ポケモンヒロインガールズ





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第三部 ネクストワールド編
第29話 16キロメートル走

第29話 16キロメートル走



第一種目、4キロ飛行が終わり、その競技を見た観衆達は興奮していた。
生で見るポケモン少女達の異次元なアクロバット飛行、改めてその凄さ、そしてそれが身近な所にいる事に熱狂する。


 「……アメリカの子も余裕を見せるから負けちまうのさ」

それら観客とは別に冷めた視線を贈る少女が観客席にいた。
ロシアからやってきたサーリャ・カカーポポフ。
ポケモン少女であり、今回の米露合同チームを監督するロシア軍中佐を務める18才の女傑。
鋭い青い瞳は、その肩書きに馴染むように豹のようで、ただ観客席からポケモン少女たちの活躍する部隊に注がれた。


 「隣いいかしら?」

サーリャは顔を上げた。
そして隣の座席に手を置いた少女を見て、ニヤリと笑う。

サーリャ
 「これはこれはアメリカの、選手として参加しないのかい?」

アメリカの、そう呼ばれ少女はニコリと微笑んだ。
マリー・バッシュ、プラチナブロンドを肩まで伸ばした背の高い白人の少女だった。

マリー
 「本当は参加したいけれど、流石に私が出たら弱い者いじめになっちゃうわ」

マリーはそう言うと、サーリャの隣に腰掛けた。
サーリャは鼻で笑う、元々二人の席は日本のポケモン少女管理局からの招待席だ。
ようするに、席に座るのに許可を取る必要はない。
だがマリーは値踏みをしてきた。
合同チームとは聞こえはいいが、ロシアのポケモン少女は軍の管理化、一方アメリカでは警察機構に組み込まれている。
民間に運営される日本とは些か事情が異なるこの二国間、かつてより対立と協調を繰り返し、今は手を取り合う状況だが、二人が互いを見る視線は少し剣呑だ。

サーリャ
 「ハッ! アメリカ人ってのは、どいつもこいつもビックマウスが過ぎるな!」

マリー
 「リリィの事かしら? ごめんなさいね、あの子実力はあるんだけど、自信過剰なのよね」

サーリャ
 「フフ、ヘタレ弱虫よりは評価できるがな、戦場で怖気づいた奴程役に立たん奴はおらん!」

ゲシュペンスト、例え軍であっても、存在する理の異なるゲシュペンストに攻撃する事は不可能だった。
そんな中で唯一ゲシュペンストに有効な戦果を上げたのがポケモン少女であった。
広大なロシアにおいて、ポケモン少女の絶対数はあまりに少なく、ゲシュペンストの神出鬼没な姿は、より少女達に負担を与える。
サーリャはそんな自国の実像に合わせてそう言った。

マリー
 「貴方は、選手として参加したくないの?」

サーリャ
 「大人が子供相手に本気になるかい? まぁヤーパンのホシノが参加するって言うなら別だが」

サーリャも意見としてはマリーと同じだ。
温和な笑みを浮かべるマリーと、ツンドラのように厳つく厳粛なサーリャ。
二人は腹の中を見せず、ただ運動会の経過を見守った。



***



実況
 「第2種目は! 16キロメートル走! シンプルな競争だ! ルールは単純! 1周800メートルのフィールドを20周するだけ! 簡単だな! ただしこれはポケモン少女達の祭典だ! それを忘れちゃ駄目だぜ!?」

実況が煽る中、スタートラインに立った姫野琉生は深呼吸をしていた。


 「君が噂のスーパールーキー?」

琉生
 「え?」

突然脇から声を掛けられた。
驚いた琉生が見たのは、タレ目のメブキジカ少女だった。
関西支部所属の鹿嶋綾女(かしまあやめ)、あの一筋縄ではいかない堀佳奈美の後輩だ。
琉生がまず目が行ったのはその大きな角だ。
今は秋の姿で、紅葉が茂る。
頭部から生えたその姿はギャグにも思えるが、これがポケモン少女なのだ。

綾女
 「ふーん、見た目は結構華奢なのねー、あ、ごめん、あたしは鹿嶋綾女だよ」

琉生
 「え、えと……姫野、琉生……です」

琉生はコミュニケーションが不得手な所がある。
特に人見知りで、こういう人懐っこい相手は特に苦手だった。

綾女
 「ゲシュペンストγを倒したって聞いたから、どんな凄い子かと思ったけど、案外普通なんだねー」

琉生
 「そ、その……あれは一人で倒した訳じゃない、から」

ゲシュペンストγ、人類にとって悪夢とも言うべき最凶の敵。
報告例も滅多になければ、まして撃破報告すらまともにない史上最大の相手の撃破は、直ぐに全国へと伝播した。
姫野琉生なるスーパールーキー、特に綾女は琉生に会いたいと考えた。

