第3話 二度あることは三度ある
突然始まるポケモン娘と同居する物語
日曜日、最初に来るのはいつも決まって頭痛だ。
昨日もビール3本も空けちまった。
どっちかというと酔いに弱い俺は普通の人よりは酔いやすい。
でも休みの日くらい羽目を外したいじゃん?
だから、二日酔いで寝潰すなんて習慣だ。
茜
「朝〜、朝ですご主人様」
……そっとしておいて欲しい。
こちとら日曜日くらい好きに過ごしたいじゃないか。
だが、茜がゆさゆさと体を揺らしてくる。
やめろ……気持ち悪く……ならない?
常葉茂
「???」
俺は不自然な自分に気がついた。
思考が正常で、気分も悪くない。
茂
「起きる。起きるから」
俺はゆっくりと上体を起こす。
茜はちょこんと自分の目の前に座っている。
あまり感情を表さない茜だが尻尾は素直なようで大きく振っている。
犬のような挙動はある意味では感情を読みやすい。
茂
「おはよう。茜」
茜
「おはようございます、ご主人様」
俺は周囲を見渡す。
相変わらず気味悪い位に綺麗なリビング。
もう一人の同居人の姿はない。
茂
「保美香は?」
ウチのメイドになったウツロイドの保美香。
その姿が見えないのだ。
茜
「保美香はベランダ」
ベランダ? ベランダに目を向けるとパンツを握ってニヤついている変態メイドがいた。
保美香
「ウフ、ウフフ……」
茂
(あのメイド超高性能だが、超変態なんだよなぁ)
多分、俺が悪酔いすることを見越して軽度の毒でアルコールを解毒したのだろう。
その気になれば副交感神経を接続して洗脳できるような女だ。
それが変態の方に向きさえしなければ、本当に文句なしなんだがなぁ。
茂
「今何時?」
俺はスマホを見るとまだ9時だった。
いつもなら昼過ぎまで寝るんだが、起きてしまっては仕方ない。
まぁ茜の嬉しそうな顔を見ただけで儲けとしよう。
茂
「朝飯前食べたのか?」
そう聞くと茜はフルフルと首を振った。
取りあえず冷蔵庫に何があるか確認するか。
今は台所は保美香に征服されている。
保美香に金を渡すと勝手に外に買いにいって買い込んでいるのだ。
最初満タンになった冷蔵庫を見て呆然としたが、全てを使いこなす保美香のレパートリーは恐ろしい。
保美香
「あ、だんな様おはようございます」
保美香は俺に気づいたようで、洗濯を急いで済ませると戻ってきた。
なんだかんだで実は保美香の仕事って一度も見たことがない。
この二人普段どうしているんだろうか?
保美香
「朝ご飯用意しているので食べてください」
茂
「そいつは重畳」
流石保美香、既に朝ご飯は用意済みとは。
しかし、何故か保美香は炊飯ジャーを開けた。
お椀も用意せずに? そう思うと炊飯釜を取り出した。
大皿を用意して、釜を逆さまにし、トントンと叩くと何かが落ちた。
茜
「それは……?」
甘い良い匂いが立ちこめ、嫌が応にも茜が興味を示す。
茜の食欲旺盛っぷりも相変わらずか。
案外一番食べているのって茜なんじゃないかな。
保美香
「炊飯ジャーパンかしら」
茜
「パン?」
それはパン屋さんで見るパンとはまるで違うが、確かにパンのようだった。
ふんわりとした生地から湯気がこぼれ、間違いなく美味いと確信出来る。
保美香
「切り分けますので」
そう言って保美香は包丁で三等分にした。
ただし、その配分は4:3:2程度のようだ。
それぞれの食べる量を計算出来ているとは流石だよな。
……本当にこれで変態じゃなけりゃなぁ。
保美香
「大きいのは茜さん、小さいのはわたくしかしら」
そう言ってクッキングペーパーに包んで渡してくる。
やっぱり茜の方が大きいんだな。
茜は受け取ると直ぐさまかぶりつく。
まるでハンバーガーでも食べてるみたいだな。
茜
「甘くて美味しい……♪」
本当に幸せそうだ。
正直何の意味があってポケモン娘達が現れたのか。
実は一応同じような類例はないのか調べてみた。
結論から言うと無いようだ。
もし、同じ現象が他でも起きているなら、インターネットで見つかるかと思ったがいないものだ。
もっとも、自分自身彼女たちを公表はしていないし、案外皆隠しているのかもしれないが。
茂
「保美香はこれからどうするんだ?」
保美香
「そうですね。まずは買い物ですね。良かったら一緒に行きますか?」
茂
「買い物か……そうだな、行ってみるか」
