突然始まるポケモン娘と○○○する物語





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第二部 突然始まるポケモン娘と旅をする物語
第4話 影を追いかけて

突然始まるポケモン娘と旅をする物語

第4話 影を追いかけて


ナツメイト
 「ナギー、具合は大丈夫?」

ナギー救出の翌日、ナギーは安静を取っていた。
幸い衰弱していただけで、ジェットのような怪我はなく、直ぐに部屋を宛がわれ寛いでいるとナツメイトがやってくる。

ナギー
 「姫さまこそ大丈夫ですか? あの戦いでお怪我は?」

ナツメイト
 「ううん。寧ろ役得しちゃった♪」

ナギー
 「役得?」

ナツメイト
 「だって、茂様に押し倒されたんですもの!」

そう言うと思いだしたように照れ笑いしながら腰をくねらせる。
ナギーはアレはそういう意味で押し倒した訳じゃないと思うが、と思ったが声には出さなかった。
あくまで王女の妄想を壊さないよう尽くす忠臣だった。

ナギー
 「それで、あの青年はあれからどうしてますか?」

ナツメイト
 「それがナギーを救出してからというもの、皆に質問攻め! 自分も技を使えますか、とか師匠になってくださいとか!」

ナツメイトは思い出すと、少しイラっとする。
茂は伝説のポケモントレーナーだから、ちやほやされるのは仕方がない。
でも、その分だけ自分と二人っきりになってくれる時間は少なくなり、茂が遠ざかっているように思えた。

ナツメイト
 「こうなったら催眠術でなんでも良いから、茂様を奪い取らないといけないかしら?」

ナギー
 「あの、そういうのはやめておいた方がいいかと」

このままではあの青年が危ないとナギーは実感した。
いつの間にか姫さまはヤンデレになられたのかと、嘆かわしくなってくる。

ナギー
 (私とて彼には恩義がある……いざという時は私が守らねば!)

それは主君と敵対するという事でもあるのだが、青年は既に主君と対等の地位だと言える結果だった。
実際当人の茂はというと、そんな物も何処吹く風、そもそも恋愛感情すら抱いていないのだが。
まぁ恋は面倒と言って憚らない男だが。



***




 「へっぷし! 風邪か?」

俺は突然何か悪寒に襲われた。
時期的なものか、それとも地理学的な物か分からないが今は初夏の心地。
少し汗ばみはしても寒さはない。
つまるところ誰かの噂だろうか。


 (茜達が噂してるんなら嬉しいが)

人の噂も七十五日、あんまりこっちにいすぎると忘れられそうで怖い。


 「ん……入り口に馬車が止まっているな」

拠点の入り口、つまり入り組んだ峡谷のそこに馬車が止まっている。
俺は無意識に近づくと、馬車から一人の男性が顔を出した。


 「あの、何か?」


 「いや、珍しくてな……この馬車は何を?」

馬車乗っていたのはネズミのような耳を生やした小柄な青年だ。
恐らくコラッタ男なのだろう。

コラッタ
 「ああ、週に1回物質を搬入するんですよ」


 「ああ、そう言うこと」

拠点の周りは自給自足出来そうな環境ではない。
大地は痩せており、とても農業が出来そうにはない。
勿論酪農も無理だろうし、外から手に入れるしかないのだな。


 「ということは、買い出しに行くところか?」

コラッタ男
 「正確にはスポンサーがいます。その方の出資で反乱軍は成り立っているんですよ」

スポンサーか。
やっぱりこの世界でも戦争するには金がいるよな。
まだ、こっちに来てから明確な作戦行動はないが、それも近々大本営の命令があるか次第のようだし、当分は平和なのだろう。


 「これ、俺も乗せてもらえたりするのか?」

それを聞いたコラッタ男は「え?」という顔をした。
俺はまだこの世界のことを全然知らない。
そのためにはなるべく色んな所に行きたかった。
色んな所に行けば、もしかしたら茜たちにも会えるかも知れないから。

