第4話 爆乳と幽霊とお引っ越し
突然始まるポケモン娘と同居する物語
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「うにゅ〜」
そこはとあるマンションのベランダの天井。
身長は180を越え、女性としてはかなり大きい。
不思議なことにその女性は天井に張り付いていた。
なにやらぬめぬめした粘液を垂らしながら……。
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「なんだかそろそろ良い出会いがある気がする〜、ウフフ〜、勘だけど〜♪」
***
茂
「事故物件?」
ある日、俺は物件紹介を受けていた。
ところが中々希望に適う物件というのも見当たらない。
何せ4人で暮らす家となると、基本的にはどの物件でも高くなる。
ところが、一件だけ条件に適う家があったのだ。
その家は所謂事故物件という奴で、紹介してくれた人も中々契約して貰えなかったようで、かなり必死に説明をしてくれた。
一応現場にも案内されたが、個室4、リビングが見渡せるシステムキッチンに床下収納、風呂とトイレも問題ない優良物件だった。
極めつけは駅15分という、立地の良さ。
これで今住んでいるマンションの家賃の5割増しでいいというのだから破格だ。
茂
(ただ……気になるのは事故の方だよなぁ)
結論から言うと俺は即決した。
引っ越しの条件としてこれ程破格の物件はない。
3人が消えたとか、そういう怖い話は飲み込んだ。
***
保美香
「――出る、ですか?」
引っ越し当日、荷造りをしながら俺は引っ越し先に対して皆に説明する。
引っ越し先はここから7駅ほど離れた場所になる。
会社は3駅で、その反対側だから出社時間は大して変わらない。
はっきり言って理想の住宅だが、問題は事故物件だと言うことだ。
物件屋曰く、出るんだそうな……幽霊が。
保美香
「幽霊かしら? ゴーストポケモンではありませんの?」
早速懐疑的に見るのは保美香だった。
そもそもにおいてポケモンの世界にはゴーストタイプという概念があるだけに、ただ漠然とした幽霊には全くピンとこないのだろう。
一方でガチのゴーストタイプの美柑はというと。
美柑
「ゆ、ゆゆ、幽霊……!?」
茂
「ゴーストタイプが幽霊怖がるのかよ」
美柑
「ゴ、ゴーストタイプでも正体が分からないものは怖いですよ!」
シルフスコープがなければミュウツーでも駄目だもんな。
この中で一番男っぽい美柑も中身は一番女の子のようで、普通に怖がる様はポケモンと人間に精神的違いはないんだなと理解できる。
茂
「ま、今更4人が5人になっても、もうどうにでもなれだ」
保美香
「あぁ、だんな様はすでに、もう第4のポケモン娘も受け入れるつもりですのね」
どうせ幽霊もポケモン娘なんだろうとタカを括っているのは事実だ。
とはいえ、そのままねずみ算のように増えられても困る。
この世界にはモンスターボールもポケモンボックスもないんだ。
どこかで打ち止めを作らないとな。
茂
「ふぅ……あれ、そう言えば茜は?」
ダンボールに荷物を詰め込む作業の中、黙々働く保美香と美柑とは別に茜だけが見当たらない。
どこにいるのかと思いきや、名を呼ばれて反応したのか、ダンボールの一つから顔を出した。
茜
「ここ、落ち着く」
茂
「猫かお前は」
美柑
「茜さん、遊んでないで主殿のお手伝いをしましょう」
茜
「うん。頑張る」
そう言って軽やかにダンボールから飛び出ると、自分の出来る事を始めた。
なんだかんだで相変わらず内向きではあるながら、茜は少し明るくなったように思える。
自分に自信を持てるようになったというか、余裕が出た感じか。
茂
(問題は外にどの程度出られるか)
茜は人間嫌いというほどではないが、かなり内弁慶だ。
とはいえ引っ越す以上外には出ないといけない。
どこまで我慢できるか、だな。
茂
「後は引っ越し業者に任せればOKかな」
あらかたダンボールに詰めると、部屋はダンボール箱で溢れ返る。
ベッドやソファーなんかはそのままだが、業者さんが丁寧に運んでくれるはずだ。
茂
「……この家ともうお別れか」
大学生で独立してからずっとここに住んでいた。
