ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第31話 障害物競走後編

第31話 障害物競走後編



実況
 「さぁ! 先頭チームはいよいよ最終エリアへ! 現在一位は関東支部ー!」

辛くも関西支部を出し抜いた悠那と桜。
彼女達は最終エリアの手前で立ち止まった。
彼女達はそこに見えた物に足を止めさせられたのだ。


 「酷い砂嵐ね」

桜は数メートル先さえ見えぬ砂嵐に目を細めた。
だが……その程度なら桜が止まる理由はない。
なぜ二人が止まったのか、悠那は腕を組み、砂嵐の先を見た。

悠那
 「あれは……何なのかしら?」

悠那は見た、砂嵐の中に佇む巨大な存在。
それは巨人だった。
砂嵐の先にあまりにも大きな巨人の上半身が見えたのだ。

実況
 「さぁ! 最終エリアはサンドストームトライアル! 先の見えない砂嵐の中、待ち構える最後の関門! 最初にこれを超えるのは誰か!? 因みに特殊なカメラを使っているから、中継は問題ないぞ!」

悠那
 「……行くしかないわね?」


 「そりゃあねぇ?」

悠那はゆっくりと浮かび上がると、砂嵐の中を進んだ。
一方で桜も砂嵐に紛れ込むように前へと進んだ。

悠那
 「っ……! 目も開けられないわね」


 「地面タイプの私はともかく、悠那じゃ砂嵐は辛いでしょうからね」

二人はなるべく離れないようにした。
何があっても二人なら凌げる、そういう自信があったからこそ、焦らず進んでいく。


 「ん!? 悠那前!」

桜が濃い砂嵐の中、前を指差した。
すると、その直後赤いセンサー光を捉えた。
悠那は咄嗟に身を捻る!
すると、悠那のいた場所に!

ドドドドド!


 「これって!?」

黄色いペイント弾だった。
人形を極端にデフォルメ化したロボットが、色付きのペイント弾を乱射してきたのだ。

悠那
 「ち!? これ一体どういう意味!?」


 「分からない! キャア!」

桜が被弾する!
ペイント弾と言っても、それは大きく衝撃がある。
桜にはまともな物理攻撃は通じないが、前へと進むのを阻むには充分だった。



***



摩耶
 「なんやなんや? 砂嵐の中、何起きとるんや?」

美鈴
 「先輩ウチ怖い……なんか変な音しとるし……」

関西支部の二人も、また最後のエリアを前にした。
桜たちに出し抜かれた摩耶は、美鈴を起こすと、二人を追走する。
しかし、一体砂嵐の中で何が起きている?
それが分からないウチは迂闊には進めない。
勇み足はかえって遠回りになってしまう。

摩耶
 (定石は相手を先行させて、妨害要素を把握する……そして最後に出し抜く)

摩耶は狡知な女だ。
性格が悪いとも評されるが、それは勝つためには手段を選ばないということ。
それでも彼女はそれが最終的にチームの勝利に繋がると信じている。
そんな摩耶が、佳奈美の悲願を叶える為に勝利の方程式を見つけようと頭脳を回転させる。

美鈴
 「あ、先輩……後ろから来ますで!」

摩耶
 「ち、あきまへんなぁ……行くしかあらへんか」

摩耶は美鈴の手を掴んだ。

摩耶
 「美鈴、絶対手ぇ離したらあかんで?」

美鈴
 「先輩……!」

美鈴はギュッと摩耶の手を握り返した。
美鈴は頼りない女だ、いつもピーピー喧しく泣いて、周りを困らせる。
そして自分に自信がない、いつか皆に捨てられるんじゃないかって怯えていた。
でも、摩耶が美鈴を頼ってくれる。
守ってくれるとも言ってくれた。
美鈴は嬉しかった、顔を真っ赤にして目頭を熱くさせる程。

