第2話 メイド喫茶ポケにゃん
突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語
第2話 メイド喫茶ポケにゃん
華凛
「ふんふんふ〜ん♪」
私は今、街を闊歩していた。
ダーリンには武器を所持しないことと、一人では出歩かない事を条件に外出許可を得ている。
今日はお気に入りの紅い着流しを着て、街の探索だ。
この街は私にはあまりにも刺激的過ぎる。
まず驚かされたのは、アスファルトという黒い地面だ。
凄く平らで、こんな舗装技術は見たことがなく驚かされた。
他にも、コンクリートで出来た天まで届きそうな高い建物、人を載せて往来を走り抜ける自動車、何もかもが刺激的過ぎる。
凪
「……やはり怖いな」
一方で私の同伴者はナギーこと凪だ。
私たちはこの世界で暮らすため、とりあえず保護証明カードに記載された名前を使うことにした。
凪もこれには異存は無かったが、私とは対極的に怯えている。
一つは武器も防具も装備が禁止されている性だろう。
騎士が剣を棄てろと言われた物なんだから、心情的には分かるが、街を歩いても武器を所持した者なんて一人もいない。
カリン
「平和な世界じゃないか、武器が要らないなんて理想的な国だ」
私は既に受け入れているが、凪はそうもいかないらしい。
特に困ったのが防具だ。
四六時中騎士の格好をしていた凪は、この世界の服という物に馴れていない。
特に防具独特の重さが無いことに違和感バリバリなのだろう。
幸い家には凪専用と思われる衣服もあり、着るものには困らなかったが凪はまだ違和感を拭えない様子だ。
凪
「むしろなぜお前は平然としていられる? 車にひかれたら一大事だぞ?」
カリン
「それを気にして、街を歩いている者など、この世界にいるか? お前だけだ、そんな無用な心配をしているのは」
凪
「うう……飛行は禁止されているし、鳥ポケモンイジメだぁ」
飛行禁止はなんでも、ドローン規制法に触れるらしく、都市部での飛行は法律で禁止されているらしい。
まぁそれ以外にも空にはヘリコプターやら飛行機やらが飛んでいる。
ダーリンもバードストライクとやらを危惧していたし、致し方ない。
女の子
「ねぇママー、あのお姉ちゃん綺麗ー」
凪
「は、ははっ」
母親に連れられた小さな女の子だった。
女の子はナギーを指差すと、綺麗だと言っている。
まぁ控えめに言ってもピジョット種は美しい翼で有名な種族だ。
私も綺麗だと思うしな。
母親
「し! 見てはいけません!」
しかし……母親は露骨に嫌悪感を見せて子供を庇うように隠した。
凪もこれにはショックを隠せないようだ。
凪
「うぅ……何したっていうんだ」
華凛
「いい加減馴れろ」
さっきからずっと私たちは注目されている。
この国では銀髪は珍しいようで、なんだか男性を中心に見られていた気がするし、子供には凪は大好評だった。
つまり無邪気な子供は偏見を持たないという事だな。
凪
「私はそこまで悪意に耐性はない……やっぱり誤解されるのは辛い
」
結局のところ、凪が一番嫌がるのは、圧倒的PKMに対する偏見。
そんな物は実際付き合えばどうとでも変わるし、実際気にするほどでもないと思うが、変なところで精神の弱い奴だ。
華凛
「いいか、子供には優しく手を振ってやれば良い、大人がどう思おうが、子供は偏見など持っていないからな」
凪
「そう言うお前は胸ばかり見られているぞ」
おっと、見られていたのは胸か。
まぁ扇情的な着流しは、少しでもはだければ胸がポロリと出てしまう程度の代物だからな。
道理で何人か股間を抑えているかと思えば、破廉恥な連中だ。
華凛
「おっ、なんだこの店」
私は歓楽街を少し離れた場所を歩いていた。
そこは主幹道路沿いではなく、民家が中心のエリア。
しかし看板にはメイド喫茶ポケにゃんとある。
華凛
「メイドの喫茶店?」
私は気になって店内を覗き込むと、そこにはやけにスカートの丈が短い妙なメイドたちが働いていた。
しかしその全員が人間ではない。
凪
「なんだこの店……ポケモンが働いているのか?」
私たちがそうやって覗いていると、突然入り口が開いた。
そして中から出てきたのは顎髭が立派な200cmはある大柄なスキンヘッドの男性だった。
何やらメイド喫茶ポケにゃんと書かれたエプロンを着た男性が私たちを見下ろすと。
スキンヘッド
「あらぁ〜? 貴方達もPKM? ようこそPKM専門のメイド喫茶ポケにゃんに♪」
凪
「じょ、女性?」
スキンヘッド
「あら? 心は女だけど、体は男よ?」
所謂オカマという奴だろう。
見た目の厳つさとは裏腹に、随分温和そうで、私たちを店に招き入れてくれた。
カランカラン!