コラッタ男
 「あの、結構危険ですよ? 最近物流の監視も厳しくて」


 「危険か……出来れば聞きたくなかった言葉だな」

俺は出来ることなら危険から遠ざかりたい男だ。
好んで危険に身を置ける程狂人じゃない。
でも、これはチャンスなんだ。
俺が色んな場所に行って足跡を残せば、それだけ茜たちに気づいてもらえる可能性が増える。
それは、極めて絶望的な賭けをしているも同然だが、今だ希望は捨てていない。
俺は絶対にあの生活に帰る。
保美香の飯食って、いつも笑っている伊吹と美柑がいて、そして茜がいるあの生活を。


 「了解、まぁ俺単体なら怪しまれても問題ないだろう」

一つだけ分かっている事は、この世界の文明レベルは精々18世紀程度だろう。
俺の手配書が、至る所にって事態にはなっていないはずだ。

コラッタ男
 「分かりました。では1時間後に出発しますので、それまで時間を潰していてください」


 「了解、1時間後だな」

そうなると、結構暇になるな。
だとしたら、ナギさんの見舞いにでも行くか。



***




 「よ、ナギさん! 元気かい?」

俺はナギさんのコテージに入るとなるべく明るい顔で挨拶した。
これは普段死んだ魚の目で怖いと言われた経験から成した対人術だ。
なるべく相手に不快な思いを抱かせないようにするのも大人には必要だからな。

ナギー
 「その……気になって仕方がないのですが、私はナギではなくナギーなのですが」

おっと、結構細かい所気にするらしいな。


 「まぁ愛称だよ、早く親しくなれる気がするだろう?」

正直俺にはナギーでもナギでも変わらんと思うのだが、やっぱり違うものか。
しかし言い方がまずかったか、ナギさんは急に顔を真っ赤にした。

ナギー
 「せ、青年! あ、あまり大人をからかわないでくれ!」

何故からかう事になるのか?
随分戸惑っているようだが、とりあえずオレも気になる部分が二つある。


 「俺、一応23歳なんだけどな、後青年ってのは他人行儀過ぎないか?」

ナギー
 「23歳!? 同い年!?」


 (そうか、ナギさんも23か)

なんつーか、ナギさんのイメージは、出来る敏腕部長って感じのイメージだからもっと上かと思ったら、かなり若い天才のようだな。


 (俺は今でも平社員なのに、相手は王族付きの親衛隊長か)

改めて格差って何処にでもあるな……て泣きたくなる。
でも平社員でも給料稼がないと飯が食えないからな。

ナギー
 「青年……茂……いや、呼び捨てはまずい!」


 「別に同い年なら構わないぜ、一応親近感あるつもりだ」

ナギー
 「せ、せめて茂さん……こ、こう呼ばせてくれ」

ナギさんはそれでもよっぽど恥ずかしいのだろう。
顔を真っ赤にするとベッドのシーツに顔を隠した。
まぁそのうち慣れるだろう。

ナツメイト
 「茂様ずるい……」


 「うわ!? 姫さんいつの間に!?」

気がつくとコテージの窓からナツメイトがジロっと俺を見ていた。
最近ナツメイトとはほとんど会話した覚えがない。
つまりそれだけ二人の時間をとれなかっただけにかなり不機嫌そうだ。

ナツメイト
 「姫さんって他人行儀です、私も愛称で呼んで欲しいです茂様!」


 「いや、流石に姫さんに愛称は畏れ多い……」

ナツメイト
 「む〜……」

めっちゃ不満そうな顔だ。
当初はもっと清楚な人だと思ったが違った。
この子は本気で恋をする乙女だ。
俺とはかなり感覚に相違がある。


 「ナツメ、これでどうだ?」

ナツメイト
 「はい♪ 嬉しいです♪」

俺が折れると、ナツメは大変上機嫌になった。
なんて言うか、ここまで感情の起伏が激しい子って今まで居なかったから少し疲れる。
でも保美香とは違う意味で尽くしてくれる子でもある。
俺が選択することはいつも正解とは限らない。
でもナツメは俺を信じてくれた。
正直言って分不相応だろう。
俺に軍師の才能があるなら、もっとうまくやれたはず。

