審判の章 最初の異端者
審判 1.999999%
・神々の黄昏、それを画策したアルセウス、その裏側が描かれる。
突ポ娘 サイドストーリーズ
審判の章 最初の異端者
始まりは些細な偶然だったのだろうか?
夕日が照らす廃寺、側道を見れば色とりどりのランドセルを背負った小学生たちも見える。
一見平和だ……だがその裏に陰惨な痕がある。
廃寺の奥……薄ら隙間から光が差し込む仏堂の床は血塗れだ。
その奥、光の届かない場所で、男はぐったりしていた。
私はその姿を無感情に臨んでいた。
しかし男は死にかけているにも関わらず、私を見てニヤリと笑った。
男
「はっ! こんな死に損ないにトドメを刺しにきたか……?」
私は何の事か分からず、ただ男にあるがままを言った。
?
「何の事だ? それより放置すれば死ぬぞ?」
男は意外そうにして俯いた。
どうやら私を敵だと思ったようだが、違ったことに罰が悪そうだ。
男の格好は少し奇妙だ、顔の見えない紺色のフードを被る姿は一般からはかけ離れている。
ましてこの堂内に立ちこめる血の臭いは、あまり健全とは言えない。
男
「魔術師じゃねぇのか……」
?
「魔術師? 私は神だ」
そう、これは完璧(パーフェクト)と呼ばれた私の回想だ。
***
あの謎の男と出会って2日が経った。
私は男の治療を行い、男が衰弱から復帰するには1週間が必要だと踏んだ。
?
「お粥だ、食えるか?」
男性
「ち……自称神に世話になるとは情けねぇ……」
男は私が神だというと、笑って気絶した。
それから気絶した男の治療を行ったが、男は随分自虐的な男で、まるで死ぬことが当然という風だった。
?
「信じろとは無理には言わん、だが死ぬ努力より生きる努力をしろ」
私はやや無理矢理お粥を食べさせると、男はゆっくり咀嚼した。
フードから僅かに見えたのはアジア系の顔だった。
男
「ち……お前、名は?」
?
「アルセウス」
男
「聞いたことのない名だな」
アルセウス
「……」
男が想像した神とはなんなんだろう。
私は完璧な神と言われているが、言うほど完璧ではない。
むしろ完璧に振る舞うのは窮屈という思いさえある。
男
「俺は……あれだ、まぁなんだ」
アルセウス
「名を言えないなら、聞く気も無い」
私はきっぱりそう言うと、男は舌打ちをした。
男
「人間としての名が無くてな……魔法名ならあるんだが」
アルセウス
「なら私も同じだな、神としての名はあるが、人間としての名は無い」
男はその言葉に沈黙する。
同じとしても、男にとっては違うのかも知れない。
男は魔法名を明かしたがらず、お互いにとって名無しの関係は長く続いた。
徐々に分かった事だが、男は魔術師だった。
何故魔術師が死にかけていたのか、男は詳しくは語りたがらない。
だが、そんな関係も5日目を過ぎる頃……変化が生じた。
***
深夜、廃寺の周りに人気は無い。
にも関わらず人払いの結界が張られていた。
ザッ!