中に入ると軽い音楽が聞こえてきた。
確かジャズとかいう曲だったか、とても居心地の良い空気と曲が癒やしを与えてくれる。
ジクザグマ
「ママ、新しい家族ですか?」
スキンヘッド
「こら! 営業時間はマスターでしょう?」
ジグザグマ
「あ、ご、ごめんなさいマスター!」
入り口から入った私たちを迎えてくれたのは兎に角毛がビンビンに立ったポケモン娘ジグザグマだった。
何やらメイドらしくない落ち着きのなさだが、この男との関係が気になるな。
スキンヘッド
「店の奥にいらっしゃい」
凪
「ママと言っていたが、どういう関係で?」
スキンヘッド
「その前に自己紹介ね、私はこの店のオーナーで店長の金剛寺晃(こんごうじひかる)よ、あの子たちは皆私が保護したPKM達、皆私の可愛い子供たちなの」
華凛
「あの奇妙なメイドは随分金剛寺殿を慕っている様子だったな」
晃
「気軽にヒカルでいいわよ♪ あの子は一番幼くてね、甘えん坊なのよ、勿論お仕事も頑張っているのよ?」
私たちはそう言う会話をして、店の奥に入ると、控え室のようだった。
晃
「それで貴方達はどうしてお店の前に?」
華凛
「いや、随分妙なメイドが働いていると思ってな」
凪
「ああ、確かに女中とは思えない拙い子ばかりだった」
私たちは本物のメイドを知っている。
私の城には100人近くのメイドが働いていたし、茜やコンルなど優秀な者も多くいた。
だがここのメイド達はまるで駄目だ。
だが、それを聞くとヒカル殿はクスクス笑っている。
晃
「うふふ、だってここはコスプレメイド喫茶よ? 本職ではないもの」
華凛
「ほう! アレが噂に聞くコスプレ!」
テレビで夏コミとやらの特集を見たが、人間もポケモン娘みたいになりきる文化があって強く惹かれた。
特にコスプレイヤーとやらは、非常に開放感があり共感が持てる。
中にはアニメのキャラのコスプレなどもあり、私もコスプレしてみたいと思った。
ダーリンには普通にしててもレイヤーみたいだと言っていたが、私は本物を知りたいと思っている。
華凛
「お願いだヒカル殿! 私にも働かせてくれないか!?」
ヒカル
「ええ、良いわよ……でも、保護身分証明書は持っているかしら?」
華凛
「これのことか?」
私は胸の谷間に挟んでおいた証明カードを取り出すと、それをヒカル殿に見せる。
ヒカル殿はカードの記述を見ると。
晃
「華凛ちゃんって言うの、良い名前ね、保護者さんと少しお話させて貰っても良いかしら?」
華凛
「ダーリンと? 構わないが」
ヒカル殿はそれを聞くと、カードに書かれた電話番号にスマートフォンで電話を掛けた。
しばらくコールすると、向こうから返事が返ってきたようだ。
***
茂
「はい、常葉茂ですけど」
仕事休憩をしていたその時、俺は突然非通知の電話がかかってきた。
少し怪しんだが、何かポケモン娘関係かもしれないし、電話に応じることにした。
晃
『どうも、メイド喫茶ポケにゃんの店長の金剛寺晃です♪』
……なんかオカマッぽい口調の人が電話に応対してきたぞ。
メイド喫茶って一体どういうことよ?
