第4話 それぞれの日常
突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語
第4話 それぞれの日常
伊吹
「あーめあーめ、ふーれふーれ♪」
9月も中旬、暑さも落ち着きを見せ始めたこの頃、日本は台風シーズンを迎えていた。
この国では9月から10月にかけて特に大型の台風が上陸しやすい。
こんな状況を喜ぶのは多分アタシだけだよね。
保美香
「むぅぅ……洗濯物は中干しするしかありませんか」
保美香はそんな天気予報を見て、頬に手を当て「はぁ」と溜息を吐く。
伊吹
「ウフフ〜♪」
台風は風があるから大変だけど、それ以上の恵みを与えてくれる。
当然保美香も面白くない顔だけど、水タイプならこの気持ち分かるかなぁ?
雨は時に水害にもなるけど、大地に豊かさを与える。
自然信仰と真逆のこの世界では疎まれるのも仕方ないけど。
美柑
「雨の日は走り込みが出来なくてつまらないです!」
茜
「うー、毛がゴワゴワする」
それにしてもこの家の人は雨が嫌いな人ばっかりである。
今はお仕事のためいない凪と華凛もやっぱり雨は好きじゃないみたいだし、どうもこういう日は、少数派なってしまう。
美柑
「主殿は帰り大丈夫ですかね?」
伊吹
「直撃は明日だし〜、雨も傘は持ってたみたいだから〜」
保美香
「という訳で傘を届ける必要はないですよ茜?」
茜
「……」
随分前だけど、7月の初め位だったかな。
茜は傘を持たなかった茂君に一人で傘を届けに行った事があった。
アタシはお留守番だったけど、皆てんやわんやした思い出がある。
今思い出すと、流石に茜も思うところがあるらしく、沈黙してしまった。
むしろ帰りで困るのは凪だろう。
何せあの大きな翼は傘に収まらないし、カッパは専用の物がいる。
翼はある程度雨を弾くけど、それでも雨の中を行くのは気持ちの良い事じゃない。
伊吹
「ちょっとお散歩してくる〜♪」
アタシは雨の匂いが分かる。
だから湿度の高い場所に向かう性質があるけど、ずぶ濡れだと茂君に怒られる。
だから茂君に貰った水玉模様の可愛い傘を持ってお出かけすることにした。
***
ビュゥゥ……ビュゥゥ!
伊吹
「? 風が強い〜?」
傘を持って外に出ると、気になったのは風だった。
逆に雨は弱くなっており、強風警報が出ているんじゃないかって思う。
伊吹
「傘は〜……いらないか〜」
傘を差したら間違いなく折れちゃうだろうし、それにあんまり雨も強くないみたい。
私はマンションを出ると、一応空を仰いだ。
しかし顔を濡らす雨は殆ど来ない。
台風の前触れって感じだけど、少し違和感があった。
伊吹
「かーぜかーぜふーくー、びゅーびゅーとー♪」
私はとりあえず即興の歌でも歌いながら、人通りの少ないマンション周辺を歩き出した。
私はPKMとしては容姿が人間に近い。
興味深い事だけど、容姿に関しては個体差があるみたい。
私はかなり人間に近づいたポケモンだと言えるけど、逆にもっとポケモン寄りのPKMもいる。
茜はこの上では中間だろうけど、個体差によっては尻尾が無くなったり、逆に全身に毛が生えたり。
PKMの人間化の意味とその過程……考えれば謎だけど、私が更に人間寄りに『進化』したら、もはやヌメルゴンとしての定義も失われるのじゃないだろうか。
荒唐無稽な話だと思うけど、私たちが擬人化したのは、完全な人化が目的なんじゃないだろうか。
それこそ人とPKMとの区別が要らないほど曖昧な存在。
伊吹
「ん〜?」
ふと、私は上を見上げると竜巻みたいにつむじ風を巻き上げている場所を見た。
そしてつむじ風の中心には一人の少女が虚空を見つめ、仁王立ちしている。
伊吹
「アレって〜……もしかして〜?」
私はある確信を持つと、つむじ風の中心に向かう。
つむじ風はあるお家の屋根の上で発生している。
そこはまさに風の中心地、私は強風に煽られながらその少女に近づく。
伊吹
「こんにちわ〜、えーと、そこの〜?」
少女
「……人間じゃないな、誰だ貴様?」
少女は目線だけを動かして私を睨みつける。
その異様な態度は並のPKMではないという証明だろうか。
白い髪の毛は雲のようで、でんでん太鼓のような物が少女の身体に巻き付いている。
伊吹
「私は伊吹〜、貴方は〜?」
少女
「人間としての名は持たん。敢えて呼ぶならトルネロス……それが我が名だ」
やっぱり……この雨を打ち負かす強風の原因は風の化身トルネロスだった。
