ポケモンヒロインガールズ





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第8話 皆の力を合わせれば

第8話 皆の力を合わせれば



まき
 「調査部より報告、ゲシュペンストの活動履歴、確実に活発化しているわね」

アギルダーのソウルを宿す藤原真希は目の前に友井愛と剛力闘子を迎えていた。
目下人類を脅かすゲシュペンストの存在は悩みの種だ。
既に戦う覚悟を決めている愛や闘子はいいが、彼女たちの悩みはやはり1年生だろう。

とうこ
 「2年は大分仕上がった、特に砂皿は第一線を張れるだろう」

あい
 「1年生はまだ心配ですねぇ」

まき
 「1年生といえば東堂さん暴走したんでしょ? アレ大丈夫なの?」

愛はそれを聞くと、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
アリアはあの時何があったのか聞くと、全く記憶にないと証言しており、前例のある夢生と同じく前後に記憶障害があると認定された。

あい
 「原因は不明です〜」

まき
 「それじゃ再発の防止も出来ないじゃない……」

とうこ
 「その点では江道の暴走原因は分かってんのか?」

暴走には理由がある。
それは深い怒りや哀しみによって引き出される事は判明しているが、暴走には個人差がある。
闘子の冷ややかな目線を受けた真希は白いセルフレームの眼鏡を直す。

まき
 「そ、それはいいじゃない! それよりゲシュペンストよ!」

とうこ
 「諜報部も大概無能じゃねぇか」

まき
 「アンタケンカ売ってんの?」

あい
 「もう駄目です〜!」

闘子と真希の仲の悪さはいつもの事だ。
だが愛からすれば、たまった物ではない。
どうして闘子は必要以上に煽るのか?
負けず嫌いの真希の性格も災いしているのだろう。

まき
 「はぁ〜、それで下級生達の対策だけど」

あい
 「あ、はい……1年生には暫くパトロールから外そうかと」

とうこ
 「2年はこのまま続けさせる」

愛の目線から見て琉生たちは良くやっている。
既に対ゲシュペンスト戦を抜けたことから、気構えだけなら三年生級だろう。
だが、能力には個人差もあり、特に1年生は不安もある。

メンタル面で脆さを見せる明日花は、未だゲシュペンストを相手にさせるのは躊躇いがある。
一方で琉生は気構えに対してまだ実力が伴っておらず、些か無茶をする。
アリアと夢生は今の所安定しているが、どちらも暴走経験持ちと、不安のある構成だ。

まき
 「ん、このデータを元に、調査範囲を定めるわ」

とうこ
 「にしたって出現場所さえ分かればなぁ……」

闘子はそう言うと首をもたげた。
ゲシュペンストの難点はどこに出現するか分からない所だ。
場所さえ分かれば、闘子は一目散に駆けてぶっ飛ばしていくだろうが、そんな機会はそうそう無い。

あい
 「あのデータは、役立つでしょうか?」

愛は以前ゲシュペンストの出現データをまとめ上げていた。
それは真希を経由して諜報部に渡されたはずだ。
まだ確信は持てなかったが、真希は言う。

まき
 「ええ! 充分にね!」

そうして、三人の会合は夜を耽る。



***



るい
 「う……ぅ……!」

夜、姫野琉生はベッドでうなされていた。
その様子は尋常ではなく、夏場を差し引いても全身汗まみれで、度々呻き声をあげる。
寮は各生徒個室が宛がわれており、完全防音も相まって、琉生の様子が外に漏れる事はなかった。
もし誰かと相部屋ならば、その姿を誰も心配しただろう。

るい
 「オオ……タチ、さん……!」

琉生は悪夢を見ていた。
いや、それは悪夢なのか?
彼女の目の前は真っ暗で、だけどそれは憎悪で塗り固められていた。
闇の中央にはオオタチが一匹いた。
そのオオタチは酷く傷付いており、闇に向かって吼える。
琉生の直感がそれを理解させた。
この全天を覆う闇こそがゲシュペンストだ。
そしてオオタチさんはその巨大すぎるゲシュペンストに怨嗟の声を上げながら敗れたのだ……。
そして肉体は滅び、魂だけの存在になって琉生と巡りあってしまった。

