第9話 オペレーション・ミリオラ
突然始まるポケモン娘と旅をする物語
第9話 オペレーション・ミリオラ
ワァァァァァァ!
伊吹
「……皆大丈夫かなぁ〜?」
アタシは一人後方に待機して皆の無事を祈っていた。
歓声は後方まで響き、戦いが続いているのが分かる。
兵士
「誰か急患だ! 手伝ってくれー!」
伊吹
「あ! 手伝いま〜す!」
アタシは血だらけになった兵士が運ばれてくると、直ぐにその人の元に向かった。
今の私に出来るのはこういった後方支援位か。
伊吹
「大丈夫〜? もう安心だからね〜」
傷付いた兵士
「うぅ……痛ぇ」
担架で運ばれた兵士は血塗れだけど、意識はちゃんとある。
アタシはその人の手を握ってなるべく優しく声を掛けた。
専門的な医療知識は持っていないけど、アタシは苦しい人がいるなら皆助けたい。
争うことは必ずしも否定出来ないけど、この世に無駄な命なんてありはしないのだから。
医師
「こっちへ!」
伊吹
「重傷だけど意識があります〜! あと出血が〜! 消毒して止血を〜!」
アタシは出来るだけ、急いでこの人を助けられるように野戦病院の前で待っていたお医者さんに口頭説明を行う。
担架は急いで野戦病院の中に運ばれると、医者は驚いていた。
医者
「君、もしかして医療関係者か?」
伊吹
「ううん〜、でも〜、白衣の天使なら目指してます〜♪」
アタシみたいなポケモンが簡単に人の命を預かる立場になれないのは分かる。
だけども、看護士なら頑張ればなれるかな?
医者
「なんにせよ医者を目指す気があるなら、手伝ってくれ! 医師も看護士も足りていないんだ!」
伊吹
「は、は〜い!」
アタシはそう言われると、お医者さんと一緒に病院に入った。
野戦病院は即席のテントであり、中では既に所狭しと患者が溢れかえっていた。
伊吹
「うぅ〜、もうこんなに〜?」
アタシは噎せ返る異臭に気分が悪くなる。
決して衛生的とは言えない空間に、施術待ちの患者が溢れているのだ。
伊吹
(開戦からまだ3時間位? 大本営……エーリアスさんは短期決戦を狙ってる?)
戦争をしているのだから、被害が出るのは当然だ。
問題はそのスピードである。
相手よりも更に医療設備に欠けるこちらは、この勢いでは疫病が蔓延しかねない。
伊吹
「……弱音なんて吐いてられないよね〜、よ〜し」
兎に角アタシは救える人を救うだけだ。
まず手近な負傷者を見つけると。
医者
「君! こっちを……何をしている!?」
伊吹
「大丈夫〜? 必ず助けるからね〜?」
私は負傷者の傷口にぬめぬめした粘液でコーティングする。
ヌメルゴンの粘液はウイルスの空気感染を防いでくれるから、即席の消毒液になる。
伊吹
「アタシはヌメルゴンですから伝染病を防げる粘液を出せます〜、皆の衛生状況は守ります〜!」
医者
「う……む、分かった! 任せるぞ!」
お医者さんのお許しを受けるとアタシは傷口を消毒して包帯を巻いていく。
深い傷はアタシには難しいけど、精一杯奉仕した。
それでもなお、連れてこられる負傷兵たちにアタシは笑顔を絶やさないよう努力した。
内心で茂君のことを心配しながら……。
***
ナギー
「私が戻ろう……少し辛いが、空からなら戦況も把握しやすいし、戻るのも早い」
茂
「で、本音は蛇腹剣を紛失しないためですよね」
俺の突っ込みにナギさんはギクリと、一瞬固まった。
なにせもう後生大事にその剣を抱えているんだから嫌でも気付く。
ナギー
「あ、あはは! 一旦戻って一休みしたら直ぐ帰って来るさ!」
ナギさんは空笑いを浮かべると、翼をはためかせて飛び上がる。
その上昇速度は速く、あっという間に見えなくなった。
茂
(そういやピジョットってマッハ2で飛ぶんだっけ)
まるで戦闘機みたいなスピードだよな。
寧ろ小回りを考えたら戦闘機も真っ青か。
人化してマッハ2なんて出したらソニックブームでマグロになりそうだが……。
ニア
「司令部はこの奥、直ぐ突入する?」
一番疲労の少ないニアは要塞の内部を潜入調査で調べ尽くしただけに、直ぐにでも案内が出来るようだった。
ナツメイト
「まぁ、休憩も出来ましたし、行くとしましょう」
茂
「ああ」
強敵との戦いは寧ろダメージより疲労の方が大きい。
特にあのクラスの相手になると、一手一手の意味合いが強く、クリーンヒットは即死を意味するわけで、必然的にダメージは少なくなる。
茂
「そう言えばナツメ。サイコキネシス、テレポート以外に使える技はないのか?」
ナツメイト
「うーん、それが思い出せないんですよね」
この世界のポケモン達は本来技を使える筈だが、あまりにも長く使わない時代が続いたことで皆忘れてしまった。
どうやら俺はその忘れた記憶を引き出す事が出来るらしく、これこそが伝説のポケモントレーナーの由縁なのかもしれない。
とはいえ、誰でも技を閃くかと言うと、そうでもなく余程選ばれたポケモンでなければ技は使えない。
これも神話の乙女と手を繋ぎに関連する事なんだろうか?
