第9話 伊吹は考えないようで考えてる
突然始まるポケモン娘と同居する物語
第9話 伊吹は考えないようで考えてる
伊吹
「んっふっふ〜♪」
アタシが好きなのは勿論お風呂♪
ヌメルゴンって雨が降るほど湿度が高くないと進化出来ないちょっと変わった種だからねぇ。
それって逆に言うと水場が大好きってこと♪
ただ、アタシの場合体温が上がると粘液が普段より多くなるから、茂君からお風呂に入るのは最後の厳命があるんだよねぇ。
だからいつもお風呂に入るのは22時位になる。
伊吹
「ぬめぬめで今日もツルツル〜♪」
アタシの肌はいつもすべすべ艶々だ。
アタシが手を持ち上げると粘ついたローションみたいな粘液が引っ付いている。
この粘液は普段から身体を清潔にする効果もあり、厳密にお風呂に入る理由はない。
まぁ、個人の趣味って奴だよね。
伊吹
「さぁて〜、そろそろ上がるかなぁ〜」
ザプゥーン。
アタシが浴槽から立ち上がると大量のお湯が引きずられるようにあふれ出す。
特におっぱいからボタボタ落ちるローション状になったお湯は手強い。
しっかりお風呂で落とさないと後で保美香が怒るから、しっかり落としておく。
最後にお風呂の栓を空ける。
アタシが最後のお風呂利用だから、これも義務づけられている。
伊吹
「……あれぇ?」
お風呂の栓を空けた。
しかし少し水が流れたと思うと……流れなくなった。
伊吹
「あ、あれ〜? ど、どうして〜?」
兎に角水が流れないのだ。
アタシはその場で慌てふためくが、そんな事をしても一向に解決なんてしない。
伊吹
「茂君〜、保美香〜!」
アタシは慌てて事の問題を伝えに浴室を出る。
リビングでのんびりしている茂君を見つけると思いっきり抱きついた。
茂
「どうし……ぶっ!? なんで裸なんだ!?」
突然抱きつかれた事で慌てて振り返った茂君はアタシが裸であることに戸惑っているみたい。
でもまぁ多分大事な部分は見えてないと思うから大丈夫。
と言っても茂君なら見てくれても平気なんだけど。
伊吹
「そんなことより〜、お風呂がぁ〜……」
正直アタシの身体はどうでもいい。
それよりお風呂の問題だ。
保美香
「お風呂? なにやらかしましたの?」
途端に険しい顔になる保美香。
うぅ〜これ怒られるやつだぁ。
保美香
「見てきますから、伊吹は服を着なさい」
伊吹
「は〜い」
アタシはそう言うと保美香に着いていく。
脱衣所に着替えは置きっぱなしだから取りに行かないと。
茂
「……」
茜
「ご主人様、ああいうのが好き?」
茂
「嫌いじゃないけど、出来れば辞めて欲しい」
***
保美香
「これは……」
保美香がお風呂場に入ると浴槽の異常を理解する。
手を突っ込み、詰まった元を確認すると、その手にはドロドロのお湯が絡まっている。
保美香
「伊吹の粘液にしては、精液のようにドロドロですわ」
伊吹
「おぉ〜、と言うことは触ったことあるんだぁ〜」
美柑
「あ、主殿の……❤」
付いてきた美柑はその言葉に顔を真っ赤にした。
それ一番慌てたのは茂君だ。
茂
「ちょ、何想像している!?」
茂君たちが騒然とする。
アタシなにか、変なこと言ったかな?
茜
「ご主人様。精液って何? 美味しいの?」
美柑
「話ではイカ臭いそうですよ!」
茂
「お前らこれ以上喋るな! 後保美香はなんで精液の感触を知っているんだ!?」
保美香
「黙秘権を行使するかしら」
伊吹
「もう精液の味とか触感とかいいからぁ〜!」
兎に角お風呂だ。
自分の粘液の性でお風呂が詰まってしまった。
どうすればいいのか分からず保美香たちに助けを求めたが、保美香もどうすればいいか思案する。
茂
「塩で溶けたりしないのか?」
茂君が突っ込むと、保美香は答える。
保美香
「多分塩では駄目だと思います。ナメクジではないですし……恐らくですが」
そう言うと、保美香は浴室を出て行く。
直ぐに戻ってきたが、持ってきたのは衣類用の洗剤だった。
保美香
「……皮脂汚れなど同じようにいけると思いますが、無理なら小麦粉ですわね」
茜
「料理?」
茂
「いや、固体化させて捨てるんだろ」
保美香が洗剤を投入して、お湯をかき混ぜる。
しばらくすると変化が起きた。
お湯が流れ始めたのだ。
伊吹
「やったぁ〜、直ったぁ〜」
アタシはほっと一息つくとその場に項垂れた。
保美香
「ふぅ、全く世話を焼かせますわ」
流石いざという時頼りになる保美香だ。
これで当分頭が上がらないなぁ。
美柑
「しかし普段はこんな事ないのにどうして今回は詰まったんでしょうか?」
美柑がその疑問を投げかけるが、大した答えは思いつかない。
伊吹
「いつもより長〜く入ってたかなぁ〜? それとも〜、湯の温度とかぁ〜?」
正直思い当たる事があまりない。
強いて他にあるとしたら体温とか?