晃
『実はね、貴方のところのPKM、華凛ちゃんがね、ウチで働いてみたいようなの、でも現行PKMは法律上では雇用を禁止されているの、だから書類上はお手伝いって事になるんだけど、許可を頂けるかしら?』
雇用って……あいつメイド喫茶でバイトする気か?
勿論働きたいっていうなら俺も賛成するが、雇用出来ないって言ってたな。
だからあくまでお手伝いさんならオッケーという事か。
晃
『あ、勿論正当な対価は支払うつもりよ? 私としてはPKMにはもっと理解をして貰う場所が必要だと思うの』
茂
「えーと、そっちに華凛はいます?」
暫く無言。
しかし直ぐに聞き慣れた声が返ってきた。
華凛
『私がどうかしたかダーリン?』
茂
「華凛、メイド喫茶で働きたいのか?」
華凛
『まぁ興味はあるな、中の雰囲気も良いし、ヒカル殿もいい人のようだし』
茂
「これだけは約束、店長さんとお客様には迷惑かけない事!」
華凛
『ふむ、約束しよう』
茂
「じゃあ店長さんに許可するって伝えてくれ」
俺がそう言うと、再び電話は店長に変わる。
晃
『ありがとう責任者さん、貴方とってもこの子たちを愛しているのね! 嬉しいわ! それじゃ電話は以上よ、後でメールで店の場所を教えるから、良かったら見に来て頂戴!』
そう言うと、向こうから電話が切れた。
それにしてもメイド喫茶って……大量にメイドを侍らせたアイツが?
***
カランカラン!
ジグザグマ
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
コスプレメイド喫茶ポケにゃんは盛況だった。
ここのいるのは全てPKMと呼ばれるポケモン娘たち。
入り口の近くにいたジグザグマの希望(のぞみ)は、明るい笑顔で新たに来客したご主人様という設定のお客様を席へとご案内する。
とりあえずヒカル殿にレクチャーは一通り受けて、待望のメイドへとコスプレをしたが、しばらくは仕事に慣れるだけで大変そうだ。
しかしなんだ……?
太ったオタク
「ど、同志、あの銀髪の子どう思うであります?」
痩せ細ったオタク
「大変けしからんでありますな、特にあのはち切れんばかりの胸元!」
……なんというか油ぎっしゅな太った男と、痩せた男が妙な言葉遣いで私について話しているようだ。
私は噂されているのならと、興味を持ってその二人組の席に向かう。
華凛
「どうしたご主人ども、そんなに私のおっぱいが気になるか?」
私が話しかけると、二人は面白い位虚取った。
太ったオタク
「同志! は、話しかけられましたぞ!?」
痩せ細ったオタク
「ここは素数を数えるべき! 我々オタクは孤独な物!」
華凛
「うーむ、まるで会話について行けない……だが一応今はご主人だからな、メイドとして奉仕しよう」
私はそう言うと、二人組の後頭部に軽く胸を押し当てる。
そうすると、二人組はプルプル震えながら。
太ったオタク
「か、華凛殿は天使! いや女神様でありますか!?」
痩せ細ったオタク
「おおお……主よ、こんな所におられましたか……!」
私の名前は即席で作って貰った名札で分かる物だった。
二人はもはや涙を流し、なにか昇天しそうな勢いだった。
うーむ、ご主人どもは何を言っているのだ?