***
保美香
「ふんふんふーん♪」
買い物籠をぶら下げた保美香は上機嫌だ。
普段からそうなのかは分からないが、少なくとも俺がいるからそうなんだと自惚れさせて欲しいものだ。
一応茜も誘ったんだが、何故か茜は外に出ることに怯えてついてこなかった。
まぁお留守番には慣れているし、すぐ帰るから大丈夫だと思うが。
茂
「ところで、どこで買い物するんだ?」
保美香
「商店街ですよ?」
茂
「商店街?」
保美香
「あらら? もしかして初めてかしら?」
正直初めてと大して変わらないな。
商店街を利用しなくてもコンビニで大体なんとかなるし、それにコンビニの近くにはデパートもある。
意外にもかなり社交性の高い保美香ならではかもしれない。
八百屋さん
「おお、保美香ちゃん! なんだい彼氏連れかい?」
商店街の入り口には八百屋さんがある。
顔見知りなのか、40代程度に老けた店主が早速声をかけてきた。
保美香
「いいえ、だんな様ですわ♪」
八百屋さん
「旦那? 結婚してたのかい!?」
茂
「いや、あの……!」
俺を置いて会話を続ける二人になんとか入ろうとするが上手くいかない。
俺は改めて自分のコミュ障を呪う。
人付き合いは苦手だ。
友達なんて欲しい思った事も無い。
保美香
「いいえ、雇用上のご主人ですわ。家政婦ですの」
八百屋さん
「あ、あはは! なんでぇそういうことか! ならまだチャンスはあるって訳だな!」
保美香
「まぁ少なくとも富士さんにはないかしら」
富士
「あっはっは! 畜生め!」
富士という店主はそれ程悔しそうでもなく、俺より親しく保美香と会話している。
……なんだか複雑であるが、それが保美香の付き合いなのだろう。
保美香には保美香の人生があって、俺には俺の人生がある。
保美香
「だんな様?」
茂
「あ、何?」
保美香
「いえ、次の店に行こうかと……思ったんですが」
茂
「あ、ああ。荷物持つよ、早く行こう」
保美香は俺の反応に気づいたのか、心配しているようだった。
そりゃ無粋かもしれないけど、他人なんだからついて行けない部分だってある。
正直これが本当の俺なんだ。
保美香
「えと、ではお魚屋さんに行きましょう」
リンゴとカブの入ったポリ袋を受け取ると俺たちは商店街のモールを少し進んだ先にある魚屋を目指した。
お魚屋さん
「おお、保美香ちゃん! 活きのいいの入ってるよ!」
保美香
「何がオススメですか?」
お魚屋さん
「イサキなんてどうだい? 今の時期は脂が載っているし、王道の塩焼きに刺身、煮魚、唐揚げもいけるよ!」
イサキと聞いて口に手を当て吟味する保美香。
正直魚なんて買った事がないぞ。
勿論食べたことはあるが、それは定食屋とか回転寿司とかでの話だ。
イサキなんて魚がなんなのか知らないし、調理の仕方もさっぱり分からない。
保美香
「3匹買うなら、サービスしてくれます?」
お魚屋さん
「うーむ、天然だからなぁ、これをこうっと、どうだ!」
お魚屋さんの店主は電卓を打つとそれを見せる。
保美香はその値段を吟味すると。
保美香
「もう一声」
お魚屋さん
「むむー! ならこれで!」
更に値引きを求め、交渉を繰り返す保美香と店主。
一応に折り合いがついたのか、保美香は表情を軟化させた。
交渉成立したようだ。
保美香
「ふふふ、煮魚でお酒に合うようにしますか♪」
代金を支払い、ビニール袋に入れて貰うと保美香はマイバッグにそれを詰める。
後から保冷剤ももらいバッグに詰めた。
値引き交渉なんて初めて見た。
社交力が高いとそういうことも出来るんだな。
だが、そんな能力が欲しいかと言われれば、欲しいとは思わない。
結局自分はずっと一人でいいのかもしれない。
保美香は俺なんていなくてもやっていける。
あまりにも住んでいる世界が違うと痛感した。
保美香
「ふんふん♪ それと――」
上機嫌な保美香、次の店を見定めていたその時。
後方から悲鳴が聞こえた。
女性
「引ったくりよぉー!!」
女性の悲鳴に騒然とした刹那、バッグをぶら下げた二人乗りのスクーターが商店街を通り抜ける。
あっという間に俺たちも越えてスクーターは走り去った。
呆然とする中、保美香だけが別であった。
保美香
「だんな様、やりますよ?」
茂
「え?」