ニア
「……私も技が使えたら」
ナツメイト
「あら、そんなの気にする必要ありませんわ、貴方は充分強いですもの」
そう、正面きってならともかく、何でもありならニアはかなり強いと言える。
何せイリュージョンは万能で、剣技も冴える。
そして躊躇いなく相手を斬れるって言うのはかなり強いポイントだろう。
茂
「本当はニアには戦いじゃなくて、後方で支援に回って貰いたかったんだよ」
ニア
「でも、私何もできないよ?」
そうだな、ニアは料理も洗濯も掃除も出来ない。
出来る事と出来ないことの温度差があまりにも激しい。
だけど、それは学習の結果だ。
学校にさえも通ってないニアにはなくて当然なのだ。
ナツメイト
「それは徐々に学べば良いんですよ?」
茂
「そうだぞ、家事が熟せる奴は嫁ポイント高いからな!」
ピクリ、その言葉にナツメが反応した。
ニアが『家事……』と呟くと、ナツメが顔色を変える。
ナツメイト
「私、明日から花嫁修業を始めますわ!」
茂
「そう言うのって死亡フラグになるのか?」
ニア
「お嫁さん……お兄ちゃんがパパに?」
ニアも既に脳内では俺をパパにしてしまったようだ。
……まぁ現実的に、俺も結婚考えてもおかしくない年齢だよな。
もっとも、積立金もねえんだけどな!
結局結婚するにしても金金金! である。
しがないシステムエンジニアに結婚はハードルが高すぎる。
しかも今は休職状態だしさ。
仮に戻っても仕事に復帰出来るか本当に不安である。
ナツメイト
「それにしても、敵が少ないですわね」
茂
「おそらくだが、敗走しているんじゃないか?」
俺は戦況をある程度予測して、その上で相手はどうするか考えた。
こちら側の士気は高く、逆に相手は低い。
オマケに伊吹の流星群で城塞の一角が崩壊して、敵は混乱したはずだ。
そこまで最悪の条件が重なると考えれるのは戦線の崩壊。
帝国の兵士の練度が分からないが、戦場から逃げ出した者も多いだろう。
ナツメイト
「……確かに、妙に生命エネルギーが少ないですわ」
ナツメイトが目を閉じて集中すると、周囲の索敵を行ったようだ。
サーナイトは抱擁ポケモンだが、ラルトスの頃は気持ちポケモンといい、感情や精神を感知する能力に長ける。
今彼女は、ある意味では最も正確に戦場の状況を理解出来るポケモンだろう。
ナツメイト
「この先でまだ戦闘が行われているみたいです! 急ぎましょう!」
ナツメイトは通路の奥を指さした。
そこは要塞の心臓部である、司令室のある場所ではないのか?
俺たちは急いでそこに向かうと、徐々に戦闘の音が大きくなっていった。
………。
ガイラ
「ぬぅー!!」
反乱軍兵士
「グワァー!?」
戦闘の最中に飛び込むと、漆黒の鎧に身を包んだおっさんが異様にデカい戦斧を振り回して、反乱軍を圧倒していた。
その風貌はそこらの兵士ではなく、確実に指揮官以上である事が分かる。
容姿は特に人間に近いポケモンなのが分かるが、それ故に特定できない。
ただ、柄が1メートル以上もある戦斧を扱う豪胆さは格闘ポケモンを思わせる。
茂
「なんだあいつ……圧倒的じゃないか!?」
ガイラ
「やらせはせん……! 貴様ら反乱軍にやらせるものか! この俺がいる限り……やらせはせんぞー!」
ナツメイト
「貴公、この戦の総大将か!」
ナツメは前に飛び出すと、剣を突き出し相手に問う。
当然、大男もナツメに振り向く。
ガイラ
「如何にも……ワシこそがこの南方方面軍総司令官ガイラである! 貴様は!?」
ナツメイト
「ホウツフェイン王国第3王女ナツメイト! 私と勝負です!」
茂
「おい……ナツメ!」
俺は流石にナツメが熱くなっているんじゃないかと、注意しようとするが、僅かにナツメが振り向くと微笑を浮かべていた。
茂
(熱くなってない……だがいつもの暴走でもない?)