摩耶
 「行くで! 逸れるな!」

美鈴
 「う、うん!」

関西支部の二人もまた、砂塵の嵐の中に飛び込んだ。
それは凄まじく、摩耶は細い目を更に細くした。
美鈴もまた、その透明な姿に輪郭が浮かび上がる。

摩耶
 「かなんな……! 走られへん!?」

美鈴
 「う、ううう……!」

美鈴は必死だった。
とにかく摩耶の手を離さない。
そして一歩でも確実に歩んでいく。
二人の歩みは遅かった。
だが、不意に摩耶はその音を聞き分けた。

ギギギ。

摩耶
 「機械音!? 美鈴気を付け!」

その瞬間だった、赤いセンサー光が摩耶を捉えた。
妨害のために設置されたセントリーガンから、無数のペイント弾が発射される!
それは数発摩耶に当たった!
少し痛いが、耐えられない程じゃない。
それよりも何故ペイント弾?

摩耶
 (どういう意味や? ペイント弾? 美鈴には最悪やけど……わざわざそのため?)

摩耶は必死に頭を働かせた、ピンポイントな個人への対策などあるはずがない。
透明化出来るカクレオン少女の美鈴には最悪だが、態々そのためにペイント弾は用いないだろう。

摩耶
 (ペイント弾が当たれば嫌でも目立つ! てことはそれに意味がある!?)

摩耶は思考を早めながら、歩を進める。
とにかく、追いかけなければならない。
砂嵐は酷く、未だ桜たちの背中は見えなかった。
だが、不意に……!

ガコン!

摩耶
 「はぁ!? トラッ……!?」

突然摩耶の足元に落とし穴が出現した!
摩耶は抵抗もできずその四角い穴に吸い込まれる!

美鈴
 「摩耶先輩っ! あかん!」

美鈴は踏ん張った!
摩耶の手を両手で必死に握り、摩耶が落ちるのを防ぐ。

摩耶
 「美鈴、アンタ!?」

美鈴
 「ウチ、こんくらいしかでけへんけど! 摩耶先輩絶対勝たせたいんです! そんで佳奈美先輩を!」

美鈴は必死だった。
とにかくテンパりながらも、摩耶を助けようと必死にその手を引っ張る。

摩耶
 「ち! はぁ!」

摩耶はそんな必死な美鈴に甘えはしない。
直ぐに落とし穴の四角い縁を掴むと、飛び上がり穴から脱出する。
引っ張られた美鈴はそのまま地面に倒れ込んだ。

美鈴
「うぅ……あれ?」

美鈴は涙をこぼしながら、顎を地面に付け、その視界に映ったものに気がついた。

ガコン!

ペイント弾が地面に当たる。
すると、落とし穴が作動した。
それが至るところで発生していた。

美鈴
 「先輩、これもしかして解法あるんとちゃいます?」

摩耶
 「解法?」



***



ガコン!


「だーもう!?」

桜は落とし穴の回避に必死だった。
ペイント弾が命中してからというもの、急に落とし穴が頻発しているのだ。

悠那
 「捕まれ!」


 「そうするしか……!?」

桜は悠那の手を掴んだ。
悠那はそのまま浮上する。
サザンドラ少女の悠那には落とし穴は苦ではない。
しかし桜が満足に進めないのは、状況としてよろしくない。

悠那
 「一か八か、上から!」

悠那が上昇する。
しかしその直後、前方に見えた巨人が動いた!

ズドドドドドド!

悠那
 「っ!? きゃあ!?」

それは大量のペイント弾だ。
フィールドの丁度中央に配置された巨人の正体はタコのようにも見える、巨大なロボットアーム付きのトーチカだった。
トーチカは複雑なセンサー光を周囲に放ち、対空警戒していた。
悠那はそんな防空網に引っかかってしまったのだ!
ペイント弾をマシンガンのように放つ姿はまるで対空機銃、悠那はその弾幕に晒されると、態勢を崩した!
そして、そんな悠那に巨大な蛇腹の腕を持ったロボットアームが迫る!

ガシッ!

