第18話 零下の戦い
突然始まるポケモン娘と旅をする物語
第18話 零下の戦い
陰鬱な気分。
わたくしはだんな様を護れなかった。
一体平和の中で私は何をしていたのだろう。
あの旅行で腕に抱かれた時、わたくしは弱くてもいいと思ってしまった。
その結果がだんな様をゲートに奪われた今なら、正に天罰といった所か。
ツンベアー
「ぐあー!? なんて強さだぁ!?」
保美香
「今のわたくしは大変気分が悪いですわ、少し八つ当たりしますわよ?」
それは記憶。
だんな様を求めてゲートを潜った先は雪山だった。
この地域には100近くの部族が山賊として生活していた。
山賊たちはお互い争いあい、そして少ない獲物を奪い合っていた。
全くもってくだらない。
暴力で解決する簡単な世界だった。
いくつもの部族を打倒し、力で従わせて、わたくしはこの雪山を制圧した。
そして、山賊を利用して情報を集め、帝国と反乱軍の事を知った。
そのどちらかにだんな様がいるかもしれない。
それは今も心が張り裂けそうな想いで、だけどこれが夢なんじゃないかって、時々怠惰に思う。
わたくしはだんな様の為に何が出来たのか。
本当は自分に甘えていただけなんじゃないのか。
わたくしは今度こそだんな様に……。
?
「お頭、お頭!」
保美香
「……煩いですわね」
丁度夢を見ていたらしい。
気がつけば微睡んでいたようで、わたくしを呼ぶ声に目を覚ます。
目の前には山賊にしてはまぁまぁ美丈夫のニューラが立っていた。
保美香
「それで、イチ。一体どうしましたの?」
イチはまだ年若いニューラのオスだ。
山賊と言っても部族だからその中には老人もいれば子供もいる。
その中でイチはギリギリ子供を卒業したという所か。
イチ
「それが獲物が妙な事を言っていると」
保美香
「妙な事?」
イチ
「お頭の事を探しているみたいで……保美香に会わせろってずっと呼びかけてる男が……」
保美香
「まさか……!」
私は、全速力でアジトを飛び出した。
わたくしの全速力は速い。
低空ではあるが空を飛び、あの方の気配を捜す。
胸はドキドキと高鳴り、鼓動が速くなるのに従い、冷静さが失われていく。
やがて、私の視線はある戦の場にフォーカスされる。
ウチの馬鹿どもが、ある一団を取り囲み、その中心にあの方はいた。
***
茂
「くそ、保美香の所のポケモンをあまり傷付ける訳にもいかないのに!」
既に俺たちは30人近くを倒していたが、相手は戦意を落とすどころか、なおも執拗にこちらの体力を削るように襲ってくる。
俺たちは流石にこれ以上手心を加えながら戦うのにも限界を感じ始めていた。
しかし、ここでそれを棄てれば、円滑に山を越えることが不可能になるだろう。
何より保美香の仲間なら、俺も無下には出来ん。
保美香
「だんな様ーーっ!!!!」
茂
「うわぁ!?」
それは、突然高速で俺の胸に飛び込んできた。
ドサァっと雪の上に押し倒され、それを見ると嬉しそうにすり寄った保美香だった。
茂
「保美香、会いたかったよ……」
保美香
「わたくしもですわだんな様! お会いしとうございました! ずっとずっと、お慕いしておりましたわ……」
それで、戦いは終わった。
俺にすり寄り、胸に抱きつき涙を流す保美香を見て、山賊たちも戦いを止める。
ナギー
「ふぅ……向こうから出向いてくれたか」
ニア
「に〜、よかった」
美柑
「もう保美香さん! 主殿が困っています! 離れてください!」
保美香
「あらあら、美柑もお久しぶりですわ。それに伊吹もご健勝のようで」
伊吹
「あはは〜、でもちょっと疲れたよ〜」
俺はゆっくりと起き上がると、保美香はそっと俺から離れた。
そして手を合わせ、丁寧に頭を垂れる。
保美香
「改めましてだんな様の忠実なメイド、保美香今よりだんな様に再びお仕えしますわ」