そのオオタチさんが抱く恐怖と絶望が、琉生に通じて彼女は身動ぎした。
悪夢から覚めたのは……日が昇る少し前だった。



***



むう
 「ふぁ〜! おはよう〜」

寮での食事はキッチンに集まって、皆で食べる。
朝が若干弱い夢生は今日も寝不足気味だった。

あすか
 「だらしねぇな夢生は、シャキッとしろ!」

むう
 「あすちん……体育会系ビュン」

夢生は朝から元気溌剌な明日花の隣の席に座ると、お気に入りのジャムの瓶を手に取る。
ジャムは芳醇で甘いイチゴのジャムだ。
夢生は毎日これをトーストにたっぷり塗りたぐる。
大の甘党である夢生は多少周りがドン引きするであろう量を使うのだ。
だが、ふと向かいの席に座る琉生を見て、夢生は気が付いた。

むう
 「るーちゃん元気ないね?」

るい
 「ん……」

典型的な寝不足だ。
琉生はうつらうつらとしており、普段の規則正しさ等欠片も感じられない。
それは今日見た夢の性だろう。
しかし高校生にもなって悪夢のような夢に魘されて寝不足なんて言えはしない。

あすか
 「そういやさ、闘子先輩に聞いたんだけど、パトロールのシフト変わるかもってさ〜」

アリア
 「……やはりゲシュペンスト絡みでしょうか?」

るい
 「……ッ!」

夢の性だろうか。
何気ない会話に出てきたゲシュペンストという単語に琉生は過剰に反応する。

むう
 「どうかしたの〜?」

ベトベトになる程イチゴジャムを塗ったトーストにかぶりつく夢生は心配そうに琉生を見た。
琉生はやや気怠げに。

るい
 「大丈夫」

そう言うが、やはり琉生の様子は普段より元気がない。
流石に無視できず明日花も琉生の心配をする。

あすか
 「気分悪いなら欠席するか? 先輩にはアタシたちが言っとくぜ?」

アリア
 「琉生さんは、一人で頑張ってしまう癖もありますし、今日は大事を取った方が……」

るい
 「心配させて御免……でも大丈夫、ちょっと顔洗ってくる」

琉生はそう言うと朝食を半分も食べず、席を立った。
洗面台に向かうその背中に一同は不安を覚えるのだった。



***



あい
 「は〜い、皆さんおはようございま〜す♪」

朝、教室に一同が集まると、今日も元気な愛がニコニコ笑顔で相対する。
一同はそんな愛に挨拶をした。

あすか
 「おはよーっす、愛ちゃん先輩」

アリア
 「おはようございますわ」

むう
 「おっはよー! あーちん♪」

るい
 「おはようございます」

実にいつも通りの光景。
何も知らない者が見たら、どこにでもあるホームルームの光景に見えたろう。
だが、誰よりも1年生の事をよく見ている愛は即座に気が付いた。

あい
 「琉生ちゃん? なんだか元気ないですね〜?」

るい
 「そんなこと、ないです」

琉生はなるべく気分を高めようと努力はしていた。
だが、どうしても気が滅入るのだ。
それはソウルが感じる雑念だった。
琉生のソウルとオオタチのソウルが出すノイズに琉生は苛立ってしまう。

あい
 (む〜、琉生ちゃん大丈夫ですかね〜?)

愛は教壇に置いたタブレットの画面を見た。
そこには4人のバイタルチェックデータが表示されている。
バイタルデータは4人とも正常、健康そのものだ。
問題はシンクロ率、愛はその数字に顔を顰めた。

あい
 (琉生ちゃんのシンクロ率68%……何もしてないのに変身しかけてる?)