風はトルネロスを中心に吹いており、トルネロスは空の向こうに何かを見ているみたいだ。
私は屋根の上から同じ空を見るが何も分からない。
伊吹
「一応〜、ここは人様のお家だから〜、降りた方がいいよ〜?」
トルネロス
「何故だ? 何故人に従う必要がある?」
伊吹
「喧嘩をしないため……だよ〜?」
トルネロスは見た目通り高圧的なポケモンだ。
協調性も良くなさそうだし、人間を見下している節がある。
力として個ならばPKMの方が強い。
でも人間には知恵があり、その数による力がある。
きっと喧嘩すれば、どっちもいい思いはしない。
だから私は喧嘩になる前に止めるしかない。
トルネロス
「喧嘩か……」
伊吹
「だって悲しいよ〜? 貴方だって暴虐を働らかれたら嫌でしょ〜?」
トルネロス
「だが……それでも決着をつけねばならない相手がいる……!」
トルネロスの身体が浮遊した。
その先に何を見ているのか顔の向きだけは絶対に変えなかった彼女はその先に何かを見ている。
トルネロス
「雷雨の化身……奴とは必ず決着をつけねばならない!」
それだけを残し、トルネロスは凄いスピードで飛んでいってしまった。
そのスピードは目に追える物ではなく、風の化身ならではだ。
ポツポツ……ザァァァァ!
トルネロスがこのエリアから消えると、雨は思い出したように降り出す。
気候を支配するレベルのPKM……それは素直にこの世界にとって驚異かもしれない。
私は屋根から降りると傘を差す。
そして少し後、何か黒い服を着た人達がトルネロスの現れた場所に集まってきたが、私はそれを横で眺めながら、家に帰るのだった。
***
美柑
「……く」
茜
「………」
アタシが家に帰ると、茜と美柑がゲームをしていた。
ゲームはレースゲームのようだ。
どうやら優勢なのは茜の様子で、美柑は苦戦している。
伊吹
「ただいま〜」
帰って来たときには保美香の姿がない。
恐らく買い物に行ったんだろう。
台風も来ることから、多めの買い出しをしているに違いない。
アタシは身体の水分を落とすと、二人の後ろでゲームの様子を見る。
美柑
「抜いたぁ!」
茜
「からのキノコ」
レースゲームはどちらも得意ジャンルではないだろう。
でもコントローラーの慣れ等から茜がやはり優勢。
アクション慣れしているから微細なコントロールが得意なのだ。
一方で体感ゲームの得意な美柑も反射神経では負けていない。
それでも拮抗した実力差だと、その絶対的な距離が詰められない。
美柑
「だぁぁぁぁ! 負けたぁ!」
茜
「苦しい戦いだった……この私をここまで苦しめるなんて」
と言いつつ、表情には全く苦戦の顔が出ていない茜。
まぁ元々能面な方だけど、その台詞を使うと、ネタなのか本気なのか分からない。
とりあえず美柑は疲れたように項垂れていた。
美柑
「大体ゲームで茜さんに勝つなんて無茶なんですよぉ〜」
伊吹
「でも〜、人生ゲームとかなら〜?」
美柑
「いや、それこそ豪運の前に敗れますよ!」
……そう言えば以前皆で桃鉄したら、何とも理不尽な茜の勝ち方だったっけ。
運が絡む系のゲームだと、茜の運の良さは奇跡的だ。
ある意味その幸運があるから、今日まで無事だったと言えるけど。
茜
「じゃあ○ァミコンウォーズで対戦する?」
なるほど、SLGならそんなに運は絡まないね。
茜も美柑も頭を使うゲームなら対等かな。
でも、美柑の方は。
美柑
「ごめん、SLGは知恵熱出そう……」
……確かに美柑って細かい事考えるのは苦手だよね。
茜もそれほど得意じゃないけど、なんだかんだで異世界でメイドとして鍛えられたのは大きいだろう。
茜はむぅ……と詰まらなさそうだ。
伊吹
「じゃ、アタシとする?」
それは相手のことを考えると、あまりいい方法では無かったかもしれない。
だが、雨の性で皆暇なのだ。
だからこそ茜も食いついた。
***
保美香
「ふぅぅ……3日分となると、流石に重いですわね……皆さん帰りました」
美柑
「あ、お帰りなさい保美香さん」
わたくしは玄関を開けて中に入ると、パンパンに膨らんだ買い物袋を運ぶ。
途中半分は美柑が持つと、わたくしはテレビの前の二人を見た。
伊吹
「あ、あはは〜」
茜
「(゚Д゚)」
テレビの前では苦笑する伊吹と目を丸くして唖然とした顔を見せる茜がいた。
保美香
「一体なにが……!?」
わたくしはテレビの画面を見て絶句した。
画面内を埋め尽くす赤赤赤!