ナギー
 「それにしても、どうして姫さまがここに?」

ナツメイト
 「それは、茂様がここにいると電波が」

そう言って胸部の紅い突起に触る。
あまりにもブラックジョークに思えて笑えない。
なまじエスパータイプだけに、本気で監視されてそうだ。
エスパータイプのヤンデレとか止めようが無いし。


 「おっと、あんまり時間を潰し過ぎてはいかんか」

俺はそろそろ1時間が経つことを思い出した。
今日は馬車に乗って出かけるからな。
俺は二人と別れると、直ぐに入口に向かうのだった。



***



馬車を走らせて半日。
この周辺では最も大きな街、ウオンシ街に俺たちはいた。
ウオンシ街はこの世界の南部、その中で中央に位置する、南部で最も発展した都市だ。
ここは帝国に恭順しながらも、経済的には帝国に干渉されない独立国家といえる場所だ。
故に帝国の目は全体には行き渡らず、こうして反帝国は生み出されている。


 「ここで待てって言われたけど」

俺はウオンシにたどり着くと、それなりに大きな広場で待たされた。
馬車は街の裏へと進み、秘密裏に物資のやりとりが行われているのだろう。
輸送隊を任されたコラッタのシュウは、この街は見た目より危険だから絶対に表通りから離れないでと厳重注意された訳だ。
まぁ大きな街なら、その総数分悪い奴もいるって事だろう。
ヤクザとかに絡まれたら洒落にならんから俺は素直に従っている。


 「それにしても、ポケモンだけの国家か」

改めて、人類の歩みとは異なる文化に接触し、カルチャーショックを受ける。
この街の表側は白基調で、汚れも目立たず清廉潔白のイメージがある。
しかし街の裏側には様々な反帝国組織が存在するように、決して一枚岩ではないのだろう。
表通りには大都会を思わせるほど、人通りも多く、雑多な擬人化されたポケモン達が通る。
それは、全てが街のように白い人たちではないのだろう。
恐らく俺のように白とは言い切れない奴もいると思う。


 「それにしても一体どれ位の人が住んでるんだ?」

周囲で最大の都市というだけあり、信じられない程の数は日本なら確実に一等地だろうなと思える。
俺はなるべく目を動かして周囲を観察する。
もし最大の都市ならば、俺以外にもここに集まる可能性はあるんじゃないか?
そして、そんな風に僅かな希望を託していると。


 「茜っ!?」

それは、人通りの一瞬だった。
茶色い耳がピンと立ち、筆のような尻尾、150センチ位の低身長。
俺は突然の事に脇見もせずに少女を追いかける。
茜なら気付くはず、そう期待を込めて。


 「茜! 俺だ!」

しかし聞こえてないのか少女が遠ざかる。
やがて表通りから離れて裏通りに差し掛かった所で俺は少女に追いついた。


 「茜……?」

裏通りに入る寸前、少女は此方を振り向いた。
しかしそこにいたのは……。

イーブイ?
 「……誰?」

裏通りに入るところで捕まえた少女は、確かに茜に似ていた。
それもそのはず、相手はイーブイ娘なのだ。
同じ種族なら、外見特徴が似るのは当然。
しかし、相手は茜じゃない。
何度も見てきたから分かる。


 「ごめん、人違いだった……」

もし茜だったらと、俺は浮かれすぎたんだな。
冷静に考えてここはポケモンの世界、同じイーブイ娘だって何人いるか分からないんだ。

イーブイ
 「そう……人違い」


 「ああ、君に似ている子でね……俺の、大切な奴だ」

少女は外見が似ているだけでなく、何だか雰囲気も似ている気がした。
明確に違うイーブイなのに、そう見えるってのは重傷だよな。

イーブイ
 「大切……」


 「あ……それよりそっちは危ないって聞いたけど、大丈夫か?」

冷静に考えて、か弱そうな少女が裏道に入るのは大丈夫なのかと思ったが、少女はコクリと頷くと裏道に進む。
様子を見る限りだと、街の裏に住んでいるのだろうか?