やはりさっぱり分からん。
華凛
「触って良いのはダーリンだけだが、私から触れさせる分には問題あるまい」
太ったオタク
「華凛殿! よろしければ写真を一枚!」
華凛
「写真とはなんだ? まぁいいご主人どもの好きにされるといい」
そう言うと、太った男の方がパシャリと黒い凸型の箱で写真とやらを取ったようだ。
男はそれを確認すると。
太ったオタク
「PKMは最高であります……特に華凛殿には踏まれてもいい」
痩せ細ったオタク
「我らのような非リア充に偏見を持たないPKMこそが、きっと真の女神、信仰するべき!」
華凛
(なんだか大袈裟な奴らだな)
だが、私はマスターの言っていた事が何となく分かった。
ヒカル殿……マスターはここにいる5人のPKMの保護責任者だ。
まず最初に出会ったジグザグマの希望。
更にピカチュウの布袋を被ったミミッキュの照(あかり)。
野暮ったい顔をして、海藻のようなヒレの生えたドラミドロの流花(るか)。
おどおどして人見知り気味なのか、それとも単に無口なのか分からないニャスパーの団子(だんご)。
頭部をデュラハンみたいに自由に持ち運べる明るいメイドズガドーンの星火(せいか)。
この5人は皆マスターをママとして愛しており、マスターも大切な子供達だと言っていた。
ポケモン達とマスターの関係はとても良好なようで、私は安心している。
一方で彼女たちは人間不信の子達だったと言う。
この店はお客さんにPKMと触れてもらい、決してPKMが危険な存在ではないという活動の場であると同時に、PKMに人間の全てがPKMを邪険にする訳じゃないという、更生の場でもあったのだ。
華凛
「さて……凪の方はどうだ? 」
私は同伴者の凪を見た。
凪もマスターには敬服し、メイドに扮することにしたのだ。
凪もまた、人間の悪意に晒され不信になりかけていた、だからこそ一本気のある彼女も、ここにいるポケモン娘たちに見習って更生しようとしている。
凪
「ご、ご主人様、ご注文は如何でしょ、しょうか?」
華凛
(恐ろしい程ぎこちないな)
私もメイドウェイトレスという物は初めてで慣れないが、あそこまでは酷くないぞ。
しかし、ポケモン界で探しても凪ほどの美人はそうそういない。
特に23歳でありながら、あの初々しさは一部には爆発的に受けている。
凪
「え? 注文が違う? し、失礼しました! 直ぐに替えを……ひゃっ!?」
ズテン! と凪は盛大にずっこけた。
普段慣れない事をしている上に、やたらと大きい翼が邪魔で動きにくいのだろう。
挙げ句の果てに本人が最も嫌がった布面積の低いメイド服だ。
防具に身を固める事に安心感を覚える彼女と、防御力皆無の薄いメイド服は対極であり、だからこそ普段からかけ離れた動きになる。
流花
「大丈夫、凪お姉さん」
凪
「あ、ああ……大丈夫、それよりご主人様を待たせるわけには」
ドジだけど誠実で、美人な凪は気が付いたら、ポケモン娘達にもお姉さんと呼ばれ慕われている。
なんというか、同性にモテる奴だな。
執事(バトラー)の格好でもさせれば、女もイチコロだろうな。
凪は立ち上がると、キッチンへと向かう。
私は見かねて凪を追った。
凪
「うぅ……オーダー間違えた……オマケに机を意識しすぎて転ぶし、もうやだ……才能ないんだ私って」
華凛
「何キッチンで愚痴っている」
凪はキッチンでしゃがみ込むと、ブツブツと自分の失態を恨めしく思っているらしい。
剣の腕は私に匹敵するが、それ以外は点で駄目、何所まで来ても騎士気質というのが邪魔をするな。
凪
「うぅー、むしろお前はなんでそんなに直ぐ順応出来るんだ?」
凪と私で順応力の差は確かにある。
何か恨みというか羨望の眼差しは私にも向いていた。
全く、今日は心身ともにポンコツだな。
こんな奴でも私の百花繚乱を相殺しきるんだから、侮れない。
華凛
「それは楽しいからだろう。ダーリンとイチャイチャするのも楽しいが、ここでご主人どもを喜ばせるのも、それはそれで楽しい」
晃
「ウフフ、それに華凛ちゃんは失敗を恐れていない。それが大きいかもね?」
キッチンはほぼ、マスターのヒカル殿一人で動いている。