その瞬間、保美香は空を飛ぶようにスクーターを追い越した。
一見それ程素早くはなさそうだが、素早さ種族値103族、かなり俊敏なポケモンだ。
時速40キロ前後のスクーターに追いつくなぞ造作もない。
あっという間にスクーターに追いつくとひったくられたバッグを取り返す。
犯人A
「なぁっ!?」
保美香
「残念かしら」
まさか後ろから襲われると思わなかったのか、スクーターはバランスを崩し転倒した。
あまりに不可思議な現象に商店街の住民達は呆然とした。
あまりに現実離れしているが、彼女はスクーターより速く動いたのだ。
犯人B
「ど、どうなって!」
保美香
「これは返してもらいますかしら?」
保美香はそう言うと赤いバッグを持ち上げる。
余裕の笑み、それは人間とポケモンの規格外の力の差を表していた。
犯人A
「あ、あま!」
二人組の一人が懐から何かを取り出す。
どうやら抵抗する気らしい。
冷静に考えて暴漢に負ける保美香ではない。
だが、それでも俺は。
茂
「やめろー!」
俺は駆けた。
驚いた顔で保美香が振り向き、暴漢は保美香に襲いかかった。
手に持っているのはスタンガン。
ポケモン娘にどの程度有効なのかは分からない。
だが、俺は保美香を……守りたい!
茂
「うおおおお!」
俺は暴漢に体当たり気味に手を払った。
バチン! スタンガンに僅かに接触し、電気が走るがそれは大した事はない。
保美香
「だんな様!? 貴様らー!」
ほんの些細な事ではあるが、それは保美香を激昂させるには充分だったらしい。
あまりの激昂に怖じ気づく二人組。
ヘルメットの奥から震えた声が聞こえる。
このままでは保美香に殺される。
だが、いい加減事態を飲み込んだ商店街の自治体は二人組を取り囲んだ。
八百屋さん
「ウチの商店街でスリとはいい度胸してるじゃねぇか!」
お肉屋さん
「保美香ちゃん、後は任せな!」
ガタイのいいおっさん達は二人組を取り囲むと、俺と保美香は外に放り出された。
保美香
「皆さん……だんな様! お怪我は!?」
茂
「大丈夫、なんともない」
少し痺れたがどうって事はない。
一瞬痛かったが、直撃したわけじゃないからな。
保美香
「……どうしてかしら。私を庇うなんて」
茂
「……ポケモンでも女性だからな。格好つけたいだけだよ」
そう、それだけだ。
何でも熟せる保美香を見て、俺は劣等感しか抱けなかった。
そんな俺でも弾よけくらいにはなると証明したかった。
はっきり言って保美香からすれば俺は弾よけ以下の存在かもしれない。
実際あの二人なら保美香はなんの問題もなく倒せただろう。
それくらい分かるのに、そのときになったら保美香が危ないと思って、頭が真っ白になった。
茂
「……行こう保美香。騒ぎになる前に!」
俺は保美香の手を握ると、その場から逃げるように走った。
***
茂
「はぁ、はぁ、はぁ!」
商店街を急いで離れた茂と保美香。
余程がむしゃらに走ったのか茂は息を切らしているが、手を繋いだまま走っていた保美香は息を切らした様子はない。
ただの人間とポケモン娘の差は歴然だった。
保美香
「だんな様、そんな急がなくても」
茂
「……ごめん。なんだかあのままだと保美香に迷惑をかける気がして」
保美香
「迷惑だなんて、それよりだんな様には御自愛をかしら」
御自愛……とは、先ほど暴漢に立ち向かった事だろう。
だがマンガやアニメのようにはいかない。
ただパニックになって、がむしゃらに動いただけだ。
ただの一般人が暴漢相手に立ち向かえる方がおかしいのだ。
茂
「……それより、やっぱりポケモンなんだな」
茂はあの時の保美香の動きを思い出す。
正にファンタジーの存在だった。
保美香
「もしかして幻滅しましたかしら?」
茂は少し間を置いて、首を振った。
幻滅はしていない、でも羨ましいと思ったのは事実だ。
おおよそ保美香には分からないだろうが、能力ではなくその社交性。
改めて自分は影のような存在だと実感したのだ。
保美香
「お水を……そこの自販機で買ってきますわ」
保美香は外気温の高さも考慮すると、茂の熱中症を危惧して自販機へと走る。
正直ここまで尽くしてくれる価値が自分にあるのか疑問を持たずにはいられない。
だがすぐにその考えは振り払った。
彼女の敬意には素直に甘えよう。
多分、それが信頼するってことだと思う。
?