美柑
「繰り返す! 赤が80で青が1だ!」
……それはSLGで伊吹に挑んだ結果だった。
本来はほんの僅かなリスクとリターンをコントロールするゲームだが、その積み重ねが何十ターンも過ぎるとこうなる。
茜が茫然自失しているのはこういうことだったか。
保美香
「デザート作ってあげますから、自爆スイッチを押しなさい」
茜
「教えて保美香、私はあと何回この歩兵と戦車を殺せばいいの? ゲームは何も答えてくれない……」
美柑
「人類皆が弱者なんですよ……」
伊吹
(……もうちょっと手加減するべきだった)
なんてアタシは少し反省するのだった。
これはなんてないアタシの平凡な一日。
***
茂
「台風も過ぎたし、今日は日曜日かぁ……皆出かけたいところとかあるか?」
日曜日、台風明けで快晴という事もあり、俺は出かけようかと思うが、それは皆の意見を聞きたい。
たまには皆を労うために家族サービスをしたいのだ。
華凛
「私は午後からポケにゃんで仕事だから、遠出は遠慮したいな」
美柑
「あの……それならアミューズメント施設とかどうですか?」
茂
「まぁ無難な場所だな、よし……それじゃ行くか!」
ボーリングで有名な某アミューズメント施設は家から30分位の所にある。
ここなら今日は仕事の華凛と凪も調整しやすい。
という訳で、俺たちは戸締まりをして一路アミューズメント施設に向かうのだった。
***
最近のアミューズメント施設って結構進化してるよなぁ。
卓球やダーツ、ビリヤードなんてのもあるし、レコードスタジオなんてのもある。
中にバスケットとかハンドボールが出来る施設もあるようだ。
そんな中、俺たちはボーリング場にやってきていた。
カコーン!
美柑
「よし! ストライク!」
身体を使う競技なら任せておけ、そう言わんばかりの美柑はさっきから好スコアを連発している。
その姿はギャラリーをも集めており、やはりPKMが同じルール下で何所までやれるか気になっているようだ。
茜
「一本残った……」
茂
「あぁ、そういうのって辛いよなぁ」
定番の真ん中のピンを倒し損ねる茜。
こうなると、素人にはスペアを取るのも難しい。
一方、他はどうかと見ると。
華凛
「ふふ、スペアだ」
凪
「く……スペアを取られたか」
なんだかスコア対決をしている華凛と凪、僅かにだが華凛が勝っているようだ。
一方でのんびりガターを出す伊吹、それでもニコニコだ。
保美香はのんびり適当にボールを投げて無難にスコアを稼いでいる。
こうやって見ると、普通に上手い美柑、そこそこ成績の良い華凛と凪、のんびりマイペースにスコアを出す茜と保美香、まるでダメな伊吹という構図。
茂
(こうやって見ると、PKMと人間に取り立てて差もないように見えるな)
美柑といえど、プロボーラーのようにはいかないし、伊吹なら子供と成績は変わらないだろう。
つまり、どちらが優れているという事もないという事だ。
ボーリングは球技の中でも、特にセンスが問われる。
本格的にプロを目指すなら、専用ボールは必須だし、様々なボーリング場のレーンコンディションを熟知する必要がある。
これらに適応し、人間を上回れるPKMはそれほどいないのではないだろうか。
美柑
「次、主殿の番ですよ」
茂
「おう!」
まぁしかしだ、難しいことを考えないならボーリングは適度に身体を使えるし、ストレス発散には打ってつけだろう。
俺も普段のストレスを発散するようにボールをピンに向けて投げる!