綾女
 「ねぇねぇ? ゲシュペンストγと戦うのって怖くなかったの?」

琉生
 「こ、怖かった、です……でも私がやらなきゃって……オオタチさんが」

係員
 「こら、そこ! 位置について!」

綾女
 「あやや、そうだった、そうだった。それじゃ後でお話聞かせてねー!」

流石に目に余ったか、指導を受けると綾女は直ぐにスタートラインに立った。
今8つあるレーンに5人のポケモン少女が立っている。
関東支部のオオタチ、関西支部のメブキジカ、九州支部バシャーモ、北海道支部エレキブル、そして米露合同からロシア代表セキタンザン。

実況
 「さぁ! 全員位置についた! 第2種目16キロレース、火蓋を切ったー!!」

一斉に飛び出すポケモン少女たち。
機先を制したのは姫野琉生。

琉生
 (大丈夫、いつもどおりやるだけ、そうだよねオオタチさん?)

琉生は平常だった。
周りは見慣れぬポケモン少女たち、それでもコンセントレーションは高まっている。
オオタチの声は変わらず聞こえぬが、琉生のオオタチ少女としての力はソウルのリンクに左右される。



明日香
 「おっしゃー! ぶち抜け琉生ー!!」

レースが始まり、1年生達の応援も熱を帯びる。
琉生のコンディションは良好、誰よりも速く駆ける彼女の強さを一番知っているのも1年生達だ。

悠那
 (私以外に負けるんじゃないわよ……!)

アリア
 「うーん」

夢生
 「アリアちゃん、どうしたビュン?」

アリア
 「飛行競技と比べて、陸上競技は出場できる幅があります、ですので必然的に足の速い選手が選ばれると思うのですが……」

アリアはそう言うと、レースに参加する一人、ロシアのセキタンザン少女を指差す。
セキタンザン少女は全身を燃える石炭で覆ったような姿。
関東支部で言えば、明日香の変身するゴローニャ少女と系統は近い。
だからこそ、不思議だった。

明日香
 「ああ、確かに遅いな、アタシと同じだ」

セキタンザン少女もまた、全身はヘビーで、そして背中に山積みされた燃える石炭の山。
明らかに明日香と同レベルの超ヘビー級であり、スプリント競技には不向きに思えた。

アリア
 「なぜ、パワー系ではなく、スプリント系競技にエントリーしているのでしょうか?」


 「難しい事分からないけど、セキタンザンってどんなポケモンなの?」



***



冥子
 「ロシア代表、ウラジミール・シェンコ……セキタンザン少女、ロシア軍所属階級は伍長か」

校舎から試合を眺める銀河冥子はタブレットから本部の情報にアクセスする。
冥子が持つタブレットは愛が持つタブレットよりも権限が上だ。
愛のタブレットでは関東支部のポケモン少女のデータしか閲覧出来ないが、本部直属の専用タブレットなら、全国はおろか、全世界のポケモン少女のデータが閲覧できる。

冥子
 「えーと、特徴は?」

依乃里
 「パワー型、1200度の熱を帯びた石炭が武器、そして彼女の特性蒸気機関はその条件を満たせば、列車より速いわ」

依乃里は目を瞑った状態でそう言った。
冥子は改めて、表示された情報を確認して呆然と依乃里を見る。

冥子
 「……暗記してるのか? すげーな」

依乃里
 「全てのポケモン少女の特徴を記憶しておく、そうでないと対処できないでしょ?」

依乃里にとって、ポケモン少女は全て監視の対象だ。
対応を誤れば、今のポケモン少女を取り巻く秩序は容易く崩壊する。
ポケモン少女は単なるゲシュペンストに対する特攻兵器ではないのだ。



***



シェンコ
 「ハッ!」

ロシア代表、セキタンザン少女のシェンコは熱湯を真上に放った。
熱湯はセキタンザン少女の背中に落ちると、凄まじい音を立てて蒸発する。

実況
 「なんだ!? セキタンザン少女、自爆か!?」

シェンコ
 「っ!」

自爆ではない、弱点である水技を受け、シェンコの身体には水分が巡る。
それは蒸気となり、セキタンザン少女の内燃機関を刺激する!

ポッポー!!

琉生
 「っ!?」

汽笛だ。
でも何故スタジアムで?
琉生は後ろを振り返った。
汽笛の正体は、黒煙を撒き散らすセキタンザン少女が発した蒸気噴出の音だった!