暴走したナツメはいつも周りが見えなくなる。
良くも悪くもやりたいことに真っ直ぐなナツメは視野が狭いと言える。
だが、今は少し違うようだ。
細かい心境の変化までは分からないが、少なくとも彼女は冷静だ。
ナツメイト
「皆さん下がって……!」
ガイラ
「一騎打ちである! 死にたくなければ退けぇ!」
両雄の周囲から味方も敵も離れていく。
もはや、兵士単位が戦うレベルは越えていた。
故に全員が戦いを忘れてこの一戦に固唾を飲んだ。
茂
(負けたら洒落にならんぞ、勝算はあるのか?)
ナツメイト
『サイコキネシスが使えれば良かったのですが、ここは私も将として戦います』
ナツメはテレパシーでそう返す。
ナツメイト
(それに、もうこれ以上血を流す必要はない……!)
ナツメイトは一歩前へと進むと、エストックを下に構えた。
通常は正中線に構えるところだが、相手の動きに反応するため、目線の邪魔になるものを外したのだ。
当然防御力が下がるが、どの道相手の戦斧を受けることは出来ないと判断したのだろう。
一方で敵将ガイラもどう見ても両手持ちの戦斧を片手で持って、距離を測った。
ナツメイト
(私があの大斧を受ければ即死……ならばこちらも狙うのは一撃必殺!)
ガイラ
(リーチはこちら、しかし懐なら相手が有利……ならば全身全霊を持って叩き潰す!)
両者の動きが止まった。
それ以上は間合いを詰めず静寂が訪れる。
ニア
「一体どうしたの?」
茂
「多分だが、あそこがお互いの安全圏。あれ以上踏み込むと一気に危険範囲なんだ」
だからこそ、緊張が全体を支配しているのだ。
ニアもその空気感に気圧されており、その尻尾が震えているのが分かる。
当然、プレッシャーを掛け合う両者はニアとは比較にならない圧が掛かっているだろう。
ナツメイト
(あと一歩、そこから間合いは相手の範囲……一撃を避けて、一撃必殺する……でも避けられる?)
ガイラ
(後一歩でワシの距離……しかし、初撃をしくじれば、懐は不利……一撃で仕留められるか?)
その重たい空気、まるで固体化したかのような錯覚を覚え、呼吸を忘れる。
ずっと続くかと思った膠着……しかし、決着は一瞬で訪れた。
誰かが、手に持った剣を地面に落とした。
カツーン! と音が広がるのを合図に両者動く!
ナツメイト
「はぁ!!」
ガイラ
「チェストー!」
大振りのガイラの攻撃、風圧が遠くまで届き、地面を砕く!
砂煙が噴き上がり、戦闘の中心が見えなくなる。
茂
「どうなった!?」
徐々に砂煙が晴れる中、ガイラの戦斧は地面を砕いた状態が見えた。
しかし、ナツメイトが見えない!
ニア
「やられたの?」
茂
「いや……!」
更に砂煙が晴れて、全容が見えるとナツメイトはガイラの懐に立っていた。
ガイラの胸に剣が突き刺さっている!
ガイラ
「見事……グフ!?」
ガイラの身体が後ろに倒れた。
立っていたのはナツメだけだ!