メイド喫茶は殆ど軽食がメインではあるが、客数は多くて中々回らない時もある。
それでもヒカル殿はこの仕事が好きなのだろう。
今もショートケーキの載ったトレイを持ってきてくれた。
晃
「凪ちゃん、これを10番テーブルのご主人様にお願いね」
凪
「……ああ、了解だ、私だって虫ケラのプライド位ある、仕事は絶対完遂するさ」
凪は立ち上がると、キリッとした顔でトレイを受け取った。
ご主人に対して笑顔になれるか疑問な顔だが、本当に不器用な女である。
晃
「凪ちゃんは頑張り屋なの、でも同じ頑張りでも時に結果は大きく異なる、華凛ちゃんと凪ちゃんみたいにね?」
華凛
「まぁ私は天才型だからな」
晃
「でも凪ちゃんは失敗を恐れるあまり、動きがぎこちなくなってしまうわ」
華凛
「……我々は、迷惑か?」
……これは聞くべきではないのかも知れない。
しかし、ダーリンとの約束はヒカル殿に迷惑をかけないという約束だった。
ヒカル
「迷惑をかけない人間は存在しないわ、多かれ少なかれ人は迷惑を掛け合って生きている。だから敢えて私はこう言うわ。好きなだけ私に迷惑かけなさい! そしていつか見返してやりなさい、私はもう一人でもやっていけるぞってね!」
ヒカル殿は、そう言うとウィンクして見せる。
ヒカル殿は迷惑をむしろ喜んでいる。
ここは未熟なPKM達が巣立ちのために訓練するための場所。
ヒカル殿は本当に深い愛を持って、子供達を見守っているんだな。
晃
「さ、華凛ちゃんもホールをお願いね?」
華凛
「了承した、マスターには敬服するよ」
ヒカル殿はふふっと微笑を浮かべると、また調理台に向かっていく。
私はまだ未熟だなと実感し、そしてこの店でもう少し世界を見てみたいと思った。
カランカラン!
華凛
「お帰りなさいませ、ご主人様」
私は丁度来客した青年の元に向かうと、笑顔で応対する。
青年は顔を紅くしているが、私は優しく青年を空いた席へと案内した。
***
茂
「えーと、住所ってここで良いんだよな?」
メイド喫茶ポケにゃんからメールで店の住所を教えられて、俺は仕事の終わりに向かっていた。
しかし住所から向かった場所は、あまり店という雰囲気はなく、辛うじて看板と店内を覗けるショーガラスから、ここだと特定する。
やっぱり、こういうのって歓楽街の方が客も来そうだが、土地代高いのかな。
民家を店舗に改装したようにも見える。
茂
(改めてこういう店って恥ずかしいなぁ)
俺は外から眺めて帰るという選択肢もあったが、折角華凛も頑張っているというんだから、入らない訳にはいかない。
男は勇気だ、と自分に渇を入れると店の扉を開いた。
カランカラン!
典型的カウベルが響くと、メイドウェイトレスが一人駆け寄ってきた。
星火
「うーす! ご主人様、おっ帰りーっ! どわっ!?」
口調は妙だが、明るく快活な少女が一番近くにおり、店内のご案内にやってくる……が、何もない場所で慌てたのか、足を取られて転んでしまう。
その際宙を飛ぶ生首。
俺はそれを咄嗟に受け止める。
俺の両手の生首は。
星火
「いや〜、ありがとうねご主人様、もう胴体謝る!」
やたら笑顔でそう言う生首は、首無し胴体が起き上がるとぺこりと頭を恭しく垂れる……頭ないけど。
……とりあえずドン引きだった。
やたら体育会系なのに、いきなり首ちょんぱしたかと思ったわ!
そのままホラー展開に移行する喫茶店とか怖い!
星火
「あの、そろそろ胴体に返して貰えます?」
茂
「あ、ああ……」
胴体は頭をプリーズしており、俺は生首を渡すと。
星火
「合身! どう、○ロッケン男爵みたいでしょ?」
茂
(ごめんなさいデュラハンのイメージしか湧きません)
とりあえず頭部の脱着可能な所を見ると、ズガドーンか。
人畜無害そうだが、ビックリヘッドって……あの生首が爆発するんだよな?
そんなのホラー系PCゲームでも頭部が爆発する美少女なんてマニアック過ぎるよぉ。
とりあえず爆発があべしとかたわばなら、確実にトラウマだろう。
結局何事もなく復活する頭部から、鉄拳のアリサの方がそれっぽいな……そう考えるとギャグキャラ?
