第11話 悪夢は必ず醒めるから
突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語
第11話 悪夢は必ず醒めるから
ハニーさんの住む家は、新興住宅街からは切り離された、古びた住宅街にある。
そこはまるで時代に取り残されたかのようで、人が住んでいるのか疑問になるが、壊されていない辺りはまだ、住民は住んでいるんだろう。
ハニー
「あの、何もここまで持って貰わなくても……」
それにしてもハニーさんは、ずっと俺が荷物を持っていることに困惑しているようだ。
善意を受け取れない訳じゃないようだが、それでも人間上位の感覚の性だろうか。
茂
「お家まで運びますから、気にしないでください」
ハニー
「そんな……常葉さんに悪いです」
茂
「ハニーさん、その優しさはとても貴重で、尊いと思います。でも今は俺の厚意を受けてください」
ハニー
「常葉さん……分かりました」
ハニーさんは人間を全て、自分より上の存在と見ている。
しかし俺は全てを同列に扱うのは止めた方が良いと思う。
良い奴もいれば悪い奴もいる、その全てに等しく愛を注げるなら、それは聖人君子な事だろう。
だが、それが本当に良いことなのか、ハニーさんを見ていると違うと思う。
茂
「ハニーさんは家事とか好きなんですか?」
ハニー
「そうですね……嫌いじゃないです。お買い物は楽しいですし、お洗濯やお料理もやってみると楽しいです」
茂
「保護責任者さんは、家事をしたりはするんですか?」
ハニー
「いえ……ご主人様は……」
ハニーさんは、普通にたわいのない会話なら、楽しそうに笑顔を見せる。
しかし少しでも踏み込んだ会話をすれば、その顔は暗く曇ってしまう。
ハニーさんには悪いと思うが、俺はそうやって確信を固めていく。
ハニー
「もうすぐ、着きますね……」
茂
「もう少し長く歩ければ、良かったですね」
ハニー
「……私も、そう思います」
やがて、俺たちはハニーさんの住んでいる自宅へと辿り着いた。
正門には赤城という表札があり、家は典型的な昭和の木造建築だ。
ハニー
「今日はありがとうございました。荷物はここで」
茂
「中まで運びますよ」
ハニー
「それは……その、ご主人様が……」
茂
「それじゃ、玄関まで」
ハニー
「……分かりました」
ハニーさんはそう言うと、玄関の引き戸を開ける。
軽い詐欺の応用だが、ここからがこの狂言回しの本番だ。
俺は……静かに拳を握り、喉を鳴らした。
ハニー
「ただいま、帰りました」
まずハニーさんが玄関を潜ると、続けて俺も玄関まで入る。
先ずは荷物をハニーさんに返した。
茂
「ハニーさん、貴方に助けて欲しいという声はありますか?」
ハニー
「え……? きゃあ!?」
俺は有無言わさず、ハニーさんに壁ドンをする。
ハニーさんは驚いて荷物を落とした。
ハニー
「常葉さん、顔が近いです……」
茂
「俺はハニーさんの事、嫌いじゃないです。だからこそ助けたい」
ハニー
「でも、私は……」
身体が密着する手前の距離で、ハニーさんは身動ぎする。
だが、抵抗する様子もなく、彼女は俯いてしまった。
やがて、異変に気付いた保護責任者は玄関まで現れる。
赤城
「おい! 貴様、そ、そこで何をやっている!?」
やけに太り、キモデブに分類されるその男は、俺たちの行為を目撃し、激昂した。
ただ、掴みかかってくる勇気はないのか、怒りに反して遠くで吼えている。
茂
「貴方が、保護責任者で?」
赤城
「そ、そうだぞ! ハニーは俺の物だ! ハニー早くこっちに来い!」
ハニー
「は、はい!」
ハニーさんは赤城に命令されると、直ぐに俺の腕の下を通って赤城の元に行った。
赤城はそんなハニーさんの腕を掴むと、乱暴に引っ張って部屋の奥へと連れ込む。
赤城
「出ていけ! 出ていかないと警察を呼ぶぞ!」
茂
「……」
俺は静かに外に出ると、玄関を閉じる。
だが、そのまま道には出ず、裏口へと回った。
裏庭では御影さんが目立たない場所に隠れて、突入のチャンスを待っている。
真莉愛
「ナイス演技よ!」
御影さんは小さな声でグッドポーズする。
御影さん発案のこの狂言もいよいよ終わり、餌は蒔き終え、後は釣れるかどうか。
茂
(ハニーさん、やっぱり怯えてたかな……?)