実況
 「速い! 速すぎるぞ!? ロシア代表、急加速!」

セキタンザン少女はその重量級の見た目とは裏腹に、まるでエンジンを内蔵しているかのような加速を見せた。
それはあっという間に、先頭集団さえ追い抜いて見せるものだった。

綾女
 「あやや、まるで暴走特急ね〜、まぁ、今日はお日柄も良いね、のんびり行きましょ♪」

一方一番後ろを走る綾女はマイペースだった。
何を言われようが気にもしない、自分の興味が湧くことはとことんと。
関西からやってきた少女は、じりじり気温の上がる競技場でにこやかだ。

琉生
 「……っ!」

一方で、琉生は必死でセキタンザン少女の背中を追いかけた。
だけども距離は離される、圧倒的に相手の方が速かった。
そしてやがて、琉生はさらなる驚異を背中に感じていた。

実況
 「九州代表バシャーモ少女、グングン加速開始ー!」

琉生
 「っ!」

バシャーモ少女は長い足をハイスピードで動かし続ける。
加速という特性を持つその少女は長距離になればなるほど有利だった。

エレキブル少女
 (なるほど……それなら私だって!)

一方、北海道代表のエレキブル少女は自分の頬を帯電した手でパチンと叩いた。
エレキブル少女は電気エンジンという特性があり、電気を浴びると加速するのだ。

実況
 「北海道代表エレキブル少女も加速! 関東代表オオタチ少女、一気に4番手!」

琉生
 (は、速い……!)

琉生は必死になって追いかけるが、それでも加速を始めた他の少女に追いつけない。
高速移動、という技があるが琉生はそれを使っても、瞬間的に加速出来ても、持続できない。
オオタチのソウルから力を引き出そうとするが、オオタチのソウルは興味がないと言わんばかりに、琉生に応えはしなかった。

やがて、ラップが4周を越える頃、相変わらずビリを走る関西代表の綾女に変化が来た。

綾女
 「さーて、お日様さんさん♪ うーれしいなー♪」

綾女はそう言うと、太陽の陽光を全身に浴びる。
綾女のメブキジカ少女の身体がほんのり輝くと、綾女は一気に加速しだした。

実況
 「おーと! なんだー!? 関西代表メブキジカ少女、急加速! しかもこれは速いぞ!?」

綾女
 「それだけじゃないよー♪」

綾女は走るたびに、枯れ葉が散った。
コースが瞬く間に秋の小道のような風景に変わっていくのだ。

そして、既に1周遅れの綾女に迫るロシアのシェンコはカーブ際、その異変に気がついた。

シェンコ
 「っ!? すべ……!?」

実況
 「あーと! セキタンザン少女転倒!!」

シェンコは歯を食いしばり、横滑りしながらも、なんとか態勢を保持した。
だが、綾女はそれを見て、「御愁傷様〜」と手の平を振っていた。

バシャーモ少女
 「きゃ!?」

エレキブル少女
 「うえ!?」

そしてその落ち葉トラップは当然、加速する、バシャーモ少女やエレキブル少女にも襲いかかる。
転倒を避けるには、減速するしかなかった。



佳奈美
 「おっしゃー! 綾女ー! そのままやっちまえー!」

関西支部の待機する場所から、一際大きな声で応援する堀佳奈美に、綾女はニコリと笑って手を振った。
綾女はマイペースだが強かである。
それを知る佳奈美はだからこそこのスピード勝負に綾女を投入したのだ。



琉生
 「っ!?」

一方、ビリになった琉生もまた、落ち葉に苦戦していた。
綾女だけは落ち葉を物ともしない、まるでステップするかのような軽やかさで、落ち葉を振りまきながら、最も高スピードを維持している。
落ち葉は柔らかく簡単にクシャっと潰れるが、一方で落ち葉と落ち葉の間に出来る隙間の性でよく滑る。
人形が素直なバシャーモやエレキブルが苦戦するのはそれが原因だ。
一方でセキタンザン少女はまるでスロットルが壊れているのか、足を取られながら食い下がっている。

この中で琉生は自問自答した。
琉生をこの競技に押してくれたのは愛や皆だ。
あの悠那でさえ、自分は辞退してこの競技を譲ってくれた。

琉生
 「っ!?」

琉生は自分が情けないと思った。
折角期待されたのに、このまま何も出来ないのか?

琉生
 (オオタチさん、私は、この程度なの?)