星火
「それでは、ご主人様ご案内しまーっす!」
本人はそういう身体だから仕方ないんだろうが、特に生首キャッチされても動じることはなく(こっちがドン引きしただけ)、ハキハキと店内を歩いて空いた席へとご案内される。
いきなりyouはshock! したが店内は落ち着いた雰囲気で、ジャズ調の曲がメイド喫茶とはかけ離れているが良いセンスで馴染みやすい。
店内もざっと覗いても席は12席ほどと少なく、あくまでも個人経営といった感じだった。
正直俺なんて似合わないも良いところかと思ったが、客層は男性ばかりでもなく女性もおり、案外それ程ニッチ産業でもないのかも知れない。
まぁ冷静に考えたらメイドカフェが流行ったのって10年以上前だから、今更なんだろうな。
凪
「ぴゃあ!? 茂さ……ご主人様!?」
華凛
「ふふ、ご主人様、注文はアブソルでいいか?」
俺を発見すると、二人は両者極端な反応だった。
露骨に見て欲しくないという凪さんに、積極的に腕に抱きついてくる華凛。
ていうか、電話では華凛だけのはずなのに凪さんまでメイドウェイトレスになってるのかよ。
晃
「ほら、二人とも! ちゃんとする!」
店の奥から電話で聞いたニューハーフの声が聞こえた。
キッチンからは随分強面なスキンヘッドの男性が睨んでおり、凄いギャップだった。
華凛
「ではご主人様、ご注文はお決まりでしょうか?」
茂
「じゃあコーヒー」
メイド喫茶といえば、物価が高いというイメージだが……実際メニュー表を見ると割高な物の、想像よりは安かった。
それでもコーヒー一杯450円は凄いなと思うが。
華凛
「畏まりました、しばらくお待ちくださいませ」
華凛は注文を聞くと、普通にメイドっぽい応対に努める。
というか、本物のメイドにしか見えない。
まぁ元皇帝なんだから、メイドなんて幾らでも侍らせたろうし、真似るのもお手の物なんだろう。
普段のギャップは意外と大きく、華凛は本気のメイドにもなれるんじゃないかと思わせるな、まぁメッキだとは思うが。
凪
「こ、コーヒーは私が!」
茂
「凪さん、無理するなよ?」
凪
「だ、大丈夫だご主人様! これも試練と思えばなんともない!」
……まぁ頑張ってるみたいで何より。
オーダーが確定すると、凪さんはキッチンに向かう。
華凛はやれやれという様子で凪さんを見守っていた。
茂
「何だか、華凛の方が凪さんを守っているみたいだな」
当初は華凛の方が随分不安だった。
華凛は良くも悪くも、快楽主義というか、自由気ままな所がある。
だから変な客に巻き込まれたり、店に迷惑をかけてないか不安だったが、それは杞憂のようだ。
逆に凪さんは、まだ慣れていないのかぎこちなく、そもそも彼女のイメージからかけ離れたメイドというのは予想外過ぎる。
それでも何をやるにしても、妥協しない凪さんらしい対応ではある。
華凛
「あの女は、こちらでフォローしてやらないと、駄目になる。世話のかかる女だ」
茂
「そういうお前は、意外に面倒見が良いのな」
華凛は自分の事を突っ込まれると、顔を紅くした。
不和を望まない華凛だが、そのための努力は惜しまないのだろう。
そういう点では保美香と似るが、同時に反目もしてしまう。
結局、華凛も優しい子なんだけどな。
華凛
「す、少し店内を見てくる」
華凛は褒められたりするのは慣れてないようだ。
まして自分のイメージに合わない所は、気恥ずかしくもなる。
店内は空いてる席も少なく、それなりに好調のようだ。
店員が全員PKMというのも意外だが、お客もそれなりに楽しんでいるのだろう。
お客
「華凛ちゃん! ポーズお願い!」
華凛
「ん? しょうがないご主人だな、これで良いか?」
……それにしても、華凛の奴モテるな。
世の中おっぱいと言う事なのか、さっきからスマホやカメラで撮影されまくる華凛。
満更でもないのか、自由に撮らせているが、大丈夫かな。
インスタグラムやらせたら凄いフォロワー集めそうだよなぁ。
凪