ポケモン少女の変身はソウルリンクスマホを介さなくても可能だ。
ただし、それは暴走のリスクも孕む。
愛は琉生の精査な表情を見ながら、状態を分析した。
その調査部でもエースとして通用しそうな、人間観察能力は彼女なりの答えを導き出す。

あい
 (興奮に苛立ち……普段波風立てない琉生ちゃんにしては、異常ですよね〜)

あすか
 「で〜、今日は何するんすか〜?」

あい
 「あっ、そうですね! 今日はパトロールの予定なんですけど……」

るい
 「巡回ルートは?」

あい
 「あう〜」

あまり琉生ばかりに構うわけにもいかない。
愛が請け負っている他の三人に関しても同じように接しないといけないのだ。

あい
 「……スマホに巡回ルート送信しました、確認お願いします」

四人はそれを言われると、スマホを見た。

アリア
 「4人でS地区の巡回ですか」

あい
 「はい、安全上の強化が求められていまして、来週には一旦皆さんにはパトロールから外れてもらう予定もありますので」

あすか
 「闘子先輩の言ってた奴かぁ〜」

明日花は噂が本当だったかと思うと、内心はホッとしていた。
普通の暴漢程度ならへっちゃらだが、最近はゲシュペンストの出現率も増加しているというし、出来れば出会いたくないのだ。

るい
 「……行こう」

琉生は立ち上がる。
愛はそれを見て、止められる材料を見つけられなかった。
一体なんで今日に限ってこんなにシンクロ率が上がっているのか不明だが、正常か異常かで言えば正常なのだ。
同様にクラスメートたちも心配はしているが、だからと言って止めることは出来ない。

あすか
 (琉生は結構意固地だからなぁ〜)

アリア
 (まぁ、何もなければ良いのですけど)

むう
 「む〜、むーちゃん、今日は頑張るビュン!」

夢生はそう言うと両手でガッツポーズをする。
普段なんだかんだで夢生は琉生に世話になっている。
琉生が不調気味なら自分が頑張るしかないと、自分を鼓舞しているのだ。

あすか
 「……だな、そんじゃパトロール行ってきま〜す!」

そう言って明日花とアリアも立ち上がる。
愛は琉生だけを止めた。

あい
 「るいちゃん、ちょっとお話しがあります」

るい
 「え?」

皆が出て行く中、身に覚えのない理由で止められた琉生に愛はゆっくり近づく。

あい
 「るいちゃん、なにかありました?」

るい
 「……なにも」

あい
 「正直に答えてくださいね? 琉生ちゃんは責任感の強い子です、でもそれが私はとても恐いのです……」

琉生は勇敢だ。
最初は危うさの方が目立ったが、最近は誰よりも率先して前を行く。
数年もすれば皆を引っ張るリーダシップが育つだろう。
だけど、この世界は薄氷の元に出来ている。
例え将来有望でも、死んでしまえば無意味なのだ。
愛はそれが恐ろしくて、胸を締め付けた。

るい
 「先輩……私は大丈夫です」

琉生はそう言うと皆を追うように走って行った。
愛はその背中を見て俯いた。
普段からニコニコ笑顔が癖付いている愛でさえ、今は曇った表情しか見せられなかった。

あい
 「どうか……神様琉生ちゃんたちを守ってあげてください……」



***



S地区、そこはかつて謎の大規模火災のあった地区だ。
商業ビルが建ち並び、原因は様々に考えられたが未だに謎のままである。
もしあの時先行してきららが現れなければ、被害はどれ程増えていたのだろう?
もし愛がいなければ、どれだけの人が死んでしまったのだろう。