茂
「6、8、9、10の4ピンが残ったか」
美柑
「でも、あれなら取りやすいですよ!」
美柑はそう言うが、それはセンスの良い美柑だからだろう。
23歳のSE職なんて、身体も鈍ってボールに腕が負けるんだよな。
それでも俺より上のボウラーなんて珍しく無いし、営業職のおっちゃんが、ストライク連発してたりするから、環境に甘える訳にはいかないよな。
茂
「せぇの!」
俺はカーブをかけるようにピンを狙う。
しかしボールは6ピン残して過ぎてしまった。
茂
「やっぱ現実はこうか」
流石に思っただけでそんなに都合良くはいかない。
あの配置でスペアが取れないというのも辛いが、それも俺の現実だよな。
凪
「よし、ストライク!」
保美香
「あら、ターキーじゃないですか、鳥だけに」
伊吹
「う〜ん、身体動かすことが得意な人は〜、やっぱりすぐ上手になるねぇ〜」
俺たちは2レーン借りてそれぞれ投げている。
俺の使っている方は美柑と茜が。
もう片方は凪と華凛と保美香、伊吹が投げている。
ゲームは今連続ストライクで凪が逆転したようだ。
美柑
「これは負けられませんね!」
茂
「負けるも何もお前の方がスコアは上じゃないか」
美柑
「ボク、勝負ごとが好きなんですよ」
特に、平和な勝負は……そう付け足す美柑。
茜が投球を終えると、美柑の番がやってくる。
俺は後ろから皆の様子をのんびりと眺めた。
直接対決している凪と華凛も、二人は笑顔だし、茜も保美香もその顔は楽しんでいるように思える。
なんだかんだで、この世界はポケモン娘にこういう場所で遊ぶことを許してくれる。
周囲の目は様々だが、少なくとも茜たちは誰もそれを気にしてはいない。
中には「俺も保護責任者になろうかな」と、羨ましそうに見ている奴もいる。
一応PKM保護法に関しては調べたが、20歳以上で、審査を通過した人はPKMのリストから保護責任者となるべきPKMを紹介され、PKMと本人の同意があって、初めて成立する。
現在はまだ、PKMの増加に対して保護責任者の数が足りない。
まだまだライオンのような猛獣と一緒に暮らすような物だと忌諱感を持つ人も少なくない。
まぁ実際グレーと言えばグレーだし、猛獣という点では完全否定は出来ない。
でもPKMは明確に猛獣と違う点は意思や感情を有する知的生命体だと言うことだ。
本当のところと言えば、PKMに必要なのは革新的な人権なのだろう。
PKMが新たなる人類として迎え入れられるのが最も理想的だが、それが簡単じゃない事も分かる。
ホモサピエンスだけでも、シリア問題やエルサレムパレスチナ問題等、多くの問題を抱えているのにそこに新人類が現れれば、どう対応するべきか。
優しい人ならば良き隣人としてPKMを迎えるだろう。
だが怖い人ならばPKMを利用するだろう。
いずれにしてもホモサピエンスとPKMはもはや個人の主観ではどうにもならないのだろう。
美柑
「やったー! 265点ですよ!」
……気が付けば第10フレームも終了して、全員のスコアが確定していた。
1位は当然美柑、265点は素人とは思えない好成績だな。
逆に最下位は伊吹の120点。
ここまで低いのも逆に珍しいか。
凪と華凛はというと両者210点で同点、勝負の決着はつかなかったようだ。
俺はスコアカードを受付で受け取ると、187点とまた微妙な点だった。
1ゲームだけ遊んだ俺たちはカフェスペースで一休みすることにする。
凪と華凛はそのままポケにゃんに向かい、俺たちはボーリングの後、皆と談笑をする。
………。
保美香
「どうもボーリングは性に合ってないようです」
茂
「苦手なのか?」
カフェペースで、ドリンクを飲みながら会話する中で保美香だけはどうも不満顔だった。
保美香
「どうもボーリングと聞くと悪魔払いをイメージしてしまうんですよね、それって私たちを攻撃しているみたいで」
美柑
「知識がありすぎるのも問題ですね、別に悪魔=PKMじゃないでしょうに」
伊吹
「考えすぎだよ〜」
「分かっていますわ」と保美香は言うが、やはりウツロイド故か迫害意識があるのだろう。
ウツロイドの目線から見てウルトラビーストと言うのは辛い物だな。
実際はご覧の通り恐れる部分なんて殆ど無いのだが、それでも実際迫害同然の目に合ったのかもしれない。
それだけウツロイドは異端と言える。