俺は演技として理解はしているが、それでもハニーさんに強引に迫るのは、彼女を傷付けたんじゃないかと不安になる。
ハニーさんの保護責任者の赤城の虐待行為は間違いなく黒だ。
だが、その黒を立証するために、この狂言が行われた。
その中には少なからず、彼女を追い込む物があっただろう。
もうここからは俺の出番はないが、それでも最後までハニーさんを助けたい。
茂
(完璧であることがヒーローに求められるなら、俺はヒーローじゃないな。それでもいいさ……でも志は同じだ)
***
赤城
「ハニー! お前は何をしていたんだ!?」
ハニー
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
部屋の奥へと引きずり込んだ赤城は、早速その怒りの矛先をハニーへと向けた。
ハニーには、もはや諦観と絶望しかあり得ない。
このマスターは再び暴力でハニーを支配するだろう。
暴力は嫌だ、しかし抗う術はなく、それがPKMの宿命だ。
この男からハニーの名を与えられた時から、運命は決まっていた。
名は祝福であり、呪い。
その名を刻まれた時より、PKMは絶対服従の徒となる。
赤城
「あの男はなんだ? お前とどういう関係だ?」
ハニー
「……っ」
あの男、俯いたままのハニーに茂の姿が去来する。
ハニーは、咄嗟に答える事が出来なかった。
それは茂に対する想いは、既に別の形で好意になっていたこと、そしてそれが赤城にとって最も好ましくなく、激昂が目に見えていたこと。
だが、ハニーにはそれを虚言で飾る事も出来はしなかった。
ハニー
「常葉さんは、常葉……さん、は」
ハニーは、駅で茂と出会った時嬉しかった。
外にも危険は一杯だが、茂は優しく、そして暖かい。
その言葉の数々が不意に思い出されると、彼女は涙がこぼれ落ちた。
助けて欲しいなんて何度願ったろう。
あの帰り道、永遠に辿り着かなければどれ程嬉しかったろう。
それでも、それは叶わない。
ハニーは赤城のポケモンだ、その業からは決して逃れられない。
ハニー
「常葉さんは、知り合いです。いつも、よくして頂く……」
その答えの意味は、ハニーはよく分かっていた。
赤城は額に血管を浮き上がらせ激昂する。
赤城
「お前は! 俺の性奴隷の分際で! 他の男とだと!?」
ハニーは目を瞑った。
これから行われる非道は嵐のような物だ、過ぎ去るまで耐えるしかない。
だが、そこには二人とは別に、監視する者がいた。
愛紗だ、ひっそり闇の中で動きを監視していた愛紗が、闇の中からスマートフォンを取り出し、連絡を送る。
愛紗
(マスター、突入してください!)
赤城
「この……!」
赤城は大きく拳を振り上げた。
***
赤城
「このアバズレがー!」
バチィン!