あすか
 「あの時アタシたちって何にも出来なかったよな〜」

アリア
 「無理もありませんわ、あの頃は自分で変身することも出来ませんでしたもの」

あの時はまだ入学したての頃だ。
今ならば出来ることも多いだろうが、あの時は愛の後ろでピーピー喧しくしているしかなかった。

るい
 「復興……早いね」

琉生は都市型火災から復興が進む街並みを見て呟いた。
それは喜びだろうか、多分中学の頃なら無関心だったことも、今ならそれを素直に喜べる。

アリア
 「この街は実験都市でもあるそうで、最新技術の見本市ですわね」

アリアはそう言って目の前を指差した。
そこには下半身が路面を清掃し、上半身が人型で周囲を伺うロボットがいた。
白系の塗装で、ややもや古臭ささえある角張ったデザインのロボットだった。

むう
 「あれって上半身はなんのためにあるの?」

アリア
 「カメラは巡回警視、更に街のナビゲーションシステムもあるそうですわよ」

むう
 「へぇ〜、ロボットのお巡りさんなんだ〜」

お巡りさんとは言い得て妙、ツボに入ったアリアは口元を抑えて笑った。
しかし同じように笑う明日花はそれをアレに例えた。

あすか
 「なんて言うか、アレ真っ黒塗装したらβそっくりじゃね?」

ピクリ、全員の顔が凍った事は言うまでもない。
ゲシュペンストβ、琉生が死にかけたそれもシルエットは似ていたのだ。
だが……。

るい
 (……なに!? プレッシャー!?)

琉生はその黒い重圧に真っ先に気がついた。
あるいはそれが、夢に見た絶望にそっくりだったからかもしれない。

ロボット
 「ピガガ……」

突然ロボットが黒煙を放った。
そしてそれは後ろからかぎ爪のような真っ黒な腕で引き裂かれた!

あすか
 「なっ!? なにが……!?」

るい
 「ゲシュペンスト!?」

琉生はそれを見た瞬間、変身していた。
過剰な程興奮状態の琉生はゲシュペンストβを見定め、震えていた。
だがそれは恐怖じゃない、憎悪だった。

むう
 「べ、βが本当に現れたビュン!?」

アリア
 「皆さん今すぐ変身を! αも来ます!」

ゲシュペンストβは単体で出現することはない。
それは大量のαを伴うのだ。
急いで変身した1年生の周囲には大量のゲシュペンストαが出現した。

むう
 「ど、どうするビュン!?」

アリア
 「皆さん落ち着いて! 夢生さんは急いで先輩方を連れてきてください! 私達は被害を抑えますから!」

むう
 「が、合点承知ビュン!」

アリアはそう言うと目を緑色に光らせながら、サイコオーラを全身に纏った。
同時に明日花もバチバチと全身をスパークさせる。

あすか
 「まっ、αならなんとかなるだろ!」

明日花はそう言うと同時に周囲に放電する!
αは電撃にやられて、次々と消滅していった。
だが、問題はβだ。
コイツは別格だ。

るい
 「オオタチさん、やれるのね?」

一方で琉生はβだけを見ていた。
今日はいつもよりオオタチの声がよく聞こえた気がした。
そしてそれは、いつもより琉生の動きを洗練されたものにしていた!

琉生はゲシュペンストβに上半身を沈めて突っ込んだ!
βは大きな顎を開き、その強靭で長い腕を琉生に振り下ろす!

るい
 「遅い!」

それは以前は避けることも出来なかった。
しかし今は止まって見える。
まるで残像が残るようなスピードでジャンプすると、ゲシュペンストβの頭上に影が差した。
直後……!

ズガァン!!