それは例え半年近く会わなくても、俺の中で見てきた保美香そのものだった。
俺にとって一番頼れるポケモン娘で、俺にとって大切な家族の一人。
保美香
「つきましては今日こそ、触手を直結して生体電流の相互循環でお互い愛を確かめ合いたく思いますわ❤」
そして、少しデンジャラスな、仲間だった。
***
その後、俺たちは保美香に案内されて山賊のアジトに通された。
アジトは山の中腹にあり、洞穴を開拓して出来た坑道のような場所だった。
洞窟内部は意外な程調度品もしっかりしており、山賊というイメージとは些か異なっていた。
それは保美香曰く、山賊と言っても基本遊牧民族であり、それ程文明から離れた野人ではないという事だった。
保美香
「申し訳ございませんわだんな様、何分常に物質が不足しており、満足な物が出せず」
そう言って保美香が出してくれたのは暖かいお茶だった。
保美香
「皆さんも粗茶ですが、どうぞ」
ナツメ
「ありがとうございます」
ナギー
「ああ、生き返るな」
俺たちは人数分配されたお茶を受け取ると、まずはお茶で身体を温める。
そのお茶は流石に馴染みのある味ではなかったが、それでも保美香の優しさを感じた。
サンド娘
「……」
茂
「ん?」
気が付くと、寒冷地に適応したサンドの少女が俺の顔を覗き込んでいた。
少女はまだ年端もいかないようで、格好もチベット民族等の高地民族の衣装に近い、ただ俺に興味があるのかじっと見つめてきた。
茂
「お嬢ちゃん、お名前は?」
サンド娘
「アール……お兄ちゃんは?」
茂
「茂、君たちのお頭の家族かな」
俺はそう言うと少女の頭に手を置いた。
少女はおっかなびっくりという様子だが、安心できると分かるとそっと目を細めた。
アール
「暖かい」
氷タイプって暖かいのは嫌いなのかと思ったけど、少女の身体はそれ程冷たくはないし、少女も俺の体温を嫌がった様子もなかった。
保美香
「うふふ、相変わらずだんな様は小さい子に好かれるかしら」
茂
「ん〜、別に子供が特別好きって訳じゃないんだけどな」
ナツメ
「ふふ、茂様は皆に優しいですから」
伊吹
「そうそう〜、そういう所が茂君らしいよね〜」
……うーむ、そこまで意識してなかったが普通じゃないのかな?
そりゃ、俺からはそこまで積極的にはいかないが、それでも相手から来たらそれなりに向かい合うさ。
特に子供は物怖じしない所があるから余計だな。
保美香
「それで、お互いゲートに飲まれてから随分異なる道を進んできたようですし、情報を交換致しませんか?」
茂
「そうだな、保美香も大変だったみたいだし」
俺たちはお互いがどんな道のりを辿ったか、教えあった。
保美香はいきなりこの雪山に召喚されたらしく、その頃は山賊も多くの部族が争っており、それを統一する戦いに身を投じていたらしい。
彼女は道も分からない中、俺を捜すより、どっしり構えて、山賊の情報網を駆使して北部と中央部の情報を集めた。
山賊はざっと3000人前後いるらしく、情報は特に北部を中心に集めていたようだ。
結果的には俺が来ている事を知らなかったようだし、それ程アテにならんようだな。
一方こちらも相当荒唐無稽な旅をしてきたのは事実で、その事実に彼女の怒りが上がっていくのが分かった。
保美香
「だんな様を殺すですって? よろしい、ならば戦争よ。帝国滅ぶべし、慈悲はないかしら」
茂
「落ち着け保美香」
保美香は俺のことになると見境がなくなる所がある。
元々山賊目線で見ても帝国は善いものではなく、解放軍同様積極的な干渉はしないという立場だったようだ。
とはいえ山賊行為に走らなければならなくなったのは、結局戦争の性であり、元々はこの洞窟の住民も旅人をガイドして生計を立てていたらしい。
それが戦争で北部と中部の行き来が止まり、生活は一気に困窮したらしくそれが、山の部族の現状のようだ。