「……」
……そしてそれを遠くで見ていた女がいた。
ただ、茂のみを注視して、ぼそりと呟く。
少女
「あの方、あの方こそ相応しい」
その少女は見てくれから、現世の存在ではないことが分かる。
奇妙なバックラーに納められた一振りの剣。
そのような物を携えた人間が果たして普通の者か?
事実、明らかに銃刀法違反であるにも関わらず、その少女に見向きする者はいない。
***
茜
「お帰りなさい。ご主人様」
その後、結局1時間ほどでとんぼ返りした俺たちは家へと帰った。
今回一緒に生活して、その異常事態を改めて理解した。
茂
「ただいま。ごめん茜、お土産買い忘れた」
当初の想定ではなにかデザートでも買って帰ろうかと思っていたが、土壇場だったため、そんな物はない。
保美香
「それでは、アップルパイをご用意致しましょう」
そう言ったのは保美香だった。
初めて聞く食べ物らしき響きに耳をピンと立てたのは茜だ。
茂
「パイって……ご家庭で作れるの?」
保美香
「オーブントースターで問題ありませんかしら」
流石完璧変態メイド。
改めてスキルレベルの違いを思い知らされる。
茂
「今からで大丈夫?」
保美香
「お昼ご飯はそのまま頂いて、アップルパイは3時に合わせましょうか」
既にスケジュールを完璧に構築しているようだ。
本日買ったのはリンゴとカブ、そしてイサキ。
それらを保美香に渡すと保美香は早速動き出す。
俺は、正直邪魔になるだろうからリビングに引っ込んだ。
茜
「なにか手伝える?」
茜は保美香が来てから、保美香の真似をするように手伝うようになった。
あまり表には出さないが、茜は頑張り屋なのかもしれない。
保美香
「あら、でしたらだんな様のお相手をお願いかしら」
茜
「わかった」
ドタドタドタ。
直ぐさま踵を返し、俺の元まで来ると茜はビシッと背筋を立てた。
尻尾が全力で振られているため、行動と心理にずれがあるようだが。
茜
「ご主人様、何でも命令して」
茂
「なんでもとな?」
そりゃ言ってはいけないワードですよ。
エロゲーならその言葉使った時点でアウトです。
茜
「なんでも」
茜は意味深に胸を持ち上げると、言葉を繰り返した。
あ……この子意味分かってるわ。
茂
「茜……身体を憩えよ」
俺は茜の肩に手を置くとそう諭した。
百歩譲って保美香ならギリギリOKかもしれんが、中学生くらいにしか思えない茜では完全にアウトだ。
どちらかと言えばロリ巨乳という辺りからして不味い。
茂
(倫理観が働いているウチは正常だよな)
茜
「ん……じゃあどうすればいい?」
茂
「そうだな……」
保美香の邪魔のならないよう時間を潰すなら。
………そして。
ソニックブームゲシショーユードカババババババウーアー!
茂
「故郷に帰るんだな。お前にも家族がいるだろう」
取り出したのは某過去のゲームの詰め合わせ。
久し振りにゲームでもと、某国民的対戦格闘ゲームで茜と遊んだ。
取りあえずアメリカ軍人で茜を無慈悲にボコる。
茜はというと。
茜
「……」
コントローラーを握ったままじっと黙っている。
茂
(……流石に初心者にはやり過ぎたか?)