琉生は全身と同等の大きさを誇る巨大な尻尾をβの頭部に叩きつけた!
それはシンプルだが強力なポケモンの技で、βは頭部を地面に叩きつけられる!
地面は抉れ、破片が周囲に飛び散るほどの衝撃、βは蠢いたが、力尽きて消滅した。

アリア
 「な……、琉生さんが一人で?」

あすか
 「す、すっげー! 琉生の奴もうβと戦えるのかよ!?」

アリアは驚愕し、明日花は歓喜する。
絶対に自分たちでは勝てないと思っていた相手をいとも容易く倒した琉生は、まるで三年生のような強さではないか。

るい
 「まだ、まだ終わってない!」

琉生は神がかっていた。
高いシンクロ率は琉生とオオタチを同化させていき、徐々に人間性を失いつつある。
ポケモン少女において、シンクロ率は高いほど強力だといえるが、高すぎるシンクロはそれだけ人間性を失うことを意味している。

アリア
 「っ!? 後ろ!」

アリアは第六感を働かせ、その後ろから現れる脅威にサイコキネシスを放った!
それは二体目のβであった。

明日花
 「同時2体だと!? 大盤振る舞いじゃねぇか! でもアタシだってなぁ!!」

明日花は駆けた!
決して速くはないが、その体に電流を流して、運動能力をブーストする!
そして超伝導の反発を利用して跳んだ!
その跳躍は3メートルに達し、激しくスパークを放つ!

サイコキネシスで拘束されたβはそれを見上げた。
まるで巨大な電気玉だろう。

あすか
 「ワイルドボルトー!!」

それは電撃を纏った強烈な体当たり!
ゲシュペンストβは電撃で焼かれると同時に、その360キロの重さに押し潰される!

ズシィィン!!

アリア
 「倒せました……わね?」

あすか
 「へへっ! アタシだって当たるなら琉生より火力あるぜ!」

押し潰されたβは霧散すると、明日花は巨体をゆっくりと持ち上げた。
これを愛が見れば驚異的な戦果だろう。
だが、個では無理だった。
アリアでは火力が足りず、明日花では当てる技がない。
だが二人が息を合わせれば、βを充分倒せる戦術になった。

アリア
 「……今回は前ほど増援はないようですね?」

アリアは第六感をブーストするが、αやβの増援はなかった。
明日花は立ち上がると、かっかと笑う。

あすか
 「あーっはっは! 夢生を先輩達の元に行かせるまでもなかったな!」

とは言うものの、確たる自信なく戦う訳にもいかないだろう。
夢生は既に飛び去った後だが、完勝に一先ずアリアは胸を撫で下ろした。
だが、さっきから何も発しない琉生にふと、視線が向く。

アリア
 「琉生さん?」

るい
 「まだ、終わってない……来る!」

琉生は感じていた。
そのドス黒い殺意と憎悪を。
オオタチさんはそんな世界よりも大きな闇に敗れた。
その怨嗟が琉生のソウルを犯す。
ふと、三人に影が差した。
なにか、上を見上げた明日花が驚愕する。

明日花
 「な、なんじゃありゃー!?」

それは巨体だ。
まるで恐竜のような大きさを誇る真っ黒な怪物が空から降ってきた!

ズドォォン!!

それは三人の目の前に着地しただけで、地面を抉った。
なんトンあるか分からない程の怪物が少なくともビルより高いところから降ってきたのだ。
その衝撃は凄まじく、周囲を倒壊させ、三人を何メートルも吹き飛ばした!

怪物
 「ガオオオオオン!!!」

怪物は六本足で口が大きく、虫ともは虫類とも思える禍禍しい鱗のような物が背中を覆っている。
体長は少なく見積もっても10メートル!
まるで空気を震えさせる咆哮に明日花はガタガタと立ち上がれず震えるしかなかった。

明日花
 「な、なんだよアレ……アレもゲシュペンストなのか?」

それは原初的な恐怖だった。
蛇に睨まれた蛙のように、人間に本能レベルの恐怖を植え付ける。

アリア
 「う、うう……まさか、あれってγ?」

ゲシュペンストγ、それは未だに殆ど目撃例のないタイプだった。
ただ過去の類例においてγと遭遇して勝てたポケモン少女は存在しない。
あの星野きららでさえ、単体では仕留めきれなかったのだ。

るい
 「……そ、そうか、お前が……!」

アリア
 「る、琉生さん?」

γの着地の衝撃波だけで、既に満身創痍の中、琉生は顔を俯かせて立ち上がった。
やがて、琉生はγを激しく睨みつける!

