららはそう言うと、再びその場から空間転移した。
明日香と寧はこの見慣れぬロシアのポケモン少女に奇異の目を向けるのだった。



***



夢生
 「うわあああん! こっちくんなビューン!」

ゲシュペンストは建物の中にまで現れていた。
体育館で燈と遊んでいた江道夢生はゲシュペンストが現れると、無我夢中でエアスラッシュを周囲にばら撒く。
エアームド少女の夢生だが、普段は索敵や哨戒がメインで肉薄距離での戦闘は苦手なのだ。


 「虫のさざめき!」

一方で古代燈は冷静にゲシュペンストの群れを近づかせないように払った。
その気配りは隣の相手も気にしたからだ。


 「縁さん、大丈夫?」

美代
 「う、うん! それにこれならエゾヒグマの方が怖いし!」


 「確かにアレは怖い、270センチ体重340キロは普通にやばい」

夢生
 「道産子ローカルネタはもういいビュン!? てか大ピンチなんだけど!?」


 「レバー入れ大ピンチ?」

美代
 「???」

夢生
 「誤植ネタはお友達を困らせるだけビュン!?」

美代はイマイチわかっておらず、この燈のマイペースっぷりは戦場でもそのままだった。
だが、燈の強さは1年生の中では抜きん出ている。
体育館には3人の他、見知らぬポケモン少女もいたが、端に分断されて協力できない。
兎に角今は落ち着いて数を減らす必要があった。


 「熱風が使えれば楽なんだけど」

燈は丁寧に虫のさざめきを放ち、周囲のゲシュペンストαを逐一倒していく。
熱風は範囲をコントロールできず、木造の体育館を全焼させかねないため、使用できなかった。
夢生はデタラメにエアスラッシュを放つから、イマイチ命中率が悪い。
美代はシャドーボールを手元に生成すると、それをゲシュペンストαに放つが、それは燈から見て、生成速度も威力も足りず練度不足を感じた。


 (大丈夫この二人だけなら守れる)

燈は宙に浮きながら冷静に対処した。
だが、燈は天才的だが、経験はそれほどない。
そしてそれが裏目に出た。

夢生
 「っ!? 上ビュン!?」

美代
「え!? きゃあ!?」

それは天井に張り付いたゲシュペンストαだった。
地上だけではなく、天井にまでスポーンするゲシュペンストは重さに耐えかねたように、無数に美代に雪崩落ちた。
燈は眼の前が真っ暗になった。
美代がαに埋もれ、身動きが取れない。
そうやってボサッとしている間にも美代の危険は高まるのに、燈の経験の無さが、美代をより危険に晒してしまう。