茜
「人生楽しんだ者勝ちじゃない?」
茂
「俺も茜に同意だ、折角俺たちはこうやって平然と遊べるっていうのは正に楽しめばいいんだよ」
俺はそう言うと、スマホを保美香向けてパシャリとシャッターを切る。
意表を突かれて間抜けな顔をした保美香が撮影出来た。
茂
「こういうのって○ンスタ映えって奴かね?」
生憎○ンスタグラムなんてやった事無いんだが、SNSにでもアップすれば、それなりにいいねを集めるかもな。
まぁ勿論上げないけどな。
保美香
「もう、だんな様ったら」
伊吹
「ウフフ〜、保美香笑ったぁ〜♪」
茂
「正に美女となうってか」
この光景をSNSに上げれば間違いなくリア充だな。
流石に彼女たちを不用意にネットに拡散する気はないが、実は既にツイッターやまとめサイトで華凛と凪の姿は見たんだよな。
今やポケにゃんのおっぱい神として崇められる華凛と、ドジっ子お姉様メイドの凪は一部界隈では有名だ。
既にファンクラブさえあるという噂もあり、真偽は不明だがそれだけ知名度を上げていると言えるだろう。
店長の金剛寺晃もなるべく人間とPKMの境をなくして身近な存在にしたいと考えている人だ。
一応は想定通りなんのだろう。
美柑
「美女か……ボクだけ美女じゃないですよね」
茂
「そんな事はないだろ?」
美柑
「それでもボクだけ貧乳だし……」
……うーむ、写真に反応したのか美柑だけ映えを気にしたようだ。
普段から胸のことを気にしているが、これ程までとはな。
茂
「うーむ、パシャリと」
俺は美柑にフォーカスしてシャッターを切る。
確かに第一印象は美少年だな。
いっそ宝塚に行けば大成しそうである。
だが、それは個人の個性だ。
俺なんか別に美男子でもないし、誇れるパーツなんてないだろ。
その点美柑の笑顔は一番可愛いし、充分勝ち組だ。
茂
「美柑は自分を誇っていいぞ、笑顔が一番可愛いのはお前だからな」
そう言うと、美柑は顔を紅くした。
美柑は褒められるのになれていない。
いつも自分は誰かの劣化とかネガティブに考える傾向があり、あまり自分が優れているというビジョンを持っていないんだ。
だから美柑に必要なのはそういうビジョンだ。
実際ボーリングでは一番成績も良かった。
運動能力は保美香よりも上だし、美柑は優れた部分も多い。
茂
「おっし、それじゃもう少し遊ぶか!」
***
カッキーン!
伊吹
「あ、ホームラン〜♪」
俺たちは休憩後バッティングセンターにやってきた。
動きは緩慢だが、パワーのある伊吹は当たると大きく飛んでいく。
保美香
「スローすぎて欠伸が出ますわ……」
茜
「でも、ホームランは難しい」
一方で反射神経に優れる保美香と茜。
保美香はポンポン長距離打を打つが、茜はミート力はあるが、パワーが足りない。
弾丸ライナー狙いなら楽勝だが、ここはバッティングセンターだからなぁ。
カッキーン!
美柑
「よし! これもホームラン!」
160kmストレートさえ、絶妙なパワーとテクニックでかっ飛ばす美柑。
皆人間離れした何かを持つが、フィジカルならあらゆる面で高次元な美柑は凄い。
ギャラリーも美柑があんまりにも気持ちよくかっ飛ばすから、美柑のバッティングフォームを見ていた。
中には女子プロにスカウトなんて言葉も出てきたが、PKMってプロ競技には参加出来ないんだよなぁ。
意外な所で市民マラソンなんかにも参加出来ないし、PKM専門リーグの開催が待たれるか。
茂
「お、スリーベースって所か」
一方で俺はやっぱり体が動かんなぁ。
異世界ではもう少し身体も軽かった気がするが、こっちでは重い。
本格的にスポーツジムとかで鍛える必要もあるかもしれないな。
茂
(それにしても……)
やっぱり目が行くのは胸か。
伊吹
「はう〜!? ハッズレ〜」
茜
「ふっ」
保美香
「はい、カッキーン」
バットを振る度の揺れる胸、ギャラリーの半分は確実にそちらを見ている。
そりゃ伊吹は規格外だが、保美香や茜も充分デカいからな。
しかも身体が柔らかい茜と保美香はフォームも美しいし、美貌もあるから尚更か。
これ相手に美貌で戦ったら、そりゃ美柑は酷だわな。
だが、美柑はプレイ中は気にしない。
美柑
「見てください! またホームランです!」
一打一打、それを嬉しそうに報告する美柑。