別れというのは少し寂しいが、同時に新たな出会いはあるはずだ。
まぁ最も、人付き合いの殆どない俺には失う物などないのだが。
美柑
「それで主殿、どうやって引っ越し先へは移動するのですか?」
茂
「車レンタルしたから、それで行くぞ」
保美香&美柑
「「えっ?」」
あまりにも意外という反応。
茂
「なんだよ、免許は持ってるさ。車は持ってないだけで」
それ程意外か保美香と美柑は互いの顔を見合うと何か納得したように頷いた。
何か馬鹿にされた気がするな。
美柑
「主殿、事故ってもボクはゴーストタイプなので大丈夫です!」
茂
「事故る前提か!」
そうこうしているウチに引っ越しの時間はやってくる。
まぁ何はともあれ、新生活は今から始まる。
***
引っ越し業者
「それでは、荷物は丁重に運ばせていただきます」
茂
「よろしくお願いします」
ブロロロ。
引っ越し業者は全ての荷物をトラックに詰めると運んでいった。
俺はマンションの入口に駐車していたレンタルカー向かった。
レンタルしたのはワンボックスだった。
茂
「茜大丈夫か?」
茜
「……っ!」
俺は外でじっとしている茜に声を掛けると、茜はすぐさま飛びついてきた。
言葉はないが、尻尾は怯えたように震えている。
茂
「茜は助手席、二人は後部座席でいいか?」
保美香
「畏まりました。だんな様」
美柑
「ボクも大丈夫です」
あえて少し中が広いワンボックスを借りたのは、茜に少しでも落ちついてもらうためだ。
本当は茜には後ろに乗ってもらうつもりだったが、予想以上にもう駄目そうなので俺の隣に置く。
茜は保美香と美柑には気安い、それでも甘えられるのは俺だけだ。
意外なほど二人には気丈に振る舞うから、余計に甘えられないのだろう。
茂
「もう少しの辛抱だからな」
茜
「……うん」
茜は少しでも勇気を奮おうとするが、それでも俺の手は放さなかった。
俺は運転席に乗り込むと、エンジンを吹かす。
セットで付いていたカーナビに従い新天地を目指す。
***
件の新しい家は以前と同様の総合住宅だ。
4階にある一部屋、そこが新しい住まいだ。
そして例の訳あり物件だ。
茂
「……荷物をダンボールから出さないとなぁ」
大きな物は業者さんが設置してくれたが、ダンボール類はリビングに置きっぱなしだ。
茂
「取りあえずリビングを開放だ」
美柑
「了解です主殿!」
保美香
「わたくしは出来る限りキッチンの方に回りますわ」
取りあえず得意とするところは個人に任せるとして俺と美柑はまずリビングのダンボールを片づける。
茂
「茜は……」
俺は茜を見るが、普段の元気さはまだない。
所謂借りてきた猫の状態だろうが、おおよそ頼りに出来る状態じゃなかった。
茂
「茜は休んでろ」
茜
「……ぃ。いい。頑張る」
しかし茜は声をひねり出すと、リビングのダンボールを開け始めた。
ダンボールに何が入っているかは全てダンボールの上面に書いており、何から出していけば良いかは分かりやすい。
……正直無理に止めるべきか、悩んだがそれは彼女のためにはならないだろうと判断した。
茂
「暗くなる前に終わらせるぞ」
皆
「「「はい」」」
作業は予想通りではあるが、夕刻までには終わらなかった。
途中最低限の作業を終えた保美香が間食を用意して一息つきつつ、作業は着々と進んだ。
その途中、美柑があの事を伺った。
美柑
「そう言えば幽霊って、出ませんね」
保美香
「幽霊って明るいウチから出るかしら?」
茂
「あと、厳密には幽霊じゃなくて視線な」
まぁ実質幽霊物件なんて言われているが、正直下見に来た時も違和感はなかった。
その内容は最初にある少女が自殺し、それ以降その少女の視線を感じるという物だった。
美柑が異様に気にしているが、正直気の持ちようではないだろうか。
ハクタイの森の洋館じゃないんだから、そこまであからさまでもないだろう。
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「そ〜かぁ〜。アタシってユ〜レイだったのかぁ〜」
茂
「……?」
何だか気の抜けたような、間延びした女性の声が聞こえた。
美柑
「ひ!? ゆ、幽霊!?」
ジャキン!