悠那
 「な!? なにを!?」

ロボットアームは悠那を掴んだ!
するとロボットアームは悠那を巨大な人型トーチカの麓に運んだ。

悠那
 「な、何をする気?」

ロボットアームに掴まれた悠那は真下を見る。
そこには大きな穴が空いていた。
穴は吸気しているのか、気流が生まれていた。

ガシャン!

不意にロボットアームが開き、悠那達が開放される!
二人はそのまま穴の中に吸い込まれた!


 「きゃあああ!?」

穴の中はスライダーのようになっていた。
気流に運ばれると、彼女たちは満足に未動きも出来ぬまま、ロボットの中を運ばれる。
しばらく方向感覚が分からない中、やがて彼女たちの身体は上昇した。


 「な、なにか嫌な予感するんだけど!?」

例えるなら……そう、これはまるで砲だ。
自分たちが弾丸、そのまま圧縮された空気が悠那達を押し出す!

ポーン!

まるでイギリスのポムポム砲のような音がフィールドに響いた!
それは砲弾のように悠那と桜を弾き出す!



***



美鈴
 「ぴぃやぁ!? な、なんなんあれ!?」

摩耶
 「なるほど、穴に落ちると人間砲弾にされるわけか」

摩耶たちは人間砲弾にされた悠那達を見た。
随分手前に戻す装置やったみたいやな。
これでもう悠那たちに勝利はないやろう。
そして摩耶は安全地帯から、フィールドをよく考察した。
美鈴が偶然か閃いたフィールドの特徴。

摩耶
 「ペイント弾は落とし穴を作動させるギミックや、つまり完全回避できるんやったら、落とし穴は作動せん」

美鈴
 「せやけど、問題はあのロボットの方やで、新長田の鉄人より大きいで」

摩耶
 「ゆうて28号は18メートルやさかいな、てか関西ローカル過ぎて誰もついてこれへん例えやめい」

摩耶は適当に美鈴に突っ込みながら、解法を見つけようとしていた。

摩耶
 (上はまるでハリネズミやな、そんでロボットアームが厄介や、やけど作動条件は?)

摩耶は鬼火を生み出した。
それを真上に打ち上げる。
すると、ハリネズミのような対空機銃が鬼火を襲った。

摩耶
 「単純に高度制限やな」

美鈴
 「それやとウチら関係ないん?」

摩耶
 「多分、ね」

摩耶は這いつくばる、落とし穴の正確な位置を見極めるために。
九本の尻尾はうねうねとうねり、這いつくばれば大きな九尾の狐のようだ。
だが、それだけに六感を摩耶は鋭敏に働かせた。

摩耶
 「見えた! 行くで美鈴!」

美鈴
 「う、うん!」

摩耶は一気にダッシュした。
落とし穴の上は少しだけ砂が少ない、そしてペイントされた砂は落とし穴に吸い込まれる。
それは分かってしまえばあっさりと解法を見いだせた。
落とし穴の下には真四角の綺麗な砂が積もり、それ以外の場所はペイント弾で汚れている!

摩耶
 (あははは! 佳奈美ん! ウチらの勝ちやーっ!)

勝利の確信だった。
予想通り、巨大なロボットも飛ばない限り摩耶たちに襲いかかりはしない。
飛ばない限り虚仮威しだった、それでも目立つことで威圧させる効果は充分だったろう。
しかしそれも終幕だ、もはや摩耶たち関西支部を妨害出来る物は何もない。

実況
 「さぁ! 関西支部、いよいよゴール手前! このまま勝利は確定するのかー!?」

摩耶
 (アッハッハ! エエでエエで! ウチの勝ちやー! 煽って煽って♪)

摩耶は上機嫌だった。
だがあからさまな高笑いは品がない。
右手で裾を握り、口元を隠すと摩耶は奥ゆかしく笑う。

美鈴
 (すっごい悪役っぽい笑い方するんやな〜)

まぁ、品を重視した笑い方も美鈴にすれば、それはなんだかヒーロー物の悪の女幹部にいそうな笑い方だなーと思う程度であった。

実況
 「さぁ! いよいよゴールラインが見えた! このまま関西支部独走のまま……ん!?」

摩耶たちはゴールラインを見た。
しかし実況の様子がおかしい。
一体何が?