闘子
 「ボサッとするな!!」

そこへカイリキー少女の剛力闘子が外から体育館に飛び込むと、美代に群がるゲシュペンストαに4本の腕のラッシュを浴びせ、美代を開放した。


 「だ、大丈夫縁さん!?」

美代
 「あ、あ……!?」

美代はガタガタと震え、目の焦点が合わなかった。
ゲシュペンストに精神汚染されたのだ。
燈は美代の肩を抱くと、涙目で美代の身体を揺らした。


 「ご、ごめんなさい! 私、私がしっかりしてないせいで!」

闘子
 「ち! 古代、お前は才能がある……だが、慢心するな、この世界に絶対はねぇんだ! 江道、手を貸せ!」

夢生
 「ら、ラジャー!」

闘子は周囲を蹴散らすと、夢生を連れて体育館のゲシュペンストを駆逐していく。
燈はその慢心を呪った。
傲慢な自分、その結果を予測できない自分の考えの至らなさ。

美代
 「こ、古代、さん?」


 「縁ちゃん……!」

美代
 「な、泣かな、いで」

美代は必死に汚染をされた精神を守ろうとしていた。
ゲシュペンストに強く接触するとやがて精神は廃人となる。
力の弱いゲシュペンストαでも、ああやって群れて奇襲すればポケモン少女でも危険なのだ。
だが、美代は必死に燈の顔を見た。
涙を貯めた優しい少女を、この少女を悲しませたくない。
美代ははっきり言って弱い、本当はゲシュペンストが怖くてたまらない。
燈に全力で甘えていた。
燈は同じ世代とは思えないほど強く、それは2年生にも匹敵する。
それが美代にとっては羨ましく、そして越えたいという願望を抱かせた。
燈が行方不明になったときショックは大きかった。
それでも美代は頑張った。
だけどいつも力が足りず、残念な結果に終わってばかりだ。
自分は燈のようにはなれないのか、ゲシュペンストに精神汚染された美代の脳はそんなネガティブな事を考えた。


 「ごめんなさい! ごめんなさい!」

燈は何度も何度も謝った。
だけども美代はそれが分からなかった。
なぜそんなにも燈が謝る必要がある。

美代
 「ちが、う……悪いのは、わた、し!」

美代は徐々に目の焦点を合わせていた。
体の震えが止まる、やがて体のコントロールがか回復した。

美代
 「私は、古代さんを泣かせるために! 戦うんじゃない!」

美代は立ち上がる、決してポケモン少女として強い訳ではない美代は周囲を索敵した。
美代は土壇場でムウマージの力を引き出し、周囲のゲシュペンストの気配を感じ取ると、怪しい風を吹かせた!

隠れていたゲシュペンストαが宙に浮かぶと美代は燈に叫んだ!

美代
 「私にはこの程度しか出来ない! でも古代さんなら!」


 「っ! 熱風!」

美代の怪しい風と燈の熱風は混ざり合うと、ゲシュペンストを一斉に焼き払った。
追い込まれ土壇場で、新しい技を習得した美代は疲れ果ててその場に倒れ込む。
燈は美代を心配した。


「大丈夫、なの?」

美代
 「う、うん……! なんとか」

美代は一応ムウマージの力で周囲を索敵するが、ゲシュペンストの気配はない事に安心する。
燈は強いが抜けている、美代は弱いがしっかりさんだ。
美代は改めて自分が後衛なのだと理解する。

マリー
 「大丈夫!? 助けに来たわよ!?」

そこへダストダス少女のマリーがやってきた。
しかし一足遅く体育館での戦いは終わっていた。

闘子
 「こっちはもう大丈夫だ! 他当たってくれ!」

闘子は疲弊した拙い生徒達の面倒を見ると、マリーにそう言った。
正直1年生達の平均水準はゲシュペンストの大群との戦闘をするにはまだ不十分だった。
闘子はこの事態に危機感を覚える。

闘子
 (やっぱりここ最近ゲシュペンストの出現率が上がってやがる? こんな量でこられたら2年生でも危ないぞ?)

闘子の判断、それはある意味正しかった。



***



摩耶
 「ああもう! 鬱陶しいなぁ!?」

関西支部2年生円寿摩耶は9本の尻尾から炎を放ち、周囲のゲシュペンストαを薙ぎ払う。
そこは屋上、摩耶の隣には浅葱美鈴の姿もあった。
だが、美鈴は相変わらずの役立たずっぷりを発揮し、泣き喚きながら嫌な音をばら撒いた。

美鈴
 「う、うええええん! こっちに来んといてー!」

何故二人は、屋上にいたのか。
それは屋上の縁に答えがあった。

アリア
 「霧島先輩、3時の方角距離400メートル」

ミア
 「狙い撃つ!」

関東支部2年、ブロスター少女の霧島ミアは事件が発生すると直ぐに屋上に向かった。
その間、ミアは東堂アリアと合流し、アリアを優秀な観測手とした。
そしてアリアが目を瞑り、未来予知を持ってゲシュペンストのスポーン先を予知し、それをミアに伝え、ミアは精密射撃でその場所に砲撃を打ち込む。
しかしこの観測手と狙撃手には致命的な弱点があった。
それは周囲が手薄になるということ。
そのため、偶然居合わせた摩耶達が、露払いに選ばれたのだ。