咄嗟にバトルスイッチする美柑。
そこは素直にキングシールドしとけと心の中で突っ込むが、俺はまだ敵か味方かも分からない声を探した。
しかし見つからない、部屋の中には見当たらないのだ。
本当に幽霊なのか……?
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「ウフフ〜。アタシはここだよぉ〜」
ボトリ!
ベランダの上から何か大きな物が落ちてきた。
それは天井に張り付いていたのか、重力に従い地面に落ちるともはや貞子にしか見えなった。
当然それに反応したのは。
美柑
「うわぁぁぁ!!? それ以上主殿に近寄るなぁぁぁ!!」
そう言ってぶんぶんと剣を振りつつ後退する美柑。
言葉とは裏腹に俺を矢面に立たせるとは。
保美香
「だんな様、後ろに」
こう言う時至って冷静なのは保美香だ。
保美香は俺の盾になるように前に出ると冷静にアレを見定めた。
保美香
「失礼ですが、貴方は何者ですか?」
まず、ベランダに蹲る謎の物体に知的に問いかける保美香、ポンコツ過ぎる美柑とは大違いだな。
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「……ウフウフウフ」
なんだか不気味に笑う奇妙な物体。
正直俺でも気味が悪い。
だが奇妙な物体は。
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「はぁぁ……コンクリートが冷たくて気持ちいい〜♪」
茂
「は……?」
あまりに場の雰囲気とは場違いな緩い反応。
パニックになった美柑も冷静な保美香も、ポカンと口を開けた。
茜
「……そんなに気持ちいいの?」
唯一茜だけが平常運転だった。
そう言えば茜って保美香の時も平常運転だったんだよな。
そういう意味では茜はアレが安全と判断したわけか。
茂
「美柑、キングシールド。保美香、アイツは大丈夫みたいだ」
美柑は俺の命令が届くと直ぐさま納刀した。
俺はベランダに蹲る物体に近づく。
?
「? 君は?」
そいつは顔を上げると随分長髪の糸目の女性だった。
取りあえずこの変態性は間違いなくポケモン娘だろう。
茂
「俺は常葉茂、立てるか」
そう言って手を差し出す。
しかしそのポケモン娘は色々と予想外だった。
まず手をとった力が予想外に大きく、そして女性は大きかった。
覆い被さるようにもたれ掛かってきて、俺は後ろに押し倒された。
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「わっ!? ごめ〜ん……あれ?」
保美香
「大丈夫ですかだんな様!?」
押し倒された俺は柔らかい何かに押しつぶされた。
気持ちなんだかぬめぬめしており、ローションプレイされているかのような錯覚を覚える。
?
「よい……しょ。ごめんね茂君」
ゆっくりと身体を起こすと、身体から粘液のような糸が垂れる。
そこでようやく彼女の全容が分かった。
薄紫のウエーブがかった長髪。
全体的に白っぽい格好だが、服装はショートズボンにTシャツ。
だが、それよりもまず目に付いたのは。
茂
「わ、ワールドクラス……っ!」
先ほど俺を押しつぶした柔らかいものの正体、それはもはや常人の規格を越えた、保美香でさえちゃちと思える胸であった。
茜
「大きい……」
茜も素直に感嘆の声を上げた。
大きい……というには二つある。
まず180以上の長身。
それを支える太ももは太く、身体はスポーツ選手のように締まっていた。
?