ポーン!

またもポムポム砲のような音がフィールドに響いた。
誰かが落とし穴に落ちたのだ。

実況
 「おおっと! 米露連合、ロボットに弾き出される……いや!?」

その時、ゴールを目の前にした摩耶は上を見上げた。
影が凄まじいスピードで飛び越した。

実況
 「ご、ゴール! 障害物競走1位でゴールしたのはなんと米露連合チーム!」

摩耶
 「はぁ!? 何が起きたんやー!?」



***




 「はぁ、すごい作戦ですねー」

愛は俯瞰的にそれを見て、感嘆した。
米露連合チーム、この障害物競走に参加したのはロシアからツンベアー少女、そしてアメリカからはあのスワンナ少女のリリィだった。

明日香
 「な、何が起きたんだ?」


 「米露チームの分析力は見事ですねー」

米露チームが取った作戦、それは関西支部の作戦に近い。
まず対戦チームを先行させ、障害物の配置や挙動を把握する。
だが、関西支部が2位の位置を保持するなか、米露チームはそれより後ろから分析していた。
最終エリアのシステム、2つのチームの結果を見て、米露チームはある作戦を決行した。


 「リリィちゃん、スピードがあるけどパワーがありません、一方でロシアのナターシャちゃんはツンベアー少女、パワーはあるけどスピードがありません」

明日香
 「それがどういう意味なんすか?」


 「推測ですが、口頭で彼女たちの作戦を再現してみましょう。まずツンベアー少女のナターシャちゃんに先行させます」

愛は目を瞑ると、まるで一緒に作戦に参加しているかのように語りだした。
ナターシャはまず、落とし穴に落ちる。
すると当然ナターシャは悠那達と同じように弾き飛ばされる。
だがそこで入口で待機していたリリィの出番である。
リリィは追い風を吹かせ、最大スピードで飛び出した。
あれは完璧なタイミングだった、おそらく分析を担当したのはナターシャの方だろう。
落とし穴に落ちて何秒で射出されるか?
それを正確に把握したリリィは安心して飛び出した。
そして射出されたナターシャを砲から飛び出した瞬間キャッチ!
対空機銃はリリィを捉える事は出来ない、弾幕を高速で抜ける、それ程のスピードで飛び、そして慣性を維持したまま、リリィはナターシャと共に、摩耶の頭上を飛び越えて、ゴールしたのだ。

明日香
 「はえー、そんなの出来るんすねー」

明日香は容易に米露連合の動きと作戦を解説する愛に驚嘆した。
しれっと語っているが、まるで作戦を知っていたかのように語る愛の分析力、一番恐ろしいのは三年生かもしれないと思う明日香だった。


 「本当にビックリですよねー、悠那ちゃん達じゃ性格も含めて無理な作戦ですねー」



***



リリィ
 「ワッフー! ミッション・コンプリート!」

見事1位を出し抜いたリリィはゴールで両手を上げてはしゃいだ。
一緒にゴールしたナターシャは白銀の髪に絡まった砂を払い、ただ無言だった。
2位でゴールした摩耶たちは呆然とする。

摩耶
 「そ、そんなんありなん?」

リリィ
 「ふふ、フォックスガール! まだまだ、デスネ♪」



***



佳奈美
 「ふふふ……あはは……アッハッハッハ!」

佳奈美はその結果を見届け、顔面を覆って三段笑いしてしまう。
結果を見れば、関東支部には勝ったが2位だ。

綾女
 「ほ、ほら? でも2位でしょ? 結果見れば上場やん?」

佳奈美
 「1位意外はビリと同じや! 2位に喜ぶな!」



***



サーリャ
 「ハッハッハ! ハラショー!」

観客席からその結果を受け取ったサーリャは大笑いした。
ようやく結果を出したのだ、それも満足のできる結果だ。

マリー
 「ね? リリィは結構やるでしょ?」

同時にアメリカのマリーも喜んでいた。
突出するだけでは勝てない。
いくら実力があっても、その結果はご覧の通りだ。
悠那と桜は素晴らしいコンビだ。
サーリャとマリーも注目するほど優秀だが、その結果1位に拘り、全ての障害物とバカ正直に付き合った。