ナツメ
「その件ですが、こちらからもなるべく経済交流は持ちたいと思います」
保美香
「貴方、中部のお偉いさんでしたかしら? そんな事可能なのかしら?」
流石に俺は保美香相手と言えど、ナツメの身分に関しては伏せておいた。
保美香は大丈夫でも、他の部族にとっては中部の王族がどんな風に思われているか分からないし、本人も王女として扱わないで欲しいという事だ。
保美香
「実際戦争が終わればマシになるのでしょうが、それでも山の生産物にどれ程の価値があるか」
茂
「観光資源なら、いけるんじゃないか?」
俺は、ついそういう話に首を突っ込んでしまう。
晴れた日ならアンデス山脈のように、風光明媚な景色は充分観光資源になるだろう。
最初はガイド料で稼いで、やがてコテージなどで宿泊を楽しむホテル業を始めて、観光地として軌道に乗ったら入山料などをとっても良いだろう。
その頃には山の開拓など、旅行客が来やすくなるようにインフラ整備も必要だ……なんて大真面目に経済論を語っていると。
ナツメ
「そこまで真面目に考えているんですね……」
ニア
「お兄ちゃん凄い……」
気が付いたら皆目を丸くしていた。
実はさっきの経済モデルがあって、ヒマラヤ山脈の経済モデルを参考に語っただけなんだよな。
要は旅には価値ってのが重要で、山ってのも一つの価値になる。
実際ヒマラヤ山脈は高い入山料に入山時期制限まであるが、それでも世界中から登山家が集まり、サービス業で充分生活できる稼ぎがある。
日本で見ても富士山だって入山料はないが、その麓にはその山の価値を中心にして都市が形成されているし、充分経済モデルとしては成立可能だろう。
保美香
「確かに……しかしそのためには広告、更にインフラ整備とサービス業の充実、資本が要りますわね……」
全く世の中金なのは古来より変わらんからな。
ただ本気になれば変われるもんだ。
保美香
「さて、そろそろご飯の支度を致しますわ」
保美香は立ち上がると、洞窟の奥へと向かった。
お頭になっても相変わらず生活習慣はさほど変わっていないようだな。
保美香
「とりあえず、天気が回復するまではここを実家と思って使ってくださいませ」
ナギー
「うむ、感謝致します」
美柑
「それにしても後は茜さんだけか」
伊吹
「そうだね〜、本当は一番茂君が必要な子なのに〜」
茜……俺にとって最も大事かも知れない子。
とても臆病で、俺がいないといつ消えてしまうか分からない儚さを持った子だ。
彼女を見つけることが、ある意味俺の旅の終わりと言えるだろう。
***
イノムー
「おい、聞いたか? お頭が捜していただんな様ってのが見つかったらしいぜ」
オニゴーリ
「らしいな。しかもその集団、組織のポケモン50人近くをのしたらしいじゃないか」
そんな談話をしていたのは雪山の北部、帝国領の莫大な雪原を見晴らす山の中腹でだった。
既にお頭の話は山中に広がっており、意外に部族間の情報伝達は速い。
イノムー
「おっかねぇ……お頭みたいなのがゴロゴロいるのかよ……」
オニゴーリ
「お頭だって、帝国の猛者どもも簡単に倒しちまう御方、そんなのが何人もいたら帝国だって転覆出来るんじゃねぇか?」
?
「そう……それは聞き捨てならないわね」
二人は談話に集中するあまり、その接近者には気付かなかった。
いや、例え警戒時でも、その存在の接近は気付かなかったかもしれない。
だが、その場に−50度の冷気が流れ込んだ時には既に遅い。
氷タイプのポケモンが凍る事はない。
しかし、その冷気が普通ではなかったらどうか?
イノムー
「なん、だ……急に眠く……」
ドサァ!
イノムーが目撃したのは突然倒れたオニゴーリの姿だった。
そして、次の瞬間には自分も意識を失って倒れていたのだ。
?