「えーと、自己紹介だね〜。アタシはヌメルゴン〜。名前はありませ〜ん♪」
ほんわか姉さん系のポケモン娘はヌメルゴンだった。
カラーと粘液がそれっぽくはあったが。
美柑
「ヌメルゴン……幽霊じゃなかった」
正体見たり、取りあえず幽霊じゃなかった事が余程嬉しいのか美柑は脱力した。
保美香
「それにしても貴方、いつから此処にいたんですの?」
ヌメルゴン娘
「うーんと、昨日の夜からだねぇ〜」
茂
「日陰でじっとしていたわけか」
なんていうかドラゴンタイプというよりはやはり習性はカタツムリやナメクジのそれか。
しかし、一人別の事に気がついたのは保美香だ。
保美香
「……と、すると幽霊騒ぎとは無関係?」
ピシッ…… 美柑が凍り付いた。
美柑
「そ、そんなことないですよね!? ヌメルゴンさんが幽霊の正体では?」
ヌメルゴン娘
「う〜〜〜ん? アタシこの世界に来てまだ3日目なんだけど〜?」
茂
「……幽霊騒ぎは1カ月以上も前だな」
美柑が完全に凍り付いた。
ゴーストタイプ=幽霊ではないということか。
保美香
「で、だんな様、この女史をどうするのかしら?」
茂
「……それだよな」
はっきり言って不法侵入で追い出す事は簡単だ。
だが、住み家を変えても、なお俺の前に姿を現すポケモン娘たち。
もはや運命でなければ一体なんなのか。
そして何よりも。
ヌメルゴン娘
「え〜。アタシ追い出されちゃう〜?」
ポケモン娘に即断じる悪意はない。
ただ俺自身当然菩薩でもなんでもないわけだ。
本当に良いのか……責任を持てるのか考える。
ヌメルゴン娘
「う〜、分かったよ〜。アタシ出て行くよ〜」
茂
「おい、何一人で解決してやがる」
え? と意外そうに振り返るヌメルゴン娘。
勝手に出て行くのは勝手だが、少なくとも家主の意見くらいは聞いて欲しいものだ。
茂
「片付けの手伝いをしてくれるなら、お前の寝泊まりくらい認めるぜ」
ヌメルゴン娘
「! ウフフ〜。頑張るよ〜」
結局流されているのかもしれない。
それでも俺に出来る限りはしようと思う。
茂
「そう言えばお前も名前がないんだよな?」
ヌメルゴン娘
「契約のお話?」
茂
「契約?」
何のことか、妙に引っかかる言葉だった。
以前にも聞いた気がする。
ヌメルゴン娘
「あっ、で、で、どんな名前をくれるの?」
茂
「そうだな……ドラゴンタイプだから伊吹(いぶき)だな」
伊吹
「ウフフ、伊吹かぁ。宜しくね茂君♪」
……何故か、名前を与えたことがこれ程軽率に思えたのは初めてだった。
契約……そう、保美香が言っていたんだ。
ただの言葉の綾だと聞き流したが、二度目ときたらなんの偶然だ?
もしポケモン娘に、俺の傍を選んだこと以上の意味があるとしたら、それはなんだ?
保美香
「さぁ皆さん。早く引っ越しを終えましょう!」
保美香はそう言うと皆を奮い立たせる。
茂
(そうだな、今は深くは考えなくて良いだろう)
今はそれが大きな問題にはなっていないし、これからもなにもないなら問題ないじゃないか。
突然始まるポケモン娘と同居する物語
第4話 爆乳と幽霊とお引っ越し 完
第5話に続く。