流石に自分本位に茜を傷つけたか、そう思ったが。
茜
「……なるほど、大体分かった」
そう言うと茜は対戦を続行した。
茂
(……大体分かった?)
茜が選んだのは道着、先ほどと同じマッチメイクだった。
茜の奴、大体分かっただと?
それがどういう意味か、それを理解できなかった俺はその後に戦慄する。
ソニッドカバッハドーケン!ピヨピヨピヨ。
茂
「ば、馬鹿な!?」
一戦目とは明らかに動きの違う立ち回りにあっという間にラウンドを取られる。
大体分かった……たった一戦で立ち回りから対策までとったというのか!?
茜
「good。中々面白いゲームですね」
茜のその表情は、まるで熟達したプロゲーマーのようだった。
茂
「茜……お前初心者、だよな?」
茜
「1フレ? 甘い」
茂
(駄目だーっ! 勝てる気がしねぇ!)
保美香
「はーい、ゲームはそこまでかしら」
そう言って割って入ったのは保美香だった。
気がついたら時間は正午を迎えていたらしく、彼女はざる蕎麦を持ってきた。
茂
「……蕎麦か」
保美香
「まだ索麺には早いですし、少し暑いですから」
無論それは保美香にとってではなく俺にとってだろう。
茜は既にテーブルに着席してまだかまだかと待っている。
奇妙な才能を発見したがゲームより食事の方が好きなのだろう。
茂
「それにしても、茜にあんな才能があったとは」
茜
「茜もポケモン娘、一見弱々しく見えても、中身はポケモンですからね」
特に動体視力は人間より大きく優れているのか。
あるいは、適応力とでも言うのか、茜には不思議な才能があるようだ。
茜
「ご飯ご飯」
保美香
「はいは――」
ピンポーン!
その時、突然来客を知らせるアラームが鳴った。
保美香
「今応対に……」
茂
「いいよ。俺が出る」
一応家主は俺だし、来客なら保美香は誤解を招きかねん。
すぐに玄関に向かうと扉を開く。
茂
「はいはい。どなた……?」
扉の前には少し小ぶりな少女がいた。
茜より大きいが保美香よりは小さい。
青みが掛かった黒いショートヘアの少女。
大きなバックラーと、それを鞘にして収めた剣を持った。
100%ポケモン娘だった。
少女
「ぼ、ボクを貴方の下僕にして下さい!」
茂
「………」
世界が静止する日、それがあるなら正に今だろう。
新手のポケモン娘と思われる少女はそう言うと深々と頭を下げた。
茂
「あ、宗教とかは受け付けてないんで」
そう言って俺はすぐに扉を閉じる。
……取りあえず正気の相手じゃない気がした。
もし正気ならあそこまでストレートな変態は保美香以上じゃないか?
少女
「あの! 待ってください!」
そう言って物理法則を無視して扉をすり抜けるポケモン娘。
くそう、ゴーストタイプらしく壁抜けすんのかよ。
茂
「……で、本当の所を言え」
この少女を特定する上で最も特徴的なのは背負った剣と盾だろう。
ギルガルド、ここまで分かりやすい特徴はないか。
ギルガルド娘
「あの……その、なんというか」
なぜ正直に訳を話せないのか、モジモジして言葉を濁らせる。
俺ははぁ……とため息をつく。
ここまでポケモン娘はどいつもこいつも変な奴らだらけだ。
俺以上にコミュ障でその癖尻尾に殆ど感情が表れる茜。
技能も社交性もあらゆる点で完璧だが、ただただどうしようもない変態の保美香。
どうせこいつも何かしら事情を抱えているのだろう。
茂
「おい、ならば三回回ってワンしてみろ、そうすれば中に迎えてやろう!」
ギルガルド娘
「三回回ってワンですね! 分かりましたっ!」
ギルガルド娘はそう言う早速回り出す。
俺は冗談のつもりで言ったんだが、その小さな頭を両手で固定すると
。
茂
「……ああもう分かったよ。こうなれば2人も3人も一緒だ」
実際のところ、保美香が現れた時点で予感はしていた。
3人目が現れるのは時間の問題。
そして現実に現れた以上、それは確信だ。
茂
「これだけ答えろ。お前が俺の下僕になりたい理由はなんだ?」
自分で言っててかなり違和感あるが、当人にはそこが重要なのか大真面目な顔で。