サーリャ
 「この障害物競走の難しいところは、チームの二人がゴールした時点で順位が確定する、つまり一人が突出しても結果は出せない」

マリー
 「そういう意味では私達って不利なんだけど、ね」

協調性に些か問題のある米露連合、チーム戦で結果を出せたのは、カタログスペックにおいてはかなりの成果だったと言える。
サーリャとマリー、二人とも優秀なスタッフが結果を出せていない事は不満であり、この予想外こそが実戦なのだろう。



***




 「……」

仕立ての良い灰色のスーツを着た男性がスタジアムから少し離れた河川敷でその結果を見届けた。
男が注目したのは結果じゃない、おじさんとも言えそうな年齢、しかし爽健な顔立ち、鋭い眼光は関東支部所属の八神悠那に降り注がれた。


 「やっぱり……来ていたんだ」

鋭い目の男は振り返った。
紺色のスーツをだらしなく着崩した優男がそこにいた。
男は目を細めた、まるで睨みつけるように。
だが、優男は動じない。
当然だ、二人はその素性を知っている、知っている上で出会ったのだ。

鋭い目の男
 「ポケモン少女管理局局長が何のようだ?」

その優男の正体、それはポケモン少女達を纏める文字通りのトップだった。
あの神成依乃里が心酔する男、その正体はとても優しい顔をした男性だった。

局長
 「君こそ、やっぱり八神君が気になるんだ?」

鋭い目の男
 「貴様……満足か? 悠那を支配下におけて……!」

鋭い目の男は言葉を低くした。
それはまるで怒りだ、しかし局長は肩を竦めた。

局長
 「恭介、俺はそこまで非情にはなれないよ」

恭介
 「純! お前がそれを言うか!?」

その二人、杉森恭介(すぎもりきょうすけ)と一ノ瀬純(いちのせじゅん)は因縁浅はかではない間柄だった。
いや、局長こと純は決して恭介を敵対視していない。


 「君が俺のやり方が気に食わないのは分かっている……でも俺は皆を護るぞ」

恭介
 「嘘をつき続ける事でか? ならば依乃里君の役目を解け!」

純と恭介、そしてユクシー少女の神成依乃里、その三者の関係は?

依乃里
 「そこまでよ杉森先輩? 私は貴方に従うわけにはいかない」

突然、空から依乃里が降ってきた。
恭介はその顔を見て、複雑な想いを抱いた。

恭介
 「依乃里君……君は変わったな」

依乃里
 「変わるわよ……15年よ? 貴方が裏切らなければ、違ったかもしれないわね」

依乃里もまた、複雑な顔だった。
神成依乃里、その人物はこの二人を先輩とする少女だった。
まだポケモン少女ですらなかった頃、依乃里にとってこの二人は憧れだった。
特に恭介と依乃里はかつて付き合っていた。
しかし依乃里は純を選んだ、その結果が全てだった。

恭介
 「……二人とも忠告する、お前たちのやり方ではポケモン少女は護れない!」

恭介は背中を見せた。
その言葉、純と依乃里に響かない訳ではない。
だが止まる訳にはいかないんだ。

依乃里
 「ポケモン少女の秘密……それを知ってまともでいられる子なんていないわよ……それなら知らない方が良いじゃない」

恭介
 「知ることは人間の権利だ、ポケモン少女は……人間なのだぞ」

神成依乃里、ユクシー少女は記憶を司る。
悠那が求めた少女の正体は、もしかすると吐き気を催す程邪悪かもしれない。
だが、異なる正義が存在している。
純と恭介、その二人は異なる答えを持ってこの世界を憂いているのだ。