何かに夢中になる彼女は本当に可愛いと思う。
茂
「よし、10本連続ホームラン出たら、ご褒美に一つだけお願いを聞いやろう」
美柑
「お、お願いですか!?」
俺は美柑に発破をかけると、次の打球に対する美柑の表情が変わる。
そう言えば、美柑って甘えてこないから、ご褒美って与えてない。
多分甘える事が苦手なんだと思うが、彼女が茜を羨ましそうに見ていた事を覚えている。
きっと、他よりも俺との関係を厳格に捉えている性だろうな。
……その後、公約通り10本連続ホームランを出した美柑の願いは『頭ナデナデ』という、実に子供らしいお願いだった。
***
保美香
「ふんふんふ〜ん♪」
わたくしは今日も上機嫌に買い物籠を持って街を練り歩く。
わたくしが決まって利用するのは現地の商店街。
私は機械的なマニュアルのお店より、義理人情でお仕事するこういう個人店の方を好む。
私自身は、友達と思っている人物は多い。
それらは宝であり、偏見なく付き合える。
八百屋さん
「よぉ! 保美香ちゃん! カボチャどうだい!? ハロウィンってな!」
まず最初に声をかけてきたのは八百屋さん。
この商店街では若い30代の男性で、秋らしく豊かな作物が陳列している。
保美香
「そう言えばもうすぐハロウィンですわね」
カボチャの収穫は夏から秋にかけて、この時期のカボチャは甘みも強く、菓子や煮物が最適ですわね。
もう少し寒くなればカボチャシチューなんてのもいいですわ。
八百屋さん
「うーむ、しかし保美香ちゃんってPKMって言われないと分からないよなぁ」
保美香
「あらら? でも、歴としたPKMかしら?」
わたくしは髪の毛に擬態した触手を動かす。
普通の人間は髪の毛には筋肉がないから動かせないが、私はあくまでも触手、故に自由自在である。
これをすると大抵の人は気持ち悪く思うから、普段はやらないが、そうするとわたくしって人間みたいに見えるのですね。
そういう点では交友関係を築く上でメリットだったと言えますわね。
わたくしは商店街の皆さんとなるべく友好的でありたい。
そのためにはこちらからの歩み寄りが必要なのでしょう。
多くのPKMに足りないのは誤解を解く努力なのではないかしら。
誤解は不信を生み、それが負のスパイラルになる。
八百屋さん
「ま、PKMでもお客様なら神様よ! まして保美香ちゃんならなぁ!」
保美香
「あらあら、それならカボチャに椎茸、サツマイモにビーツも頂こうかしら。勿論お値引きして頂けますわよね?」
私は極めて優しい笑みで、値引き交渉を行う。
向こうは神様と言った以上、こちらの要求を呑まない訳にはいかない。
勿論こちらも相応の量を買うから、結果的にはちゃんと八百屋さんにメリットはある。
こういう自己裁量で決められる点が個人店を選ぶ理由である。
八百屋さん
「たー! 保美香ちゃんには敵わねぇな!」
保美香
「うふふ、その分多めに買いますから、色を付けてくださいね?」
値引き交渉は大体いつも成功している。
それは相手の信頼を勝ち得ている事と、純粋に相手の性格を熟知しているからだ。
特にちゃんとメリットを与えれば上手くいく。
私は7人分も買わないといけないから、それなりに大口顧客だと言える。
そうなると商店街の売り単価としては貢献している方だろう。
さて、次はお肉屋さんにでも行きますかね。
***
保美香
「重い重い〜、でも幸せの重さ〜♪」
わたくしは商店街を出る頃にはいつも大量の荷物で両手が塞がってしまう。
普通の女性ならこの量を持ち帰るのは相当大変だろうけど、わたくしには造作もない。
鼻歌も自然と出てくるし、わたくしはこの時間が大好きだ。
わたくしのする事に喜んでくれる人達がいる、それは至福であり、生き甲斐だ。
私は奉仕することが好きなんです。
だから、毎日家事を熟し、大好きな人達のために愛情一杯のご飯を作る。
保美香
「……あら?」
帰り道、マンションに向かう途中わたくしはある物を発見して足を止めた。
それは地面にへたり込んだPKMだった。
子供のように小さいながらでっぷりとした身体、そして猫のような耳。
多分、ゴンベのポケモン娘だろう。
保美香
「貴方、どうしたのかしら?」
ゴンベ
「お腹が空いて動けない……」
ゴンベ娘はまだ幼いみたいだけど、やっぱり種族的には食べるのかしら?