 「済まない、余計な時間をとらせて」

俺は最後に一言そう謝っておく。
少女は一応足を止めると少しだけこちらを振り向いた。
しかし、それも一瞬で直ぐに背中を見せる。

その一瞬、少女の体ブレた。


 (!?)

一瞬だ、一瞬違うポケモンに見えたが、目の前にはやはりイーブイ娘がいるだけだ。


 「やばい……本格的に疲れているのかな」

俺は頭を抱えながら元来た道を戻るのだった。
俺は道を帰りながら、さっきの事を思い出す。
あの少女を茜と勘違いしたり、いきなり別のポケモンを幻視したり相当参っている気がする。

やはり慣れない異世界生活にストレスがやばいのかな……。

シュウ
 「あ、茂さん! こんなところにいた!」

元の広場に戻ると、行き違いになったのかコラッタのシュウが待っていた。
シュウは随分心配そうな顔をしていたが、俺を見て安堵しているようだな。

シュウ
 「もう茂さん、この街は表でもスリとかあるんですから注意してください!」


 「すまん、少し離れていただけなんだが」

シュウ
 「はぁ……今日はこちらで一泊しますから宿までついてきてください」


 「直ぐ帰らないのか?」

シュウ
 「今帰ったら向こうに着くのは深夜なりますよ」

むう、確かに行きの時間を考えたら当然だな。
うーむ、安全な道ならともかく峡谷にある拠点にはトラックのあんちゃんでもなければ無理か。
というか、日本の運送業ってスケジュール無茶苦茶だよな。
あの無茶な過密スケジュールなくして日本の物流はないか。

シュウ
 「スポンサーさんに手配してもらえたので、そこそこいい宿だと思います、帰るのは明日の朝1となるでしょう」


 「そうか、朝1か」

正直あまり見て回れなかったな。
まぁ収穫がなければ意味もない訳だが。
しかし、大きな街だけにやはり集まる可能性はある気はした。



***



宿は確かに良いところだった。
街の表通りに面した由緒正しい宿らしく、ベッドは柔らかく、快適な寝心地を約束してくれそうだ。
シュウは別の部屋に泊まっており、今日はもう休むと言っていた。
俺はまだ夕方と言うこともあり、宿の外でのんびり街を眺めていた。

常葉茂
 「徐々に人通りも減ってきたな」

夕方になると、流石に帰宅したり、店じまいする所が多いようだ。
だからこそ、じっくり眺める事が出来る訳だが。

常葉茂
 (保美香なら、俺を捜す時どうするかな、伊吹なら……美柑は?)

結局、捜してしまうのはアイツらの顔。
だが、そもそも保美香はウツロイドという珍しい種だし、ヌメルゴンやギルガルドといった進化形のポケモン自体がそう多くはない事に気がつく。
ポケモンの慣例を考えたら、野生のヌメルゴンやギルガルドなんて見たことがないし、少ないのは当然なのかも知れない。
だからこそ、見つけたら目立つ筈なんだがな。


 「……! あの子」

俺はふと街の隅に目をやると、あの時出会ったイーブイを発見した。
イーブイ娘はとぼとぼと路地を歩いては何か捜している。


 「何か捜しているのか?」

俺は気になって近寄ると、ビクッと身体を硬直させて、静かに少女が振り返った。


 「すまん、驚かせたみたいだな」

イーブイ
 「……何か用?」


 「いや、何か捜しているみたいだから手伝おうかって」

この街は街灯がない。
夜もやっている店舗ならランプの光もあるが、完全に闇に閉ざされたら捜し物なんて不可能だろう。

イーブイ
 「………」

しかし、手伝うというのに少女は何も言わない。
だが邪魔だとも言わないし手伝ってとも言わないのは妙だな。
しかし、やがて彼女の捜しているものに俺は気付いた。

ぐぅぅ……!