境内に自信満々に足を踏み入れたのは魔術師の女だ。
些か年端がいかないようだが、目的は男だろう。
女魔術師
「Hope49が生き残ってるかもしれないって、冗談じゃないわよねぇ」
アルセウス
「Hope……希望か、随分夢見がちな魔法名だな」
魔術師は瞬時に私に警戒する。
何せ唐突に私が目の前に現れたのだ、怪しむのは当然だろう。
女魔術師
「嘘、人払いの結界を張ってるのに!? まさか魔術師?」
アルセウス
「同類と思われるのは不快だな、痛い目に遭いたくなければ去れ」
女魔術師
「くそ! やっぱりくじ運悪いしさ!?」
女魔術師はそう言うと、空間から杖を取り出した。
そして歌うように魔力を編む。
女魔術師
「我は理、焼き尽くす炎となれ! ファイアーボルト!」
炎の閃光、それは一般人には驚異であろう。
しかし神々の座長である私には不十分だ。
手を払うと、相手の魔力は空気中に拡散し、被害を無力化する。
アルセウス
「レシラムの蒼い炎に比べれば、火の粉といった所か」
最もレシラムの火の粉は言葉のイメージより遥かに凶悪だが。
女魔術師は呆然と立ち尽くし、事態を上手く飲み込めなかったらしい。
アルセウス
「ではお仕置きしようか、なに、人の子に手荒な真似は――」
その瞬間、私は女魔術師の懐にいた。
アルセウス
「――しないさ」
その瞬間、私のデコピンが空間を切り裂き、女の肉体と精神を一瞬で引き剥がした。
まぁ直ぐに空間は元に戻るが、戻った衝撃で女魔術師はゲロを吐いて倒れた。
女魔術師
「がは……!? なんなんだこの化け物!?」
アルセウス
「無礼者に名乗る名はない」
女魔術師は怪しげな札を取り出すと、札は独りでに燃えて、女ごと消え去った。
万が一の逃走用アイテムのようだな。
私は涼しい顔でお堂に戻ると、男は起きていた。
男
「何をしていた?」
アルセウス
「掃除だよ」
私はそれだけ言って、男の目の前で座る。
男は眠れないのか、ずっと座ったままだった。
私は気になって話しかける。
アルセウス
「一体どうしたんだい?」
男
「お前は……自分を神だと言ったな?」
私は頷いた。
実際私は自分を神だと思っているし、周りからもそういう目で見られてきた。
だが、男は首を振った。
男
「神なんてのは人の描く幻想だ、勝手に人間が祭り上げて崇めちまう……だがそんな存在は所詮力があるだけの存在……」
意外だった。
男は神を信じていない、むしろもっと冷静に判断していた。
同時に私は自分が祀られているだけ、そして力があるだけの存在だと言うことに衝撃を覚える。
アルセウス
「なら、神が存在するとして、貴方なら何を望むの?」
男
「……世界平和」
私はその時どんな顔をしたのだろう。
だが男は笑った、つまりそういう顔のようだ。
男
「くははっ! 俺だって純真無垢な時期だってあったんだぜ? 神様だって信じてた……でも、いなかったんだよ」
男は力無く手を地面に降ろした。
それは少年の心を少しだけ取り戻したように思えた。
しかし直ぐに拳を強く握り、自分の思いを吐露した。
男
「俺が何で魔術師に追われているか分かるか? それも9割方殺しておいて、追撃までしてきやがった!」
アルセウス
「悪いこと……それも禁忌を犯した?」
男
「そうだ……俺は神を召喚しようとした。しかし神なんていなかった。そして神を呼ぶという禁忌を犯した俺は魔術協会に目を付けられ、粛清されたのさ……この極東でな」
アルセウス
「神の召喚……」
しかし、神の座にはそんな物は届いていない。
第一届いたとしてもイベルタルを粛清に向かわせていただろう。
だとすれば……。
アルセウス
「聞きたい。神を呼んでまで叶えたい世界平和とはなんなんだ?」
男
「人はなぜ争うんだろうな……理由は様々だ。だから見てみたい……争いのない世界を」
その願いは……私には荒唐無稽だった。
だから私はあくまで冷静に男に答える。
アルセウス
「その願いは絶対に不可能だろう……人は他人である限り異なる考えを持つ、もし強引に神が叶えたとしても……そこに思考力を持たない人類がただ滅びを待って佇むだけだ」
或いは、神々の王ならそういう世界も創れるかもしれない。
だがそれは人類か? 恐らく人じゃない……知的生命体ですら無いだろう。
アルセウス
(或いは……いや、言うべきでは無いか)
私は思った言葉を飲み込んだ。
それは人類が最後の一人になれば、争うという言葉は意味が無くなるということ。
そしてもう一つ、異なる生命体が地球を侵略したならば、人類は団結して異なる生命体と戦争をするだろう。
永久に終わらない戦争は人を団結させる、だがこれも男の望みではないだろう。
アルセウス
(仮に私が戦争を起こせば、彼は私を軽蔑するかな?)
私はそれが嫌だった。
男も自己矛盾を理解しているのだろう。
だから神にまで頼ったが……それは神でも不可能な願いだった。
そして彼は思い知ったんだ……神なんてものが幻想だと気が付いたんだ。
なら私は幻想か? ここに存在するのはただ力があるだけの人間なのだろうか?