服装はあまり現代的ではなく、恐らくこの世界に転移したばかりじゃないかしら?
一応テレビでは警察に連絡をと、よくCMでも見ますわね。
保美香
(うーん、一応スマホは持たされているんですけれど……)
これからは必要だろうと、だんな様が全員にスマホを渡されました。
流石に機能制限版ですが、わたくしには電話とメール機能があれば充分。
しかもそれはどちらも○INEで出来ますし、あまり使うこともない。
ここでわたくしがするべき選択肢は二つ。
一つは速やかに警察に連絡して、回収して貰うこと。
もう一つは彼女を満腹にして上げること。
保美香
「……考えるだけ無駄ですわね」
わたくしはこの子をそのまま放置は出来ない。
警察に引き渡して、PKM収容所に送られれば、ご飯も食べられると思うけれど、それまでこの子はずっと曇った顔してないといけないのか。
それはわたくしには許せません。
子供が笑顔でいられないなんてあってはならない。
保美香
「ご飯、作ってあげるからいらっしゃい」
ゴンベ
「ご飯!?」
ゴンベ娘は現金な事にご飯という言葉だけで目を輝かせて、涎を零した。
保美香
「もう、レディがはしたないですわよ? ついてらっしゃい」
***
ジャージャー!
茜
「………」
キッチンは激戦の様子を見せている。
茜も今起きている事には唖然としており、ダイニングテーブルには空になった大皿が山積みになっていく。
ゴンベ
「ハグハグハグ!」
美柑
「よく食べるなぁ〜」
伊吹
「満漢全席も一人でいっちゃう〜?」
保美香
「ふふふ! それでこそ奉仕のし甲斐があるという物!」
わたくしはひたすら鍋を振るう。
兎に角スピードと量を求めるなら中華一択だろう。
既に炒飯から始まり、肉まん、青椒肉絲、餃子、酢豚、白湯、油淋鶏、小籠包、酢豚、天津飯、ニラレバ炒め、麻婆豆腐etc、兎に角作って出すの繰り返し。
しかしゴンベ娘は予想外に食べてくれた。
カビゴンはそれこそ1日で400kgも食べると言うし、ゴンベも自分の体重程も食べるのかもしれない。
茜や美柑もよく食べるけれど、ここまではまず食べない。
でもゴンベ娘の幸せそうな顔はそれだけで私も幸せになれる。
ゴンベ
「美味しすぎて幾らでも食べれちゃう♪」
茜
「好き嫌いとかあるの?」
ゴンベ
「なんでも食べるけど、美味しい物は特別だよ〜♪」
伊吹
「まぁ〜、保美香は何作っても美味しいからねぇ〜」
保美香
「その割に伊吹はあまり食べませんわね」
美柑
「まぁ伊吹さんはベジタリアンですしねぇ」
保美香
「はい、チャーシュー麺も追加!」
ゴンベ
「おかわりー♪」
……結局彼女が満腹になるには2時間も掛かった。
その間に冷蔵庫の中身はスッカラカン。
520Lサイズの冷蔵庫を持ってして、なんとかなった。
美柑
「うわぁ〜氷もないなんて」
保美香
「はぁ、はぁ。流石に疲れましたわ……」
茜
「食べたら即寝る……ある意味凄いね」
私はテーブルに山積みされた皿に満足し微笑む。
品性の欠片もない欠伸をするゴンベ娘はきっちり食べきった。
もはや洗い物をする体力もないが、これは私の矜持である。
子供の笑顔を護れたのならば言うことはない。
そして……同時に。
ピンポーン!