 「!」

凄い音だ。
少女の腹の音が大音量で響いた。
やがて観念したのか少女は。

イーブイ
 「……お腹空いた」

常葉茂
 「ふ、ははは……そういうことか」

少女は飲食店を中心に探していた。
それは何か、恐らく残飯だろう。
彼女が平然と裏道に入れたのもそういう事情持ちということか。


 「少し待ってろ」

俺は宿に急いで戻ると、荷物から万が一用の乾いたパンと水の入った水筒を持つと少女の前に戻る。
俺は少女にパンを渡すと、少女は無造作にパンを奪い取り、むしゃむしゃと食べた。
途中、といっても食べ終わった後だが、彼女は上目遣いに。

イーブイ
 「いいの?」


 「ははは! 食い終わってから言う台詞じゃねぇ!」

俺は大爆笑しながら、水筒を渡すと少女はごくごくと水を飲み干した。

常葉茂
 「俺の名は常葉茂、お前は?」

イーブイ
 「名前……ない」


 「そ、そうか」

少女は見ての通り、親元もいない孤児なのだろう。
戦争が原因か、それともこの街が原因か分からないが明日死ぬかも分からない、そんな極限の様子が想像できる。
そしてそれは、『俺と出会わなかった茜』を容易に連想させた。
もし、茜を俺が連れ込まなければ、茜はこの子と同じ人生を送っていたかもしれない。
いや、茜の場合、耳や尻尾が目立つ分もっと悲惨な事もあったかも。
そんな過程ではあるが、俺が少女に感情移入するには充分過ぎた。


 「なら、お前に名前をやってもいいか?」

少女はポカンとしていた。
当然だろう、突然名前をやるなんて言ってきてるんだ。
だが、現実を見ろと言うには俺自身甘いらしい。


 「ニア、お前の名前にはピッタリかなって」

イーブイ
 「ニア……」

イーブイ少女は俯いて何度か呟いた。


 「恩着せがましい迷惑だったか……?」

イーブイ
 「………」(フルフル)

イーブイ少女は無言で首を振った。
その仕草、最初に出会った頃の茜を思い出さずにはいられない。


 「もうすぐ暗くなる……どうする、俺が空ければお前を宿に止めてやれるが」

ニア
 「……いい」

ニアは静かにそう言うと立ち上がった。

ニア
 「ありがとう……」

それだけ言ってニアは闇へと消えていった。
……俺は宿に帰る中、今の行為が正しかったのか反芻する。
俺は彼女に一時の施しをしてしまった。
だが、明日はないと言える。
中途半端な希望が彼女を絶望させるかも知れない。
それはとても罪深い事かもしれない。
俺は明日にはここにいないんだ。
そしたら多分ニアと再会できる確率は限りなく低いだろう。
これから自体が俺には分からない以上、またこの街にこれるかも分からないんだ。



***



ニア
 「……」

ニアが茂と別れて、彼女は街の暗部にあるいつもの寝床に帰った。
しかし寝床は誰かに荒らされたのか滅茶苦茶にされていた。
だが、そんな事は日常茶飯事だ。
そしてその犯人もニアは知っている。

粗暴そうな男
 「随分遅い帰りじゃねぇか!」

ニアの住み家を荒らしたのは紅いモヒカン頭をした、いかにも粗暴そうな大男だった。
ズルズキンのその下卑た男はニアの帰りを見届けるとニヤニヤと近寄ってくる。
はっきり言って不快な男だが、ニアはおくびにも出さない。
その顔はもはや感情を忘れたかのようだ。