「お、お待たせしましたご主人様!」
茂
「ああ」
小さなティーカップに注がれたコーヒー、そして脇にはミルクの入ったポッドと、砂糖の入った瓶が一つのトレイに載っている。
凪
「ミルクとお砂糖は如何致しましょうか、ご主人様?」
茂
「ミルクだけでいい」
凪さんは恭しくお辞儀すると、ミルクポッドを手に取って、コーヒーに優しく注いでいく。
コーヒーの表面には美しいマーブル模様が生まれ、凪さんはそれをかき混ぜ、味を馴染ませる。
凪
「お待たせしました、どうぞごゆっくり」
茂
「ああ」
俺はコーヒーカップを受け取ると、口に運んだ。
豆の種類は分からないが、良い物なんじゃないかと思う。
そのまま暫くコーヒーを楽しんでいると、いつまでも帰る様子のない凪さんが気になる。
凪
「……しょうか」
茂
「え?」
凪
「な、なにか粗相はなかったでしょうか? ご主人様」
……どうやら、自分のやり方に間違いはなかったか気になったようだ。
俺は一連の動きを思い出すが、特に違和感はなかった。
茂
「大丈夫、ちゃんと出来てたぜ、凪さんは」
俺が笑顔でそう言うと、凪さんは耳まで真っ赤にして顔を俯かせた。
そのままトレイを持ち上げると。
凪
「……茂さんだから」
は? 凪さんは小さくそう呟くと、トレイを持ってキッチンに帰った。
一体何の事だ……さっぱり分からんが、凪さんも神話の乙女に選ばれた女。
思っている以上にデリケートなのかも。
***
仕事の終わり時間。
暗くなる前にマスターのヒカル殿は帰宅するよう私たち促した。
私は私服に着替えると、控え室でヒカル殿に会う。
丁度凪も一緒だった。
晃
「二人とも、今日はお疲れ様、お仕事はどうだった?」
華凛
「新鮮な経験だった、悪くない」
凪
「私も自分がまだ未熟だと知りました、この経験は感謝しかありません」
私たちは真剣に自らの思いを伝えられたと思う。
この仕事は確実に自分にとって有意義だった。
私たち以外のPKMについても知ることが出来たし、PKMを取り巻く人間の姿も知ることが出来た。
人間も千差万別、ヒカル殿のような素晴らしい人格者もいれば、奇妙だが私たちを偏見の目で見ないご主人たち、ここは奇妙だが心地良い空間だった。
それを聞いたヒカル殿は目を細めて笑っていた。
自分の行動で誰かを幸せに出来れば、嬉しいという母親のような優しさだった。
晃
「はい、これが貴方達の報酬よ」
それは茶色い封筒だった。
中には紙幣が入っている。
凪
「あの、私はお金が目的で働いた訳ではありません、ですからこれは……」
晃
「凪ちゃん、これは社会勉強よ、正当な対価というのは往々にして貴重な物なの、そしてこれはこれからもここで働いて欲しいという証よ」
華凛
「ふ、雇用できないなら、お手伝いのお駄賃ということか……なら受け取ろう。もう少しここで働きたいからな」
凪
「……分かりました。私もまだこの店で学びたい、これは正当な労働の対価として受け取ります」
私たちはその封筒を受け取ると、顔を見合わせた。
華凛
「凪はもう少し奉仕という物を知るべきだな、ダーリンに対しても有効だ」
凪
「そういうお前はもう少し言葉に気をつけろ、メイドの方が偉そうなのはおかしいだろう?」
華凛
「ダーリンが相手ならそうもするが、他ならば……な」
こう見えても私は純情なんだ。
ダーリンが望むなら、そのまま本当にメイドになっても良い。
だが、他のご主人と線引き位引くさ。
それでも私なりに奉仕はしているつもりだ。
晃
「はいはい、外で貴方達のダーリンが待っているのでしょ? 早く行ってあげなさい」
おっと、確かにいい女はダーリンをあまり待たせる物ではないな。
凪
「それでは、お疲れ様でした」
晃
「明日また来て、シフトの調整は明日しましょう」
華凛
「分かった、それでは失礼する」
私たちはそう言うと、控え室を跡にし、ダーリンの元に向かうのだった。
***
茂
「おっ、お疲れさん二人とも」