「じっくり凍らせても良いけど、不細工だから要らない……」
まるで雪の中に消えているかのように影の薄い女はそうやって倒れた男たちを無視すると、ある場所に向かっていた。
***
茂
「ご馳走さん! いや、やはり保美香の飯が一番だな!」
その日、早めの晩ご飯は保美香が作った少し豪華な晩餐となった。
勿論それは日本で食べてたような物ではなかったが、相変わらず想いの籠もったご飯はそれだけ美味しい。
ナツメ
「むむむ……やはりご飯の美味しい女性は有利……!」
ナギー
(騎士も止めたし、これからは料理の出来る奥さんを目指すべきか)
やはり女性としては満点の才能を誇る保美香はナツメも羨ましいようで、その姿は参考になるのだろう。
何やらナギさんまで真剣な目で保美香を見ていた。
保美香
「そう言えば美柑、貴方少しは料理は上達したのかしら?」
美柑
「う……」
痛いところを突かれた、そんな表情を見せると、保美香ははぁ……とため息を零す。
なんだかんだで保美香は皆の面倒見がいい。
特に美柑は妹のように可愛がっており、時々行き過ぎなイジり方をするが、愛しているのだろう。
伊吹
「美味しいご飯を〜食べると〜幸せ〜♪」
そして、相変わらず食べるのがトロい伊吹は、何やら歌っているようだ。
こっちに対して保美香は何も言うことがないようだ。
なんだかんだで年長に対して敬意を払っているのか、伊吹相手にはいつも笑顔だ。
茂
「ん〜、食ったら眠くなってきた」
流石に戦闘に登山と、疲れる要素だらけだということもあり、飯の後は本当に眠い。
保美香
「あの……寝床について一つ問題が……」
茂
「まさか、さすがにこの人数は泊まれないとか?」
一応俺たちは大人数だから、寝床は地味に気になった。
だが、保美香の様子は少し違っており。
保美香
「個室という物がなくて、ですね……全員一緒の所に寝ることになるのですが、何か寝るとき問題がある方は言ってくださいませ」
茂
「なる程、俺は寝顔を見られる位問題ないしな、そのまま寝床に入らせて貰おう」
保美香
「畏まりました。なおさすがに狭いのでそこはご理解を」
茂
「要するに袖を擦り合って寝ろって事か」
その言葉にウチの女子衆が動き出す。
ナツメ
(つまりこれは公然と茂様に触れてもいい機会!)
ナギー
(一つの布団の中で寄り添うように……はわわ)
ニア
「お兄ちゃんと一緒に寝たい」
保美香
「因みにだんな様の許可なく眠りを妨害した者は、制裁対象なので悪しからず」
美柑
「あはは、さすがに皆今日はぐっすり眠っちゃうと思いますけど」
保美香
「美柑はそう言うところに乙女心がないですわね」
やれやれ……首を振って美柑を見下す保美香に美柑は何のことか分からずムッとした。
伊吹
「まぁ年頃なんだもん〜、オナニーだけじゃ済まないよねー」
それを聞いた美柑は耳まで真っ赤にした。
そういう所がガキだと保美香に詰られる部分なんだが、まぁそういう所は健全なスポーツ系ならではだよな。
茂
「多分俺は泥のように眠るから、迷惑にならん程度なら自慰行為位良いだろう」
正直そりゃ、俺だってたまには抜きたいと思うが、それは男だけの生理現象でない事は知っている。
寧ろ生理がある分女性の方が自慰は強いと言うしな。
保美香
「それでは、こちらにご案内致しますわ」
俺は保美香に案内されて、洞窟の奥に向かう。
洞窟は幾つか枝分かれしており、それぞれ竃であり、食料保管庫のようだ。
そして俺が案内されたのは木製の丸い扉のある部屋だ。
その奥は結構広く、最も目立ったのは異様にデカい布団だ。
多分詰めれば10人は寝れる超巨大な布団が目立つ。
保美香
「それではごゆっくり」
茂
「おう……まぁ端で眠らせて貰うわ」
あまりにも大きな布団は、正直どう使えばいいか分からない。
なので端から身を入れて、そこで眠ることにした。
***
保美香
「ふんふんふ〜ん♪」