保美香
「来ましたわね」
私は警察にゴンベの事を伝えていた。
彼らはそれなりに優秀らしく、連絡から10分ほどでやってきたのだ。
警察官
「なんだこの量……全部この子が食べたのか?」
警察も惨状に驚いているが、それがPKMだと言うことでしょう。
警察官は二人がかりでゴンベ娘を背負うが、あまりの重さに難苦しているようだ。
あの量を食べたのだから当然だけれど、この少女がこの世界で少しでも幸が多くあることをわたくしは願う。
ゴンベ娘は警察官に運ばれる間も起きる様子はなかった。
そしてその幸せ一杯の顔をわたくしは忘れないだろう。
彼女は然るべき手順に則って収容所に送られる。
そこでこの国で生きるための知識を学び、やがて良き人と出会って、もう一度再会出来ることを願おう。
ゴンベが運び出された後、わたくしは静かになった部屋で大量の洗い物と格闘する。
流石に全ての皿を出し切っても足りなかったので、全員の手を借りながらの作業だったけど、手は荒れに荒れている。
保美香
「ふふ、ちゃんとスキンケアしないといけませんわね」
美柑
「うわ!? 保美香さん手大丈夫なんですか!?」
流石にわたくしの手荒れを見れば、美柑も驚きますか。
まぁ家事をしていれば手荒れをなんて日常茶飯事。
ここまで多忙だった事はないけど、これは女性としては危惧するべきですわよね。
茜
「保美香、洗い物は私がするから休んで」
保美香
「構いませんわ、最後まで努めてこそメイドですもの」
茜
「私もメイド、保美香はゆっくりしないと倒れるよ?」
伊吹
「という訳で〜、強制連行〜」
わたくしは伊吹に後ろから羽交い締めにされると、キッチンからはなされる。
それに変わるように茜がキッチンに入る。
茜は華凛のベッドルームメイドを務めていたと聞くし、その実力をわたくしは知らない。
ただ手慣れた様子は後ろ姿からも分かった。
美柑
「肌は女性の命ですよ? 部屋のスキンケアグッズ適当に持ってきました」
美柑はわたくしと相部屋だからお互いの荷物を知っている。
美柑はあまり物を置かないけど、わたくしはこれでも女性として自分を気遣っている。
故に自分磨きは忘れない。
保美香
「はぁ……忙しいのは幸せですけど、女の格が落ちそうですわね」
きっと華凛辺りに見られたら勝ち誇られるだろう。
華凛は肌がとても綺麗で羨ましい。
若さと言ってしまえばそれまでだが、彼女には負けたくないですわね。
保美香
「さて……女を取り戻す戦いをしましょうか!」
***
茂
「たっだいま〜」
ドタドタドタ!
茜
「お帰りなさいご主人様」
俺はいつも通り帰ってくるとそこはいつもの光景だ。
茜が真っ先に俺の前に来ると尻尾を振って喜んでいる。
俺はいつものように頭を撫でて、部屋へと入る。
部屋の中は……いつもと少し違った。
茂
「何これ……ピザ?」
キッチンテーブルに並べられていたのは宅配ピザだった。
それは初めて見る状況だった。
何が起きたのか保美香を見ると。
保美香
「本当に申し訳ございませんだんな様! 不測の事態により晩ご飯を用意出来ず!」
そう言って深々と頭を下げる保美香。
どうやら相当イレギュラーな案件があったようだな。
茂
「それで、ピザデリバリーか」
茜
「最後までお寿司とピザで揉めたんだけどね」
スッカラカンの冷蔵庫を見て、どれ程の不測の事態だったか分かる。
因みに茜はピザ派だったようだ。
家では本格的なピザは焼けないだけに強い願望があったらしい。
保美香は料理の腕に絶対の自信があるからこそ、外食や出前は一切しない。
だから出前に頼ったのは保美香からすれば屈辱だろう。
茂
「……まぁいいんじゃない? 俺もピザ好きだし」
保美香
「そう言って貰えれば、少し気が晴れます」
……うーむ?
保美香は気のせいか疲れているように見える。
冷蔵庫の番人たる保美香がこの事態を招いた事は疑問だが、それには彼女を納得させる何かがあったんだろう。
茂
「保美香、よく頑張りました」
俺はずっと恭しく頭を垂れる保美香の頭部をナデナデした。
俺に出来るのは、こうやって彼女たちを安心させてあげる事だ。
時に怒って、時に褒める。
でもそれで彼女たちに不安を与えるわけにはいかない。
俺は彼女たちの支えになるつもりだ。
茂
「保美香が納得ずくでこの事態になったのなら、俺は何も言わんよ」
保美香
「だんな様……!」
保美香は俺に抱きついた。
普段全くボディタッチしてこない保美香だが、甘えるのを忘れた訳ではない。
自他共に認める変態だが、心は意外と乙女だからな。
保美香
「だんな様……わたくし、だんな様よりこの事態を優先してしまいました。それでもこうしてくださるんですか?」
茂
「こうするよ、俺は保美香に感謝してもしきれないからな」
俺はそっと保美香を抱いて、頭を撫でる。
それだけで保美香は穏やかになる。
きっと本質的には甘えたいんだよな。
突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語
第4話 それぞれの日常 完
第5話に続く。