それは大の男が女性に放つ張り手じゃない。
ハニーさんは目をつむって、耐えようとしたが、その痛みが来ない事に不思議そうに目を開けた。
そして、事態を理解できない赤城はパクパクと口を開いて驚愕していた。
茂
「てめぇ何様のつもりだ? 性奴隷? ハニーさんに汚ぇ手で触れてんじゃねぇ!」
俺はこの狂言の贖罪をどうしても行わなければならなかった。
だから突入の合図を待たずして、飛び込みハニーに向けて放たれた張り手を両腕でガードする。
身長は俺の方が上だが、体重は明らかに赤城の方が上だろう、そこから放たれた一撃は防御越しでも痛い。
だが、俺は憤怒を向けて、相手を威圧する。
赤城
「な、ななな……!?」
ハニー
「常葉……さん!?」
二人の驚きは逆だった。
赤城は帰ったはずの男が殺気立って目の前にいることに驚愕し、ハニーさんは俺に守られた事に驚く。
真莉愛
「ちょ、ちょっと常葉さん、速い、速いよ!?」
後から遅れて突入した御影さんは赤城を目撃すると、キッと睨みつける。
真莉愛
「PKMへの暴力行為並び、脅迫的性行為への誘導により、逮捕します!」
赤城
「な、なんだよお前たち!? ふ、不法侵入だぞ!?」
茂
「お前が、ハニーさんに何をしてきたのか、後は警察に聞いて貰え……!」
真莉愛
「動かないで! これより貴方は警察の事情調査を受けて頂きます。然る後地方裁判所への出頭命令が下るでしょう!」
既に警察は動いている。
このまま捕縛すれば、後は司法がこいつのやってきた事を全て明るみに出すだろう。
赤城
「は、ははは……」
赤城はガタガタと震えながらゆっくり後退する。
その姿は明らかな小物だ、こんな小物にハニーさんはずっと慰み者にされていたのかと思うと虫唾が走る。
だが、それもこれで終わりだ、こいつは相応の罰を受けるべきだ。
赤城
「……けろ」
茂
「?」
真莉愛
「なにを?」
その時、俺はまだ気付いていなかった。
ここいたのは、ある意味では3人のポケモントレーナーなんだと。
赤城
「助けろ! 俺を助けろハニー!」
ハニー
「っ! ぼうぎょ……しれい!」
ブブブブブブ!
おぞましい羽虫の羽音が後ろから、溢れ出た。
無数の小さな蜂のような何かが、ハニーさんのスカートから溢れ出す。
それはまるで丸い球体を作るように、赤城を覆った。
茂
「なんで……ハニーさん!」
ハニーさんは俺たちと対峙するように赤城の前に立つ。
ハニー
「ごめんなさい、私はポケモンです。ご主人様は私が守ります……」
赤城
「は、はは! いいぞ! そいつらを追い出せハニー!」
ハニー
「畏まりました、攻撃指令!」
やばい、ハニーさんのスカートから蜂のような何かが溢れ出す。
それが今度は俺たちに襲いかかってくるのだ!
愛紗
「く! マスター!」
慌てて愛紗さんが飛び出す、悪の波動を放ち、なんとか蜂のような何かの群れを弾くが、根本的解決にはならない。
俺と御影さんは慌てて、飛び退き部屋の奥へと押し込まれる。
群れは地面に、屋根に、梁にと張り付き、ブブブと警戒音を激しく鳴らす。
既に何万匹、何十万匹と放たれたそれは、ビークインたるハニーの眷族。
既に家はハニーさんの巣と化した、この状態に持ち込まれれば並大抵では敵わない。
真莉愛
「くっ! なにをやっているか分かっているの!? それは貴方の立場を悪くするだけよ!?」
ハニー
「っ! 分かっています……でも、私はご主人様のポケモンなんです!」
茂
「……隷属、知的生命体でありながら、その呪縛から逃れられないのか」
ポケモンが無条件で名付け親を愛するのは、杏や保美香たちを見ても分かる。
でも、それはどんな理不尽な親であっても、絶対服従なのだ。
今正に赤城の忠実なポケモンとして、その意思を無視してハニーさんは敵対している。
ハニー
「出て行ってください……私は誰かを傷付けたくない……」
ハニーさんの表情は決して晴れない。
今やっていることも、これからどうなるかも全て分かっている。
それでも、主のために尽くす事から逃れられない。
それを俺は、憐れだと思う。
茂
「ハニーさん、そこまでその男は大切ですか?」
ハニー
「……はい、ご主人様は私に『意味』を与えてくれました。私は死ぬまで従うのみなんです」
赤城
「はっははは! 当然だ! それが出来なければハニーに存在価値なんてないんだからな!」
赤城は俺たちを嘲笑う、安全圏からその場を俯瞰し、まるで神だと嘯くかのようだ。
事実増え続ける蜂のような何かが、この家を覆うのは時間の問題か。
真莉愛
「兎に角、無力化が先決だわ! 愛紗、ダークホール!」
愛紗
「了解、マスター!」
常に御影さんの前で、警戒する愛紗さんが構える。
しかし直後、数百万の群れが壁を作る。
愛紗
「なっ!?」
愛紗さんのダークホールは群れの壁を突き抜けた、しかしそれは当たったかどうかさえ分からない。
ハニー
「攻撃指令!」
それは壁の向こうからだった。
無数の蜂のような何かは一斉に愛紗さんに群がった。
愛紗
「きゃあああっ!?」
ブブブブブブ!