 「恭介! 八神君には会わないのか!?」

恭介は立ち止まった。
その拳を握り、強く震えさせる。

恭介
 「悠那ちゃんも、冥子ちゃんもいずれ取り戻す……!」

恭介はそれだけ言うと、その場から立ち去った。
純はその背中を見届けると、拳を握り込んだ。


 「恭介……お前こそ、彼女たちに真実を何故言わない? 恐れているんだろ、俺達は同じだ」



***



悠那
 「……?」

結果が散々だった悠那はふと、真上を見上げた。
今は宝城明日香と砂皿由紀が障害物競走に出走している。


 「あー、早くシャワー浴びたい、このインク落ちるわよね?」

同じように結果を待つ桜はウンザリした様子だった。
特に身嗜みには気をつけているお洒落さんの桜はペイント弾で汚れた身体を気にしていた。
だが桜は悠那の様子に気がついた。
敗戦に落ち込んでいるかと思ったが、どうも様子がおかしい。


 「どうしたの悠那? 上?」

桜は頭上を見上げる。
とは言っても天井しか見えないが。

悠那
 「気のせいね……誰かが呼んでいる気がしたけど」

八神悠那、このサザンドラ少女は少し特別な存在だ。
誰に教えられる訳でもなく、そして奪われる事なくこの世界の心理の一端にたどり着いた。
そして杉森恭介に導かれ、この世界を解放するために戦った。
悠那は恭介に心酔していた。
恭介もまた、悠那に愛情を注ぎ、ある種大切な存在として育てた。
だが、今悠那に恭介の記憶はない。
それは依乃里が奪ったからだ、恭介の記憶は都合が悪すぎる。
しかし悠那の人格形成において恭介は重要なパーソナリティだった。
だから、その想いはぼんやりとだが、悠那の中にこびりついていたのだ。


 「呼んでるって、姫野さんじゃあるまいし」

桜はそう言うと苦笑した。
1年の姫野琉生、あの子程不思議な子はいないだろう。
才能も凡なれば、実力も決して突出している訳ではない。
それでも琉生は何故か愛される。
ポケモンに愛され、周りに愛される。
あんな不思議な子なら、ソウルの声を聞いても不思議じゃないのだ。

悠那
 「サザンドラの声……?」

悠那は琉生の名前が出ると不機嫌になるが、サザンドラの声は聞こえない。
元よりソウルの声を聞ける者など殆どいないのだが。

悠那
 「兎に角反省ね……私達は負けたのだから」

悠那は腕を組むと、そう頷いた。
不思議な感覚だったが、いつまでもそれに囚われている訳にはいかない。
第一不思議ちゃんは琉生だけで充分だ、自分まで不思議ちゃん扱いされては困る。

実況
 「さぁ! 関東チーム、掟破りの地下を突破! 今ゴール!!」


 「あら、あの子たち勝ったみたいね」

悠那
 「不愉快だわ……!」

自分は明日香以下か、そう思うと眉間を寄せる。
明日香と由紀は意外にも良相性で、障害物を突破していき、最後は地下がある事を逆に利用してサンドパン少女の由紀が安全な地下から突破、その穴を明日香も使い、余裕の1位だった。



***



由紀
 「おっしゃー! アタシが一番よーっ!!」

由紀はゴールすると人差し指を高々と突き上げた。

明日香
 「とりあえずこれで面目保てましたね」

由紀
 「闘子ー! 首を洗って待ってなさい! チャンピオンはアタシよー! アッハッハッハ!」

明日香
 (先輩出来上がってるなー)

明日香はまるでポケモンファイト中のようなハイテンションの先輩に苦笑した。
由紀は試合になるとキャラが変わる女だ。
普段はどっちかというと静かというか、大人しい方なのだが、試合になると誰よりもハイテンションで暴れまわる。
特にテレビに映る時は意識しているのか、カメラ目線もバッチリだ。