るい
 「お前がオオタチさんをーーっ!!?」

それは琉生なのか?
普段穏やかで、真面目な少女がまるで獣のように牙を剥き出しにして吼えたのだ。
まるで人間には見えない、寧ろ人の形をなんとか残したオオタチだ。
琉生は駆けた、アリアの静止も聞かず。

アリア
 「ダメ! 琉生さんだけでは!?」

るい
 「ああああああ!」

γ
 「ガオオオオ!」

γが六本足の一つを持ち上げた。
それを琉生に向かって振り下ろす!
足は路面を砕き、その威力の高さを物語る。
だが琉生はそれを避け、足を登った。
拳を握る。
琉生はγの顔面を思いっきり殴り抜けた。

γ
 「! ガオオオン!」

しかし! γのタフ力は並ではない!
琉生のパンチには怯むことさえなく、γはその巨体を無造作に払った。
それだけで琉生は地面に叩きつけられて、何度も地面をバウンドする。
明日花は口から小さな悲鳴を上げた。

あすか
 「ヒッ!? 嘘だろ……琉生?」

アリア
 「くっ……! 琉生さん!?」

アリアは目を背けてしまった。
これで生きていれば僥倖だが、無事である筈がない。
だがγはそんなことはお構いなしだ。
γは目を持たないが、その顔を明日花とアリアに向けると、二人はぞくりと悪寒を感じるには充分だった。

あすか
 「や、やべ……! 次はアタシたちかよ!?」

アリア
 「い、いえ……この気配は!?」

アリアは僅かな未来なら見通すことが出来る。
それは大きく飛び上がり、雄叫びを上げてぶん殴った!

とうこ
 「ズウェェェリャァァァア!!!」

それはカイリキー少女の闘子だった。
その丸太のような腕から繰り出される音速のパンチはγの横顔を殴り飛ばし、γは吹き飛んだ!

ガシャァァン!

あすか
 「闘子先輩ー!」

まき
 「この馬鹿! 場所考えて技使いなさい!!」

そこへアギルダー少女の真希も現れる。
γは後ろにあった建物を巻き込み、倒壊させてしまった。
だが土煙で姿は見えない物の、不意打ちで与えた全力の一撃だ。

とうこ
 「堅いこと言うなって! オレだとあの巨体の懐入るのだって苦労するんだぜ?」

まき
 「まぁいいわ、それよりやったの?」

あい
 「それは絶対言っちゃいけない台詞ですよ〜……」

アリア
 「愛先輩……!」

むう
 「先輩連れてきたビュン!」

夢生は頼れる先輩三人を連れてきた。
とはいえ、正に怪獣と呼ぶに相応しい化け物に戦慄していた。
やがて、土煙の中からその怪獣は鎌首を持ち上げた。

γ
 「ガオオオオオン!」

あい
 「くぅぅ!? 雄叫びだけで!?」

愛は頭を振った。
確かにそれは脅威の存在だ。
今も1年生達が絶体絶命なんだ、ここでどうして弱音を吐ける?

あい
 「闘子ちゃん! 真希ちゃん! やれますよね!?」

まき
 「誰に物言ってるのよ、当たり前じゃない!」

とうこ
 「へ、この三人だぜ? 揃えば無敵だろうが!」

γは闘子の一撃にもびくつかない頑丈さと体力を持つ。
加えて、その巨体は動くだけで脅威だ。
正直三人で戦うには分が悪い相手だが、三人は恐怖を貼り付けない。

あい
 「闘子ちゃんのロールはアタック!」

とうこ
 「おう!」

あい
 「真希ちゃんのロールはテクニカル!」

まき
 「了解!」

あい
 「私はサポートです!」

愛たちはこの戦術を得意としている。
攻撃力が高い闘子は兎に角攻撃に集中して貰い、真希は俊敏な動きで敵を翻弄して、ヘイトを集める。
愛は状況に応じて二人をサポートする司令塔だ。
先ほど明日花とアリアが見せた連携、それの完全な昇華され洗練された技を三人は見せる!