保美香
「根本的な事はともかくひとまず解決したのですから、解散かしら」
保美香がそう言うと、皆興味を失せたように出て行く。
保美香
「もしかしたら、なにか異物の混入の性も考えられるかしら?」
伊吹
「異物って何〜? こわ〜い」
兎に角、問題が解決して良かった。
もし解決しなかったら一生お風呂に入れなかったかもしれない。
それだけは死んでも嫌だ。
お風呂がない人生なんて生きている価値がない。
そして、その日はそれ以上問題は起きなかった。
強いて言うと茜が精液食べたいとか言い出して、茂君がコーヒー吹いた位かな?
***
伊吹
「ふんふ〜ん♪」
今日は雨が降っている。
お陰で正午なのに薄暗く、アタシに比べて皆の気分は暗い。
美柑
「伊吹さんって、本当雨が好きですよね」
流石に退屈なのか、剣を布で磨いている美柑が呟いた。
流石に水で濡れるは嬉しくないのか美柑も今日はテンションが低い。
保美香も雨の日は大体苛立ち気味だ。
一方興味がないのは茜だろう。
今日は茂君が休みの日だということで、寧ろ気分は良いのだろう。
茂
「……暇だ」
普段仕事だというのに、今日に限って祝日。
だからこそ逆に平凡な状況に慣れない。
改めて茂君ってば社畜だねぇ。
茜
「だったらご主人様、対戦しよう!」
そう言ってすかさずゲーム機を取り出す茜。
しかし、当の茂君はというと。
茂
「めんどい」
僅か四文字の言葉で轟沈。
茜もショックを隠せないのか耳まで垂れ下がった。
伊吹
「だったら〜アタシと散歩でもするぅ〜?」
今日は折角のいい日、アタシとしては外で思いっきり雨を浴びたい。
茂君はゆっくりと首をベランダに向けると。
茂
「雨……なんだよなぁ」
すっごく嫌そうだった。
伊吹
「もう〜、どうして皆そんなに雨が嫌なの〜?」
保美香
「嫌な物は嫌かしら」
美柑
「剣が錆びそうだし……」
アカネ
「毛がゴワゴワする」
茂
「かったるい……」
全員なんだかんだ難癖つけてる……。
茂君に至ってはもはや雨が嫌いな理由になっていない。
伊吹
「もう〜! だったら一人でいい〜!」
アタシはそう言うとドタドタと玄関から外に出て行った。
***
外に出ると雨の音も臭いもより新鮮になった。
バルコニーから階段を降りていき、途中マンションの中庭に出る。
中庭には屋根がないから雨が直接降り注いでいる。
中庭には観葉植物も植えられており、紫陽花の葉にカタツムリがいた。
伊吹
「……君も雨は好き〜?」
アタシはカタツムリに顔を近づけると、そう聞くがカタツムリは何も応えてくれない。
伊吹
「君だって雨だから出てきたんだよね〜」
アタシとカタツムリはとても近いように思える。
でもそれは一方的な想いだろうか。
根本的にヌメルゴンはそもそもポケモンである。
日差しに弱いわけではないし、乾燥にだって、塩だって弱いわけではない。
それでも、この生き物に親近感を覚えてしまうのだ。
もしかすると、その生き様が自分と似ているから、そう錯覚しているのかも。
茂
「ヌメルゴンなら風邪引かないかもしれないが、ヌメルゴン娘となるとどうなんだろな」
伊吹
「え?」
突然雨が止んだ。
正確には雨が遮られた。
後ろを振り返ると、茂君が傘を差していた。
伊吹
「茂君〜」
茂
「ま、風邪引かれても困るからな」
そう言って茂君は傘を押し付けてきた。
もう一本傘を持っていたらしく、アタシに傘を渡すとダークブルーの傘を差した。
茂
「散歩したいんだろ、ちょっと付き合え」
そう言って、茂君は敷地の外に向かう。
伊吹
「あ〜、待ってよ〜」
アタシは慌てて追いかける。
ふと、その最中自分の傘を見上げる。
水玉の可愛らしい傘だった。
伊吹
「ねぇ茂君。この傘って〜」
茂
「ん? お前用だよ」
アタシ用……。
茂
「お前雨が好きだからな、せめて傘位持って行け」
伊吹
「えへへ〜、アタシ用かぁ〜……♪」
アタシは何だか嬉しくなって、傘を大きく振り上げた。
少し可愛らし過ぎる位のデザインだけど、それが自分にはとても嬉しかった。
茂
「おい、あんまり傘で遊ぶな!」
アタシは大きく傘を振り回すと、茂君が注意する。
だけど、その時突然雨が止んだ。
伊吹
「? あれ……」
ふと光が差した。
アタシにスポットライトを当てるようにぽっかりと空に穴が空いている。
茂
「……止みそうだな」
茂君も傘を頭の上から外して、空を見上げた。
次第に雲が離散するように、青空が広がっていく。
茂
「伊吹、晴れは嫌いか?」
伊吹
「ううん。嫌いじゃないよ〜、茂君が傍にいてくれるなら〜、なおさらね〜」
そう、茂君がいてくれるなら。
突然始まるポケモン娘と同居する物語
第9話 伊吹は考えていないようで考えてる 完
第10話に続く。