由紀
 「宝城明日香! 次はアンタよ!」

明日香
 「え?」

由紀
 「アンタもポケモンファイトやるなら、マイクパフォーマンスの一つくらい覚えなさいっ!」

明日香
 「う、うおおおおおおお! あたしが一番だァァァァ!!」

明日香は仕方がなく顔を真っ赤にして叫んだ。
本来こういうのキャラじゃないんだが、由紀を納得させるために叫んだ。
勿論それを見るクラスメイトの顔を想像しながら。



***



夢生
 「あすちんやるビュンね〜」

アリア
 「あはは、でもマイクパフォーマンスは少し下手ですね」

琉生
 「そういう問題?」

兎に角障害物競争は終わった。
この後は1時間の休憩だ。
熟す種目数も少ないように思えるけど、そもそも1種目の密度が凄いからね。


 「お腹空いた」

燈はそう言うとお腹を抑えた。
速くも会場からは観客達も出始めている。

琉生
 「私達、学園に戻るの?」

アリア
 「その筈ですね……愛ちゃん先輩を待ちましょう」

夢生
 「今日のお昼ごはんは何ビュンかね〜?」


 「おーい、みなさーん! お待たせしましたー!」

会場で待機していると、愛は急いで一年生の元に向かってきた。
愛は一緒にいたはずの悠那達と一緒ではなかった。

アリア
 「このまま学園に戻ればいいんでしょうか?」


 「いえ、それだと渋滞に巻き込まれてしまうので〜」

きらら
 「お待たせ、皆」

突然、星野きららがその場にワープしてきた。
そういえばこの先輩、最初以来姿が見えなかったが何をしていたのだろう。

琉生
 「きらら先輩、今まで何を?」

きらら
 「ん、真希の手伝いしてた」


 「運動会で普段巡回してもらっているので皆がいませんからねー、真希ちゃん大忙しなんですよ」

アギルダー少女の藤原真希、今回の運動会には一切姿を見せないが、琉生たちの代わりに街を警邏していたのだ。
例え運動会であっても、事件や事故は起きる。
ましてゲシュペンスト騒ぎはポケモン少女にしか対応できない。
運動会に参加しない三年生にはそういう意味もあるのだ。

きらら
 「皆食堂に送るから集まって」

パルキアの少女の力、空間を自在に操作する能力は凄まじい。
琉生達は素直に固まると、きららは一瞬で空間を操作し、琉生達は学園内の食堂に移動していた。


 「わ、凄い」


 「それじゃ、きららちゃん。他の皆さんもお願いします」

きらら
 「ん」

きららは短くそう言うと、再び消えた。
どうやらポケモン少女の送迎は、きららが対応しているようだ。

夢生
 「あ! あすちん! 1位おめでとビュン♪」

食堂内には既に悠那と明日香もいた。
悠那はペイントを落とす暇もなかったのか、ビビットに汚れていた。

アリア
 「八神さん凄いことになってますね」

悠那
 「ふん、後でシャワー借りるわ」

明日香
 「先に借りてもいいんじゃねーか? だって混むぜ?」

悠那
 「後のほうが空いているわ、それに私はこれ位なら気にしないわよ」

明日香
 「んなこと言ってたらモテないぜー?」

悠那
 「モテるとか、そんな不純なこと……不純?」

悠那は不機嫌な顔のまま固まった。
特にモテたいなんて思ってはいない様子だが、何かが引っかかったようだ。

夢生
 「どうしたビュン?」

悠那
 「ねぇ……アンタ達は逆にモテたいとか、好きな男っている?」

悠那のその言葉に何人かは顔を赤くした。

アリア
 「そ、そんな! 好意を抱く男性などおりませんわ!」

明日香
 「右に同じー、闘子先輩なら尊敬するけどな!」


 「私、お父さんは好き」

夢生
 「むうもパパ位ビュンかねー?」

明日香と夢生はあっけらかんとして、アリアと燈は顔を赤くした。
恋バナをしようにも、こうまで男っ気もなければ浮ついた話をしようもない。
一方、琉生は?