男
「明日……俺はここを出る」
アルセウス
「無茶だ! 万全を求めるなら1週間は安静にしろ!」
男
「だが、俺が生きていることがバレた……次はもっと強く大人数で来るだろう」
アルセウス
「そんな物私が……!」
男が私の口を手で塞いだ。
男
「俺はお前をそんな事に求めない」
アルセウス
「……っ」
男は静かに私にキスをした。
私は静かに受け入れて、やがて目を瞑った。
男の体温が心地良く伝わって、私が女であることを意識させた。
男
「お前は綺麗だ、良い女でもある……だからこそ俺には勿体ない」
アルセウス
「なぜ? そんな事を言う?」
男
「俺は断罪者だ……お前を巻き込みたくない」
アルセウス
「私は貴方を護りたい……!」
お互いの意見は違った。
私は気が付いたらこの男の事が好きになっていたのだ。
きっと彼のためなら本物の魔王にもなろう。
だけど……私は自分が何者なのかを思い出す。
アルセウス
(このままでは異端者か……この完璧が)
私は自嘲した。
なにが完璧か、そんな称号が欲しく神の座にいるわけではない。
だが、男はあくまで私を拒んだ。
男
「アルセウス、お互い名前がないのは不便だな……お互いに付けないか?」
アルセウス
「私が貴方の名前を?」
男はコクリと頷く。
それはお互いの人間名、そしてお互いの絆になるだろう。
男
「俺がお前のために考えた名は――」
***
翌日、男は日が開けないうちに旅だった。
私は自らの身体を抱きしめて、ただ男の体温に焦がれた。
そのまま私は……神の座に帰還した。
………。
神の座、席に座るのは神々の王。
神々の王は私を見ると、無感情な声で言った。
神々の王
「お前が下界に行くなど珍しいな」
アルセウス
「いやはや、中々良いものでしたよ? まぁ王には興味がないかも知れませんが」
私はいつもの調子で王に皮肉を利かせるが、相変わらず王は動じない。
アルセウス
「それとも、王も体験してみますか? まぁ王は神々し過ぎますので、イーブイのような脆弱な姿で顕現するのが丁度良いでしょう」
私はいつもより饒舌だったと思う。
それは自分自身の未練かもしれない。
脆弱な姿なら、彼を救えないかもしれないけど彼と一緒にいられただろう。
だけど王は意外にも顎に手を当てると。
神々の王
「そうだな……悪くないかもしれん」
アルセウス
(え? あの王が?)
それは私にとって好機だった。
今の私は神の座に縛られている、この拘束を解けるのは王だけ。
王はイーブイ娘に転生し記憶を封印すると、下界へと降りていった。
その瞬間から……私の壮大な計画は始まった!
***
王は地上で茜と名乗り、やはり私と同様に地上の毒に犯された。
神にとってあの世界は毒そのものだ、そう易々とは帰ってこれないだろう。
予想通り王はどっぷりと浸かってくれた。
それこそ無感情で無慈悲な王が、そこらの小娘になってしまうほど。
しかし王は大切な者を奪われて帰ってきた。
その時の絶望顔といったら痛快そのもの、愚鈍な王には悪いが全力で利用させて貰った。
***
ディアルガ
「まーたく、王は何やってんだか」
アルセウス
「ふ、ディアルガは王に不満でも?」
ディアルガは私を見つけると「げっ」と嫌がった。
昔からディアルガは私のことを嫌っていたが、私は愛おしかった。
アルセウス
「君もパルキアを見習ったらどうだ?」
ディアルガ
「お言葉ですが、あの子は主体性がなさ過ぎると思うんですよー、それってどうなのか?」
確かにパルキアは従順な子だ。
だが、時折私はパルキアを鬱陶しく思った。
パルキアは完璧に機械のように命令に従う様は、まるで完璧と呼ばれる私そのもの。
私は自分のそんな様が本当は嫌いだった。
逆に私の本当の性格はディアルガのような奔放な物だ。
だが、私は完璧を演じなければならない。
アルセウス
「君は嘘を覚えた方がいい、なんでもずけずけ言うのがレディではないよ?」
もしディアルガが嘘を覚えれば、私のようになれるだろう。
私自身、本当は完璧の真逆なのだ。
もしディアルガのように生きることが許されていれば、あの男の隣にいただろう。
***
工作は幾重に施した。
王は自分の無力さを思い知り、助けるために何度もリトライを繰り返した。
それこそ他の神々にも呆れられるほど。
そんな愚鈍な王が私には愛おしい。
私が逆さまになっても叶わない王が、大切な者一人護れないんだからね。
だけど、失敗ばかりされても困る。