反乱軍兵士
「やった! ナツメイト様が勝ったぞ!」
帝国軍兵士
「そんな……ガイラ様が負けた……!」
その決着に反乱軍は歓喜し、帝国軍は武器を落としていった。
ナツメイトは血塗れのエストックを天高く振り上げると叫ぶ。
ナツメイト
「敵将はこのナツメイトが討った! 全軍に停戦命令を!」
この瞬間、戦場の勝敗は決した。
もはや帝国側に戦う意志はなく、投降していく。
ナル・ミオンデ要塞は反乱軍の統治下に下った。
***
ナギー
「痛た……!」
伊吹
「ナギちゃ〜ん? 何が大丈夫なのかな〜? 思いっきり翼を貫通されてるんですけど〜?」
戦闘終了直後、ナギさんは伊吹に捕まっていた。
ナギさんはアドレナリンを過剰分泌でもしていたのか、痛くなかったらしいが、本気で参謀本部まで飛んだ結果、イミアに付けられた傷口が広がって血塗れだったのだ。
流石にそれを見た伊吹は「きゃ〜!?」と年甲斐もなく悲鳴を上げたが、戦闘終了後には落ち着いたらしくナギさんの翼をちょいキツめのグルグル巻きって感じで包帯を巻いていた。
伊吹
「ナギちゃん? 片翼になってもいいのかな〜?」
茂
(伊吹の奴……まさかとは思うが怒ってる?)
ナギー
「え、遠慮する! 本当に済まなかった!」
ナギさんもナギさんだが、本人はダメージを軽いと言っても、宛にならないもんだな。
伊吹はニコニコ笑顔だが、その言葉の端端にいつもとは異なる雰囲気を漂わせていた。
とりあえず片翼の天使にクラスチェンジしたらスーパーノヴァが使えるんですね、分かります。
茂
「それにしても、伊吹は医療に興味あったんだな」
伊吹
「ん〜、興味があったんじゃなくて〜、必要だから修めないと〜、って」
必要だから修めるか。
確かにどうあっても戦時下なら、負傷は免れない。
伊吹は戦うのに向かないし、その方がいいのか。
ニア
「に〜、ナツメ帰ってこないね」
後方の大本営直轄のベースキャンプに戻った俺達だったが、今ナツメとツキのじいさんがいない。
どうやら戦闘状況の調査報告に行ったらしく、随分時間が掛かっていた。
ナギー
「しかし……呆気ない物だな」
ナギさんは包帯巻きされながら、部分的に崩落したナル・ミオンデ城塞を眺めた。
ナル・ミオンデ城塞は夕焼けに染まり、その戦争の無残さを見せつける。
茂
「夏の夕暮れ……か」
伊吹
「迎えてくれるのは、海鳥たちだけなのか〜?」
ニア
「? ここ内地だよ?」
おっと、流石に異世界人にまでネタは通用しないらしい。
まぁこっちにはネタの神がいないのだろう。
***
『報告書』
反乱軍 10.274名
戦死者 715名
軽症・重傷 2.192名
作戦責任者 エーリアス(オオタチ)
帝国軍 20.112名
戦死者 2.910名
軽症・重傷 5.651名
行方不明 10.198名
総司令官 ガイラ(ゴーリキー)
概要
ナル・ミオンデ要塞は南城塞が全壊の被害を出しつつも、要塞としての運用は現在でも可能と判断。
また、開戦当初の敵前逃亡は1万名にも登ると判断され、捕虜は7000人に登る。
敵司令官のガイラは、ナツメイト元王女の手によって死亡。
今後、反乱軍は解放軍へと改称し、ナル・ミオンデ要塞を拠点として使用する。
戦勲授与は後日精査して決めるものとする。
エーリアス
「ふぅ……報告書はこの程度かな?」
戦後、ナル・ミオンデ要塞は反乱軍改めて解放軍の拠点として改修を始めていた。
今は戦勲の確認途中であり、とても落ち着いた様子にはならない。
何故なら、南部を制圧した以上、ここからは中央部の奪還という主目的があるからだ。
捕虜の問題もあり、その多くが収容出来る場所はなく、捕虜の人権問題も出ている。
また、勝ったものの被害は全体の3割にも登り、これを素直に快勝と言うには無理がある。
医療物資は捕虜まで含めると当然足りず、戦後問題は山積みだと言えた。
その中最大の功労者でもあるエーリアスは執務室のデスクで戦後処理を行っていた。
無数の書類に埋もれながら、なんとか業務を継続している。
エーリアス
「やはり戦場で活躍したのはどれも技を使えるポケモン達、今は数は少ないが……この数が増えれば」
机には無数の書類に埋もれる形で何枚か写真がある。
そこにはまだ未確認のポケモン達の姿があった。
今次大戦は総力戦であり、そして技術の優劣を越える場所で戦術級のポケモン達が活躍していると言えた。
ならば、これからの戦いはそんな選ばれたポケモン達を如何に多く集められるかに掛かってくる。
写真の中には特徴的な剣と盾を構えたボーイッシュな少女も映っていた。
その写真の裏には出没地点は中央部とある。
突然始まるポケモン娘と旅をする物語
第9話 オペレーション・ミリオラ 完
第10話に続く。