琉生
 「……私、そういうの分からない」

分からない、そう言うが琉生の顔は暗かった。
まるでそういうことを考えたくない、そんな顔だった。

悠那
「私は……あるわ。自分でもよく分からないけれど、多分誰かを好きになったことがある」

夢生
 「えー!? 意外ビュン! 一番浮ついた話が嫌いそうなのに!」

夢生の意見も最もだ。
悠那自身浮ついた話は好きじゃない。
自由恋愛自体良く分かっていない。
特定の誰が好きとかじゃないが、確かに悠那の中に淡い想いが存在しているのだ。
その時の悠那の穏やかな顔、付き合いの長い燈もあまり覚えがなかった。


 (いつの時か、悠那同じ顔してた気がする……でもいつ?)

記憶の齟齬、燈は軽度だが、それでも思い出せない物があった。
特に困るものではないが、それはモヤモヤするものだった。

悠那
 「はぁー、止めよ。こんな話して私達じゃ不毛よ」

明日香
 「たしかになー、女に興味がある訳でもねぇし」

夢生
 「レズビュンか? むうは普通の恋愛が良いビュンねー」

アリア
 「れ、レズ……」

アリアは顔を赤くすると手で覆った。
レズの行き着く先を思い浮かべ、アリアは妄想を自重した。


 「それよりご飯」

明日香
 「そうだな、さっさと受け取りに行こうか」

関東支部には食堂が3つある。
それぞれ学年ごとに別れ、無人の保温器から弁当を一つずつ取り出す。
今日は普段は広すぎる位の食堂も、他の学園の生徒が集まっており、狭くなっていた。

リリィ
 「オーウ! 憧れのジャパニーズベン・トー!」

明日香
 「……外人もいるだったな」

よく目立つ金髪アメリカ人は我関せずはしゃいでいた。
当然他の生徒にも注目されるのだが、今は変身状態ではないため、誰が誰かは分からない状態だった。
故にこんな事態も起きる。

琉生
 「あ」

綾女
 「あ、ごめんなさい」

弁当を受け取ろうとすると、琉生は綾女とバッティングする。
しかし二人はそれが誰かわからない。
なにせ琉生は銀髪の儚い西洋人形のような少女も、変身すると肉質もよく凛々しい茶髪の美人なのだ。
一方綾女は藍色の髪を肩まで伸ばした撫で肩の可憐な少女だ。
変身すればスレンダーで、赤い頭が特徴的なメブキジカ少女になる。
お互い変身状態の方が印象的で、元となる少女がピンとこないのだ。

琉生
 (綺麗……大和撫子?)

綾女
 (か、可愛い……まるでお人形さんみたい……!)

明日香
 「おーい、お見合いしてるなら、先取らせてくれー」

琉生
 「あ、ごめん!」

琉生は慌てて弁当を取った。
綾女も続く、その後ろも行列だった。

美鈴
 「あーうー!? ごめんなさいごめんなさい!」

ポニーテールの小さな女の子が問題を起こしていた。
それは青い瞳の女の子に味噌汁をぶちまけてしまったのだ。
ぶちまけられた側の少女は呆然としていた。

綾女
 「み、美鈴ちゃん! ご、ごめんなさい!?」

ナターシャ
 「……気にしてない」

シェンコ
 「拭くもの持ってくる」

明日香
 「賑やかすぎるだろ」

流石に明日香も苦笑した。
ロシア組と関西組が問題起こした様子だが、ナターシャという少女、まるで動じてない。
凄まじくマイペースな様子で味噌汁の具が乗った手をペロペロ舐めている始末だった。



ポケモンヒロインガールズ

第31話 障害物競走後編 完

続く……。


KaZuKiNa ( 2021/02/06(土) 18:14 )