まき
 「牽制くらいにはなるでしょ!?」

真希は素早く飛び出すと、凄まじい速さで水手裏剣を投げつけた。
それらはγの硬い装甲の前には弾け飛び、真希は舌打ちする。

あい
 「弱点はあるはずです! 真希ちゃんなら見つけられますよね!?」

まき
 「当たり前でしょ!? そこの脳筋と違って優秀なのよ私は!」

とうこ
 「なにをー!? 聞き捨てならねぇぞ真希!?」

あい
 「今はケンカを持ち込まないでください! プンスカプン!!」

巫山戯ているのか、1年生から見れば判然としない。
だが三人の動きに無駄なんてなかった。
真希は攻撃は通じずとも、悉くγの攻撃を回避する。
残像が伴い、色つきの風となった真希を捉えることは不可能だ。

アリア
 「真希先輩……やっぱり凄い!」

むう
 「皆動けるかビュン!? 先輩に任せて逃げるビュン!」

一方で夢生は二人を立ち上がらせる。
だが、遠くで動かない仲間がいて、二人は夢生に懇願した。

あすか
 「あそこ見てくれ! γにやられた琉生が動かねえんだ!」

アリア
 「生命力が低下しています……このままですと」

むう
 「え? ええ? でもあそこって!」

今、琉生が放置されている場所はγの足下だ。
今にも踏み潰されそうな中、夢生は逡巡した。

アリア
 「お願いします! 貴方の目の良さと速度があれば!」

あすか
 「くやしいけどアタシたちじゃ……!」

むう
 「あ、あうう〜! ドリームの夢パフェ奢ってもらうビュンー!!」

それは街にあるお菓子屋の名前だ。
そこで売っている絶品のパフェがあり、しかしそれは夢生には少しお高い買い物だった。
それ位割に合わなかったが、夢生は翼を広げ時速300キロで地表ギリギリを飛んだ!

γ
 「ガオオオオオン!」

γが暴れ回る中、夢生は天性の勘の良さと目の良さでγの真下に潜り込んだ。
そしてボロボロの琉生を見た。

夢生
 「るーちゃん!? 無事なの!?」

琉生
 「……」

琉生の返事はない。
だが奇妙なことに変身は解けていなかった。
以前は気絶したなら変身は解除されていたはず。
夢生には不思議だが、その時琉生は気絶してはいなかったのだ。

琉生は真っ暗闇の中にいた。
そこには一匹のオオタチが佇んでいる。
絶望的な恐怖に抗ったが、結局はオオタチは敗れたのだ。
それはまるで今の琉生と同じだった。
オオタチ同様、果敢に立ち向かったものの、まるで歯が立たない。
このまま自分も死ぬのだろうか?
琉生は徐々に冷静さを取り戻す。
やがてオオタチの声は消え、その姿が朧気になっていく。

むう
 「るーちゃん! るーちゃん!?」

るい
 「夢生?」

ふと、夢生の声が聞こえた。
琉生はゆっくりと顔を上げると、泣きじゃくる夢生を見つけたのだ。
琉生は何が起きているのか分からなかった。
だが、自分の真上で暴れるγを見て、全てを思い出す!