俺は二人が仕事終わりという事で、入り口で待つことにした。
この時期でも流石にまだ明るかったが、待っている間に暗くなってきたな。
茂
「お前達、働いてみてどうだった?」
華凛
「ふむ、実に有意義だ。ダーリンに後で奉仕してあげようか?」
華凛は本当に人生楽しんでいるな。
しれっと腕に抱きついてくるが、俺は振り払わなかった。
茂
「凪さんは?」
凪
「大変だったが楽しかった……それより!」
今度は凪さんが反対側に抱きついて来る。
これはかなり意外だ。
ウチでも積極的に抱きついてくるのは茜、伊吹、華凛といるが、逆に殆どそういうボディタッチをしてこないのは保美香、美柑、そして凪さんだ。
その凪さんが、華凛に負けじと抱きついて来たのは驚きである。
凪
「私のことは呼び捨てにしてくれ、いや、してください」
茂
「なんで今になって」
凪
「私だけ、さん付けだ……私には華凛程女の魅力もない、でも華凛に負けたくない!」
それは俺という男を競った事だろう。
二人は神話の乙女と呼ばれる存在。
それは本来ならば一人の乙女が寵愛を受けるべきなんだろうが、俺は二人とも選んだ。
華凛は積極的に俺にアピールしてくるが、逆に凪さんは遠慮がちにいつも遠巻きにいる。
そんな凪さんらしからぬアピールだ。
茂
「凪、こんな感じで良いか?」
凪
「うん……私だって甘えたい」
それが凪の本音だな。
いつも遠巻きだからって、その状況に満足しているとは限らない。
特にウチでは年長者の凪は特にその点で遠慮がちだった。
だからこそ、彼女の鬱憤も爆発したのだろう。
凪
「茂さんにコーヒーを提供する時、まず華凛には絶対負けたくないと思った……その上で華凛より上手くやれるか不安だった、茂さんに褒められると嬉しい反面、自分が卑しいと思った……」
華凛
「……」
こういう時華凛は何も言わない。
自分が話題になった事もあるだろうが、華凛はこういう時遠慮してしまう。
というより華凛の場合は罪の意識だろう。
自らが犯した大罪を今でも華凛は心の中で苦しんでいる。
普段精一杯甘えるのも、そういった物からの逃避の意味もあると思う。
誰一人彼女を責めなくても、それは華凛が一生背負っていく事だけに、俺もそれを共に背負ってやるつもりだ。
一方凪さんもまた、自分がアピールすることは卑しいと思ったようだ。
正確には計算尽くのアピールをした自分が卑しいという事だろう。
茂
「二人とも、もう少し気楽にいけ。凪は自分が俺に奉仕する権利を奪ったんじゃない、勝ち取ったと思え」
凪
「茂さん……」
茂
「華凛も、お前の罪なら俺も背負ってやるから、そんな詰まらない顔辞めろ」
華凛
「ふふ、いい女に暗い顔は似合わないな、ごめんよダーリン」
華凛は気付いていないかも知れないが、自分が話題に出ると思いっきり黙って暗い顔をする。
まるで本当は自分が幸せになってはいけないと、未だに思っているんじゃないかって時がある。
そんな時は俺が絶対に華凛を笑顔にしてやる。
コイツも本当の意味で家族にならないといけないからな。
茂
「二人とも、この状態は両手に華だな」
俺はそう言うと声を出して笑った。
端から見ればなんだこのリア充はという感じだろうが、生憎俺はリア充だ。
未だ一般ではPKMに嫌悪感を持つ奴もいるだろうが、そんな物は俺は知らん。
二人がこうしたいからしているんだし、それを静止する理由はない。
これを見れば誰もが、PKMについて考えるだろう。
つーか、贔屓目に言ってもこの美人二人を侍らせているんだぜ?
これでどうして、PKMを猛獣みたいに見える?
俺は少なくとも羨ましいと思うだろう。
華凛
「ダーリン、もう少しゆっくり歩こう? このままじゃ早く家に着いてしまう」
茂
「だーめ、あんまり帰りが遅いと皆を心配させるからな」
突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語
第2話 メイド喫茶ポケにゃん 完
第3話に続く。