ズルズキン
 「でだ、今日の収穫は?」

ニア
 「……」

ニア無言で服の中から、袋を取り出した。
ズルズキンはそれを無造作に奪い取ると、中身を確認する。

ズルズキン
 「ほう、結構入ってるな」

袋の中に入っていたのは銀貨だ。
銀貨が20枚ほど、こんな物を何処で手に入れたのか?
それは簡単だ。
ニアは表通りに行っては間の抜けた旅行者から、財布を抜き出す。
ニアはスリの常習犯なのだ。
しかし彼女が捕まることはない。
いや、誰も捕まえられないのだ。

ズルズキン
 「で、今回はイーブイでやったのか」

ズルズキンがそう言うと、イーブイの姿がブレた。
まるで幻影だったかのようにイーブイの姿が消えるとそこには黒髪に紅いメッシュの入った少女がいた。

ズルズキン
 「は! 相変わらず汚ぇキツネだぜ」

ニアの正体はこの見窄らしい少女である。
ニアはあらゆる姿に化けて、スリを行う。
万が一追われても一度姿を変えれば、誰もニアを追跡できない。
これこそがニアをスリの常習犯にしている原因であった。
しかし、ニアは大抵の事にはもはや感情が動かないが、キツネというキーワードには感情を顕わにした。

ニア
 「キツネじゃない……ゾロアだ!」

ズルズキン
 「はん! 舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」

ズルズキンが平手打ちを打つと、ニアは地面に倒れ込んだ。
例えどんなに感情をぶつけても大人のズルズキンに子供のゾロアが勝てるわけがない。
ニアは汚物に塗れた地面に突っ伏しながら、震えることしか出来なかった。
恐怖という感情だけは未だに機能している。

ズルズキン
 「そうだ、お前にいい仕事がある、それに描かれた男を殺せ」

ニア
 「え……? 殺し……?」

ズルズキンは懐から一枚の紙を放り投げるとニアの前に落ちる。

ズルズキン
 「その男を殺せば、金貨が10枚貰える。どうだ、いい仕事だろう?」

ニア
 「殺しなんて……やったことない」

ズルズキン
 「け! いいか! お前は誰にだって化けられる。誰にだって容易に近づける、要はスリと同じ、貰うのは命だ。簡単だろう」

確かにニアは変身は完璧だ。
あらゆる人物に化けて、どんな人物の目の前に行くのも簡単だろう。

ズルズキン
 「いいか、テメェみてぇな屑が生きていられるのはなんでだ? お前には力があるからだ! だが屑のテメェは俺の指図なしじゃ何も出来ねぇ! ただの無能!」

酷い罵倒、酷い雑言。
だが、ニアの弱々しい精神を打ち拉げるには充分すぎる物だ。
ニアは何も出来ない、そう言われる度そうなんだと絶望する。
自分が生きていられるのは、こいつのお陰、そう言われればその通りでしかない。
反論は許されず、どんなに酷い目に遭っても、どんなに非道い事言われても何も出来ない。
気がつけば笑顔を忘れ、気がつけば涙を忘れ……もう何が自分に残っているのだろう。

ズルズキン
 「これをやる、こいつで首を掻っ捌けば一発よ!」

そう言ってニアに放り投げた物は短刀だった。
鍔がなく、白木の柄と刀身のみというシンプルなデザイン。
ヤクザの世界で言えばドスと言われる品だ。

ニアは紙に描かれた男を見る。
そこに描かれていたのは、今日自分に名前をくれた人だった。
あの人は自分に暖かさをくれた。
こいつはこの人を殺せという。
殺さなければ自分が死ぬ。
その恐怖が、少女を暗殺者に仕立て上げていく。



突然始まるポケモン娘と旅をする物語


第4話 影を追いかけて 完

第5話に続く。


KaZuKiNa ( 2019/04/03(水) 12:24 )