イチ
「お頭、楽しそうですね」
わたくしは鼻歌を歌いながら食器を洗っていると、イチが様子を見に来た。
保美香
「ふふ、楽しいですわよ。だって家族があんなに喜んでくれたんですもの」
わたくしにとってだんな様は魂を捧げる程大切なお方、でも美柑も伊吹も大切な家族に違いはない。
久し振りに振る舞えた料理は皆を笑顔に出来て、こんなに嬉しい事はない。
しかもそれだけでなく、ナツメさんに、ナギさん、ニアと家族は更に増えたようで、忙しいけれどそれに余る嬉しさがある。
元々奉仕することが好きというのもあるけれど、やっぱり笑顔が一番かしら。
だけど、それを聞くとイチは少し哀しそうな顔をする。
イチ
「俺、お頭の事が好きです。でも……お頭は行くんですね」
保美香
「当然かしら、元々だんな様を見つければおさらばするのが約束だったかしら」
わたくしも、他人の恋慕が分からない程鈍感じゃない。
イチだけじゃなくて、多くの衆がわたくしに好意を寄せてくれている。
それでも、わたくしはその優しい世界とだんな様ならだんな様を選ぶ。
例え寵愛に授かれなくとも、契約がなくとも、わたくしはだんな様を永遠に愛することを誓った。
多分、わたくしは永遠に着られないウェディングドレスに憧れる乙女にはなれない存在。
それは、伊吹も美柑も、きっと茜も変わらない。
それがあの人の前に召喚された理由だから。
イチ
「あの、手伝える事はありますか?」
保美香
「それなら子供たちの面倒を頼みますわ」
イチ
「それだけ? それはいつもやっている」
保美香
「大人たちも頼れるのは貴方のようなお兄ちゃんかしら」
わたくしはイチを信頼している。
大人は冬を越すため、狩りを行い、針葉樹を切って薪を集める。
手間のかかる子供たちはその家族皆で見ないといけないのだ。
イチも少しは納得してくれたのか、炊事場を離れた。
あの子はまだ子供と大人の中間。
大人になるにはまだ早くて、子供でいるにはもう遅い。
そんな特殊な時期なのだ。
保美香
「モテるのは悪い気はしませんが、異邦人を好きになるのは覚悟が要りますからね」
やがて、冷たい水で食器を洗い終えると私は手を拭き、団らんの場に戻る。
ナギー
「zzz……」
保美香
「あらあら、机で突っ伏して眠るなんてお行儀の悪い」
確かナギさんだったかしら。
私は起こそうと近づくと、その周囲の異変に気付く。
美柑
「ほ、みか、さん……きをつけ……なんだか、眠く……」
保美香
「美柑! しっかりなさい! それに皆さんも!」
私は慌てて美柑に駆け寄るも、美柑は眠ってしまった。
その美柑の身体は充分な断熱の利いている洞窟内にもかかわらず、冷たくなっていた。
そして、それは全員に言える事であった。
血の気が引く。
保美香
「イチ! アール! トライ!」
わたくしは子供を捜した。
子供たちは身を寄せて眠っており、イチもそれに覆い被さるように眠っている。
保美香
「誰が……一体誰がーっ!!」
私は洞窟から外に飛び出した。
外は酷く吹雪いており、山は夜の閨が落とされようとしている。
?
「うふふ……あっはっは……」
それは吹雪の向こうから聞こえる女の声だった。
まるであざ笑うようで、そして周囲の気温がどんどん下がっていく。
だがそんなものでわたくしは止まらない。
自らの脳内物質を神経毒でコントロールして、寒さも眠気も感じない。
そして暗闇の向こうの敵を睨みつける。
保美香
「名乗りなさい……そうすれば楽に殺して差し上げます」
?
「ふふふ、怖いわぁ。私はキッサ、常葉茂の命もらい受けるわ」
保美香
「わたくしの大切な者たちに牙を向け、あまつさえだんな様を? 余程わたくしを怒らせたいのですね」
私は脳内物質をコントロールして怒りを静める。
しかしいくら脳内物質で制御してもその怒りは消えない。
何よりも……ここまでされて怒らない訳にはいかない!