るい
 「く……!」

むう
 「るーちゃん! 急いで逃げるビュン!?」

夢生は琉生の腕を引っ張る。
ここは危険すぎて、速く逃げ出したかった。
だが、琉生は夢生を真っ直ぐ見る。

るい
 「夢生、一つ分かった事がある、コイツに一人一人で向かって勝つなんて無理、でも……皆で力を合わせれば違う!」

むう
 「な、なんだか猛烈に嫌な予感するビュン……」

るい
 「力を貸して夢生!」

むう
 「ウワァァァン! やっぱりー!?」



………。



一方、先輩たちは激戦を繰り広げた。
だが……それは苦戦だった。

まき
 「くそっ!? 無敵かコイツは!?」

とうこ
 「あーもう! 攻撃機会を得られねぇ!」

あい
 「ジリ貧……! どうすれば……え!?」

愛はその時γの真上を見上げた。
そこにはあってはならない光景が広がっていたのだ。

むう
 「た、たたたたた……高いところ恐いビュン〜!?」

るい
 「貴方の速度と私の速度が合わされれば、それは今まで以上の一撃にもなるはずよ!」

むう
 「こんちきしょー! こうなりゃやってやるビュンー!」

あい
 「む、無茶です二人ともー!?」

愛は悲鳴染みた叫びを上げた。
しかし二人には届かない。
夢生は琉生を両手で抱えたまま、急降下した!
それはマッハに近づく落下速度!
しかしγがそれに気が付く!
あわや! このままではγの大きな顎が二人を飲み込むだろう!
だが、そのビジョンを見たアリアは限界まで力を引き出してサイコキネシスを放った!

アリア
 「くっ! 全体は無理でも足なら!?」

アリアはγの六本足にサイコキネシスの拘束を集中させた。
だが、これだけじゃ止まらない。

あすか
 「チッ! やってやらぁぁ!」

明日花もそれを見て手近の瓦礫をγにぶん投げた!

γ
 「!?!?!?」

まき
 「γが怯んだ!?」

るい
 「いっけーーーー!」

むう
 「死なば諸共ビュンー!! 」

夢生は琉生をγに投げつける!
砲弾のように飛び出した琉生は渾身の力を込めて、その大きすぎる尻尾をγの頭部に叩きつけた!

ズッガァァァァン!!!

一瞬γの頭部が陥没したようにみえた。
その自身を砲弾にした一撃はγを地に伏せさせた。
だが、衝撃に琉生も飛ぶ。
だが、琉生を優しく抱きかける少女はそこにいた。

るい
 「う……?」

きらら
 「よく頑張ったわね……もう大丈夫よ」

それはきららだった。
音もなく、空中に浮かび琉生を優しく受け止め、近くに降ろす。
そしてゆっくりと立ち上がるγを睨みつけた。

きらら
 「さて、お礼がまだだったわね……」

γ
 「!?!?!?」

γがよろよろと立ち上がった直後、γの頭部は真っ二つに割れていた。
きららの亜空切断だ。
あまりの巨体ゆえに、全身をとはいかないが、弱ったγを仕留めるには充分だった。
γは呻き声さえあげずに霧散する。

るい
 「流石です……きらら先輩」

きらら
 「γを倒したのは琉生……貴方よ」

あい
 「琉生ちゃーん! きららちゃーん!!?」

あすか
 「うおおおおおっ! やったぜぇぇぇ!」

戦いが終わった。
愛は真っ先に琉生に抱きついてワンワンと泣いた。
それに釣られて夢生まで泣き、闘子と真希は呆れていた。
ボロボロの身体で、もう動けない琉生は空を見上げた。

るい
 (オオタチさん、私達は弱いです……でも、力を合わせれば勝てるんです!)

その時オオタチのソウルは喜んでいる気がした。
オオタチさんは勝てなかった……でも琉生は力を合わせ勝ったのだ。
これは得難い貴重な勝利だった。
やがて、満足の中琉生は気絶するのだった……。



ポケモンヒロインガールズ

第8話 皆の力を合わせれば 完

第1部 ポケモンヒロインガールズ 完

KaZuKiNa ( 2019/07/28(日) 14:11 )