真莉愛
「愛紗!?」
物の数秒で、それは愛紗さん覆った。
御影さんは必死に愛紗さんを救おうとするが、それでは御影さんまで危険に晒す。
直後、炎が愛紗を覆った。
ほむら
「情けねぇぞ愛紗!」
それは確か近くで待機していたほむらという名のPKMだ。
その両拳を燃やし、ゴウカザルらしい軽快さで、家へと突入して愛紗の窮地を救う。
愛紗さんは所々焼かれているが、なんとか窮地を脱する。
とはいえ、膝を突き苦しそうだ。
愛紗
「……ほむら、貴方だけ?」
凪
「私もいる、間に合ったのは私とそこのポケモンだけのようだが」
風が吹くと、凪さんも虫を吹き飛ばしながら部屋へ侵入した。
ほむらさんと凪はそれぞれ前衛に立ち、ハニーさんと対峙する。
茂
「凪さん、他の皆は?」
凪
「遅れているが、集まっている。ただ警察も急がないと、突入してくるぞ?」
真莉愛
「……まずいわね」
ほむら
「けっ! 既に対処案件だろう!? ならぶっとばしゃいいんだ!」
ほむらさんは随分血の気が多いようで、命令もなくハニーさんに飛びかかる。
だが、虫の群れはそれを許さない。
四方八方からほむらさんに群がった。
ほむら
「あーっ!! 鬱陶しい!」
ほむらさんは群がるそれを全身に炎を纏って吹き飛ばす。
炎属性であるほむらさんは相性で有利だ。
ハニー
「くっ! エアスラッシュ!」
ハニーさんはその小さな羽から、空気圧縮し切り裂く刃を放った!
それは空中で身動きを出来ないほむらさんを襲う。
ほむら
「なに!? あああ!?」
ほむらさんはなんとか、防御するも腕を切り裂かれ、ハニーさんに飛びかかるのは失敗した。
凪
「馬鹿者! 隙の多い動きをするからだ!」
ほむら
「なら! お前も加勢しやがれ!」
ほむらさんは床に着地してバックステップすると、まだまだ戦えるぞとファイトポーズをとる。
真莉愛
「大丈夫ほむら!?」
ほむら
「へ! 闘志が燃えて丁度良い位だよ!」
茂
「凪さんなら、どう攻略する?」
俺は凪さんに、この状況での戦術を聞く。
凪さんはハニーさん、そしてその後ろの赤城を睨みながら論じた。
凪
「全てを無視するなら、家ごと暴風で吹き飛ばすのが、最も安易で最良でしょう。しかし茂さんがそれを望んでいないのは承知しています」
茂
「……ああ、俺は出来ればハニーさんを傷付けたくない」
凪さんは可能な限り俺の意思を汲みたいのだろう。
だが、それは無理難題だ。
事実ハニーさんは文字通り死ぬまで戦うだろう、文字通り全てを敵に回して。
茂
「……ハニーさんは既に全ての人類と全てのPKMを敵に回した、あの後ろの男を守るために」
凪
「……茂さんがそんな顔をしないでください。私もそんな無理難題を熟すためにここにいるのです」
俺の暗い顔を見て、凪さん不適に笑った。
凪
「私たちはどれだけ無理難題に挑みましたか? 華凛さえ救って見せた自分を信じて、それに私は必ず応えます!」
凪さんが風を纏う。
それは暴風白兵戦モードに近いが、それ程猛威は感じない。
凪
(……まだ、慣れない……だが、私にも可能なはずだ!)
風は、徐々に全身から凪さんの右腕に集まった。
凪さんは踏み込む、それに合わせて虫が凪さんに集まった。
凪
「風使いを甘く見るな! エアスラッシュ!」
凪さんは右腕に集めた風刃をその場で振るうと、虫たちがズタズタに切り裂かれ、風の刃がハニーさんを襲う!