キッサ
「ふふふ、寒さには強そうだけど、何所まで堪えられるかしら?」
キッサという女の声が暗闇に響く。
直後吹雪が意思を持ってわたくしに襲いかかる。
保美香
「く……この広範囲では回避は無理! ならば突っ込む!」
わたくしは吹雪の中に突っ込む。
直ぐに影は見えた。
私は迷いなく影を拳で打ち抜く。
しかし、影はまるでそこには何もないというように、私の拳が空を切る。
保美香
(幻影? いえ、影分身!)
私は冷静に現象を分析する。
そして吹雪は何所までも私を追いかけてこの身体を凍てつかせる。
キッサ
「うふふ……はっずれ……本物は何所かしら?」
馬鹿にしたような笑い声、風に紛れて正確な方向が分からない。
保美香
「ならば!」
私は輝く宝石のようなような物を生成すると、周囲に見える影全てにそれをとき放つ!
これではパワージェムの威力は大きく削がれるが、目的は本物の発見だ。
しかし、見えている範囲の影は全て偽物だ。
パワージェムは虚しく空を切った。
キッサ
「あっはっは、どう? そろそろ辛くなってきたんじゃない?」
鬱陶しい……いっそ聴覚もカットしてやろうか。
キッサはやはりあざ笑うようで、しかし明確なクリーンヒットを狙ってこない。
わたくしはこれまでの結果から、ある程度分析する。
まず相手は影分身で身を潜め、更に吹雪でチクチク責めてきている。
しかしこちらは今だ有効打は貰っておらず、また相手も全くダメ押しはない。
これはつまり、かなり遠距離にいるいうこと。
保美香
(基本的に周囲はダミーしかいないと考えるべき、本当の敵はその後ろにいる)
しかし夜の上、周囲は吹雪、さらに影の分身と最悪なまでにこちらに不利な状況は揃っている。
このままではジリ貧なのは勿論だけど、洞窟内にいる皆が凍死する前に決着をつけないといけない。
キッサ
「ウフフ……絶望でしょ? 何も出来ない無力、焦りが更に冷静さを失う……」
保美香
「く……」
万事休すですわね……。
わたくしは一旦クールダウンする目的でも、洞窟を目指す。
一方で、私はあること分析していた。
キッサ
「ウフフ、なに? もう諦めたの?」
うっさい、諦めた訳ないでしょうが。
わたくしは洞窟の前にたどり着くと、そこで膝を突いた。
キッサとか言う女はわたくしを観察している。
洞窟の前では少なくとも後ろを気にしないでいい分、対応が楽だ。
しかし、それだけでは根本的解決にならない。
保美香
(感覚を集中……)
私は吹雪を身に受けながら、相手の位置を予測する。
風は不規則だが確実にわたくしに襲いかかる。
そう不規則……それが厄介なのだ。
こうやって止まっている間にも影分身は増えていく。
保美香
(分身は全てダミー、相手はそんなリスクは絶対ふまない。つまりそれだけ相手は安全重視)
……だとしたらどこから攻撃するのが適切か。
それだけ、それだけで……で、分かるのに。
保美香
「く……そろそろ私も限界?」
キッサ
「あっはっは、呆気ない、凍り付いてきたかしら」
そもそもこの声だ、一体どこから来ているのか。
何故かどこにいても同じように聞こえる。
ん……聞こえる?
それはどこにいても同じ。
保美香
「! 一か八か!」
私は思いっきり上に跳ぶ。
そして拳を真上に掲げた。
ビシィ!
何かに触れた!