オオタチ
 「……」

しかし、ソウルが応える事はない。
だが琉生はオオタチを感じた。
オオタチは声がないが、確かに琉生の中に存在しているのだ。
今はまだオオタチにとって琉生は未熟かもしれない。
だが、融合している以上、琉生はオオタチでもある。

琉生
 「あっ!?」

琉生はついに落ち葉に足を取られる。
派手に前のめりに倒れかかった。
やばい、琉生はそう思った刹那、心がざわついた。
まるで情けない琉生を見るに見かねたようにオオタチのソウルがざわつく。

琉生
 「っ!?」

琉生は両手を地面に付けた!
転んだのではない、そのまま琉生は四足で駆け始める!

実況
 「な、なんだ!? 関東代表オオタチ選手、突然走り方を変えたぞ!?」

琉生は無意識にオオタチが示す正解の解法に辿り着いた。
そうだ、元来オオタチは4足のポケモン、ポケモン少女とはいえ、原種に近い動きのほうが、パフォーマンスは上がるはずだ!

琉生は尻尾を上げ、高速移動を使いながら落ち葉を踏み分けながら爆走を開始する。
それはまるで巨大なフェレットが全力疾走するかのようだった。
しかし、悪路において琉生が選んだ選択肢は正解だった。
そのまま琉生は減速を余儀なくされたバシャーモ少女とエレキブル少女を追い抜く。
やがて、無茶なスピードでジグザグ走行しながら進むセキタンザン少女の背中を捉える!



明日香
 「いっけー!!」

アリア
 「ファイトです! 琉生さん!」

夢生
 「頑張れ、頑張れー!」


 「凄い、頑張れ」

悠那
 「……!」

1年生達の応援が最高潮になってきた。
悠那は腕を組みながら、内心琉生を応援した。
しかし一方で、奇策のようで、合理的なスタイルに走法をシフトした琉生の潜在性に慄く。
自分なら飛べば済むが、同じ状況であのような獣の走り方が出来るだろうか?


 (シンクロ率変わらず……暴走ではないですね?)

愛はつぶさにタブレットから琉生の情報を確認した。
今、琉生は自分のできる限界に挑戦している!



実況
 「さぁ最終ラップ! トップを争うのは関西代表メブキジカ少女! ロシア代表セキタンザン少女! そしてそれを追いかける関東代表オオタチ少女!」

琉生は追いかけた。
セキタンザン少女はまともにカーブを曲がれない、だが直線の速さはナンバーワンだ。
一方で綾女は葉緑素の特性を発揮したまま、素晴らしいパフォーマンスを発揮する。

綾女
 (ふーん、あれがスーパールーキー、やっぱり凄いね、私達と比べて、有利になる能力何一つ持たないのに)

綾女は走りながら琉生を観察した。
そして俄然興味が湧いてくる。
オオタチ、実に平凡で地味なポケモンだ。
一体ポケモンとして何が優れているのだろう?
それでもこの過酷なレースにおいて、途中で息切れもせず必死に食い下がってくる。

実況
 「三者並んだ! ゴールはぁ!?」

ゴールラインを切るのは誰か?
綾女を追いかけるシェンコと琉生。
一着は……!

実況
 「一着は関西代表メブキジカ少女ー! 関東代表惜しくも3位ー! 2位は素晴らしい走りを見せてれたセキタンザン少女だー!」

観客
 「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」

琉生
 「はぁ、はぁ……!」

流石に疲れた、琉生は身体を持ち上げた。
16キロ走、それはポケモン少女にとっては短距離から中距離程度の感覚でしかない。
しかしそれでも精神をすり減らし、肉体を必死に稼働させるのだ。

綾女
 「姫野さん、すごいねー、こんなに凄いとは思わなかったよ」

琉生
 「え?」

綾女は笑顔で手を琉生に差し伸べた。
この西洋人形のような儚さを持つ少女が、玉の汗を流して走りきった。
綾女はそれを称賛したくて仕方なかった。

綾女
 「あたしは多分姫野さん程頑張れないなー、尊敬しちゃうよ」

琉生
 「……」

琉生は綾女の意図が読めなかった。
見下しているような感じはしなかったが、イマイチ掴みどころがない。

綾女
 「握手はイヤ?」

琉生
 「……」

琉生は綾女の手を握った。
綾女は。
ニッコリと笑うと、手を振った。

綾女
 「ウフフー♪ 頑張ったで賞ー♪」

綾女はそう言うと琉生の頭を撫でた。

琉生
 「え!? ちょ、ちょっと!?」

綾女
 「いやー、本当に同じ一年生とは思えないなー、何食べたらそんな綺麗なお肌になるの?」

だんだん綾女の目的が変わってきている気がした。
琉生は慌てて、綾女を振り払う!

綾女
 「ああ! 待ってー!」

琉生
 「こ、来ないで!」



ポケモンヒロインガールズ

第29話 16キロメートル走

続く……。


KaZuKiNa ( 2021/01/11(月) 20:06 )