ハニー
「う……あ!?」
赤城
「は、ハニー!?」
ハニーさんは胴体を切り裂かれ、後ろに倒れ込む。
血の気が引いたのは赤城だろう。
だが、ハニーさんは直ぐに新たな指令を下す。
ハニー
「か、回復指令……!」
虫たちはハニーさんに群がると傷口の回復を始める。
恐らく凪さんが本気なら即死だったろう。
だが、恐らく俺の意思を汲み、手加減したと思われる。
虫たちを払いきり、俺はハニーさんの前まで歩み寄る。
茂
「ハニーさん……」
ハニー
「どう、して……貴方なんですか?」
ハニーさんは泣いていた。
この戦いに何の意味があるのか、俺はハニーさんと戦いたくない、そしてハニーさんもそう思っている事だろう。
茂
「俺を恨んでください」
ハニー
「そんなの、恨めません……」
赤城
「あ、あははは……ハニー?」
ハニー
「ご主人様、申し訳、ございません……」
俺は強く拳を握った。
ここまで強く握ったのは、多分初めてだ。
俺は怒りを覚えるくらいなら、さっさと逃げて忘れる性分だ。
怒りは面倒ごとにしかならない、そういった反社会的な部分は学生のうちに捨てていた。
だが、今俺は激情に任せようと思う。
茂
「赤城、ハニーさんはお前の代わりに傷ついたんだ……!」
赤城
「き、傷付けたのはお前たちだろっ!」
茂
「そうだ、全て中途半端だった俺たちの責任だ! だけどな、それはお前の責任でもあるんだぞ!?」
赤城
「ハニーはPKMだぞ! 俺の代わりに傷つく、当たり前じゃないか!?」
茂
「ふざけたこと、言ってんじゃねぇ!!」
俺は強く踏み込み、握り拳を赤城の顔面に全力でぶち込んだ。
赤城の身体が後ろに吹き飛ぶ、恐らく鼻は潰れ、きっと歯も何本も折れたろう。
そのまま汚らしい部屋に倒れ込んだ赤城を、俺は胸ぐらを掴み、起き上がらせる。
赤城の顔にはもはや、戦意もなく、恐怖しかなかった。
赤城
「痛い……なんで俺がこんな目に……」
茂
「お前は、ハニーさんが味わった痛みがもっと早く理解できていれば、こうならなかった!」
赤城
「おかしいだろ? PKMはなんだって言うことを聞く最高のオモチャなんだ、ホストになれば誰だって気付く、アイツらは絶対服従だ……自分たちの意見なんてないんだよ」
茂
「それが、ここまでハニーさんを追い詰めた理由か!?」
「ヒイイ!?」情けない悲鳴を漏らして、赤城は目を閉じ顔を背ける。
ハニーさんは全て聞いていただろう、その上できっとこいつに従う。
オモチャだと思われようと、性奴隷だとされてもハニーさんにとってこいつは大切なご主人だ。
それをこんな偏執的な歪みではなく、愛情で応えていればハニーさんはきっと幸せな家庭だって築けた筈なのに……!
真莉愛
「そこまでよ、常葉君。拘束するわ」
御影さんは何処からか、ロープを持ち出すと赤城を縛り付ける。
既にハニーさんは抵抗をやめ、愛紗さんたちに囲まれその場にしゃがみ込んでいた。
真莉愛
「ちょっとキツめのグルグル巻きっと」
両者の拘束も終わると、俺は御影さんにこれからのことを聞く。
茂
「ハニーさんは……」
真莉愛
「保護収容所に逆戻りね、ただ攻撃的意思を見せた事から、もう一度元の生活に戻るには難しいわね」
茂
「不可抗力です! ハニーさんは悪くない!」
真莉愛
「分かっている。でも国はね、そんな個人の主観なんて無視して、結果だけを見るの。結果的に人的損害はなかったけれど、PKM2人の負傷、重く見られるわね」
茂
「……そんな」
ハニー
「常葉さん……気にしないでください。私は全て受け入れます」
茂
「ハニーさん……?」
ハニーさんはただ、笑っていた。
もうこれから未来も分かっているのに、それでも笑顔だった。
赤城は間違いなく保護責任者の資格を失うだろう、二度とハニーさんと会うこともないはずだ。
ハニーさん自身も、安寧とは言えないかもしれない。
でも、そこに暗さはない。
ハニー
「終わりが来ることは、何処かで分かっていました……そして、何処かでそれを願っていたんです。ご主人様は最悪の人でしたが、私は信じていました。でも……やっぱり間違いだったんですね」
茂
「悪夢だったんだよ、ただ夢は覚める」
ハニー
「……もし、常葉さんがご主人様だったら、どれ程嬉しかったでしょうか、でも……それはもうあり得ない」
名の呪縛、PKMはその名を与えられた時から、主と定め従う。
俺はそれを呪いだと思う。
どうして神様はPKMに対して、そんな呪いをかけたのか。
呪いは、悪用すれば不幸を呼ぶ、こんな不幸が今きっと世界中にあるのだろう。
ハニー
「私常葉さんの事が好きでした、皆が醜い私を嫌う中貴方だけは、私に親身になってくれた」
茂
「あの時俺は、君を他人だと思って放置したんだ。もしあの時から気付いていれば……」
やがて、パトカーのサイレンが近づいてくる。
それはこの狂言回しの終幕を意味しているのか。
***
ファンファンファン!