わたくしは大きく上に飛ぶと、初めて相手を捉えた。
キッサ
「う……顔に傷が」
保美香
「あら、可愛らしいお嬢さんね」
相手はユキメノコの女だった。
吹雪の風に乗って宙に浮かんでいる。
それでもあまり長くは飛べないのか、キッサは地上に落ちる。
しかしキッサは音すらなく雪の上に着地した。
こういう不気味なところはゴーストタイプらしいですわね。
キッサ
「く……よくも!」
キッサは自分に攻撃が届いた事が衝撃的だったのだろう。
掌に霊の力を集めると、シャドーボールを生成する。
一方、わたくしもここはチャンスと思い、パワージェムの力を溜めた。
キッサ
「死んじゃえ!」
キッサはシャドーボールを放つ。
わたくしはそれをわざと受ける。
多少ダメージはあるが、しかしそれがどうした。
わたくしは一気にキッサの懐に踏み込むと、パワージェムを解き放つ。
ほぼゼロ距離で放たれたそれは闇夜に閃光を放ち、キッサの漆黒の鎧を打ち砕いた。
キッサ
「か……は……」
キッサは10メートル近く吹き飛び、喀血して雪を赤く染める。
致命打になったはずだ。
保美香
「如何かしら、貴方の石橋の上を叩いて渡るような安全策を、ほんの一瞬で逆転される気分は?」
キッサ
「く……化け物」
保美香
「ええ、化け物ですもの。だってわたくしウルトラビーストですもの!」
わたくしはそう言うと触手を動かす。
私の触手は一見すると髪の毛にしか見えないが、実際は全て触手だ。
そしてこの触手は4メートルは伸ばせるし、自由自在に動かせる。
キッサ
「あ……あ、いや……」
保美香
「うふふ……さぁ調教致しましょうか、死よりも恐ろしい調教を!」
キッサは怯え、後ろへ這いずるが、その速度は遅い。
私はゆっくりと距離を詰めて、相手の恐怖を煽る。
だんな様たちを狙う不届き者には相応の罰を与えなければならない。
ましてわたくしの大切な者を無差別に陥れる者など、慈悲など必要ない。
キッサ
「こないで……!」
全く無駄な命乞い。
恐怖に張り付いた顔もいい加減イラつく。
しかし、その言葉に呼応するように吹雪が突然吹き飛ばされた。
わたくしは突然の強風に吹き飛ばされそうになると、目の前に大きな翼を広げた男が舞い降りた。
キッサ
「じょ、ジョー?」
それはジョーと呼ばれるムクホークの男だ。
その体は鍛え抜かれた胸筋、そして丸太のように太い両腕を持ち、だがその顔は憂いを持った美男子のそれだ。
あの太い腕でインファイトされればひとたまりもないだろうと、わたくしの脳に警句を放つ。
ジョー
「皇帝陛下からお前たちに伝言だ、イーブイの娘を預かっている……以上だ」
保美香
「なんですって……? 茜を?」
ジョー
「この女はまだやらせん」
相手は随分無駄口を好まないようだ。
二言目には既にキッサを抱き上げており、飛び立つ姿勢に入っていた。
ジョー
「行くぞ、キッサ」
ジョーは再び吹き飛ばされそうな風圧で空に飛んだ。
わたくしは呆然とそれを見送る。
……逃がした代わりに得たのは茜の居場所、これは一応僥倖と捉えるべきかしら?
***
茂
「ん……ふあぁ」
……重い。
俺は目を覚ますと、うっすらとした灯りに気が付いた。
洞窟に中にはランプの光が優しく照らしている。
そうか……そういや洞窟で寝たんだっけ。
さて、この謎の重さは何なのか俺は調べてみると。
ニア
「zzz」
ナツメ
「うぅ〜……zzz」
まず俺の上にニアが乗っており、気持ちよさそうに身体を揺らしている。
更に俺の腕に抱きついて添い寝しているナツメまでいる。
……なるほど重たいわけだ。
茂
「て、ふざけんな……動けないじゃねぇか」
俺は誰かに助けて貰おうと、周囲を見渡すが、皆寝ていて気づかない。
俺が起きている時間なら保美香も起きているんじゃないかと思ったが……。
保美香
「スゥ……スゥ……」
保美香はまるで皆を見守るように、壁際で座り込んだまま眠っていた。
茂
(そういや保美香の寝顔って初めてみた。結構可愛い顔で寝るんだな)
とはいえ、横にならずに眠る辺りは保美香らしいか。
きっと昨日は張り切って疲れているんだろう。
茂
(ち……もう少し我慢するか)
俺はそう思うと、皆が目を覚ますまでじっとしているのだった。
突然始まるポケモン娘と旅をする物語
第18話 零下の戦い 完
第19話に続く。