そのためにディアルガを散々挑発して、動くように仕向けたし、かつて封印した二匹のポケモンも利用した。
***
ギラティナ
「貴方様……は!?」
破れた世界、そこに300年は佇むあどけない少女がいる。
彼女はなんの罪もない、ただご都合主義でここに幽閉されただけだ。
アルセウス
「久し振りですねギラティナ、所でここは快適ですか?」
ギラティナ
「ここには何もありません……ここは嫌……」
アルセウス
「ふっ、ならば取引をしませんか? 応じてくれれば貴方の幽閉を私の権限で解きましょう」
私がこの甘い罠を見せると彼女は必死に飛びついた。
純真無垢な少女の手を黒く染めるのは心を痛めるが、私は全てを利用すると決めたのだ。
アルセウス
「神々の黄昏……全ての神の夜明け……そこへ至るには貴方の力が必要になります。この3つの卵と一緒に顕現しなさい、これはユクシーエムリットアグノムの卵です、いずれ貴方の力になるでしょう」
ギラティナ
「ま、任せてください……! 絶対やり遂げますから……!」
アルセウス
「では計画の詳細を説明しますが――」
***
計画名は神々の黄昏。
それは夜明けを待つ停滞した神を解き放つ儀式だ。
だがそのためには徹底的に王を追い詰めなければならない。
だが弱い王では無理だ、王と自覚した上でそれでも力を使わず幸せを掴まなければならない。
だからこそディアルガ……いや、今は永遠か、彼女が鍵になる。
私は異端者スレスレの永遠を利用して、パルキアを焚き付けた。
その時の彼女の必死さは非常に痛快で笑いを堪えるのに必死だった。
所詮神と言えども子供のような物。
あの男が言ったように、神なんて幻想だ。
我々は感情だって持つ、力を持っているだけの存在なんだ。
パルキアもギラティナも想像通り動いてくれた。
そして、その瞬間はやってきたんだ。
***
アルセウス
「如何致しますか? 王よ」
茜
「……アルセウス?」
私は真っ白な空間で王と対峙する。
私は運命のこの時に心臓が爆発しそうなのに、王はというと情けない顔だ。
私は胸を持ち上げて、意見を待った。
アルセウス
「また諦めますか? まぁそれも運命」
茜
「わた、しは……」
王は折れかけている、だがまだ折れていない。
それは愛しのあの人間がいるから。
本当に王を愛するなら……応えてみせろ!
茜
「ご、しゅ、じん……さま」
茂
「茜! 呼べ! だが世界を否定するな!」
茜
「っ!? ご主人様……?」
瞬間、世界は元に戻った。
私は常葉茂に感謝の笑顔を向ける。
茂
「お前が王だとしても、お前は茜だ! 永遠もギラティナも! ただ力があるだけの人間だろうが!」
茜
「! 王が命ずる……世界を解き放つ……!」
その瞬間だった。
王がそう呟いた時、我々は一斉に顕現する。
アルセウス
「承認致しました、してご命令は?」
茜
「全ミサイルを消去せよ」
アルセウス
「畏まりました」
私は恭しく敬礼をする。
最後に、王はもう一つ付け足した。
茜
「……最後に、神の座を解散します」
アルセウス
「それは、全ての神を野に降ろすと?」
茜
「違う……人間になるの」
アルセウス
「成る程、畏まりました」
私はそう言うと目配せした神々がその場から消えていく。
アルセウス
「パルキア、ディアルガも働いて貰いましょう」
私は自分の力で赤い鎖を解く。
パルキア
「身体が……?」
永遠
「アルセウス……話は後だ!」
永遠はそう言うと、直ぐにその場から消える。
そしてそれを追うようにパルキアも消えた。
アルセウス
「ふふ……ポンコツ神にしては上出来です、それでは」
そして私もその場から消える。
アルセウス
(さぁ! 私は帰ってきた! そのため世界を救うなら安い駄賃ね!)
***
……そして、私は廃寺に帰ってきた。
現実時間では1年程しか経っていない。
けれどもあの0%の世界線から2%の世界線に移動するのに何百年掛かったか分からない。
しかし、あの人のことを忘れた日なんてなかった。
私はとりあえず廃寺の清掃から始めた。
あの人が帰ってきたとき驚いて欲しいから。
そうやって徹底的に掃除をして1ヶ月後……。
誰かが寺の石段を登ってきた。
私は箒を片手に、その気配を感じた。
男はフードを外し、私を見て驚いていた。
男
「育美(いくみ)……、お前なのか?」
アルセウス
「はい……貴方を待っていました」
私はもう嘘をつかなくていいと、屈託のない笑顔を向けた。
突ポ娘 サイドストーリーズ
審判の章 最初の異端者