摩耶
 「全く! なんで関東まで来てこないな事巻き込まれなあかんねん!」

美鈴
 「そ、それは堪忍や! と、兎に角やるしかあらへん!」

摩耶
 「あーもう! そう言うなら美鈴も一匹位倒せや!」

美鈴
 「無ー理ーやー!? そないな事したらウチ死んでまう!?」

美鈴の弱気っぷりは相当のものだ。
摩耶は自他共に認める有数の実力者だ。
だが、本来得意なのは絡め手で、無双するのは得意ではない。
摩耶は尻尾9本から同時に9発の火炎放射を放てる。
威力は劣るが、ゲシュペンストαを払うには充分な火力だ。

摩耶
 「死なへん! ウチが守ったる!」

美鈴
 「先輩……! せやけどやっぱり無理! ウチは嫌な音と乱れ引っかきしかできん駄目なカクレオン少女やー!?」

摩耶
 「だぁぁぁぁ!」

ゲシュペンストβ
 「!!」

ゲシュペンストβが摩耶に接近した。
βはその摩耶の顔よりも大きな鉤爪の手を振りかぶると、摩耶に襲いかかる!
しかし、摩耶は怪しい光を放った。
ゲシュペンストβは摩耶を見失い、ゲシュペンストαを切り裂くフレンドリーファイアを誘発してしまう。
その隙きに摩耶は尻尾を振るった。
アイアンテールがゲシュペンストβを弾き飛ばす!

摩耶
 「トドメや! 火炎放射!」

摩耶は火炎放射を収束させ、一本のレーザーのようにすると、尻尾から放った!

ズドォン!

収束した熱線と化した火炎放射は爆発を起こし、周囲のゲシュペンストαを巻き込みゲシュペンストβを霧散させる。

摩耶
 「それにしても関東の奴らよう集中しとるな」

摩耶は後ろを見た。
二人のやかましいコントも戦闘の音も聞こえていないのか、アリアは目を瞑ったまま、ゲシュペンストを捕捉し、ミアは冷徹怜悧にただ、砲撃を繰り返す。

佳奈美
 「お前ら生きとるかー!?」

そこに、上空を飛び回り転戦する佳奈美が現れた。
佳奈美の側には同じ関西学園1年生ヤンヤンマ少女の小金杉菜(こがねすぎな)、緑のゴーグルのようなカバーに覆われた顔、飛ぶために簡素なスーツで、4枚の羽を目に止まらない速度で羽ばたかせていた。

摩耶
 「なんとか大丈夫どす!」

杉菜
 「美鈴ー! 死ぬんじゃないわよー!?」

美鈴
 「杉菜ぁ! 助けてー!?」

佳奈美
 「杉菜、警戒は任せたで?」

杉菜
 「任せといて! 私の得意は哨戒だからね!」

杉菜はそう言うと、その場を旋回しつつ上昇する。
佳奈美はサイコキネシスで屋上の敵を払うと、直様飛び去った。

美鈴
 「いつ見ても先輩かっこええなぁ〜」

摩耶
 「ま、佳奈美先輩は本来執行部へ行くべき人やけど、教導部選んだ人やからなー」

佳奈美の性格、実力、どれも立派で、ゲシュペンスト被害に正面から立ち向かう執行部向きの性格。
しかし佳奈美は、愛への対抗心がそうさせたのか。
彼女は教導部を選んだ。
しかしやはりゲシュペンストと果敢に戦う姿は女性から見ても格好良い物だった。

アリア
 「っ!? 何か巨大な反応!?」

摩耶
 「な、なんや!?」

それは摩耶たちの目の前に出現した。
異様な巨体、まるでこの世のどの生物にも似ているようで似ていない怪物。
すべてのポケモン少女が恐れるべき災厄。
ゲシュペンストγの出現だった。



ポケモンヒロインガールズ

第32話 ゲシュペンスト、ポケモン少女達の戦い 完

続く……。



KaZuKiNa ( 2021/12/02(木) 21:38 )