ギルガルド娘
「貴方が必要なんです!」
茂
「答えになってないだろう……」
呆れながら、俺はギルガルド娘の顔から手を離し、リビングへと引き返す。
ギルガルド娘
「あ、あの……!」
茂
「さっさと入れ、ギルガルド娘……いや、美柑(ミカン)って呼べばいいか?」
なんとなくこいつも名前を持っていないと思った。
実際その通りのようで美柑という名前を聞くと嬉しそうに。
美柑
「は、はい! よろしくお願いします。主殿!」
こうして、三人目が新たに家に迎え入れられた。
***
茜
「男の子?」
美柑
「あ、いえ。ボクは一応♀なんですけど」
茂
「だが男だ」
美柑
「じょ、女性です!」
ギルガルド娘の美柑は意外にも簡単に受け入れられた。
茜はなんとなくすぐ懐くんじゃないかと思った。(以前保美香が現れた時も敵とは思わなかったらしいし)
保美香の方も特に何も言わず、美柑に蕎麦を供して受け入れた。
最も保美香の場合、俺が良ければ自分は何も言うまいといった感じだが。
茜
「胸ペッタン」
美柑
「別に構わないじゃないか! 胸なんか!」
見た目に対して巨乳の茜、大人の色気を普通に持つ保美香に対して美柑はどちらかというとボーイッシュな女の子だ。
胸の事を弄られるのは嫌なのか、あるいは恨めしそうに茜にかみつく。
美柑
「大体大きい事になんの利点があるのです!?」
茂
「そりゃ大きい事には浪漫がある」
……自分で言ってて何言ってるんだろうな。
しかし美柑はそれを聞くと。
美柑
「小さくなりたくて小さくなったんじゃないやい……」
もはや負け犬のような顔で小さく呟いた。
保美香
「まぁ小さくてはだんな様のを挟んだり出来ませんわね」
茂
「挟んでくれるのかよ」
保美香
「むしろシナプスを繋いで電気信号相循環したいですわ」
美柑
「……不潔です」
小さく突っ込む美柑。
俺としてはエロならまだ問題ないんだが、保美香の場合サイケデリックホラーになるから困るんだよな。
実際知らぬ間に洗脳されているんじゃないかと疑っているくらいだ。
保美香
「それにしてもだんな様。困ったことになっていますわ」
困ったこと? 頬に手を当てどうしたものかと保美香は奥の部屋を指した。
そこは元々は俺の自室で、今は茜と保美香が一緒に使っている部屋だ。
内装は変わらず俺の部屋のままだが、二人は持ち物を持っていないし特に困ることもなかった。
保美香
「三人押し込むには……手狭すぎますかしら」
茂
「そういうことか」
確かに実際、殆どリビングで寝ていたからこそ、問題なく二人に部屋を明け渡した。
だが、続けて三人目は無理がある。
一応もう一部屋あるにはあるが、物置部屋にしておりとても住める状態ではない。
美柑
「あ、ボクは別にベランダでも問題ありません!」
茂
「馬鹿野郎。俺に問題があるわ! 主に社会的に!」
ただでさえ、少女監禁とかで疑われていないのか不安なのに、その上ベランダに放置なんてしたら、それこそ通報されるわ!
冷静に考えて一人だと少し広めの部屋も4人も住めば狭いのは当然か。
茂
「と、なると物置を根性で空けるか、誰か一人リビングで寝るしかないな」
その瞬間、空気が凍り付いた、そんな気がした。
保美香
「あら? でしたら年の功。わたくしがリビングに移れば解決かしら」
美柑
「いえ! むしろベッドは新参のボクには勿体ない!」
ここに、ポケモン娘によるリビングで寝る(俺と一緒に)権利を掛けた戦いが始まった!
茜
「……つまり、保美香と美柑はリビング希望。なら私とご主人様が部屋を使えば解決」
茂
「成るほど、確かにその通りだな」
保美香&美柑
「「はっ!?」」
全員の案を纏めると茜の案で既決した。
こういう時、茜は頭の回転速いよな。
突然の誤算に唖然とする二人をよそに、部屋割りは俺と茜で部屋を使うことに決定した。
茂
(……とはいえ、根本解決にはならんよな)
引っ越し……か。
俺は第二の選択を頭の端に用意するのだった。
突然始まるポケモン娘と同居する物語
第3話 二度あることは三度ある 完
第4話に続く。