その一帯は騒然となっていた。
近隣の住民は野次馬となり集まり、連行される赤城を見てヒソヒソ話す。
赤城は高校を卒業後、アルバイトで生計を立てていたらしいが、偶然目の前に顕現したハニーさんに一目惚れしたようだ。
当時の赤城はあそこまで偏執的に歪んではいなかったらしい。
ただ、気が付けば行為がエスカレートし、それが常態化していたようだ。
虐待も、近隣の住民は気付いていたようだが、PKMだからと放置されていたようだ。
俺たちはそんな喧噪から少し離れた場所にいた。
真莉愛
「右手大丈夫? 折れてない?」
茂
「痛いです、身体鍛えてないからなぁ」
ほむら
「かかっ! でも気に入ったぜ! あれはいいパンチだった!」
凪
「笑い事にするな、我が主人を愚弄するなら容赦はせんぞ?」
あれから俺は応急手当として、右手に包帯を巻いていたが、痛みは結構ある。
とはいえ、ぶん殴ったから病院と言うわけにもいかず、痛みは授業料としておこう。
ほむらさんは、心意気の方を汲み取り笑っているが、凪は呆れている風だ。
我ながら馬鹿な真似をしたが、後悔はしていない。
真莉愛
「……とりあえず、不法侵入や暴行は私の方でもみ消しとくわ」
茂
「御影さん、謎なほど権力ありますよね」
真莉愛
「危険と隣り合わせだもの、そりゃそれなりに非合法な権利はあるわよ」
非合法な権利、確かに今回の一見は正に非合法な解決策だった。
だが、こんな事件はきっと1つじゃない、それらと御影さんはこれからも闘い続けるんだろう。
真莉愛
「それじゃ、警察に少しお話ししたら、帰還するわ」
ほむら
「愛紗の奴、どこ行った?」
真莉愛
「愛紗には本部に行って貰ってる、ほむらはちゃんと腕の怪我手当しなさいよ?」
ほむら
「なんだよ、大した怪我ねぇっての」
真莉愛
「駄目よ? 女の子なんだから身嗜みには気をつけないと」
ほむら
「ば、馬鹿じゃねぇの!? 女らしさとかいらねぇし!」
真莉愛
「ふふ、それじゃあね、常葉さん」
茂
「お疲れ様でした」
***
茜
「はぁ、はぁ! 私が一番遅れている」
私はご主人様たちと合流するため、合流地点に走っていた。
きっと皆待っていると思う、私は少なくない人混みを越えていく。
ドン!
茜
「ご、ごめんなさい」
私は咄嗟に避けれず、ある女性とぶつかってしまう。
女性
「あら、こちらこそ余所見していたわ、sorry」
女性は長身の金髪のお姉さんだった。
英語という言葉を使っており、日本の人じゃない事が分かる。
私は精一杯お辞儀すると、向こうもそれ程怒ってはいないらしい。
女性
「行く川の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず、澱みに浮ぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて久しく留まることなし。世の中にある人と住み家と、またかくの如し……」
茜
「……え?」
金髪の女性は日本語で何か歌を歌った?
ただ、その女性は静かに私と反対方向に歩き出す。
その直後。
茂
「おーい、茜ー!」
それはご主人様の声だった。
私は声の方向を向くと、ご主人様たちがこっちに向かってくる。
私は急いでご主人様の下に向かった。
突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語
第11話 悪夢は必ず醒めるから 完
第12話に続く。